「シカマル、き、昨日はゴメンね……」
「あ?――ああ、別に気にしてねーから気にすんなって。
これもオレがやりたいからやってるだけだからよ」
「あぅ……」
翌日。
昨日の自分の失態に撃沈していたユウは中忍試験に持っていく荷物の準備をし、数回に渡って確認するという作業に徹していた。
納得のいくまで確認を終えた彼女がそろそろ出発しようとした時、タイミングを見計らったかのようにシカマルが迎えに来てくれたのだ。
で、今に至る。
羞恥と申し訳なさで俯いて顔を真っ赤にするユウに、一つ安堵の息をつく。
疲労の色は見え隠れしているものの、中忍試験に大きな障害を与えるほどではなさそうだ。
「今日はその……体、大丈夫なのか?」
「あー、うん。
今日は大丈夫みたい」
「そっか……。」
そこで会話が途切れてしまい、気まずい雰囲気が流れてしまった。
所在なさげに彷徨わせていた手をユウの頭に乗せる。
きょとん、と目をまん丸にしたユウと目が合う。
拒絶されなかったことが、嬉しく思った。
「シカマル?」
「いや……ただ、お前が昨日の何倍も元気そうで安心しただけ」
「!……心配、かけちゃってゴメンね」
「謝るなって。オレがお前の心配したいだけなんだから」
優しい声色にユウが目を見開く。
きゅっと拳を握り、意を決したように口を開いた。
「……あの、シカマル……あのね?」
「シカマルー!!」
しかしタイミング悪くシカマルを呼ぶ声が聞こえてきた。
そちらに目を向けるとシカマルの班のメンバーであるいのとチョウジが駆け寄ってくるところだった。
「ってあれ?ユウじゃない!
この間ぶりねー!!」
「い、いのちゃん……」
「この間言ったのに……呼び捨てにしないとずーっと抱き締めちゃうわよ~?」
ギュウ~っと抱き締められ、小動物のように体を強ばらせる。
それに気付いたチョウジとシカマルの手によってユウは救い出された。
「その辺にしときなよ、いの。
シカマルが怖いしさ」
「チョウジ、そりゃどういう意味だ」
「どうもこうも、そう言う意味よね~?」
「そうそう、そういう意味」
「お前ら……」
恨めしげに二人を睨みつけたシカマルだったが、ふぅ、と息を吐き、柔らかな笑みを浮かべる。
その様子を見ていたユウが寂しげに微笑んでいることに、誰も気付かず。
「シカマル、あたし先行くね!」
「え、なんで……」
「折角だし会場まで一緒に行かない?」
「そうそう。ユウがいた方がいのもシカマルも嬉しそうだしね!
もちろんボクも嬉しいし」
優しく提案してくれるいのとチョウジに眉尻を下げ、ニコッと微笑んだ。
「ありがとう、二人共。
でも、ナルトたちに挨拶に行きたいから」
お互い試験頑張ろうね
そう言い残し、ユウは走り去っていった。
小さくなっていく背中を見送ったチョウジは、暗い表情をして俯く。
「ユウ、なんかあったのかな?」
「あの子の作り笑いはいつものことだけど、あんなに分かりやすいのは初めてよね……」
「!お前ら、分かるのか?!」
「あったりまえじゃない!私を誰だと思ってんのよ!
……って言いたいとこなんだけどねー……
つい最近ちょっと色々あって、偶然気づいちゃったって感じ。
だからそんなに細かくは分からないわよ」
「ボクもそんな感じかな。
シカマルほど敏感に察知することは出来ないけど、今日のユウは結構分かりやすかったから。
……シカマルが今日ユウを迎えに行ったのと、何か関係があるんでしょ?」
「まぁ、な……
でも、今はオレたちが暗い顔してたって仕方ねぇ……とりあえず会場へ向かおう」
後頭部をガシガシとかきながら先頭を歩き始めたシカマルに、いのとチョウジも続く。
一番ユウが心配で堪らないのは、ほかでもないシカマルなのだと、ちゃんと理解しているから。
+++++
試験会場に着くなり、幻術をかけられていることに気付いた。
自分だけなのかと警戒するも、周りの人たちもかかっていることに気付き、騒動から一歩離れた所で様子を見守る。
しばらくボーっとしていると、見慣れた黒と金、桃の髪の三人組が騒動の中心へ突っ込んで行くのが視界に入った。
サクラも受けることにしたのかと内心嬉しく思ったが、本人の表情は沈んでいる。
……まだ、迷っているのかな……。
心配になり、彼らの元へ向かおうかと思ったその時、サスケからの一言にサクラは驚いたように目を見開き、俯いた。
再び顔をあげたサクラには迷いや不安は残っておらず、自信に満ちた不敵な笑みすら浮かべている。
「!……ふっ、あはは」
もう、自分が居なくてもいいくらい、彼らは成長した。
フォローし合う彼らからは、最近乱れていると感じていたチームワークもなんら問題がないように見える。
良かった、とは思うが、少しだけ寂しい。
シカマルにはいのやチョウジがいて、ナルトにはサスケやサクラがいる。
そこには自分が入れるスペースなど、存在しない。
眩しそうに目を細め、その光景を焼き付けていたら、いつの間にか辺りにはほとんど誰も残っていなかった。
さて、そろそろ自分も行こうか、と重い足取りで先へ進む。
ドアを開けたその時。
「もういいリー!何も言うな!!」
「先生!!」
先に広がる光景に思わず全力でドアを閉めた。
思わず頭をかかえ、情報を処理しようと必死で頭を働かせる。
まず緑タイツの少年と緑タイツの男が号泣しながら熱い抱擁をしていた。
あれ、可笑しいな、何故かナルトたちが巻き込まれていた気がする。
もし本当に巻き込まれていたら大変だ、しかしあのドアの先に行くことを拒絶している自分がいる。
だがしかし、ここを通らなければ試験会場へ行くことができないことも事実だ。
「……よし」
決意を新たにドアを開けた。
その瞬間、ユウはダッシュで逃げたくなった。
「ん?君は……」
全身緑タイツの男がたっていたからである。
再び停止しかけた脳を叱咤し、状況を整理する。
まず、目の前にいる人物は、恐らくマイト・ガイ。
木ノ葉の上忍であり、体術を得手とし、あのカカシとライバル関係にある人物だ。
問題は、ガイがユウに嫌悪を抱いている忍たちの一人である、ということ。
「……そうか、結局君も中忍試験に出るのだな」
「……はい」
この冷たい目を浴びせられるのは、何度目になるのだろうか。
以前ならば笑って耐えられたそれなのに、今は顔が引き攣り、気を抜けば体が震え出してしまいそうになる。
「フン、君が試験に出ようが出まいが正直どうでもいいがな……」
グイっと胸ぐらを掴まれる。
「リーたちを……オレの教え子たちを傷付けたら容赦はしない……!
オレが貴様を殺してやるッ!!」
殺気を浴びせられ、その言葉に嘘偽りはないことが分かる。
この人は、本当にユウを殺そうとするだろう。
しかし、矛盾したそれに堪えきれず、笑い出してしまった。
壊れたような笑い声に恐怖を感じたのか、ユウを突き飛ばし、上から睨みつける。
「ッ何が可笑しい!!」
「あはは……いや、ただ……。
本当に殺せるなら、殺して欲しいなぁって」
綺麗に微笑んだユウに頭に血が上ったガイは、拳を振り上げた。
容赦なく振り下ろされるそれにただ穏やかな笑みを浮かべる。
ガッ
鈍く、生々しい音が響き渡ると同時にユウの小さな体は吹っ飛び、壁へ激突した。
腹部へと繰り出された、一切の容赦のない殴打に全く受身すら取らなかった体は痛みで力が入らず、そのまま倒れこむ。
息が一瞬詰まり、咳と共に口から吐き出された血を拭うことも出来ないまま無理矢理立たされ、再びガイの拳が振り上げられる。
そう、本当の自分の扱いは、こうでなくちゃいけないのだ。
これが正しいんだ。
目の前が真っ暗になりかけたその時、ユウは目を見開いた。
振り下ろされかけていた拳を受け止め、ガイを睨みつけるカカシがいたからだ。
「ユウ、そろそろ時間だ。
会場へ行け」
「カカシ、せんせ………なんで…」
「ほら、ユウは試験に集中する!」
にっこりとほほ笑みかけられ、思わず泣きそうにくしゃりと顔を歪めてしまう。
それを誤魔化したくて俯いて、こくりと頷いた。
そして、ユウは痛みを訴える体を引きずりながら逃げるようにその場を後にした。
ユウの後ろ姿を見送り、カカシはガイを睨みつける。
「カカシ、何故止めた?!
あの子はいずれ、オレたちの大切なものを壊す存在だ!」
「だからユウを殺すって?そりゃまた随分と極端な話しだな、お前らしくもない」
「里を……リーたちを守るためなら、琥珀ユウはオレが殺す」
「里と教え子を守るため、ね……随分ご立派な言い分だがな、ユウだってオレの大切な教え子なんだよ。
お前があの子を殺すってんなら、その前にオレがお前を殺してやる」
両者殺気を放ちながら無言の睨み合いが続く。
重い沈黙の中、ガイはポツリと呟いた。
「なんで……あんな化け物のために……」
「じゃあ聞くが、あの子がこの里に何をした?
お前のように理不尽な暴力を振りかざす連中にも笑顔で耐えてきた、そのせいでアイツが……」
耐えるように拳を握り締め、力なく項垂れた。
「なぁ、ガイ……頼むから、殺せるなら殺してくれって言ったユウの気持ちを、少しでいい……考えてあげてくれないか……」
まるで本当に死を望んでいるかのような、あの穏やかな笑顔の訳を。
しかし、ガイは顔をしかめ、カカシに背を向けた。
「さぁな……オレには全く理解できんよ。
理解なんぞしたくもない」
そう吐き捨て、ガイは姿を消した。
瞬身を使ったのだろう。
「なんで……なんでなんだろうな、ユウ……」
どんなに叫んでも、何故誰にも届かないのか。
そっと瞳を伏せ、カカシもその場を後にする。
これから試験を受ける、教え子たちの健闘を祈り、天井を仰いだ。
+++++
一方、先に会場入りを果たしていたナルトたちは、受験者の人数の多さに驚いていた。
ピリピリと殺気立った雰囲気に戦いていたサクラだったが、甘ったるい猫なで声にハッとする。
「サスケ君おっそーい」
ガバッと勢い良くサスケへ抱きついてきた少女、いのが現れたからだ。
「私ったら久々にサスケ君に逢えると思ってぇ~~、ワクワクして待ってたんだから~~」
「サスケ君から離れーっ!!いのぶた!!」
「あ~らサクラじゃな~い。相変わらずのデコりぐあいね、ブサイクーv」
「なんですってー!!」
べーっと舌を出して見せるいのに突っかかっていくサクラ。
険悪な雰囲気にナルトが双方を交互に見ていると、ふといのの後ろから顔見知りがゆったりとした足取りで近付いて来るのに気付く。
「いの、勝手にはぐれたらダメじゃないか」
「まぁ、いののサスケへの執着っぷりは今に始まったことじゃねーがな、めんどくせーけど」
「シカマル!チョウジ!!お前らも試験受けるんだな!!」
「あぁ、かなりめんどくせーがな」
かったるそうにコキコキと首の関節を鳴らすシカマルは、何かを気にしているのか、辺りを見渡している。
それを訝しく思い、声をかけようとしたその時、再び顔なじみが現れた。
「ひゃほ~~みーっけ!
これはこれは皆さんおそろいでェ!!」
「こ…こんにちは……」
シノとヒナタを連れたキバは、ナルトたち3人の姿を見て皮肉げに唇を歪めた。
それに気付いたシカマルは思わず眉を潜める。
「く~~~なるほどねー。今年の新人下忍10名全員受験ってわけか!
さて、どこまで行けますかねェオレ達。
ねェサスケ君」
「フン……えらく余裕だな、キバ」
「オレ達は相当修行したからな……
お前らにゃ負けねーぜ」
必要以上にサスケを挑発するキバに苛立ちを隠せず、ナルトは激昂する。
「うっせーってばよ!!サスケならともかくオレがお前らなんかに負けるか!!」
「言うねェ…ユウにフォローしてもらってばかりの甘ちゃんがよォ……」
地を這うかのような低い、呟きのようなそれは今のナルトたちを動揺させるのには充分だった。揃って俯いてしまった第七班のメンバーにキバの苛立ちは増していく。
「そ、そういえばナルト君、ユウちゃんは?
あ、わ、私、ユウちゃんに久しぶりに逢えるの、すごく楽しみにしていたから……」
険悪なムードが流れ、その空気を払おうとしたヒナタの問いかけはその場の空気を更に重くしてしまう結果となった。
だんまりを決め込んでしまった第七班の様子に怪訝そうに眉を寄せる。
「あのさー、私たち、ユウと途中まで一緒に来てたのよねー。
あの子、アンタ達に挨拶しないとって言って走ってったから、先にここに着いてるハズなんだけど」
「!それ、本当なの!?」
「嘘ついてどうすんのよー!てか、アンタたち同じ班なんだから一緒にいるハズでしょー?なんでユウはいないわけ?」
「それは……」
至極最もな問いかけに、誰も答えることが出来なかった。
それは他でもない、ナルトたち自身がこの結果を良しとしていないからだ。
「ハン!こいつ等はそれに答えられねーよ。
この試験中、ユウだけこの班から外された理由なんざ、知ってたとしても情けなくて答えらんねーだろうぜ」
「おい、キバ……!」
「だって本当のことだろーが!こいつ等がしっかりしてりゃ……」
「キバ!」
「!チィ……」
静止をかけるシカマルに悪態をつきつつも、ナルトたちから視線を逸らし、口を閉ざす。
その肩は怒りで震えていた。
詳細を訊ねるのも戸惑われ、嫌な沈黙がその場を支配したその時、
「―――あれ、みんなどうしたの?」
困惑したようなその声に、全員が振り向く。
そこにいたのは、まさに話題となっていた人物、ユウ本人だった。
ナルトたちがホッとして、切迫していた雰囲気が和らいでいく中、シカマルはふとユウの服が少し乱れているのに気付いた。
「ユウちゃん、間に合って良かった……」
「ホント!珍しく遅刻ギリギリなんて、ユウったら今までどこ行ってたのよー?」
「……幻術がかかってて、足止めされてたんだ。
だからちょっと遅くなっちゃった」
「え?た、確かに幻術はかかってたけど、ユウちゃんなら解けたんじゃ……」
「あはは!買いかぶりすぎだよ、ヒナタ。
実はあたし結構幻術系が苦手で、幻術が解けたのに気付いたのもついさっきだったんだ」
「ってことは、あの場にオレたちがいたのも分かってたってことだよな?
なんで声かけてくれなかったんだってばよ?」
「ん?いや、思ってたよりもナルトたちのチームワークが良かったから、みんななら大丈夫かなーって安心しちゃって……それでぼーっとしてたらこの時間になっちゃった!」
「それでも声くらいかけてくれたって……」
次々にユウへと声をかける同級生には混ざらず、一歩離れた所から険しい面持ちで観察するシカマルに気付き、チョウジが声をかける。
「シカマル?どうかしたの?」
「!あぁ、いや……別に、なんでもない」
物言いたげな目でユウを見つめ、そっとため息をついたその時。
「おい君たち!もう少し静かにした方がいいな……」
そう指摘してきたのは眼鏡をかけ、木ノ葉の額あてを身に付けた銀髪の男。
年齢はユウたちより少し上だろうか。
見た目はいかにも真面目そうな優等生だ。
「君たちが忍者学校出たてホヤホヤの新人10人だろ。
かわいい顔してキャッキャッと騒いで……まったく
ここは遠足じゃないんだよ」
「誰よ~~~アンタ?エラソーに!」
ムッとしたいのが尋ねると少年はカブトと名乗った。
「それより辺り見てみな」
「辺り?」
促され、背後に目をやれば成程、受験生の一部がギロリと殺気立った目で睨んできていた。
涙目になるヒナタの肩をポンポンと叩いてやりながらカブトを見る。
ユウの視線に気付いたのか、ニコリと人当たりのいい笑みを浮かべた。
「あいつらは雨隠れの奴らでね、気が短いんだ。
試験前でみんなビリビリしてるし、どつかれる前に注意しておこうと思ってね」
不安そうにするナルトたちを見て何を思ったのかポーチに手を伸ばすカブト。
彼は自分がこれで7回目の受験となることを説明する。
一見害の無さそうな、普通の下忍だが……
―――薬品と血の臭いが濃いな
それから死体から漂うあの独特の臭い……
少し離れた所から観察しながら、思わず手で鼻から下を覆う。
薬品の臭いは嫌いだ。幼少の頃を思い出してしまう。
そんなこんなしている間にカブトは認識札という情報を暗号化して焼き付けてある札を披露し始めた。
少し気になり、背伸びをしてナルトたちの間から顔を覗かせる。
「そのカードに個人情報が詳しく入ってるやつ……あるのか?」
「フフ……気になる奴でもいるのかな?
もちろん今回の受験者の情報は完璧とまではいかないが、焼きつけて保存している…。
君たちのも含めてね。
その『気になる奴』の君が知っている情報を何でも言ってみな。検索してあげよう」
「砂隠れの我愛羅……あと、木ノ葉のロック・リーって奴
それから……―――ここにいる琥珀ユウ」
「!」
目を見開き、サスケを見やるが、当の本人はカブトから入手した情報を見るのに集中しているようだ。
少しだけ、ショックだった。
カブトが始めに見せたのはリーと我愛羅の認識札。
年齢、任務経験、担当上忍、忍としての能力値を示したグラフ、チームメイトまで細かく刻まれていた。
下忍とはいえ、忍にとって命を握る鍵である情報をこんなに集めること事態、怪しすぎる……
そう再び警戒の眼差しを強めた時、とうとうユウのカードが目の前に出された。
「最後に琥珀ユウ。……正直彼女のことはチームメイトである君の方が詳しいと思うけど……まあいい。
任務経験、チームメイト、班長は君たちの知っての通り。
そして通常3人一組で受ける中忍試験で、今回異例の1人一組での受験ということでかなりの注目を集めている。
今現時点で分かってるのは能力値的にも平均して高く、即戦力に使える実力派ってことだけ。
彼女は一番情報を集めるのに苦労したよ……同じ里の者同士なんだけどね」
「……どういうことだ?」
「詳しいことはボクにも分からない。
君も、ボクの口からベラベラと情報を開示されるのは、あまり面白くないだろう」
カブトの言葉にサスケがハッとしたように振り向いた。
それに曖昧に微笑し、肩をすくめる。
最後に、カブトは中忍試験は各国から選りすぐられた下忍のトップエリートが集まっていると語った。
「そんなに甘いものじゃないですよ」
そう締めくくられ、緊張しはじめたのか、ナルトは俯き、体を震わせた。
心配になり、励まそうとサクラが彼の名を呼んだその時、ナルトは受験生たちに指を突き付け不敵な笑みをうかべた。
「オレの名はうずまきナルトだ!!
てめーらにゃあ負けねーぞ!!分かったかー!!!」
「!」
ユウはその声の大きさに驚き、目を丸くした。
そしてその目を優しげに細めると、ふんわりと笑みを浮かべる。
自分には無いものを沢山持っている彼が、眩しく感じた。
いのがサクラに不満をぶつけ、サクラはサクラで呆れたような、ほっとしたような複雑な表情を浮かべ、スッキリしたようなナルトを見つめた。
「てめーらにゃ負けねーぞってか……言うねぇ~」
「あのバカだきゃー、一瞬にして周り敵だらけにしやがって……」
よ!目立ちまくり、と茶化すキバに続き、呆れたようにシカマルが続く。
一方、サクラは晴れやかな笑顔すら浮かべるナルトにブチギレ、腕を首にかけて締め上げる。
「なにふいてんのよアンタ!!」
「だってホントのこと言ったままだってばよ!」
ギロ
明らかに挑発しているようにしか聞こえない純粋なナルトの発言に反応し、睨んできた他里の下忍に気付き、慌てて謝罪したサクラは再びガミガミと説教を始めた。
―――その時、
「!」
明らかな敵意をまとった殺気が放たれてきた。
バッ、とさりげなく視線を巡らせると額あてに音符のマークが刻まれた、音隠れの6人の忍。
3人ずつに別れた彼らは、それぞれユウやヒナタたち、そして少し離れたナルトたちへと向かってくる。
受験生たちの間を通り抜け、突如飛びかかってきた一人の男。
ニッ、楽しげな笑みを浮かべた黒髪の青年が忍刀を引き抜き、ヒナタへと襲いかかってきた。
「ぇ……キャ?!」
「ぅおッ!?」
突然のことに声も出せず、動けないでいたヒナタをキバの方へ突き飛ばし、クナイで応戦する。
キーン、金属同士がぶつかり合い、甲高い音が教室に響き渡った。
ギチギチと鍔迫り合いをするも、リーチの短く、耐久性も高いとは言えないクナイには段々とヒビが入り始め、顔を歪めながら男の透き通るような水色を見据えた。
「!へー……可愛いじゃん?
これがあの琥珀一族の”最高傑作”、ねぇ……」
「!!?」
ボソリ、耳元で囁かれ、ユウに動揺が走る。
その隙を見計らっていたかのようにクナイを手にした茶髪の青年が飛び出して来た。
中腰の態勢でユウの腹部を貫こうとクナイが襲いかかる。
トン
即座に自分の獲物から片手を離し、跳躍しながら茶髪の男がクナイを持っていた手に自分の手を置き、二人の攻撃を受け流した、その先にいた銀髪の女。
彼女は嗜虐的な笑みを浮かべ、自分の方へと計算通りに跳躍してきたユウを歓迎するかのように両手を広げた。
「なっ……!」
「ふふ」
彼女が手にしていたのは鎖のついた棒。
そして、その鎖は今にもユウを叩きつけようとうねり、迫ってきているところだった。
ヒュン、風を切り、襲いかかる。
咄嗟に持っていたクナイを飛ばすが、唯でさえ折れかけていたクナイでは鎖の勢いは殺せず、そのまま砕け散った。
この中途半端な態勢では、腕を前に出すくらいしかできず、結果として襲いくる鎖はユウの腕にキツく巻き付いた。
それをしかと見た女が満足そうに笑み、一切の容赦なく持ち手を引っ張る。
中空にいたユウは成す術なく引っ張られ、頭から勢い良く床に激突した。
目の前を火花が散ったような衝撃に、一瞬頭が真っ白になる。
「ユウ!!」
「ユウちゃん!!」
だが、キバたちの悲鳴は態勢を立て直そうとしたユウを再び持ち手を引っ張ることで引きずった女によって、彼女の耳に届くことは無く……
ズリズリ、と嫌な音と共に皮膚が焼けるような痛みを感じたのも一瞬のこと。
女が足を振り上げる気配を感じて咄嗟に身を転がすことで交わし、鎖を無理矢理引き剥がす。
「おっと、俺らのこと、忘れてるわけじゃねーよな?」
「!」
茶髪の男と黒髪の男に上から押さえつけられ、両腕を固定するように捻りあげてからクナイを突き刺され、前髪を引っ張られ無理矢理上を向かされる。
ヒナタたちの悲鳴が聞こえて、頼むから来ないようにと必死で祈りながらコツコツと歩み寄ってくる女を見上げた。
「そんな怖い顔しないで欲しいなぁ~……レイナちゃん怖くて泣いちゃう~」
心にもないことを宣った女はくすり、と楽しそうに恍惚とした笑みを浮かべそっとユウの額あてに手を伸ばす。
ダメ……これは、ダメだ……!!
近づいてくる手に怯え、我武者羅に暴れようとした刹那、更に強い力で腕をひねり上げられる。
クナイが突き刺さった手首が捻り上げられたことでグリグリと傷を広げられ、止めどなく血が吹き出していく。
「く……ッぅあ……!」
「大人しくしろよ……よくわかんねーけど、いいの?」
本当のお前が化物だってバレちゃっても
頭を思いっきり鈍器で殴られたような衝撃に目を見開き、動きを静止させてしまう。
耳元で愉快そうに、冷たく紡がれたそれに、今度は本当に頭が真っ白になった。
目の前の光景がぐにゃりと歪み、過去と混ざり合う。
女の冷たい微笑と、誰かの冷たい微笑が重なった。
伸ばされた手はそっと額あてにかけられ、しゅるりと結び目が緩み、解ける。
露になったユウの額にそっと手をあて、女は狂喜に歪んだ笑みを浮かべ、震える唇を薄く開いた。
―――やっと見つけた
ゾク
すぐ耳元で囁かれたかのような錯覚に悪寒が走る。
目の前が真っ暗になったその時。
「うぇえっ」
「あ!吐いたァ!?」
「カ、カブトさん?」
ナルトたちの方へ向かった音忍たちはカブトを襲っていたらしい。
ぼんやりと全く働いてくれない頭でそれだけを認識し、無意識に安堵する。
やれやれ、と女が呆れたような顔をし、男二人にアイコンタクトをとると彼らは頷き、クナイを引き抜き、上から退くことによってユウを解放する。
ユウの額あてを弄びながら歩き出す彼女たちとすれ違う形で、彼女の名を呼びながら駆け寄るヒナタ、キバ、シカマル。
目を見開き、ショックを受けたようにそのまま動けないでいるユウをチラリと見やり、女は妖しげに微笑んだ。
「ユウ!大丈夫か!?」
「酷ぇなこりゃ……!」
「わ、私が襲われる時に気付かなかったから……!!」
誰の声にも反応せず、立ち上がろうとして失敗し、そのまま倒れこむユウを慌ててシカマルとキバが支える。
「おい、無理に動くなって!」
「今手当してやるから……
ユウ……?」
顔を覗き込もうとしたが、それは叶わなかった。
フードを目深に被り、更に血が流れ続けるその腕で必死に顔を隠すユウに、二人は目を見開く。
「ユウ?どうしたんだよ、何されたんだお前!」
「……見ない、で……」
「見ないから腕出せ!早く止血しねーと……!」
「ユウちゃん……?」
包帯を手に瞳を潤ませるヒナタが、何が起こってるのか分からず、焦燥にかられるキバとシカマルが必死に彼女に声をかけている一方、ナルトたちの方では嘔吐するカブトの背をいのが撫で、ナルトたちが音忍たちと対峙していた。
「なーんだ……大したことないんだぁ。
四年も受験してるベテランのくせに」
「アンタの札に書いときな、”音隠れ”6名中忍確実ってな」
掌に穴が空いている男が残虐な笑みを浮かべながらカブトを見下していたところにコツリ、響いた靴音。
カブトを襲っていた三人の表情が凍りつく。
「随分楽しそうねぇ?ザク」
血の付着したままの額あてをひらひらと揺らすと、こちらの戦いに気付いていなかったナルトたちもハッとユウを振り返った。
シカマルたちが何か呼びかけるがそれを拒絶するようにフードを深く被り、血だらけの腕で必死に顔を隠すユウの姿に一気に頭に血が昇った。
「てめぇ……ユウに何しやがった」
「全く……そんな怖い顔しなくてもいいじゃない?
傷付いちゃうわ~」
「その額あてはユウのだろ……返しやがれ……」
「え~、これはレイナちゃんのものよ?
それでも欲しいなら奪いにくればいいじゃない」
「ふざけるのもいい加減にしやがれ!!
テメー、ブッ殺してやらぁ!!」
今にも飛びかかろうとしたナルトを吐き気が収まったカブトが止める。
「ナルトくん!気持ちは分かるけどここはひいたほうがいい……
コイツら、間違いなくこの中じゃトップクラスだ……!!
君が敵う相手じゃない!」
「うるせぇ!!離してくれカブトの兄ちゃん!!
アイツは……!オレの仲間を!ユウを傷付けやがった!!」
「ふーん……」
面白くなさそうにナルトを横目で探るように見、その眼差しを細める。
……嘘は、言ってないのね……
「あは」
思わず笑ってしまう。
何がおかしい、とばかりに睨んでくるサスケやサクラ、ユウの同期メンバーが目に入り、笑いが止まらなくなりそうだ。
「ふふ……あはは!!
ほーんと、随分愛されてるわねぇ?
一体どんな手を使ったのかしら……
いいわ、まだ足りないけど、それでも久しぶりに笑わせてくれたお礼にこれは返してあげる」
ゴミを捨てるかの如く額あてを放り投げる。
カラカラン、と音を立てて目の前に落下した。
「ふふ……”仲間”に感謝しないと、ね?」
ユウを見下げるように見て、嘲笑ったその時。
「静かにしやがれどぐされヤローどもが!!」
怒声と共に煙が教室を包みこんだ。
それに乗じて額あてを拾い上げ、キュッと結ぶ。動かすたびに痛む腕を感じながら、冷静さが戻ってくるのが分かる。
……今は
いつまでも、引きずるわけにはいかない
フードを降ろし、真っ直ぐ前を向こうとするユウを何か言いたそうな目で三人が見ていたことにも気付かなかった。
念のためにアンチ・ヘイトタグ付けた方がいいのかな……。
アンチ・ヘイトの意味がそもそも良く分からないんですよね、私ww
○氷闇レイナ
全体的に黒い装束を好んで着ている。自他共に認めるドS女。
女王様気質で縛られることを嫌う。
肩口で揃えられた銀髪、ワインレッドの瞳を持つ。
○風闇ソウ
飄々とした雰囲気が特徴的な、パッと見は爽やかな青年だが中身はかなりの腹黒。
こちらも自由を好み、命令されることを嫌うが気に入った相手は自分の中に閉じ込めて縛り付けておきたいという危ない思考の持ち主。ユウのことはかなり気に入っているようだ。
黒髪に水色の瞳を持つ。
○雪闇白兎
寡黙で冷たい雰囲気が漂う青年。三人の中で一番の常識人であり、心根はとても優しい。
他人に干渉せず、また干渉させない。
ある一定の距離感を保つようにしている。
ダークブラウンの髪にライトイエローの瞳を持つ。