IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第34話「第一回ホモ会議」

「というわけで、第一回『ホモ会議』を始めたいと思いますにゃわん」

 

 ハイ拍手、と、姫燐に彼女の部屋へと連れ込まれるなり宣誓され、丸テーブルの対面からまずは何から問い質そうかと、鈴は頭を抱えた。

 

「えー、本会議はどんな意見や質問だろうと、自由な発言が許可されているにゃわん。多面的な角度から、この度の問題を」

「なんでアンタ、ネコミミとイヌミミ付けて、妙チキな語尾してんのよ」

「禁則事項だ貴官にはその質問をする権限はない今度余計なことを言うと口を縫い合わすにゃわん」

 

 最初のセリフを秒で反故にした犬猫耳のたわごとに付き合ってられるかと、さっさと自分の部屋に帰ろうと足に力を入れた矢先、緑茶が入った湯呑みが置かれた。

 出された物を無下にするのも無礼であると緑茶に口をつけていく鈴だが、どうにもこの会議には強烈なツッコミ所があるように思えて小首を傾げていると、姫燐と自分の所にも同じように湯呑みを置いた箒もテーブルへと座り、鈴が尋ねたいことの一つを代弁しはじめる。

 

「いや、私も良く分からないんだが。ホモと言われても、私達がいったい何を会議するんだ?」

 

 台詞では理知的に、そして手ではしきりにスマホをタップしつつ尋ねる箒。

 

「一夏のことだよ、一夏の。あと、これで五時間経ったよな? な?」

「一夏の? ふむ、名残惜しいが外しても構わないぞ。そういう罰ゲームだったしな、名残惜しいが」

 

 と、箒の許可を得て、妙な語尾と両耳を投げ捨てる姫燐を余所に、一夏の事と言われ、何が言いたいのか何となく察し始めた鈴はテーブルに肘を置いて、呆れ気味に、

 

「ああ、ようは一夏がホモかもって奴?」

「そうだ、オレはお前達の意見を真剣に聞きたい」

「そうよねぇ。昔もアンタみたいなこと言い出すの、多かった多かった」

 

 うんうんと昔を懐かしむように唸る鈴だが、更に昔から一夏を知る箒にとっては寝耳に水としか言いようがない。

 大げさに驚きこそしないものの、いったい何を言い出すんだと眉にシワが寄せられ、

 

「一夏がホモなど……当たり前のことではないか?」

「ぶーーーーーーっ!!?」

「げほっごほっがほっ!!?」

 

 さらっと、とんでもない爆弾発言をぶちまけた。

 口に含んだ緑茶を吹き出しむせ出し、のた打ち回る二人に、急いでハンカチを用意する箒だったが、自らの発言の何がいけなかったのか心底分からないと、眉をしかめつつも落ち着いた頃を見計らい、改めて問い直す。

 

「なぜだ? 一夏はホモだろう」

「なぁっ!? いや言い出したのオレだけども! 知ってたのかよ!?」

「んん? 知っているも何も、一夏とて人の子だ。ごく自然的なことではないのか?」

 

 いったいどういうことなのだ。自分のルームメイトは、まさかここまで同性愛に理解があるどころか、下手をすれば「男の人は男の人と恋愛すればいいと思うの」とか今にも言い出しそうなほどのご腐人であったのかと目を白黒させる姫燐とは対照的に、

 

「……あー、箒。一応きいておくわね。私たちもホモだと思う?」

「!!?」

 

 レズはホモというごく限られた界隈の格言が、まさかごく一般的な理論と化していたのかと戦慄する姫燐は捨てておいて、箒に尋ねる鈴。

 

「だからそうだろう。皆、ホモ・サピエンスに属する霊長類ではないか」

「あっ」

「やっぱりね……」

 

 どうやら互いの認識にズレがあったことを悟った姫燐と鈴は顔を見合わせると、無言でジャンケンを始め、

 

「うっし、任せた」

「はぁぁ、分かったわよ」

 

 と、本格的に?マークが頭上でラインダンスを始めた無垢なポニーテールへと、底なし腐界の先触れを説明しなくてはならないという貧乏くじを引いてしまったツインテールは、できるだけ刺激しないよう、マイルドに、オブラートに、概要の半分を優しさと共に伝えていくが……、

 

「なぁぁぁっ!? いっ、いいい一夏が、一夏がおおおお男にしか恋愛感情を抱けないだとぉぉぉぉぉぉぉ!!?」

「あーもー、うっさいわねぇ」

 

 顔を怒りと羞恥と怖れによって真っ赤に染め上げ、机をバンバンと叩き始めた箒に、やっぱりこういう役回りは苦手だと鈴はうんざりとした様子でバトンを渡す。

 

「ほら、議長。ようやく本題よ」

「あいよ、ご苦労」

 

 軽く二回ほど手を叩き、いったん静まれと混迷の極みに陥った箒を、言い聞かせるように姫燐は諭し始めた。

 

「オレ達が話してるのは、あくまで可能性の話だ。まだ決まったわけじゃない」

「当たり前だろうがっ! そんなは……破廉恥なこと、あってたまるか!」

「だから落ち着けって。否定するも肯定するも、意見を出し合ってからだろ? そのための会議なんだしよ」

「う……むぅ……それはそうだが……」

 

 冷静かつ的を得ている姫燐の言葉に、ヒートアップしていた意識は不承不承といった体であるが落ち着いていき、ようやく本当の意味で箒もこの会議の席につく。

 

「じゃ、改めて第一回ホモ会議を開催するぞ。当然議題は、『一夏の奴はホモなのか?』だ」

「はーい、改めて一言いいかしら?」

「発言を許可する、ミス・ツインテール」

 

 なんだかんだノリが良い鈴は、上げていた手でわざとらしく咳ばらいをし、

 

「さっきも言ったけど、一夏がホモなのは有り得ないと思うわ」

「ほうほう、根拠は?」

 

「当たり前だろう! 一夏はそんな変態ではない!」と、ノリが悪い野次はスルーし、鈴は腕を組むと、

 

「だって、ウチの学校でも散々言われてた事なんだけど、一夏が本当にホモなら、とっくに彼氏の一つや二つ作ってるに決まってるじゃん。って」

「かかかかかか彼氏ぃぃぃぃぃ!!?」

「ん……いや、確かに」

 

 脳天を直接えぐられるようなパワーワードに悶絶する純粋っ子とは対照的に、割とド腐れなダメ頭をしている姫燐は、鈴の意見も一理あると腕を組んだ。

 眉目秀麗。気は優しくて家事完璧。オマケに簿記までやれるとくれば、こんな優良物件、そうはいない。恋愛対象として放っておくとすれば、ノンケか自分のようなレズぐらいで、ホモな方々にも大層おモテになるだろう。

 そんなアイツならばと、確かに思う反面、姫燐はこうも考える。

 

「けれどそりゃ、ふつーにアイツが恋人とか作るつもりが無かったってだけじゃねぇの?」

「うっ……それを言われるとそうなんだけどね……私も正直、その線については考えないようにしてたし……」

 

 そう、これはあくまで『彼氏が居ない理由』であって、『一夏がホモではない理由』にはなり得ないのだ。

 鈴も、自分で自分を誤魔化していた節があったため、真っ向から論破されてしまうと嫌でも真正面から向き合うことになってしまうが、

 

「お、お前たち!? なぜ一夏が男が好きという前提で話している!?」

 

 と、ここで未知の世界に震えることしか出来ていなかった箒が、凛とした勢い任せで口火を切り始めた。

 

「ありえん! まるで話にならん! 一夏は普通に女好きだ!」

「おお、言い切るねぇ。根拠は?」

「根拠だと!? 根拠は、根拠、こんきょ……」

 

 さっそく勢いがすべて圧し折られ、箒の脳裏は記憶の海へと出航を始める。

 初めて出会った時から、同じ学校に通っていたころ、さらにこの学園で再開してからの時間。それら全てを、一つ一つをたどる巡礼の旅。

 

「しょ、小学生のころから、同級生から上級生にまで告白されっぱなしだったぞ!」

「それ一夏の意思関係ねぇだろ」

「わ、私と同じ部屋になると聞いたときは、少し戸惑っていた!」

「お前以外も全員女だし、誰でもそうなったんじゃねぇの」

「入学して最初のころ、倒れた拍子にお前の胸に触っていた!」

「いや、それはラッキースケベって奴で……っておい待て、オレ知らねぇんだけどソレ」

 

 と、出てくる推察すべてが、あっけなくぶった斬られていき、しかしそれでも認めるわけには絶対にいかないと箒は唸り声を上げ、

 

「だ、だが、むしろなんでアイツがホモなのだ!? 普通に考えて、そっちのほうがよほど荒唐無稽ではないか!?」

「まぁ、そうよねぇ。そっちこそ、なんか根拠でもあんの姫燐?」

「ああ、そうだな……根拠ってほど確かなことじゃないが、疑惑があるからこうしてお前たちにも意見を聞きたかったんだよ」

 

 そういって、姫燐は重々しい表情で以前、生徒会の活動中に聞いた、シャルルが一夏と『よくしている』と言っていたことの概要を話し始める。

 内容を聞き入るうちに、二人して赤くなっていた表情は徐々に青ざめていき、姫燐が話し終える内には、もはや死人と変わらぬ黄土色へと変貌を遂げていた。

 

「な、なによそれ……他はまだしも、野郎同士で一緒にお風呂ですって……日本の文化とか見え透いた嘘までついて……!?」

「う、うらやまけしからん……! わ、私と相部屋だった時はどれも一度たりとてなかったぞ!? デュノアに一体ナニをしているのだ一夏の奴は……!?」

 

 織斑一夏の生態としては異常ともいえるアプローチを受け、何年も一緒だった自分たちよりも遥かに段階を、よりにもよって男に踏破されている圧倒的敗北感は、少女たちの淡い恋心とか女としてのプライドを容易く圧し折っていき……、

 

「やっぱりあたしって、女としての魅力ないのかな……発育悪いし、童顔だし、胸ないし……胸ないし」

「それだと胸だけはあるのに袖な私はどうなる……男以下……男以下の魅力しかないのか私には……」

 

 自分でも大概ショックであったことを、よりにもよってずっと以前から慕い続けていた乙女たちに暴露するのは姫燐も若干胸が痛んだが、それはそれとしてと、そっと二人を抱き寄せると、

 

「いやいや、オレだって衝撃だったのは間違いないけどよ……そこで卑屈になっちゃいけねぇよ二人とも」

「姫燐……」

「アンタ……」

 

 フッ、と姫燐は普段よりも二段階ぐらいイケメンオーラをマシマシにした微笑みを浮かべ、

 

「魅力がない? 馬鹿言っちゃいけねぇ。誰かがそれに石ころのように気づかなくても、オレからすれば、お前らの魅力はまばゆい宝石のようにハッキリと映ってるさ。そう、ショーケースの中じゃない、オレの腕の中で、なによりも」

「それは、この前見ていた映画の台詞ではなかったか?」

「……なにー……よりも……かがやい……てー」

 

 ドッ、と脂汗を浮かべながら、消え入りそうなボリュームで言葉を詰まらせる非常に締まらない姿に思わず、

 

「ぷっ……なによそれアンタ、ダッサ」

「くく……いや、私はいいと思うぞ。お前らしくて」

「ダ……ダッサは……酷い……ダッサは……」

 

 弱ったこの機に乗じて口説くつもりだった二人よりも、禁句に触れられたせいで遥かにダメージを負い、部屋の隅で体育座りし始めた背中を見やって、鈴もなんとなく肩の力が抜ける。

 

「まったく、一夏もアレのどこがいいんだか」

 

 どうにもこうにも三枚目が抜けきらないというか、女なのに女にモテようとして、微妙にスベっているのに、いつだって全力で、一生懸命で、真剣にやっているから薄っぺらさより微笑ましさのほうが前に出てきてしまう。

もしやとは思うが一夏は、一見しっかりしているように見えて、実は誰かが面倒見なきゃ危うい、庇護欲がくすぐられるようなのがタイプだったりするのだろうかと、鈴の頭に過る考察が(千冬さんもそんな感じだし)と、危険なボーダーラインを飛び越えかける寸前で――

 

「って、そうじゃん! アンタじゃんアンタ!? 一番の根拠!?」

「あん……?」

 

 そもそもこの会議の主催者自身が、議題を完全否定していることにようやく気づいた鈴は、飛び上がるように立つと同時に、その丸まった背中を力強く指差した。

 

「あんた、一夏から惚れられてんのに何よこの会議!? どんな茶番よ!?」

「……はぃ?」

「……な……」

 

 空になっていた湯飲みの、ごとりという落下音。

 

「それは、どういう、ことだ鈴?」

「……? あっ、しまっ」

 

 それは、この妙に心地よく思えていた関係を終わらせる亀裂を入れてしまうような楔を、頭に上った血流のまま口に出してしまった、彼女の迂闊さを露呈させ、

 

「な、なぁ、鈴は何を言っているんだ、姫燐? お、お前なら、わかるだろう?」

 

 額面通りに受け取ってしまえば、たぶん、生まれてから一番、心を預けた友人が、抱き続けていた、ずっと追い焦がれていた想いを――裏切る? 認める? 奪われる? 祝福する?――もう二度と修復できないほどに、ぐちゃぐちゃにしてしまうことを、認めなくてはならない。

 だから、尋ねる。自分よりよほど頭が回ると信頼している、その友人自身に。

 否定してほしくて。ただ――私などが、姫燐と女を競って勝ち目などあるのかと――絶望したくなくて、縋るにも似たような問いを、箒は吐き出さずにはいられなかった。

 

「頼む姫燐……なにか、言ってくれ」

 

 望みどおりにさえずってくれるなら、どれだけ心がこもっていなくても構わないという箒の切望は――

 

「いや、ないない。だってオレ、レズだし」

 

 届いた上にものっすごく軽いノリで、明後日の方向に否定された。

 

「……れず?」

「そ、ホモの反対。格調高く言うと百合。女だけど女の子が性的に大好きって奴」

「お前が?」

「うん、そう。ちなみに一夏と鈴も知ってる」

 

 点になった目のまま、自然に鈴へとスライドされる首。

 コクコクと、張り子の寅のようにスイングされるツインテール。

 

「ということは、お前は一夏のことは?」

「ダチとしては大切だけど、恋愛対象としては思いっきり外れてます」

 

 平手を挙げて言い切られ、さらに今度は鈴のほうへと向いて続ける。

 

「アイツがオレに惚れてるって、それこそ荒唐無稽だっつーの。アイツならいくらでも候補いるっていうのに、なんでその中でよりにもよってオレみたいなレズ野郎を選ぶんだよ? ないないない」

 

 腹を抑えながら、ケラケラと笑い飛ばし、

 

「まぁ? オレとしても好みには結構うるさいし? まず料理洗濯掃除家事ぜんぶ文句言わずにやってくれる子がいいだろ? 身長は特に気にしねぇけど、体系は細すぎるより肉がちゃんと付いてるほうがベネ。乳も大きければ大きいほど好み。性格は守ってあげたくなるぐらい可愛げがあるのがいい、それでいて芯はしっかりとしていて自分の意見もちゃんと持ってるほうがベストだ」

「そ、そこまでハッキリとしているのか」

「そりゃま、人生のパートナーだぜ? 妥協なんて論外だ。だけどまぁ、そうだなぁ……」

 

 いつの間にか正座までして聞き入っていた箒の顎を、そっと優しく、壊れ物に触れるように持ち上げると姫燐は、心根を見通すように顔を近づけ、のぞき込み、耳元でささやく。

 

「そういう点では割と箒って、クリアしてるんだよ……なぁー?」

「それは、どういう……っ」

 

 女を食い物として見ている捕食者だけが醸し出す、貪りつくすような妖艶さ。

いまだに同性愛ということを言葉でしか理解できていなかったことを表すように、呆然と動かない箒の、私服の上からでも存在を誇張して止まない胸のたわわな果実へと、姫燐はもう片方の手を……

 

「はいそこまでー」

「あいたたたぁ!?」

 

 伸ばしかけたところで、ビッグなドリームを掴み取ろうとした右手は、風紀と貧乳の人権の守護者によって、いとも簡単に捻りあげられた。

 

「ちょ!? 鈴待てマジ痛いんだがああああ」

「黙って聞いてりゃアンタ割と全力で女にケンカ売ってるわね!? 家事したくないとか、共同生活を舐め腐ってるとしか言いようがないわ、このダメ亭主候補ッ!」

「し、したくないとまでは言ってねぇだろ!? ただ、やっぱ人間適材適所ってもんが」

「そういう家庭にすら無駄に効率求めたがる輩が、家事をやってくれている人間への日々の感謝をアッサリ忘れて『あー、専業主婦は楽で良いよなぁ』とか抜かしやがって夫婦円満にヒビ入れていくのよっ! 覚えときなさい!」

「わかった! 分かったからコブラツイストはやめろ! マジ痛いんだからなそれ!?」

 

 と、コブラツイスト特有の絡みつくような、顔と顔が近づくような姿勢になって、

 

(ごめん、フォローありがと)

(あいよ)

 

 小声で、一瞬の会合――そのまま、続行。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! 分かった部屋の掃除ぐらいは月一でやるからぁぁぁ」

「月っ!? アンタほんと、一回マジシメといた方が良いみたいねぇぇ……?」

 

 このゴキブリハウス量産機は、一度徹底的に私生活を管理してやらないとダメなのかと、青筋の赴くままに技は苛烈さを増していき、

 

「箒っ! あんたも同室なんだから、一回コイツにガツンと言ってやりなさいよ!」

「…………」

「聞いてん……のっ……」

「うぼぁっ」

 

 急に技を解かれ、顔面から床に崩れる姫燐――のことは、今はどうでもよく。

 鈴の視界を支配したのは、無言を貫いたままだった箒の趣き。

頬を赤らめ、目をそらし、口元に掌を当てた、その姿。

あってはならない。だというのに甘美な動悸を抑えられず、葛藤を始めた揺れる瞳。

これらを纏めて何というのか――などと、無粋極まりない発想、鈴にはとうてい思い浮かばなかった。

 

「いってぇ……こりゃあばらが数本いっちま……どした箒?」

「っ!? あ、ああ、なんでもない、なんでもないぞ二人とも!?」

 

 関節技では痛めようのないあばらを抑えながら、一度は言ってみたかった映画の台詞を懲りずに吐き出していた姫燐の首が、きょとんと傾く。

 

「す、少し、飲み込めずに居たんだ。その、姫燐が、れ、レズ、だと言うことを」

「あぁ……そうだな」

 

 バツが悪そうに立ち上がり、流し台へと姫燐は自分の湯飲みを運ぶ。

 箒にいらぬ心配をかけてしまったのが理由とはいえ、このカミングアウトは、姫燐にとっても本意とは言い難かった。

 

(ったく、女々しいな)

 

 結局は、いつかは言うことだろうと心中でなじっても、選択を間違えたとは思わなくても、箒の顔を見られないのは、やはり自分も今の関係に居心地の良さを感じていたからなのだろう。

 箒は、今まで隠してきた本当の自分のことをどう思うのだろうか。

 否定するだろうか、軽蔑するだろうか、拒絶されるだろうか。

 捻った蛇口からあふれ出す水のように、簡単に流すことは出来ない憂い。

 しかし同時に、姫燐は失念していたのだ。

 箒にとってもまた、共に重ねてきた時間は心地よく、そして、

 

「おい、姫燐」

「んぁ?」

「水洗いだけで湯飲みを置くのは、いつも止めてくれと言ってるだろう?」

「あっ……」

 

 まだまだ、こうして、隣で積み上げて行き続けたいと願っていることも。

 

「……正直、驚きはしたが、嬉しかったぞ」

「へ?」

「お前の――友達のことが、また一つ分かったのだからな」

 

 隣で微笑み、スポンジを握る箒の姿は、思わず眩暈がしそうなほどに眩く、

 

「……ふっ、ふん。こっからはもう隠さねぇからな。オレはそこら辺、節操がねぇんだ。今日からは夜中、隣に警戒せず眠れると思うんじゃねぇぞ?」

 

 思わず直視できずに、悪ぶって逸らしてしまい、

 

「ああ、覚悟しておこう。そうやって私の知らない世界を見せてくれるから、お前の傍はいつだって楽しくて仕方がないんだ」

「あ……あぅ……」

 

 その程度で逸らし続けることなどできない、真っ直ぐな閃光として、姫燐の胸を貫いた。

 

「んっ、どうしたんだ姫燐? 顔が赤いぞ?」

「うっ、うっせぇ! お前も実は大概タチ悪りぃな!?」

 

 真っ赤な髪以上に朱が差した姫燐の頬をのぞき込もうと、放漫な身体も整った顔も無造作に近づけてくるレズ特効持ちの天然ジゴロ。割と一夏のことをどうこう言えないぐらいに、人をヤキモキさせるその仕草は、まさに天性の魔性と言えた。

 

(……そのまま、くっついてくんないかなー。あの二人)

 

 また一つ、篠ノ之箒という人間のヤバい扉が開きかけてる背後で、強烈なライバルが二人仲睦まじく消える結末を夢想しながら、鈴は温くなってきたお茶を、できるだけこのイチャコラが長引くようにチマチマと口に運ぶ。

 が、それはそれで本題がいつまでも片付かなさそうであると、鈴は一気に中身を飲み干した湯飲みでテーブルを鳴らし、ポンコツ議長の代わりに本題への軌道修正を図り始めた。

 

「それで、決議はどうすんのよ?」

「へっ、決議?」

「アンタねぇ……結局、一夏がホモだったとしても、そっからどうするつもりなのよ。まさか考えなしとは言わないわよね」

「あ……あぁ、そりゃ考えてるっての! お姉さんを舐めんな!」

 

 正直、今更お姉さんとか自称されても不安しか募らないが、洗い物を箒に任せると、姫燐はいそいそと部屋の片隅に置いてあった紙袋をつかみ、またテーブルに腰を下ろした。

 

「ふふん、アイツがホモじゃないか確かめるなんてToo easy。 楽勝って奴さ、オレ達ならな」

「む、それは……今日、買っていた奴か?」

「そそ、昼間いっかい別行動したろ? そん時に買って来た」

「…………オレ『達』?」

 

 用意周到かつ当たり前のように自分も巻き込まれている口ぶりに、嫌な予感がリミットブレイクしていく鈴を他所に、姫燐はふふんと胸を張りながら、「ちょいと値は張ったがな」と袋の中に手を突っ込み、

 

「げっへっへ……コレを着てる子に反応しねぇ奴は、もう確実に男じゃねぇよホモ野郎だよ間違いねぇげっへっへ」

「着てるってことは、服か……?」

「そう! こいつこそ、全野郎が夢に見てるけど、実際女の子に着せるのは彼女にでも躊躇う衣装ナンバー1(当社調べ)!」

 

 御大層な前振りと共に、三人分の中身を取り出した。

 

 

「バニィィィ……ガールッ! こいつ着て、一夏の部屋に突撃するぞ、お前ら!」

 

 

 ポカンと口を開いたままフリーズした箒の代わりに、覚悟していた分、まだ辛うじて余裕のある鈴は、ため息のように言わなければならないことを口にした。

 

「……それ、アンタが見たいだけでしょ……」

「そうでもあるがッ!!!」

 

 こうして第一回ホモ会議は、さらなる波乱を確約し、ギラついたクソレズの欲望丸出しの決議を出す形で――その幕を閉じたのであった。




 PCがぶっ壊れたので新しいPC君から初投稿です。
 そしてなぜISABは新しいPC君でもメモリの中がパンパンだぜと出るのでしょうか。謎なのだ……。

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