IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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構成の50%ですが、一区切りついたので投稿します。
なのでいつもよりちょっと短めです。


第27話「透き通る疾刀」

ようは、イメージなのだ。

想像の具現、身体と機械の一体化、自然の摂理を歪める願望機。

それがこの数カ月を共に駆け抜けた、自らの腕となり、足となり、翼となる半身の本質。

 

(つまり白式は、考えるだけで俺の思い通りになる)

 

そんな科学的根拠もへったくれもない暴論へと、織斑一夏の意識は突き進みかけていた。

本当はISなんて、余計な教科書も、論理も、方程式も必要ない。もっともっとあやふやで、確かじゃなくて、パターンがない……人間の心のようなモノなんじゃないか。

もし、白式が――ISという存在が、この非現実的な推察に確かな答えをもたらしてくれる代物ならば……正座で瞳を閉じ、黙考していた一夏は、頭に纏わりつく雑念を振り払うように、瞳を閉じて全身の力を抜く。

そして、双眸が再び開かれた瞬間――右足は弾け飛ぶように前へ踏み出し、

 

「シッ!」

 

その動きと同時に、抜き放たれた木刀が、横一文字に空を断った。

突風のような激動は一瞬、気が付けば木刀の切っ先は水平を保ったままに不動。

 踏み込み、抜刀、攻撃。その全てを、一つの動きに凝縮する戦闘理論。

 

「それが……居合なんだね、一夏」

「ああ、大体こんな感じだ」

 

 と、横できちんと正座しながら拍手するシャルに、「最近全然やってなかったペーパーだけどな」と付け足しながら、一夏は小恥ずかしそうに立ち上がった。

 

「ううん、それでもすごいよ! いつもと違って、すっごくカッコよかったよ一夏!」

「いつっ……ま、まぁ、イメージは分かってもらえたみたいで良かった」

 

 屋上での半裸土下座から、次の日の放課後。

 一夏は、もう一つ前々から考えていた、白式の機能を使った『新戦法』についての相談をシャルに持ちかたのだ。

 出来れば姫燐の意見も同時に聞きたかったのだが、彼女は放課後になると同時にのほほんさんに耳打ちされ、真っ赤になって喚き散らしながらもどこかに連行されてしまった。

 仕方なく一夏はシャルだけを引き連れ、武道系の部活動がいつも使っている和風の道場に向かったのだ。本来は1スペースだけ借りて、邪魔にならないようこっそりやらせてもらおうと考えてはいたが、

 

「ほぁぁ……織斑くんカッコいい……」

「くっ……篠ノ之から昔剣術やってたって聞いていたけど、もっと早くスカウトしとくべきだったわね」

「ああっ! エンジェルフェイスからの毒舌攻めキャラとか、どこまで私得すぎるの……尊い……」

 

 あらゆる部活に満場一致で道場丸ごと明け渡され、遠慮しようにも気が付けば外は行列のできるイベント会場状態となっており、逃げるに逃げられなくなった二人は、あまりにも迅速なご厚意に甘えることになった。

 シャルは先程から、突き刺さる外野の視線に落ち着かない様子だが、既に慣れきった一夏はどこ吹く風と木刀を納刀して立ち上がる。

 相談したいことの、イメージは出来ていた。だが、それを上手く口にする自信が無い一夏は、手っ取り早くシャルに自分の伝えたいことを理解してもらうために、その『イメージそのもの』を彼女の前で演じてみせたのである。

 

「でも、一夏。どうしてこれを僕に見せたかったの?」

「ん、それはだな……あ、これ、ありがとうございました」

 

 と、借りていた木刀を、剣道部の部長に返し……瞬時に、すごい速さで「レア物、レア物よ!」と家宝でも抱えるように、遠巻きで英雄の帰還でも待ちわびていたような部員達の中へと帰っていく背中を見ながら、

 

「そんなに居合ってレアなのか?」

「うん、ある意味天然だと思うよ」

 

 何となくシャルとの会話に噛み合わないモノを感じながらも、本題に戻ろうと、

 

「え、あ、サイン? 木刀にですか?」

「へ? ぼ、僕の分も?」

 

 したところで、二本の木刀とマジックをいつの間にかリターンしていた部長に差し出された。とりあえず二人とも自分の名前を書いて渡し、まるで救世主でも君臨したかのような崇められっぷりで部員達に迎えられる部長の姿を乾いた笑みで眺めながら、

 

「とにかく! 俺はこの技を白式に取り入れてみたいって考えてるんだよ」

「この技って、居合を?」

 

 一夏の考えに、シャルは顎に手を当てて考える。

 確かに、あの剣閃の速さには度肝を抜かされたが、それが戦いに使えるかと聞かれれば、

 

「……それ、意味あるの?」

 

 と、シャルは返さざるを得なかった。

 

「確かにカッコいいし、振りの速度も見事だったけど、無駄が多すぎない? ISはいつでもイメージで武装を取り出せるんだよ? 僕の得意技でもあるから言えるんだけど、武装を構える速さは確かに武器にはなるとは思う。けど、それが一夏の武器となるかは別だと思うけど」

 

 シャルの言葉は、実際的を射ていた。

 自分達が想定しなくてはならないのは、剣と剣の勝負では無く、戦車すら一方的に蹂躙できるIS同士の戦闘なのだ。

 一夏の武装は、その手にもつ刀1つのみ。それしか無い武装を一度納めるという行動のリスクの割に、得られるリターンは、僅かな隙が致命傷になる近接格闘では極めて小さい。そもそも攻撃と同時に戦闘態勢に移れるというメリットも、求めるだけで即座に虚空から武器を取り出してくれるISにとっては余りにも無価値だ。

 更にシャルは、冷たく機械的に、想定しうる居合の有効性を口にしていく。

 

「初撃なら使えるかもしれないけど、白式の武装はそれだけなんでしょ? だとしたら、唯一の武装を封印して敵に接近する必要がある。イグニッション・ブーストで間合いを詰めるなんてやり方も有るには在るけど、そんな不意打ちは一度見せたら二度と通用しない。相手が律儀に格闘戦に付き合ってくれれば効果があるかもしれないけど、銃器を相手が使って来ないこと前提なんて、理想的で希望的で楽観的すぎるって僕は思うけど……」

 

 と、一通り貶し倒したところで、一夏がどんよりと失敗したように俯きながら、顔に手を当てていることに気付き、

 

「あっ……う、うん! でも、確かに見栄えは良かったよ! こういうのって、朴月さんとか凄く好きそうだよね! それでズバーっと敵をやっつけたら、きっと凄く興奮するんじゃないかな!?」

「違う」

「それに僕も、とうようのしんぴ? を見るのなんて初めてで……えっ?」

「すまん。ちょっと、勘違いさせちまったみたいだ」

 

 確かに、アレじゃあダメかと一夏は失敗したように、自分の伝達力の無さを反省しながら覆っていた手を退けて、もう一度、別の木刀を用具倉庫から持ち出して戻って来る。

 

「シャルは、さっきの居合を見て、どこが『すごい』って思った?」

「どこがって言われると……」

 

 彼の問いにシャルは少しだけ黙考する仕草を見せるが、既に返す言葉は決まっていた。

あの今も脳裏に焼きついて離れない、目にも止まらぬ速さで風を断ってみせた、

 

「あのスピード……やっぱり、剣の振りの速さかな」

「あー……やっぱりそっちに目が行くよな……」

 

 遠回しに、自分の推論は見当外れと言われ、少しむっとしたものを感じながらも、シャルは問い返す。

 

「じゃあ、居合はどこがすごいっていうのさ。武器を抜くと同時に攻撃できること?」

「それも当然あるんだが……んー、こっからは半分以上、俺に居合を教えてくれた、箒からの受け売りになるんだけどな」

「篠ノ之さんからの?」

 

 どうすれば納得してもらえるか、試行錯誤するように軽くいくつかの構えを取ってから、一夏は木刀を左手で納めた状態で持ち、彼女が昔教えてくれた、居合の『本質』を呟いた。

 

「居合は、鞘の内にあり」

「居合は……鞘の内に? それって、どういう意味なの一夏?」

 

 その言葉の意味を説明するまえに、まずはシャルの――昔の自分と全く同じ勘違いを解かないといけないと、一夏は慣れない解説を始めた。

 

「確かに、居合の速さは凄いんだけど、それはあくまで居合の『巧さ』によって引き出されるもので、『本質』じゃないってことさ」

 

それにこんな難しいことしなくても、普通に上段で構えて、思いっきり振り下ろした方が速いし強いに決まってるからな。

 と、補足され、考えて見れば当然であるとシャルは納得する。

 

「もう一つの、攻撃と同時に構えられるっていうのも、確かに居合の凄さではあるんだけど……ちょっと、俺の前に立ってくれないか。シャル」

「う、うん」

 

 彼に言われた通り、少しだけ距離を開け、向かいあうように立つシャル。

 そして木刀を抜き、真っ直ぐに青眼で構え、いつでも動きだせるよう一夏は息を浅く吐き出した。

 

「昔の達人って人達は、今のシャルみたいに剣を見たら、それだけで相手の剣がどれだけの長さで、どれだけ届くのかって、間合いが分かったらしいんだよ」

「そうなの? 僕には全然分からないけど」

「大丈夫だ、俺も分からない」

 

 ズッコケそうになるシャルに、幼い箒に「ま、まだ私にも分からん」と言われた時の自分の姿と何処か重なりつつも、

 

「まぁ、これからは相手が、常に剣を見ただけで間合いが分かってるって前提で話すんだけど――じゃあ、これならどうだ?」

 

 その言葉と共に、一夏は構えていた木刀をまた、左手に納めた。

 柄をシャルに向け、刀身を水平に保ち、まるで相手に見辛くするような形で……

 

「……あぁ、なるほど」

 

 そう、一夏がいま取っている刀を納めた状態なら、当然刀身が見えないため得物の長さが分からず、間合いを読む事ができない。そして、この状態、この体勢、この構えから繰り出される必殺剣を――シャルは知っていた。

 

「ん、そうだな。察してくれた通り、こうやって間合いを隠して、リーチを読めなくしてから一気に距離を詰めるんだよ――こんな風に」

 

 一夏の呼吸が、シャルの耳に届くか届かないか――その刹那、一夏は吸い込んだ空気を吹き出し、木刀を納めたままシャルに向かって疾走を始めた。

 突然の暴走にシャルは身を軽く竦ませながらも、即座に神経を戦闘用に切り替えて、彼の姿を凝視――切り替わった思考が、この戦法に対する冷徹な評価を開始する。

 相手の不意を打つ形での突貫――それはシャル自身も提唱した、イグニッション・ブーストによる突撃を思い起こさせた。やっていることも殆ど同じだ。正面から来ると分かってる攻撃を迎え撃つのに、脅威も、恐怖も感じる筈が無い。

どのような小細工を仕込もうとも、必ず相手は真正面から、斬撃で来るのだ。

そうと分かっていれば、迎え撃つなり、逃げるなり、いくらでも返し手は思いつく。

あとは簡単だ。相手の武器が、こちらに届く距離に来る前に動けばいい。

そう、相手が、いつ行動を起こすのかさえ、見極めれば――

 

――……なに、これ……?

 

 シャルの思考が、そこまで辿りついた瞬間――技は、その牙を剥いた。

 

――分からない。どの動きも、どこまで動けばいいのか分からない。

 

 何をしてくるのかは分かる。だが、敵のリーチという未確定要素が含まれる以上、そこに最適の解答を見いだせない。

 これでいいのか? 本当にその読みは正しいのか? 自分は間違えていないのか?

 戦闘中、何か一つを選ばなくてはならない場面はいくらでもあった。だが今は、敵がこちらに突撃してきているのだ。

 読み違えれば即、敗北への片道切符を掴まされるプレッシャーが僅かに――時間にしてみれば1秒にも満たない一瞬とはいえ、彼女の思考に『迷い』をもたらす。

 迷いは身体を硬め、柔軟な選択肢を奪い、隙を生み出す――この時、シャルは完全に居合の術中にはまっていた。

速さだけではない。構えるだけでもない。

 鞘の内に刃を隠し、強襲により間合いを狂わせ、惑う相手を切り捨てる。

 刀がまだ観賞道具となる以前の時代、当時の要人達を恐怖に震え上がらせた、相手の思考を殺す殺人剣。

 

「これが、居合の本質だ」

「あっ……」

 

 シャルがふと気付いた瞬間。既に一夏はニッと頬笑み、彼女の眼前に立っていた。

 周囲の誰もが黄色い歓声を上げる中、シャルの背筋に走ったのは――青。真っ青な恐怖。

今、シャルが感じた感情を言葉にするなら、これ以上に適切な言葉は無かった。

 居合という技に隠された陰湿な殺意に……いや、違う。

 それ以上にシャルは、

「でさ、どうだった今のは? 実際にやろうとしてることはちょっと違うけど、理論はこれに似てるんだよ。そりゃ状況次第だろうけど、中々悪くないって思……シャル?」

 殺人剣の本質を深く理解しながらも、目を輝かせ、その一刀を嬉々として己が身につけようとする一夏に――蟻を好奇心だけで潰す子供のような彼の無邪気さに、本能的な怖気を覚えずにはいられなかった。

 

――他のことなんてどうでも良さそうだし。

 

 昨日、シャルが自分自身で、一夏に下した評価ではあった。だが、こうして実際に、本質が意識の切っ先を掠めてみれば、こぼれ落ちた悪寒が過小評価を訴える。

無意識ですらここまでのキレを覗かせる彼が、心に抱える矛盾を失くし、夢のために研ぎ澄まされたその時――彼は、『夢』と『それ以外』をどのように分かつのだろうか。

 もしシャルの眼が、彼の人間性を正しく捉えているのだとしたら、織斑一夏という男は一つ何かを違えれば……護りたい『夢』のためならば敵も、味方も、他も、自分すらいつか等しく無価値と切り捨てかねない、

 

――まるで剣のような……そんな危うさを……――

 

「どうした、シャル?」

 

 シャルを見下ろす、心配するような、湖水のように穏やかな瞳。

 だが、彼の黒く清んだ瞳は、本当に私を見てくれているのだろうか?

 暗に自らの存在すら否定されるような、おぞましい感覚が、シャルの五感を縛りつける。

 

――それでも、なにか、喋らないと。

 

 答えなければ、その時こそ本当に自分は彼の中から消えるのではないか。

蛇に睨まれたカエルのように硬直した、シャルの背中を押したのは、

 

「はーい、えっちスケッチわんたーっち」

 

 第三者の文字通りな物理接触だった。

 

「わあぁ!?」

「おおっとったったぁ!?」

 

 背中を勢いよく突き飛ばされ、近距離で向かいあっていた二人はそのままシャルが押し倒すような形で道場の床に転倒し、

 

「もう一回、はいチーズっ」

 

 その背後で数回カメラのフラッシュが瞬く。

 

「ごめっ、大丈夫怪我はない一夏!?」

「あ……ああ……」

 

 上手く受け身を取っていたが、未だに何が起きたか分かっていない一夏の無事だけ真っ先に確認すると、直ぐに立ち上がりシャルは自分を突き飛ばした犯人へと、声を荒げて向き直った。

 

「いきなり何するんだ! 危ないじゃないか!」

 

 真っ当で真っ直ぐで当然なシャルの怒声に、デジカメで撮った画像をチェックしていた実行犯が、彼女の方にゆっくりと向き直る――瞬間、

 

(っ……)

 

首筋がチリチリと焼けるような感覚が、シャルを襲った。

まず意識が向いたのは、淡い紫色をした柔らかな広がりを見せるロングヘアがなびく度に、周囲に漂う蟲誘的な、花の蜜の香り。

ズボンタイプに改造されてるとは言えIS学園の制服を纏っているので学生ではあるのだろうが、高めの身長や無駄なくスマートな体型、思春期独特の青さを感じさせない顔立ちからは、既に成熟しきったような雰囲気すら纏う井出達。

 そして、赤いふちをした眼鏡の奥から見える、粘りつく様な『何か』を発する金色の眼差しは、人一倍敏感な、シャルの女の勘に訴えかけ続けた。

 一夏やセシリアから感じたのと同じ――いや、それ以上に、この人は、

 

――私達を……敵視している……?

 

 いつでも動き出せるように、身体から力が抜ける。

 一挙手すら見逃さないように、眉間に力が入る。

 完全に警戒態勢に入ったシャルとは対照的に、女はごく自然にカメラを制服のポケットにしまうと、懐に手を入れ……

 

「まっ」

「もーしわけありませんですっ! シャルル様!」

「……た?」

 

 不審な動きを咎めようとしたシャルよりも先に、女は深々と頭を下げ、

 

「えっ……これ、名刺?」

 

 シャルの前に、おずおずと名刺を両手で突きだしていた。

 

「ワタクシ、こういう者でございますーです」

「あ……はい」

 

 先程までの無礼な態度とは裏腹に少し語尾が変だが、ひたすらに腰が低く、バカ丁寧に名刺まで出されて、条件反射的にそれを受け取ってしまうシャル。

 何の変哲もないそれには、やはり普通に日本語で彼女の名前や、所属するクラスが書かれていた。

 

「えっと……パーラ・ロールセクト……さん?」

「はいー、新聞部に所属しておりますーです」

「ん、あれこの人……二年生なのか」

 

 立ち上がった一夏が、シャルの背後から覗きこむようにパーラの名刺を眺め、真っ先に目に入った部分を言及する。

 

「はいー、まぁ一応、シャルル様達より一学年上の、先輩でございますですね、はい」

 

 女性にしては少し低めのハスキーボイスで、またパーラは愛想笑い感満点の笑みで頭を深々と下げ、

 

「重ね重ね申し訳ありませんでしたシャルル様、お怪我はございませんですか?」

「ぼ、僕は大丈夫ですけど……」

「あ、俺も平気です」

 

 先輩であることや、なのに微妙に謙った態度からすっかり毒気を抜かれてしまった二人は、少し緊張気味に横並びし、

 

「わっ!?」

「おおっ!?」

 

 彼女が顔を上げると同時にまた不意打ち気味に飛来した、カメラのフラッシュに目を細めた。

 

「申し訳ありませんです。普通の一枚も欲しかったのーです」

「だから……もう、そもそも、この写真もさっきの写真も何に使うんですか?」

 

 と、やりたい放題な態度はともかく、流石に自分達の写真が何に使われるぐらいはハッキリさせておきたいと、シャルはパーラに尋ねる。

 

「はいー、わたくし実は新聞部に所属しておりまして」

「いや、それはさっき聞いたんですけど」

「訓練に明け暮れる、IS学園たった二人の男子のお姿を、学級新聞今月号の一面を飾る写真として、ぜひとも撮影許可を頂きたいと思いましてーです」

「許可って、もう大分撮ってるじゃないですか……」

 

一夏のツッコミもマイペースにスルーし、パーラはまたフワリと後ろ髪を掻き上げてから、また丁寧に頭を下げ、

 

「ご無礼をです。ですが部長からは、出来るだけ刺激的でスキャンダラスな一枚をお願いされてしまいましたのです」

「はぁ……」

「部長の命令は絶対。これワタクシがこの国で学んだルールの一つです」

「あ、やっぱりパーラさんも外国から?」

 

 名前や風貌から、自分と同じ日本人では無いだろうとは思っていたが、ようやくシンパシーじみたモノを感じ取れたことシャルの肩から少し力が抜ける。

 

「はいですシャル様。ワタクシも日本にやって来て長いですが、未だに言葉遣いは慣れませんです。新聞部にも日本語に少しでも慣れ親しむため入部したのですが……シャルル様は随分とオタッシャですね?」

「へっ!? あ、アハハ……そうかな?」

「ん、そういえばシャルお前、随分と日本語上手だよな?」

 

 今まで日本に居て、当たり前のように皆と会話していたため気にしたことは無かったが、言われてみればこのIS学園は、全世界から生徒が集められた非常にグローバルな施設なのだ。

 国が違えば文化が違い、言語が違う。

 横のシャルもフランス人で、眼前のパーラさんも外国人。

 だというのに、二人共どうしてここまで流暢に日本語で会話が出来ているのか。

 努力を重ねていると言っていた先輩はともかく、ルームメイトの場合はどうなのか気になった一夏は、早速尋ねてみた

 

「え、えーっと僕の場合は……ちょっとだけ、ズルしてるって言うか……」

「ん?」

「シャルル様?」

「と、とにかくパーラさん! そのシャルル様っていうのは、ちょっとくすぐったいんで止めて貰いたいんですけど!」

 

 露骨な話題逸らしであったが、そちらも気になっていた事であったため、一夏も追及はせず、シャルの意見に同調する。

 

「ですが……」

「その、僕ってあんまり様を付けられるとか、敬語で話されるのって慣れてないんですよ。昔っから余り人が多くない学校とか村に住んでいましたから……」

「はははー! 面白いこと言うなぁシャルは!!?」

「きゃっ……一夏っ!?」

 

 と、自分の境遇から話していたシャルの肩を、突然大声を出しながら一夏が抱きこんだ。

 遠慮なしで力任せに肩を掴まれ、いきなり顔に息が掛かりそうな距離まで異性に詰め寄られたシャルの頬が、瞬間湯沸かし器にかけたように沸騰する。

 一瞬、気が動転して女性らしい悲鳴まで軽く漏れてしまったが、ここ連日似たような目にばかりに遭い、流石に耐性がついてきたシャルはまたセクハラなのかと一夏を睨みつけ、

 

「社長の『息子』にタメ口って、お前の会社、どれだけフレンドリーなんだよー!?」

「えっ、あっ!」

「ハハハ、少し俺も就職してみたくなったなーデュノア社にー!」

 

 ここは、迂闊に口を滑らせていた自分に非があったことを悟った。

 ほぼ零距離で下手クソな笑顔を作る一夏の額からは、かなりの焦りが見てとれる汗が流れている。一昨日のアダルトビデオの一件も、昨日の屋上でのストリップもそうだったように、彼のセクハラには必ず、性欲では無く誰かのために行われることを、シャルは思い起こした。

 パーラではないが、ひたすらに頭を下げたくなるような衝動に駆られ、シャルは目を伏せ大人しく一夏に身を寄せる。

 

「近頃ブラック企業が何かと話題になるけどデュノア社なら百人乗っても、ん……どうしたんだ、シャル?」

 

 数日で何度も助けてもらいながらも、まだ何処かで彼を信じられないでいる自己嫌悪が、シャルの心に深い影を落とす。

 もう少し、彼を頼るべきなのだろうか。

 母の細腕一つで育てられ、父親ともマトモなコミュニケーションが出来なかったシャルルが、初めて至近距離で触れる男性の身体。大きく、力強く、逞しい。汗すら勲章のように輝く、偽物の自分とはまるで違う彼の……男性の体臭は……正直、少し、クラっと来てしまいそうな魔性が……

 

「はいチーズ、です」

「「へ?」」

 

 そんなちょっと別のベクトルで正体がバレそうな思考を打ち切ったのは、やはりまたカメラのフラッシュであった。

 色々と恥ずかしい思考回路をしていた自分自身を、先程とは違うベクトルで軽蔑しながら口をパクパクさせるシャルと、やはり状況に振り回されることに定評がある一夏は、言葉を失いデジカメの画面を注視するパーラの方向にポカンと顔を向け、

 

「んー……ワタクシ的にこの一枚にタイトルを付けるなら……」

「あ、あのパーラさん、いいい、今の写真は」

「『メスの表情』、ですかね」

「めえっ!!?」

 

 ガタリ、と遠巻きに事の成り行きを見守っていた面子の空気が、一瞬にして変貌した。

 

「いえ、別に他意は無く、あなた方は、特別な存在でありますですから『様』をつけていたですが……」

 

 もはやこの場所に居ることすら限界と言った風に身体をプルプルさせ、半泣きになったシャルの涙目を、パーラはじっくり観察するように顎に手を当てながら、

 

「分かりました、次からは別の名前で呼ばせて頂きますですね」

「は、はい、ありがとうご」

「メス豚さま」

「ちぃーがぁーいーまぁーすぅー!!!」

「おわぶっ!?」

 

 あんまりにもあんまりな呼び名に、最早泣くのか怒るのかグダクダになりながらも、とりあえず一夏を力任せに張った押し、断固としてシャルは異議を唱えた。

 

「僕はメスでも豚でもありません! 男の人です! れっきとした! 匹じゃなくて一人の!」

「ちょおま、だから男は自分のこと男の人って」

「一夏黙ってて!!!」

「おごぉ!?」

 

 倒れたまま今度は完全に余計なことを口走ろうとする一夏の腹を、家畜でも蹴るかのようにストライクする気迫を見せつけられても、パーラはやはりどこ吹く風とメガネを拭きながら、

 

「ですが、ワタクシが日本で学んだ文化的表現で、この一枚を表すにはこれ以外の言葉が……」

「ど・ん・な文化ですかそれっ! そんなのある訳ないじゃないですか!?」

「あー……キリが好きそうな奴かー……」

「あるのっ!? そして朴月さん好きそうなのっ!?」

 

あまりのカルチャーショックにSAN値がゴリゴリと削れ膝を付くシャルを横目に、満足げに頬笑みながらパーラはデジカメを懐に仕舞い手を合わせた。

 

「この一枚ならきっと部長も満足するです。ではでは」

「いやちょっと! 今までの全部、使っていいって言ってませんよ!?」

 

 スタコラと道場から出て行こうとするパーラのフワリと髪が揺れる背中を、シャルは反射的に追いかけようとするが、

 

「ダメ、ダメよデュノア君! ここは通せないわ!」

「ここを通りたければ、我ら空手部三人衆を倒していきなさい!」

「ついでに剣道部七星剣も相手になってもらうわよ!」

「その後に柔道部十傑集にも勝利しないと、この武道館から生きて出ることは叶わぬとお思いッ!」

「ええええっ!!?」

 

 打ち切り寸前の週刊漫画よりも一気に現れた武道館中の強豪達の、熾烈な妨害がシャルの行く手を阻んだ。

 武道もクソもない単純な人海戦術の合間合間を、背を低くしながら何とかすり抜けていき、出口付近でようやくパーラの後ろ姿を見つけ出せたシャルは、

 

「ねぇ、待って下さいパーラさんっ!」

 

手を伸ばし、フワリと揺れるロングヘアーからのぞく、細い肩を確かに掴んだ所で、

 

――ほんと、迂闊なメス豚――

 

 ゾクリ、と、まるで触れた花弁の裏側に潜んでいた針蟲に、不意に指先を貫かれた時の様な……そんな直感的悪寒が、シャルを襲った。

 

「うっ……ぁ……ぇ……?」

 

 世界が一瞬逆転したように視界が歪み、軽い眩暈と、胃が流転しそうな吐き気。

 気付けば、確かに掴んだはずのパーラの肩は手の内に無く、握っていたのは彼女の印象深い蜜の臭いがする香りだけ。

 膝から崩れ、青ざめながらへたり込むシャルを捨て置いて、肝心の本人は悠々と、先程と変わらぬまま背中を向けて靴を鳴らし、

 

「ああ、言い忘れていたです。取材ご協力、ありがとうございました」

 

 最後に首半分だけこちらに向けながら、今までの何処か抜けていた雰囲気とは打って変わった――まるで、蜘蛛の巣にかかった愚かな蝶でも嘲るように、頬笑みに隠していた牙を剥き、

 

「よろしくたのみますですよ、シャルル様。また、次も」

 

 悠々と遠ざかっていくその背中を、シャルはただ、言葉に出来ない胸のざわめきと共に、見送ることしかできなかった。




特に深い意味はないですが、作者は落第騎士の英雄譚を応援しております。

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