次にヨハンが呼ばれたのは、翌日の午後であった。
初めての仕事だ、彼ははやる気持ちをなんとか抑えながら指定された会議室へ向かった。
「よぉヨハン、時間通り来たな?」
入ってきたヨハンを見やり、チュワンは口角を吊り上げいかにも悪の親玉といった笑みを浮かべた。会議室にヨハンとチュワン以外の人影はない。
チュワンは顎でしゃくって座るよう促すと、口を開いた。
「さっそくお前にお仕事だ。飛び切り海賊らしいのを用意してやった。お前の力量を計らせてもらおうか」
ヨハンの端末に作戦の情報が送られてくる。内容は地球連邦軍艦の指定宙域での破壊、但し乗員は一人以上生存させることとある。
なるほど確かになんとも海賊らしい任務といえるだろう。ヨハンは満足げに頷くと答えた。
「了解した。引き受けさせてもらう」
しかし、それを聞いたチュワンの返答はヨハンの想像とはだいぶ違ったものであった。
「あ? お前はいったい誰に話してるんだ、俺か? 俺はお前のボスだぞ」
どうやら態度が気に食わなかったらしい。上下関係に薄いスイーパーにいたからかこういったことに鈍感になっていたヨハンは、そのことに気づくと慌てて頭を下げた。
「す、すいません。気を付けます」
「あぁ……」
哀しいかな、GBWFに閉じ込められ1年以上になるが、現実世界での生活のせいか謝罪は板についてしまっている。
反射的に頭を下げたことで怒りを買うことは避けられたようだが、ヨハンの胸中にはやるせないものがこみ上げていた。
海賊になっても今までのような自分なのか。
ヨハンは浮かんでくるマイナスの思考を振り払うように立ちあがり会議室を後にすると、作戦準備のためMSハンガーへと向かった。
チュワンが自室でに戻ると、ベッドには一人の女が眠っていた。
彼女、ナオミ・クーは現実世界でのチュワンのガールフレンドであり、その関係はこのGBWF内でも続いていた。
濃い化粧を落とさずに眠る彼女を見やると、チュワンは彼女に当たることも気にせずベッドに端末を投げ込むと、ソファに腰かけた。
直接ぶつかりはしなかったものの違和感を感じたのかナオミはゆっくりベッドから起き上がると、トップレスであることを気にする風もなくチュワンに話しかける。
「ねえ、新しい人のところに行ってたんでしょ? よく入れてあげたわね」
「お前と違って俺はいろいろ考えてんだよ。お前にはわかんねえだろうが」
チュワンは手元にあったミネラルウォーターをあおると彼女の方を見もせずに答えた。ゲーム内のアイテムに過ぎないそれは、それでも忠実に再現された口内の渇きを潤してくれた。
内心、チュワンはヨハンのことを信用していたわけではなかった。それでも、構成員の大半がゲーミングチャイルドであるバルバロスの戦力不足は無視できるものではなかった上、「連中」からの要求は徐々にではあるがエスカレートしている。
このままの体制ではじきに限界が来ていたであろう。そんなときにきたスイーパー上がりの男の入隊希望はまさに渡りに船だった。
彼への入団許可は直接的な戦力の向上のみならず、彼による教導によって全体の戦力の底上げも見据えたものであったのだ。
それだけの戦力を預けるのは大きなリスクでもあったが、幸いにも彼は反乱などという大事を起こせるだけの器ではなさそうだというのがチュワンの考えだった。
全てはこの狂った世界で生き残るため、チュワンはもう一度ミネラルウォーターおあおった。