「……あの、動きにくいんですけど」
「うふふ、カズキくんが浮気して帰ってくるのがいけないんですわ♪」
修学旅行が終わって無事帰宅し、数日経ったとある休日。
帰ってきてからと言うもの、朱乃さんがいつも以上にくっついてくる様になった。
今も食器を洗っていると肩に頭を乗せてくるし。
どうもイッセーとゼノヴィアから余計な事を聞いた様で、こちらの言い分は全てこの台詞で流される。
誰とも付き合ってない上に、一切手ぇ出してないのに浮気って何さ。
「あら、この状況でゼノヴィアさんが何も言わないのは珍しいですね?」
「私は旅行中カズキと一緒に楽しんだからね、朱乃さんが甘える位は認めないと」
ロスヴァイセさんが掃除機をかけながらゼノヴィアに尋ねると、ゼノヴィアはモグラさんと一緒に洗濯物を畳みながら笑顔で答えている。
こいつも配慮ができる様になったのか、成長したもんだ。
「……手、震えてますよ?」
「あぅ……」
そうでもなかった。
家事が一通り終わりスコルとハティに芸を仕込みながら遊んでいると、リアス先輩から呼び出しが掛かった。
俺とロスヴァイセさんはこれから会長さんとやっている冥界の番組の収録へ行かねばならないので、そちらは朱乃さんとゼノヴィアに任せる事にした。
リアス先輩からの無茶振りより、会長さんとの番組の方が安全だろう。
会長さんは先日ついにモグラさんとの皮むき勝負に勝利し、最近ご機嫌だと匙が言っていた。
勝った嬉しさのあまり俺に抱き着いてきた程だ、我に返った会長さんに魔力で吹き飛ばされたけど。
それでも未だにお菓子の方はダークマターを精製するのだから不思議すぎる。
あの人が触った製菓材料は、不可思議な物に変質でもするのだろうか?
まぁそんなこんなで番組も無事終了し、会長さんと別れて帰宅。
帰ってきたのに気付いたスコルとハティが、玄関まで出迎えに来てくれる。
二匹ともかわいいなぁ、もう。
スコル達の後ろから来てくれた朱乃さんに、今日のリアス先輩の要件は何だったのか聞いてみた。
「以前私たちと戦った、リアスの元婚約者であるフェニックス家の嫡男ライザー。その妹であるレイヴェル・フェニックスが、彼について相談に来ましたの」
なんでもあの焼き鳥ヤンキー、イッセーにボコボコにされてからドラゴン恐怖症になってしまったそうだ。
真面目な時のイッセーは確かに迫力あるからな、あの筋力バカに殴られるのは俺も嫌だ。
「いろんな人たちに尋ねて回ったら、リアス先輩に相談するのがいいってアドバイスを貰った訳ね」
「原因が原因ですし、そのまま全員でフェニックス家へと赴き訪問してみたのだけど……かなり重症の様ですわね。イッセーくんを見た途端、プライドの高かった彼がベッドに飛び込んでましたもの」
で、イッセーがライザーに『根性』を教える為に、タンニーンさんに頼んで山籠り中だと。
あいつも大概筋肉理論だよな、取り敢えず身体を動かせば何とかなる〜みたいな。
「まぁ面白そうだし、今度匙でも誘って見学に行ってみるか」
「そう言えばリアス部長がイッセーが特訓している山の近くに温泉があると言っていたぞ、みんなで行ってみないか?」
「温泉ですか、京都のホテルで入った露天風呂は素敵でした」
玄関からリビングに移動するとゼノヴィアが皿を並べながらそんな事を言い出し、ロスヴァイセさんが京都で気に入った露天風呂に想いを馳せていた。
「じゃあみんなで行きましょうか。カズキくんも一緒に入ります?」
「まだ死にたくないので遠慮します」
朱乃さんがいじめっ子な表情を覗かせながら聞いてくるが、そこはスルー。
温泉か……イッセー達の足掻いている姿を見るのもいいが、そっちの方が楽しめそうだ。
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ライザーに根性を身に付けさせる為に、タンニーンのおっさんの領地にあるドラゴンたちが住む山に来て今日で三日目。
俺もついでに走り込みなんかのトレーニングをやっているんだが、慣れない雪の上だとなかなかキツイ。
当然ライザーも辛い様で泣き言を漏らしまくっているが、向こうは後ろからドラゴンが追いかけてきて氷のブレスを吹き掛けてくるので死に物狂いで走り続けている。
「ほらほら、遅いですよ!」
「うわぁぁぁっ! 凍る、俺の炎が凍るぅぅぅっ!?」
「お兄さま! これぐらいで音を上げてどうしますの!」
あんな感じでサボると、レイヴェルの乗った水色ドラゴンに喝を入れられるのだ。
フェニックスの炎が凍るとか恐ろしすぎる。
でもまぁ最初に比べれば元気かな、フェニックス家にこいつを迎えに行った時なんて俺の顔を見た途端怯えてたし。
この調子で頑張って、なんとかドラゴン恐怖症が治ればいいんだけど……。
その後も一時間ほど走り込みを続け、今は休憩時間となり水分補給。
ライザーは疲労困憊で、横で仰向けに倒れている。
「山に篭って修行なんて野蛮人のする事だ」
「受け継いだ血と才能を重んじて、貴族らしく生きるのが上級悪魔なんだ」
「こんな泥臭い真似をしないといけないなんて……!」
出てくる出てくる愚痴のオンパレード。
生粋のお坊ちゃん気質は、そう簡単には治らないようだ。
まぁ俺もおっさんと特訓を始めたばかりの時は、戸惑ったし怖かったけどさ。
休憩が終わると、ライザーは先程とは違う蒼い鱗のドラゴンに追い回され始める。
「ほらほら行くッスよ〜、フェニックス家の坊ちゃん。キビキビ走らねぇと黒焦げッスよ〜」
「ぐあぁぁぁっ!」
確か『蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)』とかいうドラゴンの高位種族で、アーシアが使い魔にしてるのがこの種族の幼体なんだよな。
ちなみにさっきの水色ドラゴンも『氷雪龍(ブリザード・ドラゴン)』っていうこれまた高位種族のドラゴンさんです。
流石おっさんの領地に住んでるドラゴン、強そうなのがゴロゴロいるぜ。
俺も走り出そうとすると、レイヴェルがバスケットにパンケーキを入れて持って来てくれた。
折角持ってきてくれたんだし、もう少し休憩しようかな。
持ってきてくれたパンケーキを摘みながらレイヴェルと色んな話をしていると、今日の夜に部長たちがこの近くにある温泉にやって来るらしい。
……温泉、か。
修行の終わったその夜、俺は修行中の寝床にしている洞窟の中にある寝袋から静かに這い出る。
–––温泉! 部長たちが入っている温泉!
これはもう、覗くしかないだろ!?
ここで行かないのは俺じゃない!
俺といえば覗き!
ここで覗いてこその、俺だ!
問題はライザーに気付かれない様に洞窟を抜け出す事なんだが……妙に静かだな?
何時もなら不満を垂れ流している筈なのに……まさか!
俺がライザーの寝袋を確認すると、そこにはライザーの姿は既になかった。
忘れてたぜ……あいつは、ハーレムを作ったスケベ野郎だったって事を!
こうしちゃいられない!
あいつにアーシアの、部長の至高のお乳さまを拝ませてなるものか!
「くそったれ! お前なんかにみんなの裸を見せてたまるか!」
俺は怒りと共に禁手となり、赤龍帝の全身鎧を身に纏い洞窟から飛び出した。
暫く飛び続けると、雪が静かに舞う夜の山の先に炎の揺らめきに似た何かを捉えた。
間違いない、ライザーが炎の翼を広げて飛んでやがる!
「待ちやがれライザー! お前に温泉は覗かせないぞ!」
「チッ、バレたか!だが覗いて何が悪い! 温泉に入る女がいるなら、それを覗くのが男だろうが!」
ライザーは特大の炎を放ち、俺はドラゴンショットをブッ放す!
互いに攻撃が避けられ放った攻撃は近くの山へとぶつかっていき、辺りに爆音を響かせる!
「それが貴族のする事か! バカじゃないの!? 見せてたまるか、俺の部長だ!」
「俺の立場で考えてみろ! あのデカい乳を一度も生で見ないで諦められると思うか!?」
ぐうぅ!
た、確かに諦めきれないかもしれないが、それはそれだ!
つーか、お前調子戻ってるじゃないか!
乳見たさに復調しやがって、俺の努力を返しやがれ!
「雷の巫女の乳も見たいしな! あれもデカいだろう!」
「朱乃さんのおっぱいだと!? お、俺も見たい……けど!」
【なるほど、面白そうな話をしているじゃあないか】
一瞬、背筋が凍った。
それは気候のせいでは決してなく、心臓を直接握り締められた様な感覚だった。
何か異様な威圧感が、その声には含まれている。
俺は恐る恐る声のした方へ振り向くと、そこには堕天使の翼を背中に携えた友人が銀色の装甲を身に付けて、胸の前で腕を組みながら佇んでいた。
「どうした、話の続きはもういいのか?」
「いや、待てカズキ! 俺は覗きを企むこいつを止めようとだな!?」
「何を言っている、貴様も覗きに来たんだろうが! いや待て、カズキ……? っそうか! あの時の人間かぁっ!!」
ば、なに攻撃してんだ!?
ライザーの放った炎がカズキへ迫っていく。
しかしカズキは避けるでもなく、腕を組んだまま立ち尽くしているのみ。
あいつ、避けない気か!?
勢いを落とす事なく炎の塊はカズキに迫っていき、カズキは頭を後ろに僅かに反らし……勢いよく叩きつけた!
「フンッ!」
ず、頭突きでぶっ飛ばしたぁ!?
炎って頭突きでかき消せるもんなの!?
ライザーもこの結果は予想していなかった様で、驚愕して動きが止まっている。
「もう終わりか、じゃあ反撃……だ!」
「ゴペッ!?」
カズキは腕組みを解くと、背中のブースターを吹かして一気に距離を詰めてライザーの頭にゲンコツを落とす。
ライザーはマヌケな声をかけあげると、そのまま地面へと落下していき見えなくなってしまった。
し、死んでないよね……?
「さて、次はお前だイッセー」
「俺も!? いや、だから俺はあいつを止めようと!」
「ったく、二人してバカスカ撃ちやがって。気持ちよく温泉に浸かってたのに、急に魔力の塊が飛んできたから何事かと思ったじゃねぇか」
あ、さっきライザーと撃ち合ってた攻撃か。
あの流れ弾がカズキに命中してたのか……そ、それは悪い事をしてしまった。
「それにどうせお前も覗こうとしてたんだろ? 同罪だ」
その言葉を最後に、俺目掛けて降ってくるカズキの拳。
咄嗟に防ごうと頭上に腕を重ねたが、落ちてきたのは頭上ではなく顔の両端。
攻撃を喰らう直前、これは匙にやられた脳を揺らす技なんだと気付いたが、俺の意識はそこで途絶えた……。
うぅ、なんだ?
頭がガンガンする上に、やけに外が騒がしい。
というか、俺は昨日何を……?
痛みの走る頭を抱えながら洞窟から出ると、そこには普段の殺風景な景色とは別物の光景が広がっていた。
「この屑が! チンタラ走ってるんじゃない! ブリさんと炭酸飲料をけしかけるぞ!?」
「兄さんいい加減ちゃんと呼んでくださいよ、俺は『蒼雷龍』ッス」
「何故この俺様が、あんな奴にこの様な仕打ちをぉ……!」
「不服そうだな、何か文句でもあるのか!? なんならもう十周、大岩抱えて走ってみるか!?」
「ぐぅぅ!」
「だが反論出来る余裕があるとは上出来だ! ペナルティは五周にまけといてやる! どうだ、嬉しいだろう!?」
「くそったれめぇぇぇ!」
軍服っぽい服を着込んだカズキがライザーに檄を飛ばし、ライザーは身体の何倍も大きな岩を背負って走り回っている。
カズキの後ろには強そうなドラゴンが数匹控えていて、ライザーがサボらないように監視している。
て言うか、洞窟の前ってこんなに広い平地だったっけ?
一体何がどうしてこうなった?
「おぉ、起きたか兵藤一誠」
俺が呆然としていると、タンニーンのおっさんが空から降りてきた。
頭にはカズキの神器であるモグさんが乗っている。
仲良くなったんだね、てかこの状況はなんなの?
「昨日の夜、瀬尾一輝が気絶したお前たちを抱えてやってきてな。鍛え直すから地形を変える許可が欲しいと言って、許可したら一瞬で大地を持ち上げて平地を作り上げた」
あぁ、モグさんの力で地面を盛り上げたのか。
確かにランニングするならこの方がやりやすい。
「見事に【豊穣土竜】の力を使いこなしているのにも感心したが、ここいらの高位種族のドラゴンを一晩で手懐けたのには流石に驚いたぞ」
いやいや、こんな大量のドラゴンを一晩で手懐けるってどんな手品?
モグさんマジパネェ。
しかも高位種族って……あ、走り込みを手伝ってくれた『氷雪龍』さんと『蒼雷龍』さんもいる。
カズキは俺に気付くと、ゆっくり歩きながら近づいて来る。
「起きたかイッセー。モグラさんに大岩作って貰うから、お前もそれ担いで走れ。昨日の覗き未遂の罰だ、匙も走ってるぞ」
本当だ、岩を担いで走ってる。
実はあいつも昨日会長とシトリー眷属みんなで温泉に来ていたそうで、カズキと一緒に入浴していたが俺たちの撃った流れ弾で吹っ飛び運悪く女湯に着水。
その際に部長やソーナ会長含め、シトリー眷属の女の子たちの裸を見てしまったそうだ。
不可抗力とは言え、ソーナ会長からお仕置き代わりにここで鍛える様に言いつけられたらしい。
「どうもお前は甘過ぎるみたいだからな、俺が焼き鳥ヤンキーの性根を叩き直す。ついでにお前と匙も鍛えてけ」
おかしい、笑顔がものすごく胡散臭い。
あいつはなんで誰よりも悪魔的な立ち位置にいるんだろう。
部長、俺はもう貴方に会えないかも知れません。
あぁ、最後にあの素晴らしいお乳さまを拝みたかった……
「ようこそ、ここが地獄の入り口だ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
カズキくんがライザーを鍛え直すと言い、イッセーくんと匙くんを連れて山に行ってから三日が経ちました。
流石に心配だとリアスが言い出し、修行を行っているというタンニーン様の領土へみんなで向かい到着したのですが……。
「いいか! 今の貴様らは家畜以下だ、この世で最も劣った生き物だ! そこから死ぬ気で這い上がって、一端の悪魔に成り上がれ!」
「またお前か焼き鳥野郎! 何回も倒れやがって、このゴミ虫が! ドラゴンの餌にされたくなければさっさと起きてキビキビ走れ!」
「ヒィヒィ喚いてみっともないとは思わんのか! 貴様らのしみったれで貧相な根性を捻り出してみろ!」
「わざと倒れて目立ちたいか!? 辛いふりをして同情を引きたいか!? 負け犬根性の染み付いた屑どもめ!」
「何も考えず、何も感じずただ走れ! 貴様らのやるべき事はそれだけだ!」
「「「ドラゴン! ドラゴン! ドラゴン!」」」
何だかカズキくんがとても楽そ……コホン、ハッスルしながらイッセーくんたちをシゴいていました。
カズキくんに何かを言われると、三人とも虚ろな目のまま口を揃えて『ドラゴン!』と叫んでいます。
それが異様に感じられるのは、私の気のせいではないのでしょうね。
その光景を見たリアスとソーナ会長、そしてレイヴェルちゃんはそれぞれイッセーくんたちに駆け寄っていきました。
「イッセー! 大丈夫なの!?」
「ハッ! 自分は大丈夫であります!」
「わ、私の胸に触れても何の反応もないなんて!?」
イッセーくんがリアスの胸に何の反応も示さない、これは重症ですわね。
匙くんとライザーも同じ様で、それぞれが同じ様な反応しか帰ってこない様です。
カズキくんは不満そうでしたが結局訓練はこのまま中止となり、三人はアーシアちゃんの治癒の力とそれぞれの仲間や眷属の呼び掛けにより次第に調子を取り戻していきました。
ライザーのドラゴン恐怖症もその際に完治し、今では進んで自分を鍛える様にすらなったそうです。
『あの体験をすれば大概の事に恐怖など感じなくなるし、どうでもよくなる』と語っているとか。
カズキくんがどんな訓練を施したのか、三人に尋ねると揃って口を閉じるところを見ると、思い出したくもないほどキツい訓練だったのでしょう。
ちなみにカズキくんはフェニックス家からお礼を貰ってホクホク顔で帰ってきました。
自宅でモグちゃんやスコルたちと戯れるカズキくんを見ていると、そんな事をする人には見えないですわね。
しかしあの時のカズキくん、とても楽しそうでした。
カズキくんに口汚く罵倒されるのもそそりますが……あれ、次の機会があったら私もカズキくん側で参加したらダメかしら?
後日イッセーは匙に流れ弾の件を謝ったのだが、会長の裸が見れたから問題ないと言っていた。
漢だな、匙。