キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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17:Vi_Et_Animo ―守護神との戦い―

 どこかはわからない雪原。足元に広がるは白一色の雪、周囲にあるのは雪がこびり付いて凍ってしまっている木々。まるで冬の森の一角のような場所に俺はいて、目の前に一匹の竜がいる。

 

 いや、竜ではあるけれど、その顔は狼の逸れであり、背中からは猛禽類のそれを思い起こさせる翼を、そして額からは大剣のような角を生やして、その全身を白金色の毛に包み込んだ、紅い眼の竜。

 

 竜――ドラゴンといえば海外の方で厄災の象徴とされていて、忌まわしくて恐るべき存在として扱われている。この竜もまたそのうちの一匹に含まれるんだろうけれど、俺の目の前にいるこの竜は、そんなイメージを根本から壊してしまうくらいに穏やかな顔をしていた。とても穏やかで優しい目をして、俺の事を見ている。

 

「……お前……」

 

 穏やかな狼竜に声をかけてみると、頭の中に《声》が届いてきた。それは初老の女性のそれではなく、まるで少女のそれのような声色だった。

 

《なぁ、我の名前は何だ?》

 

「名……前?」

 

《そうだ。名前だ。お前が付けてくれたのに、何故か度忘れしてしまった。なぁ、なんだったかなぁ?》

 

 まるで子供のように尋ねてくる狼竜。しかもこいつときたら、今まで散々呼んできた自分の名前を、忘れてしまっているようだ。最近物忘れが激しいなと思っていたけれど、まさかここまでひどくなってしまうなんて。

 

 しょうがないな――俺はそう言って狼竜に近付いた。狼竜はそっと姿勢を低くして、俺の手が届くくらいの位置に頭を持って来る。そこに俺は手を当てて、その柔らかさ、暖かさ、そして匂いを感じながら、小さく声を出した。

 

「お前は最初、再起動したような奴だった。だからこそ、俺は再起動っていう単語からいくつかの名前を割り出したんだよ。再起動はリブート、リスタート、そして、リラン。

 お前の名前は、リランだよ」

 

 狼竜の目は驚いた時のように見開かれたが、やがてまた、とても穏やかで優しいそれに変わって、同じように優しげな声が聞こえてきた。

 

 

《そうだ。我の名前はリランだ……お前が付けてくれた、リランだ。そして我は、お前を守る《使い魔》、だったな》

 

「そうだぜ。この世界にいる間、ずっと一緒に居て、俺と一緒に戦ってくれて、俺を守ってくれるって言ってたじゃないか。全く、そんな事も忘れやがって」

 

《すまぬな。だが、これでようやく思い出せたよ。我が名はリランであり、お前を守る事が使命だ》

 

「そうさ。だから、ずっと俺の傍にいてくれよ、相棒」

 

 俺はその毛の中に顔を埋め、そのままその顔を抱き締めた。

 

 

 

           □□□

 

 

 

 突然自分の目の前に現れて、名前を欲してきた白き狼竜。キリトがリランという名を付けたそれは、キリトと《ビーストテイマー》と《使い魔》の関係となったが、実に謎だらけの存在だった。

 

「皇帝龍よりも、剣の動きは素早いぞ! 《ホロウ・リラン》の聖剣には注意しろ!」

 

 その竜の特性は、《ビーストテイマー》であるキリトに、他のプレイヤー達には見られないゲージ、人竜一体ゲージを与えて、更にボス戦の時は此の人竜一体ゲージを溜めきる事で本来の姿を取り戻し、ボスを圧倒し、ボスを倒した際には特殊なアイテムを出現させ、それを取り込む事でより上位の姿へと変貌すると言う、他の《ビーストテイマー》では一切見られないものだった。

 

「火力も皇帝龍のそれよりも高い! 聖剣を中心に攻撃してくるから、ブロックが難しい場合は回避に専念しろ! 切断属性による出血状態異常には用心するんだ!」

 

 そしてリランは何より、記憶がなかった。アインクラッドを登ればそのうち思い出せるかもしれない――リランはそう言って、記憶喪失のまま、キリトの《使い魔》となって力を振るっていた。

 

 やがてキリト達は100層へ到達、リランもまた同じように到着を果たした。だが、そこまで来てもリランは記憶の一切を取り戻さず、そればかりか、この城を乗っ取っていた魔王を倒した後に、竜ではない姿へと変貌を遂げた。その身体に内包したこのゲームのラストボスに、存在を乗っ取られる形で。

 

「女帝龍の炎の力は失っているみたいですが、その分の火力を剣に集中させています! リランさんの攻撃には十分に気を付けてください!」

 

 その姿を変えてしまったリラン――《剣の女帝》とも言えるそれと、この城の最上階を目指して戦い続けてきた戦士達――攻略組との戦いは、城の支配者が座する紅玉の宮殿にて行われていた。

 

 攻略組はこれまで実に何千万、何億と言ったモンスター達と交戦を果たし、その都度勝利を掴んできて、実に百体に近いボスモンスターとの戦いを潜り抜けてきた。どんなモンスターが出てきても絶対にひるまず、勝利を確実なものとするために立ち回る戦士。

 

 皇帝龍のシステムの壁なんてものさえも乗り越えたそれは、最後に立ち塞がった《剣の女帝》も今までと乗り越えようとしていたが、繰り出す戦術の全てが悉く打ち破られていた。その証拠と言わんばかりに、キリト、アスナ、ディアベルと言った攻略組の司令塔が繰り出す作戦、立ち回りを熟知しているかのように《剣の女帝》は立ち回り、適切な攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 様々なモンスターとの戦いの経験から積み上げてきた戦術、練り上げてきた作戦、対処方法。その全てが掌の上にあるように、《剣の女帝》は舞う。

 

 攻略組はその舞に翻弄される一方で、何とかして攻撃を仕掛けたとしても事前に聖剣で薙ぎ払われるか、防がれるか、避けられるかのどれかを取られてしまい、《HPバー》を減らされるばかりで、相手の《HPバー》をほとんど減らす事が出来ずにいる。

 

 かつてこれ以上ないくらいの強敵と思えた骸鎌百足との戦いの時、マーテルとの戦いの時、そして皇帝龍との戦いに使った戦術も戦略も、《剣の女帝》の前ではほとんど意味をなしていないのだ。

 

「どういう事なんだ!? 動きを全部読まれてるのか!?」

 

 実行する作戦の全てが破られていく光景に、司令塔であるディアベルが悲鳴のような声を上げる中、キリトは既にその原因を理解できていた。

 

 あの《剣の女帝》が元にしているのは、今まで攻略組と一緒に戦いを潜り抜けてきたリランに他ならず、リランは攻略組がモンスターに追い込まれた時などに取っていた戦術の全てを見ていた。

 

 それを取り込んでいる《剣の女帝》は、リランの中の攻略組の戦闘データを利用して、攻略組の弱点を読みきっているのだ。非常に厄介であるものの、合理的な方法だった。

 

「ディアベル、今まで使ってきた作戦は使えないんだ。あいつは、《ホロウ・アバター》はリランが蓄えてきた戦闘データを読み取って、利用してるんだよ!」

 

「くそっ、リランが見て来たものは絶対に通じないように出来てるって事か」

 

 だが、あの《剣の女帝》を倒す方法も、キリトは既に分かっているような気がしてならなかった。あの《剣の女帝》はリランの蓄えているデータを使っているために、こちらの作戦を読み取ってきているのだが、ここでとんでもない作戦を実行する事が出来れば、リランの戦闘データの中にない情報を見せつけられて、混乱するかもしれない。

 

 それこそが、あの《剣の女帝》を倒すチャンスとなるだろう。

 

「いや、待てよ……?」

 

 いや、ひょっとしたら作戦を立てる事そのものが間違いなのかもしれない。今の今まで攻略組はキリトやディアベル、アスナがそれまでの経験を生かして、咄嗟に縦上げた作戦に従って動いていた。

 

 そこで全員のレイドを解散させて遊撃状態にし、全員を雑なタイミングで攻撃させてみれば、いけるかもしれない。

 

「全員レイド解散! 作戦を気にせずに戦え!!」

 

 キリトの高らかな声が木霊するや否、攻略組の全員が驚きの声を上げて、一斉にそこへ向き直った。普段から絶対に欠員を出さないように戦い、数々の作戦を立ててきてくれた血盟騎士団長キリトからの作戦放棄と自由戦闘の声――それが信じられないようにクラインが声を上げる。

 

「お、おいキリト!? 作戦放棄するのか!?」

 

「そうだよ。あいつは俺達の集団的動きを見て、それをリランの戦闘データと照らし合わせてあの動きを生んでいるんだ。多分、俺達が戦術を無視した動きを始めれば、攻撃が通じるようになるかもしれない!」

 

 キリトが理由の説明を終えると、ディアベルはある事を思い出した。あまり詳しい作戦を立てたりせずに、ほとんど手探りの状態で戦闘を繰り広げて敵を追い詰めていくと言うのは、一番最初のボス戦、第1層を守っていた《イルファング・ザ・コボルトロード》との戦いの際に、戦い方にあまり慣れていないプレイヤー達が取った行動だ。

 

 あの時はベータテスターである自分がある程度立てていたけれど、作戦はほとんどなかったのと同じようなもの……ある程度の動きを指示しただけで、後は戦うプレイヤー達の遊撃に任せ切っていた。

 

 まさか最初の作戦、いや、その時の戦い方こそがあの《剣の女帝》にダメージを与える事の出来る方法だったとは、盲点だった。

 

「なるほど、第1層の時の戦い方こそが、一番通じる方法って事か!」

 

「そういう事だよディアベル! 一番最初のボス戦、あれだ!」

 

 リーダーは納得したものの、やはり他の者達は混乱を隠せない状況だった。作戦を立てないで完全に自由となり、そのままの状態で戦う事――第1層の時の戦いを思い出す事など、作戦を受けてそれを実行しながら動く事を基本としていた者達からすれば困難な事だった。

 

「みんな、もう俺達の作戦を聞いて戦うのはやめるんだ! これまで上げてきた自分の腕前だけを信じて戦ってくれ!」

 

 ディアベルの指示が部屋の中全体に広がるが、やはり攻略組の混乱の声はなかなか収まるところを知らなかった。しかし一方、元より作戦などをほとんど考えずに戦っていた者達である――作戦を最初に無視し始めた者達――クライン、エギル、リズベット、フィリア、シリカがそれぞれ全く別、尚且つ同時攻撃にならないタイミングで攻撃を仕掛ける。

 

「作戦無しで戦うなんて、いつもの事じゃねえか!」

 

「余計な事考えずに動けるんだ、やらせてもらうぜ!」

 

 クラインが《剣の女帝》に接近して手元の刀に光を宿らせると、《剣の女帝》は咄嗟に身構えて浮遊聖剣にクラインを襲わせるが、その刃が鼻先に触れそうになったその時にスライディング。浮遊する聖剣の下を潜り抜けて目の前に到達したクラインは刀特有のソードスキルを発動させる。

 

 青い光を纏った刀で、鋭く素早く対象を二回連続で斬り裂く刀ソードスキル《幻月》が炸裂すると、《剣の女帝》は痛みに歯を食い縛りつつ、それの仕返しと言わんばかりに浮遊聖剣に赤い光を纏わせて、一斉に回転を始めさせた。

 

 《剣の女帝》だけが持ちえる超連続攻撃ソードスキル《デッドリーロンド》が迫り来て、その切っ先が刀の切っ先に触れて赤い火花が散ったその時に、クラインはソードスキルの硬直時間を終えて、後方へ回避する。

 

 ボスといえどソードスキルの動きと硬直時間には逆らう事が出来ず、《剣の女帝》はその場で10の浮遊聖剣を高速回転させたまま動かず、やがてそれら全てを止めたその時に完全停止して、隙だらけになった。

 

 そこにクラインとスイッチを果たしたエギルが両手斧に光を宿らせつつ空中へ舞い上がり、上空より《剣の女帝》に降りかかった。動きが若干鈍いものの攻撃力に特化している両手斧の特性を大いに引き出して、思い切り対象にたたき付けるソードスキル《グランド・ディストラクト》。

 

 それが床を叩き割りながら《剣の女帝》を巻き込む形で発動されると、《剣の女帝》は一気に後退させられて、そのHPをぐんと減らす。

 

 しかし、《剣の女帝》はくっと顔を上げて、攻撃してきたエギル目掛けて青い光を宿らせた浮遊聖剣を振り被った。かつて《剣の女帝》が女帝龍だった時にも使う事が多かった《ソードダンスデュオ》が発動されようとした瞬間に、突然大きな衝撃が《剣の女帝》を呑み込み、その動きを停止させた。

 

 何事かと驚いた攻略組が目を向けてみれば、そこはいつの間にかエギルと入れ替わる形で片手棍を叩き付けている鍛冶屋リズベットの姿。その手に握られる片手棍が持つ特性――相手をスタン状態にさせる事で、攻撃をやめさせる――を引き出したソードスキルを放って《剣の女帝》の動きを封じ込め、隙だらけの状態を作り上げたのだった。

 

 そしてその隙を突く形でフィリアとシリカがスイッチ、オレンジ色と青色の光を纏った短剣で鋭い斬撃を放つ。無限大の記号形を描くように敵を斬り付ける四連続ソードスキル《インフィニット》がフィリアの手で、鎧の間を縫って内部に短剣を突き立て、思い切り引く抜く二連続ソードスキル《アーマー・ピアーズ》がシリカの手によって炸裂すると、更にシリカの肩に乗っていたピナが身体を高速回転させて《剣の女帝》に突進をお見舞いする。

 

 先程までは全く作戦も攻撃も通らなかった《剣の女帝》に攻撃が効き始めた事で、それを傍から見ていた攻略組の者達は気付く。

 

 確かに《剣の女帝》はリランの中の戦闘データを利用する事で、攻略組の動きを読んでいたのだが、それは作戦を実行して統率された動きをする、いわば集団的な動きを把握していたに過ぎず、攻略組に一人一人の特性や癖などを把握しているわけではない。

 

 だからこそ、こうやって作戦を完全に無視し、一人一人が持つ戦闘ノウハウが最大限に生かされる戦い方に変わった途端、《剣の女帝》は混乱を始めたのだ。

 

 レイドを解消して《剣の女帝》に攻撃を仕掛け、それを証明して見せた者達。それをずっと見ていた周りの者達も、次々これからの行動を理解したような顔になってレイドを解散、完全に作戦などを無視した動きを始める。

 

 それまで統率されていたような動きをしていた攻略組。その動きが突然統率性が無く、誰もが滅茶苦茶なタイミングで攻撃を仕掛けてくるような状況に様変わりするや否、《剣の女帝》は急に動きを乱して、攻撃される一方となった。

 

 その中でも、かつて血盟騎士団団長の《使い魔》を利用した最後の守護者(ホロウ・アバター)は、《使い魔》の記憶を読み取り、対策を練ろうと考えるが、どれも統率された戦士達の動きの記憶ばかりで、それぞれが完全に別々な行動を始めた時の事など残ってはいなかった。

 

「させるかぁぁぁぁッ!!」

 

 迫りくる戦士達、そこから放たれる命を奪う攻撃に晒された《剣の女帝》は、身を守るための防具であると同時に最大の武器である浮遊聖剣を振り回そうと意識を向けたが、次の瞬間に戦士達の声が響き渡り、10本の浮遊聖剣の内8本がどこかへ吹っ飛ばされていき、やがて壁や床に突き刺さり、そのまま爆発して消滅してしまった。

 

「やっぱり、考えた通りだったか!」

 

 キリトは《剣の女帝》の動きが止まった隙を計らい、「あれがボスならば破壊可能部位が存在しているはず。そしてそれはあの浮遊聖剣だろう」と、試しに少数の攻略組に声掛けをして、《剣の女帝》が行動を再開した時を狙って攻撃させたのだった。

 

 その結果、《剣の女帝》の武器であった浮遊聖剣は一気に消えて、手元には2本の剣しか残らなかった。まるで何が起きたのか把握しきれていないような《剣の女帝》の姿を見て、キリトは《剣の女帝》があの高威力なソードスキルを放つ事は不可能になった事を把握する。

 

 そして攻略組の者達は攻撃手段をある程度失った《剣の女帝》への攻撃を再開。片手剣、両手剣、槍、両手斧、片手棍、曲剣、細剣といったこの世界のプレイヤーが所持する事を許可された武器で発動できるソードスキルを一斉且つバラバラのタイミングで炸裂させて、ボスを追い詰めた時に見られる虹色の光の爆発が《剣の女帝》の元で巻き起こされる。

 

 ステータスバーに着目すれば、《剣の女帝》の《HPバー》が一気に減少して、自分達では警戒を示す黄色に変色したのが見えた。攻略組の決死の攻撃により、相棒を奪った《ホロウ・アバター》の生命力が瞬く間に減少すると言う光景に、キリトは胸を高鳴らせる。

 

 このままいけば、あの忌まわしき《ホロウ・アバター》をリランから引きはがせるかもしれない。もう少しで――

 

「ぐ、ぐわああああああッ!?」

 

 考えを回そうとした直後に、攻略組の咆哮が悲鳴に変わった。考え事の世界から意識を呼び戻されたキリトは咄嗟にそこへ目を向けるが、先程まで攻撃を仕掛けていたはずの聖竜連合、血盟騎士団、風林火山、その他多数の小規模ギルドの攻略組の者達は全て吹っ飛ばされた後のように床に倒れ込んでおり、《剣の女帝》は床に足を付けて両手に聖剣を握っていた。

 

「あれは、キリトの《二刀流》……!?」

 

「なんでキリト君の《二刀流》を使えてるの!?」

 

 遠くから弓矢による攻撃を続けていたシノンと、ある程度《剣の女帝》に接近して細剣による攻撃を仕掛けていたアスナが、両手に剣を持つ《剣の女帝》に呟くが、その姿と周りの戦士達の様子を一目見ただけで、キリトは今何が起こったのかわかったような気がした。

 

 今のところ自分だけが持っているユニークスキルである《二刀流》、その範囲攻撃ソードスキルである《エンド・リボルバー》を人型の敵に囲まれた際に放つとあのような事になる。

 

 これまで二刀流に頼って戦ってきた己の勘から察するに、あの《剣の女帝》は巨大浮遊聖剣を小さくして手に持てるサイズにし、リランの持つ戦闘データ、もしくはどこかにあるのであろう《二刀流》スキルのデータを流用して《二刀流》を会得。

 

 群がって攻撃を仕掛けてくる攻略組に《エンド・リボルバー》を炸裂させてやったのだ。リランの戦闘データどころか、このゲームの裏ボスのデータさえも流用してまでこっちを潰そうとして来る《ホロウ・アバター》の事だ、もはや何をしたところで不思議ではない。

 

「全てのデータは我の手の中にあり、か。どうやらあいつは俺達が持つ装備スキルさえも流用する事が出来るようになってるみたいだ」

 

 キリトから発せられた言葉に一同が驚くや否、《二刀流》の《剣の女帝》は床を蹴り上げて粉塵を撒き散らしながら攻略組を跳ね除けて、同じ《二刀流》使いであるキリトと距離を詰める。

 

 《剣の女帝》の持つ剣が降りかかってくると、キリトは少し驚きながら両手の剣でそれら全てを防御する。聖金属と金属がぶつかり合って火花のエフェクトが飛び散り、両者の顔が赤く照らされると、《剣の女帝》は更に連撃を叩き込んでくるが、その動きの一つ一つを、様々な攻撃を見てきたキリトは素早く読み取って、防ぎ続ける。

 

「キリト!!」

 

「全員手を出すな!! 相手は《二刀流》、下手に手出しするとやられるぞッ!!」

 

 シノンの悲鳴に答えて、キリトは攻略組全員に指示を送る。

 

 その中で、《剣の女帝》の気持ちがわかっていたような気がした。

 《剣の女帝》は自らを生かしてくれる世界を、そして自らが守らなければならない世界を守る際には、最大の敵となるであろう存在をリランの記憶から読み取り、それは血盟騎士団の団長である自分であると認識して、優先的に攻撃し始めたのだろう。

 

 確かに、血盟騎士団の団長である自分を潰す事が出来れば戦力を大幅にそぎ落とす事が出来るだろうし、攻略組もショックで瞬く間に瓦解して戦意を喪失し、《剣の女帝》の勝利が確定するだろう。中々に合理的な判断だった。

 

(……いや)

 

 もしかしたら、《剣の女帝》はリランが思っていた事も実行しているのかもしれない。リランは戦闘マニアとは言えないけれども、中々に好戦的で、キリトやシノン、その他の者達を守るために戦う事を優先していたけれど、時には戦いそのものを楽しんでいるような感じを見せる時もあった。

 

 リランはその中で、攻略組最強の存在であり、皆を導く血盟騎士団団長のキリトと一度手合せしてみたいと考えていたのだろう。だが、そんな事がキリトの《使い魔》であるリランに出来るわけはなかったので、ずっと心の中に仕舞い込んでいたのだ。

 

 それを今、あの《ホロウ・アバター》は読み取って、実行に移しているのだ。

 

「そういう事か……! お前は俺と手合せしてみたかった、って事か!」

 

 そのうち、《剣の女帝》は両手の剣に水色の光を宿らせてその場に力強く踏ん張り、剣同士を交差するように振い、それによって巻き起こされる衝撃波をキリトは両手の剣で盾を作り、目の前の《剣の女帝》と同じように踏ん張って防ぐ。

 

 《二刀流》使いのみが使用を許される四連続範囲攻撃ソードスキル《カウントレス・スパイク》が終わる頃、キリトの脳裏にかつての血盟騎士団長ヒースクリフと初めて戦った時の光景が取り戻される。

 

 あの時は、ユピテルとアスナを近付けたくて、いや、ヒースクリフと全力で戦ってみたいという自分自身の感情に突き動かされて、あの攻略組最強の鉄壁要塞に挑んだ。まるで神の持ち物のような白銀の長剣と大盾にがむしゃらに剣を振りまくって、いくつもソードスキルを叩き込んだりしたけれど、その都度あの団長の防御力に負け続けた。

 

 そして最終的に、巨象に挑む獅子のように跳ね飛ばされて一撃叩き込まれ、血盟騎士団に入団させられる羽目になって、今に至っている。その時、自分が血盟騎士団の二代目の団長になってしまうとは思ってもみなかった。

 

 そんな事になっても尚攻略を続けてた今、自分が《二刀流》を放って来る《剣の女帝》に挑み、そのソードスキルを防いでいる。

 

 普段何気なく使っていた《二刀流》だけど、ほんの少し気を抜こうとするだけで、両手の剣がどこかにすっ飛ばされて防御を破られ、ソードスキルを叩き込まれそうになる。いつ、この防御が破られてしまうかわからなくて、心の中に黒い水のようになった恐怖感が溢れてきて、無意識のうちに額の辺りに冷や汗が流れてきた。

 

 《二刀流》というものがこんなにも激しいものだったとは思ってもみなかったし、想像すらもしていなかった。もしかしたら、あのヒースクリフ/茅場晶彦も、こうやって両手の剣で剣舞を叩き込んでくる自分を恐怖していたのかもしれない。

 

 今すぐにでも、この剣舞に叩きのめされて、やられてしまいそうだった。

 

「だけどな……」

 

 ここで立ち止まることなど許されるはずがない。ここで立ち止まる事は攻略の失敗とここまで積み上げてきたものすべてを無に帰す事、愛する人達の全てを失う事にしかつながらない。

 

 そして、《ホロウ・アバター》に取り込まれたリランの記憶も取り戻していないし、それにまだ、リランから話を聞いていない。心の中にしこりを残したまま死ぬ事など、絶対に許さない。

 

「お前が取り込んでるリラン(それ)、俺の相棒なんだよ!!」

 

 キリトが咆哮するや否、《剣の女帝》は攻撃を突如やめて特殊な姿勢を取った。次の瞬間にその剣に激しい青色の光が纏われると、キリトもまた同じ姿勢を取り、左手のダークリパルサー、右手のインセインルーラーに激しい青色の閃光を纏わせる。

 

 そしてその光を爆発させたのは両者同時。全く同じモーションで縦斬り、横斬り、回転斬り、暴風の如く斬撃をぶつけ合い続け、青い光と赤い火花が飛び散って紫色の閃光が紅玉宮を満たす。

 

 その回数が15回に及んだその時、両者は全く同じように剣を振り被ったが、そこでそれを傍から見ていた攻略組はある事に気付いた。全く同じ色の光を纏って同じ攻撃を放っていたが、今はキリトの剣がより強い閃光を放出しており、もはや部屋全体を照らすほどになっているのだ。

 

 そのあまりに強すぎる閃光には向かうべく、《剣の女帝》がキリトの剣よりも先に動きを見せた次の瞬間に、キリトの剣が《剣の女帝》に直撃。ばきんという金属が折り砕かれる音が紅玉宮内に木霊し、《剣の女帝》の聖剣の刃先が宙を舞った。

 

「くぅぅああああああああああああああああッ!!!」

 

 自分の身に何が起きたのかわからないような顔をしている《剣の女帝》の身体。《ホロウ・アバター》という最後の守護神の心臓。

 

 キリトは紅玉宮全体を振るわせるほどの咆哮を腹の奥底から吐き出しながら、そこだけを目掛けて、青色の閃光に包み込まれた両手の剣を突き立てた。

 

「……!!!」

 

 《黒の竜剣士》と言われた少年の手に握られる剣が、《剣の女帝》の心臓部を貫いた直後に、《剣の女帝》は時間を止められたかのように静止した。

 

 まるで森の中のような静寂が取り戻された紅玉宮の中、全ての戦士達が決着の場に目を向けると、《剣の女帝》の《HPバー》がついに空になって消滅し、身に纏われていたローブが蒼いシルエットとなって大爆散。そのまま大量の硝子片となって消えていった。

 

 それから数秒もしないうちに少年は剣を少女から引き抜いて床へ滑落させて、ローブを失って倒れ込んで来た少女の身体を、受け止めた。

 


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