俺達は《ムネーモシュネー》の男の道案内を受けて15層へ飛び、そのフィールドに赴いた。そこで《ムネーモシュネー》の男の案内を更に受けると、草原の中心に、全く見た事のないコンソールのようなものを見つけ、さらにその先に、地下への階段を見つけた。
こんな場所に隠し通路があるなんて……そう思って入り込もうとしたその時に、他の層で同じ作戦を展開していた他のチームがやってきて、俺達は驚く事になった。
しかもみんな《ムネーモシュネー》のメンバーと思われるプレイヤーを捕まえており、捕まえた者に道案内をさせたらここに辿り着いたと口を合わせて言っていた。その事から、この下こそが、《ムネーモシュネー》の本拠地である事が確定し、俺達は《ムネーモシュネー》の者達を連れたまま突入を開始した。
しかし、そんな俺達を待ち受けていたのは、更に驚くべき光景だった。
入った俺達の目の前に広がったのはいくつもの白い四角形が集まって構成されている壁に覆われた、近未来世界を思わせる、SAOの世界観から逸脱したかのような場所だった。
2年間戦い続けてきた中で、全く見た事のない光景に俺達は釘付けになり、思わず見とれてしまったが、すぐさま不審者の侵入を伝える警報のような音が鳴り響き、入り口付近に集まる俺達の下へ、いくつかのプレイヤー達が集まってきた。
しかも全員が《ムネーモシュネー》の特徴である白装束と金色の仮面を纏っていたため、まだ半信半疑だった俺達の中に、ここが《ムネーモシュネー》の本拠地であるという確信が生まれ、捕まえていた《ムネーモシュネー》の連中を完全に捕縛したうえで戦闘を開始した。
――のだが、リランのような巨大なモンスターがやって来る事は読めていなかったのか、《ムネーモシュネー》の者達はすべてリランに蹴散らされてノックダウン、そのままあっさり俺達に捕縛される運びとなってしまった。その後、リランが何かの気配を感じ取ったような様子を見せなかったため、なぎ倒した50人ほどが、《ムネーモシュネー》の全員だったという事がわかった。
「なんだよこいつら、こんな場所にいるんだから、もっと強いと思ってたのに」
ディアベルが少し呆れたように言う。アインクラッドにこれだけの被害をもたらしたのだから、戦闘技術もリランを苦戦させるくらいに高いのではと思っていたのだが、全然大したことのない集団だった。
「見た感じ、かなり広いみたいだから、手分けして捜索した方が良さそうだ。
皆、気を付けて散開しろ!」
咄嗟に号令すると、集まった攻略組の者達は三人一チームを組んで、まるでダンジョンを思わせる施設の中へ散らばり始めた。その中で俺は、シノンとユイに寄り添って、ユイに声をかけた。
「ユイ、ここは一体何なんだ。こんなの、この世界に有り得るのか」
「恐らくですが、上層部にあるマップデータを利用して作り上げた場所だと思われます。この雰囲気と言いますか、マップは元からこの世界に存在しています。ですが……ここは完全なる圏外です」
「完全なる圏外? どういう事なの」
シノンの問いかけを受けたユイは、辺りを見回す。
「完全なる密閉空間なんです。ここの外にいるプレイヤーに一切メッセージを送ったりできなくなるだけじゃなく、MHCPやカーディナルといった、システムの根幹達の目からも逃れる事が出来ているみたいです」
俺は咄嗟にメッセージウインドウを起動して、宛先を確認した。――驚くべき事に、その全てが《追跡・探知不能》になっており、メッセージを送る事が出来なくなっていたのだ。文字通り、完全なる圏外だ、ここは。
「本当だ、メッセージが送れなくなってる」
シノンが少し戸惑ったように言う。
「でもユイ、なんでMHCPやカーディナルの目すらもないってわかるの」
「なんといいますか、この世界は、いつも気にならない程度に何かの気配を感じると言いますか、意識を鋭くしないとわからない視線みたいなのがあるんです。それが、MHCPやカーディナルの目なんですけれど……それさえもここにはないんです。いくら意識を鋭くしても、です」
俺はそんなものを感じた事はない。きっとユイやストレア、ユピテルやリランだからこそ感じるものなのだろう。しかし、カーディナルという絶対的支配者の目からも逃れる事の出来ている、完全なスタンドアロン空間などありえると言うのだろうか。
「カーディナルの目からも逃れる事の出来る空間……そんな事が出来るのか?」
「普通は出来ないはずです。そもそも、この施設そのものが、サービス開始時にはなかった場所のようです」
「ネトゲでマップの追加とかはアップデートで出来るけれど……ここはアップデートで追加された場所だっていうのか」
「はい。わたし達でさえ気付く事の出来ない方法で、いつの間にかアップデートがされていたようです。正直なところ、わたしも信じられないくらいです……」
MHCPやカーディナルに気付かれる事なく追加された完全なるスタンドアロンの空間。そんなものが、邪でない目的のために使われているとは思えない。
というか、《ムネーモシュネー》が使っているのだから、邪な目的以外に何があると言うのだろう。
「とにかくここを捜索してみよう。ここから《疑似体験の寄生虫》が生まれてきてるんだ、絶対ここに何かある」
声をかけて歩き出すと、シノンとユイ、そしてリランは周囲を見回しながら、俺の後を追い始めた。その様子はまるで迷宮区攻略のようだったけれど、今の状況はいつものそれよりも気分が張りつめた。
至る所に広がるは、白い色の染められている奇妙な壁と扉。床すらも大理石のような、タイルのような質感で白く染められている。
これまで二年間もここに暮らしてきたというのに、一向に見た事のない光景。まるでこことも違う意世界に入り込んでしまったような感じがして、全く落ち着かない。
「なんだろうなここ……迷宮区程じゃないけれど、かなりの広さがあるみたいだ。まるでダンジョンそのものを研究施設か何かに変えたみたいな……」
見た感じ、現実世界の大きな病院を思い出させるような風貌。俺が寝せられているという病院もこんな感じなのだろうかと思いながら振り返ってみたところで、俺は少しきょとんとしてしまった。俺のバックアップをするために周囲を見回しているシノンの表情が、かなり不安そうなものに変っていたからだ。
「シノン、どうした」
俺の言葉で我に返ったかのように、シノンはこっちに顔を向けた。
「あっ……」
「どうしたんだシノン、なんだか、顔色悪いぞ」
「……大丈夫、何でもないわ」
今この時まで一緒に過ごしてきて、シノンが何でもないと言う時は、何でもなくない時の方が多い。今だって、全然なんでもなさそうには見えないし、顔色だってすこぶる悪い。明らかに、シノンの中で何か起きている。
俺と同じ事を考えたのだろう、ユイが少し心配そうに声をかける。
「ママ、大丈夫ですか。なんでもなくなさそうですよ」
「本当に何でもないってば。それよりもユイにキリトも気を付けなさい。まだ敵がいるかもしれない」
シノンの様子も気になるけれど、今は敵の本拠地に潜入している最中だ。先程警報を聞いて集まってきた連中を叩きのめしはしたけれど、まだ残っていても不思議ではないし、もしかしたら俺達がやって来る事を踏んで、どこかで待ち伏せをしているかもしれない。
「わかった。シノンもリランも、何かあったらすぐに言えよ」
そう言って前方に顔を向け直すと、いつの間にか大きな扉が立ち塞がっている事に俺達は気付き、立ち止まった。質感は周りの壁と同じだが、明らかに扉だとわかる装飾がしてある。――その姿は、医療施設のウイルスブロックドアなどを思い出させた。
「扉……?」
「如何にも重要なものがありそうな扉ね」
俺は咄嗟に剣を構え、シノンもまた弓を構える。きっとこの奥には何かある――そんな思いが俺の中で次々と突き上げてきて、警鐘を鳴らしている。
「ユイ、中の安全が確認できるまで入口の方で待っていろ。リラン、出来る限り気を張って敵を探せ」
《了解だ。何が来ようと我が炎と剣で、叩き潰してくれるわ》
リランの力強い《声》と、身構えている時の息遣いを耳にした俺は、シノンと共に扉に力を込めた。一度力が入ると自動で動くようになっているのか、扉は音無く、そして素早く動き、そして開き切った。その際にも全く音が鳴らず、どこか不自然に思えた。
「……!?」
不自然な扉が隠していた内部。そこに広がっている光景を目の当たりにした俺達の中には、大きな衝撃のようなものが走った。
ボス部屋のような広さを持った部屋の壁際に、いくつものベッドが並んでおり、その上に何人もの男女が仰向けになって寝せられている。そしてその近くには、このゲームの世界観に似つかわしくない、近未来的な白い装置が置かれていて、静かな可動音が部屋を満たしている。
だが、俺達が驚いたのはそんな事ではない。その世界観ぶち壊しな装置からはLANケーブルに似たコードが伸びていて――ベッドで寝かされている人々の頭に繋がっているのだ。
「な、なんだここは……」
「何よこれ……」
二人で驚きながら周囲を見回す。辺り一面ベッドと寝かされている男女、そして怪しげな機械があると言う奇妙な光景は、異様な空気感を作り上げて部屋を満たしている。まるでSF映画などで出てくる実験の部屋のようだった。
全くSAOらしくない世界のようなその光景に釘付けになりつつ、俺達は部屋の中を歩いたが、そのうちリランの《声》が頭の中に響いてきた。
《キリト、こやつらは全部プレイヤーだぞ!》
「なんだって!?」
ベッドに寝ているのはてっきりNPCなのではないかと思っていたけれど、リランの言葉に従ってよく目を凝らしてみれば、そこに出ているのはプレイヤーを示す反応とアイコン。部屋中を見回して確認してみれば、実30人以上のプレイヤーが捕まっているのが把握できた。
NPCを捕まえておく部屋ではなく、プレイヤーを捕まえておく部屋という忌むべき場所だった事に気付いた俺達は、背中に悪寒が走ったのを感じ取る。
「ど、どうしてプレイヤーが、こんな事になってるんだよ」
俺達が驚く中、リランがベッドに寝転ぶプレイヤーに顔を向ける。
《しかもただのプレイヤーではない。全員が、寄生虫に感染しておるぞ》
頭に響いたリランの《声》にさらにぞっとする。これだけの部屋に集められて、更に怪しげな装置に接続され、《疑似体験の寄生虫》に感染すらもしている。これだけの、SAOの世界観とは無縁の実験をしているこの部屋は、この施設は一体何だと言うのだろう。
考え始めた俺の耳に、今度はシノンの声が届いてきた。
「……ここはやっぱり、《疑似体験の寄生虫》の工場なのよ。ここにプレイヤーを集めて、《疑似体験の寄生虫》を憑かせて解き放つ場所なんだわ」
薄々思っていた事が、とうとう確信に変わった。シノンの言う通り、こここそがアインクラッドに起きている異変の中枢、核心であり……ここで《疑似体験の寄生虫》が生まれて、プレイヤーに寄生してアインクラッドに解き放たれる場所なのだ。
ここに寝ているプレイヤー達は全て、《疑似体験の寄生虫》に憑かれてアインクラッドへ戻される予定の、拉致されて来たプレイヤーであり、そのプレイヤー達に繋がっている異様な装置こそ、プレイヤーに《疑似体験の寄生虫》を憑かせる忌むべき存在――《疑似体験の寄生虫》の《卵》だ。
「なるほどな……ここが《疑似体験の寄生虫》の《巣》って事か……そしてこの装置が、《疑似体験の寄生虫》の《卵》……!」
これさえ破壊してしまえば、もう《疑似体験の寄生虫》は沸かなくなる。そう思った俺が剣を振り上げて、《卵》を叩き割ろうとしたその時、
「待てっ」
耳元に声が届いてきて、俺は咄嗟に動きを止めてしまった。
俺達以外に誰かいるという事実に少しだけ驚きながらその方角に顔を向けてみれば、そこには俺達と同じように立っている人物。
その恰好は白い鎧を身に纏ってその上から白いローブを被っているという、ここに巣食う《ムネーモシュネー》の連中とまるで同じだったが、仮面は白金色で金の装飾がされているという、入口の方で戦った連中とは違う物だった。
その事実から、俺はこの《ムネーモシュネー》が他の連中を束ねる存在である事を、咄嗟に予測する。
「お前は、誰だ!」
黒銀の剣と白翠の剣を構え、ソードスキルをいつでも発動させられる姿勢を取る。先程の者達はこれを見て恐れ戦いたけれど、目の前の白一色の人間はまるで反応を示さない。
「我らは《ムネーモシュネー》。この世界を司り、現実世界をも司る者達」
その仮面の隙間から漏れてきた声は、合成音声のそれに近い、野太いものだった。どうやらあの仮面は、声に編集をかけるフィルターの役割を果たしているらしい。しかも仮面に加えて鎧とローブときてるものだから、あの人間が男なのか女なのか、よくわからない。
「あんた達がそんな名前だってのはよく知ってるわよ。ここは一体何よ」
問いかけを受けた白人間は、弓を構えているシノンに顔を向ける。――仮面に覆われて見えないけれど。
「ここは我らの崇高なる目的が進められる、聖域」
仮面から飛び出す言葉に、心の中で怒りが巻き起こる。これだけのプレイヤーを捕まえて人体実験を仕掛け、疑似体験に迷わせる事が目的とされるここのどこが、聖域だと言うのだろう。
(いや)
ここは本当に聖域なのだ。こいつらが《疑似体験の寄生虫》などの非道な実験を出来る場所は、ここ以外アインクラッドのどこにも存在していない。だからこそ、こいつらはこの場所を聖域と呼称するのだ。
「なるほど、聖域か。じゃあ、そんな聖域でお前らは何の実験をしていたんだ。そして、ここのプレイヤー達はどこから拾ってきた」
白き仮面は俺の方に向く。
「お前達に教える必要はない。そして、お前達がそれを知る意味もない。ので、お前達にはここの者達と同じになってもらおう」
「答える気はなしって事か。それじゃあ、俺達も遠慮なくお前をボコらせてもらうぜ。それに、今この施設には俺の仲間達が――」
そう言って剣を構え直した瞬間、右肩辺りに痛みにも熱さにも似た不快感が走った。一体何が起きたかと思った直後に、身体中に力が入らなくなり、俺はその場で動けなくなってしまった。
何かしたであろう人間の方に顔を向けてみれば、何かを投げた後のような姿勢をしており――その先にある不快感の走る俺の右肩には、黒いシルエットで構成されて、赤い光を纏っている投げナイフが突き刺さっていた。しかも、当たってから数秒足らずで身体に痺れが来ている事から、この投げナイフには麻痺毒が付与されていた事を把握する。
「なっ……」
身体中に痺れが伝わり、全く動けなくなる――そして身動きできないのを良い事にモンスターなどに好き勝手されるから、この麻痺状態というのはSAOで最も厄介な状態だと言われる事もある。
「き、キリト……!」
動かない身体に力を込めて何とか身動きを取り、後方に顔を向けてみれば、そこにあったのは俺と同じようにナイフにやられて麻痺状態に陥り、床に倒れてしまっているシノン、そして苦しそうに地面に伏せているリランの姿があった。いつの間にかあの白衣は、シノンとリランにも麻痺投げナイフを投げ付けていたらしい。
「シノン、リラン……!!」
直後、こつ、こつという足音が近付いてきた。顔を再度向け直してみれば、白き仮面の人間がこちらに歩いてきており、その姿を目にした俺の中に、次の瞬間起きる事が想像される。こいつはきっと、動けない俺達に攻撃を加えて、殺すつもりだ。
そりゃそうだ、こいつからすれば俺達は、聖域を侵した忌まわしき愚者であり、次に何を仕出かすかわからないような存在。すぐさま、消すに決まってる。
そんな事を考える俺の元へ白き人間は一定の足音を立てながらやってきて、顔を覗き込みながら――俺を通り過ぎた。白き人間に攻撃されると思っていた俺はきょとんとしてしまい、白き人間に顔を向け直す。人間は今、実験室の空気を浴びながらシノンの元へ向かって行っていた。
「し、シノン!!」
あいつの狙いは俺ではなく、最初からシノンにあったのだ――俺の中に恐れが巻き起こり、顔が蒼くなっているのが自分でもわかった。
「シノン、シノンッ!!!」
《シノン!!!》
必死になってシノンに叫ぶが、シノンは麻痺を浴びているせいで動く事が出来ず、白き人間はじりじりとシノンとの距離を近付けていく。そしてシノンと人間の距離が5mに満たないくらいになったその時に、突然その間に何かが割り込んだ。
白色のワンピースに似た衣服を身に纏い、黒くて長い髪の毛を持った黒色の瞳の女の子――さっきからずっと付いてきている俺達の娘、ユイだった。まさかユイが飛び出してくるとは予想できず、俺達は思わず声を上げる。
「ゆ、ユイ!!?」
「ユイ!?」
《ユイ!!?》
ユイは両手を広げてシノンへの道を塞ぎ、鋭い眼光で白き人間を睨みつけた。同時に、白き衣装の人間はその場で停止する。
「これ以上ママに近付かないでください! もうすぐ攻略組が来ます。あなたの、負けです!」
人間の前に立ち塞がるユイ。その身体と瞳は小刻みに震えており、恐怖を呑み込んだうえでシノンを守ろうとしているのが一目でわかる。そんなユイを目の前に動く事が出来ない自身の身体を、俺は呪いたくなった。
「……お前くらいの子供に手を上げるような事をするのは不本意だが……」
人間から声が漏れた次の瞬間、人間は一気にユイとの距離を詰めてその首を片手で掴んだ。まだ子供のユイの身体を、人間は片手で軽々と持ち上げて見せ、ユイはギュッと目を瞑りながら首元を掴む人間の腕に掴みかかる。しかし、どんなにユイが力を込めても人間の手はびくともしない。
「邪魔をするならば仕方あるまい」
そう言って、人間は槍投げの要領でユイを壁目掛けて投げ付けた。人間の手から離れたユイの身体は轟音と共に壁に衝突、大の字を逆さまにした形でほんの少しの間だけ壁に貼り付き、そのままどさっという音を立てて床へ落ち……そのまま動かなくなった。
あんな小さな俺達の子供に手を上げた白き人間。その行動を終始目の当たりにした俺の中には膨大な怒りと憎しみが湧いて出て来て、俺の視界を真っ赤に染め上げた。
「ユイ――――――――――――ッ!!!」
「貴様、貴様ァァァァァァァァァァッ!!!」
シノンと俺の声が、機械の可動音で満たされる部屋の中に木霊する。
今すぐにあいつの首を跳ね飛ばしてやりたい。この手元の剣で、その首を跳ね飛ばしてやらねば気が済まなかった。
しかし、娘があんなふうにされて、妻に危機が迫っているというのに、しかし、俺の身体は剣を握るどころか、動く事さえできない。どんなに身体の中に、心の中に怒りと憎しみを募らせたところで、麻痺に逆らう事は出来ないのだ。
《貴様、殺す、絶対に殺す!!!》
リランの怒りに満ちた声が頭に響くが、やはりリランも唸るだけで身動きを取る事が出来ない。そして、俺達に麻痺を与えて動きを止めた人間は、ゆっくりとシノンに近付いて、やがてシノンを見下ろせるところで止まった。
「貴様、貴様、貴様ぁッ!!!」
人間は俺達の声を完全に無視して、シノンに向き直る一方だった。目を凝らしてみれば、シノンは顔をしかめて人間を睨みつけているが、ユイと同じように震えている。本当は怖くて仕方がないけれど、それを相手に悟られないようにしているのだ。
「シノン……!!」
叫んだその時、白き人間はローブの中に右手を突っ込み、何かを握るような仕草をした後に、引きぬいた。その際に握られていたものを目の当たりにした瞬間、俺の身体は凍り付いた。
この世界は身体を動かしてプレイする事を前提にしたゲームだから、飛び道具は弓矢以外には存在しないし、存在してはならない。ので、ボウガンや拳銃などと言った完全なる飛び道具武器は存在しない。――はずだった。
「……!!」
白き人間が握っていた物、それは光を浴びて黒いその身体を輝かせている《拳銃》だった。
次回、やばげ。