キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:魔王ノ城 ―進撃―

           ◇◇◇

 

 

 

 

「くっそぉぉぉぉぉ!!!」

 

 99層迷宮区最上階。

 攻略組という名の勇者達は全てそこに集まり、魔王を倒すべく最後の戦いへと向かおうとしていた。

 

 絶対に魔王を倒す、魔王を倒してこの世界を終わらせる――誰もが同じ意志を抱いて、武器を両手にここまで駆け上がった。魔王ノ城に辿り着ける、その道を。

 

 だというのに、その出鼻は、最後の最後で挫かれる事となった。――100層への入り口が、無いのだ。いや、階段に通じる道らしきものはあるのだが、そこへの入り口が、破壊不能オブジェクトの壁にさえぎられているのだ。

 

「なんだよ……なんだよこれ……!?」

 

 ユイによると、この99層の仕組みは最初に俺が予測したとおり、複数のボスを相手にしていって、最終的に現れる強力なボスを打ち倒す事で、100層への道が開かれると言うものだった。

 

 だが、それは《壊り逃げ男》によって書き換えられ、100層への道は、ゴールへの階段は、破壊不能オブジェクトによって遮られていた。それを認めず、俺達は必死になって99層の迷宮区全体を探し回ったが、やはり100層への道を開く為のギミックのようなものを見つける事は出来なかった。

 

 100層へ通じる道――最後の宝箱。その中身は、からっぽだったのだ。

 

「なんでだよ、なんで最後の最後で、こんな……」

 

 第1層から攻略を続けてきたディアベルが、剣を床に打ち付けながら叫んでいるのを横耳にしながら、俺は《壊り逃げ男》の言葉を思い出す。「もし、シノンを取り戻したいと思っているならば、100層へ来るがいい。ただし、それはお前達では無理だろう」という挑発にも似た言葉――あれを耳にした時、俺はてっきりただの挑発だと思っていたが、そうではなかった。

 

 あいつは自分の居場所を、最後の研究所を守るために、100層に研究施設を構えて、99層と100層に繋がる道が一本道である事を逆手に取り、道を塞いだのだ。《壊り逃げ男》は最初からこれをやっていたからこそ、俺にあんな事を言った。

 

「くそ、くそ、くそッ!!!」

 

 周りの皆を見てみれば、悔しそうに武器を床に打ち付ける者、ゴールが存在しなかった事に絶望する者、泣き叫ぶ者で溢れかえっている。その光景はまるで、この世界がデスゲームとなり、ゲームクリアを果たすまで現実に帰れなくなったという事実を宣言された時の第1層の広場だった。……あの時の光景が、99層で繰り広げられている。

 

「なんでよ……せっかくここまできたのに、せっかくここまで、辿り着いたのに……!!」

 

 アスナが階段があったであろう壁に向かって言う。その様子は100層に辿り着けない事を悔しがっているように見えたが、心の中では早く我が子のところへ行きたいという気持ちで溢れかえっているのがわかった。

 

「どうして……ここまで来たのに……ここまで頑張って来たのに……」

 

「ひどいよ……こんなの、あんまりだよ……」

 

 リズベットとシリカが今にも泣き出しそうな様子で床に座り込んでいる。周りの皆も同じような状態だったし、俺だって同じ気分だった。

 

 犠牲を出しながらここまで這い上がって来たと言うのに、最後の戦いを経て、この世界を終わらせようとやってきたというのに、待っていたのは破壊不能オブジェクトに塞がれた100層への道。俺達プレイヤーじゃどうしようもない、壁。最後の最後を壁に塞がれているという致命的な仕様――これに声を上げないプレイヤーが、どこにいるのか。

 

「開けろ……開けろアルベリヒ!! 《壊り逃げ男》!! この道を、開けろぉぉぉ!!!」

 

 アルベリヒが塞いだ壁を、咆哮しながら何度も叩きまくるが、火花のエフェクトが飛び散るだけで、何も変わらない。壁は一切表情を変える事無く、ただただそこに聳え立っているだけだった。そこに、聞き慣れた娘の声が飛んできた。

 

「パパ、やめてください」

 

 俺は咄嗟に、このゲームの管理者アカウントを持っていた娘に向き直った。

 

「ユイ、お前なら、お前の持ってる権限でなんとかならないのか!?」

 

「すみませんが、それは出来ません。アルベリヒが持っているのは茅場晶彦と同等の権限を持つマスターアカウント……わたしの持っている権限ではどうにもなりません。この壁も、マスターアカウントによる仕様変更で出現したものです。武器やギミックでは開ける事が出来ません」

 

「じゃあどうすれば100層に行けるんだ!? どうやったらこのゲームはクリアできるんだ!?」

 

 ユイは俯きながら、小さく言った。

 

「……ゲームマスターのアカウントを乗っ取った《壊り逃げ男》が、それを使ってクリアへの道を塞いだんです。だから、どうしようもありません……これを排除する方法といえば、同じマスターアカウントを持った人がシステムログインを果たし、アルベリヒの権限を無効化させたうえで、この障害を取り除くしか……」

 

 そんなものが叶うわけがない。このゲームがデスゲームと化した時、ゲームを開発した者達は解散させられてどこかに消えた。その中で唯一の生き残りみたいなイリスがこの世界にログインしているけれど、イリスのアカウントはノーマルアカウントだから、どうしようもない。

 

「そんなものを待ってたら、シノンが……というか、マスターアカウントを持ってる人間はどれくらいいるんだよ」

 

 そこでユイの隣に並んでいるストレアが口を挟んできた。

 

「マスターアカウントを持っているのは、ディレクター、チーフプログラマ、チーフグラフィッカー、チーフデバッカーといった、このゲームの開発に携わった中でも重要な役割を持っていた人達。そのうち、茅場晶彦が持っていたのが、ディレクターのマスターアカウントなの」

 

「じゃあ、あいつが持っているアカウントは」

 

「アルベリヒが持っているアカウントも、多分それと同等の権限を持つものだよ。どこでそんなものを見つけたのかはわからないけれど……」

 

 前にイリスから、《壊り逃げ男》がマスターアカウントを手に入れた経緯を聞いた事がある。それによると、《壊り逃げ男》はアーガスが消滅した後にこの世界の維持を行っている大企業レクトの人間で、この世界の維持や管理を行っていくうえで必要になるであろうマスターアカウントを、アーガスから譲与されたとの事だ。

 いや、実際それを使って《壊り逃げ男》は悪事を働いているわけだから、ほとんど盗み出したと言っても過言ではないだろう。

 

「くそッ……最後の最後で、俺達はあいつに勝てないのか……マスターアカウントの野郎に、負けるしかないのかよ……」

 

 周りの方を見てみれば、攻略組の数人がまだ、100層への階段があったと思われる場所に武器を一心不乱にぶつけ続けている。武器を打ち付けて跳ね返され、打ち付けて跳ね返されを繰り返すその様子は、まるで鉱石を叩いているようにも見える。

 

 あんな事をしてしまえば武器が痛んで使えなくなってしまうかもしれないのに、それをやめる様子はない。しかもよく見てみれば、ディアベルやクライン、エギルといった俺が信頼している者達も、その中に混ざっている有様だ。

 

 だけど、何回それを続けたところでこの壁が崩れる事も、100層への道が開かれる事もないだろう。何せ、マスターアカウントを持った人間が直接破壊不能オブジェクトを置いたのだから。

 

 しかしその中で、俺は落ち着いている存在を見つけ出した。それは他でもない、俺の相棒である狼竜、リランだった。リランはじっと何かを考えているように、攻略組の戦士達が叩きまくっている破壊不能の壁を見つめている。

 

「リラン、どうしたんだ。そんなに壁を見つめて」

 

 リランはほとんど音を立てないように身体を動かして、俺、ユイ、ストレアを眺めながら、《声》を送ってきた。

 

《ユイ、ストレア。お前達は本当にこの壁がただの壁だと感じているのか》

 

 ユイとストレアは首を傾げる。

 

「ただの壁? ただの壁って、どういう意味なの」

 

「はい、どこからどう見ても、破壊不能オブジェクトの壁ですけれど……」

 

 ストレアとユイがそれぞれバラバラな答えを出すと、リランはもう一度壁に向き直った。その様子は、まるでリランだけが別なものを感じ取っているようにも思えた。

 

《なるほど、この壁はMHCP等を誤魔化すように出来ているのか。だが我はそうではないから……こうなっているわけか》

 

「何を言ってるんだ、お前」

 

《この壁はただの壁ではない。固く閉ざされた、扉だ。外側から見ると完全に壁にしか見えないようになっていて、内側から鍵をかけられている》

 

 相棒から発せられた言葉に思わず驚く。目の前の壁は、ユイの言う通りどこからどう見ても壁で、それ以外の物には見えないし、これが扉だと言われてもしっくりこない。

 

「どういう事だ。この壁は、壁じゃないのか」

 

《だからそう言っているだろう。お前達は目の前にあるものを壁だと信じ込まされているだけで、本質は全く異なっている。そして厄介な事に、この扉にはMHCPさえも誤魔化すジャミング機能が施されている》

 

「なんでお前、そんな事がわかる――」

 

 言いかけたところでハッとする。そういえばリランは《壊り逃げ男》がプレイヤー達に施した《疑似体験の寄生虫》を視覚化する事が出来る能力を持ち合わせていた。そしてリランは基本的に嘘というものを吐かず、真実だけを告げてくるから、嘘である可能性はない。

 

「まさかこれ、《疑似体験の寄生虫》と同じか!?」

 

《そういう事だ。この壁は、我にはしっかりと閉まった扉に見える。それで、この扉が内側から鍵をかけられているのも、わかる》

 

 リランの《声》が聞こえていたのか、アスナが驚いたように声をかける。

 

「って事はこれ、内側からなら開けられる、って事?」

 

《そういう事だ。それに、どうやらこれは、あるところにあるものを引っぺがして、ここへ持ってきた事で出来ているようだ》

 

「あるところにあるものを引っぺがしてきた?」

 

 リランは顔に笑みを浮かべた。多分だけど、この壁の仕組みがひどく滑稽なのだろう。

 

《アインクラッドの外周部だ。アインクラッドは迷宮区以外の場所から上層へ行こうとすると、破壊不能オブジェクトの壁にさえぎられてしまうようになっているのは、お前もわかるだろう》

 

 実のところ、俺はリランと出会う前に、何とかしてボス戦をしないでアインクラッドを登る事は出来ないかと思って、迷宮区外周部の壁をよじ登って上層を目指した事がある。

 

 その時は本当に上手く行ってて、もしかしたらいけるんじゃないかと期待を込めたけれど、あと一歩のところで破壊不能オブジェクトの壁が出てきて、通せん坊されてしまった。その結果、俺達プレイヤーは迷宮区を通らなければ上層には行けないという事が痛烈にわかり、情報屋にこれを流したところ、瞬く間にアインクラッドのプレイヤー達に行きわたった。

 

「そうだけど……って、まさか!?」

 

《そうだ。この壁は、99層と100層を繋ぐ部分の、破壊不能オブジェクトを持ってきているのだ。指物マスターアカウント持ちの《壊り逃げ男》も、オブジェクトをコピーする事は出来ず、こうやって他の場所から持って来るしかなかったのだろう。マスターアカウントといえど、システムの根幹にかかわる部分は、ゲーム自体を解体しない限りは弄れないわけだ》

 

「って事はまさか……!?」

 

 ゲームの中のAIであるユイとストレアが瞠目する中、リランは自信満々に頷いて、周囲を眺めた。この部屋には巨大な窓があり、そこで足を滑らせてしまうと、外周部へ落ちてしまうように出来ている。だけど、それは同時に、外へと通じるところがあるという事だ。

 

「100層への道は、開かれている……!?」

 

《そういう事だ。何故あいつが転移結晶を使わず、わざわざあの黒龍の背中に乗って飛んで行ったのか疑問だったが、あいつ自身も、この扉を外側から開ける事が出来ないから、仕方なく空路を使って100層へ向かって行ったのだ。つまり奴と同じ道を通る事が出来れば、そのまま100層へ、シノンの元へ行けると言う事だ》

 

 まさか自分で進入路を作ってしまっているとは、思いもよらなかった。だけど、あいつは空を飛ぶ事の出来る狼竜を従えていたからこそ、空路を使って100層に行く事が出来た。

 

 俺達攻略組の中でも空を飛べる者はリランただ一人であり、リランの背中に飛び乗れる人間は限られている。せいぜい乗れたとしても、三人が限界だ。

 

「つまり、お前が空路に行けば、100層に行けるんだな!」

 

《あぁそうだとも! 100層に行って誰かが扉を内側から解除すれば、この扉は開かれて、攻略組は100層に雪崩れ込めるぞ。それにあいつは、100層への道には鍵扉を設置する事だけで精一杯で、他の罠を設置する余裕はなかったようだ》

 

 この扉さえ解除してしまえば、攻略組の皆で100層に侵入する事が出来る。そのためには誰かが絶対に、リランの背中に乗って100層へ向かう必要がある。そしてこの中で、リランの背中にうまく乗れたのはごく少数、その中でもやり慣れているのは、俺だ。

 

「そういう事なら……俺が行くぞ」

 

 宣言するように言うと、皆の中で一斉にざわめきが起こり、血盟騎士団の者達が心配の声を浴びせてきた。不安そうな顔を浮かべている仲間達の元に、俺は声を返す。

 

「リランの背中に乗り慣れているのは俺だ。俺ならリランに落とされる事なく100層に行ける。俺が紅玉宮に行ってこの扉を内側から突き破るから、皆はその道を通って100層へ駆け上がってくれ。俺はこの扉を開けたらすぐに――」

 

 そう言いかけたその時に、他のみんなのものではない声が聞こえてきた。その方向に顔を向けてみれば、ランベントライトを取り戻しているアスナと、ユイの姿があった。

 

「わたしも行くよ、キリト君」

 

「わたしも付いて行きます、パパ」

 

「えっ、アスナとユイも行くのか!?」

 

 アスナが頷き、力強く言って来た。

 

「アルベリヒはきっと、わたしにとって関係の深い人である可能性が高いの。だから、皆よりも先にアルベリヒのところに辿り着いて、真相を暴きたい。それにわたし、アルベリヒに捕まったシノのんを、一刻も早く助けたい。だからこそ、キリト君には一秒でも早く、シノのんのところに辿り着いてほしい」

 

 アスナは俺の目の前まで歩いて来て、リランを眺めた。

 

「わたしがキリト君と一緒にリランの背中に乗って飛ぶ。キリト君はわたしを降ろしてシノのんのところへ行って。その間にわたしがこの扉を開いて皆を100層に招き入れる。キリト君だって、出来る限り手間は省きたいはずよ」

 

 確かにアスナの言う通りだった。リランの背中に乗って無事に紅玉宮に辿り着けたその時には、正直この扉を打ち破る事を無視して、アルベリヒへ、シノンの元へと一気に行きたい。

 

 だけどそのような事をすれば、100層への道を開く事が出来ず、攻略組が入って来れない。

 

「いいのか。紅玉宮は魔王(アルベリヒ)の城だ。別れて行動したら、これ以上ないくらいに危険かもしれないぞ」

 

「危険を冒さなきゃ、アルベリヒを倒す事も、シノのんを、ユピテルを助ける事だって出来ないわ。だからこそ、お願いキリト君。わたしをリランの背中に乗せて。大丈夫よ、わたしだってリランの背中に乗り慣れてるから」

 

 アスナの目に浮かんでいる決意の色。この人も俺がシノンを助けたいと思っているのと同じで、ユピテルを助けるために自ら魔王の城の中へ飛び込むつもりでいるのだ。恐らくだけど、アスナはここで突き飛ばしたとしても無理矢理リランの背中によじ登って来るだろう。

 

「……わかった。アスナ、一緒に紅玉宮に行こう」

 

 アスナが頷いたのを見てから再度仲間達の方へと向き直ると、仲間達は全員揃って心配そうな表情を浮かべていた。やはり俺とアスナとユイ、そしてリランだけで魔王の城に行く事が、心配に感じられるのだろう。実際俺もみんなの立場だったならば、確かに心配をしただろうが、立ち止まるわけにはいかない。

 

「みんな、ちょっとだけ待っててくれ。すぐに俺達でこの扉を開けてくるから」

 

 ここまで戦い続けてきてくれた攻略組の戦士たち。それを導いてくれた仲間であるディアベルが、俺達に言った。

 

「頼んだぞキリト。何としてでも、この扉を開けてくれ」

 

「あぁ。みんなも、この後の戦いのために出来る限りの準備をここでやってくれ」

 

 俺はそう言った後に、最後の道標(みちしるべ)を作り出してくれたリランに振り返った。リランの表情は、これまでないくらいに穏やかなものだった。

 

「それじゃあリラン、俺とアスナとユイが乗る。いけるな」

 

《いけなくとも、行くのだろう。まぁ、お前達が三人乗ったところでどうって事はないから、大丈夫だが》

 

「……この先が100層なわけだけど、約束は忘れてないよな?」

 

《忘れていないとも。ほら、早く乗れ。乗らぬなら我一人で行くぞ》

 

 リランが座り込み、俺達が飛び乗りやすい姿勢を作ったところで、俺はユイを連れてきて肩車し、その背中に乗せる。続けてアスナを肩車しようと思ったが、アスナは自らリランの背中に飛び乗り、ユイを抱き寄せて自分の胸の前に固定させたところで、毛の端を掴んだ。

 

 流石ノーリランデーでリランと過ごしていた事があるだけある――そう思いながら俺はリランの背中、ユイとアスナの前に飛び乗って、人竜一体を作り上げる。次の瞬間にリランがその大きな身体を動かして立ち上がり、俺達の目の高さは一気に高くなる。

 

「よし、いけリラン!!」

 

 いつも通りリランへ号令を送ると、リランは一気に走り出して――俺達プレイヤーが行ったときには死が確定するアインクラッド城外へと飛び込んだ。

 

 仲間達が「おぉっ!?」という声を上げた直後に、リランは光を浴びて虹色の輝く、四枚の白金色の大翼を広げて、アインクラッドの外の空を、《壊り逃げ男》によって解放された大いなる空を猛スピードで飛び始めた。台風のような風が吹き付けてきて、耳に風の音しか届かなくなった中、俺は後ろにいるユイとアスナに声をかける。

 

「アスナ、ユイ、いるか――!?」

 

「大丈夫です――!」

 

「こっちも大丈夫よ――!」

 

 アスナはやはりリランに乗り慣れているだけあって、しっかりとこの飛行に着いて来れている。これならば、上昇をしたとしても振り落とされる事はないだろう。風は吹いてくるけれど、リランの身体を揺らして、俺達を振り落すような乱気流は発生していない。

 

 このままいけば、比較的安全に100層へと辿り着けるだろう。だけどドラゴンが上昇するには、上昇気流が必要だ――そう思ったその時に、リランの身体が垂直に近い角度になった。まるでジェットコースターがレールを急速に上る時のような感覚が来ている事から、俺はリランが上昇を開始し、100層へと行こうとしている事に気が付いた。どうやら上に昇るための気流を掴んだらしい。

 

「リラン、上昇気流を掴んだのか!?」

 

《あぁ! 恐らくだが、あの男が100層へ昇るために作り上げた気流だろう! あの間抜けめ、消し忘れだ!》

 

 あの男――アルベリヒは黒い狼竜に乗っていたが、あの狼竜も気流が無ければ上には行けないように出来ていたのだ。そしてそれに乗るアルベリヒは、その仕組みを変える事は出来ず、気流を置いてそれに乗って上に行くという手段しかとる事が出来なかったんだろう。

 

「よし、リラン、いけぇぇ!!」

 

 気流を掴んだその翼をリランは羽ばたかせて一気に空を登り、やがてある程度行ったところで上昇をやめ、ホバリングを開始した。何事かと目の前を見てみれば、そこに広がっていたのは朝の明るい日差しに染められている、どこまでも続く紺碧の空。そして俺達から見て下にあったのは、紅色を基調とした小城の姿。

 

 《壊り逃げ男》が乗っ取った魔王の城――最終攻略地点、紅玉宮。

 

「あそこが、紅玉宮……」

 

「ついに、わたし達はここまで来たんだね……!」

 

 俺とアスナの呟きに、リランが答える。

 

《……キリト、シノンとあの男の気配を、あの城から感じ取れる。間違いなく、奴はいるぞ》

 

 あそこは俺達攻略組のゴールであり、《壊り逃げ男》が果てる場所だ。そして、全ての人間達がこの世界から解き放たれて、現実へと帰れる場所。だけど、俺達はそこに外から入ろうとしている。あの時はこの城に行く事だけを考えていたから、全く想定してなかったけれど、外から入れる場所なんてあるのだろうか。

 

「リラン、あそこの壁って破れないのか」 

 

《その必要はないようだぞ》

 

 リランの言葉にきょとんとしたその時に、俺はリランの身体が少しずつ紅玉宮に引き寄せられて行っている事に気付いた。これは、風の流れか?

 

「リラン、この風の流れ……」

 

《丁寧な事に、この気流は紅玉宮に外から入れる場所まで伸びているらしい。恐らくアルベリヒの奴が消し忘れたのだろう。それに、我らがやって来る事を想定していないだろう……罠の気配も感じられない》

 

 マスターアカウントの機能に頼り切り、それを逆手に取られる事も、利用される事もまるで考えていない。意外にも詰めの甘いアルベリヒの行為に苦笑いしたくなるが、間違いなく好都合だ。この気流に乗っていけば、アルベリヒのところへ行ける!

 

「わかった……突っ込め、リラン!!」

 

 リランはその翼を羽ばたかせて、風に乗って紅玉宮へ飛んだ。




ついに次回より、最終決戦の幕開け。括目してお待ちください。

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