IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第18話「I AM…ALL OF ME…(中篇)」

 その部屋を、常識的な感性を用いて一言で表現するとすれば、こうだ。

 

『ファンタジーとSFを何も考えずにごちゃ混ぜした空間』

 

 まるで不思議の国のお茶会のような、ゴシックな机とテーブル、そして真っ白なティーカップ。辺りには生い茂る木々や、耕された畑から生える巨大なニンジン、サイケな色合いをした花が咲き誇っており、その周辺には鮮やかな色合いの蝶が飛ぶ。

 まさに絵本の世界が、そのまま現実へ出てきたようなワンダーランドだ……そう、その全てが鋼鉄で出来ていなければ。

 鋼の蝶からは時たま駆動音が鳴り、花や植物からは所々ボルトが露出し、電飾の輝きを葉や花弁から放出している。

 洋風の家具にもスイッチや謎のレバーが大量に備え付けられており、ティーカップの取っ手にすら指圧で機器を操作するコントローラーがついており、家具が放つ荘厳な雰囲気を須らく、異質で理解不能な混沌へと仕立てあげていた。

 メルヘンで機械的、そんな交わる訳が無いコンセプトに真っ向から勝負して、勝敗など知った事かと言わんばかりに存在する前衛的で荒唐無稽で理解不能なコーディネート。

 そして、そんな部屋の主はやはり、青いエプロンドレスを近代的に改修したような服装に、ウサミミのようなヘッドセットを紫の長髪へ乗せた、彼女にしか理解できないし、しなくても構わない独特なセンスをしていた。

 

「んっふんふ~♪」

 

 鼻歌交じりに椅子に座る彼女は、ティーカップ型コントローラーの中に入れられた紅茶を飲みながら、テーブルの上に浮遊するスクリーンに映し出されたあるシーンを何度も見返しながら愉悦に浸る。

 

『そ、こ、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「うーん、何度見直してもかっくいーよ! いっくーん!」

 

 迫る光弾をISの加護を殆ど受けず、空中で斬り捨てる。

 神技と呼ぶに充分値するその芸当を、ISを動かし始めて一ヶ月もしない人間がやってのけた。これがもし、全国的に公開されている試合であったなら今頃、『彼は間違いなく、あの織斑千冬に匹敵する人材である』と世界中のマスコミが褒めちぎったであろう。

 無論、彼女もまた、わざわざ雑草共が騒ぎ立てずとも、そう信じて止まない一人だ。

 

「いやぁ、ほんっと凄いよーいっくん! 流石はちーちゃんの弟! よっ、世界一!」

 

 身体中から湧き上がる興奮を隠そうともせず、彼女はカップを振り回しながら歓喜する。

 自分が作った白式にはコンソールには表示されない、普通のシールドを更に上回る鉄壁の電子防御壁をこっそり搭載させてある。機体とは完全に独立した機能によって発動するよう作ったその防御壁は、もし万が一、彼が命の危機に晒されたばあい即座に発動し、どのようなダメージからも搭乗者を護るのだが、まさかこの機能を使わずにあの死線を潜り抜けてしまうとは。

 完全に彼の成長を見誤っていた、天才の計算間違い。

 だが、ここまで嬉しい誤算など他にあろうものか。

 

「束さん、ますますいっくんに惚れ直しちゃったよー♪ あーいラーブゆー!」

 

 画面に向かって惚気顔で届かない投げキッスを送っていた彼女――篠ノ之束のとろけ切った天使のような目付きが、

 

『モード・デッドエンド――』

 

 無慈悲な邪鬼の形相へと変貌した。

 

『ヴェノム・サンシャイン……!』

「……生意気、だね。その機能」

 

 無理やり固定された画面から、激しい紫色の光が迸る。

 あの機体は、彼女が手掛けた機体の中でも攻撃力と、特に防御力に特化させた機体だ。

 強固で堅牢なボディとシールド、そして中に人間が入らないことを前提にした構造は、通常兵器はもちろんビーム兵器だろうとビクともせず、至近距離で起きた大爆発にすら完璧に耐えてのける。故に、『そんな装甲すら無視できる刃』を使わなければ絶対に撃墜できない――はずだった。

 

「まさか、こんなワンオフ・アビリティーを発現する子が居るだなんて、ね」

 

 PICの破壊――ISという兵器のほぼ全てを担っていると言っても過言ではないこの機能を破壊するということは、まさに鳥から翼をもぎ取ることに等しく、故に自分の子供達に最高の自負を置く親鳥にとって、それは最高に不快極まりない猛毒。

 

「………………」

 

 眉間にシワを寄せ、手前に大量に出現させた一回り小さなディスプレイを、ティーカップのコントローラー一つで弄っていく。

 大量の画面に踊るのは、まさに摩訶不思議な記号の羅列。常に変動を続け、常人には何を意味しているのか一切分からない情報の大波。

 こんな中から必要な情報のみを抜き出すことなど、それこそ魔法のランプや魔女の魔法を借りなくては出来る筈もなく、

 

「よっし、クラッキング完了♪ さっすが私」

 

 それをこんなメルヘンなデザインのコントローラー一つで出来てしまうからこそ、篠ノ之束は天才なのだ。

 

「ふーん、名前はシャドウ・ストライダー……センス無い機体と名前だなぁ」

 

 ディスプレイに映し出された、全身に装甲を纏った紺色のIS。

 ワンオフ・アビリティーはISのコアが発現する能力なため、機体自体には特別目新しい技術は無い所か、PICを殆ど使用せず、原始的なロケット噴射で飛行するこれがなぜISである必要があるのか、天才である彼女ですら理解不能だった。

 

「んで、こっちが乗ってる雑草と……って、コイツ」

 

 朴月姫燐。

 ディスプレイが表示したその名前に、カップを持つ指に力が篭った。

 

「いつもいつも、いっくんをたぶらかしてる害虫じゃないか……」

 

――次は、貴様だ。

 あの腹が立つほどの無表情が、束の脳裏にチラつく。

 

「ふーん、そうなんだ、あくまで束さんの邪魔をするんだぁ」

 

 よし、潰そう。

 害虫に殺虫スプレーをぶっかけることを迷う人間なんて居ない様に、なんの躊躇いもなく天災の脳は決断を下した。

 今までは、一夏の幸せそうな顔を見せてくれる代わりに見逃してやっていたが、ここ最近はずっと彼の顔を曇らせたままだ。蜜を出さない蜂など、ただ鬱陶しい羽虫でしかない。

 さて、どのように潰そうか。出来るだけ苦しんで、無様にのた打ち回りながらくたばってもらえれば面白いのだがと、更なる情報を求めて画面をスライドさせていき、

 

「……んんっ?」

 

 両親の記述のところで、束の指が止まった。

 

「ISの……新エネルギー……?」

 

 コイツの父親は、ISを動かせる新たなエネルギーについて研究を進めているという。

 有象無象にしてはなかなか面白い着眼点をしていると、束は素直に感心した。

 これは束も、己が生み出したISという存在に置いて未だ納得がいっていない部分の一つでもある。どうしても白式のワンオフ・アビリティー『零落白夜』はエネルギーの消耗が激し過ぎるし、何より自分が理想とするISの姿は外部からの補給すら必要としない絶対無敵で無欠の存在だ。

 もし、それに近付くためのインスピレーションになるならばと、いつでも潰せる害虫のことなど一瞬で頭から消え、さっそくこの新エネルギーについての情報を集めようとした所で――畑に突き刺さっていた巨大なメカニンジンが、白い煙を噴き出しながら傘を開くように開いた。

 

「あ、おっつかれー♪」

 

 その中から現れた人影が、ゆっくりと彼女の方へ歩き出そうとして――四つん這いになり思いっきり胃の中身を吐き出した。

 

「うわわーお、大丈夫!?」

 

 束はすぐさま手元のスイッチを押し、清掃用のロボットを呼びだす。

 すると床から穴があき、大人の腰ほどの大きさをした、ウサミミを生やしたポッドのような機械がせり上がって、手際良く床をクリーニングしていく。

 

「やっぱり、遠隔操作とはいえ初めてのIS操縦は堪えちゃったのかな?」

 

 まだ真っ青な顔で口元を押さえたまま首を横にふると、もう一つの手で再生したままだったディスプレイに写るシャドウ・ストライダーを指さす。

 

『モード……カーテンコール』

 

 その瞬間、画面の映像が、余りのスピードに溶け始め――ブッと音を立てて、真っ黒に沈黙した。

 

「なるほどぅ、いくら遠隔操作でも全身をバラバラにされるのはちょっとキツかったかー」

 

 エグいことするよねー。と、立ち上がり、死にそうな小声で文句を飛ばすその背中をさすりながら束は笑う。

 

「確かに他の雑草も沸いたから操作をAIに切り替えたけど、少しでもISに慣れるために感覚だけは繋げといた方がいいかなーって……メンゴメンゴ! 分かってる、次からは危なくなったら感覚切れるようにしとくから、そんな怖い顔しないで仲良くしようよー♪ だって、私たちは――」

 

 スマイルスマイルと言いながら、この世界を作り変えた女――篠ノ之束は天使のような微笑みを浮かべて、

 

「同じ『答え』を求める、たった二人の協力者同士なんだもん♪」  

 

 己の協力者へ、まったく謝っているように見えない謝辞を送った。

 

 

 第18話「I AM…ALL OF ME…(中篇)」   

 

 

「……う……」

 

 手を振り上げたまま、瞳孔を震わせて、姫燐は呟いた。

 

「違……う……違う……」

 

――信じられない、信じたくない。

 今、自分は何をしかけた? いま、この手は何処へ下ろされようとした? イマ、どうすればいいと思ってしまった? 今、確かに、自分は、無抵抗の人まで、殺そうと――

 

「絶対……違う――違う違う違う違うちがうちがうちがうチガウチガァァァァァァァウゥゥッ!」

「隊長ッ!?」

 

 膝を付き、頭を抱え、声が掠れても、少女は繰り返す。

 赤い髪を潰すように握る。砕けそうなほど歯を食いしばる。鳴り止まない鼻から血が流れる。整った顔立ちが見る影もないほどに強張る。過剰分泌された涎が口元から滴る。

 それでも、少女は繰り返す。

 

「違う違うチガウ俺はおれはオレハ朴月姫燐でずっとそうでずっとずっとオレはァぁぁぁぁぁ!!!」

 

 違うのだと、絶対に『そう』じゃないんだと、否定だけを繰り返す。

 この場に居る誰にも、本人すらマトモに理解できない拒絶の言葉を吐き出し続ける。

 だが、同時に皆が皆、理解できた事もあった。

 そう――このままでは、例え何者であっても『彼女は』間違いなく壊れてしまうだろう、と。

 

「……クッ!」

「がふっ!?」

 

 姫燐の背後から、ハイロゥ・カゲロウの巨壁と読んでも刺し違えない手の平が強く押し付けられ、同時に手の甲に輝く青いクリスタルが輝きを放つ。

 

「トーチちゃん!?」

「トロ火! 加減はしくじらない!」

 

 本人の宣言通り、ハイロゥ・カゲロウの指先にロウソクほどの僅かな炎が出現し、本当にエネルギーが残り僅かであったシャドウ・ストライダーの絶対防御を発動させる。

 チリチリと青い炎が、電子の壁と反発しあい、小さな火花を散らす。

 手を離すのが速過ぎても、遅すぎても、そして火加減を誤っても、無傷でISを剥がすことなど出来はしない。

 神経と、経験と、直感を限界まで酷使して炎を制御する。

 

「ギッ、テメェぁ!」

「……ッァ!」

 

 シャドウ・ストライダーの反撃が背後に振り抜かれるのと、ハイロゥ・カゲロウが手を離したのは、ほぼ同時。鋼と鋼が僅かに擦れ合い、火花が散る。

 だが、まだだ、まだ届く。

 バックステップで退避する敵の巨大な腕を掴もうとして伸ばしたシャドウ・ストライダーが、光の粒子となって掻き消えた。

 

「あ……あぁ……?」

「リューンッ!」

「Ja(ヤー)!」

 

 すぐさまリューンは、ISスーツの胸元から取り出した一本の注射器を、無防備になったその首元に突き刺し、中の液体を注入する。

 

「なっ、お前ら!」

「案ずるな、ただの鎮静剤でござる!」

「ぁ……う……」

 

 リューンの言葉通り、錯乱し強張っていた表情はすぐさまトロンと寝起きのように緩みだし、目蓋をゆっくりと閉じながら、

 

「おっと!」

 

 ポスン、と糸が千切れた人形のようにリューンの胸元に倒れ込んだ。

 そのまま彼女は高熱を放つその身体をゆっくりと地面に寝かしつけ、安堵の溜め息がこぼれかけ――すぐに飲み込まされる。

 

「こ、こんな状態で今まで……!?」

 

 彼女が着こんでいた制服の純白の右袖が、深紅に染まり始める。

 熱と衝撃で歪んだフレームが、腕に突き刺さっていたのだろう。今までISを纏っていたため必然的に栓となっていた破片は、エネルギー切れと共に消滅し、傷口が開いて血が噴き出し始めたのだ。

 恐らく、少し動くだけでも傷口を抉られ、激痛が走り続けたはずである。だというのに、よりにもよって戦闘行動を続けるなどと……いったいこの華奢な身体のどこから、これほどまでの執念を生みだしたのか……

 

「リューン!」

「っ!」

 

 固まっていた思考が、相棒の一括で引き戻される。

 戦慄なんてしている場合ではない。そんな事をしている間にも、彼女は荒い息を繰り返しながらも、見る見るうちに弱々しくなっていく、命が燃え落ちていく。

 裂傷の緊急措置の手順を再確認。必要なプロセスと道具を再確認――ダメだ、足りない。

 道具も、人手も、自分達だけでは、彼女の命を救えない。

 

「誰でもいいッ! こっちに来てくれでござる!」

「ッ、あ……あぁ、分かった!」

 

 今まで、夢幻の世界に放り込まれていたようだった一夏の足に、ようやく力が戻る。

 言われるがままに敵の懐へ駆けつけるその背中に、鈴の言葉が突き刺さった。

 

「まっ、一夏!? アイツらは、一夏を殺そうとして!」

「それが、どうした!?」

「そうですわ!」

「なっ、アンタまで!? ああ、もうっ!」

 

 同じ様に、横で茫然としていたセシリアも鈴の横を飛び去り、鈴もまた放っておけずに二人を追う。

 客観的に見ずとも、バカを極めたような行動だ。先程まで、明確な殺意を持ってこちらの命を狙って来た相手の言うことを聞いて、ホイホイと近寄ろうと言うのだ。近付いた瞬間、その首を刎ねられてもなんらおかしくは無いというのに。

 それでも、それを理解していようとも、織斑一夏は、セシリア・オルコットは止まらない。裏切りが待ちかまえていようとも、この道が破滅への片道切符だとしても、

 

――俺にとって!

――わたくしにとっては!

 

 彼女がこのまま死んでしまうことの方が、殺されるよりもずっと耐えがたいのだから。

 

「ま、まさか、こうもアッサリ……」

「……理解。できない」

 

 彼等の無警戒ぶりに驚いたのは、なにも鈴だけではない。

 一悶着どころか、これを好機にと襲撃されることすら覚悟していたリューンとトーチは、肩すかしをくらったかのような表情を浮かべながら顔を見合わせ――次の瞬間、ふっと頬を綻ばせあった。

 

「……どうやら、愛されてるみたいでござるな。朴月姫燐も」

「……うん」

 

 駆け寄って来た三人が屈みこみ、その惨状を目の当たりにする。

 

「姫燐さん……うっ」

 

 愛しい人の、自分を抱きとめてくれた腕から、とめどなく流れる赤い血に思わず込み上げた胃の中身をセシリアは口元に手を当て無理やり押し戻す。

 

「それで、どうすればいい!?」

「まず、そこのええっと……尻ロールのお主!」

「尻ロールッ!?」

 

 パッと見の特徴だけでつけられたあんまりなあだ名に当惑する間もなく、リューンは寝かされた彼女を指さして、

 

「まず、彼女の服を全部脱がすでござる!」

「ええっ……えええっ!!?」

 

 愛しき人の服をひん剥けという背徳感溢れる命令に、一瞬でセシリアの顔がゆで上がる。

 

「傷口の露出と、少しでも布が欲しいのでござる! ISで破いてしまっても構わんでござるから、ズボンごと早くッ!」

「わ、わわ……分かりましたわ! ええ、分かりましたともッ!!」

 

 眼を見開き、新しい境地に向かう開拓者が内側からあふれ出る興奮を無理やり鎮めるように歯の隙間から呼吸を繰り返し、彼女の服をISで破り始めたセシリアに一瞬人選ミスしたかと感じながらも捨て置き、次にリューンは鈴を指さして、

 

「次は、そこの胸が平らなお主!」

「シバくわよ!?」

「これ、ちょっと持っていてくれでござる!」

 

 音速で飛んで来た抗議も無視して、リューンは撃龍氷を腕だけ部分展開し、その手にパイナップルほどの大きさの紅い氷を生成して彼女に手渡し、今度は一夏を呼びよせる。

 

「織斑一夏! こっちへ!」

「あ、ああっ!」

 

 美少女が美少女の服を力づくで破るという、色々と危険な光景から眼を逸らし続けていた一夏がハッとなってリューンへ近付く。そして、ある程度まで彼女に近付いたところで、手の平をストップ! と突き付けられ、

 

「動くなでござるよ!」

「へ、うわぁぁぁ!?」

 

 纏っていたISスーツの上着を、ISの腕で引っ掻くように力技で思いっきり破られた。

 絶妙な力加減でスーツを破られた一夏の筋肉がついた胸元が、白日の下に晒される。

 

「な、なにやってんのよ!? こっここここの変態!!?」

「お主の仲間も大概でござろうが!」

 

 ハァハァ言いながら服を破り取っていく、もっと悪質な現行犯が身内に居る以上、黙るしかない鈴を余所に、破り脱がした一夏のISスーツの両袖を器用に縛り、即席の風呂敷へと作り変えると、

 

「ほい、この中に氷を入れて!」

「ああ……なるほどね!」

 

 ようやく彼女の意図が掴めた鈴が、受け取ったその風呂敷の中へ手早く氷を入れ、

 

「トーチちゃん!」

「……了解。貧乳、上持ってて」

「アンッタも同レベルでしょうがァ!?」

 

 トーチの炎が、ISスーツ越しに中の氷を焙って水へと変えていく。搭乗者を襲うあらゆる危険から守るために作られた、不燃性のISスーツだからこそできる芸当だ。

 

「それが終わったら、もう一個置いておくでござるから砕いて中へ! ……さて、と」

「ハァ……ハァ……そうですわ、これは姫燐さんを助ける為、助ける為、助ける為ですからもっと、もっとその、貴女のありのままを遮る布もはぎときゃいん!」

 

 もう一個、大きめの氷を作り終えたリューンは、彼女の制服を半端に破き、情緒教育に非常によろしくない服装へと作り変えた本人を軽く蹴り飛ばすと、辺りに散らばった残骸を集めていく。

なんだかんだで、ちゃんと傷口は露出させ、しっかり包帯として使えるほど大き目に破り取り、やる事はやっている。欲望と理性を完璧に両立できるあの尻ロールは実は中々の大物ではないのかとリューンは錯覚を覚えながら、

 

「織斑一夏ッ! これで彼女の傷口をしばらく押さえてくれでござる!」

「分かった!」

 

 包帯になった制服の、出来るだけ汚れが少ない切れ端を渡された一夏が、未だに出血が続く傷口を布越しに強く握り止める。

 

(キリ……死ぬな……死なないでくれ……ッ!)

 

 織斑一夏が、彼女と出会ってから過ぎたこの一ヶ月。そう、たった一ヶ月で、織斑一夏は本当に多くのモノを彼女から貰った。

 今まで胸の内にあるんだと感じていたのに、どこか空回りしていた『誰かを護りたい』という夢。それが、彼女と出会い、彼女と考え、彼女と笑い、彼女と離れて――その度に強く、確かな形を得て激しく回り続けるこの夢は、もう止められない衝動となっていた。

 どんな事があっても、なにが立ち塞がっても、どれほど傷ついても、この夢を必ず叶えてみせろと、織斑一夏を突き動かすのだ。

 燃え上がるようなこの想い。胸の炎を灯してくれた協力者を、自分は迷惑をかけ、傷付けて、突き放しただけで――その笑顔を、ずっと曇らせていただけで、

 

(俺はまだ……お前になにも返せちゃいないんだ……! 俺は……俺は……)

 

――お前と、まだまだ一緒に夢を追い続けたいんだ!

 

 そんな一夏の願いを聞き届けたのか、無かったのか、救いの手は現れる――第三アリーナのハッチを吹き飛ばすという、バイオレンスな形で。

 

「皆さん、無事ですかッ!?」

 

 吹き飛んだハッチから、次々と完全武装した量産型のIS「ラファール・リヴァイヴ」と、「打鉄」纏った上級生と教師による救出部隊が、第三アリーナに降り立っていく。

 

「やーっと来たのね……遅いっての」

 

 軽口を叩きながらも、ようやくやって来た増援に鈴の表情には希望と安堵が宿っていた。これで、彼女に本格的な医療措置が施せるはずだ。

 

「怪我人が居ます! 早く! こっちに来てください!」

 

 一夏の懇願に、衛生ユニットを装備したISが二機、即座に飛来して担架を作り出す。

 すぐさま、メディカルチェックに特化させたハイパーセンサーで、バイタルや負傷、出血量を確認し――意外そうに口を開いた。

 

「これは……君がやったの?」

「え、俺っていうより、皆で……」

「見事な緊急処置よ。安心して、これなら大事には至らないわ」

「本当……ですか?」

 

 衛生兵の何よりも頼もしい言葉に、一夏の両目から思わず涙がこぼれかける。それはセシリアも、鈴も同様であった。

 

「よかった……本当に、よかった……」

「ええ……ええ……!」

 

 感極まって喜びを分かち合う一夏とセシリア、鈴もその輪に加わりたかったが、それよりも完成させた即席の氷のうを医療班に渡すのが先だ。

 

「これ、使えますか?」

「これは……氷のう? どうやって、こんなものまで……」

 

 負傷者が居るのは想定内であったが、代表候補生とはいえ一年生の中にまさかここまで応急処置に優れた逸材が居たのかと素直な驚嘆を覚え、鈴に尋ねる。

 

「いったい、誰がここまで教えてくれたの?」

「えっと、それは……」

 

 急に口ごもり始めた鈴の視線が、横に向かう。衛生兵も、その視線を追いかけて――背筋に緊張が走る。

 既に救助した生徒達の証言では、第三アリーナを強襲したISは一機。だが、目の前に居る、既に制圧班に銃を突き付けられながら周り囲まれた人影の姿は――二つ。

 

「ま、こうなるでござるわなぁ。拙者達は」

「……当然。だって侵入者だし」

「黙れ」

 

 制圧班の威嚇射撃が、再びISを展開したリューンとトーチの足元を抉る。

 

「貴様ら……専用機持ちか。見事な物だが、早急にそれを解除して投降しろ。さもなくば……」

 

 リーダーらしき妙年の教師のISの腕が上がると共に、リューン達を取り囲む8機のISが、冷たい砲門を彼女達へと向ける。

 

「こちらとしても、少々乱暴な手段を取らざる得なくなる」

 

 その腕が下ろされれば、一斉に火を吐き鉄の雨を浴びせる凶器に囲まれながらも、二人の表情はこの場所に現れてから今までの中で、見た事も無いほどに清々しく晴々としていた。

 

「うむ、だがこれであの人は助かるでござろう」

「……同意。結果オーライ」

「き、貴様らッ……」

 

 八対二。圧倒的に絶望的で不利な状況であるにも関わらず、自分達のことを一ミリも気に掛けないような侵入者たちの態度に、リーダーの額へ見事な青筋が浮かぶ。

 

「……今後。どうする?」

「当然、本来のプランに変更でござるよ。まだ拙者達は死ねない、死ねなくなってしまったでござる。『どういうこと』かハッキリするまでは、絶対に」

「……だね。愚問だった」

「聴く耳持たず、か……ならばこちらも無視させてもらおう……」

 

 救護班と負傷者、救助対象が、全員確かに安全圏へと離脱したことを最終セーフティと認識し――確認。

 

「貴様らの人権をなッ!」

 

 発砲を許可する、その手を振り下ろした。

 八機のISが手にした銃機のトリガーが引かれ、激音を立てて鋼鉄を吐き出す。

少々荒っぽいやり方にはなってしまったが、元より発砲許可は下りているし、最悪の場合は生死も問われていない。それに相手は未知の専用機を纏っている。後手に回れば、逆にこちらが深手を負う可能性がある以上、加減など出来る筈も無い。

 硝煙と土埃が辺り一帯にまき散らされ、一時的に視界が埋まる。だが、ハイパーセンサーはそのような環境であろうとも、確かにまだ健在な二機の反応を捕らえていた。

 

(くっ、やはりあの程度では落ちないか……)

 

 恐らく、直撃はしなかった。何らかの手段で防御された。

 ならば当然、敵が次に起こすアクションは――ッ!

 

「全機、防御だッ! 来るぞッ!」

 

 言い終えるか終えないかの刹那、煙を突き破って蒼い炎が彼女の眼前に広がった。

 

「くぁぁっ!? こ、これはまさか……火炎放射機ッ!?」

 

 余りにも想定外すぎる反撃に、思わず声が出てしまう。

 火炎放射機――まさか、こんな旧世代の武器を装備したISが存在するとは。

 遥か昔の戦争で、多くの人間を酸欠に陥れ、肉を焼き払って来たその武装は、ISが誕生する前から既に市民権を失いつつあった遺物。技術が発展し、わざわざ重量がある燃料タンクを背負わずとも、焼夷弾やサーモバリック弾などの代用品が軽量化、小型化、高性能化したため役目を奪われ、必然的に衰退の一途を辿っていた武器だ。

 更にISが現代戦の主役となってからは、現代戦では存在意義すら疑われている。

 元より狭い洞窟などに隠れた敵を焼き払う、対歩兵用の武装である火炎放射機は、空中を高速で動きまわり、堅牢な装甲を持ち、なお且つスペック上は大気圏外でも活動できるISにとっては、もし当たったとしてもホウキで軽く表面を撫でられるのとそう変わらない。

 そんな物をISに、しかもわざわざ専用機に搭載する意図がまったく掴めず、ISの専門家とも言えるIS学園教師の彼女は実際のダメージ以上の衝撃を受けてしまう。

 だが、所詮は猫だましと同レベルの小細工。それ以上の効果などありはせず、即座に体制を立てなおし、コアネットワークを通じて一応安否を確認する。

 

『各機、無事かっ!?』

『はい、損傷はありません!』

『よしっ……』

 

 やはり他の機体にもダメージは無かったようだ。

 視界を覆っていた土埃も晴れて、視界は良好。龍のような姿をした紅色のISと、巨大な腕を持つ蒼灰色のISが丸見えとなった。

 

「……仕込。終わったから、あとお願い」

「はーい、喜んでー」

 

 次に、龍のISが背後のユニットから取り出した、丸いポッドを足元に転がし――今度は、視界が深い白煙に覆われた。

 

「ふっ、今度は発煙弾だと?」

 

 コイツ等は素人か。余りにも無知な侵入者共に、彼女の鼻が鳴る。

 土煙よりも濃く深い煙の中であろうと、空間の乱れや大気の流れから脳内に直接相手の位置情報を送り込むハイパーセンサーの前には無関係だ。不意打ちは二度も通用しない、ハイパーセンサーは忠実に敵機が自分の『横』に居るのだと彼女に伝え――

 

「なにぃ!?」

 

 手に持ったアサルトライフルを横へ向けすぐさま発砲した。

 

(バカな、あの一瞬でどうやってその位置へ!?)

 

 当然、センサーに反応は無かった。本当に、始めからそこへ居たかのように出現した敵機に銃撃を浴びせながらも、その脳内で必死に自問自答を繰り返す。

 だが、各機から次々と飛ばされて来る通信がそれすらマトモに許さない。

 

『きゃあッ!? ひ、被弾、被弾しました! 敵が撃って来ています!』

『うわっ!? こ、こいつらどうやって私の横に来た!?』

『くそっ、みんな、敵はこっちから発砲しています! 対処を!』

 

 あちこちから銃声が鳴り響き、一瞬即発の戦場は一気に阿鼻叫喚となった。

 彼女のISにも、相手が発砲してきた銃弾が何発か直撃し、回避のために包囲網を解かざる得なくなる。

 

(どうなっている……なにが、どうなって……ッ!?)

 

 自分を含め、味方八機全てが交戦状態に陥っている現状――気付かぬうちに底なし沼へ足を踏み入れた時のような違和感と危機感が襲う。

 敵のISはたった二機しか居なかったはずだ。だというのに、なぜ全員が全員、敵機と交戦して――

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「くっ!」

 

 煙を掻き分け、背後から突撃して来た敵機反応に、彼女も即座にラファール・リヴァイヴに装備された近接戦闘用ブレードを呼びだし、振り向きざまに凶刃を受け止め、もう片方の手に装備したアサルトライフルをゼロ距離で浴びせるためトリガーを握り、

 

「えっ……!?」

「せ、先生!?」

 

 その相手が、自分の生徒だと気付き、ギリギリの所でその指を止めた。

 

「え、ええ、えっ!? な、なんで先生がこの位置に!?」

「それはこちらの台詞よ! ハイパーセンサーは、貴方の方角から敵が来ていると……ッ!!?」

 

 まさか――彼女の脳内に、直感と呼んで差し支えのない最悪の仮説が過る。

 根拠は無い。だが、この理解不能な現実に突き付ける答えとしては、余りにも辻褄が合いすぎていて――

 

『全機、攻撃を中止しろッ! 繰り返す、攻撃中止だッ!』

 

 その一言と共に銃声と、先程から絶えず送られてきた被弾報告が消え――それが、答えだった。

 

「なっ……先生、いったい何が起こって……?」

『敵機は何らかの方法で、我々のハイパーセンサーに細工を施した! 先程からの戦闘は、全て味方同士の――同士討ちだ!』

「う、うそ……私達、ずっと味方同士で……!?」

 

 ならばその間、敵はいったい何をしていたのかと、ようやく晴れてきた視界が……捕らえた。

 

「じゃ、拙者達はこの辺でー」

「……アディオス」

 

 先程の間に回収したのだろう黒い人型の残骸を手にしながら、閉じていくドリルの中でヒラヒラと手を振る敵機の姿を。

 

「う、撃て! 奴らを絶対に逃がすなーッ!」

 

 肉眼のみを頼りとし、八機のISは砲撃をドリルに浴びせていくが、このドリルもシールドを発生させれるのか全弾当たる前に電子の壁に弾かれてしまい、地面へと沈んでいく鋼の螺旋を止めることは出来なかった。

 完全に沈み込み、第三アリーナに巨大な穴だけを残して遠ざかっていく駆動音。

 

「お、追いかけますか!?」

「……ダメ、ダメよ。ハイパーセンサーが故障した私たちがアレを追える訳が無いし、万が一追いつけたとしても……今の私達では勝負にならないわ……つまり」

 

 唇を噛み締め、彼女は認めた。

 

「私達は完敗したのよ……あの侵入者たちに……」




後篇を書いてるつもりでした……つもりだったんですよ! 必死に!
その結果がこれなんですよ!! 後篇が長くなりすぎて、どう考えてもイベントを盛り過ぎで、今はこうして中編なんかにして投稿してる!
これ以上なにをどうすればよかったんです!! 何を削れって言うんですか!!

……はい、一夏の中の人繋がりのネタでしたが、切実な叫びです。
ノンストップで振り切れていたら、気が付けば2万文字を軽く超えていました。
観月さまお許しください、作者はウソつきでは無いのです……間違いをするだけなのです。

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