絆道~始まりのミチシルベ~   作:レイリア@風雅

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第26話 第一の試験

煙が晴れ、ズラリと立ちはだかる中忍以上の肩書きを持つだろう忍たち。

その中央にいた厳つい男が先ほどの怒鳴り声の主だろう。

 

 

「待たせたな……中忍選抜第一の試験、試験官の森乃イビキだ」

 

 

ニヒルな笑みを浮かべるイビキに恐れ戦く受験者たち。

そんな彼らを気にも留めず、彼は音忍の6忍を指差した。

 

 

「音隠れのお前ら!試験前に好き勝手やってんじゃねーぞコラ

いきなり失格にされてーのか」

 

「すみませんねぇ……なんせ初めての受験で舞い上がってまして……つい」

 

「レイナちゃんはぁー、ちょっと不安になっちゃっただけですよぉ?

だからつい」

 

 

てへ、と舌を出す女だが、イビキはお気に召さなかったらしい。

眉を潜め、さっと会場内を見渡し、明らかについさっき出血したばかりだろうユウの血だらけの腕に目を留める。

 

 

「おい、そこの金髪」

 

「……え、あ、はい。なんでしょう?」

 

「随分とこっ酷くやられたようだが、治療は必要か?

大方そこの音忍にやられたんだろう

特別に時間をとってやる」

 

「……いえ、あたしだけ例外っていうのは……」

 

「お、お願いします!じ、時間を、ください!!」

 

 

勇気を振り絞って声を張り上げたヒナタを呆然と見つめる。

彼女は怯えながらもしっかりとイビキを見据えていた。

 

 

「いいだろう……10分時間をやる」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ちょ、ヒナタ……」

 

「他のヤツらは今のうちに志願書を順に提出しろ!座席番号の札を受け取ったらその指定通りの席に着け!」

 

 

大丈夫だと言おうとして、こちらに駆けてきたナルトに担がれてしまった。

イビキの方を見れば既に次の段階に入っていて、手当てすることは決定事項のようだ。

 

 

「ヒナタ手当て頼むってばよ!」

 

「う、うん!

じゃあそこによっかからせてあげて……」

 

「おう!」

 

「ちょ、二人共……皆の迷惑になるって……!」

 

「だったらあの音忍たちが悪いってばよ!

ユウは気にすんな」

 

「そ、そうだよ!

それに……ユウちゃんは私を庇ってくれた……。

わ、私だって、これくらいユウちゃんにしないと……と、友達、だもん……!」

 

 

止血しながら優しく包帯を巻いてくれるヒナタと、体が痛くないように支えてくれるナルト。

後からやってきた目に涙を貯めたサクラといのによってもう片方の腕も手当てされていく。

 

……どうして……

 

段々胸が圧迫されるような息苦しさを感じ、俯くとそっと頭に手が載せられた。

ビクッと体を震わせ、見上げると安心させるように優しく微笑むシカマルがいる。

そして、落ち着かせるようにポンポンと一定のリズムで背中を撫でてくれるナルトがいて……。

 

シカマルは最近こうしてくれることが多いけど、なんでナルトまで、とか

なんでそんなに優しくしてくれるんだろう、とか

そもそもなんでこんなことになってるんだろう、とか

色々、言いたいことも聞きたいこともあったけれど、どれも言葉に出来なかった。

 

 

+++++

 

怪我の応急処置を終え、ナルトたちも志願書を提出し、それぞれ指定の席につく。

自分の番号が置かれた席をようやく見つけたその時、見覚えのある後ろ姿に目を丸くする。

 

 

「あれ、我愛羅?」

 

「!ユウ、か……」

 

「隣りの席、だね」

 

「ああ」

 

 

ほんの少し、目元を柔らげたような気がする我愛羅にユウも微笑み、ちょこんと隣りに座る。

ちらりと包帯の巻かれた両腕に目をとめる。

 

 

「……それは」

 

「うん?ああ、これのこと?

大丈夫だよ、そんなに痛くないし」

 

 

ひらひらと手を振ってみせたユウにそんな訳ないだろう、と我愛羅は思った。

先の音忍の襲撃は我愛羅も見ていた。

物言いたげな我愛羅の視線に気がついたのだろう、ちょっと困ったように眉尻を下げる。

 

 

「……我愛羅は、優しいね」

 

「!オレが……優しい?」

 

「うん。我愛羅は、優しいよ。

あたしにはその優しさは勿体無いくらい」

 

 

ニコリ、微笑んだ彼女は自覚しているのだろうか。

その瞳が、孤独の闇に包まれていることを。

孤独に包まれているのに、それでも尚争いを好まず、憎しみに駆られない澄んだ目。

 

孤独の闇を写し、優しい癒しの光を灯す瞳。

 

矛盾していると、思った。

 

 

「……変わったヤツだ……」

 

「?そうかな」

 

 

普通だと思うんだけど、と首を傾げるユウの問いに鼻で笑って返した後、試験のルール説明が始まった。

簡単にルールをまとめると

 

①今回の試験は全10問。各1点の配分で、減点式。

 ちなみにそれぞれの持ち点は10点だ。

 

②この筆記試験は受験申し込みを受け付けた三人一組のチーム戦。

 チームの合計点数で合否を判定するチーム単位の試験ということだ。

 

これにはサクラが猛抗議したが、イビキは意味があってのルールなのだから受験生に質問する権利などないと一括した。

サスケとサクラのナルトに対する殺気がこちらまで伝わってくるようで思わず苦笑い。

 

 

「ただし、今回は例外が一人いる。」

 

 

そう言ってイビキはユウへ視線を向けた。

そりゃあそうだ。

一人で参加したユウではどう頑張っても10点満点しか取れないため、非常に不利である。

 

 

「個人参加である琥珀ユウ。

お前には持ち点を30点やる。

ただし、減点配分はその分大きくなり、採点基準も厳しくなると覚悟しておけ」

 

「はい」

 

 

それくらいは仕方がないだろう。

一人だけ特別ルールなのだ。

 

そして肝心の三つ目のルール

試験途中で妙な行為……「カンニング及びそれに準ずる行為を行った」と監視員たちに見なされた者は、その行為1回につき持ち点から2点ずつ減点する。

もし試験中、5回カンニング行為をしたと判断された時、持ち点は0になり退場させる、というものだ。

 

 

「……」

 

 

だが、普通なら一発目のカンニングで退場にするものではないだろうか

監査基準が甘いのか、それとも何か”裏”があるのか……。

 

 

「(――全ては次のイビキさんの”言葉”と、問題内容で決まる)」

 

 

受験生たちが教室の四隅に陣取り、威圧をかけてくる監視員に圧倒され、息を呑む中、イビキの顔にニヤリとした笑みが浮かぶ。

 

 

「無様なカンニングなど行った者は自滅していくと心得てもらおう。

仮にも中忍を目指す者、忍なら……立派な忍らしくすることだ」

 

 

意味深なセリフを吐き、イビキは更に受験生に追い討ちをかけるかのように口を開く。

 

 

「そして最後のルール……この試験終了時までに持ち点を全て失った者

および、正解数0だった者の所属する班は……

3名全て道連れ不合格とする!!」

 

 

刹那、顔見知りの2人からおびただしい殺気が残りの1人に向けられたのを感じ、苦笑する。

 

――ビンゴ

ここまでは予想通り……

だけどこれ……ある意味相当ナルトたちは堪えてるだろうなぁ

 

サクラは中忍レベルの問題なら解けるだろうし、サスケも早めか遅めかは分からないが、必ずこの試験の意図に気づく

 

きっとみんななら大丈夫だよね。

頑張って、ナルト……―――――

 

ここからはユウはナルトたちを助けることは赦されない。

だから、彼らを信じるしかない。

ユウの不安が残ったまま、試験開始となった。

 

 

+++++

 

試験開始後20分。

ふぅ、と持っていた鉛筆を置き、一通り眺める。

幼少の頃叩き込まれた忍としての知識は健在だったようで、苦戦することなく全ての問題を解くことが出来た。

 

 

「!」

 

 

サラサラとユウの目の前に砂で出来た小さな球体が現れた。

気付かれないように伺えば、我愛羅が何か術を使っていると判明した。

忍らしいカンニング……つまり情報収集するための術だろう。

感覚を研ぎ澄ませてみると、何人かは既に何かしらの術を用いて行動を開始しているようだ。

その中にはサスケの気配もあり、ほっと一息つく。

それにしても、と問題をもう一度見る。

残りは問題の第10問を残すのみ。

 

『この問題に限っては、試験開始後45分経過してから、出題されます。

担当教師の質問を良く、理解した上で、回答して下さい。』

 

「(この試験開始後45分まではあくまで前哨戦。

おそらく、試験官の最大の仕掛け……本命はこの第10問目。)」

 

 

せめてそこまでナルトたちが生き残ってくれれば、この10問目で彼らが落とすことはない。

自分の予想が正しければこの試験の本当の目的は……

 

 

「(”中忍”としての覚悟を試すこと!)」

 

 

ふと、鉛筆が走る音が止まった。

我愛羅の方を見ると淡い緑とかち合ったので、口パクで話しかける。

 

 

『 おつかれさま 』

 

 

そして微笑むと、驚いたように目を丸くする。

ふい、と視線がそらされた。

しかし、その表情が少しやんわりと穏やかなものになっている気がした。

 

 

+++++

 

そんなユウの様子を見守っていたいのは、ふと近くの席にいるシカマルの顔が目に入り、思わず苦笑をこぼす。

 

(あーあ、シカマルってば拗ねた顔しちゃってー…。

アンタがそこまで面に出すの、ユウ限定ねー。

意外と可愛いとこあるヤツなんだからー!

キバなんかも相当仏頂面してんでしょうねー)

 

まぁ、でもと視線をユウに戻し、机に置いた腕に頭を乗せる。

 

(…あれじゃ、心配にもなるわー……)

 

何事も無かったかのように笑っているが、先ほどの乱闘後でのそれは違和感でしかない。

まるで、ああいうことに”慣れてしまっている”ように、見えてしまう。

先の乱闘事件のような、理不尽なことを全て無かったことのように振舞うのは大人でも難しい…否、無理なことだと、いのだって分かっている。

だが、実際ユウはそれをやってのけてしまっているのだ。

 

じゃあ、彼女が感じた並ならぬ恐怖や痛みは、一体どこへいくというのか……。

 

いのはただ、心配そうに、不安そうにユウを見守ることしかできない。

今にも崩れ落ちていきそうなのに。

けれどきっと彼女がいのに心を開くには、とても長い時間をかけないといけないから……。

 

それではきっと、間に合わない。

 

ユウを支えるには、今の自分はあまりにも無力だった。

 

 

+++++

 

―――試験開始から45分。

イビキは今残っている受験生たちの手を止めさせ、注目させる。

この時点で既に十数組の受験生が落ちていたが、幸いなことにユウの知り合いは一人も脱落していない。

とりあえず一段落ついた気持ちになり、ほっと息をつく。

 

 

「よし!これから“第10問目”を出題する!!」

 

 

ある者は不安そうに、ある者は覚悟を決めたように、それぞれが身構え、出題を待つ。

 

 

「…とその前に一つ最終問題についてのちょっとしたルールの追加をさせてもらう」

 

 

会場内に動揺が走ったその時、トイレに行っていたカンクロウが試験官に連れられ、戻ってきた。

 

 

「フ…強運だな」

 

「!?」

 

「お人形遊びがムダにならずに済んだなァ…?」

 

 

どうやらイビキはカンクロウの傍にいる試験官の一人が“”人形”…

否、傀儡であったことに気付いていたらしい。

冷や汗をかくカンクロウにまぁいい、と座るように命じる。

 

 

「では説明しよう。

これは…絶望的なルールだ」

 

 

+++++

 

同時刻、上忍待機”人生色々”。

現在部下が中忍試験を受けているため、キバたち八班の担当上忍である夕日紅、シカマルたち十班の担当上忍である猿飛アスマ、そしてユウたち七班の担当上忍であるはたけカカシが雑談を交わしていた。

 

 

「ま、しかし…部下達がいなくなるとヒマになるねェ~。任務お預け!」

 

「なに…すぐ忙しくなるに決まってる」

 

 

紫煙を吐き出しながらそう言ったアスマにカカシがその理由を聞くと、第一の試験管がイビキだからだと告げた。

難しそうな顔をするカカシに対し、紅はイビキの噂を聞いていないのか訝しげな顔をする。

 

 

「よりにもよってあのサディストか…」

 

「! サディスト?」

 

「紅…お前は新米上忍だから知らねーのも無理はねー…」

 

「…いったい何者なの?」

 

「プロだよ、プロ…」

 

「プロ?…何の…」

 

 

煙草をふかし、アスマは答えた。

 

 

「拷問と尋問!」

 

 

+++++

 

森乃イビキ。

拷問と尋問のプロと恐れられている、木ノ葉暗部拷問・尋問部隊隊長であり、木ノ葉が誇る特別上忍。

どうやら彼は、ユウの持つ情報通りの忍らしい。

彼に目をつけられた時のことを想定した”修行”を課せられていたこともあったな、と一瞬フラッシュバックが起こりキュッと唇を一文字に結ぶ。

フラッシュバックが起こった際、少しチャクラが不安定になったのを敏感に察知したのか、我愛羅が横目でユウを見ていた。

 

 

「まず…お前らにはこの第10問目の試験を…。

”受けるか””受けないか”のどちらかを選んでもらう!!」

 

「え…選ぶって…!もし10問目の問題を受けなかったらどうなるの!?」

 

「”受けない”を選べばその時点でその者の持ち点は0となる…つまり失格!

もちろん同班の2名も道連れ失格だ」

 

「ど…どういうことだ!?」

 

「そんなの”受ける”を選ぶに決まってるじゃない!!」

 

「…そして…もう一つのルール」

 

 

まだあるのか、と会場にいる受験生たちは表情を強ばらせる。

 

 

「”受ける”を選び…正解できなかった場合―――

…その者については今後永久に中忍試験の受験資格をはく奪する!!」

 

 

追加されたそのルールは、受験生たちに強い動揺を与えるには充分過ぎるほどだった。

流石拷問・尋問部隊でも特筆して恐れられているだけはある。

 

―――まだまだ生易しい方ではあるだろうが…

 

下忍である自分たちを揺さぶり、天秤にかけるには充分過ぎるだろう、とユウは感嘆の息すら吐いた。

 

 

「そ…そんなバカなルールがあるかぁ!!

現にここには中忍試験を何度か受験している奴だっているはずだ!!」

 

 

思わず抗議するキバに赤丸も同意見なのか、激しく吠え立てる。

何が面白いのか、威圧感さえ感じる笑みを浮かべ、くつくつと声をあげて笑う。

 

 

「運が悪いんだよ…お前らは……今年はこのオレがルールだ。

その代わり引き返す道も与えてるじゃねーか…」

 

「え?」

 

「自信のない奴は大人しく“受けない”を選んで…来年も再来年も受験したらいい」

 

 

確かに、その通りだ。

リスクをおかしてまで中忍になりたいと思わないなら、もっと難易度が低いかもしれない次回を待てばいい。

 

だが、それが中忍になった時、その考えは通用するのか?

それは『NO』だろう

何故ならばユウたちは忍で、当然中忍になれば下忍である今よりも危険な、それこそ命にかかわるレベルの任務が舞い込んでくるようになるのだ。

その時、部下を死なせてしまうかもしれない、もちろん自分自身も死んでしまうかもしれない。

当然自身の死の恐怖を感じ、部下の命を背負う重みを味わうことになる。

だからといって、危険な任務を避けて通ることなど許されないのだ。

生半可な覚悟で中忍になるくらいなら、ここで動揺して辞退するような忍は、上に立つ者として相応しいはずがない。

きっと、イビキはそれを伝えたいのだ。

それを第10問目の問題として、出題している。

 

 

「では始めよう。この第10問目……

”受けない”者は手を挙げろ。番号確認後ここから出てもらう」

 

 

しばし、沈黙が訪れた。

それぞれ思うことは、どんな問題なのか、その問題に対応できる知識を自分は備えているのか、だろう。

リスクを負ってまで問題を受ける価値があるのか、考えているのなら…

スっとナルトの隣りの席だった男が手を挙げた。

 

 

「オ…オレはっ…

やめる!”受けない”ッ!!」

 

 

この男のように辞退する道を選ぶのだろう。

班員の番号が呼ばれ、悔しそうに退場していく姿を目で追っていた受験生たちは波紋が広がるように動揺していく。

 

 

「お…オレもだッ!!」

 

「わ…私も…」

 

「オレもやめる!!」

 

「わ……わたしも…」

 

 

一人辞退する道を選んでしまえば、後は我先にと手を挙げ始めた。

また一人、また一組と辞退していくこの空気に流されるように手をあげる人が増えていく。

これもすべて、イビキは計算してやっているのだろう。

人間の本来の弱さを引き出す、効率のよい方法で。

 

ナルトたちは大丈夫、負けないはず。

自分にそう言い聞かせていたユウの想いを打ち砕くように、”彼”が手を挙げた。

 

 

「……え…?」

 

 

思わず漏れた、間抜けな声。

いつも真っ直ぐで、諦めず、ユウたちを希望の道へと引っ張っていってくれるナルトが、震える手で挙手していたのだ。

しかし、ナルトはその手は振り下ろした。

バン、と机に叩きつけられた手、そして彼はたからかに宣言する。

 

 

「なめんじゃねー!!!オレは逃げねーぞ!!

受けてやる!!もし一生下忍になったって…意地でも火影になってやるから別にいいってばよ!!!

怖くなんかねーぞ!!」

 

 

フー、と今までの鬱憤を吐き出すように息を吐いたナルトに、思わず小さく笑ってしまった。

そうだ、あのナルトがそう簡単に諦めるはずがない。

それが、それでこそ、うずまきナルトだ。

 

 

「もう一度訊く…人生を賭けた選択だ、やめるなら今だぞ」

 

「まっすぐ自分の言葉は曲げねえ…オレの…忍道だ!!」

 

 

会場に残っていた者、全ての動揺や不安が嘘のように払われてしまった。

流石、下忍第七班が誇る意外性No.1のドタバタ忍者である。

これはもう、これ以上揺さぶっても効果は期待できないだろう。

ユウがそう思ったように、イビキも判断したらしい。

他の試験管とアイコンタクトを取り、満足そうに頷いた。

 

 

「いい”決意”だ。では…ここに残った79名全員に…

”第一の試験”合格を申し渡す!」

 

「!!」

 

 

他の受験生たちのほとんどが呆気にとられる中、ようやく終わったといわんばかりに一人こっそり息を吐いた。

 

 

「ちょ…ちょっとどういうことですか!?いきなり合格なんて!

10問目の問題は!?」

 

「そんなものは初めから無いよ。

…言ってみればさっきの2択が10問目だな」

 

「え!!?」

 

 

ニカッと快活な笑顔を浮かべるイビキに、驚愕の声をあげるサクラ。

こちらが本当のイビキの姿なのだろうか、纏う雰囲気もどこか穏やかだ。

 

 

「ちょっと…!じゃあ今までの前9問は何だったんだ…!?まるで無駄じゃない!」

 

「…無駄じゃないぞ。9問目までの問題はもうすでにその目的を遂げていたんだからな…

君たち個人個人の情報収集能力を試すという目的をな!」

 

「?…情報収集能力?」

 

「まず…このテストのポイントは、最初のルールで提示した“常に三人一組で合否を判定する”というシステムにある。

それによってキミらに”仲間の足を引っ張ってしまう”という想像を絶するプレッシャーを与えたわけだ…」

 

「なんとなくそんな気がしてたんだってばよこのテスト!」

 

 

分かったように頷くナルトに思わず苦笑が溢れる。

本当は分からなくて焦ってたのに、と。

 

 

「しかし…このテスト問題は君たち下忍レベルで解けるものじゃない…

…当然そうなってくるとだな…会場のほとんどの者はこう結論したと思う。

点を取る為には”カンニングしかない”と…

つまり…この試験はカンニングを前提としていた!

そのため”カンニングの獲物”として全ての回答を知る中忍を2名ほど…あらかじめお前らの中に潜り込ませておいた」

 

「そいつを探し当てるのには苦労したよ…」

 

「ああ…ったくなぁ…」

 

「ハハハハハ……バレバレだったっての―――!!!ンなのに気づかない方がおかしいってばよ!!!」

 

 

いや、それじゃむしろ気づいてませんでしたって公言してるみたいなんだけどなぁ。

わざとらしい程ナハハ、と笑い、わざわざヒナタにまで確認をとるナルトにクスクス笑う。

 

 

「しかしだ…ただ愚かなカンニングをした者は…

当然失格だ…」

 

 

シュル、頭に巻いていた額あてを取り、イビキは生々しい傷跡の残った頭部を晒した。

 

 

「なぜなら…情報とはその時々において命よりも重い価値を発し、任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるものだからだ…」

 

 

火傷やネジ穴、切り傷などが刻まれた頭部。

拷問されても守るべき里や、大切な人を想い、情報を守りきったその証なのだろう。

堂々と白昼に晒す頭部に残った傷跡を、むしろ誇っているかのようだった。

 

自然と痛みを訴える手を胸元にあてる。

 

 

「敵や第三者に気づかれてしまって得た情報は“すでに正しい情報とは限らない”のだ…

これだけは覚えておいて欲しい!!

誤った情報を握らされることは仲間や里に…壊滅的打撃を与える!!

その意味で我々はキミらに…カンニングという情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別した…というわけだ」

 

「……でも…なんか最後の問題だけは納得いかないんだけど……」

 

 

ギュッと額あてを締め直したイビキは不満そうなテマリに笑顔を向ける。

 

 

「しかし…この10問目こそが…この第一の試験の本題だったんだよ」

 

「……いったい…どういうことですか?」

 

「説明しよう…――――10問目は、”受けるか””受けないか”の選択。

言うまでもなく苦痛を強いられる2択だ。”受けない”者は班員共々、即失格…

”受ける”を選び問題に答えられなかった者は”永遠に受験資格を奪われる”

実に不誠実極まりない問題だ……」

 

 

じゃあこんな2択はどうかな

イビキはユウたちが中忍になったとする仮の例を挙げてみる。

 

 

「任務内容は秘密文書の奪取…敵方の忍者の人数・能力・その他軍備の有無一切不明。

さらには敵の張り巡らした罠という名の落とし穴があるかもしれない…

さぁ…”受ける”か?”受けない”か?

命が惜しいから………仲間が危険にさらされるから………危険な任務は避けて通れるのか?」

 

 

答えはノーだ

 

 

「どんなに危険な賭けであっても――――おりることのできない任務もある。

ここ一番で仲間に勇気を示し……苦境を突破していく能力、これが中忍という部隊長に求められる資質だ!

いざという時自らの運命を賭せない者。

”来年があるさ”と不確定な未来と引き換えに心を揺るがせ……チャンスを諦めていく者。

そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に中忍になる資格などない、とオレは考える!!」

 

 

全くもってそのとおりだとユウは内心同意した。

イビキが考えたであろうこの試験のシステムは本当に素晴らしいものだった。

 

 

「”受ける”を選んだ君達は―――難解な”第10問”の正解者だと言っていい!

これから出会うであろう困難にも立ち向かっていけるだろう……

入口は突破した…「中忍選抜第一の試験」は終了だ。

キミたちの健闘を祈る!」

 

「おっしゃ――――!!祈ってて――――!!」

 

「フフ…」

 

 

イビキが微笑み、会場内に和やかな雰囲気が流れていたその時、何者かの気配が会場に差し迫っていることに気づき、身構えたその直後。

 

ガシャァアアン!

 

豪快に窓を割り、黒い布を身に纏った何者かが侵入してきた。

クナイを2本投げたその人はクルリと回転し、摩擦を利用してようやくその場に止まる。

 

 

「な…なんだぁ!!!」

 

 

驚愕の眼差しも声も知ったことかといわんばかりに、『第2試験管みたらしアンコ見参!!』と堂々と書かれた黒い布が幕のように引かれた。

 

 

「アンタ達よろこんでる場合じゃないわよ!!!

私は第2試験管!みたらしアンコ!!次行くわよ次ィ!!!

ついてらっしゃい!!!」

 

 

侵入者、もとい第2試験管であるみたらしアンコなるくノ一は、こうして忍とは思えないような堂々かつ大胆でド派手な登場を果たしたのだった。

 

 

「空気読め……」

 

 

弾幕から顔を出し、ポツリとツッコミを入れるイビキにようやくその微妙な空気に気付き、アンコは顔を赤らめ、気まずげに頬を引きつらせた。

 

 

「何かナルトっぽいわね……この試験管」

 

 

確かに、どこかナルトと同じ匂いがしなくもない。

ユウはいつものナルトとアンコの重なる部分を見つけ、人知れず笑みを零した。

 

 

「79人…!?イビキ!26チームも残したの!?

今回の第一の試験…甘かったのね!」

 

「今回は…優秀そうなのが多くてな」

 

「フン!まあいいわ…次の『第二の試験』で半分以下にしてやるわよ!」

 

 

半分以下にしてやる…?

第一の試験は筆記…情報収集が目的だったから、次はサバイバルでも行うのだろうか?

 

 

「ああ~~~ゾクゾクするわ!詳しい説明は場所を移してやるからついてらっしゃい!」

 

 

借りていた鉛筆を戻し、机が綺麗になったことを確認してユウは席を立った。

そんなユウを待っていたのか、ヒナタが駆け寄ってきた。

 

 

「ユウちゃん…!お、おつかれさま」

 

「ヒナタもお疲れ様!木ノ葉の同期メンバー、全員第一の試験突破だね」

 

 

ニコッと微笑むと、あわあわモジモジしながらゆっくりうなずく。

だが、ユウの手に巻かれた血の滲んでいる包帯を見て、表情が曇ってしまったのに気づき、ヒラヒラとなんでもないように動かしてみせた。

 

 

「こんなの全然大丈夫だって!

ヒナタが手当てしてくれたおかげで、もうあまり痛まないし…

…わざわざ手当してもらっちゃってごめんね」

 

「そ、そんな…!

わた、私の方こそ…私を庇ったせいでユウちゃん、怪我しちゃって…

本当にごめんなさい……!!」

 

「いや、でもあたしが好きでやったことだもん、本当に気にしないで?

もっと上手くやっていたら包帯とか減らさなくて済んだのに……ごめん」

 

 

お互いに謝り続けるという悪循環に入ってしまった二人の元へため息をついたシカマルが割って入った。

 

 

「ヒナタもユウも、そこまでだ。

みんなまとめて音忍の奴らが悪かったってことでいいじゃねぇか」

 

 

な?

と優しく微笑んでくれたシカマルを直視できなくて、うつむく。

仕方ないな、と苦笑し、ユウの頭を優しく撫でたシカマルにピクリと反応し、瞳を揺らした。

与えられた温もりに、ガイに殴られた腹部と叩きつけられた背中、そして先の襲撃によって出来た両手の傷がジクジクと熱を持ったように熱く、痛みを訴え始める。

 

まるで、お前にそんな価値はないのだ、と言うように。

 

痛みは慣れてるハズなのに、どうしようもなく辛くなって、シカマルの手からするりと逃げる。

驚いたような、傷ついたような顔をするシカマルに胸が痛んだが、気づかないふりをして微笑を貼り付けた。

 

 

「早く行こう?アンコさんに置いていかれちゃうよ」

 

「っユウ……!」

 

 

伸ばした手から逃げるように踵を返し、どんどん先に行ってしまうユウに胸が張り裂けそうなほど苦しくなった。

しばらく彷徨わせた手で拳を握り、ユウの背中を届かない想いを込め、見つめる。

 

(あれ……?)

 

その時、その違和感に気が付いた。

違和感を取り除こうと思考を巡らせながらもう一度冷静にユウの後ろ姿を見て、その違和感は解決された。

 

 

「…あ…ッ!?」

 

 

両手が痛むのか、時折手首を気にしているのはまだ分かる。

だが、時折違う箇所を気にするように、変な歩き方をしているのだ。

 

 

「アイツ…」

 

「?…シカマルくん?」

 

「まだ、他に怪我してんのか……?」

 

 

会場入りしたときよれていた服。

服に微妙についていたコンクリート片。

そして、時折どこかを庇う素振り……。

呼吸をする際に特に酷く気にしているような………。

 

そこまで行き着いて、シカマルは目を見開いた。

 

 

「背中と腹の辺りだ…」

 

「え?」

 

「ッいつだ…?そんな怪我負うようなこと、いつ…!?」

 

 

音忍襲撃の時、確かにユウの体は叩きつけられていたが、それは寧ろ腕からだった。

腹部と背中、そして服についていたコンクリート片…。

ここから想定されるのは、この会場に入る前、彼女を何者かが襲ったということ。

腹部に打撃を加えれば、軽い彼女の体は簡単に飛ばされてしまうだろう。

背中を強かにぶつけることも充分想定できる。

それこそ、一瞬息が止まる程の衝撃…。

 

とにもかくにも、次の試験が始まる前にユウと話せたらいいのだが…。

再び考えを巡らすシカマルを、ヒナタは困惑したように見つめることしか出来なかった。

 


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