絆道~始まりのミチシルベ~   作:レイリア@風雅

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第36話 ‟“殺戮兵器”

「琥珀一族が滅んだ日のことをオレは未だに忘れられんよ…。

共に戦った戦友も、琥珀一族の中にいた…。

そして、オレの師であり、親友でもあったあいつも……琥珀一族だった。

アイツ等が、皆まとめて血の海に倒れ伏し、お前だけがその中心に佇んでいたあの光景は悪夢……いや、地獄のようだった」

 

「…」

 

 

ユウとて忘れたことはない。

目の前が赤く赤く染まっていくその瞬間を、断末魔を、あの目を。

全てが終わった時、ポツリと血の海に立っていたのはユウだけだった。

全てが終わって、何もかも無くなって、首についたままの使い物にならなくなったズシリと重たい首輪に触れて、大きすぎる刀を握ったまま。

命令を下す人間がいなくなった“兵器”は、どうしようもなくただぼうっと突っ立っていることしかできなかった。

今なら……その異常性を少しは理解できる。

 

 

「…なぜ、皆殺しにした…!?

あの日からずっとオレはお前に問いかけたかった!!

殺す必要の無かった者もいただろう!?

どうして…っ!

どうして“アイツ”が死ななければならなかった!?」

 

「…」

 

 

そんなのユウが知りたかった。

今でも夢に見るあの地獄のような日々の中で、何故自分がこうして人が息をするように殺していくのか、全く理解できなかった。

あの悪夢の日。

何かが終わって、“ユウ”が始まったあの日。

何があったのか……否、何をしたのか未だに把握しきれていない。

何も考えられず、完全に止まった思考の中、ただインプットされた命令をこなそうと体が勝手に動いていたのだろうか。

…いや、もしかしたらそれはただの都合のいい妄想で、ユウに殺戮衝動があったのかもしれない。

当時のユウは、あまりにも無知すぎて、生まれたての赤子のように幼かった。

 

 

「ガイ」

 

 

いつの間にか降りてきていたカカシが、ユウを庇うように立ち、怒りを押し殺したような声でガイへと話しかけた。

 

 

「お前が何も分かろうとしていないだけだと、オレは何度も言ったはずだ。

当時のユウはあまりにも幼くて…」

 

「幼いでは済まないこともあるだろう!!

これは全てを破壊し、殺戮の限りを尽くした正真正銘の人間の形をした“殺戮兵器”だ!!

コイツのせいで、琥珀一族との繋がりを持つ者は皆嘆き!悲しんだ!!

忍の中で最も最強と謳われた一族が、人の子の形をした死神に皆殺しにされたのだからな!!」

 

「ガイ!!」

 

「カカシ先生」

 

 

なお言い募ろうとしたカカシを呼び止める。

そしてチャクラ封じの札をはがし、鎖も巻物に戻して解放する。

解放されたガイは荒く肩で息をつき、ユウを射殺さんばかりに睨みつけていた。

 

 

「ちょ、ユウ…!?」

 

「先生が乱入してしまった時点で試合は終了です。もう拘束する必要はない。

…そうですよね、ハヤテ試験官」

 

「…ええ、そうなりますね。後は我々試験官と上忍、それから火影様を交え、審査を行うだけです」

 

 

淡々と事実を告げるユウに、咳をしながらも応えたハヤテに一つ頷き、ガイの目の前まで歩み寄る。

 

 

「殴りたいなら好きなだけどうぞ。あなたにはその権利があり、“私”には抵抗する権利も何もありません」

 

 

さあ、と両腕を広げたユウに誰もが息をのんだ。

ガイは頭に血がのぼったのか、思い切りユウの頬を殴り飛ばす。

 

 

「ユウ!!」

 

 

悲痛な悲鳴をあげ、名を呼んだのは誰だったのか。

殴り飛ばされ、反対側の壁へと叩きつけられたユウは息が出来ない程の衝撃に身動きすら出来なかった。

そのまま追いかけてきたガイに胸ぐらを掴まれ、引っ張られ、再び壁へ叩きつけられる。

 

 

「ガイ上忍!既に試合は終わっています!!これ以上の攻撃は…」

 

「黙れ!!コイツが殴れと言い、許可を出したのだ!!

部外者は黙っていろ!!」

 

 

怒りに吠えたガイに再び制しの声がかけられるが、今の彼にはユウしか見えていない。

口の中一杯に広がった血の味を感じながら、再び振り上げられた手に瞳を閉じ、衝撃に備えた。

 

 

「…?」

 

 

一向にやってこないそれに疑問に思い、そっと目を開ければガイの体が茶色い何かに拘束され、宙に浮いていた。

 

 

「!…我、愛羅…」

 

 

なんとか絞り出した声を聞き、いつの間にか我愛羅が腕を組みながら庇うように立ち塞がっていて、ちらりとユウに視線を向けた。

どこか苛立ちを携えたその瞳を、訳が分からず見つめていれば、つい、とガイの方へと視線を戻す。

 

 

「なんで…」

 

「オレだけではないようだがな」

 

「え…?」

 

 

よくよく見れば、ガイの影が伸びてきた影と繋がっていた。

どう考えてもその術を使えるのは、ここには奈良シカマルその人以外居ないわけで…。

更には今のうちに完全にガイを止めようと動いたナルトやカカシ、そしてキバの姿も目に入って、ポカンとあいた口が塞がらなかった。

 

 

「どう、して…」

 

「くだらないと思ったからだ」

 

「…くだら、ない?」

 

「この公の場で堂々と里の機密事項であろうことを話すこの男も……。

そしてこの男に甘んじ、身を呈するお前も…くだらん。

そこまでしてやる意味や義理などどこにある?

…オレには、お前の行動が理解出来ない」

 

 

カカシがガイを取り押さえたのを確認すると、我愛羅は操っていた砂を瓢箪へと戻し、もう一度ユウを見て、自分が先ほどまでいた場所へ戻っていった。

シカマルとナルト、キバは真っ直ぐこちらへやってくる。

 

 

「この超バカ!!なんで避けなかった!?」

 

「そうだってばよ!!オレたちがどんだけ心配したと思ってんだ!!」

 

「ホント心臓が止まるかと思ったぜ…!立てるか?」

 

「くぅーん…」

 

 

ユウの真っ赤に腫れ上がった頬を舐め、心配そうに鳴く赤丸も、心配したと言っているようだった。

キバに支えてもらい、立ち上がれば激痛が体中に走り、僅かに顔をしかめる。

 

でも、殴られた頬や、叩きつけられた体よりも……。

 

 

「(…なんで…いつも通りなの…?)」

 

 

胸が苦しくて、胸が痛くてたまらなかった。

叫び出したい衝動を唇を噛んで必死に耐える。

 

 

「カカシ…お前まで止めるのか!?」

 

「さっきの砂の子…我愛羅君だったかな?

彼の言うとおりだよ、お前少し頭を冷やして正気に戻れ」

 

「ガイ上忍…」

 

 

控えめに声をかければ、やっぱりあのギラギラした目で睨まれる。

支えてくれているキバが焦ったような声を出したが、スルーさせてもらい、その目を真っ直ぐ見返した。

 

早く、早く気付かせなければ………。

傷つくのは彼だ。

 

 

「試験前に言っていた、あなたの生徒……。

あ、まだリーのことしか、わからないんですけど……。

仲間思いの、素敵な忍だと思いました。

努力しているのが、すごく伝わってきます」

 

 

だから気づいて欲しいのだ。

リーのような真っ直ぐな忍を育てられるガイが、“悪い人”なわけがない。

そんなガイに、全てを拒絶するような、闇に沈んだ瞳は似合わない。

 

 

「あたしのことを殺したいほど嫌いで憎くて疎ましくて…存在を認めたくなくてもいい。

いつか、里に仇名す“物”だとあなたが判断したのなら、その時は……。

あなたの手であたしの存在を消してください。

ですが……真っ直ぐな忍を育てられるあなたのような人が……。

ずっとそんな闇にとりつかれたままなのは……勿体無いと思います」

 

「!」

 

「あなたを真っ直ぐに慕うリーを…裏切らないでください。

あなたはリーにとって大切な師であり、誇りであり、目標なんだと思いますから」

 

 

 

苦笑して、リーへと目を向けたユウに釣られるように同じくリーを見れば、その瞳は今まで見たことない程揺らいでいて、不安そうだった。

目標を見失いかけているような、何か見えなくなりかけているような…そんな瞳。

 

 

 

「…オレが…間違っていたのか……?」

 

「間違ってなんかいません。あなたのような対応は、あたしに対しては正解ですから。」

 

「いや…オレは、カカシの言っていたように目先に見えていた事実以外の何かに、気付けていなかったのかもしれん……」

 

「でも事実は事実です。

子供だろうが、幼かろうが…責任は背負っていかなければいけないというのも、その通りだと思います。」

 

「だが、本当にお前が…ユウが、望んでしたことだと信じて疑わなかった。

君を悪者にして、他の異常を見ないフリをしていた……?」

 

「それでいいんです。知らなくていいんです。

あたしを悪者にしていいんですよ…あなたは、何も間違っていません」

 

「だが…!」

 

「あなたは背負わなくていいんです。これからも、リーやあなたの生徒を育てるために、その目で先を見据えてください。

…終わってしまったことです、琥珀一族の……あの日のことは……。

あなたは見なくていいんです。振り返らなくて、いいんです。」

 

「それではオレは…!何か重大な真相に気づけない愚か者のままではないか…!!」

 

 

憑き物が取れたように瞳の輝きを取り戻したガイは、穏やかに諭すユウに今更ながら罪悪感を抱いていた。

それでもユウはずっと許し続け、見なくていいのだと振り返るなと忠告するように諭し続ける。

 

 

「愚か者じゃない、見ないことで救われることだってあります。

これで、終わりにしましょう?

あなたは悪くない、何も悪くないんですよ。

今まで通りで、いいんです」

 

「っ…」

 

 

ここに来て、ようやくガイは理解する。

とうの昔に、ユウは一人、取り残されていたのだ。

闇の中に、本当の真実の中に、たった一人。

最早、ガイが今更彼女の真実を見たいと思っても、その可能性はどこにも存在していなかった。

ユウは存在が認識してもらえさえすれば嫌われていようが憎まれていようが、なんでも良かったのだ。

 

そこまで追い詰めたのは……ガイのような里の人間たちだった。

 

 

「…ユウ、行くぞ」

 

「うん…ごめんね」

 

「気にすんなってばよ、早く行こうぜ」

 

 

ユウを支え、上へと移動するシカマルたちの背を、眩しそうに目を細め、見送る。

ガイの腕を解放し、ため息をついたカカシに行くぞ、と声をかけられ、小さく頷いた。

 

 

「なぁカカシ…オレは、あの子に償えるだろうか…」

 

「…お前の態度次第じゃないの?

そもそも、触りの部分とはいえ、あの子の過去を望まない形でアイツ等の目の前で明かしたこと、オレは一生許すつもりはないしね」

 

「はは…我がライバルは手厳しいなぁ…」

 

「そりゃ、怒ることも知らないあの子の分も割増してるからな」

 

「…そうだな…」

 

 

むしろそんなふうに言われ、殴られる筋合いはない、と反発された方が何倍も気が楽だ。

そう呟くガイに何とも言えない表情で、カカシは観覧席へ足を向けるのだった。

 

 

+++++

 

 

審議が行われている間、ユウは大変だった。

サクラやいの、ヒナタには泣かれてしまうし、サスケには睨まれてしまうし、キバとナルト、シカマルはしばらく離れようとしてくれず、シノもずっと無言だった。

チョウジも自業自得だと言って苦笑している。

リーはずっと沈んだ表情でユウを気にしているので、思わずため息をついてしまった。

 

 

「さっきの話が本当だろうとなんだろうと、お前の口から訊くまでオレは何も信じねーよ」

 

 

医療班から氷袋をもらってきたシカマルが、未だ立ったままだったユウを壁に寄りかからせ、座らせながらそう告げた。

目を見張るユウの隣りに座ったシカマルは優しく頭を撫で、悪戯っ子のように笑いかける。

 

 

「本当だとしても、お前を拒絶なんてしねーし。

……その前に、罰ゲームのこと忘れんなよ」

 

「え?」

 

「無理無茶やらかしたろうが……この超バカ」

 

 

腫れ上がった頬に氷袋を当て、眉をしかめながらため息をつく。

どこか不機嫌そうな、不満そうな表情。

氷の冷たさにビク、と体を揺らし、涙目になりながらも不思議そうに横目で見る。

 

 

「冷たッ…試合中無理してないし無茶もしてないよ?」

 

「だからって試合終了後にガイ先生に自分から殴られに行くとか、それは無茶だろって言ってんだ」

 

「冷たい冷たいむしろ痛い!!」

 

 

グリグリと氷袋を押し付け、言ってやれば降参降参とばかりに手をパタパタさせる。

うぅ~、と恨めしそうに睨まれたって怖くなどないので、シカマルは内心笑った。

 

 

「てなわけで、罰ゲームな?」

 

「…約束しちゃったし、しょうがないか……。

それで?何すればいいの?」

 

「あー…そうだな……。

予選終わったら罰ゲームの内容言うわ」

 

 

それまでに覚悟しとけよ、とあくどい笑みを向けられ、頬を引きつらせる。

その時、丁度審議が終わったらしい。

シカマルとキバに何故かサイドを固められ、頬には氷袋を当てながら手すりにもたれ掛かり、結果を待つ。

 

 

「えー、それでは先ほどの琥珀ユウさんの予選結果を発表します……」

 

 

ゴクリ、隣りでキバが息を飲み込む。

どうやら本人であるユウよりも、ユウの周りの人たちの方が緊張しているらしいと苦笑する。

ゴホッ、一つ咳をし、ハヤテは口を開いた。

 

 

「結果、過半数以上賛成により、琥珀ユウ本選出場決定です」

 

「「「やったぁあああああ!!」」」

 

「え!?うわ、わ?!」

 

 

歓声と共に押し倒され、ナルトやサクラ、いのたちにぎゅうぎゅうに抱きしめられる。

そんなユウは突如引っ張り上げ、抱きしめられた。

あー!とナルトたちの非難がましい声が聞こえ、目の前が真っ暗なユウはとにかく顔を見ようとするが、肩口にその人の顔が埋められ、更にぎゅっと抱きしめられてしまう。

 

 

「良かった……良かったな、ユウ…」

 

「…カカシ、先生…」

 

 

ふわり、顔をくすぐった銀髪に、小さく頷いた。

 

 

「――――ありがとう、先生」

 

 

いつも見守ってくれて。

向き合えないあたしを……。

素直に温かい掌を受け取れないあたしを。

見捨てないでくれて。

 

他にもある、数え切れないたくさんのありがとうを、その一言にこめた。

それがどれくらい伝わったのか分からないが、微かに微笑んだカカシはユウをもう一度抱きしめ、解放したのだった。

解放した途端、再びもみくちゃにされるユウを、優しい眼差しで見つめる。

 

ユウの予選は、暖かな勝利を飾り、終わりを告げたのだった。

 




たまにはユウを愛でる回があってもいいと思ったので…←
ガイとのわだかまりは完全に溶けた訳ではないけれど、関係の改善はされていくと思われます。
ユウもガイ上忍→ガイ先生に呼び名が変わっていくんじゃないかな。

最近シリアスばっかりだったので、シカマルたちにユウを愛でてもらいました。
ガイが何を言おうが、シカマルはユウから話を聞くまでは聞かなかったことにしてくれます。
…シカマルがイケメンに見えてきた←
というか、シカマルがユウに超バカと言う回数が一気に増えました。
軽口を叩けるくらい距離が近くなった気がしていいなぁと勝手に私は思ってます←

それにしてもキャラが勝手に動いて困る。
本当はここでユウの過去の触り部分を明かすつもりなかったのに、おかしいな……。

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