ただ一つの、あこがれだけは   作:インノケ

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出撃


10話

『続いてフリント、射出位置へ』

 パイロットスーツのスピーカーにオペレーターの少女の声が響く。

 機体を乗せた床がゆっくりと動き、カタパルトの後端へと接続する。同時に、カタパルトに進路を示す明かりと射出タイミングを計るシグナルが点灯する。

 

「ヨハン・ジルバ、フリント。出る!」

 言い終わると同時にフットペダルを踏み込み歯を食いしばる。

 凄まじい勢いで放出された機体は、既に出撃していた他のMSを追い抜き、全24機で構成された隊列の先頭に加わる。

 母体が母体だけにバルバロスは人員だけは豊富であるが、パイロットは能力がなければ勤まらない。

 

 ヨハンが来てからの数か月、彼らはヨハンから生き残るための戦いを身につけていた。それは彼がスイーパーとして戦ううちに会得したものであり、撃墜数こそ上がらないものの多数の敵を相手にするのには有効な戦術であった。

 もはや彼らは、ヨハンにとっては頼りない子供たちではなく、背中を預けて戦うに足りる戦友であったのだ。

 隊列を維持したままフリントを加えた25機は一直線に目標のポイントへ向かう。出撃の直前、ユズから艦隊の進路の情報を受け取っていたため、彼らは先回りをすることにした。

 艦隊の側面を側面から急襲し、襲った敵艦を盾に一気に旗艦を叩こうというのだ

 いくらMSが多くとも艦隊を相手にするのは分が悪く、いかに迅速に敵旗艦を潰すかがカギだとヨハンは考えた。

 

 接敵までの時間、ヨハンは今後のことについて考えていた。

 この戦いがどんな結末を迎えたにしても、もうバルバロスはフランチェスカにいることはできないであろう。そもそも、このままバルバロスにいる意味はあるのだろうか。

 バルバロスは海賊ではなかったどころか、とんでもない問題を抱えていた組織。だったのだ。

 これ以上とどまる理由はないと思ったものの、ヨハンにとってその答えは間違ったものに思えた。前がどうであれ、今一緒に富んでいる少年たちは自分にとって大切な仲間である。そんな彼らをおいて出ていくようなことは、ヨハンにはできなかった。

 

それでも彼からは迷いが消えなかったが、それはコックピット内に響くタイマーのアラーム音によってかき消された。まもなく、接敵予測時間なのだ。ヨハンは頭を振って気持ちを切り替えると、通信を開いた。

 

「よし、作戦を開始するぞ。いいか、俺たちは生き残るために戦いにきたんだ。忘れんなよ!」

『『『了解!』』』

威勢のいい声がスピーカーに返ってくる。

 

『海賊の隊長っぽくなってきたんじゃないですか、ヨハンさん』

少年のうちの一人がヨハンに笑いながら話しかけてくる。

「茶化すなよ。チュワンさんの話し方がうつっただけだ」

 ヨハンも笑い返す。なんだって考え様か、とつぶやくと、ヨハンは操縦桿を押し出した。

 

 

 最初に攻撃を仕掛けたのはヨハンたちであった。

 速度の乗った3機のドートレスネオが艦隊の右翼にいたネルソン級に一斉に手持ちで用意していたシュツルムファウストの攻撃を浴びせると同時に方向転換をかけ後方へと退いていく。

 襲撃を予測していなかったためか迎撃用に外に出ている直掩機はおらず、ネルソン級の側面でいくつかの爆発が発生し、艦体がバランスを崩す。攻撃を受けたのと逆側のMSデッキからジムIIが2機、遅れて攻撃を受けた側のMSデッキを突き破ってジェガンが2機踊迎撃に出てくる。

 

 艦艇は三隻、両翼のネルソン級に囲まれた中央のマゼラン改級が旗艦かとヨハンはアタリをつけると、MSへの迎撃行動に出た。

 「頼むから、動作してくれよ!」

ヨハンがパネルを高速で操作すると、フリントの腕が腰についていた直方体状のもとのビームザンバーを連結させ、構える。

 射線上にいたジムII が逆噴射をかけ軌道を変えるが、ヨハンは構わずトリガーを引き銃身を振った。吐き出された光弾は線状ではなくぶつ切りのビーム弾となってばら撒かれ、数発が逃げたはずのジムIIの脚部に刺さる。

 ヨハンが頼んでいたのは、ザンバスター用のアタッチメントであった。広域へと攻撃をするため、ビームマシンガンの携行をヨハンは望んでいた。

 

 当たり所が悪かったのかジムIIはそのまま幾度か爆発を起こすとネルソン級の先端へと流されていった。

 その行方を目で追いながらフリントは次の目標を捕捉する。ネルソン級の向こうからは他の艦の搭載機がこちらへと向かってきており、ヨハンたちは、ネルソン級の影から出ないことを心がけながら戦闘を継続する。僚機のクラウダ機がジェガンを撃墜したのを確認すると、フリントはネルソン級の影から飛び出し、マシンガンをばら撒きながら一直線に駆け抜ける。

 

 迎撃に出てきたMSの攻撃が一気にフリントに向くものの、急加速をしたフリントに命中させることは適わない。

 そして、フリントへと注意を向けていたため、MS達は直上から迫る、直前に分かれていた別働隊のドートレスネオからのグレネードを迎撃することができかった。3発のうち2発が左翼のネルソン級に刺さる。艦橋と主砲がつぶされ対空砲火がぴたりと止むと、3機のドートレスネオは流されるだけの的になったネルソン級へダメ押しの攻撃を加え、完全に破壊する。

 

 中央のマゼラン改級がやけになったのか、ネルソン級をむさぼるドートレスネオへ、ネルソン級に攻撃が当たるのも構わず火砲を乱射する。

 ドートレスネオ3機は散開しマゼラン改級へと攻撃を加えようとするが、同じく死に物狂いのジムIII3機がそれを阻む。次々と発射されるミサイルランチャーにドートレスネオの一機が巻き込まれ、爆炎とともに左腕が吹き飛ばされる。

 無傷の2機が損傷した機体を庇うように後退をかけ、後方から別のドートレスネオ3機が現れ、追撃してきたジムIIIを食い止める。

 

 フリントはクラウダ3機とともに、左翼のネルソン級から辛うじて抜け出したジムIIとジェガンの相手をしていた。

 お互いに決定的といえるような有効打こそ打てないものの、損傷を回避し続けているヨハンたちが僅かに優勢といったところであった。

 ヨハンが勝利を確信したその時、通信機に悲痛な叫び声が飛び込んできた。

『ヨハンさん! 別の艦隊が!』

 出撃時にも聞いたオペレーターの少女の声だった。ユズからの情報ではそんな別の艦隊などいなかったはずだ。

 ヨハンは聞き返そうとするが、僚機のクラウダが目の前で被弾し、戦闘の継続を余儀なくされる。

 

 オペレーターからの通信は途絶え、状況を把握することができない。

 先ほどの通信は隊全体に聞こえていたのか、先ほどまで優勢であったヨハンたちだったが、動揺のせいか徐々に被弾が増えていく。

 今すぐにでも状況を確かめに行きたいが、ヨハンがここを離れれば勢いを失ったこちら側が押し返されてしまう。しかしフランチェスカが墜ちてしまえばどうしようもなくなってしまう。

 

 ネガティブな思考に囚われかけたヨハンを救ったのは、聞き覚えのない声であった。

『すみません、遅れました!』

『無事か、海賊共』

戦域レーダーの端から、味方機を表す緑色の光点が突然現れる。

 それは凄まじいスピードで目視可能な距離まで迫り、そのうちの一機がフリントの目の前までやってくる。

 ダギ・イルスの改造機と見られるそれは、フリントと同じように背中にX字のスラスターを備えていた。

 

「あんたたちは……?」

『えーっと、なんでしょう。ユズさんに頼まれてきた……』

『俺たちも海賊でいいんじゃないのか?』

横から楽しそうに笑う声が入ってくる。

 目の前の1機以外の3機が戦場に飛び込むと、戦況は一変した。

 3機はいずれもヨハンと同じフリントであり、それぞれが数で上回る敵機を手玉に取るように高速で動き回っていた。並大抵の操縦技術でできる機動ではない。

 

『ここは任せてください。僕たちで何とかします』

「……わかった、頼む」

今は彼らの素性を聞いている暇はない。

 ユズの知り合いならば敵ではないだろうし、今はフランチェスカに戻るのが先だ。そう考えたヨハンは彼らに後を託し、戦場を後にした。

 

 


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