キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:衝撃的真実

 20層で昼食を摂り、夕方になった頃に22層の家に戻り、夕食を終えて、いつもより早くベッドに寝転がったが、俺の心は一向に休まらなかった。

 

 あの時のリランと来たら、突然自分は服を着れないだとか帽子を被れないだとか言い出したうえに、クレープが食べたいとか、美味しいとかありがとうとか、これまで見た事のない反応ばかりを繰り返していた。

 

 あんなふうになったリランを初めて見たのは勿論だが、それよりも、リランは自分が竜である事を突然愁い始めたのには、流石におかしさを感じざるを得なかった。

 

 今までのリランはずっと、自分のような竜がいるのだから、お前達は安心して戦ってほしいとか、自分は俺の《使い魔》でよかったとか、竜である事を誇っているかのような素振りを良く見せていたのに、あの時は全然そんなふうじゃなかった。

 

 今まで全然見せた事のなかった様子を俺に見せつけた狼竜。竜である事を憂いている俺の相棒は今、俺の枕元で丸くなって眠りに就こうとしている。今を逃したならば、きっともう聞く事は出来ないかもしれない――そう思った俺は、そっと枕元の狼竜に声をかける。

 

「リラン、もう寝たか」

 

《なんだ今になって。眠れないのか》

 

「あぁ。お前の事で眠れないんだ」

 

《なに?》

 

 リランは身体を起こして、俺の方に顔を向けてきた。しめたと思って、俺はうつ伏せの姿勢になって上半身を少しだけ上げて、匍匐前進の姿勢に似た格好になってリランの方に向き直る。

 

「リラン、昼間、どうしたんだ。お前、明らかにおかしかったぞ」

 

《その話か……その話は別にいいだろう》

 

「よくないよ。あの時のお前はお前らしくなかった。なんであんな事を言い出した」

 

 その時、俺はふと頭の中にある事柄を思い描いた。リランはこれまで記憶喪失に陥っており、その手がかりを探すために俺の仲間に、《使い魔》になったようなものだった。 

 

 しかし、九十三層に到達した今になってもリランに関するクエストは起こらないでいるし、リランが記憶を取り戻している感じもない。

 

 だが、今日のリランのあの様子、まるで忘れていた事を思い出した時のシノンのような素振り……もしかしたらリランは、記憶を取り戻したのかもしれない。

 

「もしかしてリラン、お前、何か思い出したのか?」

 

《思い、出す……?》

 

「そうだよ。お前は記憶喪失なんだろう。俺と出会う前の事を、覚えてないんだろう。

 もうすぐアインクラッドも百層だ、何か思い出したんじゃないのか」

 

 リランは落ち込んだように下を向いたが、やがて首を横に振った。

 

《……いや、そういうわけではない。我は、未だに何も思い出せておらぬ。あの時だって、記憶を思い出したわけではないのだ》

 

「そうなのかよ。じゃあ、なんで……」

 

 リランは軽く溜息を吐きながら、窓の方に顔を向けた。

 

《そうさな……お前達が百層に辿り着いて、最後の戦いを終えた時になら、話してやってよいかもな。だが今はその時ではない。真実を聞きたくば、百層まで行くのだな》

 

「な、なんだよそれ」

 

《だから、我は今、話す気はないと言っているのだ。もう一度言う。聞きたくば百層に辿り着け》

 

 少し溜息交じりに言う。

 

「教えるつもりは、なしか」

 

《そうだ》

 

 多分だけど、《ビーストテイマー》として命令を下したとしても、リランは喋ろうとはしないだろう。非常に心に残って仕方がないけれど、こうなったリランは梃子でも動かない事を俺はこの半年以上の期間で理解している。

 

「ほんと、変なところで頑固だな。わかったよ。それじゃあ、百層まで頑張って行こうぜ。お前の言う真実とやらが聞けるのは、俺とお前の両方が百層を突破できている事が大前提なんだからな」

 

《そうだ。だからこそ、最後の時まで戦い続けるのだぞ、キリト。その背中を、我は押してやるつもりだ。これまでどおりな》

 

「あぁ、頼りにしてる」

 

 聞くだけ無駄だったのだろうか――そんな残念な気持ちを抱えながら、上半身を布団の上に降ろしたその時に、リランの《声》が再度頭の中に響いてきたが――その声色は先程と比べて遥かに穏やかなものだった。

 

《なぁキリト》

 

「なんだ今度は。俺なら大丈夫だよ」

 

《そうではない。お前は先程、我が記憶喪失であると言ったな》

 

 その言葉に思わず反応してしまい、俺は再度リランの方へ顔を向ける。リランはベッドの上に座りながら、とても穏やかな顔をしていた。

 

《確かに我は記憶がない。このリランという名前も、自分の名前が、自分が何者であったかを思い出せないから、お前に付けてもらったものだ。そして我は、この城を登ればきっと何かを思い出せると思っていたから、お前の《使い魔》となってここまでやってきた》

 

「そうだよな。でも、記憶について話すつもりはないんだろう。百層に辿り着くその時まで」

 

《そのつもりだ。だがな》

 

 リランは軽い溜息を吐きながら、小さく《声》を発した。

 

《正直なところ、もう記憶は戻らなくてよいと考えている》

 

「えっ、なんでだよ」

 

《我は確かに記憶を探すためにお前の《使い魔》になった。だが、お前は、お前達は十分に我の失われた記憶の分を、空っぽになってしまった部分を埋めてくれた。

 お前達との思い出があるから、もう記憶はいらない。そう思うようになったのだ。もはや、過去の自分が何者であったかなど、どうでもよいのだ》

 

 俺がリランを連れている理由は、リランが最初に《使い魔》になると言い出したから、そしてリランの失われた記憶がこの城のどこかにあるとわかっていて、それを一緒に探していきたいと思っているからだ。

 

 しかしそれを今、リラン本人が否定してしまった。かつての俺と一緒に居る理由を、完全に否定して見せたのだ。

 

「お前……いいのかよ。俺、未だにお前の記憶の内容を知りたいって思ってるんだけど」

 

《確かにお前の知識欲は人一倍強いものだからな。我の記憶も、知りたいものの中に入っているのだろう。我も、失われた記憶が気にならないわけではない。だがもし、我が全てを思い出して、本来帰るべき場所を知り得たとしても、お前から貰ったリランという名前を捨てるつもりはないし、寧ろ本来帰るべき場所を捨てて、お前の《使い魔》であり続けたいと思っている》

 

「リラン……」

 

 リランは小さく微笑み、もう一度《声》を出した。

 

《もう一度言うぞキリト。そのためにも、途中で死んだりするでないぞ》

 

 何度聞いてきたかわからないような《使い魔》からの言葉。いつもならば、「わかってるよ」の一言で済むのに、今はそうは言えないくらいに嬉しくて、心の中が暖かい。

 

 俺は皆が死なないように、生きて現実世界に帰れるように戦ってきたが、その中でも、俺自身も死なないようにして来た。

 

 俺が死のうものならば、皆を守れるものが誰一人としていなくなり、シノンとユイ、そして仲間の皆を必要以上に悲しませてしまうからだ。

 

 そして、サチを失った時の俺のような悲しみに打ちひしがれた皆が、この世界をクリアできるとは思えない。

 

 だが、何故かその《皆》の中に俺はその中にリランを含んでいなかった。俺が死ねば仲間が悲しみ、そしてリランが行先を失ってしまうのだ。

 

 リランだってAIだから、もしかしたらユイやユピテルの様に、主を失った事によりエラーを起こして、そのまま破損してしまうかもしれない。俺の死は――リランの死も意味する。

 

「そうだな、俺も、お前やシノンを遺して死ぬわけにはいかないし、そのつもりだってない。それにお前の言う真実も聞きたいしな。そのためにも、生きて百層を突破しなきゃだ」

 

 俺は相棒の狼竜に顔を向ける。

 

「そういうわけだけど、協力してくれるか、リラン」

 

 狼竜はふんと得意そうに笑った。

 

《我を誰だと思っている。お前の《使い魔》のリランだ。主を守るのは当然の事だろう。

 最後の最後まで付き合わせてもらうぞ。主よ》

 

「そうだな。何度でも言うぜリラン。百層まで、一緒に戦っていくぞ」

 

 俺はそう言って、相棒の狼竜の頭を撫でた。次の瞬間、重い眠気が突き上げてきて、俺の意識はすぐさま朦朧とし始めた。

 

「やっべ、すっげぇねむくなってきた」

 

《あぁ。我もなんだか眠くなってきたぞ。さっさと眠るとしようぞ》

 

 俺は頷き、「おやすみ」と一言言って、布団に寝転んだ。そのまま夢の中に飛び込むまでに、時間がかかる事はなかった。

 

 

 

 

 

《……百層に辿り着け、か。何を言っているのだ、我は……》

 

 

 

 

           ◆◆◆

 

 

 

 

 血盟騎士団団長キリトが休暇に入ったその翌日、私達攻略組は九十三層の広場でボスの攻略会議を行っていた。

 

 アインクラッドは上に昇る毎にどんどん小さくなっていくので、街から迷宮区までの距離や複雑さはより簡略なものになって行くだろうというキリトの言葉どおり、私達はたった一日でフィールドを攻略して、迷宮区を乗り越え、そしてボス部屋の前まで辿り着いたのだった。

 

 今まで私達はキリトとリランの力に頼って進んでいたようなものだったけれど、今回はキリトもリランも一切攻略に参加していない。

 

 あの二人に頼らないでここまで来れたのは快挙にも思えたらしく、ボス部屋前まで攻略が完了した攻略組の皆は大きな声を上げて喜んだ。

 

 私自身は、別にそんなふうには思っていなかったのだけれど。

 

「それじゃあこれで、作戦会議を終了する。突入は今日の正午だ! 気合い入れていくぞ!」

 

 九十三層のボス部屋を見つけたのはクライン達風林火山だった。クライン達は小規模ギルドであるがゆえに遊撃のような動きが出来るから、自由に動き回ってボス部屋を見つける事だって出来る。

 

 しかし今回クラインは、妙にやる気に満ちていて、風林火山の皆を振り回すような形で攻略に望み、そのままボス部屋を見つけ出したのだけれど、クラインの勢いはそこで収まる事が無く、このままボス部屋に突入し、ボスを倒すなんて言い出したらしい。

 

 そして今、クラインによって九十三層の街の広場で攻略会議が開かれて、ボスの特徴などが集められた情報から割り出され、それに対抗するための作戦が練られて、解散した。

 

 キリトがいない今は、アスナもしくはディアベルが皆に指示をすると思っていたのに、指揮権は完全にクラインが握ってしまっている。

 

 そんな状況になるのは流石に読めていなかったのか、アスナが戸惑ったように私に声をかけてきた。

 

「シノのん、クラインがあんなにやる気になってるの、初めて見るね」

 

「私もあんなに元気溌剌なクラインは初見だわ。キリトがいないから、気合が入ってるのかしら」

 

 周りの皆――そのうちの風林火山の人達に顔を向けてみると、クラインについていけてないかのように、困ったような、戸惑ったような表情を浮かべている。

 

「何だかギルドメンバーの皆も戸惑っているような感じだし……どうしたのかしら、あれ」

 

「さぁね。何か悪いものでも食べたんじゃないの」

 

 そんな他愛もない会話を繰り広げていたその時、皆を引きていたクラインは私達の方へと歩み寄ってきた。

 

「お二人さん、準備はいいですかね。今日の正午に戦闘を開始する予定なんですけれど」

 

「別に大丈夫よ。ボス戦はキリトと一緒に何度も経験してるからね」

 

「キリトがいない今は、アスナさんの剣技とシノンさんの射撃は俺達の切り札とも言っていいです。しっかりと戦ってくださいよ。無事に現実に帰るためにも!」

 

 アスナが少し驚いたような顔をしながら答える。

 

「その気なのはいつもの事だけど、クライン、なんだか随分やる気なのね」

 

 クラインは腰に両手を当てて、力強く言った。

 

「当然ですよ! この城だって後7層、もうじき終わりなんです。ここで頑張れば、早く家族の下へ帰る事が出来るんですよ」

 

 確かにそうだ。このアインクラッドに住んでいる人達、そして攻略組の中にも、現実世界に家族を残してきた人が沢山いる。

 

 そういう人達は、一日でも早く家族の下へ帰りたくて攻略を急ぎたい、生きて帰りたいと思って、私達に協力してくれているのだ。

 

 ――クラインがそう思っていたのは、ちょっと意外だったけれど。

 

「確かにね。私はそうでもないけれど……家族のところに帰りたいって思って頑張ってる人が多いでしょうね。というか、あんたの口からそんな言葉が飛び出してくるのは意外だったわ」

 

 クラインは少し心配そうな顔をしながら、遥か上を眺めた。そこに向けられている目は百層ではなく、この世界を超えた世界、即ち現実世界を映し出しているようだった。

 

「俺にだって家族がいます。もう二年も向こうに置いてきちまったもんですから、俺の事を忘れてなきゃいいんですけれどね」

 

 アスナが首を横に振る。

 

「そんな事はないと思うわ。キリト君だって妹さんやおかあさんがほぼ毎日お見舞いに来てくれてたって言ってましたから、クラインの家族だって、ちゃんとお見舞いに来てくれてるわよ」

 

 

 

「そうだと良いんですけれど……あぁ、カミさんと娘が心配です。俺がいない間、事件とか事故に巻き込まれてなきゃいいんですけれど……帰ってきたら大事になってたなんて事になってたら……」

 

 

 

 その言葉に、私達は天と地がひっくり返ったかのような衝撃を感じた。私達はてっきり、クラインはおとうさんやおかあさん、兄弟などを気にしていると思っていたのだけれど、クラインの口から飛び出してきた家族は、奥さんと娘さん。

 

 これまでクラインとは半年以上過ごしてきたけれど、クラインが既婚者で、更に娘さんまでいる家庭を作り上げている人だと言う話は今初めて聞いた。隣にいるアスナも愕然としてしまっているから、アスナもまた私と同じように、初めて聞いたようだ。

 

「え、クライン、今なんて言った」

 

 アスナがか細くと言うと、クラインはきょとんとした表情を浮かべた。

 

「え、だから現実世界にいるカミさんと娘が心配だって言ったんですよ」

 

 やはりクラインは奥さんと娘さんの話をしている。もしかして私達をからかっているんじゃないかと思いもしたが、クラインの目に嘘の色というか、嘘をついているような感じはなかった。やはりクラインは……既婚者らしい。

 

「え、え、え、あんた、結婚して、子供まで持ってたの!?」

 

「えぇ。そうですけれど……あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

 今まで下心全開で全く油断ならない奴だから、てっきり結婚どころか恋人さえも、いや、女友達さえも作れないんじゃないかと思っていたクラインが既婚で子持ち。そんな衝撃的な真実の暴露に私達は雷に撃たれてしまったかのようになってしまった。

 

「聞いてない、聞いてない! 今まで一緒に過ごしてきた中で初耳なんですけど!」

 

「あれ。って事は俺の記憶違いですかね」

 

 妻がいて、娘がいるという点では、キリトとクラインは同じだ。しかしキリトはこの世界でのみだけれど、クラインは現実でそれを成し遂げている。正直夢なんじゃないかと思って頬をつねりたくなったが、何とかそれを抑え込む。

 

「まさかあんたみたいなのが、キリトみたいなんて……」

 

「えぇシノンさん。貴方とキリト、そしてユイちゃんのやり取りを見てると現実世界での俺を思い出して、ホームシックって奴に駆られるんですわ」

 

 もうクラインの話が一向に頭の中に入ってこない。それほどまでにクラインの口から飛び出た結婚してて子供がいると言う台詞は、破壊力抜群のものだった。あまりに驚きすぎると、何もわからなくなるというのはイリス先生から聞いていたけれど、あれは本当だったんだ。

 

「えぇっと……クラインと結婚するなんて……その奥さんも物好きというべきか……」

 

 口をぱくぱくとさせているアスナの言葉に、クラインは驚いたように言う。

 

「えぇーっ、その言い方はないッスよアスナさん」

 

 もはやクラインの言葉に答える余裕がない。もう驚きすぎてわけがわからない。クラインが結婚してたなんて、娘さんまでいるなんて。まるで情報が濁流のように押し寄せてきてかき混ぜられたような感覚が続いて、意識が軽く朦朧として来る。

 

「さてと、今日の正午にボス戦と行きますよ。俺以外にも、家族のところへ帰りたいと思ってる連中は沢山います。そいつらのためにも、戦いましょうぜお二人とも!」

 

 そう言って、クラインは街中の方へ走っていった。その後ろ姿を見ていた私達は、完全にフリーズして動く事が出来なかった。キリトとクラインが同じ、クラインは現実世界で既婚者である。そのあまりに意外過ぎる真実の暴露に、もう卒倒しそうだった。

 

「なんか……今日のボス戦サボってキリトのところに帰ろうかしら……」

 

「わたしも……ユピテルのところ帰ろうかな……」

 

 そんな事をぽつりと呟く事しか出来ず、完全にフリーズしかけていた私達を、全く聞き慣れていない声が私達を助けた。

 

 そこにあったのは、戦国時代の武士のような鎧を身に纏っているのが特徴的な、クライン率いるギルド、風林火山のギルドメンバー達だった。その顔は、どれも不安そうな表情が浮かんでいる。

 

「あれ、あんた達って……」

 

 私の言葉を受けて、武士達の一人が口を開いた。

 

「……お二人と、そしてここにいませんけれど、血盟騎士団の団長に相談があります」

 




衝撃的真実→この時間軸ではまさかの既婚者だったクラインさんの事。

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