ただ一つの、あこがれだけは   作:インノケ

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チュワン


12話

 チュワン・クランは恵まれた青年であった。裕福な家庭の一人息子として生を受け、何不自由なく成長した。勉強、運動を問わず、様々な分野において才能を発揮し、まさしく誰もが認める天才であった。

 GBWFに参加してからもそれは変わることはなく戦闘や指揮、果てはシステム解析まで、瞬く間に成し遂げてみせた。彼にとってはこのデスゲームも多少刺激がある程度の遊びに過ぎなかった。

 やがて彼は、現在の地球連邦軍の1代前に当たる旧連邦軍で、ある計画を任せられる。それは、表向きはパイロットのストレスを和らげるゲーム内ドラッグの開発であり、彼自身もそうだと信じて計画に従事していた。

 しかし彼はその優秀さゆえ、上官の知らない独自の情報ルートから、この計画の裏の目的を知ることになる。

 

 GBWFにはゲーミングチャイルドと呼ばれる、十代以下の幼いプレイヤーが存在する。彼らは脱出不能のデスゲームという環境とその身体的、精神的ハンデから、通常の生活を送ることが困難であり、一部ではまるで奴隷のように扱われることすらある。

 旧連邦軍ではこれを問題視し彼らを保護していたが、一方で組織の予算を圧迫する彼らの有効利用を考えていた。

 そこで目を付けられたのが、彼らを軍の兵士に仕立て上げようという計画であった。薬物により死を恐れなくなった状態の子供たちを、安価な兵士として扱う。

 当然許される行為ではないが、そう判断できるだけの良識を持った人間が、当時の旧連邦軍にはいなかったのだ。

 

 チュワンにとってさらに運が悪かったのが、偶然にもそのゲーミングチャイルドを見かけてしまったことである。格納庫のMAのコックピットから、わめきながら数人の大人によって無理やり引きずり出される少年を、彼は見てしまったのだ。

 彼がまず最初に感じたのは、恐怖であった。あの少年が今にも自分に殴り掛かった来るのではないか。彼だけではない、他の子供たちもだ。彼はボクシングにも通じていたが、これはそういった問題ではなかった。

 狂人のような子供たちが、自分を恨んでいる。そう考えると、彼はただ恐怖するしかなかった。

 次に感じたのは不安だった。自分はこのまま開発を続けていいいのか、軍でのうのうと暮らしていていいのか。こんなことが問題にならないはずがない。すぐにでも軍から放逐されてしまうのではないか。

 行く当てはいくらでもあったはずだが、彼は不安を感じずにはいられなかった。

 

 結果として、彼の予想は当たらずとも遠からずといったところであった。旧連邦軍は、内部の腐敗が進みその姿を保てなくなり、ついには空中分解を起こしたのである。

 一人、また一人と組織を去っていく中、彼は行動を起こした。

 

 既に計画を推進していた上層部のプレイヤーは姿を消しており、真実を知るものは彼とほか数人のみとなっていたのだ。

 彼は持てる限りの力を尽くし、この計画についてのデータを消去、ゲーミングチャイルド保護施設としての体裁を整えた。そして、既に発足していた新連邦軍の幹部に接触。極秘に幹部の私兵として働くことを条件に施設の存続を認めさせたのである。

 

 彼にとって唯一誤算だったのは、もう戦わなくてもいいようにと保護したはずの子供たちが、「恩返し」として彼の戦いに参加したことであった。彼にしてみれば恩どころか自分が元凶の一端なのだが、子供たちにとってチュワンは恩人だったのだ。

 

 

 ギルと呼ばれた男は、顔にはギラギラとした笑みを浮かべながら、その奥底では不自然なほど穏やかな気分であった。アーノルドが売られた喧嘩の加勢に来たつもりが、かつての仲間がその喧嘩相手だという。

 

 彼は、純粋に再会を喜んでいた。旧連邦軍時代、彼らは同じ司令官の下で戦っていた。チュワンは、戦いに怯えて何もできなかった自分を、一人前のパイロットにしてくれた。アーノルドは文句を言いながらも、戦闘後はいつも彼が拾いに来てくれた。

 いい友達だったな、ギルは思い返す。

 実際、他の二人にとっては任務として粛々と遂行していたにすぎなかったが、既にまともな思考のできなくなってしまったギルに、それを理解することはできなかった。

 チュワンがMSで近づいてくる。

 差し出された手に握手で返すように、彼がライフルを持っているから自分も機体にライフルを持たせる。

 メタンフェタミンといったか、以前チュワンが教えてくれた薬の名前だ。

 難しいことはわからなかったが、そういったものを再現した薬のおかげで、自分は今パイロットとしてやっていけている。

 ギルは大好きな親友に向けて、トリガーを引いた。

 


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