チュワンは、薄暗い部屋のソファで目を覚ました。そこは彼の私室ではなかったが、同じような間取りの屋敷の一室であった。
ベッドには二人の少女が、毛布にくるまれ寝息を立てて眠っていた。
チュワンは地面に散らかっていた自分の衣服を身につけると、振り返りもせずに部屋を出た。
端末で時間を確認すると、時刻はすでに深夜3時を回っていた。屋敷の廊下で一人たたずみ、チュワンは自問する。
このまま自分は続けていけるのか、不安要素はないか。
ヨハンはよくやっている。彼を迎えたのは間違いなく成功であったし、その証拠に他のガキの能力の向上は著しい。
だが、ヨハンがいつ裏切らないとも限らないのも事実だ。
俺の城を、誰にも奪われてはいけない。そのためならば、他の全てがどうなっても構わない。
チュワンはしばらくそうしていた後、自室へと戻っていった。
マーチャントギルド「ブッホ・コンツェルン」が月に所有するビルの一室で一人、ペンを咥えモニターを見つめる青年がいた。豪華な部屋にはやや不釣り合いな、カジュアルな服装に身を包んだ彼は、自分宛のメールの文面と別に開いた名簿を見比べながらうなっていた。
彼、ナカジマ・ユズはブッホ・コンツェルンの幹部メンバーの一人である。
実力主義のこの組織の幹部にふさわしく、19歳という年齢ながら2つの事業を展開するやり手の青年であり、ヨハンをバルバロスへと紹介したのもまた彼であった。
そんな彼を悩ませていたのは、今開いてるメールの文面である。そこには、フランチェスカが本来ゲーミングチャイルドの療養施設であったこと、管理委託後から報告が途絶えていたこと。
そして、フランチェスカへと艦隊が派遣されたことが記されていた。
「どうしたもんかね……」
ユズはペンを額に押し当て考えを巡らせていた。
自分が紹介した手前ヨハンを見捨てるという選択肢はないが、仮にヨハンにこのことを教えたところで艦隊を追い返すなどとてもできるとは思えない。増援を送るのでもいいが、クランを動かして軍と戦わせるのは問題がありすぎる。
あまり面が割れておらず、身軽に動け、かつ戦力として期待できる部隊はいないものか。
ユズが端末のモニターをスクロールしていくと、ある項目でその手が止まる。
それは、彼の推進している事業の名簿の一つであった。
「木星へのスイーパー派遣とCV系ジャンク市場の勢力拡大」と銘打たれたプロジェクトの実戦部隊の名簿、そこには「現在補給のため本社」と書かれた一団がいた。
「彼らには悪いけど、残業だと思って働いてもらおうかな」
ユズはメールフォームを開くと、短い文章に緊急用のコードを添付し送信ボタンを押した。