絆道~始まりのミチシルベ~   作:レイリア@風雅

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第15話  白

殴り飛ばされた白は地面を転がる。

彼が作り上げた鏡は、一つ残らず砕け散っていく。

起き上がった白を視界に入れたユウとナルトは、同時に駆け出した。

呆然と立ち尽くす白の名を叫んだ。

 

 

「白ッ!!」

 

 

再不斬さん……。

ボクは……この子には敵いません……。

 

再不斬さん……。

 

 

「―ッ白!!!」

 

 

ユウ、さん……。

たくさん傷付けて、ゴメンなさい……。

 

白が身につけていたお面が、壊れ、滑り落ちていく。

ナルトが、拳を振り上げた。

 

 

再不斬さん……ボクは……。

ボクは……。

 

白のすぐ目の前で、ナルトの拳は止まった。

いや、止められていた。

拳が白へと届く前に、彼とナルトとの間に入ったユウが正面からナルトに抱きつき、彼を止めていたのだ。

よく見てみると、まだ完成していない橋に引き摺った跡が残っており、衝撃の強さを物語っている。

 

 

「ユウ……さん……」

 

「ッ……」

 

「!ユウ、お前っ……」

 

 

力が抜け、そのままもたれ掛かってきた少女を受け止め、困惑しながらも冷静になった頭で白を見る。

その顔を認識したナルトは、目を見開いた。

 

 

「お……お前は……あン時の……!!」

 

「……何故、止めたんです……」

 

 

静かな問いかけに、ユウの肩がビクリと跳ねる。

ナルトに支えられながら白に向き直った少女は、戸惑っている様子で、項垂れた。

 

 

「君は、大切な仲間をボクに殺されておいて……ボクを殺せないんですか」

 

 

その台詞に、ナルトはサスケを振り返った。

倒れたままのサスケからは生気が感じられなくて、悲しみとも、怒りともなんとも言えない気持ちが溢れた。

ユウを左手で強く抱きしめ、右の拳で白を殴り飛ばした。

 

 

「クソッ!!」

 

「ナルトッ……!」

 

 

先ほどより何倍も弱い力だった。

白は地面に倒れ込み、それを見たユウから小さな悲鳴があがる。

口内に溜まった血を吐き出し、白は起き上がった。

 

 

「さっきまでの勢いはどうしたんです……そんな力じゃぁボクは殺せませんよ……。

……キミも、敵に対する情けは、仲間を殺すことになります」

 

「ッ……」

 

 

何も、言い返せなかった。

サスケは、自分が殺したようなものだと、そう思い、感じていたから。

 

 

「よく勘違いをしている人がいます。

倒すべき敵を倒さずに情けをかけた……命だけは見逃そう……などと。

知っていますか。

夢もなく……誰からも必要とされず……ただ生きることの苦しみを」

 

「……何が言いたいんだ」

 

 

ニコッ、白は生気のない顔で微笑む。

 

 

「再不斬さんにとって弱い忍は必要ない……。君はボクの存在理由を奪ってしまった」

 

「!!」

 

 

その一言で、ユウは悟ってしまった。

白はもう、“あの日々”に戻りたくない。

だから、存在理由を失った今、自分は生きている必要などないのだと。

そう思い、死を覚悟しているのだと。

 

 

「何で、あんな奴のために……悪人から金もらって悪いことしてる奴じゃねーか!!

お前の大切な人ってあんな眉無し1人だけなのかよォ!!」

 

「……」

 

 

白は何を思ったのか、口元に微笑みを浮かべ、遠い眼をした。

 

 

「……ずっと昔にも……大切な人がいました……。

ボクの……両親です。」

 

「!」

 

「ボクは霧の国の雪深い小さな村に生まれました。

幸せだった……本当に優しい両親だった。

……でも、ボクが物心ついた頃……ある出来事が起きた」

 

「……出来事……?

一体何が……」

 

「……この血……」

 

「……血ィ……!?」

 

 

口元の血を拭い、それを沈黙し、見つめる白。

 

 

「だから……だから何が起きたんだってばよ!?」

 

「父が母を殺し、そしてボクを殺そうとしたんです」

 

「え?」

 

 

その後はユウに話した事と同じだった。

霧の国では内戦が絶えなかったこともあり、血継限界を持つ人間は忌み嫌われて来た。

国に災厄と戦禍をもたらす汚れた血族だ、と。

戦後、血族の人間は自分の血のことを隠して暮らした。

その秘密がバレれば、“死”が待っていたからだ。

 

 

「おそらくあの少年も、辛い思いをしてきたハズです。

特異な能力者とはそれほどに恐れられるのです」

 

 

白の母は血族の人間だった。

それが彼の父に知られてしまったのだ。

 

 

「気付いたとき、ボクは殺していました……実の父をです……!!

そしてその時、ボクは自分のことをこう思った……。

いや……そう思わざるを得なかった。

そしてそれが一番辛いことだと知った……」

 

「一番……辛いこと?」

 

「自分がこの世にまるで……必要とされない存在だということです」

 

「!!」

 

 

ナルトも、ユウと同じことを思った。

自分と同じだ……と。

 

 

「君はボクにこう言いましたね……。

里一番の忍者になって、みんなに認めさせてやると。

もし君を心から認めてくれる人が現れた時……。

その人は君にとって最も大切な人になりえるはずです」

 

 

ナルトの脳裏にイルカの笑顔が過ぎった。

親の仇が腹の中に住んでいることを知っていても、ナルトをナルトとして認めてくれた、人。

そしてもう一人、ナルトの脳裏に過ぎった人物。

それはユウだった。

いつだって、笑顔で包んでくれる……。

そんな彼女は、恋愛感情や友情なんてものじゃ収まらない程大きな存在で……。

名も付けられないほどの感情を抱いていた。

 

一方、ユウの脳裏には何も思い浮かばなかった。

自分を、認めてくれる人なんて本当にいるのだろうか。

そんな資格など、自分には無いと思っていた、考えたこともなかった。

今のユウには悔しいことに白の言っていることを理解できそうになかった。

 

 

「……再不斬さんはボクが血継限界の血族だと知って拾ってくれた。

誰もが嫌ったこの血を……好んで必要としてくれた……。

嬉しかった……!!」

 

 

例え武器や道具として、でも。

自分を必要としてくれたことが、白には嬉しかったのだ。

ナルトが、イルカに認めてもらえたあの日、涙が出るほど嬉しかったのと同じなのだ。

……それがどんな悪人だったとしても振り払えるものではない。

そんな理屈でどうにかなるほど孤独というものは生易しいものでは、ない。

 

 

「ナルト君、ユウさん……ボクを……殺して下さい」

 

 

想像通りの、台詞だった。

肩を震わせるユウ、納得できない、と言いたげな顔のナルト。

 

 

「早く殺して下さい。

何を躊躇しているんです……」

 

「!くっ……!!

納得いかねぇ!!強いやつでいるってことだけが……お前がこの世にいていいっていう理由なのかよ!!

闘うこと以外でだって何だって……他の何かで自分を認めさせりゃよかったはずだろ……。

それに……ユウのことだって、本当、は……」

 

「……君と森で会った日……。

君とボクは似ていると……そう思いました。

君にも分かるはずです……」

 

「!」

 

 

そんな言い方、ズルイじゃないか。

そう言われてしまえば、ユウのことはどうだなんて、聞けないじゃないか。

ナルトは、眉を寄せ、苦しげに呻いた。

 

 

「君の手を汚させることになってすみません……」

 

「それしか……!

それしか方法はねーのか……」

 

「――――ハイ……!!」

 

「「……」」

 

 

あまりにも、その答えには迷いが無くて、白の本気が伝わってくる。

ユウがクナイを握ったその時、そのクナイは奪い去られた。

 

 

「!ナルト……」

 

「……ここは、オレがやるってばよ」

 

「……ナルト君、お願いします」

 

 

それは、白を殺すことだろうか。

それとも……ユウのことなのだろうか。

 

 

「君は夢をつかみ取って下さい……」

 

「……あいつにも……サスケにも夢があったんだ。

……お前とは他の所で会ってたら友達になれたかもな」

 

 

震える手でクナイを握り締め、覚悟をその目に宿し、ナルトは駆け出した。

 

 

「ありがとう」

 

 

雄叫びをあげ、ナルトは白に突っ込んでいく。

だが、その時、凄まじい殺気を感じ、ユウはハッと顔をあげた。

 

どうやら、カカシが再不斬にトドメを刺そうとしているようだ。

白も気付いたのだろう、ナルトのクナイを片手で受け止め、印を結ぶ。

 

 

「ごめんなさいナルト君!

ボクはまだ死ねません!!」

 

「!!!え?

!ユウっ!!お前もどこ行くんだってばよ?!」

 

 

困惑を隠しきれないナルトを置いて、ユウと白は同時にある場所へと向かった。

目指すはユウ再不斬とカカシの対決の場。

 

彼らの元に着いたユウは、その姿を認識すると同時に、それ以上脚を進めることができなかった。

忍犬に動きを封じられた再不斬を守るため、間に入った白の胸にカカシの腕が貫通し、辺り一面に鮮血がぶちまけられていた。

 

白は突っ込む際に千本を放っていたらしく、地面には千本の刺さった巻物が転がっており、忍犬が煙と共に消える。

守られた再不斬も、攻撃を仕掛けたカカシも、そして白自身も、頭から血を被ったように血にまみれていた。

 

 

「……白……」

 

 

誰もが呆然と見つめる中、白は血を吐き出し、カカシを見据えた。

彼の腕を引き抜かれないように掴む。

 

 

「……オレ様の未来が死だと……。

クク……またはずれたなカカシ」

 

 

ニヤリと笑う再不斬が、哀しそうに見えた。

ナルトがこちらにやってきたのが気配で感じ取れたが、彼の元に向かうことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。

 

 

「……クク、見事だ……白」

 

 

しかし白はそれに応えなかった。

否、もう、白が応えることなど二度とないのだ。

 

彼は、カカシの腕を掴んだまま、死んでいるのだから。

 

カカシがその事実に気付いたその時、再不斬はカカシに向かって刀を振りかぶった。

 

 

「!カカシ先生!!」

 

「まったくオレはよくよくいい拾いものをしたもんだ。

最後の最後でこんな好機を与えてくれるとは!!」

 

 

━━━━それは、一体どこまでが本当なのだろうか。

カカシは攻撃をかわすため、白を抱きかかえユウの方まで跳ぶ。

結果、攻撃はカカシにも、そして白にも当たらず、見事にかわされた。

 

 

「クク……白が死んで動けたか」

 

「……」

 

「ナルト……お前はそこで見てるんだ。」

 

 

開いたままだった白の瞼をそっと閉ざし、カカシは再不斬を睨んだ。

 

 

「こいつはオレの戦いだ!!」

 

 

もし、再不斬が本気で白ごとカカシを斬るつもりだったら……。

白を抱きかかえていたカカシが、完璧にかわすことは不可能だ

彼の左腕が使い物になっていないことを差し引いても、白の体くらいは真っ二つとなっていたハズ。

ユウは瞬時にそう理解した。

今の彼には、カカシを殺すことなど出来ない……と。

 

 

「ナルトォー!!!ユウー!!!無事だったのねー!!」

 

「!……サクラ」

 

 

名を呼ばれ、白へと向けていた目をサクラに向ける。

どうやら彼女は無傷のようで、ほっと安堵の息をついた。

 

 

「あれ?サスケ君は?

二人共!!サスケ君はどこなのォ!!!」

 

「……」

 

 

その問いにユウはそっと目を伏せ、俯く。

その表情はサクラからは見えない。

縋り付くようにナルトを見れば、彼も辛そうに固く目を瞑り、視線を逸らす。

その様子を少しばかり険しい表情で見守るカカシ。

 

 

「カカシ!よそ見してる暇はねーぞ!!」

 

「!!」

 

 

突っ込んできた再不斬はしかし、いとも容易くカカシに蹴り飛ばされ、呻き声をあげる。

 

 

「…ワシも行こう。そうすれば先生の言いつけを破ったことにはならんじゃろ」

 

「……うん」

 

 

タズナの手をひき、駆け出すサクラがサスケを見つけるのにそう時間はかからなかった。

傷こそは無いものの、服に体に顔に血を付着させたサスケはただ眠っているように思えた。

顔は生気を失ったかのように青白く、サクラは呆然と立ち尽くす。

タズナは見ていられず、視線を彼から外した。

サクラはサスケの傍にしゃがみ、そっと頬に触れ、その冷たさに表情を歪めた。

 

 

「……冷たい……。

……これはもう幻術じゃ……ないのね……」

 

「わしの前だからって気にすることはない……こういう時は素直に泣いたらええ……」

 

「……私……いつも忍者学校のテストで100点取ってた……」

 

 

何の脈絡もなく、始まったサクラの語り。

 

 

「100以上もある忍の心得を全部覚えてて…………いつも得意げに答えを……書いてた……。

……ある日のテストでこんな問題が出た……」

 

「……!」

 

「“忍の心得 第25項を答えよ”って…………それで私はいつものようにその答えを書いたわ」

 

 

無知ゆえに。

経験が無いゆえに。

それが、どういう事なのか、その本質を分かっていなかった。

 

 

「“忍はどのような状況においても感情を……表に出すべからず……。

任務を第一とし……何ごとにも涙を……見せぬ心を持つべし“って……」

 

 

ポタポタとサスケの頬を濡らすサクラの涙。

 

 

「うっ、うっ……サスケ君……うわーーーーーー!!」

 

 

サクラの泣き叫ぶ声は、ユウやナルトにも届いた。

無表情で白を見つめていたユウは、暗い闇の色を帯びた翡翠の瞳を空へ向ける。

 

いくら知識として頭の中で分かっていても実際にそう出来ない事の方が多い。

サクラだってそうだ。

掟と分かっていても、大切な人の死を前に感情が溢れるのを抑えることが出来なかった。

 

だけど、ユウはどうだろうか?

仲間であり、友達であり、大切だったサスケが死に、敵ではあったが、この数日で仲良くなり、確かに大切な人であった白も死んだというのに。

なのに、どうして自分は泣くという動作すら出来ないのだろう。

 

━━━━自分が、人ではないから?

 

 

「(酷い、な……)」

 

 

自嘲気味に笑んで、くしゃり、前髪を掴む。

物心ついた時からの、ユウの癖。

 

 

「(最低……だよ)」

 

 

自分を責めながら、空に向けていた瞳を正面に移す。

あの再不斬ですら、白の死に動揺し、あんなにも簡単に押されている。

本人が気付いていないだけで、あんなにも白の死を……悲しんでいるというのに。

 

 

「!!」

 

「今のお前ではオレには勝てないよ」

 

「なんだとォ!」

 

「お前は気付いていない……」

 

 

再不斬の背後に回り、後ろから押さえ付けるカカシの手にはクナイが握られている。

それをクルクルと指先で回し、構えた。

 

 

「さよならだ、鬼人よ!」

 

「!」

 

 

しかし、再不斬は最後の意地とばかりに無理な体制のまま刀で応戦し、致命傷は逃れられたもののカカシのクナイは彼の二の腕に深々と突き刺さった。

刀を落とした所を見ると、しばらくは使い物にならないことが見受けられる。

これで再不斬の両腕は使えなくなった。

 

 

「これで両腕が使えなくなったな、印も結べないぞ」

 

「くっ……」

 

 

悔しげに呻いたその時だった。

丁度ユウの真正面。

新たな気配の主が、その姿を見せた。

 

 

 


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