ISとは世界最強の兵器だ。現在の使用方法は競技であると言い張ってはいても、ISが実弾の飛び交う戦場を飛び回る代物であることは疑いようもない。それまでの兵器はISに勝てなかった。それだけが事実として残されている。
ISは女性にしか扱えない。世界が男と女で二分されて戦争になることなど考えにくいが、長く戦いの矢面に立ってきた男たちの面目が潰されたこともまた事実。
ISがスポーツという枠に収まっているのも、もしかしたら世の中の男たちによるささやかな抵抗だったのかもしれない。
なぜ篠ノ之束はISというものを作ったのか。
なぜ完全無欠を自称する博士が「女性にしか扱えない」という欠陥を見逃したのか。
あるいは欠陥など最初からなかったのかもしれない。
だとしたらその目的とは何だろうか。
今の世界が示しているのだとすれば、篠ノ之束は――
世界にISが知れ渡っても一般人の生活が変化するとは限らない。
ISにしか使われていない技術が生活に転用でもできれば交通事故による死亡件数がゼロになったりなどいいことがいくらでも考えられるが、そうはならない。
なぜならISは女性にしか扱えない。IS以外でその技術が流用できるのならば、そもそもISが重要視される理由などないわけだ。
世界はISがあっても多くの人にとっては影響がなかった。強いて言えば優秀な操縦者を国外に逃がさないために各国の政府が女性優遇の政策を打ち出し、男性にとって過ごしにくくなったことくらいである。
そんな世界に織斑一夏はいる。彼は少しばかり人間関係が一般人とは呼べないが本人は至って一般的な男の子である。日々の生活も一般人のそれで、両親のいない彼は少しばかり他人よりも苦労が多いくらいだった。
彼はもうすぐ義務教育を終える。志望校もとっくの昔に絞っており、藍越学園を受験することに決めていた。学費を出してくれている姉に少しでも楽をさせようと卒業後の就職率が高い高校を選んでいる。そのための勉強を十分にしてきた彼は試験に関しては余裕を見せていた。
だがそれが良くなかった。
「ここはどこだ?」
受験当日。受験会場までやってきたというのに一夏は道に迷ってしまった。受験会場だけあって人がごった返しているはずなのだが、今の彼の傍には人っ子1人いない。
……おかしい。案内板に従ってきたはずなのに。
首を傾げる彼は失念している。この受験会場は藍越学園だけでなく他の高校の受験にも使われている。案内板に書かれていた学校名を気にせず突き進んだ上に、人が少なくてラッキーと思って移動した浅はかさが全ての元凶だった。
「まあ、適当に開けてみるか。大抵はそれで正解に当たるし、間違ってても教えてくれるはず」
思考回路は行き当たりばったり。行動的だと言えば好感が持てるが今はポジティブに言うべき場面ではないだろう。
幸い――とは言えないのだが彼が入室した部屋は受験会場だった。
IS学園の受験会場である。もちろん一夏はその違いに気づかない。
「じゃ、次の人。そこに入って着替えてー」
試験官の女性が顔も見ずに一夏を通す。一夏は着替えてと言われて怪訝な顔を浮かべたがこれもカンニング対策かと納得してその先へと進んだ。
着替えは――女性用のスクール水着と思えるものしかなかった。
ちゃんとした着替えがなかった試験官側の責任にすればいい。女性用の水着を着用する趣味のなかった一夏は誰かのいたずらだとして着替えずに先に進む。
その先で彼は出会った。出会ってしまった。
「これって、IS?」
IS学園の入学試験用に準備された本物のISがそこにある。
その瞬間、一夏の頭から受験のことが消えた。
「……俺にも使えたらいいのにな」
興味がなかったわけではない。仲の良かった幼馴染みの姉が開発したものは女性よりも男の子向けといえる代物だった。
国家代表だった姉のように飛び回りたかった。その思いがなかったと言えば嘘になる。
導かれるようにして一夏は打鉄に触れる。身近なようで遠かったものがどんなものか知りたかったのだ。
すると頭に様々な情報が流れ込んでくる。
「なんだ、これ……?」
情報の奔流が過ぎ去った後、気づけば目の前にあったはずのISを自分が装着していた。男には動かせないとされていたはずであるのに、不自由なく動かせている。
「じゃ、試験を始め――え!? あなた誰!?」
試験官が入ってきて一夏に気づく。やっちまったと思ったときにはもう遅い。この瞬間、一夏にはISを動かすことのできる唯一の男子という肩書きが生まれ――
「ぁ……」
小さな呻き声を上げて試験官がその場に倒れる。一夏を見て気絶したのではない。背後にいる第三者の仕業である。
「ふーっ! あっぶなかった! 後少しで全世界に誤情報が流れるところだったよ!」
機械仕掛けのウサ耳をつけた第三者による速すぎる手刀。もしISを装着していなかったら見えなかった。
一夏にはその第三者に見覚えがある。彼女は現在、行方不明となっているはずの人であり、ISの開発者。
「束さん!?」
「ハロー、いっくん。元気してた?」
とびきりの笑顔を見せる幼馴染みの姉の右手はピースサインを作る。その足下には先ほどの試験官が転がっている。
「あ、あの……その人、大丈夫なんですか?」
「命に別状はないよ。ただ起きてから多少の洗脳は受けてもらうことになるけど」
「せ、洗脳?」
「うん。ISを動かせる男なんて妄言をばらまかれちゃ困るんだよ」
洗脳という物騒な発言が飛び出し、一夏は後ずさる。
妄言などというが一夏がISを動かせていることは事実。親しかったはずの人の考えてることが読めない一夏は震えた声で尋ねる。
「俺、今、動かしてるんですけど……?」
「うん、そうだね。何でだろう? 束さんにもわからないんだ」
ずいっと束が顔を寄せる。その右手はなぜかピースサインのまま。
「確かなことは……男は動かせないってこと」
「でも俺、動かしちゃってますよ!?」
「そう。おかしいよね。だからさ、いっくん――」
唐突に束の声が低くなる。背筋が凍るほどの声を笑顔のまま発している彼女は、右手のピースサインを閉じたり開いたりした。
「切ろっか?」
「な、何を……?」
「“ナニ”をに決まってるじゃん」
束の右手はピースサインなどではなかった。ハサミだった。
「あの、束さん? 辻褄合わせとして俺のナニを切ってもですね、女になるわけじゃなくて昔で言う
「大丈夫、その辺は抜かりないよ。束さんは中途半端が嫌いだからね。このよくわからない細胞――絶対に使ってはいけないと開発者(篠ノ之束)自らが戒めるほど絶大な異変を人体にもたらすことから
束が左手に取り出したものは透明でぶよぶよした良くわからない物体X。
「その説明だけで怖い! 違う意味でも危ないし!」
「新しい世界へ連れてってあげる!」
「いやあああ!」
その日、受験会場に悲鳴が響きわたった。
時は過ぎて4月。
春のIS学園に新入生が入学を果たす。
そこには「俺は男だあああ!」と元気に駆け回る美少女、イチカちゃんの姿があった。