IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…―   作:ヱ子駈 ヒウ

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第13話 「白vs龍」

「ふぅん……本気ってわけね、一夏」

 

 第三アリーナ上空で相対する愛しき男の顔を見て、鈴は背筋に冷たい感触を感じていた。

 日頃から見せる、歳相応の軽さなど微塵もない。揺れぬ湖水のように無表情で、刃のように鋭く、氷塊のように冷たい、ただ一点のみを真っ直ぐ見据えた男の瞳。

 まさしく今の織斑一夏は、抜き身の刀と呼ぶに相応しい状態であった。

 

「……聞く耳なしってわけ? 上ッ等じゃないの!」

 

 気を抜けばそのまま飲み込まれてしまいそうな、初めて見る彼の姿に、鈴はワザと大きな声で自分を鼓舞する。だが、その怒声を耳にしながらも眉1つ動かさず、 一夏は手に持つ雪片二型の柄を顔に近付けながら、鈴に突き付けるような姿勢で構えた。

 一夏が構えたのは、突きの構え。鈴は自分の読みが当たっていたことを確信した。

 

(やっぱり、またその戦法で来るのね)

 

 初戦、そして準決勝で見せた、白式の超スピードによる初手からフルスロットルで突貫する電撃戦。確かに、あのスピードからの一撃を見切るのは困難だろう。

 

(あれを見るのが初めてなら、危なかったかもしれないけど……)

 

 彼の試合は全て、しかとこの目で観戦していた。

 だから分かる。あの戦法には、致命的な大前提が必要であると。

 どれほどのスピードで来たとしても、真正面から来ると分かっている攻撃は脅威と呼べるだろうか。答えは否。古来から、突撃しか能の無い猪は狩られるが定め。

 先程の一夏の相手も、そこまでは読んでいたのだろう。

 しかし、彼の行動を読むことができても機体の方を、第三世代のISと、第二世代のISの間に有る、決定的なスペック差を軽く見積もっていたのが彼女の敗因だ。

 同じ第三世代のIS「甲龍」を操る鈴だからこそ、分かる。

 あの白いISは正真正銘の化物だ。いったいどうやったら、あそこまでの加速性能を持たせることができるのか、そういった方面には凡俗である彼女には想像もつかない。

 だが、纏う彼は違う。彼のことなら、ずっと見て来た自分だからこそ分かる。

 一夏とずっと一緒だった、中学時代のことを思い出す。

 彼は、こういった難局に余計な策を練って来るタイプではない。

 いつもそうだった。テストの時も、運動会の時も、合唱コンクールの時も。基本的に対策を練らずに行き当たりばったりで、正面から全力でぶつかれば何とかなると考えている。

 そういう少し抜けたというか、頼りない一面がまた保護欲を掻きたてるのだが……と、雑念が鈴の脳内を支配している一方、観客席の一角に座っていた箒は振りかえり、

 

「ところで、あの鳳の肩に付いている球体は何だ、姫燐?」

 

 と、友へと意見を求めるが、

 

「……………ぁ? 悪ぃ、聞いて無かった」

 

 どうにも先程から、ずっとこの調子である。

 まだどこか体調が優れないのだろうか。何を聞いても上の空で、いつもはパチクリと開かれた双眸も、今日はしんなりと据わっている。

 

「大丈夫ですの? お身体が優れないのなら、保健室に……」

「心配なら無用だ。ありがとな」

 

 箒の隣で座るセシリアの憂いを潜めた声に、手をヒラヒラさせて無理やり笑顔を作るが、あまりこういったことの機微に明晰ではない彼女でも、姫燐が無理をしていることは一発で分かった。

 

「無理だと思ったら、いつでも言って下さいまし。姫燐さん」

「サンキュな、セシリア。んにしても、空間圧作用兵器とは、また厄介なモン装備してんじゃねぇか、鈴の奴」

「空間圧作用兵器? なんなのだそれは」

 

 空間圧作用兵器「龍咆」は、その名の通り空間に圧力をかけることで砲身を生成し、その際に発生する余剰衝撃を砲弾として打ち出す事によって敵を攻撃する兵器だ。

 

「まぁ、簡単に言えば、空気を圧縮して砲身と砲弾を作る兵器だ。空気で出来てるから、人間の眼では見えないってのが最大の特徴でありアドバンテージだ。そのくせ、中々に威力がありやがる」

「まぁ! 流石お詳しいですのね、姫燐さん」

「ん……まぁな」

 

 セシリアの賛辞を生返事で返しながら、姫燐は再び彼等が舞う空へと視線を戻す。

 タイミングよく、無機質なコールがカウントダウンを始めた直後であった。

 鈴は、雑念を振り払うように深呼吸し、彼女はその手に、両端に青龍刀が付いたツインブレード「双天牙月」を虚空から引っぱりだして装備する。

 大丈夫だ、自分は勝てる。丁度いい機会だ、ここで自分の実力を思い知らせ、倒れたアイツに手を差し伸べるついでに、もう言ってしまっても良いかもしれない。

 と、また脳に咲き誇り始めたお花畑を踏み散らす様に、鈴は手に持った武器を構えなおす。

 改めて正面から見る愛しい人の面貌。無表情は変わらないが、それでも一寸のブレも無く刀を構えるその凛とした佇まいに、惚れ直してしまいそうである。だが、今だけ煩悩はカギをかけてしまい込む。

 そうしてカウントはゆっくりと、グリーンで表示された数字から、レッドの戦闘開始を告げる文字へと変貌を遂げ……瞬間、白式のスラスターから激しい音を上げて推進剤が爆発し、一夏は鈴の予想通り、こちらへと吹き飛んで来た。

 

――もらった!

 

 甲龍の両肩に対となる形で設置された2つの球体が、あらかじめ命令していた通りに作動し、唸る獣のような低くて重い音が響く。

 

「やはり、そうきますわよねぇ、普通」

 

 行儀良く座りながらも声色は心底つまらなそうに、セシリアが呟く。

 

「避けられないなら、最大火力で迎撃してやればいい……当然だな」

 

 箒が、神妙な顔つきで腕を組みながら相槌を打った。

 確かに機動力では、あの機体に勝てる奴などそうは居ないだろう。だが、戦闘は足が速いだけで勝てるかけっこのような、甘いモノでは無い。

 相手が自分より強いカードを持っているのなら、そのカードを一方的に斬り刻めるハサミを使ってやればいいのだ。

 彼女の両肩に存在する、敵が保持していない遠距離攻撃と言う名のハサミで。

イノシシ武者は依然正面。唯一の懸念であったチャージラグも、余裕で間に合う。あとはトリガーを引くだけ。

 

「バイバイ、一夏ァ!」

 

 鈴は頭の中で、己のISに龍咆の発射を命じた。

 

「だが、当然だからこそ、読みやすい」

「へっ?」

 

 どういうことですの? とセシリアは箒に尋ねようとし、口を紡ぐ。

 百聞は一見にしかず。目の前に広がる光景は、セシリアに揺るぎようもない真実を告げていた。

 

「なっ!?」

 

 一方の鈴は、理解が追いついていなかった。

 避けられた。龍咆を、あの完璧なタイミングで。

 正面へとストレートに発射した2発の空圧弾は、先程まで確かにいた筈の敵に当たらず観客席上空に張られたバリアーに当たって四散し、敵影は――

 

「ハぁぁぁぁぁッ!」

「ッ!?」

 

 上空、真上を取られた! 

 我に帰り、手に持った双天牙月で彼の一閃を防ごうとするが、

 

「零落白夜、作動ッ!」

 

 手に持った雪片二型が変形し、柄だけの形になったかと思えば、その先端から迸る青い光が刃を形成する。全てを斬り裂く、一撃必殺の刃を。

 

――ダメだ、アレは受けきれない!

 

 鈴の本能と言っても差し支えない直感が、機体を後退させた。

 それでもやはり初動の遅さをカバーしきれず、天空からの一閃が、逃げ損ねた鈴の双天牙月の片方を両断する。

 観客達は、興奮に呑まれ一斉に歓声を上げた。

 

「いったいどうやって……ま、まさか、あの男はッ!」

「そうだ、アイツは、一夏は全力を出し切っていなかった。わざとスピードを落としていたんだ」

 

 箒の動体視力は、初戦や準決勝に比べて鈍重な彼の動きを、確かに捕らえていた。

 確かに、全速力で走る車を制御するなど困難であろう。出来ても正面突撃が関の山だ。

 だが、本来ISとは重力をぶち破り、非常に高度な3次元戦闘を可能にする代物である。思えば今までの、突進しかしない一夏が異常だったのだ。

 そして彼は、その「異常さ」を逆手に取った。

 

「くっ、このぉ……!」

 

 鈴も彼の作戦を悟り、己がまんまとこんな単純なミスリードにハマっていたことへの不甲斐なさに、今が戦闘中で無ければ壁を何度も殴りつけていただろう。

 油断していた、甘く見ていた、軽んじていた。

 当然ではないか。なぜ、織斑一夏は突進しか能が無いと錯覚していた? こんな単純な動きすら出来ないと高を括っていた? そんな訳が有るはず無いことを、今まさに刃を反して二の太刀を切り上げんとする、修羅の如き表情を浮かべる彼の姿を見て、なぜ察することが出来なかった?

 どれほど己の愚鈍さを後悔しても遅い。

 それでもこのまま、なにも出来ず無様に負けるわけには――。

 

「いかないのよっ!」

「ぐっ!」

 

 即座に鈴は、龍咆を一夏に向けて発射する。

 至近距離での爆発に、自分のシールドエネルギーも減少するが、あのまま即死するよりは遥かにマシだ。

 続けざまに第二射、第三射と連続で龍咆を発射しながら距離を離していく。

 集中砲火に晒されながらなお、白い機影はこちらへと接近を試みるが、先程のダメージが響いているのか、次第に速度を落としていった。

 なんとか死神が笑う至近距離を脱した鈴は、荒い息を整える間もなく双天牙月の柄を刃がまだ残っている方へと持ちかえつつ、龍咆を乱射し続ける。

 

「落ちろ落ちろ落ちろォ!」

 

 一見、恐慌し錯乱したかのような出鱈目な乱射。だがそれでも、遠距離兵装も防御兵装もない白式にとっては、それが一番厄介な選択肢であった。

 

「これでは、いくら機動力が有っても近付けませんわ」

「なるほど、もう二度と距離を詰めさせる気はないようだな」

 

 弾幕を掻い潜って敵を斬り裂くなどという、マンガのような離れ業が出来れば別だが、残念ながら一夏にそのような技能は無い。おまけに龍咆の弾も、銃身も不可視なのが、回避を非常に困難とする大きな障害となる。

 

「それにしても、よくあの程度しか被弾しませんわね。あの男」

 

 見えないため確証は持てないが、抉られる地面や、響く観客席のシールドから推測するに、どうにも先程から発射されているであろう弾数に比べ、あまり被弾していないように見える。

 

「そこよっ!」

 

 縦横無尽にアリーナ内を逃げ回る白式を右の龍咆で誘導した先に、もう片方の龍咆の一撃をすかさず叩きこむが、

 

「遅いッ!」

 

 雪片の刀身をとっさに盾にして、なんとか直撃を避ける一夏。

 

「な、なんで、まさかアンタ、龍咆の弾が見えてるっていうの!?」

「答える義理は、無いッ!」

 

 精確には見えてはいない。だが、教えてはくれている。

 再びこちらに向けられる龍咆。白式のハイパーセンサーが一夏の頭に直接、空気の湾曲を伝えた。

 今度は身体を半歩開いて、最小限のアクションで避けて見せる。

 

「なにが答える義理は無いよっ、完璧に見えてるじゃない!」

 

 ムキになって鈴は龍咆を連射するが、やはり弾は虚しく地面や壁を叩くだけだった。

 

「鳳の奴を、ここまで完璧に手玉に取るとは。この試合、貰ったも同然か」

「いえ、まだですわ」

 

 テンションが沸騰し、思わず笑みすらこぼれていた箒に、セシリアの否定が水を刺す。

 

「どういうことだ? もう勝ったも同然ではないか。後はこのまま奴に無駄弾を消耗させ続けて、エネルギー切れに持ち込めば……」

「残念ながら、そうは問屋がおろしません。見て下さいまし、アレを」

 

 そう言いながら動くセシリアの視線を、箒は追う。

 その先にあったのは第三アリーナに設置された、巨大なモニター。そこにはいま戦っている両者の名前と、機体の情報が詳細に書かれており――

 

「なっ、バカな!?」

 

 箒は、我が目を疑った。

 モニターに表示された、ISの試合におけるHPに等しいシールドエネルギーの残量。このモニターは、今の戦況とは真逆の報告を歴然と写していた。

 

「一夏のシールドエネルギーの方が、鳳よりも残り少ないだと!? どうなっている!? どう見ても、アイツの方が消耗している筈なのに!」

「そこが、あの龍咆の厄介な所、その2ですわ」

「その……2だと?」

「あの龍咆は従来の兵器に比べて、非常にコストパフォーマンスに優れていますの。何発撃とうが、大した消耗にはならない……まったく、羨ましい限りですわ」

「そんなバカな……それでも、この燃費はいくら何でも」

「まぁ無論、タダで撃ち放題というほど龍咆も優れてはいませんわ。先程から着実にエネルギーは減っていってますけど……問題は、あの男のISの方ですわ」

「一夏の……ISが?」

「少しあっちのほうを見ていれば、嫌でも分かりますわ」

 

 セシリアの言おう通り、箒はフィールドから一旦目を離してモニターを、一夏の白式のエネルギー残量を注視してみる。

 目は向いていなくても耳に届く、龍咆の発射音と、また地面を抉る音。

確かに文字通り、一発で箒は悟った。一夏の絶対的な不利を。

 

「バ、バカな……回避だけで、龍咆一発分よりもエネルギーを消費しているだと?」

「そう、訳が分かりませんわ。いったい、何にどう配分すれば、あれ程の燃料喰い虫になるのだか」

 

 思わず歯噛みをしてしまうセシリア。

 彼女の心情もいつの間にか、一夏のほうへとエールを送っていた。

 

「だったら、一気に接近戦へと持ち込めば……」

「それも多分、厳しいと思いますわ」

 

 箒の声が聞こえていたかは知らないが、一夏は一瞬の隙を窺って、引き撃ちに徹する鈴への接近を試みるが、

 

「残念、遅いよっ!」

「ぐッ!」

 

 何発かの弾丸を潜り抜けるが被弾し、また大きく距離を離されてしまう。

 

「やっぱり、ハイパーセンサー頼りじゃ、どうしても反応が遅れちゃうようね」

 

 内心を読まれたことに、一夏の眉間が一層深く刻まれる。

 いくら一体化している状態に近いとは言え、所詮は人と機械。ハイパーセンサーが情報を読み取り、パイロットである一夏に伝えるのには、どうしてもほんの少しだがタイムラグが生じてしまう。

 遠距離から避ける分にはまだ大丈夫だが、接近するとなれば更に高度な情報処理が求められてしまう。一夏の脳はそれを捌ける程、このISという半身に馴染んではいなかった。

 

「ほらほらほらッ! このままだとジリ貧よ一夏ッ!」

 

 見えない砲弾は、当たっても当たらずとも着実に一夏を追い詰めていく。

 少しずつ、それでも着実に削り取られてい行くアドバンテージ。

 

「これでは、一夏はッ……」

 

 見兼ねた箒は、振り向き先程から一言も喋らない友人に向けて声を張り上げた。

 

「なにも無いのか、姫燐!」

「……なにがだよ?」

 

 イマイチ鈍い反応を返す彼女に、2人は尋ねる。

 

「逆転の秘策だ! 今回も、なにか用意しているんじゃないのか!?」

「そうですわ! 姫燐さん、わたくしの時のような作戦は……」

「…………クヒッ」

 

 その問いにしばしの沈黙を挟み、姫燐は引く様な笑いで口元を三日月に歪め、ゆっくりと語り始める。

 

「あぁ? ねぇよ、んなもん」

「なっ……」

「どういうこと、ですの? だって、え? じゃあ、開幕にやった一連のフェイントを考えたのは……」

「アイツが自力で考えたんだろ。クッ、ハハ、今回は完全にノータッチだ。オレも正直、驚いてるよ。本当に、やりゃできるじゃねえか、アイツも」

 

 表情を隠す様に額を手の平で押さえ、笑い声を押し殺す姫燐。

 

「だ、だが、なぜだ? 一夏がお前に相談1つしないとは……」

「ああ……それ、か。ククッ、傑作だぜ? アイツ、もうオレなんて必要ないんだとさ」

「ッ!?」

「お待ちくださいまし! いったい、それはどういう……」

「おっと、それより上を見てみな。アイツ、また何か仕掛けるみたいだぜ?」

 

 姫燐の声に、箒達はアリーナの上空を仰ぎ見る。

 白き翼はいつの間にか、アリーナの天井近くまで飛翔していた。

 全速力で天高く舞い踊る白式を、甲龍は動きを止めて狙い撃つ。

 

「あの動きはまさか! わたくしの時と同じッ!?」

 

 その時、アリーナの空よりも遥か高くに浮かぶ太陽と、一夏の機影が重なる。

 

「チッ!」

 

 天然の閃光弾を直接眼球に浴びせられ、鈴は目を細めて、腕で影を作る。

 本当に一瞬の、僅かな隙。

 だが今の一夏には、それで充分だった。

 

「白式! イグニッション・ブーストォ!」

 

 最大加速に加え、万有引力の援護を受けて、一夏は真っ白な弾丸となって甲龍目掛け、エネルギーの余波を彗星のように尾を引かせながら驚異的な速度で落下していく。

 

「ですが、この状況では……」

「余りに下策だッ……!」

 

 この状況をひっくり返す、起死回生の一手にしては、いくら何でもこれは――。

 

「狙いが露骨過ぎんのよ、っとォ!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、鈴は頬を釣り上げ、機体を全速力で進行ルートから離れさせる。

 鈴は一夏が空に上がった瞬間、次は間違いなくこの手で来るだろうと確信していた。

 彼がこの策でフランスの代表候補生からクラス代表の座を勝ち取ったのは、転校生である鈴の耳にも届いており、この戦いにも使ってくる可能性は充分にあると対策を立てていたのだ。

 一度解き放たれた力は、もはや制御することは出来ず、白い彗星はそのまま甲龍を通り過ぎ、グラウンドへと大衝突してしまった。

 轟音と共に大量の砂煙が舞い上がり、一気にアリーナは一寸先も見えない砂嵐が巻き起こる。

 

「い、一体、どうなりましたの?」

「ダメだ、何も見えない!」

 

 試合終了のコールが鳴っていない以上、まだ敗北した訳ではないようだが、それでも中の状況は一切分からず、観客席から困惑がにじみ出る。

 このアリーナを包み込むように、ドーム状に貼られたバリアーは空気穴こそあるモノの、そのような僅かな隙間だけでは中々砂煙は晴れない。

 騒乱と混乱に包まれる観客席。だが1人だけ、

 

「ククッ…………」

 

 嬉しそうに頬を歪め、なのに同時にどこか遠い彼方を見つめるような瞳で、たった1人だけ、

 

「なるほど……そうきたか、一夏」

 

 朴月姫燐だけは、砂の向こうにある真意に気が付いていた。

 

「けほっ、けほっ! くっ、一体どうなってんのよ……?」

 

 その砂煙の渦中に居る鈴は、口に入って来る砂にむせながらも索敵を続ける。

 

「まさか、これが狙いだっていうの……?」

 

 確信のない直感。だが、鈴はもしもの時はこういうモノこそが一番アテになると信じているタチだ。そしてそれは無論、今回も同様である。

 先程の奇襲は、奇襲と呼ぶには余りにお粗末なモノだった。

 今日の一夏は違う。上手く言葉に出来ないが、鈴の追憶の中に生きる彼と、いま敵対する白い修羅は、何もかもが違いすぎる。

 異様なまでの周到さ。か弱い羊の皮を被るような悪魔じみたペテン。己が身すら犠牲にする作戦。

 卑怯とすら言えるこのどれもこれもが、彼女が知っているあのウソが下手糞で、真っ直ぐで純朴だった少年が取るような行動とは到底思えない。

 余りにも成り振り構わない、勝利への飽くなき執着心。

本当に彼は、自分が恋したあの織斑一夏なのか?

 

――いったい、アンタに何があったのよ……一夏……。

 

 沈みかけていた思考を打ち破る様に、鈴のハイパーセンサーが接敵を告げた。

 右下、45℃! 先程までのセンチメンタルを吹き飛ばすように、即座に龍咆を向ける。

 彼方に薄らと浮かぶシルエット。こちらが肉眼のみならスモーク代わりにでもなったのだろうが、ハイパーセンサーはこの様な状況でも敵機の位置を確実に割りだす事ができる。即ち、彼の行動は全くの無意味。

 いくらなんでもあれだけの事をすれば、もうエネルギーは危険域のはずだ。恐らくだが、耐えるとしてもあと一発、即ちこれで決着をつけられる。

 

――このあと、絶対に問いただす!

 

 そんな決意と共に、龍咆は吼える。後方へと退避しながら、2発、3発、4発と呵責無い弾幕を張っていく。

 これは避けられない、確定事項だ。遠距離ならかわす事が出来ても、近付けば近付くほど被弾率は上がっていく――

 

「このっ!」

 

 確かに、ハイパーセンサーに反応できなくなっていき――

 

「なんでッ!」

 

 こちらに、近付くことなど出来るはずがないのに――!

 

「どうして、弾が当たらないのよぉ!!!」

 

 発射される弾丸全てが、砂煙を斬り裂くだけで接近する白式に掠りもしない。

 鈴はとっさにハイパーセンサーを確認したが、センサーは無情なまでに主の要求に答え、確実に距離を詰めて行く敵影を映し出している!

 

「なんで、どうして、避けれんのよッ! さっきまで、さっきまでは……?」

 

 そう、さっきまでは無理だったのだ。

 逆に考えろ、ではなぜ、今は龍咆を近距離でも避ける事が出来るのか? さっきまでと、今、なにが違うと言うのか?

 乱れる呼吸を整えようにも、吹きあがる砂煙がそれを阻害して――砂煙……?

 

「まさかッ!」

 

 それは分かってしまえば単純で、目を開く限り逃れようも無く、彼女の目の前に広がっていた。

 あるではないか。先程までと、現在では決定的に違う条件が。

 鈴は、ハッと今まさに発射されようとしている右肩の龍咆へと視線を向ける。

 そこにはハッキリと映ってしまっていた。

 吹き荒れる砂煙を巻き込み、その周囲一帯だけが不自然に晴々とした砂色の砲身と、砂煙を掻き分けて発射される砲身と同じ色の砲弾。そして、

 

「もらったァァァァァァァ!」

 

 青い光刃に無残に貫かれる、龍咆の姿が。

 

「しまッ!」

 

 己の失態を悔やむ暇すら、白い修羅は与えてくれない。

 連撃。すぐさま一夏は身体を回転させ、もう片方の龍咆を薙ぐように横へと一閃。

 鈴はとっさに、右手に持った双天牙月を盾にする様に構えるが、心中ではこれが 無駄な抵抗だと分かっていた。この刃で、あの青い光は止められないと。2度目の接近を許した時点で、自分は敗北していたのだと。

 光の刃が双天牙月を斬り裂き、そして奥にあった最後の龍咆も切り捨てる。

 全ての武装のロスト。それは、模擬戦において勝敗を決するもう1つのルール。

 砂煙が徐々に晴れていき、白式は、織斑一夏は光の剣を天へと突きあげた。

 それが、まるで合図だったのように、モニターは勝利者の名前を大きく表示する。

 

《WINNER  織斑一夏》

 

 下手な爆弾よりも遥かに強烈な歓声による爆音が、第3アリーナを大きく揺るがした。

 

 

                 ○●○

 

 

「本当に、勝ってしまったぞ……」

「ええ、本当に……勝ってしまいましたわね……」

 

 鳴りやまない拍手と喝采の中、砂煙の攻防が一切見えていなかった2人には何が何だか分からないまま茫然と立ち尽くしていた。

 だが次第に処理落ちしていた頭脳が現実に追いついていき、次第に箒の身体がワナワナと震え、

 

「篠ノ之さん、どうし」

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやったァァァァァァァァァァァァ!!!」

「ひゃあ!」

 

 感極まったような雄叫びを上げ、興奮のまま隣のセシリアに熱い抱擁を交わした。

 

「やった、やったぞ! 一夏が勝った、勝ったんだぁ! ハハハハハハ!」

「ちょ、貴方、はしゃぎ過ぎ」

「ハハハ、どうだ見たか! 一夏があの程度のセカンドなどに負ける訳が無い! なんせ、私の一夏だからなぁ! ハハッ、ハハハハッ!」

 

 どうやら黙ってはいたが、相当に中国の代表候補生というか、彼のセカンド幼馴染相手に色々と鬱屈した感情が溜まっていたのだろう。

 最高にハイになって、完全にキャラを忘れはしゃぎにはしゃぐ箒に抱きつかれながら、内心ではセシリアも浮き上がる心を押さえられなかった。

 

(そうです、こんな所で負けてもらっては困りますわ。貴方を打ち倒すのはこのセシリア・オルコットなのですから。ISでも、無論恋でも……あ)

 

 そこで、ふと思い出す。

 そういえば先程、我が愛しの君が、なにやら聞き捨てならないことを言っていたような……?

 抱きついて離れない箒を押しのける様にして、セシリアは背後を振り向く。

 そこで、確かに見てしまった。

 

――えっ……?

 

口元をいびつに歪めながらも一筋、彼女の頬を確かに伝っていた――余りに太陽には似つかわしくない、透明な雫を。

 

「姫燐……さん?」

 

 見間違いなどでは無い。なぜ彼女は泣いている? これは一体どういうことだと、セシリアは彼女の名前をもう一度呼ぼうとしたが――第3アリーナを再び揺るがす、本日2度目の爆音が、それを妨げた。

 今日は、本当に不可思議なことばかり起こる日だと、セシリアはぼんやり考えていた。

 あの男の勝利、あの人の涙、そしてアリーナの上空から、バリヤーを突き破って現れた漆黒の巨人。

 嬌声は悲鳴に変わり、拍手は静寂へと変わり、そして競技は――実戦へと、変わる。

 巨人はその巨腕を、まだ事態を飲み込めていないのか、ポカンとした表情をした一夏へと向けると、

 

「逃げろ一夏ァ!」

 

 轟く姫燐の声。それとほぼ同時に、第2ラウンドのゴングを打ち鳴らす、激しい熱線を放った。


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