IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第38話「夜闇の標」

 酷い凍えだった。

 六月とはいえ、雨が混じる夜風に直接撫でられているから。

 冷たいコンクリートの床に寝転がされているから。

 人気が全くない、熱気が酷く欠けている場所だから。

 それとなく理由は浮かび上がるけど、結局のところ他でもない自分自身から熱量が失せているのだから、こんなに寒いんだろうとシャルロットは結論付けた。

 

「ここ……は……?」

 

 シャルロットが薄く瞳を開くと、広がっていたのは夜の埠頭であった。

 海が見え、波の音がして、大きなコンテナが沢山積み重ねられている。

 その一角に、簡素なシートで屋根を作り、本当に一応レベルで雨風を凌げるようにされた拠点。

 状況を把握しようとしていると、インスタントのバーナーで、ポッドの湯を沸かしている女と目が合った。

 

「むっ、目が覚めたでござるか」

 

 ブルーグレーの髪を目元が隠れるまで伸ばし、後ろで結われてはいるが、大した手入れはされていない女性らしくない井出達。

 ジャケットを纏った野戦服からは、かなり良いスタイルをしているのが見て取れるが、

 

「ぐっもーにんでござるよ、シャルロット・デュノア。お加減はいかがでござ?」

 

 珍妙な喋り方や、軽すぎるノリがどうにも距離感を掴みかねる。

 そんな不可思議な女性ではあるが、『シャルロット』の名前を口にした瞬間、彼女が『シャルル』にとってどういう人間なのか理解するには全く労しなかった。

 

「お前が……父さんを殺したの……?」

「いんや、拙者は違うでござるよ。ぶっちゃけ、デュノア社襲撃の手筈はよく知らないでござ」

 

 お湯が沸いたことを確認し、インスタントのコーヒースティックを取り出すと、用意して居た二つのコップへと溶かしていく女。

 

「拙者たちの任務は、あくまで誘拐。シャルロット・デュノアを指定された時間にIS学園から連れ出せ……それだけでござる」

 

 無関係とは言わないでござるけどね。と一息つきながらも、

 

「誘拐なら深夜か早朝にやればいいのに、わざわざこんな中途半端な時間を指定したことは謎だったんでござるが、まさかこんな手筈になってたとはでござるよ」

「……………………」

「まぁ、こんな話を今更しても仕方ないでござろう? と言う訳で――」

 

 女は、人間の首すら容易く両断できそうなほどの、大きなナイフを取り出す。

 そのまま、シャルロットへとゆっくり近づくと、

 

「ほら、あのタイプの毒なら、もう動けるはずでござるよ」

「…………え?」

 

 ジャージの上から彼女を縛り付けていたワイヤーを、全て切り裂いた。

 予想だにしなかった行動に目を丸めながらも、シャルは身体を起こしてみる。

 全身に鉛を詰め込まれている癖に、風船が脳みその代わりになったような嫌な浮遊感はあれど、確かに身体は動いたため、身を起こすシャル。

 そこに、そっとホットコーヒーが差し出される。

 

「ま、とりあえず一杯どうぞどうぞ」

「……………」

 

 無言でシャルロットは、女からコーヒーを受け取る。

 口にする気は起きないが、コップから伝わる熱はそれだけで凍えた身体に染み渡った。

 

「…………どうして」

「なに、これから交渉を始めるというのに、手持ち部沙汰というのもアレでござろう? 先に状況説明から始めようでござるか」

 

 交渉。全てを奪ったくせに、今更なにを交渉するというのか。

 能天気にコーヒーを飲む女は、シャルに浮かぶ当然の疑問をマイペースに置いてけぼりにして、

 

「一つ、お主はこのままだと、間違いなく死ぬ」

 

 指を一本立てながら、死の宣告を下した。

 

「拙者たち的にはお主はどうでもいいんでござるが、ウチの一応のリーダーがお主を――シャルロット・デュノアを是が非でも殺したがっているんでござるよ」

「……………」

「……で、二つ目」

 

 無反応のシャルロットを置いて、立ち上がる二本目の指。

 

「拙者は、お主をここから逃がす用意がある」

「……………」

「あっ、言ってる意味わかってないでござるでしょ? 拙者うそつかなーい」

 

 口にはしていないが、シャルも理解はできている。

 この女性は、このままだと殺される運命のシャルロット・デュノアを助け出す用意があると言っているのだ。

 

「拙者たちの任務でござるが正確には、必要なのはシャルロット・デュノアの身柄ではないのでござるよ。あくまで誘拐は、本来の目的を達成するための手順として、最適であったから」

 

 誘拐が最適な手段の、目的。

 身代金がベターであるが、それを出資する相手は既にこの世には居ない。

 シャルの疑問に応えるように、

 

「『オムニア』」

 

 そっと女は呟いた。

 

「……この単語に聞き覚えはあるでござるか?」

「オム……ニア……?」

「お主の脳に刻まれた、デュノア社の全てを記録した生体データベースーーそこに、『オムニア』という単語があるかどうか聞いてるのでござるよ」

 

 ああ、そこまで知っているんだと、シャルは思い起こす。

 父が自分を引き取った時、真っ先に施した手術――脳へと直接、多国籍の言語やデュノア社についてやISのこと、実戦に纏わる情報を刻み、即興で会社の戦力へと改造した、あの手術の事を。

 

「………知らない」

「嘘をついても、身のためにはならない……と、カッコよく言いたい所でござるが、こりゃマジっぽいでござるなぁ」

 

 特に動揺も関心も浮かべないシャルの仕草に、女もこれは参ったと頭をかく。

 

「本当に知らないんでござるか、オムニア?」

「……どういった物なの、それ」

「いや、拙者たちも何かまでは分からないんでござるが……本社から全破棄された、それについての情報を、シャルロット・デュノアから引き出して来いって任務でござるから」

 

 朧気ながらシャルにも、今回の事件の顛末が見えてくる。

 オムニア――デュノア社が壊滅したのは、それの情報を彼女たちの組織に出し渋り、あまつさえ完全に消去したから。

 どうしてもオムニアの情報が必要な奴らは、代案として、デュノア社の情報を全て記録している自分を誘拐したのだと。

 だが、

 

「…………やっぱり、知らない。聞いたこともない」

「うむむ……お主に刻まれた情報が古かった……? いやしかし、研究自体は結構昔から……ということは、意図的に抜かれた……?」

 

 頭を悩ませながら右往左往していた女であったが、これは自分のキャパシティで処理できる問題じゃないと判断すると、

 

「じゃ、死ぬほど尋問したけど、シャルロットは知らなかった。という事にしとくでござるか。決定!」

「……………」

 

 あっさりと路線を変更して、思いっきり嘘の報告をすると決定づけた。

 

「あ、ちなみに、オムニアの事についてはこれさえ聞ければ後始末が楽になるからで、拙者的には本気でどうでもいいんでござるよ。だから」

 

 こちらが本命だと言わんばかりに、三つ目の指が、立つ。

 

「これからの私の質問に、嘘偽りなく答えること……それが出来ないなら、もうお前に用事はない」

 

 座るシャルの顔を見るように、しゃがみ込みながら向けられる、髪の奥に秘められた暗夜に浮かぶような満月の瞳――更にその奥で眠る、殺戮者の本性を覗かせて、尋ねる。

 

「朴月姫燐という女を知っているか?」

「朴月……さん?」

 

 なぜここで急に、彼女の名前が出てくるのか分からず、死んでいたシャルの声色に困惑が宿る。

 

「知っているな」

「うん……知ってる」

「話せ。どんな人物か、なんでも構わん」

 

 果たして何の意味があるのか分からないが、ぽつぽつと、彼女の顔を思い浮かべながら、シャルは口を開いた。

 

「明るい子、かな……」

「明るい、だと? それは物理的にか」

「どうやって物理的に明るくなるのさ……普通に性格のことだけど。明るくて、誰にでも優しくて、いっつも元気な子だよ」

「明るく? 誰にでも優しく? 元気? ……朴月姫燐が?」

 

 いきなり思わしくない答えであったのか、女は少し考えるような仕草の後、

 

「では……強さはどうだ?」

「強さって……ISの? 一度だけ戦ったけど……すごく強かった、かな……たぶん、即興で戦えるようにされた私なんかより、ずっと……」

「ふっ、それはそうだろうな、流石だ……」

 

 今度は納得いく答えだったのか、うんうんと何度も頷き、

 

「あとは、そうだな……性的趣向はどうだ?」

「せいてき……」

 

 他人には黙っていて欲しいと頼まれていたが、シャルは朴月姫燐の性癖を、他ならぬ本人から聞き及んでいた。

 普段なら義理立てして黙っているところなのだが、そこまで考えられない今の彼女は殆ど反射的に、質問に答えた。

 

「女の子が大好き……らしいよ、性的な意味で」

「ふむぅ……」

 

 それが最後の質問だったのか、立ち上がって思案に耽る女。

 これらの質問が何を意味していたのか、シャルにはまるで分からなかったが、

 

「うむ、よし、これで拙者から聞きたいこと終わりっと」

 

 女はまた、カラっとした奇妙な喋り方に戻り、手に持っていたコーヒーを飲み干した。

 

「さ、それじゃあさっさと準備するでござるか」

「え……準備……?」

「そそ、アイツが帰ってくる前に、さっさと偽装するから立ち上がるでござるよ」

 

 女の手が、シャルへと差し伸ばされる。

 ISも捨てられ、あまりにも無力な現状にとって、彼女の手は間違いなく救いの手なのだろう。

 それでも、シャルロットは、女の白い掌をただ、見つめ続ける。

 

「あ、やっぱり信じてないでござるなー? まま、無理もないことでござるが、実はお主を助けるのには、有益な情報の礼以外にも、アイツへの嫌がらせも兼ねてるっていうでござるかー」

「いいよ……このままで」

「………………」

 

 饒舌に回り続けていた女の言葉が、止まる。

 

「もう……私は、このままでいい」

「……マジで死ぬ――殺されるでござるよ? お主」

「うん……たぶん嘘じゃないんだろうね……その言葉」

 

 彼女がどういった人間なのか測り兼ねるシャルであったが、しかしシャルロット・デュノアと言う人間がどういった生き物なのか、彼女は嫌と言うほど知っていた。

 弱い女。

 誰かに縋らないと生きていけない女。

 自分の脚で立てない、弱虫。

 

「だけど、もう……いいんだ……殺されても、生かされても……私の家族は居ないなら、もう、どっちも変わらない……同じなんだ……」

 

 宿主を失った寄生虫が辿る、当然の帰結。

 しかし、彼女が寄生虫と決定的に違うのは、次の宿主を探すわけでもなく、心中しても良いとすら思っていること――そう思えた相手が、もう居ないという事実に容易く打ちのめされて、がらんどうになってしまったこと。

 

「……だから、ありがとう……ごめんなさい」

 

 せっかくリスクも承知で生かしてやると言った相手が、こんな意気地なしだと分かったら、やはり怒るだろうか、失望するだろうか、軽蔑するだろうか。

 なんとなく過った、シャルの予想は、

 

「…………そっか、分かった。それも良いかもしれないでござるな」

 

 掛けねない憐れみを宿した共感と同情に、覆される形となった。

 

「もう一つ、助けてやろうと思った理由、なんとなくでござるけどね。他人の気がしなかったんでござるよ、お主」

「……………」

 

 女は、果てしなく続く夜の海を――その向こう側に行ってしまった、己の過去を眺め、

 

「無責任でござるよなぁ……こんなにも広い世界に、産まれ方も選ばせてもくれないのに、なんの標もなく放り出しておきながら……生きろ、だなんて……」

「…………」

「やっとの思いで見つけた道標すら、一瞬で奪い取っていく癖に……」

 

 この人も、自分と同じなのか。

 だったら、なんで貴方は今、こうして自分の脚で立っていられるのと、口が自然と動きそうになった、瞬間。

 雨音に交じって、耳障りな大量の蟲の羽音が、鼓膜を叩いた。

 

「…………チッ、無駄話が過ぎたか」

「あらあらあら。これはどういうことですます?」

 

 こんな気候や埠頭で発生するはずのない、羽蟲の柱から別の女が現れる。

 ふわりと揺れる紫のロングヘア、ズボンタイプのIS学園二年生の制服、そして今は、赤渕の眼鏡を外した、己の邪悪さを隠そうともしない鋭利な銅の双眸。

 今度の女は、シャルにも見覚えがあった。

 

「私がちょーっと本部と連絡してる間に、シャルロットちゃんの縄は切れてて、手にはコーヒーまで持ってて、二人っきりの秘密のお茶会ですまして?」

「あー、これはそう、あれでござ。フランス流の常識的会談スタイ――ッ」

 

 女の右頬が、出し抜けに殴り飛ばされる。

 

「っ!?」

「誰の許可得て動いてんだよ、あぁ?」

「……………」

 

 今までのどこか人を喰ったような言動とは違う、完全に見下した奴隷でも扱うように女の襟首を掴み上げる。

 パーラ・ロールセクト。下劣で凶暴な本性をさらけ出した自分達の現時点でのリーダーを、口元から流れる血すら拭わず、後ろで手を組みながら女は不動で睨む。

 

「この豚の拘束解く意味、マジでねぇだろオイ? なに企んでやがった、アタシの部下の癖に」

「別に。どっかの誰かさんの毒のせいで、オムニアについて尋ねる前に衰弱死しそうだったでご――っ」

 

 今度は、溝内にパーラの拳がめり込む。

 

「豚の尋問は、セーフハウスに戻ってからアタシがやるって手筈だったよなぁ? それに、このアタシが毒の配分間違えるとでも思ってんのか、ええ!?」

「ぐっ……ぁ!」

「ったく、これで『セプリティス』名乗れるんだから、世話ねぇよなぁ!」

 

 溝内へと膝まで打ち込み始めた陰惨な私刑に、僅かではあれ心を通わせた人間が合わされていて黙っていられるほどシャルは、弱虫でこそあれ薄情にも恥知らずにもなれなかった。

 

「や、やめて……!」

「はぁ?」

「………なっ」

 

 女の僅かに覗いた眼が、何をしていると訴える。

 パーラに、サディスティックな笑みが宿る。

 僅かに、シャルの声色に命が戻る。

 

「わ、悪いのはせ、セプリティスさんじゃない……私が、そう、誘導したの……」

「……へぇ? ほー? ふぅん?」

 

 興味深げな様子を繕いながら、しかし家畜が面白い台詞を喋ったと喜悦の内心を隠そうともしないまま、パーラは女性を解放するとシャルへと歩を進める。

 

「やっぱり妾の子だけありますねぇ。売女の才能だけは一人前と言った所です?」

「っ……!」

「あっ、今だけはどれだけ立場を理解してない、無礼な口を利いてもいいですますよ? 後々のお楽しみが、その分募っていきますのでぇ」

 

 拘束が解けているというのに、絶対者の余裕を崩さない態度。

 ならば、望み通りに利いてやると、望まないであろう言葉を投げかけてやる。

 

「オムニア……なんて、私は知らない……お前達の任務は、絶対に失敗する」

「……ふぅん」

 

 ちらりとパーラは、我関せずと不動の姿勢を保つ部下を横目にし、

 

「そんな筈は無いんですますよぉ。シャルル・デュノアくんは、オムニアについての情報を取引材料として、IS学園の厳しい審査を通り抜けたんですから」

「えっ……!?」

「……何っ?」

 

 二人とも別々の意味で、自分すら知らされていなかった情報に、驚きが口から漏れる。

 

「だ・か・ら、貴女が持ってない訳がないんです……たとえ、貴女自身が知らされてなかろうと、ね」

「私にも知らされてない方法で……?」

 

 とはいえ、IS学園での活動方針や、連絡方法などの必要な知識は全て頭に刻まれたし、荷物も私物で用意した目覚まし時計以外は、社が用意したと言っていた通りの物しかなかった。

 それ以外にあった物など、シャルには心当たりが、

 

「……っ!?」

 

 あった。

 そういえば一つだけ。

 ジャージのポケットに入ったままの、なぜ荷物に入っていたか分からないままだった――謎のメダイユが。

 

「ほうら、やっぱりあるんじゃないですか」

 

 マイクロチップなら、確かに掌に収まる程度のメダイユにも隠せるだろう。

 毎日祈りを捧げていたマリア様の背後に潜んでいた、陰謀の影。

 

(どうして……?)

 

 シャルロットには、分からない。

 

(どうして、私にこんな物を託したの……父さんッ!?)

 

 こんなにも危ないものを、娘に託す親の気持ちが、心の底から分からない。

 

「ふふふっ、もう言い残すことがないんです? それじゃあ、あとは時間まで……一足先に、メス豚の悲鳴でも愉しむとしましょうか」

 

 女の腕が、鋼鉄の機甲へと変わり、毒々しいグレーと紫が混ざり合った装甲の隙間から、ワラワラと機械で出来た虫共が湧きだしてくる。

 

「ひっ……!」

「……悪趣味」

「あらあら、貴方達には分からないんですます? こんなにも……アタシに忠実で、有能で、余計なことをしない、ファウトレース・ワスピアーの蟲たちの愛らしさがよぉ?」

 

 ぼそりと女が呟いたように、パーラが纏う専用機――ファウトレース・ワスピアーは異常で悪趣味なISと言えた。

 暗殺から誘拐、尋問や破壊工作に直接戦闘。そのどれもを、機械で出来た数多の蟲を従えて行うこの専用機は、国家の威信を賭けた誇りや優美さなど欠片もなく、ただただ不気味なまでの脅威とおぞましさを讃えている……。

 

「オムニアの情報と在処だけ引き出せれば、あとは目立つ所以外はどうでもいいしなぁ。手始めに爪ぐらいから……」

「帰還。緊急事態」

 

 瞬間、暴風と熱風を纏いながら、別のISが彼女たちの前に降り立った。

 炎を纏ったブルーグレーの装甲。異様に巨大な両腕。顔を隠すようなバイザー。

 ハイロゥ・カゲロウ――トーチ・セプリティスが纏う専用機だ。

 

「あぁん? 緊急事態ぃ? てか、テメェなんでアタシより帰還がおせぇんだよ? 先に脱出してる手筈だったろうが」

「何があったでござるか、トーチちゃん」

「包囲。どうやら、更識に囲まれてる」

「なっ……!?」

 

 今まで余裕を崩さなかったパーラの表情が、トーチの報告に初めて強張る。

 更識――日本が誇る、対暗部組織。闇を狩るために産まれた、闇の狩人たち。

 日陰に生きる悪魔たちすら震え上がらせるその名が、既に自分たちの眉間を既に捉えているという。

 

「ば、馬鹿なッ!? どうやってツケられた!? コラージュ・フラムは学園中に貼ってただろうが!? アタシの装甲にも纏っていたはずだ!」

「てことは、肉眼とかで物理的に観測されたんでござろうなぁ。今戻ったトーチちゃんが追尾されていたにしては、包囲が早すぎることを考えると……」

「違う。そもそも私がここに戻ったら、既に包囲されていた。可能性としては誰かさんが逃げ出す際に既に見つかっていたか、最初からマークされていたか」

「ああ、なるほどぉ。拙者はここから一歩も動いてないしぃ、トーチちゃんがドジった訳でもなぁい。と、なるとぉ……?」

「て、テメェら……何が言いてぇ……あぁ!?」

 

 トップのドスを利かせた怒声も、どこ吹く風と二人の部下は淡々と状況を確認し合う。

 

「予定されてた離脱ポッドの発射艇はおそらく、もう差し押さえられてる。ここから逃げ出すだけなら、私のハイロゥ・カゲロウがあれば問題ない。けど」

「……奴が、居るんでござるな」

「正解。包囲の中に更識楯無が居る、コイツを無視しての離脱は自殺行為」

「更識……楯無ッ……!」

 

 ロシアの代表操縦者、学園最強――いや、その様な眩い勇名すら欺瞞に過ぎない。

 秩序の名の下、対象を日陰よりなお深き闇の中へと葬る、暗殺組織の長。

 出し抜くことはできたとしても、直接戦うとなれば専用機を纏おうと間違いなく勝てないと、潜入していた数ヵ月で思い知らされていたパーラは親指の爪を噛み潰し――閃く。

 

「ISは更識楯無のだけだな?」

「肯定。他はIS学園に押し込めてきた」

「よし……なら行ってこい。お前達二人ともな」

 

 下された命令に、二人の眉間が疑問と嫌悪を隠さずに歪む。

 

「……リーダー殿は?」

「あん? どうしてアタシが、あんな化け物の相手しなくちゃならねぇんだよ?」

「作戦。最悪の場合、リーダーも戦う前提のチーム分けだったはず」

「はぁ~? 作戦が作戦通り進む……なんて、可愛く信じてるような新兵ちゃんだったっけかお前らぁ? 分かるだろ、このメス豚の確保が最優先なんだ、脱出艇が使えなくなった以上、お前らのISじゃ生身は運べない。やるなら、アタシしかねぇ訳だ」

「…………この、人」

 

 傍から見ているシャルロットでも、開け透けて分かる。

 この女は口では理路整然と正統性を訴えているが、内心では仲間を平然と捨て駒にし、自分が助かることだけしか考えていないことが。

 

「…………分かった」

「了解。急ぎ足止めしてくる」

「なっ……」

 

 だというのに、当の本人たちは文句ひとつ言わず愚直にYESを示して、背中を向けてしまう。

 ダメだ。このままでは、ダメだ。

 彼女たちは自分にとって敵であっても、死んでほしいとまでは思わない。

 これ以上、自分なんかのために誰も傷ついて欲しくない。

 

「待っッ!?」

 

 悲痛な思いと共に二人を呼び止めようとした足が、長身の女性から投げられた大型ナイフによって停められる。

 降りしきる雨を受け、足元に突き刺さるナイフと同じ――いや、それ以上に冷たく慄然とした力を込めて、死地に赴く女の瞳は、

 

「じゃ、後はせいぜい頑張るでござるよ」

「はっ、せいぜい期待してるぜぇ、『セプリティス』共よぉ」

 

 なぜか、最後までパーラではなく自分を見つめていたような――シャルロットには、そんな風に思えて、仕方がなかった。

 

 

                   ●●●

 

 

 張り付くような雨が降る夜のしじまを、二機の異形な機影が切り裂いていく。

 片や、氷を操る、竜のようなシルエットと背部ユニットをワインレッドの装甲で背負ったIS『撃龍氷』。

 片や、炎を纏う、巨大な腕とワンオフ・アビリティであらゆる電子機器をねじ伏せるグレーブルーのIS『ハイロゥ・カゲロウ』。

 あの無能から十分な距離を取ったことを確認して、撃龍氷の兜から覗く口元が感極まった思いの丈を唇に乗せた。

 

「いやぁ、拙者たちって幸せ者でござるよなぁ。トーチちゃん」

「……祝福。いい浮気相手を見つけたのなら、全く構わない。独占できるおめでとーぱちぱち式には呼ばなくていい」

「はなぁっ!? いやいやいやいや!!! このリューン・セプリティス、いつだって誓って心も体も隊長一筋でござるよ!!?」

「ふーん。その割には、かなり入れ込んでたみたいだけど」

「いっ、いや、違っ、シャルロット相手のあれは浮気とかそういうのでは……」

 

 自分でもちょっと自覚していたためか、お調子者な相棒が珍しく喉を詰まらせたような態度で慌てふためくのが面白く、トーチも饒舌に語る。

 

「言分。分かってる、私たちは間違いなく幸せ。隊長がまだ、同じ空の下に居てくれるんだから」

「おっ! じゃあやっぱり」

「ほぼ確定。朴月姫燐は、キルスティン隊長。ただ……」

 

 ほぼ、と保険を掛けた懸念の中身を、トーチは吐露する。

 

「私のこと、やっぱり何も覚えていなかった。そして多分、リューンのことも」

「……マジでござるかぁ」

 

 誰よりも大切な人が、自分達の事を何もかも覚えていない。

 死していたよりは遥かにマシで、前回の襲撃でも様子がおかしかったことから覚悟こそしていたが、確定した事実として突き付けられると――

 

「これは結構……堪えるでござるなぁ」

「……うん」

 

 打ちのめされてしまいそうな悲しみを叩きだすために、声色と共に話題も切り替えるリューン。

 

「まま、この辺は後で考えるとして、こっからどうするでござる?」

 

 一分一秒。アレと同じ空間に居るどころか会話すら御免だったので、あんな命令であろうとさっくり呑み込み、飛び出した二人は実のところ全くのノープラン。

 アレのための命令なんぞ始めから聞く気など毛頭なく、楯無と戦うかどうかすら決めていなかったのである。

 

「……どっちにせよ。どう転んでも更識楯無に既に捕捉されている以上、コラージュ・フラムがあっても無視はできない。やるかやられるか」

「はぁぁ、やっぱり更識楯無の相手するのは確定なんでござるなぁ」

 

 わざとらしく溜息をつくリューンであるが――その内で燃え上がる戦意は、微塵も萎える気配がなく高ぶり続けていく。

 

「招待状は?」

「大丈夫。送ってある」

「じゃあ、来てくれるんでござるな。隊長も」

 

 隊長に会える。

 また、この暗い海のような培養槽の中で、出口もなく溺れていた自分を導いてくれる。

 あの時のように――

 

――なるほど、何を大層に保管していたかと思えば……その両目。失敗作か。

――こんな所で燻ぶっているぐらい暇なら、おれと来るか。

――おれがお前を兵士らしく、余すことなく使い潰してやる。

 

 この呪われた両目に意味を与えて、兵士として使い潰してくれるとまで、約束してくれた、『拙者と私』が産まれた時のように――。

 

「負けられないでござるな、誰だろうと」

「信用。リューンがもし居なくなっても、その時は私が隊長を支えるから安心して負けていい」

「それ。そっくり返すでござるよ、トーチちゃん」

 

 隊長の次に頼もしい相棒との軽口を楽しんでいる内に――もう一つの機影が見える。

 積み上げられたコンテナの上で腕を組み、ただこちらを鮮血のように真っ赤な瞳で見据えている。

 こちらの飛来を察知し、IS――ミステリアス・レイディを完全展開して待ち構えているのは明白であった。

 

「あらあら、赤と青のIS……どうやら、当たりの方が来てくれたみたいね。お姉さんツイてる♪」

 

 やんわりとした、真綿のように軽々しい声色。

 先手は取れるだろうが、相手に会話の意思があることが分かった以上、こちらの方がより時間を稼げると、リューン達も距離を取ってコンテナに着陸する。

 

「やぁやぁ、お初にお目にかかりますかな? あー、拙者たちは」

「リューン・セプリティスにトーチ・セプリティス。機体はそれぞれ、中国から稼働データと引き換えに違法貸付されたフレームとコアで造られた第三世代『撃龍氷』、デュノア社で研究され中東での事件の後、行方不明になっていた第三世代『ハイロゥ・カゲロウ』」

 

 つらつらと述べられるパーソナルデータが示した、表情と身体を戦慄に強張らせる二人を満足気に見やり、楯無は続ける。

 

「ええ。貴女達には、私の学園を土足で荒らした罰を受けて貰わないと、って思ってたから。機体は特に念入りに調べさせてもらったのだけど、間違っていないようね♪」

「……流石。更識は伊達じゃない、と」

「やあねぇ、褒めても何も出ないわよ? それに、個人的な興味も多分に含まれてたしね」

「拙者たちに?」

 

 思い当たる節はいくらでもあるが、もっと大局を見据えるべき立場に居る彼女からすれば、あまりにも木っ端の構成員に過ぎないと自覚しているリューンはおどけてみせる。

 

「いやー、とうとうあの更識のトップにお目を付けられてしまうとは。確かに拙者たち、壊したモノと泣かせた女は数知れず。どうやら染みついた悪名も、中々捨てたもんじゃないようでござるよぉトーチちゃん」

「同意。ただ、女泣かせが得意なのは隊長で、お前は笑われるのが関の山だけど」

「そこはせめて、笑わせたと言って欲しいでござるなぁ……」

 

 などと、これから戦う比類なき強敵を前にしても普段のテンションを崩さない二人を前にして楯無は、

 

「ええ……そうね」

 

 笑みが失せた、獲物を絞め殺す蛇の冷血を宿した眼で、うるさい蛙どもを睨みつける。

 

「貴方たちのせいでね、泣いている女の子が居るのよ」

 

 更識とも、暗部とも、暗闇とも、なんの関係も罪もなく、ただ優しい女の子。

 だというのに、その子はいま、とても多くの傷を負って、誰にも理解できない苦悩に苦しみ、見えない涙を今も流し続けている。

 全てを狂わせた、この女達が現れたあの日から、ずっと。

 

「……ほほん? その意趣返しも兼ねてるって訳でござるか?」

「迷惑。その女に言っておいて、『弱いお前が悪い』って」

「……そうね……弱さは、罪なのかもしれないわ」

 

 楯無も、承知している。

 どれだけ平穏を取り繕うと、いざとなればこいつ等のような外科手術によって全てを歪める世界において、弱いことはそれだけで許されない事なのかもしれない。

 

「けれど、貴方達に、あの子を弱いと言う資格なんてない」

 

 けれどあの子は、お姫様のような自分の弱さなんて自分が一番知っているのに、憧れて、強がって、強がって、いつか本当に強くなろうと頑張っている。

 そんな懸命な姿が、他でもない更識楯無を、こんなにも私情に走らせるまで強く惹き付けたのだから。

 

「こんな弱者の常套手段(テロリズム)でしか、何かを変えられない貴方達なんかには、ね」

「…………」

「……ほざくか、更識」

 

 今度は、リューンとトーチが笑みを失う番であった。

 

「貴様に何が分かる……そうするためだけに産み出された人間の、何が」

「ええ、心配しなくても、これから分かる予定よ。貴方達を捕らえて、全部聞きだすもの」

「貴様ッ……」

「気付かなかったかしら、パーラ・ロールセクトは、貴方達をおびき出すために泳がせていたのよ? こうして捉えた以上、絶対に洗いざらい吐いてもらうわ。組織の実態、背後関係、コネクションに出資者、そして」

 

「キルスティンとかいう、ネズミの正体も、ね」

 

 決定的な――決定的な亀裂が、両者の間に、走った。

 

「ネズミと、抜かしたか……私たちの、隊長を……!」

「ええ、頭にドブ。も付けた方が良かったかしら?」

「……いい。リューン…………もう、いい」

 

 ハイロゥ・カゲロウの腕が炎を覆う。

 撃龍氷の手に、氷の両剣が出現する。

 そして、ミステリアス・レイディの周囲に水流が纏われる。

 

「もう、こいつは――ここで焼き殺す」

 

 闇に生きる者たちが、超常の機身を纏って、暗い雨空へと躍り出る。

 絶対的な殺意に惹かれ合ってぶつかり合う、三つの閃光を瞬かせながら……。

 




 リューン回でしたけどオリ展開にオリキャラ中心の話とか大丈夫なのか、コレガワカラナイ。

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