――ちょっとよろしくて?
棘のある言い方で一夏の前に現れたのは金髪縦ドリルというアニメチックな髪型をした見るからにお嬢様なクラスメイトだった。
自分が彼女に対して何をしたのか全く心当たりのない一夏は大変な事態に気づく。
――名前が全くわからない!
そもそもクラスメイトという認識しかなかったのだった。
知らないものは知らないのだから致し方ない。
一夏は開き直ることにする。喧嘩腰な相手にはこの程度で十分だという考えもあってのことだ。
「誰?」
「わたくしを知らない? 入試主席にしてイギリス代表候補生であるこのセシリア・オルコットを知らないだなんて潜りですわね!」
金髪お嬢様、セシリア・オルコットは最初からの攻撃的な姿勢を変えようとはしない。普通ならばムッと言い返すところであるし一夏も苛々を募らせ始めている。
だけど1つ気になったことがあった。
「潜りって何?」
「『ある集団に一員と認められない人』を指す言葉ですわ。……えと、あの、あなた、日本人ですわよね? わたくしが日本語を指導するのは何かが間違っている気がします」
お嬢様はご丁寧に注釈を入れた後で呆れてみせる。そこには攻撃的な意志は見られず、ただひたすらに憐れんでいた。
「悪かったな。日本人全てが辞書に載ってる単語を全部熟知してると思うなよ。ってかそんな奴は日本人どころか世界のどこにもいねえだろ!」
「え、そうなのですか?」
本気で首を傾げてみせるセシリア。そこに悪意を感じ取れなかった一夏は自分とは住む世界が違うのだと思うしかない。
「君が凄い人だってのはわかった。で、俺に何の用なんだ?」
「あ、そうでしたわ!」
話が逸れていたことを思い出したセシリアはポンと手を打つ。
次の瞬間に目つきが豹変。キッときつく一夏を睨みつける。
「わたくしのような選ばれた人間と共に学ぶことができるのは奇跡。とても幸運なことだと理解していただける?」
「……とってもラッキーだ」
「気のない返事ですわね。これだから男性は……」
やれやれとセシリアは大げさに肩をすくめる。
一夏はというと面倒ごとが早く終わらないかなと現実逃避していた。
世の中の男性の代表にされても困るだけだった。
「男性でISを操縦できると聞いていましたから少しは理知的な人を思い浮かべていましたが拍子抜けですわ」
「悪かったな、知的なキャラじゃなくて」
「まあ、わたくしは粗暴な方が好――土下座でもするのなら、このわたくしがISについて教えて差し上げてもよくってよ?」
……ん? 今、妙な発言が混ざってなかったか?
てっきり女尊男卑な世の中を笠に着たステレオタイプな女子と一夏は思っていたがどうも様子がおかしい。
一夏に対して攻撃的な言動をする合間合間に真逆な顔が垣間見えている。
「ちょっと待て。何か言いかけなかったか?」
「あらあら。耳まで悪いとは救いようがありませんわね」
セシリアは認めないがハッキリと否定もしなかった。
明らかに何かを隠している。そう悟った一夏は彼女の裏の顔を理解するまで迂闊なことを言えなくなった。
ちょうどこのタイミングで予鈴が鳴り、鬼のような担任が姿を見せたことで一夏は解放された。
直後の授業。教壇に立つ千冬は授業に入る前に臨時のホームルームを始める。
内容は2週間後のクラス対抗戦に出る代表者の選考。クラス対抗と言っても代表者が1人出るだけというもので、まだクラスメイトのことを理解できていない状況では挙がる名前は限られるもの。
「織斑くんを推薦します!」
「私も!」
唯一の男性操縦者である一夏ほど目立つ存在はない。立候補があろうがなかろうが他薦される可能性は高かった。もっとも、本人はその事実に直前まで気づいていなかったのであるが。
「お、俺!? ちょっと待て! 俺はそんなのやらな――」
「全くですわ! そのような選出は認められません!」
一夏が抗議の声を上げると約1名から同調の声も上がる。
それはもちろんセシリア。
先ほどまで良くわからない因縁を付けてきていた相手ではあったが、今は頼もしい味方のように感じられる。
「皆さん、ご自身のこれまでの努力を思い返してください。このIS学園に入るまで、決して楽な道のりを歩んできたわけではないでしょう? ですがそこにいる男はわたくしたちの経験してきた努力とは無縁ですわ。その男を代表とする価値があるのか、もう一度良く考え直してください」
セシリアの訴えに首を横に振る者はいない。勢いよく一夏を推薦していたクラスメイトでさえ自分の軽率な言動を後悔し始めていた。
そんなクラスの雰囲気の変化を感じ取った一夏はセシリアに感謝の視線を送る。しかしセシリアの話にはまだ続きがあった。
「日本は男だけでなく女子も愚かなようですわね。いえ、これも男が居るからこその混乱でしょう。やはり男など害悪以外の何者でもありませんわ」
セシリアの発言は徹底して『一夏が悪い』としている。一夏がIS乗りとして何も努力していないことは事実であるため、言ってること自体は間違っていないと一夏も感じている。しかし、望まぬ場所に無理矢理連れてこられたという背景すらも無視した彼女にいい加減我慢ができなくなってきていた。
「……そっちこそ男から見れば十分害悪だって」
ついつい本音が漏れる。静かだった教室内のこと。当たり前のようにセシリアにも届いてしまっていた。彼女は激昂する。
「物足りませんわ!」
……ベクトルが明後日すぎる。
クラスの誰もが何を言っているのか理解できていなかった。周りの静寂にセシリア本人はつい漏らした自分の本音を誤魔化そうとオホンと咳を挟む。
「今のはわたくしへの侮辱と受け取ってよろしいかしら?」
「先に言ったのはそっちだろ?」
今更一夏は否定しない。少しばかりセシリアの怒るポイントがズレていることを感じつつも喧嘩に乗った。
「決闘ですわ!」
「ああ、いいぜ! 受けて立ってやる!」
こうして一夏とセシリアは1対1の試合をすることとなった。
なお、そのときのセシリアはなぜか満面の笑みだったという。
試合当日。専用機である白式を得た一夏はアリーナの中央でセシリアと対峙する。
「逃げずに来たことだけは褒めて上げてもよくてよ」
「結構だ。お前に褒められるために来たわけじゃないし」
「では何のために?」
「もちろんお前を倒しに来た」
一夏は身の程知らずとも受け取れる宣言をした。
すると何故かセシリアは恍惚とした表情を浮かべる。
「セシリア? 大丈夫か?」
頭が、と言いたいのだけは堪える。
一夏の声かけで我に返ったセシリアは「もちろんですわ」と何もなかったかのように答えるだけ。
試合開始。セシリアには欠片も遠慮がなかった。開幕直後の先制射撃が一夏に直撃する。
「無様に踊りなさい!」
「くそっ! どうして射撃武器がないんだよ!」
「猿でも使えるようにという製作者の配慮でしょう。お似合いですわ」
「バカにしやがってェ!」
これ以降、一方的な展開が続く。
セシリアは4基のビットを一夏の周囲に配置して射撃を繰り返すだけで本人は全く動かない。正しくは動けない。ビットの操作中は無防備であった。
一夏はというと避けることが精一杯でセシリアの攻撃を加えにいくだけの余裕がない。
30分経ってから一夏は気づいた。
先にビットから壊せばいいんじゃね、と。
言うは易し、行うは難しというが方針転換してからの一夏は呆気なくビットの1つを切り裂いた。
BTビットを1つ1つ破壊して残りは1つとなる。もう本体に直接しかけにいっても問題がない。一夏の注意がセシリア本人に向いた。
何故か彼女は頬を赤らめて胸を両手で隠している。
「そうやってわたくしの装備を少しずつ剥いでいく気ですわね!?」
「え、何その言い草!? しかも心なしか喜んでる!?」
「これが男の本性……最悪ですわね!」
「だからやられ始めた方が生き生きしてるのは何で!?」
相手のペースに飲まれそうになった一夏だったが首を大きく横に振って集中を取り戻す。
ここで勝負を決める。
零落白夜を発動し、無防備なセシリアめがけて突撃した。
なおもセシリアは恥じらいのポーズ。
「このままわたくしを倒して、動けなくなったわたくしをいたぶるつもりでしょう! エロ同人みたいに!」
「俺、もうコイツと戦いたくないんだけど……」
何故か逆転ムードの一夏が涙目になっていた。攻撃できないまま時間が過ぎて一夏は自滅し、試合はセシリアの勝利に終わる。
その後、セシリアが代表の座を辞退。無事、一夏がクラス代表となったのだが――
「一夏さん! 今日も特訓ですわ!」
「やだよ! 『わたくしを斬って!』なんて要求に応えるのが何の特訓なのかわけわかんねえ!」
苦労は絶えないようだ。