IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第6話 「Escape From The School (中編)」

 早朝、朝の職員会議が終わり1年1組の担任と副担任こと、織斑千冬と山田真耶は職員室で互いに事務仕事をこなしていた。

 クラス代表戦が控えている事もあり普段に比べれば仕事内容はハードだが、それでも千冬はテキパキと、真耶は少しもたつきながらも着実に仕事を消化していく。

 そして一区切り付いた所で真耶が淹れて来たお茶をすすりながら、2人はこの前のクラス代表決定戦について花を咲かせていた。

 

「それにしても、織斑くん凄かったですね。第二世代のISで第三世代に勝ってしまうなんて。流石は千冬先生の弟さんです」

「ふん、あのような無様な勝利、白星にカウントしていいモノではありませんよ。むしろ私としては、あの状況から立ち上がったオルコットの方を褒めてやりたいぐらいです」

 

 そう辛辣なコメントを言いながらもその口元は緩んでおり、これは彼女が非常に上機嫌だというサインである。

 いつも険しい表情をしているので誤解されがちだが、ゆっくり彼女を観察してみると以外に表情が豊かで、結構思っている事が顔に出やすいタチなのだ。似ていないようで、やっぱり細かい所が似ている姉弟である。

 元彼女の教え子であるためそれを理解している真耶は、微笑みながらその言葉をオートで脳内変換する。

 

「全く、あのバカはいつも肝心な所で油断する」

(まったく、いつまでたっても一夏は変わらないな)

「あそこまで有利な状況で、逆に追い詰められるとは……」

(しかし驚いた、私が少し見ない内にあそこまで強くなっていたとは)

「姉として、非常に不甲斐なく思います」

(お姉ちゃんは、とっても嬉しいぞ)

「……山田先生、聞いていますか?」

(……真耶くん、私の言う事を聞いて)

 

「はッ! はい! ちゃんと聞いてにちゃぁ!!?」

 

 不意をつかれた千冬の問いに、手に持ったお茶をひっくり返し、アツアツの中身を服と肌に引っ被ってパニックを起こす真耶。

 すかさず、千冬が持っていたハンカチで水分をふき取る。

 

「大丈夫ですか、山田先生?」

「は……はい……ごめんなさい」

 

 まだ少し呆けながら、千冬の姿を見遣る真耶。

 因みに、今の千冬の言葉を山田流エキサイト翻訳するとこうなる。

 

(大丈夫だったかい? 真耶くん)

 

 あと、ここに何か薔薇とかそういうキラキラしたオーラを付属して、千冬の表情を200%くらい緩めれば、あっという間に山田印のアイフィルターは完成だ。

 彼女の一挙手一投足を眺めるだけで、心の中で壮大に悶える真耶。

 ……まぁ、一言で言ってしまえば彼女、山田真耶も大概な人間であった。

 

「そういえば織斑くん。最近よく篠ノ之さんとトレーニングをしている所を見かけますね」

「ええ、そうですね……」

 

 そこで少し千冬の表情が曇る。

 この表情は、何か心配ごとがある時の表情だ。と、真耶は0Fで察知する。

 

「どうしたんですか、織斑先生。何か心配ごとでも?」

「ん……いや、なんでもありませんよ山田先生。帰宅部だったあのバカにも、ようやく男としての自覚が出て来たのでしょう」

 

 表面上はそう取り繕うが、内心千冬の心は波立っていた。

 確かに、トレーニングに励むこと自体は問題ない。

 これから幾多の試練が待ち受けているであろう我が弟には、本人がどう思っていようが嫌にでも強くなって貰う必要がある。故に彼の意思を無視してまで、このIS学園に入学させたのだから。

 しかし、あの箒とのトレーニングはいくらなんでもやり過ぎだ。

 自他共に認めるヒューマン最強の千冬の目から見ても、異常だとキッパリ言い切れる訓練をほぼ毎日の様に繰り返している。

 本来、トレーニングというのは一度肉体を『破壊』し、そしてより力強く『再構築』することによって強靭な肉体を作って行く行為だ。だが、今の彼等の訓練はその『再構築』をする暇を与えず、即座に次の『破壊』を行っている。

 これではただ全てを破壊し続けるだけで、全てが次に繋がらない無意味な堂々巡りだ。

 一夏の事を気にかけてくれる箒にはいつも感謝している。この前も彼女の密告があったからこそ、あの問題児の悪事を暴くことができた。

 しかし、今回の件は流石にやり過ぎだ。後で直々に口出しする必要があるかもしれん。

 

(あまり、好ましくはないのだがな……)

 

 だが今、自分はこのIS学園の教師だ。教師という立場である以上、例え肉親であろうとも、親友の妹であろうとも、全ての生徒に対して平等に当たらねばならない。

 それゆえに、親身になり過ぎる事が出来ない。

 箒は『どこかのマッドさん』とは違い、筋を通し、しっかりと諭してやれば話が分かってくれる奴だという事は知っている。しかし、それを他の生徒達はどう思うだろうか? 

 恐らく、自分が箒の、そして弟の一夏のためだから特別に動いた。と、思う生徒が少なからず現れるだろう。

 そうなってしまえば、詰みだ。もう織斑千冬という『教師』を信頼する者は居なくなる。

 

(まったく、厄介な奴だよ。『立場』というモノは……)

 

 どうしたものか……と、思案に暮れながら立ち上がり、窓の外を覗く。

 空を見上げると今日は澄み渡る快晴で、僅かな雲が千冬の憂鬱などどこ吹く風と流れて行く。次に下を見下ろすと、休日の朝から部活動に所属している生徒達がランニングに精を出し、中には私服で街に出かけるのであろう生徒達の姿も……姿も……。

 

「…………山田先生」

「どうしましたか? 織斑先生」

「すまない急用ができた。私は今日、早引きする」

「え、えぇ!? いきなりどうしたんですか!?」

「仕事も君に全て押しつける形になってしまうが……どうしてもやらなくてはいけない事ができた」

 

 その時、真耶は悟った。この有象無象を一切見ず、その先に待ち構える『何か』のみを真っ直ぐに見据えた顔は、彼女が決意を超○金Z並みに固めた時の表情だ。さっきから敬語をスッパリ忘れているのも、このモード時の特徴だ。

 この状態に入った彼女は、第三者が何を言おうが止めることは出来ない事を真耶は知っている。なら、自分が出来る事はただ1つ。

 

「はい、任せて下さい。織斑先生……お気をつけて」

「ああ、すまない。この埋め合わせは、何時か必ずしよう」

 

 何も言わずに、その背中をそっと押す事だけだ。

 なぜなら、その表情は彼女が久しぶりに見せる、真耶が一番大好きな表情だったから。

 真耶の後押しを受けた千冬は自分のバッグを引っ掴むと、人類最強のスピードで職員室を出て、「教師? ルール? 何それ」と言わんばかりの勢いで廊下を駆け抜ける。

 普段はストイックなまでに真面目な彼女をここまで突き動かすのだ、余程重要な要件なのだろう。

 真耶はその足音が聞こえなくなるまで彼女の背中を見送り、そして足音が完全に聞えなくなった辺りから先程の表情とセリフに壮大に独り悶え始め、事務椅子に座りながら子供の様にグルグルと回しながら、バランスを崩し後ろに思いっきり転倒した。

 

 そうして1時間後、仕事をかなぐり捨てた鋼鉄の意思と面皮を持った成りそこないメン・イ○・ブラックは、実の弟と学園きっての問題児とのデートのストーキングを開始した…………お前、それでいいのか?

 

 

 

    第6話 「Escape From The School (中編)」

 

 

 

 ここはIS学園から少し離れた所にある歓楽街。

 完成してからまだ日が浅いが、その広大な敷地にモノを言わせ、若者向けの店を中心にありとあらゆる専門店が出そろっている。

 無論、この近辺では間違いなく最高にデートには持ってこいな場所で、先程から一夏や姫燐と同年代位の男女が仲睦まじく腕やら何やらを絡めながら歩いている。

 何時もなら、やるなら場所を考えてやってくれ。と冷めた視線しか送ることしかできない一夏だが、今日は少し、いやかなーーーり事情が違った。

 

「さーて、まずは何処へ行きますかねっ、と」

「………………」

 

 なぜか女物を着た姫燐に、なぜか手を引かれて歩く自分。

 周りの視線が酷く痛い。痛風ならぬ痛視線だ。IS学園で似たような状況に慣れてなかったら、間違いなく自分はここから逃げ出していただろう。朴月姫燐からは逃げられない、そんな気がしなくもないが。

 自分も同じ立場に立って、ようやく分かる。カップルという奴等は、皆この苦行に耐えられるというのか。昔からチャラチャラした女連れの不良達には良い印象を持った事が無かったが、こういう所だけは見習う必要があるかもしれない。

 いや、それ以前に自分とキリは決してカップルなどでは……

 

「おい、一夏!」

「ほ、ホワィ!?」

 

 思考のどん底に陥っていた一夏を覚醒させたのは、少し不機嫌そうに眉をひそめる全ての元凶こと姫燐の一声だった。

 

「なにさっきからボケっとしてんだよ」

「あ、ああ、その、ゴメン」

「ったく、折角のデートなのに女に任せっきりってのは、まるでダメな男のやる事だ」

 

 つまりお前の事だよ、一夏。と締めくくる姫燐。

 そうは言われても、こちらはデートなんぞ初体験なのだ。右も左も分かったモンじゃない。

 そんな事を思いながらも、口に出したらまた小言がガトリング掃射されきそうなので黙る事しか出来ない一夏。

 

「しゃあねぇな。んじゃ先ずは、オレの用事から片付けさせて貰うぜ」

「お前の用事?」

 

 そう言うと姫燐は、一夏を電化製品の専門店へと引きずり込んだ。

 例えISという超技術が発展しようとも、人間の生活というモノはそう簡単には変わるモノでは無い。店内に入った途端、最新のテレビやエアコン、掃除機などが一斉に彼等を出迎えた。

「あ、あの掃除機、少し試してみたいな」とか「お、電球が安いな」とか、必要無いのに自然と思ってしまうのは主夫の悲しきサガである。

 そんな一夏を尻目に、姫燐はズカズカと目当てのコーナーへと一直線に向かう。

 

「うっし、あったあった」

「これは……カメラ?」

 

 彼等の目の前にズラッ、と並ぶ、色取り取りの様々なサイズをしたカメラ達。

 彼女の言う用事というモノは、どうやらコイツらしい。

 

「キリって、写真が趣味だったのか」

「あー、趣味というか、どちらかと言えば実益のほうが多いような……」

 

 彼女にしては歯切れが悪い台詞に、首を傾げる一夏。

 まぁ、それもいた仕方ない事で。姫燐からしてみれば真実を言える訳が無い。

 今日彼女がここに来たのは、没収されたカメラの代わりを買うためだった。

 この前、自室で賄賂用の写真(一夏のアレコレ)を加工編集していると、突如抜き打ち部屋検査という名目で現行犯を押さえられ、それら一切合切を没収されてしまったのだ。

 のちに聞けばその日、他の部屋には抜き打ち検査など無かったらしく、しかもその検査をしたのが生活指導でも何でもない千冬だった事から恐らく、どこからかこの情報を入手し、独断で動いたのだろう。あんのブラコン教師め、まさかHDごと持って行きやがるとは。せめてここで叩き割ってくれ。

 賄賂を渡した奴には皆かん口令を布いたし、他の誰かには言った覚えなど当然ない。

 大方、自分以外があの写真を持つ事を良しとしない身内こと『あんちくしょう』の犯行だろうが……畜生、今度会ったらどんなデマを吹き込んでやろうか。

 実は一夏はカブトムシが好物だとか、実は一夏は丸ボウズな女が好きだとか、実は一夏は窒息プレイフェチなんだドゥーユーアスタンドゥ? とか吹きこんでも彼女なら全く疑わずに実行に移すだろう。

 ……まぁ、何を吹き込んでも一夏が可哀そうな事になるのは間違いないのだが。

 

「どういうのを買うつもりなんだ?」

「んー、できれば小さめの方がいいな。手ブレを押さえて、あとは軽くて持ち運びに便利で、加工と消音が楽な機種の方が……」

 

 うーん、たかがカメラだと思っていたが、その筋の人間から見ればこれ程までに違いがあるモノなのか。と、一夏は素直に感心する。……加工とか消音とか言ってる時点で色々察するべきなのだが、生憎と彼はまだ古い地球人であった。

 

(しかし、なぁ……)

 

 楽しそうにカメラを物色する彼女を見て、一夏は思う。

 今日の出来事で思い知らされた。よくよく考えれば、自分はまだ彼女の事を何も知らないのだ。

 朴月姫燐はガチレズで男っぽく、腹黒くてよく笑う女学生……それだけだ。

 今までドタバタが続き自然と仲良くなってきたので気にしてなかったが、好きなモノとか趣味とか家族とか、俺はまだ彼女の事をこれっぽっちも理解していない。

 

(キリって……何が好きなんだろう?)

 

 今度、機会があったら日頃の感謝を込めて、彼女の好きなモノを作ってあげるのも良いかもしれないな。

 そんな事を思いながら、一夏は新しいカメラを手に持った姫燐と共に、レジに向かって行った。

 

 

                  ○●○

 

 

 その後2人は様々な店を転々とし、昼ごろには一夏もデートに慣れて来たのか、自分から行きたい店を積極的に言うようになった。ただ流石に姫燐に手を引かれようと『R18』と堂々と書かれたのれんを潜る勇気はなく、そして彼が選んだ店は全てが主夫臭く、姫燐に笑われていたが。

 太陽も真上に差しかかる頃、朝から動きっぱなしだった2人は昼食を兼ねて喫茶店で休憩を取る事にした。昼時だったが上手く席を取ることができ、早速やってきた店員にそれぞれの注文を頼む2人。

 

「えーと、紅茶とホットケーキを」

「んじゃオレは、この『爆熱シャイン・アンド・ヘブンイチゴパフェ』と『ハートブレイクレジェンドラコーヒー』を」

 

 なにそのGなイチゴパフェとコーヒー、と驚愕の眼差しを向ける一夏。

 

「ん、ああ。心配すんな、お前に喰ってもらうことにはならねぇよ」

 

 いや、彼女の胃袋以前にネーミングとかその他諸々が心配なのだが……。本当に、ただの喫茶店なのかここは?

 

「ていうか、キリって甘い物平気なのか?」

「おう、大好きだぜ? オレの部屋行けばチョコとか普通にあるしな」

 

 つか、美味い物全般が好きだな。と付け加える姫燐。

学食でラーメンやかつ丼しか食べている所しか見た事が無かった一夏にとって、また新たな発見だった。

 

「なんだよ、オレがパフェ喰うのがそんなに変か?」

「いや……そうじゃなくてさ。俺、よく考えればお前の事、まだ何にも知らないんだなぁ、って」

 

 そう、変だと思うのではない。今の一夏は、彼女を変だと思う事すら出来ないのだ。

 物事を『変』だと思うには、その物事に定められた『基準』と照らし合わさなければならない。だが一夏は、朴月姫燐という人間の『基準』を知らない。だから、ただひたすらに驚くことしかできないのだ。

 

「んー、そうか? お前が多分、オレの事を1番よく理解してると思うけどなー」

「だけどさ、互いにまだ色々知らない事が多いし、それに興味があるんだ。キリがどんな事が好きで、ここに来る前は何をしていたのか、とかさ」

 

 その言葉が余程意外だったのか、姫燐は眼を丸くしていた。

 しかし、すぐに少し恥ずかしそうに一夏から視線を外し、頬を指で掻いて呟く。

 

「……あんまし、面白い話じゃないぜ?」

「あ……何か、聞いちゃ悪い話しだったか?」

「うんにゃ、平凡すぎて面白くないってことさ」

 

 それから彼女は自分の過去と、家族について話し始めた。

 

「オレは物心ついた時からこんなんだったよ。気が付いたら女の子が好きで、気が付いたらこんな喋り方だった。環境も、そんなに変じゃなかったと思うんだがなぁ……」

 

 我ながら不思議だ、と首を傾げる姫燐と、ハハハ……、と苦笑いする一夏。

 

「親は両方とも居るぜ。なんかエネルギーとか何かだったかの研究員してる親父と、どこにでも居る専業主婦のお袋がラブラブで、兄弟とかそんな類は居ないな」

 

 な、普通だろ? と彼女は一夏に聞き返す。全く、なんでこんな普通の環境からこのような変態が生まれてしまうのだろう? 人類の神秘だ。

 

「んで普通に小中卒業して、就職率良いし、何より全国から女の子が集まる女子校だからIS学園を選んだ、以上お終い」

「そうなのか……ん?」

 

 そこで、一夏にある疑問が浮かび上がる。

 

「なぁなぁ、キリ」

「なんだ?」

「前々から気になってたんだけどさ。どうしてキリは専用機を持ってるんだ?」

 

 専用機は本来、セシリアのような国の代表候補生や、大手の企業に所属している、または一夏のような特例以外には支給される事は無い。しかし話を聞く限りは、果てしなくただの一般人に近い姫燐がどうして専用機を持っているのだろうか?

 

「ああ、この子の事か」

 

 スカーフの下に隠された太陽のアクセサリーが付いたチョーカー……シャドウ・ストライダーを突きながら、その事についても説明を始める。

 

「この子はオレがIS学園に入学するって言った時に、親父が入学祝いでくれたんだよ。まぁ、入学祝いって言うよりも稼働テストに丁度良かったからだろうな。さっきも言ったが、親父の奴は何かのエネルギーを研究してて、そのエネルギーをなんか最新のISとかに組み込む為のテストフレームらしいんだよ、この子はな」

 

 無論テストフレームだからその新エネルギーとやらは使われて無いし、安全性を高める為に不必要なまでに装甲だらけだし、テスト用にエネルギーを照射する武装しか組み込まれてないんだがな。と、付け足す姫燐。

 

「なるほど、そうだったのか」

 

 これで少しだけ、キリの事が分かった。

 普段の立ち振る舞いから、もっと自分が想像もできないような壮絶な人生を送ってきたのかと思っていたけど、そんなことは無い。彼女もまた、普遍な1人の女の子なのだ。……ただちょっと、いやとても性癖が特殊なだけで。

 

「さて、今度はお前の番だ。一夏」

「ひょ?」

「なに言ってるんだ。まだお前のフェイズが終了してないぜ?」

 

 なんのことか分かりませんと、虫野郎のような声をだす一夏を見て、彼女はやって来たイチゴパフェを食べながらニヤニヤとターン交代を宣言する。

 

「オレだけ過去バナ言ってお前が言わないってのは、ちょいと虫が良過ぎじゃないかい?」

「え……それは、そうだけど」

「安心しな。オレは例えお前がベトナム帰りだろうと、光の国からやって来た巨人だろうと受け入れる。お前と同じさ、オレもお前の事がもっと知りたいし、興味があるんだ。『織斑一夏』って人間にさ」

 

 今度は、一夏が顔を赤らめる番だった。

 自分で言っておいて何だが、これは言われた側からすれば結構に照れる。全くの無意識にこんな事をほざいていた自分を胸中で少し嗜め、彼は少し遠い目をしながら自分の過去を語りだした。

 

「俺……いや俺と千冬姉はさ、小さい頃に両親に捨てられて、それからずっと2人暮らしだったんだよ」

 

 あちゃあ、マズイ事聞いたか……という顔をしている姫燐に一夏は、別に気にしてないさ、と言って話しを続ける。

 

「それから千冬姉は俺の事をいっつも護ってくれて、そのおかげで俺は小中を普通に卒業できたんだ。生活は決して楽じゃ無かったけど友達とかも居たし、なにより千冬姉がずっと傍に居てくれたから俺は今、ここにいる」

 

 ああ、なるほど。こりゃブラコンにもなるわ。と、姫燐は斜め後ろの席に陣取る今朝からずっと自分達をストーキングして来ている黒服を見遣った。……つか、オレの話をしてた時とは段違いな真摯っぷりでこっちを見てるけど、まさかとは思うがこの距離で会話が聞えてるのか? さすが人類最強、聴力も最強なのか。

 

「……続けていいか、キリ?」

「ん、ああ。スマン」

 

 視線を一夏に戻し、また彼の話しを傾聴する姿勢に戻る。

 

「それから高校入試の時に、学費が安くて就職率が高い『藍越学園』を受験しようと思ってたんだが……」

「ああ、それなら知ってる。試験会場で迷子になった挙句、間違って入った『IS学園』の試験会場にあった試験用のISを勝手に動かしたバカな『男』がいるって話だろ?」

「……そんなに有名なのか、この事」

「そりゃ、試験会場がパンデミックかってくらいの大騒ぎだったからな。あの時、あそこに居た奴は無論、居なかった奴でも知ってるぞ。そのバカの話はな」

 

 割と本気で落ち込む一夏のつま先を足で突きながら、彼女は彼女流に励ます。

 

「まぁ、そのバカのお陰でこうしてオレ達は会えたんだ。そこまで悲観するような事じゃない。むしろ感謝して然るべきだと思うぜ」

「……そうだな、アレも今思えばそんなに悪いことじゃないのかもしれない」

 

 昔ずっと、考えていた事がある。

 もし自分があの時、ISと出会わなかったらどうなっていただろうか? ということを。

 最初はずっと後悔していた。あんな事が無ければ今頃はきっと、こんな女子だらけの学校で見世物パンダなんかじゃなく、授業をそこそこマトモに受けて、悪友の弾達とバカをやって、また家で姉を待つ平穏な毎日を送っていた筈なのに、と。

 しかし、ここ最近はそんな事をスッパリ思わなくなった。

 千冬姉や箒とも再会して、平穏とは程遠いが充実した日々を送って、そうして彼女とも出会って……。楽しいのだ。毎日が、あの緩やかでどこか退屈だった日常とは違い、今は1日たりとも同じ様な日が無い、生きていると実感できる濃密な毎日が楽しくて仕方ない。

 本当に、キリには頭が上がらない。彼女と出会わなければ自分はまだ、あの日の屋上から1歩も前に進めていなかったかもしれないのだから。

 

「そうそう、暗いことなんざ考えるだけ時間の無駄無駄。ポジティブシンキングに行こうぜ、それが人生って奴を楽しむコツさ」

「ああ……そうだな」

 

 姫燐は、どこまでも明るい少女だ。太陽という言葉が、ここまで似合う女性も珍しい。

 どんな時でも明るく笑って、適度に軽いジョークを飛ばしながら真っ直ぐに夢を追い続ける。そんな彼女に一夏は、一種の尊敬を覚えていた。

 その精神の『強さ』。自分が追い求めている、形無きモノの1つの完成形を彼女は持っているのだから。

 

「俺も……いつか強くなりたいな、キリみたいにさ」

「オレが……強い?」

「ああ、キリは強いよ。俺なんかよりも、ずっと」

「……そいつはちょっと違うぜ、一夏」

 

 パフェを削り取る手を止め、姫燐は少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな表情をした。

 それは一夏が初めてみる、太陽の陰りだった。

 

「オレは、自分で言うのも何だが確かに強いよ。少なくともそんじゃそこら奴に負ける気はしない。だけどな……支えてくれる人が居てこそ、人って奴は本当に強くなれるのさ」

「……キリには、居なかったのか?」

「さぁな、正直に言うと……分からないんだ」

「分からない?」

「ああ、オレは今まで親父とお袋に育てられてきた。友人もそこそこ居た。だけど今こうして思えば、オレは本当に愛されてたのかな……って思う時がある」

「……どういう事だよ?」

「実感が湧かないんだ。過去を見ても、自分が、『朴月姫燐』が本当に愛されていたって実感がな」

 

 親が悪かった訳でもない。自分は必要な教育と、必要な愛を充分に受けて育って来た筈だ。しかし、どこか心には虚しいモノがずっと住み着いて引っ越す気配が無い。

 

「理由は何となく分かってる。きっとオレの趣味を誰にも、両親さえずっと隠してたからだろうな。少し離れてようやく分かった事だけど、ずっと負い目があったんだろうな。オレを産んでくれた人達にさ」

 

 そんな負い目を彼女はあの日、自分に話してくれたことをふと一夏は思いだした。

 例えそれが偶然の産物だったとしても、ずっと周囲に隠して来たことを打ち明けて、この手を借りたいのだと頼ってくれたことが――少し不謹慎だが、一夏にはとても嬉しいことに思えた。

 

「だから、オレは少しお前が羨ましいよ一夏。あんなにも、お前の事を真剣に愛してくれている人が居るんだからな」

 

 その言葉の意味を理解した一夏は、少しだけ彼女を見習って、最高の笑顔で自慢した。

 

「ああ、千冬姉は俺の自慢で最高の、大好きなたった1人の姉さんだからな」

 

 嘘偽りない、本当の愛情を込めて。

 

「くくっ……そうかい。妬けちまうな」

 

 そんな一夏を見て、彼女はこのセンチメンタルな気分ごと、コーヒーを飲み干そうとして、

 

「ブふフォぉ!!?!?」

 

 中身をビックバンにぶちまけた。

 

「ゴホッ、ゲホッ、ブくフィぃひィッ~~~~~~~ッッッ!!???!?」

 

 無理だ。コレは必中に熱血と祝福と努力をかけた位の一撃必殺だ。

 ヤバい、本格的に腹筋が光になる。腹を押さえながら、一応人前だという事もあり俯いてなんとか笑いを堪える姫燐。だが、その努力もこの衝撃の前には撃滅して抹殺されかねない。

 その必殺技は、姫燐の斜め後ろから放たれた。そう、あの忍んでない黒服が、HD奪ったあと人を鬼のような形相で長時間ISで引きまわしの刑にしやがったあの鬼畜鉄面皮が、

 

 

 グラサン越しでも分かるくらい、すっげえ嬉しそうにほっこりしてるとか反則すぎるだろッッッ!!!

 

 

 絶ぇ―ッ対に聴こえてやがったな、あの野郎。っべー、これマジでっべーは!

 カ、カメラ……カメラはどこだ……。今日買ったカメラはまだ充電してないから使えないし、ならばせめて携帯のカメラでツチノコがそこらの小石に見えるレアな光景を激写しようと、痛む腹を堪えながら携帯をカメラモードにして顔を上げシャッターを……

 

「あ……」

 

 カシャ、と姫燐がぶちまけたコーヒーを正面から受け止め真っ黒になった一夏の姿を、カメラはしっかりくっきりデータフォルダに記録した。

 

 

                  ●○●

 

 

 その後、即座に喫茶店に代金を払い、逃げる様にその場を後にした2人は適当な裏路地まで全速力で走り込み、そこでようやく一息を付いた。

 背後からの気配も消えており、どうやら千冬もついでにまく事ができたようだ。

 

「す、スマン、一夏。でもアレは……プクク……」

 

 まだあのインパクトから立ち直れない姫燐は、口元を押さえながら謝罪の言葉を述べるが、当然まったく謝っているようには見えない。

 

「勘弁してくれよ……しかもこれ、コーヒーだろ?」

 

 着ている簡素なプリントが付いた『元』真っ白、『ただ今』染み塗れのTシャツを摘み、MPが無くなった時に軍○ガニに出会った時のような表情をする一夏。コーヒーの染みは頑固で厄介なのだ。

 

「あー……なんなら、どっかで新しいの買ってこようか?」

「いや、まだ大丈夫だ。それよりキリ、水とティッシュ持ってる?」

「ん、ティッシュならあるけど……」

「だったら、水をどっかで買って来てくれないか」

 

 今回は完璧に自分が悪いので、姫燐は文句1つ言わずにそれに従う。

 そこら辺にあった適当な自販機で水を買い、また同じ裏路地へと戻って行く。

 

「ほい、一夏」

「さんきゅ、キリ」

 

 彼女から水を受け取ると、一夏は自分が持っていたハンカチに水を染み込ませると、おもむろに上着を脱ぎ始めた。ここ最近、箒に鍛えられっぱなしだったため、そこそこに筋肉が付き始めた肉体が風に晒される。

 こういう時は染みの下にティッシュを敷き、その上から濡れたハンカチでトントンと叩き、汚れをティッシュに移すのが最善なのだ。これだけで、染みは大分落ちる。

 

「さて、後はティッシュを……キリ?」

「ど、どうした。一夏?」

「……ティッシュが欲しいんだけど」

「わ、悪い悪い、ホレ」

 

 ポケットからティッシュを取り出し、ポイッ、と投げる姫燐。

 

「どこ投げてんだよ……」

 

 しかし、彼女がピッチングしたティッシュはあらぬ方向へと飛び、溝のドブへとダイブしてしまった。これではもう使えない。

 

「あ、あれれ~、おかしいなぁ~? あは、あははは」

「そりゃ、後ろ向いて投げりゃ誰でもそうなるって」

 

 先程からなぜか後ろを向いて、一夏の方を見ようとしない姫燐。

 その頑なな態度に、少し疑念を抱いた一夏は『カマ』をかけてみる事にした。

 

「ねぇキリさんキリさん、どうして後ろを向いているの?」

「それはね、背後からの敵襲に供えるためだよ」

「じゃあ、どうしてティッシュ投げる時ぐらいこっちを向かないの?」

「それはね、バックアタックは即パトる危険が高いからだよ」

「……服着たけど」

「おっ、そうかそうカッッッィ!!?」

 

 服を着たと言ったな、アレは嘘だ。

 未だに半裸の一夏の方へと振りむいた姫燐は、顔を真っ赤にしながらまるで『女の子』ようにとり乱し、また180°クイックターンした。

 

「バ、ババババッカ野郎ッ!!! 下ッらねぇ嘘ついてんじゃねぇ! 次やりやがったら服と肌縫い合わすぞ!! 分かったな!!!」

「あ……ご、ごめんなさい、ハイ」

 

 胸を押さえ、乱れた呼吸を整えようとしてやっぱり整えられない姫燐。

 一夏が彼女を怒らせた事は初めてでは無いが、それでもここまで感情を乱した彼女を見るのは初めてだ。

 もしかして、キリって結構ウブなのか?

 散々人にセクハラしておきながら、男の半裸1つでここまで狼狽するだなんて……。

 普段、人に弱みを見せない彼女だからこそ何と言うか、物珍しいというか、被虐させたくなって来るというか、もうちょっとくらい涙目を見てもバチは当たらない様な……。

 

「……ハッ!」

 

 危ない危ない。自分は一体何を考えていた。イジメダメ、ゼッタイカッコ悪い。

 それに、あのようなセクハラ紛いは女が男にするからまだ許されているのであって、逆の場合はもう完全に規制対象のレッドゾーンぶっち切りで、万が一誰かに見られたら……

 

「なぁ、もしかしてお前、織斑一夏……か?」

「…………」

 

 万が一この、半裸の男がその肉体を、涙目になって縮こまってる女の子に見せびらかしている様に『見えなくも無い』シーンを誰かに……例えば中学時代の悪友に見られたら俺の人生は間違いなく……

 

「なぁ、一夏……」

「弾、誤解が無い様に言っておくがコレは」

「わかってる。何も言うな」

 

 おお、さすが中学時代ずっと共に居たマイフレンド。

 何も言わずとも分かってくれたか。

 

「お前も、れっきとした男だったんだな……」

 

 今まで女には興味が無いとばかり……とほざいてうっすら目尻に涙すら浮かべながら、まるで旅から帰って来た息子の成長を見た親のような表情を浮かべる悪友と書いてクソ野郎。

 通報されるよりかはマシだが、これはこれでムカツク。そんなことを思う一夏であった。

 

 

「いいから速く服を着ろヘンタイがぁぁーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 ―――後編へ続く。


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