IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

31 / 41
第28話「ブリッツ・ストライダー」

「大丈夫か、シャル?」

 

 いつも通りドダバタ会場になった道場から、いつも通りに何とか抜け出し、段々と覚えてきた人通りが少ない道を紹介する道すがら、一夏は隣を歩くシャルの様子が、どこか心在らずであることに気付いた。

 

「……え?」

「疲れたのか? だったら、今日はこのぐらいにして一端部屋に」

「だ、大丈夫だよ、これぐらい平気平気」

 

 ハッとしたように取り繕うが、鈍い一夏から見ても、今のシャルからは無理が明け透けており、取り繕うような言葉だけで安心など出来る筈がなかった。

 

「慣れない内は確かにしんどいよなぁ。今日は一段と人が多い所行ったし」

「うん……」

 

 記者会見もかくやな人混みは、耐性が出来つつある一夏はまだしも、ここに来たばかりのシャルには確かにそこそこハードではあったが……、

 

――本当に、迂闊なメス豚――

 

 あの時、指に走った痛みと、唐突な体調不良。

異変は本当に一瞬であり、今こうして歩いている限りでは、特に身体に異常は感じられない。

 だが、どうしてもシャルの心には、パーラと名乗ったあの先輩の、最後に見せた加虐的な笑いと台詞が、茨でも刺さってしまったかのように忘れられなかった。

 

(まさか……気付かれた……?)

 

 世迷言と断言するには、前例があり過ぎた。一夏も、セシリアも、ほんの少しの違和感からこちらの正体を突き止めたのだから。

 更に今度の相手は、今までの良心的な同級生達とは違い、この学校のマスコミ的存在にして……何よりも、自分の直感を信じるならば、相手はこちらに敵意を抱いていた。

 そんな相手を野放しにせず先手を打つべきか、下手に動いて余計な疑念を抱かせるような隙を晒すリスクを回避するか――気付けばこんな事ばかり考えている自分自身に、シャルは自己嫌悪を押さえきれなかった。

 

「……本当に平気なのか、シャル?」

 

 このことを、私は相談するべきだろうか。

 隣で下心なく他人を思いやる、眩いほどに真っ直ぐな彼に、私の薄暗いこの疑念を。

 それは純白のテーブルクロスの上に、汚れきった泥水でもぶちまけるかのような行為にすらシャルには思え、

 

「もう、心配し過ぎ。僕だって、代表候補生なんだよ? 体力が無いとやってられないよ」

「なら……良いんだけどさ」

 

 シャルは、慣れきった笑顔で、一夏の半歩前へと足を飛ばした。

 彼は強くならないといけなくて、自分はそれに協力すると約束した。

 ならば、このような不確かな疑念で、歩み続ける彼の足を引っ張ってはいけない。

 彼は、自分なんかとは違うのだから――気持ちが、切り替わる。

 

「そんなことより、イアイの練習は良いの? ISでアレをやるんでしょ?」

「ん、正確にはちょっと違うんだが……まぁ、ちょうど今その練習のために、アリーナへ向かってる所だ」

「あ、そうなんだ」

 

 シャルも、言われてみればと自分のおおよその現在地と、ここに来る前に覚えさせられたIS学園の地理を照らし合わせ、確かにこの道は、以前セシリアと戦った第二アリーナに続いていると納得するが、

 

「でも、ここからなら第三アリーナの方が近くないかな?」

「ん、あー……第三アリーナ、か」

 

 どこか遠くを見て、懐かしげでありながらも、悲しげに。

 か細い呟きとは裏腹に、一夏の手は、自然と強く握り拳を作っていた。

 

「あそこは少し前の戦闘で使えなくなっちゃってさ。今は使用禁止なんだよ」

「もしかして、例の侵入者? あの一夏と中国の代表候補生が戦ってた時に、襲って来たっていう」

「……ああ、そうだ」

 

 あの騒動に関する事は、セシリアや鈴を含め、当事者全てに外部への口外を禁じており――全て嘘とは言え一人、思いっきり破っていた気がするが――大丈夫だと、千冬から聞いていた一夏ではあったが、こうして具体的なことは何も知らなそうな様子のシャルを見て、それが徹底されていることに安堵した。

 一般生徒や学園の外には、襲撃者が一『人』侵入したことだけが知らされており、実は一『機』であったことや、その後に更に二人のテロリストが居たことなどは秘匿されている。

 そういえば、結局どうやって解決したことになったのかは知らされていなかったが、

 

「確か、代表候補生の皆と、この学園のセキリュティが無事に犯人を取り押さえて、日本に引き渡したんだっけ?」

「ん……? あ、あぁ、そうだな」

 

 姫燐の存在が出なかったことに、一夏は少しだけ引っかかりを覚えた。

 どうやら、学園はセシリアが色々と吹き込んだため周知であったが、姫燐の存在は外部には無かったことになっているようであった。

 

(まぁ、当然か)

 

 下手に疑われる要素を増やされるよりは、あの場に存在すらしなかったことになっていた方が、都合が良いのは事実なのだ。

 恐らく姉と、彼女の姉の指示であろう配慮が、一夏の胸に深く染みわたる。

 

(ありがとう、千冬姉、楯無さん)

「あ、一夏一夏。アリーナの話してて、僕思い出したんだけど」

 

 と、感謝の念を飛ばしていた一夏の横で、シャルは何かを思い出したと顎に指を当て、

 

「確かアリーナって放課後に使う場合は、事前にクラスごとに予約を取って、教師に提出しないといけないって、校則に書いて無かったっけ?」

「えっ……そう、なのか?」

「へっ?」

 

 自分の記憶では、割と自由にアリーナを使えていた覚えがある一夏は、こうして言われてみて――そういえば、自分がアリーナを使う時は、大体姫燐が手を回してくれていたことを思い出す。

 

(ならキリって、いつもどうやってアリーナ確保してたんだ……?)

 

 今は回収されたとはいえ自分の盗撮プロマイドが、かなりの数出回っていたことを知らない彼は、間違いなく幸せであった。

 

「え、もしかして取って無いの、予約?」

「…………お、恥ずかしながら」

「あー、そっか。いつも道場みたいに譲ってもらってたのなら、仕方ないか」

 

 ちょっと変な勘違いをされているが、自分もどうやっているのか分からない以上は、訂正はひとまず置いて、崩れ去った予定をどうするか一夏は黙考する。

 確かに、自分達が一言頼めば、どのクラスでも快く譲渡してくれそうではあるが、特権階級であることを何度も行使するのは、どうにも性分に合わない。

 それにまた、まともに動くことすら難しい乱痴気騒ぎになるのは目に見えていたし――何よりも、自分の想定している『技』は、『見られること』が何よりも致命的なのだ。

 出来る限り、第三者には秘密にしておきたい思惑があるため、ここだけはシャルと二人っきりで練習しておきたかったのだが……。

 

「これ今、第二アリーナに向かってるんだよね?」

「あぁ……ていうか、着いたな、今」

 

 と、考える間もなく足を止めた一夏に釣られるよう、シャルも足を止め、改めて見るアリーナの大きさに驚嘆の溜め息を漏らした。

 

「じっくり見るのは初めてだけど、やっぱりIS学園の設備はすごいね。こんな立派なアリーナ、普通は国単位じゃないと所有できないよ」

 

 IS同士が思いっきり闘え、更に何人もの観客を収容できるように作られたアリーナは、いつ見ても圧巻の巨大さであり、このIS学園が人工島の上にあることを思わず忘れそうになる。

 まぁ、そんなことよりも重要なことを忘れていた一夏は、さてどうしたものかと立ち往生することになったのだが。

 

「どうするの一夏? また頼んで使わせてもらう?」

「うーん、それは……ん!?」

 

 と、ここで一夏は、アリーナの入り口で佇む人影に気付き――思わず言葉が喉奥に引っ込み、考え事はぶっ飛んで行ったのを感じた。

 こっちは閉鎖されていないので、人影の一つや二つ、当然あってもおかしくは無いのだが、

 

「えっ、あれ? あの人……!」

 

 同じように気付いたシャルも、その人影を見つけ、一夏と同じように目を丸くする。

 高身長が栄えるワインレッドの上品なスーツの上から、純白の白衣を纏う変わった風体にではない。

 その上の、少しボサボサ気味だが、肩甲骨の辺りまで伸ばした茶髪を、リボンでテールにした頭髪。年気を感じさせるシワが少しあれど、それが醜さよりも深みとなって刻まれた端整な顔つき。そして、旨そうに煙草を咥える口元から生えた、確かな手入れをされている――立派なあご髭。

 女性には決して生えることがないそれは、このIS学園では自分と、顔見知りの用務員にしかあり得ない代物であり――つまり、目の前の人影が何者であるか決定付ける、何よりもの証拠であった。

 

「男の人……!?」

「ああ……! しかも、俺も初めて見る人だ」

 

 訂正すら忘れるほどに、一夏も久方ぶりに見かけるタイプ――中年ぐらいの男性の存在に、動揺を隠せなかった。

 ISによってもたらされた女尊男卑の風潮。ある意味その象徴とも言えるこの学園は、一夏達がパンダ同然の扱いされるほどに男性がおらず、なお且つ年頃の女子だと嫌でも反応してしまう中年となれば、まさに絶無だ。

 偶にトイレですれ違う用務員さんとの話で、スタッフも彼以外は全員女性であることも裏が取れている。

 となれば、目の前の男性が何者なのか一夏達には想像もつかず、二人して二の足を踏んで立ち尽くしていたところで、

 

「あっ」

 

 ふと、男と二人の目が合う。

 

「え、えっと」

 

 男が白衣のポケットから取り出した携帯灰皿に、吸殻をねじ込む。

 

「こ、こんにちは」

 

 そして、とりあえずコミュニケーションの定石を口にした一夏へと――軽いジャンプからの全力のダッシュで一瞬にして距離を詰めその雄大な両腕を大きく広げ、

 

「おおーっ! 君が噂の織斑一夏くんかねッ!!!」

「わぼぉ!?」

 

 その胸内に、思いっきり一夏の身体を抱き込んだ。

 

「ふむふむ……ふむむ、なるほどなるほど……」

「っ? ぇ!? っ!??」

 

 いきなり見知らぬオッサンに抱き締められてフリーズする一夏を余所に、男はそのまま一夏の身体中をペタペタとご無体に弄りながら、感心したような声を発する。

 唐突な男から男への、セクハラ&セクハラコンボ。

 濃密で非現実的な異空間を前にし、魂が口からエクトプラズムしかけつつも、一度ハッと現実に帰って来れれば、シャルの行動は非常に的確であった。

 

「あわわわわ……通報、警察に通報しなきゃ……」

 

 震える声でズボンの中に入った携帯を何とか取り出そうとしたところで、

 

「んむ、君も噂のシャルル・デュノア君だね!」

「ぴぃ!」

 

 養分を吸い尽くした餌を捨てるように、動かなくなった一夏の身体をアッサリと手放すと、今度はシャルの方へくるりと向き直り、

 

「いやぁ、お初にお目にかかれて光栄だよ。デュノア社のパーツには、私もたびたび世話になっていてね。社長が君のことを公表された時には、僕も大層驚いたよ」

「や、やあぁぁ……」

 

 理知的なコメントとは裏腹に、顔は喜悦に歪み、両手を大きく広げた状態でにじり寄る姿は、まさに捕食者のそれ以外の何者でも無く、何でここに来てからこんな目にしか合わないのだろうとシャルが自分の人生を後悔するには、充分すぎるほどな変質者であった。

 

「ははは、堅くなる必要は無いさ……コレは世界各国を回った私が統計を取り、分析を重ね、もっとも優れていると確信したコミュニケーション、そうコミュニケーションなのだよコレは」

「もうやだぁ……」

 

 目を爛々と輝かせながら言っても説得力がなく、一夏もぶっ倒れて白式より真っ白になって動かない現状では助けも期待できず、怯えきって半泣きになったシャルはもはや無抵抗の羊と変わらず、犯罪的な絵面は、ついに危険な領域へと突入する――

 

「はいおじさま、そこまで」

「びぐざッ!」

 

 といったところで、音も無く現れた水色の影が、後ろから男の首筋に呵責ない当て身を加え、間一髪のところで事案を防いだ。

 

「まったく、中々戻って来なさらないから、何をしてらっしゃるのかと思えば……興味深い人に抱きつくその癖、いつか本当に逮捕されますよ?」

 

 ダウンさせた中年を地面に放置して、水色のショートカットを揺らし、ふかーい溜め息を女性はつく。

 

「た、助かったぁ……ありがとうございます」

「ええ、こちらこそ、身内が迷惑をかけてごめんなさいね。シャルル君」

「あれっ? えっと、あの、僕達どこかで……?」

 

 余りにも自然な呼ばれ方に、一瞬だけ面識があるのかと錯覚してしまうが、

 

「いえ、間違いなく初対面。私は更識楯無、この学園の生徒会長よ」

「更識、さんですか?」

「あぁん、つれない呼び方はお姉さんイ・ヤ♪ 楯無って呼んでちょうだい。私もシャルル君って呼ぶから」

「は、はぁ……」

 

 人の心にスルスルと入り込んでくるスタイルや、柔らかい態度でありながらも有無を言わせず話を進める話術、そして何よりも自分の事をお姉さんと自称する姿が、どことなく姫燐と被る部分を感じながらも、隙だらけの彼女とは比べ物にならないぐらい洗練されているといった印象を、シャルは受けた。

 

「ほら、一夏くんも、正気に戻って」

「あ……楯無さん……? 俺は、俺は一体、ナニカサレテ……」

「大丈夫よ。この人、人体改造は流石に専門外だと思うから」

「いや、案外興味が尽きないジャンルではあるぞ、楯無くん?」

 

 と、完全に入ったように見えた手刀も何のそのと、白衣に付いた土埃を払いながら、まだ微妙に目が死んでいる一夏とは対照的に、テンションと輝きを増しながら男は楯無の肩に手を置いた。

 すぐに置かれた指を、本来曲がらない方向に曲げられかけて呻いているモノの、彼女の対応からは『慣れ親しみ』が伺えることから、ただの不審者ではないことは間違いなく、そして身内、おじさまと楯無に呼ばれていたことから、大体の察しこそあれど、確信に変える為にシャルは問いかける。

 

「この人は、楯無さんの伯父、なんですか?」

「んー、血の繋がりは無いのよ。ただ」

「むかーし更識さん家のとこで、顧問技術師をやらせて頂いていてね。四年ほど前に一年ほどバイト感覚でだが、その時からの仲だよ。なぁ、楯無く」

「いい加減しないと、次は両指でリボン結びが出来るようにしますわよ? おじさま」

 

 と、また抱きつこうとした所を、やんわり拷問宣告で遮られ、面白くなさそうに口を尖らせる中年男性。外見からは考えるまでもないが、立ち振る舞いからはどちらが年上なのか分かったのもでは無い。

 

「さ、アリーナに戻りましょうか、おじさま。いつまでも皆を待たせては」

「ああ! それよりも君、織斑一夏くん!」

「は、はいぃ……?」

 

 話を見事にぶった切られ、笑顔がどんどんと意味深に深みを増していく楯無を見事にスルーし、男はようやく目の光を取り戻して来た一夏に詰め寄った。

 

「あ、あの、お、俺が一体、どうかしましたか……?」

 

 思わず言葉も身体も固まってしまうが、男は意にも介せず新しく取り出した未着火の煙草で、一夏の身体を指すと、

 

「君、最近、身体を休めていないね?」

「えっ……!?」

 

 今までのノリからは考えられない突然の鋭さに、思い当たる節がある一夏の身体が、別の衝撃で硬直する。

 

「大胸筋腹筋前腕筋ハムストリングスその他諸々一通り、筋トレで鍛えられる個所の全てに疲労が過度に蓄積されているようだ。身体を鍛えるのは結構だが、これでは筋肉が完成するまえに破損してしまう。空き時間のほぼ全てをトレーニングに費やすならば、そこに適度な休息も加えたまえ」

「はぁ!? なっ、どうして!?」

 

 ここ最近の生活リズムまでピタリと言い当てられ、一息つくように煙草に火を付けたこの男の、あまりの得体の知れなさに混乱と動揺を隠せない一夏に、助け船を出すよう楯無は、珍しく嫌そうな顔を隠さず、

 

「おじさまの特技よ、一夏くん。この方は、抱きつけば相手の事が大体分かってしまうのよ」

「ワハハ、素肌と素肌で触れ合えば筋肉が分かり、文字通り相手の全てが分かる! 言葉で取り繕うが、肉体は常に嘘はつかない。相手が心も体もフルオープンにしてくれれば、内科的な病巣だって見抜いてみせるとも」

「そ、ソウナンデスカ……」

「すごい……だから俺の身体の事も分かったのか……」

 

 だから、これは定期健診なのだよ。と、締めくくり、懲りずに楯無に抱きつこうとして、今度は腕を極められ「がああああ」と悲鳴を漏らす男へと、素直な関心を見せる一夏に、若干ドン引きするシャル。

 

「私の持論で、前々からずっと講義でも学会でも提唱しているのだが、どうにもウケが悪くてなぁ……あ、ちょっと心労が多いみたいだね楯無くがあああああ」

 

 まず、前提条件のレベルが高すぎるからじゃないでしょうか。

 と、シャルの額から汗が落ちるが、そういえば楯無がアリーナに待たせている人が居ると言いかけていたことを思い出し、そのことを口にすると、

 

「あら、いけない。早くヒメちゃん達の所に戻らなきゃ」

「ヒメちゃん……?」

「ん、キリ? キリが今、アリーナの中に居るんですか楯無さん?」

 

 と、キリの名前が出た瞬間、やっぱり喰い付くのねと少し微笑ましさを感じながらも、胸元から『残念』の二文字が描かれた扇子を開き、

 

「ごめんねぇ、一夏くん。今日はちょっと、関係者以外は第二アリーナに立ち入り禁止なのよ。だから二人とも、今日の所は」

「ん、構わんよ? 入れよう」

「お引き取りを……うんっ?」

 

 と、自分の会話へと、唐突に挿入された矛盾にニヤついていた楯無の口が止まり、

 

「私もIS学園名物、男性操縦者のお二人には、ぜひどうにかしてコンタクトを取ろうと考えていたのだよ。やぁ、その手間が省けて丁度良かった」

「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいおじさま!」

「それに、男性操縦者独特の意見や視点も、ピチピチしてフレッシュで面白そうだ。ぜひ取り入れてみたい。ささっ、茶と菓子も出すよ。楯無くんが」

 

 と、いきなりな事態に困惑気味の一夏とシャルの肩を両腕に抱くと、背後から突き刺さる楯無の制止もお構いなしに、そそくさと男はアリーナに戻ろうとする。

 とりあえず言いたいことだらけな二人の事が、まるで手に取るように分かると言いたげに男は豪快に笑い飛ばし、

 

「ハッハッハ、安心したまえ。関係者以外立ち入り禁止なら、君達は今から関係者だ。私が決めた」

「そ、そんなんで良いんすか……?」

「そんなんで良いっすとも、私が最高責任者なのだからな」

「おじさんが最高責任者なんですね……」

 

 二人の間で、この人を最高責任者にして大丈夫なのかと、至極まっとうな意見がシンクロし、

 

「……あれっ!? 最高責任者!?」

「……うんっ!? 最高責任者!?」

 

 また、とびきりの驚愕が二人の間でアクセルシンクロした。

 

「良い反応だよ二人とも。男性操縦者はノリツッコミの才能が必須なのかね?」

 

 満足げに二人の肩を叩く男は、ナイスミドルな髭面とは打って変わった、少年が自分だけの宝物を見せてくれるときのような、無邪気な笑みを浮かべ、

 

「それに、少々寂しいと思ってたのだよ。娘の晴れ姿を見るのが、あの程度の人数だと言うのは」

「娘さん、ですか……?」

「娘……って、やっぱり……!」

 

 なんとなく、違和感ではあったのだ。

 一夏の中に渦巻いていた、初対面でこれほどまでに馴れ馴れしく、自由奔放な態度で接されても、不快感は無く、むしろどこか安心すら感じていたような、そんな感覚。

 これの答えが、もし自分の頭を掠めたデジャビュ通りを裏切らないのだとしたら……!

 アリーナ内部へと続く扉が、開く。

 一夏達の眼線に飛びこんできたのは、広大なアリーナの中心で、専用のショートパンツ型のISスーツを纏い、様々な機材に繋がれながら待ち惚けであった、赤い髪をした少女の背中。

 

「ったく、おせーぞ親父ッ! いつまでコレに繋がってりゃいいんだ!」

「ハハハ、スマンね我が娘よ。すぐに始めよう、タイミングは委ねる」

「ったく……待ってました、ってな」

「起動コードは分かっているな、キリ!」

「ああ、いくぜッ!」

 

 予感が確信に変わった一夏の眼前で、父と子は叫ぶ。

 

『Must go on! ブリッツ・ストライダー!』

 

そのコードに込められた、進み続け、決して止まることのない意志は輝きとなり、腕のギプスを邪魔だと言わんばかりに吹き飛ばし、姫燐の身体を包み込んだ。

 

「ブリッツ・ストライダー……?」

「これは……IS!?」

「ここからが少々骨でね。測定開始」

 

 あっけに取られる二人の横で、気付けば男の正面には半透明なコンソールが出現しており、

 

「コア安定、IS適正Aのまま不変、右腕メディカルサポート起動確認」

 

 高速で流れ来るデータの全てを、今までの飄々とした姿勢から一変した、一人の男としての強い眼差しで処理していく。

 

「PICアクティブ、装甲固着完了、駆動系各種問題無し」

 

 徐々に輝きが消えていくにつれ、その全容が肉眼で捕えられるようになってくる。

 全体的なシルエットは、シャドウ・ストライダーを彷彿とさせる、二の腕と脛辺りを覆う筒状のガントレットとレギンズから、ブレードが外れ、V字の補助ウィングのようなモノが付いた程度であった。

 しかし、類似は紺がメインのカラーリングと、それだけ。

 重厚で全身を覆うフルアーマーのようであった装甲は殆どがオミットされ、逆に胴体や腰元、首元に肩や下腹部といった、急所と他に少しだけと相当に薄い。

 インナーであるISスーツが見えているほどであり、フルフェイスだった頭部も鋭利な形状をした左半分を覆うハーフマスクのようなバイザーだけと、あの屈強そうであったフォルムが嘘のように軽装だ。

 あれだけの大怪我を負ったのに、装甲を増やすどころか大幅に減らして来たその姿は、どうにも一夏の不安を駆り立てたが、

 

「よしキリ、ベースは問題ない。マニュアル通りにやってみろ」

「あいよ」

 

 と、姫燐が返事をすると同時に、唯一ガッチリと首元まで覆う胴体アーマーの背中、それと両手足の筒状のパーツに一つずつ装着された、計5つのエメラルドグリーンをしたクリスタルが光を放ち始めた。

 

「『オラトリオ・ジェネレーター』起動ッ!」

 

 その掛け声と共に、オラトリオ・ジェネレーターと呼ばれたクリスタル達は更なる強い輝きを放ち、

 

「そうだキリ、『カオス・オラトリオ』はお前の意志により、姿を変える。コントロールするんだ」

「分かってるっての……つまり、こういうことだろ、っと」

 

 瞬間、胴体と両手足の装甲から金色の液体が吹き出し、

 

「んで、えーっと……よし、モード・オンステェージッ!」

 

 姫燐が右手を天高々へ突き上げると、指をパチンと弾く。

その瞬間、液体はまるで意志を持ったようにうごめき、生身で露出していた部分を瞬く間に覆っていった。

 

「ん、あっ、むっ……っ!」

「慣れない感覚だと思うが、集中を切らすなよ?」

「だい、じょうぶだ、コツは……なんとなく掴んだ!」

 

 その発言が真であったように、生物的なうごめきは見る見るうちにナリをひそめていき、終わってみれば液体は、ラバースーツのように柔軟でしなやかなインナーとして、機体と一体化していた。

 

「オーケーオーケー……つまりは、こういうことって訳だ」

 

 ニッ、と余裕を取り戻した笑顔を浮かべると同時に、首元の装甲の後ろが、小さな翼を広げるかのように二対に展開し、そこからまた金色の液体が吹き出して、ふくらはぎ程の長さで帯状になり――まるで、マフラーのような形状へと変化して固着する。

 

「どーよ親父、完璧だろ?」

「うむ、エクセレントだキリ。これで私の最高傑作、ブリッツ・ストライダーはお前のモノだ」

 

 そうして新たな力を得て、振り返った姫燐の姿を見た一夏は、まるで心臓でも取られてしまったかのような、奇妙な感覚に支配されていた。

 見たこともない、聞いた事もない技術で作られた、流動する液体を操る事が出来るIS――の存在よりも、ただ只管に、それを纏う大自然のように力強く大きな姫燐の姿が、強烈に、鮮烈に、織斑一夏の眼に今まで目にしてきた何よりも、

 

「…………綺麗だ…………」

「んあっ? 一夏にシャルルっ!?」

 

 と、そんな呟きが誰の耳にも入らず、丁度風に吹き飛ばされてしまうほどの驚愕が、第二アリーナに響き渡った。

 

「おまっ、何でここに、っていうかどうして親父と一緒に居るんだよ!?」

「こ、こんにちは朴月さん。僕達、ちょっとヤボ用で第二アリーナの前まで来てたんだけど」

「そこで私の権限により、関係者になってもらった」

 

 てことは、さっきのちょっと変な声出た部分見られてたのかよ!? と、頭を抱え膝を折る姫燐にシャルは駆け寄り、男の方へと振り向くと、

 

「ドクター……えっと」

「永悟(えいご)、朴月永悟が私の名前だよ」

「では、ドクター・エイゴ。これは、貴方が作ったんですか?」

「うむ、その通り。ブリッツ・ストライダー――我が研究と技術の結晶にして、記念すべきカオス・オラトリオ搭載フレーム、その栄えある第一号機だよ、デュノアくん」

 

 と、目線の意味を察するように、永悟が触っても大丈夫だと言う事を伝えると、さっそくシャルは屈んでくれたお陰で届くようになった、太もも周りに触れてみる。

 

「凄い。確かに液体だったはずなのに、確かな弾力と剛性がある。本当にゴムみたいだ。一体どんな材質を使っているんですか?」

「フフフ、知りたいかねぇデュノアくん?」

「しゃ、シャルルや? そのだな、あんまりベタベタ太もも触るのは」

「ぜひ、お願いします! 液体をゴムのようにする事が出来るだなんて、衝撃吸収材にも応用が効くだろうし……これは革命的な技術ですよドクター・エイゴ!」

「うむ、勤勉な若者は好きだよ。それと驚くのはまだ早いが、先に骨子となった理論の解説から始めようか。まず、私が注目したのはロシアと中国が共同研究していた自然物質兵器転用計画でねぇ」

「あ、それなら僕も聞いた事があります。でもあれは、IS相手に充分な破壊力が中々得られず、未だに一部試験的な武装がいくつか製造され第三世代に搭載されているだけでは」

「おーい、親父―、シャルルー……ほんとディープな会話はいいんだが、ナチュラルに太もも触りながらってのは、聞いてくれー……」

 

 と、本人の意向をガン無視した、技術屋トーク特有の専門用語ツーカーは、このまま姫燐が羞恥心の限界が来てキレるまで続くのかと思われたが、

 

「はい、おじさまもシャルルくんも、その辺でストーップ」

「あいたっ」

「ほごぉっ!!?」

 

 影も形も察せられないのに、気がついてみれば目が離せない存在感を放つ少女が、流れるような動きで、シャルの頭部に軽いチョップを、永悟博士の喉元に割と重めの手刀を加えながら現れた。

 

「か、かた姉ぇー……」

「まったく、こう言う時はガツンと言わないとダメよ、ヒメちゃん?」

「いやこう、親父は別にどうでもいいんだが、楽しそうなシャルルに水差すのもちょっとって思って……」

「へっ、あっ!? ご、ごごごごめん、朴月さん! ぼ、僕ったら、女の子の太もも触ってなにを悠長に……!」

「どうでもいい扱いは流石にパパ悲しいぞキリ……」

 

 一気に騒がしくなった第二アリーナの様子に溜め息を付きながら、楯無は先程からずっと一人だけ棒立ちしたままな男の方へとこっそり歩み寄る。

 

「いーちかくん? お姉さんちょっと言いたい事があるんだけれど?」

「………」

「どうしてさっき、ヒメちゃんに助け船を出してあげなかったのか、お姉さんちょーっと気になるな―って」

「……………」

「もし一夏くんがあれよね、ヒメちゃんがそういう目に会うのが好きだーっていうのなら、ちょっと二人だけで、秘密のお話しをしないかしらぁ?」

「……………………」

「あぁん、お姉さん怒ってるわけじゃないのよぉ。ただちょっとね、今後の『二人』のためにも、一夏くんの性癖について正しい理解を深めとく義務が私には…………一夏くん?」

 

 初めは、詰め寄る自分の威圧感に声を出せないのかと思っていたが、口を半開きで一点だけを見つめている様子からは、どちらかと言えば存在を認識されていないから反応を返せないようだと楯無は思い、

 

「一夏くーん?」

「………………」

 

 目の前で、手をヒラヒラさせてみたり、

 

「おーい、お姉さんガン無視は流石に怒っちゃうわよ―?」

「………………」

 

 軽く額をパチパチと叩いたり、

 

「あらあらぁ、それともお姉さんとの秘密のお話しに……こういうの、期待しちゃってるぅ?」

「………………」

 

 艶っぽい仕草で前かがみになりながら、ワザとその豊満な胸元を開いて、風を送るように谷間を見せつけてみたり、

 

「ね、ねぇ、一夏くぅん? ほらほら、お姉さん割とガツガツした子の方が好きなのよ? だからね、そ、そろそろ何か反応ぐらい」

「なにをやっているんだお前らは」

「あぼぁっ!!!?」

「あらっと!?」

 

 女のプライドを賭けた一人チキンレースへと突入しかけていた楯無と、呆けていた一夏の頭に、目にも止まらぬ帳簿スパンキングが襲いかかった。

 楯無は何とか扇子で防いだモノの、完全に無防備だった一夏は顔面から土を削る勢いで地面にぶっ倒される。

 いくらムキになっていたとはいえ、学園最強の名を欲しいままにする楯無に回避すら許さぬ一撃を加えられるような人間は、やはりそれ以上の、世界最強の名を欲しいままにする女に他ならない。

 

「あ、あらあら、織斑先生。ご機嫌麗しゅう」

「貴様らが呼んで置いて、ご機嫌麗しゅうはないだろうが。痴女め」

 

 あらやだと後ろを向いて開けた制服の前をそそくさと留めていく楯無を溜め息で見送り、地面にイケメンが刺さったままな弟を、千冬は黒いブーツの先で小突く。

 

「織斑、『一応』目上の人間に話を振られているというのに、何だ今の態度は?」

「ご、ごめん千冬姉……」

「謝る相手が違うだろうが、あと織斑先生だ」

 

 と、まるで猫でも引っ掴むかのように一夏の襟首を掴むと、男一人を本当に猫でも持ち上げるようにひょいと持ち上げ、楯無の前に突き付け「すみません」と謝らせた。

 

「ん……おおお!! そこの貴方は間違いなく本物のブリュンヒルデッ! いつも娘が世話になっております!」

 

 そこに黒スーツの存在に気付いた永悟がやってきて、大きく手を広げ、

 

「その呼び名はご遠慮願います、朴月博士」

「おぶぁ」

 

 まさに抱きしめたいなと体重を乗せたハグを、彼の体重が乗った完璧なタイミングで千冬はかわし、永悟を本日二人目の地面キスへとご招待する。

 流石に父兄には鉄拳制裁はしないんだなと失礼な安心を覚えながら、一夏はふとなぜここに姉がいるのか疑問に思い、口にした。

 

「そ、そういや、ち、織斑先生はどうしてここに?」

「少しは考えろ、バカ者が。生徒が新たな専用機を受理するんだ、担任である私がチェックしなくてどうする」

「そういうことよ一夏くん。ちょっと細々した手続きがあるから、永悟おじさまと織斑先生はあちらの方に。更識と学園のスタッフを待たせていますので」

「ああ、分かった」

「まったく、ストロングな女性が多いねIS学園には……」

 

 いつも通りの威風堂々とした歩き方で、片や鼻の頭を押さえ白衣の土埃を払いながら、二人はアリーナの出口へと向かっていった。

 そして残された二人のうち一人、一夏は改めて、興奮気味のシャルに自分のISを見せびらかし、ご満悦そうなニヤケ顔を浮かべる姫燐の方へと駆け寄る。

 

「キリっ!」

「おっ、一夏。へへん、どーよ? オレの新しい相棒、ブリッツ・ストライダーは」

 

 銃の形をした右手でビシッとポーズを決める、新しいISを纏った姫燐の姿。

酷い怪我を負った原因であるIS自体に、なにかトラウマが残っていないかと渦巻いていた不安は杞憂に思え、一夏は少しだけ安心し、まず一番気になっていた部分を指摘した。

 

「その右腕」

「ん?」

「もう動かして大丈夫なのか? 痛みとかはないのか?」

 

 そう言われ姫燐は少しだけ目を丸めて、自分で作った銃の右手を眺め、一夏がなにを言いたいのかを察した。

 

「ああ、この前の怪我な。元から神経には達してねぇ傷だし、もうほっとんど塞がってるんだが……一応、今も治療中ってとこかな」

「でもその腕、普通に動かせてるよな?」

「ああ、それなんだが……まぁ、見てなって」

 

 と、目を軽く瞑り、右腕を真っ直ぐに伸ばすと、

 

「よっと」

 

 その右腕のガントレットが輝き、液体がまた手首から噴出したかと思えば、直ぐにファンタジーな世界に出てくるスライムのように右手に纏わりつくと、すぐさま形を整えていき、

 

「ふふん、バァン」

 

 と、元の手から二倍ほどに大きくなった右手で、先程と同じような銃の形を作って見せ、一夏に突き付けた。

 

「この技術、カオス・オラトリオはさ。ナノマシン使って流体を堅くしたり柔らかくしたりと『状態』を自由に変えることが出来るんだよ。そのナノマシンの中に、傷の治りを早くする医療用のも混ぜ込んで入れてあるんだとよ」

「す、すげー……」

 

 そうやって突き出された指を恐る恐る触れながら、一夏は感嘆の声を上げる。

 先程まで確かに液体だったはずの物体は、今は釘でも打てそうなほどに強固な個体へと姿を変えている。

 

「こうやって身体にスーツみたいに纏う事で、細かなダメージを軽減するゴムみたいなインナーにもなるし、当然元から装甲がある部分にも硬質展開すりゃ、それなりに堅牢な装甲になるらしいぜ?」

「でも朴月さん、この液体って何で出来てるの? さっき言ってたオラトリオ・ジェネレーターって装置で作ってるみたいだけど」

「んー、ジェネレーターが重要なのは確かなんだが、コイツが作ってるのはナノマシンだけで、この液体自身は別のモンで作ってるんだ」

 

 一夏の隣でやはり飽きずに、大きく形成された右腕をノックするシャルの質問にも、姫燐は昨日渡されたマニュアルに書いてあった記述を思い返し、シャルはともかく一夏にも分かるように専門用語は噛み砕いて言葉にしていく。

 

「簡単に言うとな、それISエネルギーなんだよ」

「はぁ!?」

「へぇー、凄いなぁ」

 

 熱したヤカンでも触ったように手を引っ込めたシャルと、対象的にのんびりと感心したように顔を近付け別角度で眺める一夏。

 

「う、うそ……? ISのエネルギーを外部に放出し、形状を固定に……? それってつまり、絶対防御の理論と同じじゃないか!?」

「あ、絶対防御な。それは俺も知ってるぞ。ISのエネルギーを使う生体維持装置みたいなもんだろ?」

「ザックリしてんなぁオイ……」

「そんなザックリして良い問題じゃないよ一夏!」

 

 戦慄を隠そうともせず、シャルはこの眼前にある技術の結晶が、どれほど前人未到の代物であるのかを解説していく。

 

「えーっと、ISには絶対に弄る事が出来ない部分――いわゆるブラックボックスが数多に存在するのは知ってるかな?」

「ああ、昨日見せてくれた白式の中身みたいにか」

「ありゃ、特別中の特別だぜ一夏。俺達専用機にも量産型の奴にでも、絶対に弄れない部分が存在してるんだよISには」

 

 篠ノ之束が作り出し、世界へと解き放ったISは、確かに世界の軍事バランスを根底から覆し、世界各国がこぞって開発に熱狂していても、未だ解析が一向に進まない部分――即ちブラックボックスが様々な部分に存在している。

 それは、ISコアの生成方法から始まり、第二移行の仕組み、適合率の基準など有名な所から、普段は外す意味が無いとはいえ、この、

 

「絶対防御もまた、一切仕組みが判明していないブラックボックスでね。ISのエネルギーを消費して形成されていることと、普段は不可視であること、そして搭乗者を致命的なダメージから護ってくれることぐらいしか判明していないんだ」

 

 ほへーと、分かっているか分かっていないのかイマイチハッキリしない態度の一夏は置いておき、シャルの疑問への答えを、昨日読んだマニュアルの記憶から引き出していく姫燐。

 

「確かにISのエネルギーを一定の形状にーっていうのは似てるが、流石に親父もそこまでぶっ飛んでねぇよ。コイツは只、エネルギーに混ぜ込んだナノマシンが発する、オレの脳波と連動する電気信号で反応を起こし、形状を制御しているって代物さ」

「で、でもまず、流体をナノマシンで制御するっていう技術自体が」

「あら、それ自体は割と昔から存在してるわよ?」

 

 またもや気配を一切感じ取らせず、横から『発展』の二文字が書かれた扇子で口元を隠しながら、楯無が会話に入って来る。

 

「実はおじさま、朴月永悟博士の本分は流体力学でね。私が四年前、自分のISで同じ、流体をナノマシンで操作するって部分がどうしても上手くいかなかったから、おじさまに調整を手伝ってもらったことがあるのよ。私がヒメちゃんと出会ったのも、その時」

「流体力学……ヒメちゃん?」

 

 閉じた扇子が差し示した方向へと、シャルも視線を動かした先には姫燐がおり……、

 

「そ、こ、は、い、い、と、し、て、だ! 親父は以前から、生成法以外なんも分かっちゃいねぇISについて興味深々でさ。かた姉のIS弄った時に使った技術とか発想を発展させて、コイツを作ったって言ってたな」

「つまり私のISと、可愛い可愛い妹のヒメちゃんのISは、私達のカ・ン・ケ・イと同じように姉妹機ってことなのよ~。ねぇ~、ヒメちゃ~ん」

「ヒメちゃんじゃねぇ! あとイチイチ煽んじゃねぇ! 気にしなくていいからなシャルル!」

「う、うん……」

 

 すごく気になる。

 そんな率直なコメントは空気を読んで控え、素直に彼女のISを褒める事にする。

 

「でも、本当にすごいや。ISのエネルギーに、電気信号で形状が変化する性質があっただなんて、考えもしなかった」

 

 その意見に、若干置いてけぼりだった一夏もウンウンと賛同し、

 

「電気を流したらビックリして固まるって感じなのか。確かに面白い発想だよなぁ」

「そんな一夏、動物みたいな言い方……ん?」

「あら」

「ほー」

 

 なぜだか、一様に丸くなった目を向けられて、また何かボケたことを言ってしまったのかと冷や汗を流して眼を逸らした一夏だったが、

 

「ほんと、こういう鋭さが侮れねぇよなぁ、お前」

「本質を捉える力、とでも言うのかしら。貴重なセンスね、大切にしなさい一夏くん」

「そうか、確かにISは生物的な要素が多々含まれることも学会で提唱されているしエネルギーを血液、いや筋肉と例えるなら電気信号で固まるのも確かにそこまで的外れな意見でもないのかある意味一夏のような見解こそISのブラックボックスを解き明かしていくのには大切な……」

 

 なんだかよく分からないが褒められてる様で、少しだけ背中がムズかゆくなった。

 

「ま、なんにせよ、使いこなせるかはオレ次第だ。かなり自由に形を変えられるが、言いかえりゃ今までの戦法とは外れた部分も相当あるだろうからなー」

 

 ISを纏いながら軽く身体をほぐすように準備運動する姫燐に、思わず一夏とシャルは距離をとり、

 

「これからテストランするの、朴月さん?」

「あーまぁ、テストランっていうか基本は前の機体とそんな変わらねぇんだよな。普通に飛べるようになったぐらいで、っと」

 

 言い終らない内に、PICを起動させ、軽く宙に浮いて見せるブリッツ・ストライダー。

 普通のISでは当たり前のことではあるが、確かに以前のシャドウ・ストライダーでは出来なかった芸当だ。

 

「普通の動作ならオレは問題ねぇし、試すのならオラトリオの安定した形成とかなんだが……こんなん、実戦形式じゃなねぇと試す意味ねぇからなぁ」

「ん、なんでだよキリ?」

「そらそうだろ。実戦になりゃ常に戦況は変わり、それに合わせてこっちも形状を変えないといけないんだぜ? そんな状況でサクッとベストな形状を作れねぇと、ただのオモシロ一発芸だ」

 

ようは、マニュアル通りにやっていますとはアホの言う事だって訳さ。と締めくくる姫燐の言葉に、

 

「ふぅん……実戦形式ねぇ……♪」

 

 怪しく、そして楽しげに。『天啓』の二文字が書かかれた扇子を開き、楯無が呟いた。

 

「なら、模擬戦をしないかしらヒメちゃん?」

「模擬戦?」

「私達四人で、タッグを組んで、ね?」

「私達……四人!?」

「た、タッグだって!?」

 

 いつの間にか巻き込まれていることに定評がある男共二人のリアクションに満足げに頷いて、楯無はザッと自分達が立つ第二アリーナをアピールするように両手を広げる。

 

「だってほら、丁度いいでしょう? 今日一日、ここは私達の貸し切りだし、全員専用機持ちだから量産型を借りる手続きも要らないわ」

「た、確かにそうだけどよ……タッグかぁ、やったことねぇんだよなぁ」

「お、俺もです」

「僕も、ずっと社の訓練プログラムばっかりだったから……」

 

 イマイチ反応が鈍い一同を扇動するように、各々が反応しそうなワードを、楯無は並べ立てていく。

 

「百聞は一見にしかず、一見は一経にしかず。女は度胸、なんでもやってみるもんよ」

「俺、男なんですけど……ほら、シャルも」

「え? あっ、はい! 僕も男です!」

「それに、今度やる学年別トーナメントもタッグなのよ? ここで少しでもタッグの勝手を経験しておくの、絶対に悪い事じゃないとお姉さん思うんだけど」

「た、タッグトーナメントやるんですか!?」

「なっ、マジかよかた姉!?」

 

 あら、まだ通達されてなかったかしら? とワザとらしく、自分で自分の頭を「お姉さん失敗っ♪」と軽く叩きながら、

 

「それにね、ISは稼働時間――ISと一つになった時間が長ければ長いほど、まるで自分の身体の一部となっていくように馴染んでいくの」

「自分の一部に……白式も、そうなのか……?」

「だからね、『強くなるため』の手段としては、模擬戦って結構大切なことだったり」

「やります! 俺、タッグだろうとやってみせます!」

 

 はい、まず一人。と、喰い気味に釣れた一夏をよそに、今度は熟考している様子のシャルの方へと向く楯無。

 

「それに日本、フランス、ロシア、それと全く未知の専用機同士の戦闘だなんて、滅多にあるものじゃないわ」

「ん……」

「こんな数多くのデータが飛び交う貴重な機会、みすみす逃すだなんてお姉さん考えられないっ」

「確かに……これだけの機体が揃った模擬戦、今を逃すと二度とないかもしれない……」

「うんうん、じゃあ決まりねっ♪」

「ええっ!? ま、まあ構いませんけど」

 

 と、半ば強引に二人目も参加を取りつける。

 

「うぇ……お前ら、やる気かよ」

 

 だが、意外にもこう言ったことに一番ノリノリで参加して来そうな姫燐だけは、未だにイマイチ煮え切らない態度を明確に示していた。

 

「あらヒメちゃん。模擬戦をやりたいって言ったの、貴方じゃない?」

「そ、そら模擬戦はやりたいけど……相手、かた姉だろ?」

 

 本当に彼女らしくない弱音に、一番驚いたのは一夏である。

 

「どうしたんだよキリ。楯無さんだと、何か都合が悪いのか?」

「いやまぁ、都合が悪いっていうか、相手が悪いって言うか……」

 

 と、顔を赤くして躊躇いがちだが、一夏の耳にこっそりと顔を近付けると、

 

(オレさ、あの人と戦うの、正直イヤなんだよ……ほら、なんていうか……た、大切な、姉さん、だし)

(あー……)

 

 確かにそれは戦い辛いと、一夏も彼女の心情を悟った。

 彼女の戦法はお世辞にも行儀が良いとは言えないし、割とダーティーでラフな戦闘も得意としている。

 そして何よりも――あの、彼女の中に潜む、もう一つの自分の存在。あれが万が一にでも姉に向けられる自体だけは、許容できるはずもない。

 例え模擬であろうとも、それらを家族と認識している相手へと向けるのが躊躇われるのは、同じ大切な姉を持つ一夏には痛いほどよく分かった。

 もし、自分が千冬姉に襲いかからなくてはならなくなったら――瞬殺される未来しか見えないが――それまでに、強い葛藤が産まれるであろうことは想像に難しくない。

 

(戦力的に考えても、オレとかた姉が組む訳にはいかねぇだろ? シャルもお前もやる気だし、ワガママ言ってらんねぇのはあるけどさ……)

(キリ……)

 

 流石に、嫌という彼女の意見を無視してまで模擬戦をやろうとは思えない。

 ここはひとつ、最近は慣れっこになってきた汚れ役を買って出るかと、一夏は腹を括ると手を弱弱しく上げて、

 

「す、すみませーん、楯無さん。俺、急に模擬戦なんてとても出来ないぐらい頭痛が痛くて」

「あっ! そうねぇ! ただ戦うのも退屈だし、賭けをしましょうか!」

「え、あ、か、賭け?」

 

 と、姑息でしょうもない嘘を叩き割るような大声で、楯無は賭けを提案した。

 

「戦力的に考えて、私とヒメちゃんが組むのはバランスが悪いから、これは私とヒメちゃんの賭けになるんだけれども」

 

先程の姫燐と同じことを言いながら、豊満な胸元に手を入れ、

 

「お、おい待てっての、オレはまだやるって」

「もしヒメちゃんが私に勝ったら……こ・れ♪」

「いねがッ!?!?」

 

 一枚の写真を、取り出した。

 ドレスのようなゴスロリ服を着て、犬のぬいぐるみを抱き締めた、長くて赤い髪をした幼女が、可愛らしく笑顔でこちらに向けて手を振っている姿が映った写真。それを見せびらかすようにヒラヒラとさせ、満面の笑みを浮かべ、

 

「私が保管している他ぜーんぶの写真、それと元データごと、纏めてヒメちゃんにプレゼントしちゃ」

「ィよぉぉぉし、勝つぞ一夏ァ!!!」

「キリッ!!?」

 

 今までのしおらしい態度から一変させ、心底からわき上がって来る闘志を示すように鉄拳を眼前でガァンと包み、牙をむき出しに吠える。

 

「ちょうど一回、拳でだろうが何だろうが分からせてやる必要があると思ってたんだ……オレがいい加減、昔のオレとは何もかもが違うって証拠をよぉ!」

「あらあら自信満々ねぇ。じゃあ、私が勝った場合はー」

「なんでも構わねぇぜ! 犬耳でも首輪でも、なんでも持ってこいや! ペットだろうが性奴隷だろうが総受けだろうが、何にでもなってやろうじゃねぇか!」

「あらっ♪」

 

 その場の勢いで、またまたとんでもない事を口走り始めた姫燐を、慌てて一夏がたしなめる。

 

「ま、待て待て待てキリ!? お前今、色々とメチャクチャなこと言ってるぞ!?」

「んなこたぁ知るかッ! こんなチャンス二度とねぇんだ、オレは勝ァつ!!!」

 

 瘴気すら発しそうな闘気と呼応するように、身体を覆っているエネルギーも逆立った猫の毛のように――いや、カオス・オラトリオによって姫燐と一体化しているといっても過言ではない今のエネルギーは、まさに体毛とさほど変わらなかった。

 こうなっては止められないと心の中では察していながらも、危険な橋をタップダンスで渡ろうとしている彼女の姿に心中おだやかでいられるほど、一夏は豪胆ではない。

 

「ねぇ朴月さん、今の写真に写ってた女の子って……」

「ハハハハハハハ! よろしい、ならばオレらが求めた戦争だフゥーハハハハハァ! ほんっとIS学園は地獄だぜぇ!」

 

 だが、そんな彼の心労もどこ吹く風。ISを一端解除しISスーツ姿に戻った姫燐は、待機形態である稲妻を纏った太陽のチャームが付いたチョーカーを首につけ、動かせるようになった右腕で力強く楯無を指さした。

 

「20分だ! 20分後にここで決着付けてやるッ!」

「ええ、構わないわよ。じゃあ、組み合わせだけど」

「うっし、作戦会議だ! 行くぞ一夏ッ!」

 

 と、時間だけ吐き捨てるように決めつけると姫燐は一夏の手を引っ掴むと、

 

「あららっ?」

「え、お、おい、キリ!?」

 

すぐさま回れ右をして、問答無用で待機ドック目がけて大股で彼を引きずっていった。

 強引であったが、元々楯無と姫燐が別れること以外は何の取り決めもしていなかったため、残された二人は特に文句も言わず――むしろ、さっそく先程の写真を仲睦まじく一緒に眺めている気がするが――組み合わせは自然と決まった。

 

「ちょっと待てってば、キリ!」

「おっとっ、たっ!」

 

 と思いきや、通路に入って割とすぐに、さっそく解散の危機がキリ側のチームに訪れた。

 思ったよりも強く掴んだ手を振りほどかれ、少しバランスを崩しながらも姫燐は一夏に向かいあう。

 

「んだよ、オレと組むのがイヤだってのか?」

 

 ISスーツの上から腕を組み、眉間にシワを寄せて一夏を睨みつける姫燐。

 

「そうじゃないんだけど、その、さ……えっと……」

 

 うつむきがちで視線を逸らす、まるで恥じらう少女のような態度を大の男にされ、只でさえ気が立っている姫燐のイライラは更にボルテージを上げていく。

 

「言いたい事があるならハッキリ言いやがれ! 乙女か!」

「ご、ごめん……ただ、さ、俺、思うんだけど」

 

 姫燐に一喝され覚悟を決めたのか、一夏は真っ直ぐに彼女の眼をみて、大きく息を吸い、胸から絞り出すような声で、

 

「本当に俺が、タッグパートナーで良かったのか?」

 

 そんな、本当に純情な乙女のような台詞を吐き出され、

 

「……はぁぁ?」

 

 姫燐は露骨に『お前はなにを言っているんだ?』と、表情で訴えるしかなかった。

 

「だ、だってほら、考えるまでもないだろ? 俺よりシャルの方が、ISとか色々詳しいし、武装だって近接武器一本じゃないからさ。本気で勝つなら、俺なんかよりもシャルをパートナーに選んだほうが……良かったんじゃないかなーと……」

 

 自分で言っておいて、自分でヘコむネガティブな姿。

 それは入学以来、ずっと彼を見てきた姫燐が、深―い溜め息をつくには充分すぎるほどに弱々し過ぎる姿であり、ギプスが外れた右手に力が込められて行く。

 握り拳は、弱々しく背筋が曲がった一夏の鼻柱目がけ風を斬る勢いで飛ばされ、そのまま鋭い痛みを与えて走り抜ける――

 

「ていっ」

 

 前に、寸止めされた拳から飛び出した人差し指が、軽く一夏の鼻を叩いた。

 声が漏れすらもしないほど、軽い一発。

 だが、この一発と、

 

「ったく、ほんとバカ」

 

 出来の悪い息子に向けるような、呆れながらも深い優しさを孕んだ笑顔は、暗い感情を根こそぎ吹き飛ばす、暖かな破壊力に満ち溢れていた。

 

「当然、オレは本気で勝つつもりだぜ一夏。あったり前じゃねぇか」

「だ、だけどな」

「まず、オレのISは間違いなくお前の白式とケンカすれば不利だ。ぶっちゃけ相手したくねぇ」

「えっ、そ、そうなのか?」

 

 これは昨日、父親のマニュアルを読んでいた瞬間から懸念していたことであった。

 エネルギーの形態を変化させ戦うカオス・オラトリオの機能、即ちそれはブリッツ・ストライダーの強み全てをエネルギーに依存するということであり、

 

「お前の零落白夜。あらゆるエネルギーを消滅させるアレを、ISエネルギーと直結しているオラトリオ結晶に当てられたら、下手したら全エネルギーの消失だってありえるかもしれねぇからな」

「そうか、だから白式は敵に回したくないのか……」

 

 場のノリと勢いではなく、冷静で合理的な分析からの人選であったことに、納得と……ほんの少しだけの、残念が一夏の胸に落ち、

 

「それに、だ。作戦組むにしても、お前のことなら分かるが、シャルルのことはまだまだ分かんねぇからな。あの人に勝つなら、全力全開、万全の態勢で挑まねぇと、な?」

「…………?」

 

 そこで、姫燐に何かを期待する眼を向けられるが、何を求められているのか分からず、一夏の頭にはハテナが浮かぶ。

 

「ほんっと鈍いよなぁ、お前」

「ごめん……」

「はいはい、そんなお前にでも、分かりやすく言ってやるとだなぁ」

 

 めんどくさげに後頭部をボリボリと掻く仕草から、また彼女を失望させてしまったのだと、止まってしまえばいいとすら思えた自分の心臓に、トン、と拳を当てられ、

 

「つまり、オレにはお前が必要ってことさ。頼りにしてるぜ一夏」

 

 姫燐は、悪戯っぽくまた、ケラケラと笑顔を浮かべると、

 

「ホント、こんなこと女から言わせんじゃねーよバーカ」

 

 その拳を、僅かに押し込んだ。

 これで言う事は全部だと背中を向け、姫燐は奥のドックに向かってまた歩き出していく。

 赤い髪を揺らしながら、ISスーツの下の大きな胸を張って、意気揚々と進む背中。

 呆然とそれを眺める一夏の心臓は、

 

「………………ッ!?!? ッッッ!???!?」

 

 本当に破裂して止まってしまうのかと錯覚しそうなほど、大きな高鳴りを響かせ続けていた。

 




これが俺のファンサービス兼クリスマスプレゼントだ!
ギリギリアウトだとか、作者も予想外の後篇へ続くですが、ふざけるな作者コメントは受付中です!

あと、よかれと思って活動報告で某ツールで姫燐を描いてみました!(ダイマ)
皆さまのイメージがそげぶされるかもしれないけど見てください(姫燐が)なんでもしますから!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。