IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第16話 「キルスティン」

 第三アリーナ、メインルーム。

 いくつも設置された巨大なモニターと、素人目では何が何だか分からないであろう複雑なコンソールが多数設置されたSFチックな部屋の中心に、一つだけ真っ黒な座椅子がある。そこに座る人間は一切の機材を操る必要が無いが、代わりに機材なんかよりも遥かに複雑怪奇な人心を操作しなくてはならない。

 そんな場所に彼女、織斑千冬は座っていた。

 

「山田先生、アリーナ内部の状況はどうですか?」

 

 砂嵐のみを写すモニターの前に座るオペレーターの一人――山田真耶に、湖水のように冷たく揺れぬ声で現状を尋ねる。

 

「まだ、詳しい情報は分かっていません――ですが、先程から執拗に受けていたクラッキングがピタリと止みました。システムも、じきに復旧するはずです」

「……そうですか」

 

 模擬戦が終わるのを待っていましたと言わんばかりに、突如として奪われたメインルームのコントロール。このアリーナに関する全権が詰まった心臓部と呼んで差し支えない場所は、抵抗する暇すらなく一瞬にして何者かの手中に――いや、千冬にはその何者かに、確信と呼んでいい心当たりがあった。

 世界最高峰のセキュリティを誇るIS学園。その中でも更に厳重にロックが掛けられた、IS同士が火花を散らし、大勢の観客が集まる闘技場。本来ならクラッキングなどあり得てはならないこのフィールドを、息を吐く間すら与えず奪い取る不可能をやり遂げてしまうのは、やはり世界を独力でひっくり返すような不可能をやり遂げてしまうような人物しか居ないだろう。

 

(ならば……大した事態にはならない……はずだが)

 

 そんな人物の気性を、千冬は誰よりも理解していると自負している。

 間違いなく一夏は無事だろう。千冬が知るアイツは『認識している』数少ない人間を、無意味に傷付けるような真似はしない……無意識に、なら数えきれないが。

 だが、アイツにとっては喚くだけの雑草とも変わらぬ『認識されていない』その他大勢は分からない。観客席は、その気になれば換気の遮断すらもしてしまえるが……これも問題無いだろう。

 そんな事をしては、自分との関係に致命的な決裂が生まれてしまう。無論、千冬自身もそんな暴挙を犯せば、たとえ相手が親友だろうと許すつもりはない。故に、観客席の生徒達も無事。

 ならば最大の心配は――アリーナ内部に居た鈴音だ。

 モニターは先程から砂嵐しか写さず、アリーナ内部で何が起こっているのかは分からない。だが、何度か激しい揺れや爆音はこの管制室にも届くことがあり、それらが意味することを連想するのは非常に簡単であった――非常に容認しがたいことではあったが。

 

「戦闘は……終わったのでしょうか?」

「ええ、恐らくは」

 

――どのような結果にしろ。

 

 そう続けるのは、オペレーターたちの無用な心配を煽るだけなので止めた。

 アイツが何を送り込んできたのかは分からない。だが、一夏の白式はエネルギーが底を尽きかけ、鈴音の甲龍にいたっては丸腰だ。あのような状況下で、いったいどれほどの対処が出来ただろうか。あのヒヨっこ達に。

 

《こちら突入班。管制室、聞こえますか》

「こちら管制室。どうした」

 

 頭に付けているヘッドセットから、アリーナへ突入を試みていた部隊からの通信が入る。

 

《生徒達の避難は完了しました。引き続き、爆薬のセットに取りかかりたいのですが》

「わかった。では、引き続き」

《待って下さい、ただ少し問題が》

「なんだ、何が起きた?」

《実は、避難しそびれた生徒が二名いるみたいなんです。なんど確認しても居ません。このままゲートを爆破するのは、その二人に危険が及ぶ可能性が》

「……なんだと?」

 

 思わず噛みかけた奥歯を、止める。上の動揺は下に伝わる。この場は、既に何が起きるか分からない戦場と同じ。冷静さを失った奴から、血煙に消えていく。

 だから、織斑千冬は殺す。感情を、願望を、自分自身を。

 この身を常に最善を実行し続ける冷たい機械と化して、目の前の緊急事態に当たり続ける。

 

「誰だ、誰が居ない」

《はい、所属は二人とも一年一組。名前は「セシリア・オルコット」》

 

 あのバカが。思わず呟きかけた言葉を何とか飲み込む。

 どのような手段を使ったかは分からないが、恐らくオルコットもアリーナの内部だろう。そしてもう一人も何となくだが予想は付く。と言うより、このもう一人がオルコットを扇動して、自身もアリーナの中へ突入したと見るのが正しいだろう。

 あの生徒なら、やりかねない。そういった一種の、信頼に似た確信が千冬にはあった。

 

「やった! モニター、復旧します!」

「……ッ! そうか、映してくれ」

 

 丁度いいタイミングであった。これで、全ての予想に裏が取れる。

 左耳で通信を聞きながら、千冬は正面のモニターを見つめる。

 そして――これは少し未来の話であるが、数秒後、千冬の予想は当たり、そして外れる事になる。この時ばかりは鉄面皮を持つ彼女ですら、驚愕を隠し通すことが出来なかった。

 しかし、誰が予想できただろうか。

 

「正面モニターに、あと3……2……1……映ります!」

 

 これから映るであろう、信頼している自分の生徒が、

 

《もう一人は――》

 

《朴月姫燐》

【キルスティン……隊長?】

 

 在るはずが無い二つ目の名で、呼ばれるなど――

 

 

第一六話 「キルスティン」

 

 戦闘を終え、地面に着地すると同時に姫燐は片膝をついて左腕を押さえた。

 激痛に苛まれ、今にも途切れそうな意識を、歯を食いしばり繋ぎとめる。

 

「大丈夫か、キリ!?」

 

 自分も先程の戦闘で傷だらけだというのに、それを意にも関せず駆け寄る一夏に続き、ISを解除して鈴とセシリアも彼女の傍へ走る。

 

「全く、よくやるわよ。そんな傷で……」

「本当に……お見事でしたわ、姫燐さん」

 

 瞳に薄ら涙を溜めながら、彼女の健闘を称える二人に対し、無言で俯いたままの姫燐。だが先程から放っていた、全てを拒絶するような殺気は大分薄れていた。

 

「とりあえず、早く医務室へ行こう。傷を見て貰わいッ、たたた……」

「一夏は、自分の傷も見て貰わないとね」

「だ、大丈夫だ。かすり傷だって、このくらいキリに比べれば……」

「……チッ」

「ハハッ、姫燐。いくらなんでも、それは酷くないか?」

 

 軽く鳴った彼女の舌に、一夏は苦笑いを浮かべながら、

 

「読み違えたかッ……!」

 

 再び彼女の声色に、死臭がまとわり付いていることに、気づいた。

 

「なっ……なんですの、この揺れは!?」

「じ、地震!?」

 

 姫燐の声に呼応したかのように、地面が、第三アリーナ全体が轟音を立てて揺れる。

 これが地震であったなら日本ではさして珍しいモノでも無いが、彼等が知っている地震は地面がひび割れて隆起しはしないし、何よりも地中から甲高い機械音を響かせ――

 

「はいぃ……?」

「なにこれ……ふざけてんの……?」

 

 雨後のタケノコのように削岩機――つまり『ドリル』が生えてきたりは決してしない。

 

「あ……えっと……ど、ドリル、なんで?」

 

 唐突に第三アリーナに出現したドリル。ISを装着した姫燐たちの身長よりも更に大きくぶっとい、あまりにも非現実的すぎるこの存在は、さっきまで命がけの緊張感に身を晒していた彼等にとって、最高にタチの悪いジョークにしか思えなかった。

 

「え、えーっと、もしや技術大国日本では、救援にこのような機械を使っていますの?」

 

 歯切れの悪いセシリアの疑問に答える人間は居ない。

無視された訳では無く、ただ単に全員理解が追いついていないだけである。

 プシュゥゥ、と炭酸が抜けるような音が鳴ると共に、ドリルの先端から割れ目が入り、

 

「はぁ~、シャバの空気は美味いでござるな~」

「……酸素マスク。外してないけどね」

 

 パックリ展開されると同時に、中からゴツい対圧服に身を包んだ人影が大小二つ、能天気なやり取りをしながら現れた。

 

「むぅ、ノリが悪いでござるよ。ここは日本独特のKYという言葉に従い、一句詠むくらいはしなくては」

「……バカ。それはKUをYOむんじゃなくて、空気を読めという意味。つまりお前が今、一番しなくてはならないこと」

 

 などと言いつつ、小さな方も一緒にドリルの中から現れている以上、同レベルに空気が読めていない。

 とりあえず一夏は、目前の対圧服達に向かってコミュニケーションを図ってみる。

 

「あ、あの~……アンタ達は?」

「おおー、君が織斑一夏でござるか! やっぱ生は一味違うでござるなぁ。あ、写真一枚いいでござる? 拙者も生で見るのは初めてでござるから記念に、んんっ、折角だし一緒に写っちゃうでござる?」

「……いらない。さっさとやろう?」

「むぅ……了解、でござる」

 

 なぜこんなにもハイテンションなんだろう? ござるござると謎の語尾を連呼する、声から察するに同い年くらいであろう少女達は、一夏の質問を無視してヒートアップを続ける。

 この場の誰もが、彼女達の無茶苦茶で無軌道で無神経なノリに付いて行けず、茫然と成り行きを見守るしかなかった。

 

「いやはや、こんなにもイケメンなお主にこんなことを頼むのは、非常に心苦しいのでござるが……」

 

 申し訳なさそうに背の高い少女はスッと、初対面の相手に名刺でも取り出すような、ごく自然な動作で、

 

「一発、パスッと死んでくださるでござるか?」

 

 胸元から引き抜いた、サイレンサー付き拳銃を一夏に向け、トリガーを――引いた。

 

「えっ……?」

 

 彼女の言う通りパスッ、と気が抜けるほどに軽い音とノリで撃ちだされる凶弾。

ここでようやく一夏にも、彼女達について一つだけ理解できた。

 そうだ、彼女達のような人間は、行動に理由も理性も理論も無い人間は、人を躊躇いも無く殺そうとする人間は、

 

――すべからく、狂っているのだと。

 

 一夏の額へ真っ直ぐ飛来する弾丸は、そのまま彼の額をぶち抜く――ことを、やすやすと許す彼女ではない。

 

「ほほぉ、中々に」

「……いい反応」

「キ、キリ!」

「フゥー……フゥー……!」

 

 自らの背を盾に凶弾を弾く姫燐。しかし、一夏の前に立つ彼女の姿は、荒い呼吸と共に大きく上下し、フラフラと今にも倒れてしまいそうな程に不安定だった。

 

「その破損と出血でここまで動けるとは、執念と言うか何と言うか」

「……呆れる」

「ハァーッ……ァガアァァァァァァァ!!!」

 

 疲労、出血、激痛。視界から色が失せて、五感が消える。

 だとしても、雄叫びで自らを奮い立たせ、彼女は自分の成すべき事をただ――敵の殲滅を!

 理性は既に擦り切れていて、最後に残った闘争本能が地面を蹴り飛ばす。

 半壊かつ中身は重傷であろうと、なおISの突進は対圧服程度しか装備していない人間ならば紙屑のように吹き飛ばせるだろう。ターゲットの喉笛めがけ、姫燐の手刀が空を切る。

 

「でも、とても気の毒なのでござるが」

「……お前達だけじゃない。その兵器を持ってるのは」

 

 二人の狂人が、共に首元についたチョーカーに触れた。

 長身の方は二つ絡み合った竜の形を、片や低身長のほうは揺らめく炎の形をしたレリーフが輝きだす。IS学園の生徒達にとっては、見慣れ過ぎた装着の光。

 

「な、まさかあの方達も!」

「姫燐ダメっ、下がって! アイツらはッ!」

 

「カモン、『撃龍氷』」

「……来い。『ハイロゥ・カゲロウ』」

 

 耐圧服を吹き飛ばし、暴風と爆炎を纏い、機身は現れる。

 片や、レオタードを纏った身体で背負うように、巨大なユニットを装着していた。ただ、そのユニットには、爪や、翼や、尻尾があり、頭は彼女の頭脳を喰らうかのように被さり、目元を隠している。手にした長大な両剣からは、白い霧が立ち込めていた。

 人と竜が混じり合うワインレッドの異形――「撃龍氷」。

 片や、小柄な体躯とは裏腹に、人間一人なら鷲づかみ出来そうなほどに巨大な両腕を発現させる。そのフレームの隙間から除く金属は赤熱化しており、危険なほどの高温を常に纏っていることを誇示して止まない。熱を帯びたISとは対照的に、顔を隠すバイザーから僅かに覗く表情は不気味なまでに不動。

 巨大な両腕で裁く灰青色の獄炎――「ハイロゥ・カゲロウ」。

 二つの狂気が今、世界最強のチカラをその身に纏った。

 

「んじゃ、アレよろしくでござる」

「了解……」

 

 ハイロゥ・カゲロウが前に出て、シャドウ・ストライダーの手刀を左手で軽々と掴み取る。そして、流れるような動作で無防備なキリの胴体へ鉄拳を叩きこんだ。

 

「ごっ……ふっ……」

 

 ほぼ全てのエネルギーを消費したシャドウ・ストライダーの装甲は、もはや只の鉄板とそう変わりなく、その衝撃はほとんど軽減されずダイレクトに彼女の腹部を貫く。

 限界に限界を上乗せするような一撃は、簡単に姫燐の意識を刈り取った。

 

「あらら、もうダウンでござるかぁ。張り合いない」

「キリッ! お前ら、キリを離せ!」

 

 声を荒げる一夏に、異端な外見とは裏腹の挑発的な態度で撃龍氷が返す。

 

「やーでござるよー。もうコレは拙者たちの戦利品でござる」

「……然り。だから、何をしてもそれは……」

 

 ハイロゥ・カゲロウの右手から、真っ青な炎が噴き上がり、

 

「ワタシたちの、自由」

「ッ!?」

 

 その燃え盛る炎とは対極に、一夏達の背筋が凍りついた。

 

「あ、そこの二人、動いちゃダメでござるよー?」

「……ロースト。動いたら、今すぐにでも」

 

 再びISを展開しようと意識を集中していたセシリアと鈴の動きが止まる。狂っていながらも垣間見せる、適切な状況判断力。鈴は奥歯を噛み締めながらも、そこに賭ける価値を見出した。

 

「あ、アンタら分かってんでしょうねッ!? ソイツはIS学園の生徒なのよ! 殺したら、全世界から追われるハメになるわよッ!」

 

 全世界から将来有望な生徒が集まるIS学園。そこの生徒がテロリストによって殺されたとなれば、黙っている国家は居ないだろう。どの国も己の威信を賭け、どのような手段を用いても、どれほどの時間がかかろうとも、必ずや犯人に裁きを下すため動きだすはずだ。

 例え専用機を持っていようとも、生き残れる可能性は皆無と言っていい。

 だが、それでも撃龍氷は嘲笑うかのような笑みを絶やさず、

 

「そうでござろうな。多分、拙者達は3日もかからず殺されるでござろう」

「なっ……!?」

 

 さも当然、道理の通らぬ愚か者に言い聞かせるよう、彼女は続ける。

 

「織斑一夏を含めたここに居る全員を道連れに、人生の幕を引くのは最後の最後な大立ち回り。拙者達にこんなオモチャと技術を与えやがった奴らへ、感謝の気持ちを叩きつけてやる丁度いい機会でござる」

「そんなっ! 貴方達、何がしたいんですの!?」

 

 織斑一夏も殺し、自分達も死ぬ。

 コイツ等がどこの国家、組織に属しているのかは分からない。だが、専用機まで与えられるほどの人物が使い捨ての鉄砲玉である可能性は限りなく低い。人材はまだともかく、世界に467機しかないISは量産機であろうとそんな気軽に使い捨てられる物では無い。

 それに今、敵が口走った「与えやがった」という言葉。即ちそれは、コイツ等は個人ではなく、ちゃんとした上――即ち黒幕が存在するということと同意義だ。

 つまり、今考えられる一番の可能性は――鈴は、頭に残ったある可能性を口にする。

 

「つまり、アンタら……私念で上の命令無視って暴走中って所かしら?」

「……流石。腑抜けても、代表候補生に選ばれるだけはある」

「ふっ……腹立つほどに、その通りでござるなぁ」

 

 不愉快に歪んだ彼女達の顔面を見て、鈴は口であろうと一発返してやれたという快感以上に、この絶望的状況への震えが止まらなかった。

 もし奴らが、後先を一切考えない暴走状態だというのならば、目的が自分達をただ殺すだけなのだとしたら、

 

「だから、まず一人サクッと焼いてストレス解消といこうでござるか」

「……了解」

 

 それは今、まさに消されようとしている姫燐を助ける方法が、自分達には無いという事実へと繋がるのだから……。

 

「や……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 一夏が雄叫びを上げながら、弾け飛ぶように二機へ突進する。

 だが、余りにも蛮勇で無謀で非力。ISを展開できない少年のスピードなど、彼女達にとってはスローボールよりも更にスローであり――

 

「はい、お主は後でござるよー」

「うわぁぁぁぁぁ!!?」

 

 ワインレッドの異形が振るう両剣から発射された深紅の氷柱を足元に打ち込まれ、その衝撃で一夏は背後に吹き飛ばされ地面を転がる。

 コイツ等は本気だ。もはや、迷っている暇など無い。武装はセシリアのスターライトMKⅢとインターセプターしか無く、鈴に至っては丸腰……それでも、勝負をしかけるしかない! 二人はそれぞれの待機状態のISに触れ、

 

「一夏ッ! アンタら、もう容赦へっくち! な、なにこれ寒っヘクシュン!!」

「くしゅん! うう……こ、この白い霧はまさか……冷気!?」

「ようやく気付いたでござるか、思ったより鈍いでござるなお主ら」

 

 ISを展開するために眼を閉じた二人の集中力が、撃龍氷の両剣からずっと発せられていた白い霧――肉眼に見えるレベルの冷気で掻き乱される。

 敵に冷やされていたのは、胆や背筋だけではなかったのだ。肌の露出が多いISスーツを見に纏う二人にとっては、充分危険なレベルにまで既に第三アリーナ一帯の気温は低下してしまっていた。

 手や太ももを擦り合わせて再び集中しようにも、吐く息すら凍り始めたこの空間では、空気を吸うだけで冷気は肺に突き刺さり、肉体の震えも止まらない状態では集中など出来よう筈もない。

それどころか神経伝達すらマヒし始めたのか、真っ直ぐに立つことすら困難になった二人は地面へとへたり込んでしまう。

 

「くそっ……出なさいよ……このっ……」

「あ、ああ……まさか……こんな方法でっ、ISを封じてくるなんて……」

「そ、専用機持ちだろうと、纏っていなければ所詮ただの人間でござるからなぁ……こんな風に少し温度を下げるだけで、簡単に凍えて動けなくなるんでござるよ」

 

 物理と心理に吹く冷風が、セシリアの身体から活力を奪っていく。

 大切な人が殺される。また、わたくしは愛する者を失ってしまう。そんな考えたくもない絶望など受け入れられる筈も無いのに、ISは動かせず、この状態では織斑一夏のように身体一つで助けに動くこともできない。

 そもそも、動けたとして自分はあの人を助け出せただろうか……? 自分は、彼女にあれ程の温もりを与えて貰いながら、何も返すことが出来ずに見殺しにしてしまうのか……? 彼女は、朴月姫燐は、こんなにも弱く、惨めな自分を唯一――

 

――認めるよ――

 

 トクン、と心臓に篝が投げ込まれる。

 

――誰がどれだけお前を貶そうとも――

 

 そう、あの日、彼女がこんな自分に優しく言い切ってくれた言葉。

 

――オレが何度でも張って言い切ってやる――

 

 大切な思い出を、それが全てだと思えたあの瞬間を……そして、この言葉は、彼女が自分に向けてくれたこの言葉と笑顔だけには!

 

――セシリア・オルコットは大した奴だって――

 

 セシリア・オルコットという存在全てを賭けてでも、裏切っていい訳が無いのだと! だから!!

 

「ブルゥゥ……ティアーーーーズ!!!」

「おうっ!?」

「えっ」

 

 二人の顔に、初めて想定外の事態に直面した驚愕が浮かぶ。

 セシリアの叫びに答え、ブルーティアーズは再び発現した――右腕のみ、であったが。

 

(そっか、部分展開ッ! その手があった!)

 

 イメージによって装甲の展開速度が変わるISにとって、全身を出現させようとすれば、当然そのプロセスは冗長になる。その途中に集中を乱せば、光の粒子は鋼鉄と化す前に塵と消えてしまう。

 だからこそ、この代表候補生は腕のみの装着を実行したのだ。腕だけなら、熟練したパイロットなら本当に一呼吸すら必要ない、ほんの一瞬だけ意識を研ぎ澄ませば装着できる。

 別にやってのけた事そのものは脅威ではない――だが、それをこの絶望の中で思いつき、咄嗟に実行してみせたからこそ、この女は撃龍氷とハイロゥ・カゲロウにとって、

 

――この女は、敵だッ!

 

 まるで暇を潰している最中のようだった、どこか真剣みに欠けていた二人の表情が、一瞬で殺戮者のそれに引き締まる。だが、それでも今動き始めた二人より、今まさにスターライトMK3のトリガーを引こうとしているセシリアのほうが遥かに速い!

 トリガーが引き絞られ、光の弾丸が姫燐を拘束するハイロゥ・カゲロウの左手を打ち抜く。

 

「ぐっ……」

 

 シールドバリアーに守られていたとはいえ、関節部に弾丸の直撃を受けたハイロゥ・カゲロウは姫燐を掴んでいた手を離してしまう。

 

「チいッ!」

 

 被弾した相方を一瞥すらせず、撃龍氷の背負った飛竜型のユニットからガトリング砲が二門排出され、彼女の肩に担がれ回りだす。

 狙いは当然、まだ腕以外にISを纏って無い眼前の敵。一撃で仕留められる獲物に定めた狙いが――また別の龍によって、大きく外された。

 

「ちぇぇぇぇぇい!!!」

「ぬがっ!?」

 

 いつの間にか両足だけを部分展開し、こちらの元まで飛翔していた甲龍の飛び蹴りがクリーンヒットし、撃龍氷を横へ大きく吹っ飛ばす。

 

「くっ……」

 

 小癪な目の前のISを焼き払おうと、ハイロゥ・カゲロウも腕を甲龍へ――向けなくてはならないのだが、

 

「邪魔……するな!」

「当然、嫌でござりますわ!」

 

 それが、相方のムカつく口調を中途半端に真似するムカつく狙撃主の止まない射撃に遮られる。

 

「もういっちょぉぉ!」

「なめ……るな!」

 

 ハイロゥ・カゲロウの脳内に、リスク計算が瞬時に走る。

 例え、直撃を何発か貰うことになっても……ここは目の前の機影の排除が最優先。

 足を踏ん張り、直接身体に当たり始めた弾丸の衝撃を堪え、目の前の敵に両腕を向け、灼熱の業火が目の前の敵へ照射される――はずだった。

 

「……えっ?」

 

 思考が硬直する。炎が焼き尽くしたのは、バリアが展開される第三アリーナの天空のみ。

 身体が吹き飛ぶ。敵のISに全力で蹴り飛ばされ、小さな身体と大きな腕が、呆気なく宙を舞う。

 そして最後に、視界が捕らえる。仰向けに転がりながらも、空へ拳を突き上げる戦利品だったはずのISを、その右手から噴き上がる煙を!

 してやられた。奴が、火を噴き出す瞬間、なんからかの手段でこちらの腕を跳ね上げたのだ!

 傷付けられた肉体とプライドの痛みに奥歯を砕かんほどに強く噛み締めながら、ハイロゥ・カゲロウはアリーナの壁に叩きつけられた。

 その姿を確認する間もなく、鈴はすぐさま姫燐へと駆け寄る。

 

「姫燐ッ!」

「バカ……が……なんで……お前……」

「どっちがバカよ……もぅ、無茶して……」

 

 薄ら目尻に浮かんだ涙をふり払うように、パーツごとに部分展開を連続で行うことで、完全な形になった甲龍がシャドウ・ストライダーをお姫様だっこで抱える。

 

「姫燐さん!」

「キリ!」

 

 なんとか無事に帰って来れた二人を、一夏とセシリアが出迎える。

 

「一人で無茶しすぎだ……キリ」

「よかった……本当に、よかった……」

「……なぜ、だ……なぜッ! オレが捕まってる間に逃げなかったバカ共……!?」

 

 心からの安堵を浮かべる一夏と、顔をぐしゃぐしゃにして今にも泣き崩れそうなセシリアの姿とは対照的に、姫燐の虚ろだった表情が怒りによってねじ曲がる。

 

「はぁ!? アンタ、なぜってソレを聞く普通!?」

「そうですわ! わたくし達は、仲間ではございませんこと!」

「そうだぜ、俺達がお前を見捨てられるわけないだろ」

 

 そうじゃない。姫燐はそんな、仲良しこよしの慣れ合いが聴きたかった訳ではない。

 ただ彼女は、あの好機を逃せば、お荷物を抱えた決して少なくないダメージを受けたISが、

 

「はっはぁぁぁぁ……最ッ悪でござるなぁ、トーチちゃんや」

「……ホント。最悪」

 

 果たしてどうやって無傷のIS二機から逃げ切るのかを、聴きたかったのだ。

 フラフラと、まだ吹き飛ばされたダメージが残っているのか足取りは覚束ないが、一歩一歩、二機は互いに歩み寄っていく。

 

「自棄を起こして遊んでみれば、遊び相手に遊ばれて……」

「……屈辱。こんなザコ共に土つけられた」

 

 二人の距離が、拳一つも無いほどに近付き――互いに互いが、手の得物を突き付けた。

 

「じゃ、ザコ以下。これが終わったら拙者が、直々に隊長の所へ送ってやるでござる」

「……不要。その前に、ワタシがお前を炭にして、隊長の居る土へ巻いてやる」

 

 一見、それは只の仲間割れに見えた。だが次の瞬間、殺意に塗れていた顔に浮かんだのは――これ以上にないほどの笑顔。

 

「そうでござる……そのためにも、こんな下らない児戯は今すぐ終わらせなくては」

「……同意。これ以上足引っ張るなら、すぐにでも燃やすけど」

 

 その時、一夏の眼には、眼に見えるはずの無い彼女達の『絆』が確かに映ったような気がした。殺し、殺され、見捨てることすら当たり前でも、自分達の言葉だけの『絆』とは違う。

 互いの命すら軽口で預けられる存在、ただ一つの目的に向かうためなら互いを斬り捨てられる覚悟を共有した存在。そう、この境地を言葉にするのならば――『一心同体』。

 今の自分達とはもっともかけ離れたその強き姿に、気が付けば一夏は見惚れていた。

 自分にも、いつか現れるのだろうか? ――そんな、強さを共有できる存在が。

 

「……必要、ないな」

 

 細く、それでいて芯の通った声が、否定した。

 

「貴様らが……殺し合う必要なんざ……ない」

 

 ふらりと、伸ばされた鈴の手を振りほどいて、足を引きずりながら紺の鎧が否定した。

 

「オレが貴様らを仕置きしてやる……」

 

 腕に、金色のエネルギーを纏いながら、朴月姫燐は――

 

「ここから……帰ったらなァ!」

 

『朴月姫燐』を、否定した。

 

「……は?」

「帰った……ら?」

 

 一夏達は訳が分からなかった。どこへ帰るのだ、姫燐とコイツ等は初対面だろうが、あの重症極まりないガチレズがこんな所で発揮されてしまったのだろうか。ありとあらゆる疑念と困惑が脳内を渦巻いていく。

 そんな彼女の言葉に、同じように疑念と困惑を同じ様に抱きながらも、もう一つ――驚愕の感情を隠しきれない一団が居た。

 

「今……なん……て……?」

「……そんな、バカ、な」

 

 撃龍氷が手に持った両剣を落とし、ハイロゥ・カゲロウの身体に震えが走る。

 忘れるはずもない。忘れられる訳が無い。戦場でミスを犯す度に、幾度となく交わされたこのやりとりを、ピースが欠けてしまい二度と完成することのない筈の言葉遊びを。

 そして、欠けていた永遠に戻らぬはずのピースの名を――撃龍氷は、口にした。

 

 

「キルスティン……隊長?」


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