IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第2話 「俺の協力者はタクティシャン」

 はーい、どうも全国の女子高生のみなさん。

 オレ朴月 姫燐ってゆ―んだ!! よろしくな!!

 好きな物はヘヴィメタルと女体。嫌いな物は耳に入れるタイプのイヤホンと抱き心地が悪い身体。

 好きでも嫌いでもないのは消しゴムだよ!

 え、なんでいきなりこんな痛い自己紹介なんざしてんのかって?

 いいじゃんか、ちょっとくらいハイになっても。人間だもの。

 ……本当は昨日のアレのせいで織斑先生から出された反省文の処理をやってたら、いつの間にか朝になっていて一睡もしていないだけなんだがな。ったく、初犯なのになんなんだよ反省文100枚を明日までにて。絶対に私情入ってるだろあのブラコン教師。

 まぁそんなこんなで今、俺の頭は絶好調。だけど目蓋は月光蝶くらった無機物みたいにとろけそうなのだ。

 だが、ここでオチオチ眠る訳にはいかない。

 別に授業について行けなくなるからじゃない。織斑ティーチャーは確かに恐いが、授業自体はこんな基礎中の基礎、いつ何どき質問されても余裕で答える事ができる。退屈すぎてあくびが出るとは正にこの事だ。

 ん? じゃあなんで寝ないのかって?

 それはゲッ○ー線の答え以上に、とーっても簡単なことさ。

 だって――

 

「決闘ですわ!!!」

「おういいぜ、四の五の言うより分かりやすい」

 

 こんなにも楽しそうな祭りを前に、惰眠を貪る奴なんて居ないだろう?

 誰だってそーする。オレだってそーする。

 

 

第二話 「俺の協力者はタクティシャン」

 

 

 全ての始まりは、織斑千冬が授業中に切り出した『クラス代表』を決める。という話題だった。

 その名の通りクラス代表とは、そのクラスを代表する存在であり、もう少し先にあるクラス対抗戦に出たり、生徒会の会議にも顔を出さなければならない言わば、そのクラス―――姫燐達の場合は『1年1組の顔』とも呼べる存在である。

 普通こういうのは基本的に誰もが渋るモノだが、織斑千冬の自薦他薦は問わないという言葉のせいで、真っ先に吊るし上げられた哀れな子羊が居た。

 

「はい! 織斑くんを推薦します!」

 

 生贄が決まれば後は芋づる式だ。次々とあちらこちらから一夏を推薦する声が上がる。ちなみにこの時、どさくさに紛れ姫燐も一夏を推薦したのは秘密だ。

 しかし実際、姫燐も内心クラス代表は一夏でいいと考えていた。

 彼はISを扱える唯一の男、言わば世界的な有名人だ。クラスの顔としてこれ以上に相応しい存在はいないだろう。それに、適度な精神的重圧は上を目指すのならもってこいなバネだ。

 ぶちゃけてしまえばクラス委員長みたいなモンだし、今の一夏には軽過ぎず重過ぎず、丁度いいプレッシャーだろうと彼女は踏んでいた。と、これは後で一夏への言い訳に使う用の建前で、本心では長引いてもめんどくさいのでさっさと終われ。とそれだけを切望していたのだが。

 だからこのままでいいし、他に立候補する者もおらず、どうせこのまま決定だろうと姫燐は見越していたのだが、

 

「納得が行きませんわ!」

 

 忘れてた、コイツが居た。

 見た目麗しいブロンドをロングに伸ばし、10人中10人が美少女と言い切るであろう顔立ちは日本人また違う西洋風の魅力に溢れているが、その高過ぎるプライドと常に人を見下した態度で全てが台無しなイギリスからの代表候補生。

 

「男が代表なんて言い恥さらしですわ! このセシリア・オルコットに1年間そのような屈辱を味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 そう言って机をドン、と叩くセシリア・オルコットことバカ。

 女尊男卑。昨今流行りの典型的な社会問題をこじらせているその姿に、姫燐は一昔前に流行ったモンスター父兄さんの面影を重ねていた。

 

(はぁ……見てくれは悪く無いのになぁ……モンペはちょっと……)

 

 彼女の好みは、知的で聡明、なおかつ幅広い視野を持つボインだ。

 少なくともC以上無いモノは乳などではない。ただの壁だ。

 ロリはロリで悪くないし、その魅力も十二分に理解しているが、どちらかと言うと姫燐にとって彼女達は恋をする対象ではなく、愛玩動物のように愛でる対象である。

 姫燐はペドフェリア達とは例えクアンタムシステムがあろうとも分かり合えないだろう。

 だがしかし、超美少女級のロリに向こうから言い寄られてしまった時、姫燐は果たして正気を保っていられるだろうか? きっと、彼女は手をワキワキ息をハァハァしながら「今からオレが成長させてやるよ。主に胸周りを」とか口走りながらロリを押し倒しそのまま…………話が脱線しすぎたので閑話休題。

 その基準で言えば、セシリアは見た目はクリアしているのだが、内面が絶望的なまでにキリの好みとかけ離れ過ぎていた。

 少なくとも、このように偏ったモノの見方しかできない様な奴に、彼女の心は絶対に傾きはしない。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で……?」

 

 おーい、そろそろ黙ったほうがいいんじゃないかー? 周りのお前を見る目を見てみろ、すっごい怖いぞー。

 と、姫燐はそんな助け舟をジャスチャーで送るが、一切届いて無いどころかそんな船、今のセシリアにとっては不法入国で即撃沈モノでしかないだろう。少し首を傾げただけで、見事にスル―された。

 

「イギリスだって大してお国自慢無いだろ」

 

 とうとう、言いたい放題なセシリアの罵詈雑言に一夏が反撃の一手を投じた。

 

「世界一マズい料理で何年覇者だよ?」

 

 そーなのかー。最初の反撃が料理の事とは、さすが趣味に真っ先に家事を上げる奴は言う事が違う。

 

「美味しい料理はいくらでもありますわ! あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 お前さっき日本のこと壮大にディスってたじゃん。一言一句そのまま返してやろうか……とか姫燐は思ってしまうが、眠気のせいで頭がポポポポーンとなっている今はいいやと、また睡魔との壮絶なドッグファイトに没頭していった。

 つか教師、面白くなって来たって顔してないで止めろよ。

副担任もオドオドしてないでさ。

 

 悪口雑言も尽きたのか、互いに睨みあい、動かない一瞬即発状態。

 そして、セシリアは一夏を指さして叫んだ。

 

「決闘ですわ!」

「おういいぜ、四の五の言うより分かりやすい」

 

 そのひと声に、もっとも沸き立ったのは誰だろうか。

 決闘を叩きつけたセシリア・オルコットか? 叩きつけられた織斑一夏か?

 いや、違う。先程までの眠気など何処へやら。この時、この瞬間、もっとも愉快そうに口元を歪ませ、もっとも期待に目を輝かせる少女。

 言うまでも無い、朴月 姫燐だ。

 実は彼女が好きな物は冒頭のアレが全てでは無い。

 彼女が、朴月 姫燐が好きな物は、魂震わせる激しいヘヴィメタルと、抱き心地が最高な女体に加えもう1つ、

 

 血肉わき心踊るケンカが、彼女の大好物であった。

 

 

                    ○●○

 

 

「さーて、どうするつもりだい。一夏くんよ」

「………………」

「相手はイギリス代表候補生で、なおかつ専用機持ちの超エリート様。かたやこっちは昨日まで専用機の『せ』の字すら知らなかった超が付くド素人」

「………………」

「当然、ハンデを付けてやるキリッ。とまで言いきったんだから、オルコットの奴を余裕で完封できるくらいの勝算はあるんだよなぁ。いーちぃーかくーん?」

「…………反省してます」

 

 4時間目の授業が終わり、昼休みが始まるや否や席を立ち、満面の笑みを浮かべながら姫燐は頭を抱える一夏に詰め寄っていた。

 

「はァ……確かにむかっ腹が立ったのは分かるが、いくらなんでも向こう見ず過ぎだバカ。『例えいかなる時でも冷静さを失うなかれ』。強くなるための鉄則だぜ?」

「……………善処します」

 

 腕を組み、はァ……、とまた1つため息をつく姫燐。

 しかし、その瞳はくまが出来ていようが相変わらず妖しく輝いている。

 

「まぁ、やっちまったモンは仕方ねえし、あのまま黙ってたら多分今頃、オレはお前の顔面を修正(グーパン)してただろうしな」

「お、おう……」

 

 物騒な事を呟く姫燐に若干恐怖を感じる一夏。

 眼がB級ホラーにでてきそうなくらい怖いから尚更だ。

 

「さて、説教はここまでだ。今後の事は飯でも食ってゆっくり考えようぜ」

「わかった……あ、その前にちょっといいか?」

「ん?」

 

 そう言うと一夏は何かを思いついたように自分の席を立つと、窓際の1番前に座るポニーテールへの方へ足を運び声をかけた。

 

「箒」

「………………」

「篠ノ之さん。一緒に飯喰いに行こうぜ」

 

 おお、早速アタックを仕掛けてくれたか一夏よ。あの篠ノ之 箒を狙うとは分かってるじゃないか。

 心の中でそんな事を考える姫燐。

 篠ノ之箒。

 あのISを開発した天才科学者、篠ノ之束の妹で剣道の有段者。

 セシリアとは対照的な日本人らしい黒く長い髪をポニーテールにした、ちょっと気が強そうなイメージがあるが、凛とした出で立ちの和風美人。

 特に目を引くのは高一のそれとは思えない豊満なバストで目測でもD以上はあるだろうか、ブラボー……おおブラボー……そうとしか言いようがない。服の下からでもこれなのだ、その制服を脱いだらいったいどれほどの戦闘力が……!

 

「大丈夫、きりりー? 鼻血でてるよ?」

「ふっ、大丈夫だ問題無い。生憎と持病なもんでね」

 

 同級生の心配そうな声にビッ、とブルース・リーのような無駄にカッコいい動作で鼻血を拭い、凛々しい表情をする姫燐。これで頭の中がピンク一色でなければよかったのだが。

 ともかく、姫燐は思ったより行動が速い一夏に感動を覚えていた。

 

「私はいい……」

「そう言うなって、ほら立て立て」

「お、おい!」

 

 じれったくなったのか箒の腕を掴み、無理やり席を立たせる一夏。

 お、おーい、流石にそれはマズくないですか一夏くんや。嫌がる女の子の手を無理やり引っ張るとか、そんな学園ドラマとかに出てくる捨て役のヤンキーみたいな行動はどうかと思うぞ。

 いくらなんでもやり過ぎな一夏を嗜めようと、姫燐もそそくさと箒の席におもむく。

 

「なんだ、歩きたくないのか?」

「お、おい! 私は行かないと……!」

「なんなら、おんぶしてやろうか?」

 

 さらにエスカレートするセクハラ魔に、姫燐は制裁を加えようと背後から腕を振り上げ、

 

「はい、そこま」

「なッ……離せ!!!」

「あ、おわぁ!?」

「でぃうぼぁ!?」

 

 箒が一夏の腕をふり払い、おまけにボディタックルをかまして彼を後ろに吹っ飛ばした。当然、後ろで姫燐☆ダイナマイツ(ただのチョップ)の狙いを定めていた姫燐と共に。

 バランスを完全に崩し、いくつかの机と席を巻き込んで後ろに尻餅を付いてしまう一夏。

 だが、思ったほどの衝撃は無かった。どうやら幸いにも、何かがクッションになってくれたようだ。

 ……クッション? そう言えば、そんな物この教室にあっただろうか?

その何かを確かめようとして一夏は手を後ろに回して押し――

 

 むにゅん

 

「むにゅん?」

 

 思わず呆けた声が出てしまう一夏。

 なんだろうかこれは? とても柔らかく、それでいて暖かい。何かとても、そう遥か昔に似たようなモノを感じていたような、それでいてどこか言いようのない背徳感が同時に押し寄せてきて…………

 

「な、な、何をしているのだ一夏ァァ!!?」

「へ? 何って……ッ!?!??!」

 

 悪鬼羅刹のような形相を浮かべて叫ぶ箒の声に何となく後ろを振り返り、そこでようやく自分がやってしまった事に気が付く。

 衝撃が緩和されていた謎、そしてこの感触の謎。

 すべてのデッドエンド(真実)は、そこにあった。

 

「き……キリ…………!」

「ぁ……ぅん………」

 

 一夏の尻に敷かれる形で、箒に負けず劣らずグゥレイトォな右のオパーイを彼の右手に押しつぶされ官能的な声を上げながら、彼女は強烈に後頭部を打ち昏倒していた。

 いくら男っぽくてガチレズとは言え、彼女も一介の女性。しかも身体つきだけで言えば、このクラスどころかこの学年でもトップクラスな彼女の胸を鷲掴みにして、何も思わない男など居ないだろう。薔薇とかホゥモとかそんな人種以外は。

 当然、一夏は前者も後者も当てはまらない健全な一学生である訳で……

 もう、色々と彼の中にある男の基本的衝動がトランザムでEXAMな明鏡止水的に乙女座でもないがセンチメンタリズムディスティニーを感じずにはいられない。

 いつまでも、こうしていたいという悪魔のささやきが一夏の心に渡来する。

 だが、そのデビルを一夏ごと狩るデスサイズは無慈悲に振るわれた。

 

「いつまで触ってるのだいい加減その手を退けえぇぇぇぇぇ!!!」

 

 箒の竜巻すら発生させそうな回し蹴りが頭部に直撃する瞬間、一夏は思ったそうな。

 

 やわらけぇ……と……。

 

 

               ●○●

 

 

「ふーん、幼馴染だったのか。篠ノ之達って」

「ああ、そうだ。この6年間、会ってなかったがな」

 

 あの後、すぐに意識を取り戻した姫燐と一夏は食堂に足を運び、姫燐は昼食のラーメンをすすりながら、テーブル席で日替わり定食を食べる箒と会話をしていた。

 

「その……先程はすまなかったな。私のせいで」

「いいっていいって。身体が頑丈なのが取り柄だし、それに悪いのは幼馴染とはいえデリカシーの欠片も無いこのバカだ」

 

 そう笑って、隣に座る一夏を苦笑いしながら肘で小突く姫燐。

 しかし、一体何がどうしてこうなったのだろうか。

 姫燐の隣の席には、身体中を縄でグルグルの簀巻きにされ、デコに『もう二度とセクハラなんてしません。主とヴァルハラと篠ノ之 箒に誓います』と書かれた紙をキョンシーのお札のように貼られ、おまけに目隠しと猿轡まで噛まされた、異様というか異質な姿に変わり果てた一夏の姿があった。

 お昼時の食堂だというのに彼等の周りだけ、不自然にスペースが空いている。

 

「……なぁ、篠ノ之。さっきから言おうと思ってたんだが、流石にコレはやり過ぎじゃないか? 周りドン引きしてるし、つーかオレもドン引きしたいし」

 

 姫燐が周囲に目配せしても目が合った途端、皆一様に明後日の方向へと顔を背けてしまう。自分が原因ではないのは分かってるが、女の子に目を逸らされるのは精神的に堪えるものがある。

 

「いくらなんでも、手を引っ張った位でここまでやるのは……」

「……そうか、気絶していたから覚えて無いのか……」

「は?」

「かまわん、この変態にはこれくらいが丁度いい」

 

 さも当然のように言い切り、味噌汁をすする箒。

 もしかして、こいつら幼馴染なだけで実は物凄く仲悪いんじゃ……。

 真実を知らない姫燐が、そんな誤解をしてしまうのも無理も無い。ああ、『知らない』ということは、時としてここまで優しいモノなのか。

 流石に哀れに思った、というか周囲の視線に耐えきれなくなった姫燐は一夏の拘束具一式を外すことにした。

 

「ぷはぁ……あ、ありがとな、キリ」

「どういたしまして。次からは気を付けろよ、一夏……はて?」

 

 なぜ一夏も顔を明後日に背けるのだろうか。微妙に顔が赤いのも謎だ。

 

「……ははーん、何だ一夏、オレに惚れたか?」

「いィ!? な、ば、そんなんじゃねぇ!!!」

「はっはっは、だよなー。だったら何で明後日向いてんだよ?」

「い、いや……それはその……き、禁則事項です……」

「なーんーでーだーよー? 気になるじゃねぇか」

 

 ニシシと笑い、一夏の頬を指で突きながら詰め寄る姫燐。

 そちらを向いてしまえば嫌でも目に入る、アレの感覚が忘れられません。

 これが一夏の生涯で、初めて墓まで持って行く必要ができた秘密である。

 どうやって誤魔化そうと、汗がダラダラ、目を白黒させる一夏への支援砲火は意外な所からやって来た。

 

「……おい一夏、1つ聞きたい。なんで、お前は朴月とそんなに仲がいいのだ?」

「え、あ、箒……さん?」

 

 ただし、その砲火の矛先は一夏自身に向いているが。

 

「さっきから黙って見ていれば、休み時間も所構わず親しげにして……昨日だって、一晩中わたしと一緒だったというのに朴月の話ばかり……あんな自然な笑顔も、朴月にしか見せんし……もしや、その、お前達は……もう……付き合って……」

「はぁ? 何言ってんだよ箒?」

 

 箒の口が進む度に消え入りそうなボリュームになり、最終的には蚊の鳴くような声まで身体も縮めてしまう。俯き、このままガイアと一体化しそうな勢いで表情も視線も沈んでいる。

 ここで、ようやく姫燐は悟った。

 

(ほうほうほう……さては篠ノ之の奴、一夏のことが……)

 

 先程までの一夏に対した辛辣な反応も、幼馴染の自分より、言ってしまえば新参者の姫燐と一緒に仲良さそうにしているのが気に入らなかった故の嫉妬からで、しかもずっと外を眺めてるフリして、休み時間の様子までしっかりチェックしてるんだからこいつはもう大当たりで間違いないだろう。

 なんだ、ずっと不機嫌そうな顔してるだけの奴かと思ってたが、普通に可愛い所もあるじゃねぇかと、姫燐の両頬がつり上がる。

 

「安心しな。オレとこいつはそんな仲じゃない」

「でも、昨日のアレはどう見ても……」

 

 本人が否定しても昨日の告白紛いが、どうしても箒の心に引っかかる。

 まぁ、アレで誤解しない奴は隣で「何がどうなってる姫燐、説明してくれ」って顔をしてる唐変木くらいなものだが。

 

「大丈夫だ。オレがこいつを好きになるなんて、ヤ○チャが時○天に勝つくらいありえん」

「た、例えはよく分からんが……なぜ、そこまで言い切れるのだ?」

「う……それはだな……」

「俺が説明するよ、箒。キリは同性ントセィャ!?」

(お前は黙ってろバードヘッド! 昨日言ったこと早速忘れたか!?)

 

 箸の先端で一夏のKOMEKAMIを打ち抜き、強制的に口を塞ぐ姫燐。

 自分がガチ百合であることは、決して口外してはならない。

 あの後、姫燐が一夏に取り決めとしておいた事である。

 普通の人間に実は隣の人は同性愛者で、君を狙っている。と、口添えしたらどうなるだろうか? 少なくとも、一般常識を忠実に守っている人間からはドン引きってレベルじゃないくらい引かれて罵倒のフルコンボを受けるだろう。

 無論、そういうこと(キマシタワー)にバッチ来いな人だって居るだろうが、極めて少数派だ。彼女は、自分がその少数派だと自覚していた。いつの世だって、少数は多数に迫害される定めにある事は歴史が証明している。

 彼女はそれを見越し、文字通り相手を『堕とす』事を目的とするプランを画策していた。

 自分がレズであることは一夏と自分だけの秘匿とし、狙った女性とは始めは友人として接近し、そしてフラグと親密度を徐々に構築し、最終的には共に禁断の園へ堕ちて計画通り……! と、ほくそ笑む。新世界の神だって、3流悪役のように逃げ出すだろう完璧な作戦だ。

 これなら、例え相手がノンケだろうと関係ない。自分から合意の上で百合の花咲き乱れる世界に堕ちてくれるのだから。

 ……ぶっちゃけ、そこら辺の結婚詐欺と似たような手口ではあるが。

 だが当然、コレには相手に自分はレズでは無い……つまり相手に警戒心を抱かせないのが最重要で、いま一夏がしようとした事はこの作戦の根底すら台無しにしかねない危険な行為だったのだ。

 

「あー、とにかく! オレはコイツとはそんな関係じゃない! 以上!」

「そ、それでもだな……」

 

 クィックィッ

「?」

 

 姫燐はそれでも納得しない箒を手招きするような手付きで呼び寄せると、決して一夏に聞えないように彼女の耳元で囁き始めた。

 

(篠ノ之、お前一夏の事が好きだろ?)

(なッ、ば!??!? 何故その事を!!?)

 

 そらアレで分からない奴なんざ、この広い地球上を探しても絶対に……横でノックダウンしているド天然記念物以外はいないだろう。きっと。

 

(落ち着け、篠ノ之はコイツがそう簡単に堕ちると思ってんのか?)

(あ……)

(ハッキリ言ってコイツはギネスブック級のニブチンだ。初見でコイツを堕とすとか、まだナ⑨ンボールセラフを無傷で落とす方が楽に思えてくるぜ。幼馴染ならその辺は分かってるだろ?)

(た、確かに……そうだな。冷静に考えてみれば奴を初見で堕とすなんて、剣道で竹刀を投げつけて一本を取るくらいあり得ないことだ)

 

 自分から言い出しといて何だが、幼馴染にまでこれ程こき下ろされるとは。

 少し出た汗を拭いながら姫燐は続ける。

 

(だから安心しな。オレと一夏はただちょっと初日にウマが合って仲良くなっただけで、別にアンタの獲物を横取りする気はねぇよ)

 

 アンタ自身を横取りする気は満々だが、というのは胸の内に仕舞ってそっと鍵をかけて。

 

(そ、そうなのか? 本当に?)

(ああ、オレのもっとも大切にするコレクションに賭けて誓う)

 

 因みに、言うまでも無く殆どが表紙にR―18と書かれた百合モノのゲームや薄い本である。

 

「そ、そうか。疑って悪かった……」

「いいさいいさ。あ、そうだ、だったら今度お互いの事をもっとよく知るためにお茶でもどうだ? その後はホテ」

「う、う~ん……」

 

 ここでようやく、一夏が黄泉の川から無事生還を果たした。

 

「お、やっと還って来たか。一夏」

「う、うん? ここは……さっきまで俺、知らないお爺さんと話してたはずなんだけど」

「そうか良かったな、盆じゃなくても会えて」

 

 まだハッキリしない頭と痛む米神を押さえる一夏を無視して、姫燐はラーメンのスープを飲み干す。

 

「ほんじゃま、篠ノ之の誤解も解けた所で本題に移りますか」

「「本題……?」」

「いや、一夏。お前は聞くなよ……」

 

 小首をシンクロさせる変なところで仲が良い2人にツッコミを入れながら、彼女は水を氷ごと一気飲みし、本題を切り出した。

 

「どうやってオルコットの奴の天狗ッ鼻を叩き折るか、だ」

「あ、ああ、そうだな」

 

 おまえ絶対に今思い出しただろ……とか言うのも今更なのでスルーを決め込む姫燐。

 

「ハッキリ言うぜ。お前がオルコットに勝てる確率は客観的に見て今のところ……」

「今のところ……?」

 

「0だ。勝機もキボーもありゃしない」

 

 一夏も予想はしていたが、正面からストレートに言われると若干ヘコんでしまう。

 

「だ、だが一夏には専用機が用意されるはずだ。それなら……」

 

 すかさず箒が疑問を口にした。

 専用機……本来は各国の代表や企業にのみ与えられる、パイロット独特のカスタマイズが施された文字通り個人専用のISだ。その大体は量産機とは比べ物にならないスペックを兼ね備えており、単一仕様能力という物を発現する物まである。

 超簡単に言ってしまえば、赤い3倍の角付きのようなモノだ。

 

 だが、姫燐はその意見をつまらなそうに吐き捨てる。

 

「専用機なら尚更だ。織斑先生に問い詰めた所、お前の機体が届くのは仕合当日になるそうだぜ」

「いつの間にそんな情報を……」

「当然だ、戦いにおいて情報は何よりも重要な剣であり盾だからな。ったく、しかも到着予定時刻が仕合の数分前とかアホか。『一次移行』すらしてるヒマ無えっつの」

 

 一次移行―――専用機とは言え、そのコアは初めからその人間に合わせられている訳ではない。

 ISには、意識に似たような物がある。曖昧だと言われても、それを司るコアの仕組みが判明していないので似たような物としか言えないが、ともかくISのコアは操縦時間と比例して操縦者特性を理解していくのだ。それができて、ようやくその機体は本当にソイツ専用のISとなるのだ。

 ところで、何も知らない無垢な子を私色に染め上げるって激しく萌えないか? 少なくともオレは超萌ゑる。と、一夏への説明を締めくくる姫燐。

 

「さ、最後はともかく、一次移行のことは分かったよ……」

「それにだ。スペックも分からない。武装も分からない。安全性もわからない。んな分からん尽くしな兵器、戦場で使えるかってんだ」

「しかし、ならばどうするのだ? 機体が無いのではどうしようも……」

「有るじゃねえかISなら。この学園に腐るほどな」

 

 一瞬、彼女の言い分が箒には理解できなかった。

 それはつまり……

 

 

「一夏に、第二世代のISで戦えと言う事か!!?」

 

 

「オフコース、当然だろ? 機体が間に合わないんだからさ」

「だ、だからと言ってだな……」

「分かってる、相手は第三世代だ。機体スペックには、埋めがたい差ができるだろうな。だがそれでも、訳のわからん新型でぶっつけ本番するよりは遥かにマシだ」

 

 今、学園で訓練用などに使われている第二世代と、代表候補生が持つ第三世代ではカタログスペック上、比べ物にならない差がある。だが、それでも今の一夏が置かれた状況はそれ以前の問題なのだ。

 

「じ、じゃあ、どうするんだよ。最新機でも勝ち目が無いのに、旧式の機体で勝ち目なんて本当にあるのかよ?」

 

 一夏が上げる当然の疑問に、にっしっしと悪い笑顔を浮かべ、待ってましたと言わんばかりに姫燐は声を張り上げた。

 

「いい質問だ。んじゃ、最初のお勉強だ一夏。何で人類は今、生態系の頂点に立ってるんだと思う?」

「な、なんでって……」

「大きさはゾウに劣る。力はゴリラに劣る。速さはチーターに劣る。寿命すらコイに劣る人類が、なんで今この星を我が物顔で支配してるのか? その答えは……ここだ」

 

 そう言って彼女は、自分の頭をコンコンと突いた。

 

「頭脳……頭だと言いたいのか?」

「正解だ篠ノ之。人類最大の武器はここ、知能だ。いいか、一夏」

 

 

「『戦術』ってのはな、『作戦』次第でいくらでもひっくり返せるんだよ」

 

 

「作戦次第で……ひっくり返せる……」

 

 本当に、できるのか。本当に、俺はセシリアに勝つことができるのか?

 まだ見ぬ強敵と、果てしなく弱い自分から来る不安に押しつぶされそうな一夏を、心底楽しそうに横目で見ながら姫燐は席を立つと、ポンと彼の肩に手を置いて、

 

「このオレに任せな。必ず、お前を勝者にしてやる」

 

 力強い、芯の通ったハッキリとした声で彼女は言い切った。

 その何時どんな時であろうと臆さず、怯まず、ただ目の前の困難に堂々と笑みすら浮かべて立ち向かうその姿は、自分の姉と―――自分がもっとも憧れる者の姿と重なって……だからだろうか。

 

「……ああ、信じてる。姫燐」

 

 彼が一切の迷いなく、そう答えることができたのは。

 

 一夏の答えが余程気にいったのか、彼女は更に嬉しそうに口元を歪まると、ステップとターンとスピンを織り交ぜて出口の方へと走って行った。

 

「お、おい、どこに行くんだよ、キリ!?」

「ん? ああ、そうと決まればこうしちゃ居られないからな。色々と下準備を、ね」

「ま、待て朴月! もうすぐ予鈴が……」

「山田ちゃんには、朴月は腹痛と目眩とヘルニアと虫歯とL5が同時に発症して保健室で寝込んでます。と、でも言っといてくれ~~~~!」

 

 ずいぶん色々と重症な嘘を言い残して、颯爽退場する銀河……ではないが美少年のような少女。

 後に残るは、さっきの姫燐の奇行を噂する周りの喧騒だけ。

 決して静かでは無いと言うのに、置いて行かれた一夏と箒の2人にはとても、とても深い静寂が訪れたような気分であった。

 

「ホント台風のような奴だな、アイツは……さて、俺達も戻るか。箒」

 

 一夏も席を立ち、身体をほぐす。身体が、先程と比べて随分と軽かったのが不思議だった。

 大丈夫、不安は無い。きっと、俺とキリならやれる。今はそう信じよう。

 

「……ああ、そうだな」

 

 あれ? なんでまた不機嫌なんだ箒は?

 

「……信じてるだと……私も……言わ……こと無い……」

 

 まぁ、いいか。今はただ、1週間後のセシリアとの決戦に集中しなくては。

俺は強くなるんだ。こんな所で、つまづいてなんかいられない!

 一夏は自然と、強く、強く己の手を握っていた。

 

 

 

 彼等に訪れた最初の試練。

 見える茨はとても刺々しく、道は果てしなく真っ暗だ。

 だが、彼等は躊躇わない。ただ、己の誓いと決意に恥じぬ様に進むだけである。

 

 

 

 

 その後、一夏が5時間目が始まった所で何も食べていない事に気が付き、午後の授業が地獄だった事と、姫燐が食堂を出てすぐ、廊下を全力疾走している所を千冬に見付かり、椅子に縛られた状態で午後の授業を受けるハメになったのは、非常に恥ずかしい余談である。


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