IS~インフィニット・ストラトス~ ―I AM…ALL OF ME…― 作:ヱ子駈 ヒウ
自分の部屋で、箒がシャワールームに居る事を確認し、一夏はベッドに腰掛けながら「ふぅ……」と短い溜め息をついた。
――最低だ……俺って……。
ここ最近で急激に暴落し、ストップ安をさらに天元突破しそうな自己評価に、織斑一夏は遠い目をする。
今、シャワールームに入っている箒の存在もあるが、あの事件の丁度その日に転校してきた、セカンド幼馴染、凰鈴音の存在も自己嫌悪に更に拍車をかける。
――俺って、意外と色んな奴から好かれてたんだなぁ……。
周囲からすれば意外でもなんでもない所か、太陽が東から西へと沈むくらいの一般常識なのだが、この唐変木がそれに気がついたのは、末恐ろしい事につい最近の出来事であった。
「篠ノ之箒は、あなたの事が好きです……か」
幼馴染に言われた、あの一言。
衝撃だった。そんな簡潔なコメントしか浮かばない位に、あの瞬間、一夏の頭は真っ白だった。
確かに、箒とは仲が良かった。小学生の頃は間違いなく一番の親友と呼べるほどに。
それでも、まさか向こうはこちらを友では無く、一人の男として見ているとは夢にも思ってなかったのだ。
だから、答えなくてはならない。その気持ちを受け止めるのは、男の義務だ。
IS学園で恋愛が禁止されているなんて聞いた事もないし、それに、箒は客観的に見ても充分魅力的な女の子だ。あんな娘に告白されるなんて、男明利に尽きるじゃないか。
だから、なにも、問題はない。
だというのにあの時、彼の口から出た言葉は、
「なにが『俺達、最高の親友だよな』だよ……クソッ!」
やり場のない怒りを拳に乗せ、枕に叩きつける。
今すぐに首を吊るなり、胸にナイフを突き立てるなりで自分の存在を消し去りたい衝動に駆られる。
なぜ、あの時逃げたのかと、なぜ箒の想いや勇気を踏みにじるようなことをしてしまったのかという後悔が、一夏の心を蝕んでいく。男として、いや人としてすら失格だ。
もはや、謝って済まされる問題ではない。それでも、謝った所でどうする? 箒の思いを受け入れるのか? そうだ、それでいいじゃないか。そう、してしまおうと思うたびに、
「ッ……」
自分の気持ちがうそぶくなと、胸に刺すような痛みを走らせる。
なぜ痛い? なにが痛む? それすら一夏には分からない。生まれて初めての疼きだった。
そして、その疼きがどうしてもこの問題を先送りにさせてしまう。今まで通りを、気付かなかったあの頃を演じる事しかできなくなる。それが例え、箒を更に傷つける結果になろうとも。
更に追撃だったのが、転校してきたもう1人の幼馴染、鈴の存在だ。
中学生時代、非常に二人は仲が良く、2人で出かけたことも一度や二度ではない。
もしかしたら、彼女も自分のことが好きだったのではないか?
今、思い返してみれば鈴も、その明るく裏表のない性格から男女問わず色んな人間に好かれていた。だというのに放課後、不思議なほど、いや、今にしてみれば不自然なほど、よく二人きりで遊んで帰ったものだ。
そう意識してしまうだけで、あのただ楽しかっただけの放課後の夕暮れが、途端に色を失い最悪の追憶へと変わっていく。
「ッ―――!!!」
狂ったように、いや、いっそこのまま狂ってしまえるように叫び声を上げたい衝動を、隣のベッドを見て何とか押さえこむ。
駄目だ。これ以上、箒に迷惑をかけたくない。
一夏は自分のベッドに倒れ込み、電球が照らす天井を仰ぎ見る。
それがまるで、醜いこの身を白日へと晒す光に思えて、影を作るように虚空へ手を伸ばす。
ふと、その手を握って、開いた。
保健室の一件以来、なんとなくこの手に残る感触が、懐かしく愛おしく思えた。
――細かったな。キリの手首。
いつもは遠慮なく人をはっ倒すあの腕が、握ってみれば想像以上にか細く、簡単に壊れてしまいそうで、脳裏から離れない。まるで、女の子のようで――いや、キリは女の子だった。
そんな本人に知られたらはっ倒すでは済まされないような事を思いながら、きっと、それだけ衝撃的だったのだろう。そう結論づけ、何となく一夏は枕元に置いてあったネックレスを手に取った。
黒い皮のリード、トップに青と白の翼を思わせる飾りが付けられた、品のいい男物のネックレス。
あのデートの日の後、千冬姉が、キリが買ってくれたお祝いだから大切にしろよ。と念を押して渡してくれた一品を眺めながら、一夏はそっと眼を閉じる。
――明日、絶対に謝らないと。
あの後、結局ゴタゴタして一言も謝れずに夜を迎えてしまった事に、自分の愚鈍さを疎ましく思う。
今、キリは何をしているのだろうか。
俺のことを恨んでいるだろうか。
もしかしたら、今頃傷ついて泣いているのではないだろうか。
今から直接部屋に行くには遅すぎるし、電話やメールで謝るのも、誠意が足りないような気がして嫌だし、だからと言って……他に対応策がある訳でもない。
――キリ……。
あの太陽のような笑顔を、またもう一度見れることを願いながら、一夏の意識はゆっくりと眠りへと堕ちて行った。