IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…― 作:ヱ子駈 ヒウ
赤いランプが照らすテーブルに、ジグソーパズルのピースが散らばっていた。
のどかな湖と平凡な西洋風の街並みがプリントされているだけの、面白味も何も無い絵柄のパズル。しかし、こうして赤い光に照らされていると、全てがまるで血溜まりに沈んでいるかのようで、考えようによっては意外と趣があるかも。などと、我ながら悪趣味な考えが、パズルを指先で転がす少女の頭をよぎった。
低く唸るようなエンジン音をBGMに、バラバラに散らばるピースの1つを、病的な肌色をした小さな手が握り、有るべきだと考えたのだろう場所へとハメる。
凹凸はキレイに噛み合い、またジグソーパズルは本来の姿へと一歩近づく。
兼ねてから予定されていたようにすかさず、小さな手が伸びた反対方向からピースを遊ばせていた、一回り大きな、それでも女性らしさを残したか細い指が動きだす。
ハンチング帽の下から覗く、虚ろな視線が手元の欠片が有るべき場所を捕らえ、指先が……止まる。
「……どうしたの?」
俯きがちな少女の視線が、正面に座る彼女に向けられた。
普段から瞳に輝きに満ち溢れているとは言えないが、今日は特に、濁流のような淀みが渦巻いている。愛想も可愛げも精気も無い、それは年頃の乙女としてどうなのかとも思ったが、どうせ今は自分もこんな感じの目をしているのだろう。
だから乙女と言うよりは確か――落ち武者だったか? 本に書いてあった昔のジャパンの敗残兵の姿らしいが……ああ、そうだ。それが一番似ている。
そんなことを考えて、フッ、と少女の鼻から小さな笑いがこぼれた。
「……なんなの。それ」
小馬鹿にしたような鼻笑いが癪に触ったのか、少女の瞳にようやく活気だった意志の光――いや、光と呼ぶには余りにドス黒い、ギラつくような殺気が宿る。
しかし、沈みきった少女の口調とは対照的に、必要以上におどけた様な声で彼女は返す。
「いやぁいや、傑作でござると思って」
「……なにが?」
「だって拙者達、こんな所で何してるでござる?」
「……ボケたか。とうとう」
明らかに軽蔑が篭った、軽い溜め息。
「あー、そういう意味じゃなくて。心配しなくとも、ミッションプランは完璧に覚えてるでござるよ?」
「……不明。分かりやすく、ハッキリ言え」
苛立ちを隠さない少女の言葉に、うーんと彼女は大げさに悩む素振りを見せ、
「拙者達、ほとんど死んでるんでござるなって、思って」
空っぽに、笑う。この世の全てが無価値だと信じて止まない、世捨て人のように。
「……作戦内容。カミカゼでは無い」
「だぁーかぁーらぁー、そういった肉体的な意味ではござらん」
「……哲学?」
「どちらかと言えば、精神論」
本当に、今ふと思い浮かべてみれば、非常に当然で、下らないこと。
「拙者達、ふと振り返ってみれば、なにも持ってないんでござるよな。小さいころからずっと任務と訓練ばっかで、他には夢も、目的も、家族もなぁんにも」
「……当然。だから選ばれた」
「ま、そうなんでござるけどね。けどそんなこと、どうでもよかったでござろう?」
「……うん」
本当にどうでもよかった。命令されるがままに人と戦う、人から奪う、人を殺す。それが彼女たちにとって物心付いた時から与えられた日常で、生きる日常に疑問を持つ人間が少ないように、彼女たちも自分の日常に疑問を持たない、実に『平凡な』人間だったのだ。
「でも」
「……でも?」
顎を僅かに上げて、鋼鉄の天井を、その先に広がっているだろう果てない空を見上げて、
「隊長は、隊長だけは確かに居てくれた。どんな時でも、拙者達の前に」
「……ッ!」
少女の目が見開く。歯ぎしりが鳴る。テーブルに小さな手が叩きつけられる。
「……やめて」
「いやぁ、本当に懐かしいでござるなぁ。飛び交う銃弾、弾けるミサイル、空賭けるISの分隊! それらを全て蹴散らし、圧倒する鬼神のごとき隊長のIS! 初めて見た時のあの衝撃!」
「やめろ……」
「でも辞令で同じ小隊になって、本性を知ると意外や意外。一見完璧なのにどっか抜けていて、少し照れ屋で、出撃の際には不器用に笑いながら『今日も、帰ってくるぞ』って拙者達の背中を叩いて」
「やめろと言っているッ!!!」
悲痛な叫びと共に立ちあがり、突き出された少女の左腕と首元のチョーカーが発光する。瞬間、少女の左腕は細く色白い華奢さを失い、代わりにガーネットのような黒っぽい赤色をした鋼の剛腕と化す。そして剛腕に供えられた砲身からは、少女の怒りを表すように、紅蓮の炎がチラチラと先漏れしていた。
「……この密室で火炎放射なんて使えば、そっちも無事では済まないでござるよ?」
人一人を消し炭にするには充分過ぎる火力を誇る凶器を前にしても、僅かな沈黙が生まれたのみで、先程と変わらぬ中身の無い空虚な態度は崩れない。
「……それも」
「ん?」
「……それも、悪くない。一緒に、隊長の所へ逝けるなら」
今度は、彼女も押し黙る。
別に、恐れで声が出ない訳でも、言葉が浮かばない訳でも無い。
いまさら同意に、いちいち言葉が必要な間柄でも無かったから。
「…………」
無言のまま、ハンチング帽の下で瞳を閉じた道連れに答えるように、少女もまた、眼を閉じて――
《コードネーム『ゴーレム』の沈黙を確認! 『セプリティス・リューン』、『セプリティス・トーチ』、ただちに発艦の準備を。繰り返す、ゴーレムの沈黙を――》
目が、覚める。
合成音声の無機質な声をバックに二人はしばらく茫然として――少し遅れて脱背もたれに、肺の空気すべてを吐きながら身体を投げ出した。
リューンは天井を、トーチは床を眺めて、枯れ切った声を捻りだす。
「……どうする?」
「……やりますか」
「……どっちでもいいけど一応、なんで?」
今度は素振りではなく、真剣に少しだけ考えながら、
「なーんか、もぅ色々ムカつくじゃないですか。いきなり隊長は死んだとかホザく上層部も、呑気に殺し合いごっこを楽しんでいる学園の奴らも、あとついでにこんなくッだらない世界も、最後に全部……全部全部全部全部全部全部全部ゼンブ」
「ぶっ壊してから、死んでやる」
乾いた狂気を、口走った。
「……うん。最高の、ストレス解消になりそう」
同意した、もう一つの狂気も薄らと笑う。
「でしょう? きっとキルスティン隊長にも、いい土産話が出来るでござる」
自分で言ったことだが、そう考えると急に四肢に力が篭り、虚ろな意識は鮮明さを取り戻していく。初めて味わう感触にリューンは戸惑いを覚えながらも、同時に奇妙な充実感も覚えていた。
トーチも彼女と同じような感触だったのだろう。付き物が落ちたような、スッキリとした表情を浮かべている。
「んじゃ、逝きますかトーチちゃん。最初で最後の、ホリディに」
「……了解。目一杯たのしむ」
そうと決まれば一目散。いつも以上にキビキビとした動きで、二人は部屋を後にした。
トーチと共に狭い鋼鉄の廊下を走りながらリューンは、ふと自分の手にパズルピースが握られていたことを思い出した。
これが無ければ、部屋に置いてきたジグソーパズルは絶対に完成しない訳で、街並みには不自然な穴が残り、その穴にちょっとした衝撃が加わるだけでも、パズルはボロボロと崩れてしまう。代用品も、無い。
――だけど、まぁ、いいか。
どうせ、大した価値がある訳でも無い。
永遠に完成しないなら、ゴミ箱に捨ててしまえばいい。
そんな程度の、存在なのだ。