絆道~始まりのミチシルベ~   作:レイリア@風雅

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第39話 運命に囚われた少年

「まさかアナタとやり合うことになるとはね…。……ヒナタ様」

 

「……ネジ兄さん」

 

「え!?…兄妹か!?」

 

 

眼下での会話にナルトが驚愕の声をあげる。

 

 

「あいつらは今やこの木ノ葉で最も古く優秀な血の流れをくむ名門…日向一族の家系だ

だが、兄妹じゃないよ…」

 

「じゃ…どういう関係なの?」

 

「んー…ま、日向家の“宗家”と“分家”の関係…って言やいいのかなァ」

 

「…宗家と分家?」

 

「ハイ!ヒナタさんは日向流の宗家(本家)にあたる人で、ネジはその流れをくむ分家の人間です」

 

「…つまり親戚同士の戦いってことね。やりにくいわね、あの2人…」

 

「ハイ…ただ…」

 

 

言葉を濁すリーになに?と問いかけるサクラ。

その問いに応えるべく、リーの代わりにユウが口を開いた。

 

 

「宗家と分家の間には昔から色々あって、今はあまり仲の良い間柄ではないんだよ」

 

「ふぅ~~ん……何で?」

 

「あたしも日向一族の人間じゃないから詳しくは知らないし、知っていても何も言えない。

これは昔ながらの古い家にはよくある話で、日向家の初代が家と血を守っていくために色々と宗家が有利になる条件を掟で決めていて…。

分家の人間は肩身の狭い思いをしてきたらしいの」

 

「じゃあ因縁対決ってやつだ…」

 

 

その通りと頷き、心配そうにヒナタへと視線を落とすと同時、ハヤテから試合開始の合図が出た。

どちらもすぐには動かず、臨戦体制を取る。

 

 

「試合をやり合う前に一つ…。ヒナタ様に忠告しておく…」

 

「……?」

 

「アナタは忍には向いていない……棄権しろ!」

 

「…!」

 

 

突然のことに愕然と目を見開くヒナタ。

ユウは少し眉を寄せる。

 

 

「……あなたは優しすぎる。調和を望み葛藤を避け……他人の考えに合わせることに抵抗がない」

 

 

何も言えず、ネジから斜め右下へと視線を逸らす。

それに追い討ちをかけていくように口を開く。

 

 

「そして自分に自信が無い…いつも劣等感を感じている。

…だから……下忍のままでいいと思っていた。しかし中忍試験は3人でなければ登録できない。……同チームのキバたちの誘いを断れず…この試験を嫌々受験しているのが事実だ。

違うか…?」

 

「…ち……違う……違うよ……。私は……私は、ただ……。

……そんな自分を変えたくて、自分から……」

 

 

目を合わせることはできず、声も震えていたが、確かにそれはヒナタの本心だと感じた。

変わりたい、その気持ちに偽りなんてない。

だがネジはヒナタの想いを一蹴した。

 

 

「ヒナタ様…アナタはやっぱり宗家の甘ちゃんだ」

 

「え?」

 

「人は決して変わることなど出来ない!」

 

 

断言され、ショックを受けたように目を見開いた。

 

 

「落ちこぼれは落ちこぼれだ……。その性格も力も変わりはしない」

 

「(アイツ…!)」

 

 

あんまりなネジの発言に怒りを覚えたナルトの眉間に青筋が浮かぶ。

 

 

「人は変わりようがないからこそ差が生まれ、エリートや落ちこぼれなどといった表現が生まれる。

…誰でも顔や頭、能力や体型、性格の良し悪しで価値を判断し、判断される。

変えようのない要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。

オレが分家で、アナタが宗家の人間であることは変えようがないようにね…」

 

 

苛立ちが募っていくナルト。

ユウもそれを見て、そっと瞳を伏せる。

…ネジの言いたいことが、分からないわけではないから。

 

 

「今までこの白眼であらゆるものを見通してきた。だから分かる…!

アナタは強がっているだけだ、本心では今すぐこの場から逃げ去りたいと考えている」

 

「ち…違う…私はホントに…」

 

 

ネジから突如聞きなれない単語が飛び出し、白眼についてサクラがカカシに問いかける。

 

 

「うちは一族も元をたどれば日向一族にその源流があると言われている。

「白眼」ってのは日向家の受け継いできた血継限界の一つで、写輪眼に似た瞳術だが……。洞察眼の能力だけなら…写輪眼をもしのぐ代物だ」

 

「…!」

 

 

チャクラの流れが変わった。

ハッとネジを見ればその目は白眼へと変わっており、その圧力に怯えるヒナタの姿があった。

完全に怯えてしまっているヒナタは身体を震わせ、指先を口元へあてる。

 

 

「オレの目はごまかせない」

 

「…!」

 

「アナタは今、オレの視圧に対し視線を左上に泳がせた…。このサインは過去の体験を思い出している……アナタの辛い過去だ。

そして視線はその後すぐに右下に動いた……。このサインは肉体的、精神的な苦痛をイメージしている。

つまり…昔の自分をイメージし、これまでの経験から…この試合の結果を想像した……。負けるという、想像をね!」

 

 

その視線だけで人を殺してしまえそうな、冷たく鋭い瞳。

沈黙してそのやりとりを見守っていたユウへ、心配そうな声がかけられた

 

 

「…ユウ」

 

 

振り返れば、本当に心配そうな顔をしたカカシがいて、ユウは微笑を貼り付け、大丈夫だと無言で訴えた。

 

 

「体の前に腕を構えるというその行為も…オレとの間に壁を作り、距離を取りたいという心の表れだ…。これ以上自分の本心に踏み込まれたくないと訴えている仕草……オレの言った言葉が全て図星だからだ。

さらに……唇に触れたのも心の同様をあわらす自己親密行動の一つだ。それは緊張感や不安を和らげようと行う防衛本能を示す。

つまり…アナタ…本当は気付いてるんじゃないのか…」

 

 

容赦なく浴びせられる辛辣な言葉の数々に限界が生じているのか、ヒナタの目に涙が浮かび、震える唇から不規則で苦しげな呼吸が漏れる。

これで終わりだとネジの口が再度、開かれた。

 

 

「“自分を変えるなんてこと絶対に出来…”」

「出来る!!!」

 

「!!」

 

「…ナルト…」

 

 

最後まで言わせてなるものか、と張り上げられた彼の怒声は会場全体を震わせた。

ヒナタが、そしてネジが、ナルトを見上げる。

 

 

「人のこと勝手に決めつけんなバーカ!!!ンな奴やってやれヒナタ!!」

 

「……ナルトくん…」

 

「ヒナタ!ちょっとは言い返せってばよー!!見てるこっちが腹立つぞ!!」

 

 

ナルトからの叱咤に一度顔を伏せ、ネジをまっすぐに見据えた。

その瞳に力が入っていることに気付き、ユウはほっとしたように微笑む。

 

 

「(…ありがとう)」

 

「棄権しないんだな。どうなっても知らんぞ」

 

 

瞳を瞑ったヒナタの目の周りに血管が浮き上がり始める。

 

―――――オレは逃げねーぞ!!

―――――まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ…オレの…忍道だ!!

 

 

「(私はもう…)逃げたくない!」

 

 

“白眼”!!

再び開かれた瞳は白眼へと変わっていた。

今までにない覇気を纏ったヒナタの姿をユウたちが驚きつつも見守る中、彼女はスゥっと独特の構えを取る。

 

 

「…ネジ兄さん、勝負です」

 

「いいだろう…」

 

 

それに応えるようにネジも構えを取り、白眼を発動させる。

二人のよく似た構え方にリーはポツリと呟く。

 

 

「やはり同じ日向流…構えもネジそっくりだ…」

 

「…日向流?」

 

「…木ノ葉で最も強い体術流派……。…前に言いましたよね。“おそらく木ノ葉の下忍で最も強い男はボクのチーム内にいる”と。それがあの…日向ネジです…!」

 

 

そして始まった二人の激しい攻防戦。

何度も打ち合い、ぶつかり合う中、ヒナタの掌底がネジの懐に入った。

呻き声をもらし、怯む。

 

 

「入った!?」

 

「いや…浅いってばよ!」

 

「いえ…かすっただけで効きます!それが日向一族が木ノ葉名門と呼ばれる所以」

 

「え!?どういうこと?」

 

「…日向には代々伝わる特異体術があるのだよ!」

 

 

リーやガイが得意とする、敵に骨折や外傷といった外面的損傷を与える攻撃主体の「剛拳」。

それに対し、日向一族は敵の体内のチャクラの流れる“経絡系”にダメージを与え、内蔵…つまり内面を壊す「柔拳」を用いているのだとガイは解説する。

 

 

「見た目のハデさはないが…後でジワジワ効いてくる…」

 

「ま……内蔵だけは鍛えようがないからなぁ……。どんな頑強な奴でも、くらったら致命傷もんだ」

 

「……」

 

 

しかしユウは難しい表情で黙り込んでいた。

確かに一発目が入ったヒナタが優位に立ったはずなのに……。

 

 

「(…この違和感は一体…)」

 

 

その時、ふとチャクラの不自然な動きに気付き、はっと目を見張る。

 

 

「っ(そんな…だとしたらヒナタの攻撃は…!!)」

 

 

「(私だって…)」

 

「!」

 

 

この想定が外れて欲しいと切実に願うユウの目の前で、またヒナタの掌底がネジに入った。

誰もが、ヒナタがネジを押していると感じていた。

 

 

「いいぞー!ヒナター!!」

 

 

ナルトが声援をヒナタへ送る。

経絡系とは何なのかを改めてリーに聞き、ヘラヘラするナルトをサクラが殴ったり、サクラが何故経絡系に攻撃出来るのか疑問を口にしたりするのを聞きながら、ユウは懸命に戦い続けるヒナタを見つめていた。

 

変わりたい。

いや、変わるのだと、その瞳から、表情から、行動から……伝わってくる。

きっとヒナタはナルトの言葉を信じている。

自分自身にまだ自信がもてないから、憧れであり、想い人であるナルトを、ただひたすらに真っ直ぐ、健気なまでに。

 

その姿はユウの心を揺さぶるには十分過ぎた。

目が釘付けになっているユウの瞳に、ヒナタの掌底がネジの胸部へと入ったのが映った。

 

 

「よっしゃあああ!!!」

 

 

誰もが固唾を飲んだその刹那、ゴボッと血を吐いた。

しかしそれは攻撃を受けたネジではなく……。

 

 

「やはりこの程度か。宗家の力は……!」

 

「!」

 

「ヒナタ……っ」

 

 

やっぱり、とどこか冷静な部分が呟きつつも、悲痛に顔を歪める。

吐血したのはネジではなく、ヒナタだった。

ヒナタの掌底が入ったのと同時に、ネジのそれもヒナタの胸部へと当てられていたのだ。

 

 

「な…何でだってばよ!? ヒナタの攻撃だって完ペキ入ったのに!!」

 

「(ま…まだ…)」

 

 

それでもまだ戦意を喪失していない、光を宿した瞳でネジを見据え、もう一撃とばかりに掌打を放つ。

しかしそれはいとも簡単に掴まれ、ネジの指がヒナタの二の腕を突いた。

そのままスっと袖が捲られ、小さなアザがいくつも顕になる。

それを見て、ヒナタは驚愕に大きく目を見開いた。

 

 

「……ま、まさか……それじゃ……最初から……」

 

「そうだ。オレの目はもはや“点穴”を見切る」

 

「ど…どういうことだってばよ!!」

 

「…カカシ先生が説明してくれた経絡系上には…チャクラ穴と言われる361個の針の穴ほどの小さなツボがあって……。それを“点穴”って言うの。

理論上、そのツボを正確に突くと相手のチャクラの流れを止めたり増幅させたり思いのままコントロールできるとされている。

つまり今までのヒナタの攻撃は、チャクラの流れを止められてしまっていて、柔拳の効果は発揮されていなかったってことだよ」

 

 

だから柔拳を食らってもネジは平気でいられたのだ、と感情を押し殺したような声で説明するユウに同意を示し、カカシは口を開いた。

 

 

「ユウの説明に付け加えて教えといてやる……。点穴はな、はっきり言ってオレの写輪眼でも見切れない! いくら洞察眼が使えるといっても戦闘中にあそこまで的確に……」

 

 

カカシでさえも動揺を隠せない事態にナルトとサクラに冷や汗が流れる。

その時、小さな悲鳴があがった。

ヒナタがネジの打撃を喰らい、突き飛ばされたのだ。

その悲鳴にナルトがハッと身を乗り出してヒナタを見る。

ネジの双眸は通常のそれに戻っており、もう終わりだと言っているようだ。

 

 

「ヒナタ様、これが変えようのない力の差だ。エリートと落ちこぼれを分ける差だ。

これが変えようのない現実……“逃げたくない”と言った時点でアナタは後悔することになっていたんだ。

今、アナタは絶望しているハズだ。……棄権しろ!」

 

「(…それは違うよ、ネジさん)」

 

 

ヒナタは絶望なんかしていない。後悔なんて、していない。

だって、その瞳はまだ生気が残っていて……。

ユウがよく知る、彼女の想い人と同じ目をしている。

 

 

「…私は……ま……まっすぐ……自分の……言葉は曲げない…」

 

「…!」

 

「私も……それが忍道だから…!」

 

 

少し微笑んですら見せるヒナタに、再び白眼を双眸に宿す。

ヒナタは苦しげな呼吸し、顔を上げ、ナルトを見上げた。

真っ直ぐ自分を見てくれているナルトを見るなり表情が和らいで、微笑んだ。

そんなヒナタの姿にユウの胸が震える。

 

 

「……ヒナタってば、あんなにすごい奴だったなんて……」

 

「君に良く似てます……」

 

「そういえばあの子、いつもアンタを見てたもんね」

 

「え?」

 

「……ヒナタ……」

 

 

祈るように手を胸の前で組む。

再びネジへと向き直ったヒナタ。

 

 

「来い……」

 

「! ガハッ」

 

「!!」

 

 

再び吐き出された血にナルトたちの表情が強ばった。

ヒナタの足はガクガクと震えていて、立っていられる状態じゃないなんてことは誰の目から見ても明らかだった。

そんな彼女を前に再び柔拳の構えを取るネジ。

 

 

「ネジの“点穴”を突く攻撃はヒナタのチャクラの流れを完全に止めてしまった。……つまり相手の体に流し込む“柔拳”の攻撃はもう出来ないってことだ。

この勝負、見えたな」

 

 

鋭く射殺すようにヒナタを睨みつけるネジに、いのは恐怖を感じたようで、不安そうに口を開く。

 

 

「……す…凄い目ね。ヒナタ……殺されないよね……まさか……」

 

「……なんかさァあの人の強さって、反則って感じよね。……強すぎ……マジで……」

 

「ぐ……くく……ヒナターガンバレ――――――――――――!!」

 

 

誰もが不安を口にする中、ナルトだけは違った。

自分とキバの試合の時、ユウがそうしてくれたように、ヒナタを信じて力の限り声援を送る。

ナルトの名前を心の中で呟いたヒナタの瞳に、また力が戻った。

地面を蹴り、ネジへと駆け出す。

限界が生じているとは思えない、何度も繰り出される掌底。

再び始まったネジとの攻防戦。

 

 

「(…私はずっと見てきた……何年間もずっとアナタを見てきた!! 何でかな…)」

 

 

―――だがオレはできる!! オレはスゴイ!!

 

 

「(何でか分からないけど……ナルトくんを見てると……)」

 

 

―――てめーらにゃあ負けねーぞ!!!

 

 

「(……だんだん勇気がわいてくる。私でも頑張れば……出来そうな気がしてくる……。

自分にも価値があるんだと……そう思えてくる!!)」

 

 

ふと、腕に手刀を落とされ、ヒナタの体制が崩れる。

そこへネジの掌が顔面へと容赦なく叩きつけられた。

 

 

「あ!」

 

 

グラつくも、踏みとどまり、立ち続ける。

何度も咳と共に吐血しながらも、ヒナタは真っ直ぐネジを見据え続けた。

諦めていない、まだ終わっていないと、その瞳から伝わってくる。

再び構えを取ったヒナタがネジへと向かっていく。

 

 

「(……ナルトくん……!! 今まではずっと私が見てるだけだった……。でも今はやっと……やっと私を……!)」

 

 

 

掌底が胸部を打った。

 

 

 

「!!ガハッ」

 

 

 

心臓部に喰らったのだろうか、夥しい血が吐き出され、ズルズルと倒れ込んでしまう。

そんなヒナタを柵から落ちてしまいそうなほど身を乗り出し、目を見開いて見つめるユウ。

どうして、そんな想いがユウの胸に駆け巡っていた。

 

 

「アナタも分からない人だ……最初からアナタの攻撃など効いていない……」

 

 

―――そんな自分を変えたくて、自分から……。

ふと脳裏に過ぎったヒナタの言葉に、ナルトはその双眸を細める。

 

 

「心臓を狙ったネジの決定打だ……。かわいそうだが、もう立てまい……」

 

「これ以上の試合は不可能とみなし……」

 

「止めるな!!」

 

「何言ってんのよバカ! もう限界よ、気絶してんのよ!!」

 

「サクラ」

 

「…ユウ…?」

 

 

 

試合終了を告げようとしたハヤテを遮り、ナルトが声を張り上げる。

そんなナルトへ焦ったように無理だと告げるサクラの腕を掴み、ユウはヒナタを見据えたまま首を横に振る。

次の瞬間、ユウとナルト以外の全員が驚愕に口を開いたまま目を見開いた。

ゆっくりと、震える体を叱咤して彼女は立ち上がる。

これにはネジでさえも動揺を隠せないようで、戸惑う素振りを見せた。

 

 

 

「……何故立ってくる……。無理をすれば本当に死ぬぞ」

 

「(やっと私を見てくれてる……憧れの人の目の前で……。

……格好悪いところは……見せられないもの……!!)」

 

「……」

 

 

微かに微笑んだヒナタに、ナルトも口元に優しげな笑みを浮かべる。

誰もがもう無理だと言ってもナルトが信じて見ていてくれてる。

それが、ヒナタの何にも勝る原動力となっているのだろう。

 

 

「ま……まだまだ……」

 

「強がってもムダだ。立ってるのがやっとだろ……この目で分かる。

……アナタは生まれながらに日向宗家という宿命を背負った。力の無い自分を呪い、責め続けた……。けれど人は変わることなど出来ない……これが運命だ。

もう苦しむ必要はない。楽になれ!」

 

「……それは違うわ……ネジ兄さん……。だって……私には見えるもの。

私なんかよりずっと……宗家と分家という運命の中で……迷い苦しんでるのはあなたの方」

 

 

その瞬間、凄まじい殺気がヒナタへ向けられた。

 

 

「ネジくん、もう試合は終了です!!」

 

 

ふわり、風が舞う。

ネジを止めに来た上忍も、そしてハヤテも、庇われたヒナタも、止められたネジ本人でさえ驚愕した。

ヒナタを守るように光のベールが彼女の周囲を囲んでいた。

そして……。

 

 

「お前…ッ!」

 

「ユウ、ちゃん…?」

 

 

ヒナタの視界一杯に広がるユウの後ろ姿。

彼女の左手にネジの腕は掴まれており、彼の身動きを封じていた。

 

 

「何故お前が止める…!! ……そうか、確かお前も……フン、所詮宗家は特別扱いか」

 

「宗家とか分家とか、そんなの関係ありません。ハヤテさんも試合終了の合図を出しました。これ以上、ヒナタを傷付ける理由はない……違いますか?」

 

「……あくまでルールに則って行動したまで、というわけか……」

 

 

沈黙を返し、ネジをスっと見据える。

二人の視線が絡まった、その直後。

 

 

「!! ガハッ……ガハッ」

 

「ヒナタ!」

 

 

ふわりとベールが解かれガクっと倒れ込むヒナタに気付き、その体を抱き留めて横たわらせる。

すぐにナルトが降りてきて、ヒナタに駆け寄った。

 

 

「ヒナタ!! 大丈夫かオイ!?」

 

「やばいわよ…この顔色……!」

 

 

重い瞼をうっすらと開けたヒナタのぼんやりとした視界に、切羽詰ったような顔をしたナルトが映った。

 

 

「(……ナルトくん………私…少しは………変われたかなぁ……)」

 

 

そのまま瞳を閉じてしまったヒナタを見て、唇を噛み締めるナルトにネジから声がかけられた。

 

 

「おい、そこの落ちこぼれ」

 

「!」

 

「お前に二つほど注意しておく……。忍なら見苦しい他人の応援などやめろ!

そしてもう一つ……。しょせん落ちこぼれは落ちこぼれだ。変われなどしない!」

 

「……!」

 

 

その言葉にキツく瞳を細め、ネジを睨みつけるとナルトは立ち上がった。

 

 

「試してみるか」

 

「フ……」

 

 

挑発するように鼻で笑ったネジにナルトはキレた。

ネジへ駆け出したナルトを止めたのはリーだった。

 

 

「…なっ…!」

 

「ナルトくんの気持ちは痛いほど分かります……!

……しかし勝負はちゃんとした試合で行うべきです!」

 

「……」

 

「落ちこぼれが天才を努力の力で打ち負かす。……本選が楽しみじゃあないですか。

もっとも彼の相手はボクかも知れませんがね……!」

 

 

俯いていたリーが顔をあげ、ネジを見据えた。

 

 

「……もしそれがナルトくんの方だったとしても……恨みっこ無しです!」

 

「……チィ。…分かったってばよ…!」

 

 

ひとまず怒りを収めたナルトを見、リーはガイへ親指を立てる。

ガイもナイスだと弟子を褒めるように親指を立てかえした。

 

 

「グフッ!!」

 

 

ビクン、体を跳ねさせ、吐血したヒナタにその場の空気が凍りつく。

サッと彼女の容態を診たユウは駆け寄ってきた紅に口を開いた。

 

 

「心室細動を起こしてます……。非常に危険な状態です」

 

「!」

 

 

殺すつもりだったのか、と紅はネジを睨む。

そんな紅に皮肉げな笑みを浮かべてみせた。

 

 

「オレをにらむ間があったら彼女をみた方がいいですよ」

 

「医療班は何してる! 早く!!」

 

「す…すみません」

 

「遅い……それじゃ手遅れになる……!!」

 

 

サッと印を組み上げていくユウに紅は怒鳴ろうとして、固まった。

彼女の瞳が一瞬、真紅に染まっていた。

忙しなく視線を動かし、淡く光を宿す手をヒナタへ翳すユウにようやくハッと我にかえる。

 

 

「ちょ、ちょっと何してるのよ…!? 一刻を争うっていうときに…!!」

 

「紅待て……ヒナタを見てみろ」

 

「カカシまで何を言って…!!?」

 

 

ふとヒナタを見て、再び紅の表情が驚愕に染まった。

あんなに苦しそうだったヒナタの呼吸が落ち着きを取り戻し、少しずつ表情が和らいできていた。

呼吸が完全に落ち着いたのを確認するとユウは光を収め、一息つく。

 

 

「……安全ラインは確保できました……。ですが、細部まで完全に治療できたわけじゃない……。医療班の元、ちゃんとした治療を受ければ、もう大丈夫です」

 

「アンタ……」

 

 

何故、と目を見開いている紅に困ったように微笑み、「ほら、早く」と医療班の元へと促す。

その直後、胸元を掴み、震える唇で息を吐き出すユウ。

 

 

「ユウ……」

 

「だい、じょうぶ……。もう、治まってきたから」

 

 

複雑そうなカカシに気付かぬふりをして、ユウは少し青白い顔で笑った。

担架によって運ばれていくヒナタを見送り、ナルトは血痕の残る地面へ膝をつく。

 

 

「(……ヒナタ……)」

 

 

彼女の血に触れると拳を握り締め、立ち上がった。

 

 

「(約束するってばよ…!!)」

 

 

ヒナタの血が滴る拳をネジへ突き出した。

ナルトはネジを真っ直ぐに睨みつける。

 

 

「ぜってー勝つ!!」

 

「フン……」

 

 

サクラたちも観覧席へと戻り、ネジが背を向けても尚、彼をにらみ続けるナルト。

一度深呼吸をしてから立ち上がり、ユウは彼のもとへ向かった。

なだめるように肩を軽く叩くと燃えるような闘志を宿した青い瞳がこちらを向く。

 

 

「…ユウ…」

 

「行こう?ヒナタのためにも、今後の試合、ちゃんと見ておかなくちゃ」

 

「…そうだな」

 

 

頭を撫でられたナルトは気恥ずかしくなってやめさせ、一人先に階段を登っていった。

くすりと微笑んでユウも階段を登り始めた、その時。

 

 

「オイ」

 

「!」

 

「お前面白い奴じゃん…気に入ったぜ」

 

「お前面白くねーじゃん。気に入らねェーってばよ!」

 

「(ヤ…ヤロー…)」

 

「ご、ごめんねカンクロウさん…

ナルト今かなり苛立っちゃってて…」

 

 

本当にゴメン、とこそっと耳元で謝られ、カンクロウは目的を思い出したのか、怒りを沈めた。

何だってばよ!? とイライラしながら用件を尋ねるナルト。

 

 

「オウ! あのな……あの日向ネジとかいう奴のことなんだけどな……」

 

「オレがぶっ倒す!!」

 

「……イヤ、誰もそんなこと聞いてんじゃ……」

 

「今のナルトに何を聞いてもこんな感じだよ、きっと」

 

 

思わず苦笑してしまうユウ。

そして、次の対戦が発表される。

 

 

「早く降りてこい」

 

 

第十回戦。

ガアラ VS ロック・リー

 

次の対戦カードも面白いことになりそうだとひっそりと影が笑んだのに、誰も気付かない。




すみません、お久しぶりの更新です……。
もう毎日残業残業、休出の嵐……。
少しずつ落ち着いてくると思うので、今月からは更新再開できると思います。
もう一つの連載もそろそろ更新しなくては……!

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