【完結】Fate/stay nightで生き残る   作:冬月之雪猫

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第三話「貴方は一体、誰なの?」

 雀の鳴く声で目が覚めた。酷い夢を見ていた気がする。

 

「……いや、夢じゃないな」

 

 目に掛かる金の糸。染めた覚えは無いし、こんなに綺麗な金を染めて作れるとは思えない。

 起き上がり、辺りを見渡す。趣のある和室の中心に布団が敷かれ、俺はその上に横たわっている。布団を捲ると、ベッタリとした赤い染みが出来ていた。俺の血だ。

 昨夜の事を思い出して、身の毛がよだつ。恐る恐る左腕に視線を向ける。そこには何事も無かったかのように細く綺麗な左腕があった。腹部にも傷痕一つ残っていない。

 

「……生きてた」

 

 溜息が零れる。生きてて良かった。死んでしまった方が良かった。

 

「……ボランティア活動なんて、するもんじゃないな」

 

 大学に入って一年目の夏。俺は学校に来ていたボランティアの募集に応募した。理由は実に俗物的で、就職の際の自己PRのネタに使えると思ったからだ。ついでに海外に行ってみたいとも思っていたから、友達を誘って参加した。

 学校が募集していたのは某国での植林活動だったのだが、そこで酷い目にあった。たまたま、ボランティア先で他のボランティア活動のグループと遭遇し、彼等の活動を見させてもらったのだが、そこは正に地獄絵図だった。

 別に紛争地帯ってわけじゃない。ただ、その国は酷く貧しい国で、ついでに言うと、あまり衛生的じゃなかった。俺は出国前に予防接種を各種受けていたし、キチンと指示通りに対策をしていたから健康なまま、ボランティア活動を終えられたが、その国に生まれ育った免疫力の低い……、その上、栄養失調気味な子供は……。

 

「俺も懲りないよなー」

 

 あの一件以来、子供に弱くなった気がする。見学させてくれたボランティア活動家の人が賢明に手を尽くしたのに、どんどん弱っていく子供の呼吸。徐々に動かなくなっていく体。

 付き添いの人の言う事をキチンと聞くべきだった。彼等が渋い顔をした理由に気付くのが遅過ぎた。興味本位で見学を申し出るんじゃなかったと後悔した。

 

「俺に出来る事なんて何も無い……ってのが、一番堪えるんだよな」

 

 覚悟も知識も経験も無い人間に出来る事なんて一つも無い。

 

「……俺がまだ消えてないって事は士郎君も死んでないって事だよな」

 

 心から安堵した。同時に怖くなった。

 今の俺はまさにあの時の俺と同じだ。違うのは、単なる見学者じゃなくて、当事者だという事。

 

「とにかく、起きて顔を見に行くか」

 

 起き上がり、廊下に出る。途中、声が聞こえた。声の方に足を向けると、そこには凛の姿があった。どうやら、霊体化しているアーチャーと会話をしていたらしい。俺が顔を見せると、彼女は軽く手を振った。

 

「おはよう、セイバー」

「おはよう、凛。色々とありがとう」

 

 運んでくれたのは恐らく彼女とアーチャーだ。

 

「どういたしまして。具合はどう?」

「悪くないよ。治療は凛が?」

「いいえ、私は特に何もしてないわ。二人揃って、勝手に治っただけの事。ちょっと、気味が悪い回復力だったわよ。絶対に死んだと思ったのに……」

「……回復に関しては心当たりがあるよ」

「あら、記憶が戻ったの?」

「ちょっと、違う。事情を説明してもいいけど、それは君が同盟を結んでも良いと言ってくれたらだね」

「……同盟ね。つまり、士郎の保護を求めるって意見は撤回するわけ?」

 

 俺は「うん」と頷いた。一度眠ったおかげか、頭が冷静に働いている。何が最善なのかを判断出来るようになった。

 

「まあ、全ての責任を君におしつけようとしていたわけだし、昨夜のアレは拒否されて当然だったよ」

「うん、合格。やっと、自分の発言の無責任さを自覚出来たみたいね」

 

 手厳しい言葉だけど、彼女の言葉は実にもっともだ。昨夜の俺は単に彼女に責任を全て押し付けて逃げようとしてただけだ。あんな無責任な提案、呑んでもらえるわけが無い。

 

「士郎君の事は俺が守る。守り切れる自信はあんまり無いけど……」

「そこはギブ・アンド・テイク。貴女が私に力を貸してくれるなら、こっちでも彼の身の安全の為の策を講じるわ」

「ありがとう。じゃあ、同盟締結って事でいいのかな?」

「一応、衛宮君が起きてきたら、彼の意見を聞いた上でって事になるけどね。まあ、昨日は助けてもらっちゃったし、此方に異存は無いわ。セイバーがキッチリ戦力になるって確証も得られてしね」

「戦力か……。正直、難しいな」

「どういう事?」

 

 俺が凜に説明しようと口を開きかけた時、襖が開いた。顔を向けると、青い顔をした士郎君が入って来た。

 

「おはよう、士郎君。体は大丈夫かい?」

「な……、え?」

 

 戸惑いに満ちた表情を浮かべる士郎君。どうやら、状況が掴めていないらしい。

 

「とりあえず、座ったら?」

 

 凛が促すと、士郎君はゆっくりと座布団の上に腰を降ろした。

 

「えっと……」

 

 言葉を探しているらしい。

 

「とりあえず、水でも飲んで頭をスッキリさせなよ」

 

 立ち上がって、キッチンに向う。流し台にコップを発見。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを注ぐ。蛇口の水はどうも飲む気になれない。

 水を持って来ると、士郎君は漸く事態が飲み込めたらしく、凜にあれこれと質問をしていた。

 

「とりあえず、これを飲んで落ち着きなよ」

「あ、ありがとう」

 

 ゴクリと一杯。良い飲みっぷりだ。

 

「衛宮君が一息吐いた所で、本題に入りましょう」

 

 凛が言った。

 

「まず、昨夜の事だけど、二人揃ってバーサーカーに腹を掻っ捌かれた後、イリヤスフィールとバーサーカーは立ち去った。その後、看取るつもりで貴方達の体を見たら、勝手に治り始めてた。十分もしたら、外見は元通り。ちょっと、不気味なくらいの回復力だったわ」

 

 凛の言葉に士郎君はギョッとした表情を浮かべた。まあ、事情を知らなければ無理も無い。

 

「セイバーには心当たりがあるみたいだけど、貴方達の回復に私はノータッチ。包帯を巻いたりとかはしたけど、その程度よ」

「遠坂が治療したんじゃないのか?」

「ええ、あの時の貴方達は殆ど死者も同然だった。死者の蘇生なんて、今の私にはもう無理。だから、回復の理由は貴方達自身の力によるもの」

 

 そう言って、凛が俺を見る。

 

「彼女から詳しい話を聞きたい所なんだけど、その前に衛宮君に質問がある」

「な、なんだよ、質問って」

「私達と手を組む気は無い?」

「遠坂と? それは願っても無い事だけど、昨日は――――」

「昨夜の事に関しては彼女と既に話がついている。衛宮君がどうこう以前の問題だったの。けど、それに関してさっき決着がついたから、改めての提案よ。まあ、幾つかそっちに譲歩してもらう事になるけど、それを呑めるなら交渉成立」

「譲歩って……?」

「まず、聖杯を手にする段になったら、その所有権を私に譲る事」

「……俺は別に構わないけど、セイバーは――――」

「俺も構わない。士郎君の安全が最優先だ」

 

 俺が即答すると、士郎君は口を噤んだ。何か、気に障ったのだろうか?

 

「なら、次の条件。もし、私が危機に陥った場合、セイバーには無条件で助力してもらう」

「ああ、請け合うよ。君なら問題無いと思うけど、やっぱり、子供が危険に晒されるのは看過出来ない。君に危険が及ぶようなら、力を尽くすつもりだ」

「……ふーん。お人好しなタイプ?」

「……というか、子供にトラウマがあってね。目の前で死なれるのがキツイ。個人的な事で悪いけど、そう言った理由だから、バーサーカーに関してもマスター狙いは出来ない」

 

 俺の発言に関して反応は様々だった。

 士郎君は「当たり前だろ!」と目を丸くし、凛は険しい表情を浮かべた。

 

「待って、それはつまり、イリヤスフィールが自らを盾にして来た場合、貴女の戦闘力が落ちると受け取っていいわけ?」

「ああ、そう受け取っていいよ」

「……同盟を結ぶ気あるの? そんな致命的な弱点があるなんて、こっちからしたら――――」

「でも、結んでから言ったら詐欺だからね」

「……まあ、後から言われたら契約を破棄してたかもしれないし」

 

 凛の言葉に安堵した。彼女の人となりはゲームをプレイした時にある程度掴めたけど、やっぱり、生身の人間相手に交渉する際、嘘はいけない気がする。

 子供っぽい持論だし、そんなの社会じゃ通用しないだろうけど、誠実さは大切だ。

 

「まあ、そこはおいおい対策を練るとして、もう一つ。あらゆる情報を共有してもらうわ」

「どういう意味だ?」

 

 士郎君が首を傾げる。

 

「そのままの意味よ。勝手な自己判断で秘匿せず、聖杯戦争中に得られた情報は全て開示する事」

 

 俺と士郎君が揃って条件に頷くと、凜はすました顔で言った。

 

「じゃあ、同盟締結ね。なら、聞かせてもらえるかしら、セイバー? 貴女の言う心当たりについて」

 

 事ここに至り、隠すつもりは無かった。昨夜は下手な発言で軋轢が出来る事を懸念したけど、このまま記憶障害で通すのは無理がある。一晩が過ぎ、死闘を経験した今なら、言っても問題無いだろう。

 

「とりあえず、前提として理解してもらいたいんだけど、俺は英霊じゃない」

「……は?」

 

 二人の表情が凍りつく。まあ、当然の反応だろう。けど、二人が我に戻る前に話を進めよう。下手に中断すると、面倒な事になる。

 

「勘違いしないで欲しいんだが、この体は英霊のものだ」

「ちょ、ちょっと待って、どういう意味!?」

 

 凜が問う。

 

「単純な話だよ。この体は確かに英霊のものなんだ。だけど、肝心の中身が違う。ちょっと、宗教的な話になっちゃうけど、キリスト教の教えでは、人間は霊魂と精神と肉体の三つによって構成されているそうなんだ」

「……ええ、知ってるわ。錬金術で言うところの三原質。それは魔術師の基本的な教養の一つだもの」

 

 さすがは名門魔術師の家系の当主だ。反して、士郎君はちょっと困惑顔。まあ、宗教系の話は興味や信仰が無いとついていけないから仕方が無い。俺の場合は姉がキリスト教系の学校に通っていたもんだから、色々と知識が身についてしまっただけだけど。

 

「ここで重要なのはサーヴァントのシステムだ。多分、この三つの内、肉体は寄り代であるクラスが請け負っているんだと思う」

「その通りよ」

 

 システムを構築した御三家の当主のお墨付きをもらえた。

 

「というか、霊体の召喚は基本的にその概念を基にしてる。基本じゃない」

 

 士郎君がショックを受けている。

 

「ああ、何と無く分かって来たわ」

 

 凜が言った。

 

「つまり、貴女の今の状態は肉体と霊魂が英霊のものであるにも関わらず、精神だけが別物って事?」

「多分ね」

「えっと……、俺にはよく分からないんだけど、つまり?」

 

 頭を抱える士郎君。さて、どう説明したものかな……。

 

「霊魂ってのは、その者に蓄えられた情報の塊。精神っていうのは、その情報を扱う頭脳の事。サーヴァントの肉体は霊魂の情報を基に作られるから、今の状態になっているんだと思うわ」

 

 凜が実に見事な解説をしてくれた。

 

「昨夜の戦いで俺が英霊本来の力を引き出せたのも、恐らく令呪によって霊魂の情報を引き出す事が出来たからだと思う」

 

 俺の言葉に凛は納得顔だ。

 

「色々と納得出来ない事はあるけど、まあ、理屈は通るわね」

「納得出来ない事と言うと?」

「決まってるじゃない。貴女の精神が別物と摩り替わってる事についてよ。そんな事態、聞いた事が無いわ」

「と言われても、事実だしな……」

「なら、貴女のプロフィールを教えてもらえるかしら? 精神の方だけじゃなくて、霊魂や肉体の方に関してのものも」

「ああ、それなら可能だよ。まず、霊魂と肉体に関してだけど、アーサー王のものだ」

「……は?」

 

 空気が凍り付いた。まあ、当然の反応と言えるだろう。

 

「アルトリア・ペンドラゴン。それがこの体の持ち主の名前だよ。宝具は風王結界《インビジブル・エア》と約束された勝利の剣《エクスカリバー》。そして、士郎君の体の中にある全て遠き理想郷《アヴァロン》だ」

「お、俺の中に宝具?」

 

 目を丸くする士郎君に俺は頷いた。

 

「昨夜の傷を治癒したのもアヴァロンの力によるものだよ。後、アーサー王を召喚出来たのもアヴァロンが寄り代になったからだ」

「待った。寄り代になった? 百歩譲って、貴女がアーサー王で、昨夜の治癒がアヴァロンによるものだとして、どうして、衛宮君の中に宝具があるの?」

「情報は全て共有するって約束だから、全部白状するけど、士郎君の中にアヴァロンを埋め込んだのは衛宮切嗣さん。つまり、士郎君の義理のお父さんだね。彼が前回の聖杯戦争で英霊召喚の寄り代に使ったのがアヴァロンなんだ」

「……爺さんが聖杯戦争に?」

 

 戸惑い気な士郎君。対照的に目の端が吊り上っていく凛。

 

「君の御義父さんはアインツベルンが聖杯戦争の為に外部から招いた魔術師だったんだよ。アインツベルンは彼の為にアヴァロンを発掘して与えた。そして、優勝した」

 

 衛宮切嗣に関して出来る説明はこのくらいかな。『Fate/ZERO』という『Fate/stay night』の前日譚があるけど、あの小説の内容は本編で明かされた情報と矛盾点がかなりあるから、実際にあった過去として話すのは避けた方がいいだろう。

 余計な事を話して、後々要らぬ矛盾点が出て来ても困る。

 

「ただ、優勝の直前に戦っていた相手が厄介な奴でね。そいつが彼より先に聖杯を確保してしまった。その結果、彼の欲望が叶えられて、大惨事が起きた……らしい」

 

 確か、邪魔物を排除したかったんだっけ……。いや、どちらかと言うと、聖杯が彼の内なる欲望をすくいあげた結果がアレだって話も聞いたな。

 

「大惨事って……、まさか」

「この地で起きた大火災。それが今言った大惨事だよ。そして、衛宮切嗣は君を火災現場で見つけ出し、君を救う為にアヴァロンを埋め込んだ。アヴァロンには強力な治癒能力があるからね」

 

 俺が口を閉ざすと、しばらく沈黙が続いた。

 それから、唐突に凛が口を開いた。当然と言うか、来るだろうと予想していた質問。

 

「そんな知識を持つ、自称英霊じゃない精神の持ち主である貴方は一体、誰なの?」


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