Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第40話 孤影激突 2

 

 

 一方そのころ……

 

『ちっ、こいつら……!』

『強えぞ!』

 

 タスクとアラドは合流し、行動を共にしていた。

 2機のゲシュペンストMk-Ⅱ・改が背中を合わせて、周囲を警戒している。今の所、視認できる距離に敵機はいない。

 

 出撃した直後は別行動していた2人だったが、多数のアシュセイヴァーに苦戦を強いられていた。アシュセイヴァーは運動性重視の軽量型の機体だったが、それ以上に、敵機の反応速度が異様に早い。

 攻撃のほとんどは躱され、瞬きする間もなく反撃に移ってくる。

 行動パターンは単純で、避けて反撃するを繰り返すだけだったが、敵の反応速度とアシュセイヴァーの機動性も相まって手に負えなかった。物量で勝っていたはずのタスクたちは次第と劣勢となり、味方の量産型ゲシュペンストMk-Ⅱがなす術もなく撃破されていった。

 タスクたちの機体も被弾していたが致命傷ではない。「インスペクター事件」の際に機体に施したビームコーティングの恩恵だった。

 継戦能力は十分に残っている。しかし戦況はよろしくない。このまま囲まれて集中砲火にあえばどうなるか……分かり切っていることだ。

タスクはアラドと連絡を取り、合流した。 

 

『久しぶりの戦闘で、これはキツイぜ』

『タスク、弱音なんか吐いてんじゃねえよ! 俺たちは敗けるわけにはいかねぇんだぞ! こんな酷ぇこと、絶対に許しちゃいけねぇんだ!』

 

 町の惨劇を見てきたアラドが叫んでいた。

 エクセレンとアルフィミィが生活していた町だ、アラドたちにも少なからず愛着はあった。のどかだった街並みが、シャドウミラーの襲来で燃え盛る戦場と化してしまっている。 

 許せなかった。

 表情を歪ませているアラドの心情を、タスクは痛いほど理解できる。

 

『ああ、シャドウミラーは許せない。奴らを追い出して、町の皆を助けるんだ!』

『やるぞぉ、タスク!』

『ああ ── ッ!? アラド、何か来る!!』

『なんだって!?』

 

 タスクの声にアラドは前方を警戒する。

 しかし敵機の姿は確認できない。

 

『上だ!』

 

 レーダーを確認したタスクが叫ぶ。

 大きな光点が2人のゲシュペンスト直上で明滅していた。

 2機は銃口を空に向けた。町の炎でうすい赤に染まった青空が見える。青に栄える白い翼を広げて、1機のロボットが滞空していた。

 天使のような羽を持ち、白と桃色で彩られたドレスのような装甲を持つロボットだ。

 特機 ── モニター情報には「アンジュルグ」と表示されている。

 優雅な外見と裏腹な巨体を空中に浮遊させ、そのロボットはエネルギーで形成された矢を、既にタスクたちに向けていた。

 2人は反射的にトリガーを引いた。

 愛用のアサルトマシンガンから徹甲弾が飛び出すが、女性ロボットの矢じりが一瞬早く放たれる。

 矢は空中で膨張し、炎でできた巨大な鳥へと変貌する。

 炎の鳥に飲み込まれて、徹甲弾は蒸発した。

 視界は鳥の赤い光に覆い隠されて、

 

 物を言う間もなく、2機のゲシュペンストは不死鳥の炎の翼に抱かれる ──……

 

 

 

 

 

第40話 孤影激突2

 

 

 炎に彩られた絵里阿町を、W17は空から見下ろしていた。

 

 「アンジュルグ」と呼ばれる女性型の特機に搭乗し、シャドウミラー軍を指揮していたW17。

 地上で繰り広げられる自軍側のアシュセイヴァーと、地球連邦のゲシュペンストの戦闘を空中から観察する。ビームの光と銃声が聴覚センサーで拾われ、視覚センサーには大破していくゲシュペンストの姿が捉えられる。

数ではシャドウミラーが不利だったが、パイロットの性能差か、地球連邦を劣勢へ追いやるのは容易だった。

 

 眼下の戦闘風景を眺めながら、W17は空中から的確な指揮と、援護攻撃を行う。

 アンジュルグの放ったエネルギーの矢がゲシュペンストを破壊していき、絵里阿町は火の手の勢いに油をさしていくような行動を継続する。

 

 W17は、つい先ほども、2機のゲシュペンストを仕留めていた。

 

『…………』

 

 紅いカラーリングのゲシュペンストMk-Ⅱ・改 ── W17が「インスペクター事件」で共闘した、ベーオウルブズの部隊の機体だった。

 アンジュルグの最大兵装 ── ファントム・フェニックスを直撃し、防御した四肢は爆ぜ、カメラアイを保護する頭部のゴーグルは砕けている。装甲も焦げて傷だらけだ。しかし単なる量産機ではなくチューン機であることが幸いしたのか、コックピットブロックを含む胴体部分は無事だった。

 ただし、中のパイロットの生存は不明だった。

 W17は大破した2機のMk-Ⅱ・改にロッオンカーソルを重ねた。

 アンジュルグの手には、再びエネルギーで形成された矢が握られる。

 敵は徹底的に壊す。それは「インスペクター事件」からの5年で、W17が学んだことの1つだ。

 W17はアクセルと、シャドウミラーの総帥ヴィンデルから教授されたプロセスを、冷徹に実行しようとした。

 しかしその時、戦場の情報を収集して表示しているモニターに、最新の情報が飛び込んできた。

 

『隊長、戦闘を開始したか』

 

 レーダーの遠方に大きな光点が1つ。それに対する赤い光点がまた一つ。大きな光点はアクセルのソウルゲイン、小さな光点がアクセルの相手にしている敵機だろう。

 W17は戦闘風景を確認するため、アンジュルグのカメラを最大望遠にする。

 アクセルの敵は紅いゲシュペンストだった。

 ベーオウルブズのリーダー ── キョウスケ・ナンブの乗る、ゲシュペンストMk-Ⅲ……難敵だ。

 W17はカメラの望遠を中止する。ゆっくりと地上を見下ろした。

 大破した赤いゲシュペンストMk-Ⅱ・改が転がっている。

 W17が破壊した、キョウスケ・ナンブの部下の機体だった。

 

『戦術効果、確認。実行する』 

 

 W17がつぶやき、アンジュルグは弓を納める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 体にかかるGが、キョウスケに戦いを実感させる。

 

 背部の大型ブースターの吐き出した炎が化け物じみた推進力を生み、ゲシュペンストMk-Ⅲを猛烈に直進させていた。

 戦場と化した絵里阿町。破壊された建物の間に敵は立っている。

 アクセル・アルマーの乗り込んだ青色の特機だ。

 ロックオンと共に敵情報が画面に表記された。SOULGAIN ── ソウルゲイン、それが青い特機の名称のようだ。

 超闘士グルンガストのような青色のボディで、火器らしき武装は携帯しておらず、ソウルゲインも多くの特機の例にもれず接近戦用にチューンされている印象を受ける。

 格闘家のような体つきのマシンだが、特に四肢に力強く、肘部分には短いエッジが伸びていた。

 ソウルゲインはギラリと光るエッジを向けてこなかった。

 両手を前に出し、足を開いて立っている。拳は作っていない。腰を落として、機体の重心を低くしていた。

 

 

── MK-Ⅲを受け止めるつもりか?

 

 

 Mk-Ⅲのサイズはソウルゲインの半分ほどだ。

 しかし狂気じみた重装甲のため機体重量は異様に重い。それに伴う機動性低下を、背部の大型ブースターの推進力で無理やり解決したのがMk-Ⅲであり、代償として訪れるGの負荷こそ、Mk-Ⅲを操縦の困難性を助長し、お蔵入りの原因を作ったと言っても過言ではない。

 当然、重い物を速く飛ばすには、比例して大きなエネルギーが必要になる。

 今のMk-Ⅲは運動エネルギーの塊だ。

 超加速したMk-Ⅲを止められるPTなど存在しない。例え相手が特機でも、だ。Mk-Ⅲを受け止めるという事は、生身で小型の大砲の弾を体で受け止めるのに等しい行為と言えた。

 

「甘いぞ、アクセル・アルマー!」

『それはどうかな!』

 

 キョウスケは使い慣れたモーション ── 左肩でタックルし、敵の体勢が崩れた所にリボルビングバンカーを使用する ── で、ソウルゲインに攻撃を仕掛ける。

 直後、Mk-Ⅲの左肩を、ソウルゲインが両手で受け止めた。

 

『むっ!』

 

 踏ん張っていたソウルゲインの足がアスファルトにめり込んだ。

 超重量×超加速だ、そう容易に止められるはずもなく、Mk-Ⅲの突撃がソウルゲインを後方に押して行く。アスファルトを砕きながら後方に押し出されながらも、体勢を崩さないソウルゲイン。

 並のPTならフレームが歪んでもおかしくない。やはり特機は伊達ではなかった。

 思惑と違ってソウルゲインの体勢は崩せない。

 反射的にキョウスケは予定変更。体勢を崩すことが困難と見るや、すぐさまリボルビングバンカーの撃鉄を上げた。

 ソウルゲインに切っ先を突き込むために、Mk-Ⅲが右腕を振り上げる。

 

「ッ!?」

 

 リボルビングバンカーを叩き込もうとした瞬間、コックピットをガクンと衝撃が襲った。

 振り上げた右腕をソウルゲインが掴んでいた。Mk-Ⅲを支えていた手で撃鉄を押さえている。撃鉄の動きを封じられてしまうと、薬室内の炸薬に着火することができない。  

リボルビングバンカーは、リボルバータイプの拳銃を模して造られている。撃鉄の動きで炸薬に着火し、そのエネルギーでパイルバンカーを撃ち出す仕組みだ。原始的な作りだが、その分強度が高く、確実に動作することが強みである。

しかし撃鉄を押さえられると、炸薬に着火できない。かの有名な44マグナムを想像してもらえれば分かり易いだろう。火が付かなければ、銃弾もパイルバンカーも撃ち出すことができなかった。

 想像の斜め上のバンカー封じに、キョウスケが驚愕する。

 しかし撃鉄を押さえるため片手を使ってしまったため、ソウルゲインはMk-Ⅲの勢いを抑えきれずに体勢を崩していた。

 上体がぐらりと揺らいだ。

 が、ソウルゲインはMk-Ⅲの腕を引き、

 

『でいぃぃぃやあぁぁっ!!』 

 

 Mk-Ⅲの突撃の勢いに逆らわずに体を半歩ひらいて道を開け、投げた。

 加速とソウルゲインのパワー。

 キョウスケの視界が一瞬で歪み、背中から矢じりのように鋭い衝撃が体を突き抜けた。

 

「っは……っ!?」

 

 地面にMk-Ⅲを叩きつけられた。それを悟るには十分な痛みがキョウスケを襲い、肺の中の空気が押し出される。

 Mk-Ⅲの損傷はほとんどないが、殺しきれなかった衝撃がキョウスケを苦しめる。

 息をできない、呼吸を整えたいと思った。

 が ──

 

『とったぞ!』

 

 ── ソウルゲインが拳を振り上げていて、そんな余裕をキョウスケに与えなかった。

 息が詰まったまま操縦桿を動かす。

 Mk-Ⅲは地面を転がって、ソウルゲインの打ち下ろしを避けた。悲鳴を上げて、アスファルトに亀裂が走り、拳型に陥没する。

 

『逃がさん!』

 

 ソウルゲインは拳を引き抜くと、前腕部を回転させ始めた。

 高速の横回転だ。回転や捻りを加えることで貫通力が増すのは良く知られていることだ。銃火器の類の弾もらせん回転を与えることで貫通量を得ている。それを、ソウルゲインは前腕部で行っていた。

 先の打撃は回避したが、まだMk-Ⅲは地面の上に仰向けの状態だ。

 

『玄武剛弾!』

 

 天元を突破しそうな勢いで、アクセルはソウルゲインの回転する拳を振り下ろしてくる。

 もう1度転がって避けようか。駄目だ間に合わない。Mk-Ⅲが動くよりも早く、ソウルゲインの拳に抉られるのは目に見えていた。

 

 

── アクセルめ、やってくれる……!

 

 

 必勝のモーションパターンを逆手に取られ、一瞬で追い詰められるとは夢にも思っていなかった。

 特機の動きは普通鈍い。PTに圧倒的に劣る機動性は、特機の巨体とパワーの代償だ。だがソウルゲインの動きは機敏で、高機動PTには及ばないが、並のPTなら軽く凌駕する動きのように思えた。

 伊達に隊長を張ってはいないということか? キョウスケは内心でアクセルを認めつつも、黙って操縦桿のトリガーを引いていた。

 ソウルゲインのパンチを躱した時に武装選択しておいた。両肩コンテナのハッチが開放される。

 

 アヴァランチクレイモア。

 

 火薬入りのチタン製ベアリング弾がコンテナから発射された。

 

『なっ……!?』

 

 至近距離からの銃弾の雨だ。拳が到達するよりも早く、ベアリング弾はソウルゲインに直撃する。青い装甲に小さな穴ができ、火薬に引火して大爆発を起こした。

 ソウルゲインは胴体装甲を大きく抉れる。吹き飛ばされて背中から地面に落下した。すぐには起き上がれないだろう、その隙にキョウスケはMk-Ⅲの体勢を立て直す。

 関節部が嫌な音で軋んでいる。

 至近距離でのアヴァランチクレイモア、使うのはこれで2度目だ。

 しかも今回は位置取りもできない緊急使用だったため、爆発によるMk-Ⅲへのダメージも前回より大きい。

 装甲が焼かれているのは以前と同じだが、関節部にまでダメージが及んでいた。機動に違和感がある、破損状態を分かり易く表現するなら小破といった所か……コンテナ内のベアリング弾に引火しなかっただけマシ、キョウスケは愚痴をこぼしながらMk-Ⅲを立ち上がらせた。

 

『やるな、ベーオウルフ』

 

 ソウルゲインが起き上がってくる。

 深手には違いないが、ソウルゲインはまだまだ戦えそうに見えた。

 

『とっさの判断と思い切りの良さ……よもや、あんな手を使うとは思ってみなかったぞ。

やはり貴様は一流だ。ここで殺すのが惜しいぐらいにはな』

「ぬかせ」

 

 Mk-Ⅲの5連チェーンガンが唸りを上げた。

 しかし徹甲弾のつぶては空を切る。ソウルゲインは地面を蹴って、大きく飛翔していた。

キョウスケは銃口を空中に向け、再びトリガーを絞る。

 空中で動き敵に対しチェーンガンの弾道はバラけ、命中することはない。

 

『飛び道具はこちらにもある! 青龍鱗ッ!』

 

 ソウルゲインの掌に青いエネルギーが収束し、撃ち出された。

 Mk-Ⅲはスラスターで移動し、青い波動を回避する。

 ソウルゲインは着地すると、Mk-Ⅲと一定の距離を保ちながら走り出す。

 2機の戦いは、建物を盾にしながらの射撃戦闘へと発展した。

 Mk-Ⅲのチェーンガンとソウルゲインの青龍鱗が、互いを狙いながら回避され、絵里阿町の街並みを破壊していく。コンクリも鉄筋も撃ち抜かれる。巨体の接触も伴って次々と倒壊していった。

 2人は無言のまま撃ち続けた。

 辺りには、Mk-Ⅲとソウルゲイン以外に動く物はない。

 人影は……ない。

 キョウスケはエクセレンとアルフィミィの安否が心配だった。

 ああ見えてもエクセレンは元軍人だ。きっと、2人で無事に生き延びているはず。絶対に、生き延びているはず。そう信じて、キョウスケは引き金を引き続ける。

 撃たなければ、自分がやられるのだ。

 

 

── だが、俺は正しいのか……?

 

 

 疑問が頭をよぎり、青龍鱗がMk-Ⅲの頬をかすめる。

 撃ち合って、崩れていく建物。もしかすると、その中に生き残りがいるのではないか? だとすれば、護るための戦いが、護るべき人を殺していることになるのではないだろうか?

 青龍鱗を回避したMk-Ⅲの足が、瓦礫を踏みつぶした。

 この中に人が埋もれていないとも限らないのだ。

 助けるべき人たちを、自分の戦いが殺してしまっているとしたら……考えてしまうと、戦えなくなる。

 キョウスケは心を凍らせる。

 アクセルとの戦闘が、キョウスケを戦争をしていた頃へと急速に引き戻していた。

 戦争に犠牲はつきものだった。

 分かっていた。

 この戦闘でも犠牲者は絶対に出る。

 分かっている。

 何度も、何度も目を背け続けてきたことだった。

 

 

── ……慣れるくらい繰り返してきたことだ

 

 

 手に馴染む操縦桿と引き金、爆音、銃声、硝煙の匂い……それでも、人の悲鳴は耳が慣れてくれない。

 悲鳴を生み出す、アクセルの行為を許すことはできなかった。

 アクセルを倒すために銃を撃つ。

 撃てば撃つほどに思う。

 結局、キョウスケはアクセルと同類なのではないか?

 考えても仕方がない……キョウスケは考えることを止めた。

 

 アクセルを倒す。

 そのためにトリガーを引き続け、ついにチェーンガンの弾が尽きた。

 カラカラカラ、と空撃ちの音が響く。緊急時だったので交換用の弾倉は用意できなかった。常に携帯させているリボルビングバンカーの弾薬だけを交換した。

 シリンダーがセットされ、撃鉄が上がる。

 

「アクセル・アルマー、覚悟!」

『来い! 返り討ちにしてくれる、これがな!』

 

 緊迫した空気が両者の間に流れる。

 Mk-Ⅲはリボルビングバンカーを、ソウルゲインは拳を構え、突撃の構えを見せる。

 一触即発。

 次の接触でかたをつける。

 加速のため、Mk-Ⅲのブースターに火が灯った ── その時。

 

 

 Mk-Ⅲの肩が爆発した。

 

 

 正確には肩部分マウントされてるアヴァランチクレイモア搭載のコンテナが爆発した。

 至近距離の爆発にMk-Ⅲは崩れ落ちた。

 

 

── な、なんだ!?

 

 

 頭部に搭載されたメインカメラが破損したのか、モニターの一部が黒く抜け落ちている。爆散したのは左肩のコンテナで、操作に対して左腕が反応しなかった。コンテナが閉鎖状態だったため、被害は最小限で済んだのは不幸中の幸いだったが、Mk-Ⅲのダメージは深刻だ。

 レーダーを確認すると、付近に敵機が確認できる。

 アクセルとの戦闘に気を取られ、周囲への警戒がおろそかになっていた。

 

「ぬかった……!」

 

 サブカメラもフル稼働させ、モニターの映像を復帰させる。

 空中に女性型の特機が浮いていた。

 「アンジュルグ」と表記されたその特機に、キョウスケは攻撃されたようだ。

 アンジュルグは手に何かを持っていた。

 ボロボロにされ、動かなくなった紅いゲシュペンストMk-Ⅱ・改だった。持ち運びやすいように、四肢と頭部を切断され、胴体部分だけにされている。コックピットは無事であろう2機のMk-Ⅱ・改を、アンジュルグは両手に抱えていた。

 それらはキョウスケにとって見覚えのある機体だ。

 キョウスケの部下 ── タスクとアラドの乗っているはずの機体だった。

 

『……W17、貴様、一体何をしている?』

 

 不機嫌そうな声で、アクセルはアンジュルグのパイロットに話しかけていた。

 W17。その名にキョウスケは覚えがあった。

 ホワイトスター攻略の際、アクセルが連れていた女性パイロットの名前だ。

 

『隊長を救援に来ました』

『なんだと?』

『ベーオウルフの動きを封じる材料を入手しました。これで隊長の勝利は確実なものになります』

 

 W17がキョウスケに通信を送ってきた。

 

『ベーオウルフ、これは警告だ。

一歩でも動いて見ろ。貴様の部下の命はない』

「なに……?」

『聞こえなかったか? 動けば、貴様の部下は殺す、と言ったのだ』

 

 W17が淡々と言った。

 アンジュルグの両手にはタスクたちのMk-Ⅱの胴体が持たれている。戦闘能力は既に失われているから、W17がその気になればいつでも手を下すことができるだろう。

 

 

── 人質か……舐めたマネをしてくれる

 

 

 キョウスケの心は平静だった。

 タスクとアラドはキョウスケの大切な部下だ。

 しかしそれ以前に2人は軍人だ。戦場での敗北は死を意味することも理解している。敵に引き金を引く以上、自分たちも撃たれ、最悪死んでしまう覚悟もできている。

 撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。

 タスクたちはこの戦闘に敗れた。

 普通、それは死を意味する。

 生存を確認できるなら躊躇もするが、2人の機体は無残にバラバラにされ大破している。コックピットブロックは残っているから生きているかもしれない。だが死んでいるかもしれない。

 生死不明の味方に気をやっている場合ではない。

 ただでさえ、Mk-Ⅲはソウルゲインとアンジュルグという、2機の特機に囲まれている状況なのだ。

 

 

── タスク、アラド……すまん、許せ……!

 

 

 戦いは非情、そんなことは分かっている。

 キョウスケはアンジュルグをロックオンした。不意を突き、リボルビングバンカーでコックピットを撃ち抜いてやる。

 

『W17、貴様、俺の顔に泥を塗るつもりか?』

 

 キョウスケの心中を知ってか知らずか、アクセルがW17に対し声を荒げていた。

 

『人質だと? そんなもの無くとも俺は敗けん。余計な手出しはするな』

『隊長、作戦を優先してください。単機でベーオウルフを撃破するメリットはありません。人質を取られれば、人間は心の動揺や躊躇が発生し、戦力がダウンするとのデータがあります。

ベーオウルフを確実に撃破するには有用な手段です』

『……本気で言っているのか?』 

 

 怒りと呆れの入りまじったような声をアクセルは上げる。

 

『所詮は人形か……いいだろう、人形には人形らしく接してやる。おいW17、命令だ』

『はっ』

『俺の目の前から失せろ。今すぐにだ! でなければ、俺がお前を消す!』

 

 アクセルの言葉にW17は、しかし、と反論する。

 

『命令の意味が理解できません。隊長を護れと、レモン様から命令を受けています。Wナンバーズにとって、レモン様の命令は最上位命令に位置しています』

『では、俺の命令に背くと言うのか?』

『はい。ですがレモン様の命令だからだけではありません……』

 

 W17の声の雰囲気が変わった。

 注意して聞かなければ分からない。

 それ程に小さく微妙な変化だが、W17の声は小さく震えていた。まるで初恋の相手に告白する乙女のように、不安に押しつぶされそうになりながらも、勇気で声を絞り出しているような。

 そんな印象をキョウスケに与える声で、W17は言う。

 

『……私は、隊長に死んで欲しくない。貴方を生き残らせるためなら、どんな手段も使うと誓った……』

『……そうか。すまなかったな、W17。貴様を人形呼ばわりしたことは謝罪しよう。

そして、許せ。俺は貴様の期待にそうような男ではないのさ、これがな』

 

 アクセルの言葉の後、ソウルゲインの両前腕部が竜巻の如く回転し始めた。ヴィィィィン、と空気を震わせる高速回転はキョウスケの耳にも届き、その発生源である拳が腕から切り離されて打ち出された。

 ソウルゲインより分離された拳が、アンジュルグに高速で肉薄する。 

 グルンガストシリーズのブーストナックルに良く似ている。違うのは回転が加わっていることと、軌道が直線ではなく弧を描いてアンジュルグを捉えたことだった。

 タスクたちのMk-Ⅱを抱えているため回避が遅れ、アンジュルグは前と後ろから、ソウルゲインの玄武剛弾の直撃を受ける。明らかに、無防備だったアンジュルグの装甲が、拳の形に凹んだが見て取れた。

 

『隊長……な、ぜ……?』

 

 衝撃でW17の意識が途絶えたのか、アンジュルグは爆散はしなかったが、浮力を失って落下していった。轟音が耳に届くが、建物が邪魔で姿は見えなくなる。

 

『W17、覚えておくといい』

 

 飛翔していた拳をソウルゲインに接続し直し、アクセルはW17に語りかけていた。

 

『男には引けない戦いがある。意地がある。下らない生き物だ、貴様は俺のようになるなよ』 

「……アクセル」

『待たせた、そして失礼したなベーオウルフ。見苦しい所を見せた』

 

 ソウルゲインが再び徒手空拳の構えを見せる。

 意地、か。キョウスケはアクセルの独白に共感を覚え、彼の取った行動の不可解さを何となく理解することができた。

 戦場で意地は必要なものだろうか?

 肥大化しすぎたそれは、いつか自身の首を絞め、窮地へと追いやるかもしれない。

 だが意地は人間に力を与えてくれる。決して譲れない意地があるからこそ、人間は生き残ろうと戦場で躍起になり、限界以上の力を引き出すことだってある。 

 キョウスケだってそうだ。

 エクセレンやアルフィミィを護る。これは決して譲れない、キョウスケだけの意地だ。

 アクセルにだってあるのだろう。

 心に決めた戦いは、彼自身の手によって決着を迎えなければならない。

 そんなルールがアクセルの中にはあるのかもしれない ── 今のアクセルは兵としては失格だが、間違いなく戦士だった。

 不快感はない、むしろ好感すら持てる。

 

「アクセル・アルマー……俺たちの出会った場所が戦場でさえなければ……」

『ああ、俺たちは良い友人になれていたかもしれないな。

しかし、ここは戦場だ。戦場でアクシデントは付き物……全力でいく。悪く思うなよ、ベーオウルフ』

 

 Mk-Ⅲの左腕部は完全に機能停止している。アヴァランチクレイモアを積んだコンテナも1つ失い、ギリギリで保たれていたMk-Ⅲのバランスは崩れてしまっている。

 Mk-Ⅲはテスラドライブの力を借りて、やっと直立できるバランスを保てていた。今は重量が右半身に集中し、直立することも難しい。

 立つことはできない。

 だが飛ぶことはできる。

 重量やバランスなど、大出力ブースターで帳消しにしてやればいいのだ。ソウルゲインにも装甲が大きく抉れ、ダメージは大きく残っている。勝機はある。

 

「……幕引きだ、アクセル・アルマー」

『俺か、それともお前のか……答えを知る権利は最後まで立っていた者にだけ与えられる』

 

 キョウスケはリボルビングバンカーのリミッターを解除した。

 撃鉄が焼き付き吹き飛んでも構うものか。装填された6発分の威力を、全てソウルゲインに叩き込む。

 遠慮もしない。

 躊躇もしない。

 それがアクセルへの礼儀というものだ。

 

「勝負だ!」『勝負だ!』

 

 2機の巨人が、最後の戦闘を再開した ──……

 

 

 

 

12、発狂

 

 

 

 炎に彩られた絵里阿町で。

 2機の鋼の巨人が最後の一撃を繰り出そうとしていた。

 

 1機は髭が特徴的な青い格闘戦用の特機 ── ソウルゲイン。

 もう1機はキョウスケ・ナンブの駆る、ゲシュペンストシリーズの最新機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲだ。

 戦場となった絵里阿町に立つ2機は無傷ではなく、戦いによって傷を負っていた。

 ソウルゲインは胸部から腹部にかけての装甲が削げている。至近距離で爆発に巻き込まれたように、厚かった装甲は薄くいびつに歪んでいた。これは推測にすぎないが、一転集中の強い攻撃を受ければ、容易に貫かれてしまうだろう。

 一方、ゲシュペンストMk-Ⅲは左腕部が動いていない。

 加えて右肩には装備されているコンテナが左肩には存在せず、Mk-Ⅲの重心は大きく右側に傾いていた。

 キョウスケは、重心の歪みを、Mk-Ⅲの大型ブースターによる飛翔で解消していた。

 

 

── いける!

 

 

 今のMk-は直立……待機姿勢すらままならない。元々Mk-Ⅲは超大型のパイルバンカーや炸裂弾入りのコンテナを積み込んでいて、非常にバランスを取ることが難しい機体だ。従来機ではありえないアンバランさを、テスラドライブという重力制御装置で解消していたのがキョウスケの愛機 ── ゲシュペンストMk-Ⅲである。

 しかし今のMk-Ⅲには、本来両肩に装備されているはずのコンテナが右肩にしか装備されておらず、テスラドライブでも姿勢を安定させることは難しい。

 立ち上がることができなければ、Mk-Ⅲはただの的だ。

 しかもソウルゲインは特機……動かなければ即撃破されるだろう。

 しかしMk-Ⅲは立つこともできず、あるくこともできない。

 なら、飛べばいい。

 それがキョウスケの選択した答えだった。

 

 

── まだ、俺とMk-Ⅲは戦える!

 

 

 背部の巨大ブースターで機体をカットばし、ソウルゲインへと突撃するMk-Ⅲ。

 左腕は動かず、残っているクレイモアのコンテナは残り1個……Mk-Ⅲに残されている武装は右腕のリボルビングバンカーしかない。キョウスケは最も使い慣れ、信頼を置いている武器に全てをかけていた。

 リボルビングバンカー……俗に言うパイルバンカーである。

 通常のものよりも巨大な盾殺しで、キョウスケの多くの敵を破ってきた。

 ソウルゲインの装甲が健在なら無理かもしれないが、今ならやれる。リボルビングバンカーに搭載された6発の炸裂弾を全て使えば、特機であるソウルゲインと言えども撃破は可能だろう。

 半壊し、数か所か黒く映らなくなったモニターに、肉薄してくるソウルゲインが見えた。

 

『けりを付けるぞ、ベーオウルフ!』

 

 アクセルが吠える。

 Mk-Ⅲを、猛烈な回転を加えたソウルゲインの拳が狙っていた。

 玄武剛弾という、ソウルゲインの技の1つだ。本来は拳を腕から切り離して使うはずの攻撃だが、分離させずに、Mk-Ⅲを直接殴りつぶすつもりらしい。

 Mk-Ⅲの倍近い全長のソウルゲインの一撃……もらえば、間違いなくただではすまないはずだ。

 だが、

 

「来い、アクセル・アルマー!」

 

 キョウスケにとって、死線とも言えるその距離は、逆に望むところだった。

 接近戦はキョウスケの18番だ。至近距離での殴り合いなら、誰にも負けない自信があった。現にキョウスケは、斬艦刀という大剣を持つ特機と互角に接近戦を繰り広げたこともある。

 ソウルゲインにだって引けは取らない。そう、絶対に。

 

 

── 俺の距離だ!

 

 

 ソウルゲインの懐に飛び込んだMK-Ⅲは、リボルビングバンカーの撃鉄を上げる。リミッターを外した切っ先を突き込む場所はただ1つ。装甲が薄くなっているソウルゲインの胸部だ。

 

『でいぃぃぃやぁぁっ!!』

 

 アクセルの怒号と共に、ソウルゲインの玄武剛弾が打ち下ろされた。

 頭部ごとMK-Ⅲのコックピットを撃ち抜く軌道だ。

 

 

── 今だッ!!

 

 

 操縦桿を動かし、キョウスケは行動を入力した。

 ここ1番でモノを言う、キョウスケ得意のモーションパターンだ。

 Mk-Ⅲは玄武剛弾かい潜り、動かない左肩でソウルゲインにタックルを敢行した。ショルダータックルから敵の体勢を崩してリボルビングバンカーを叩き込む、キョウスケの最も得意とする攻撃パターンだ。

 

『なっ!?』

 

 攻撃を回避され、アクセルが驚きの声を上げた。

 リボルビングバンカーの切っ先がギラりと光る。Mk-Ⅲの腕を突き出せば当たる、そんな距離にソウルゲインの体があった。

 

「零距離、とったぞ!!」

 

 勝利を確信し、キョウスケはバンカーを振るった。

 切っ先がソウルゲインの装甲を抉る。

 トリガーを引けば炸薬が連続で爆発し、ソウルゲインの胸に風穴が空く。

 ……はずだった。

 

「なにっ!?」

 

 信じられない光景に、キョウスケは驚愕の色を隠せなかった。

 切っ先がソウルゲインを命中せず、空を切っている。

 

 

── 馬鹿な!?

 

 

 外した……リボルビングバンカーで攻撃した時、重心の偏った右腕を振るったため狂ったようだった。ソウルゲインへの体当たり……突撃の勢いが殺されたのも悪かった。突撃で維持していた平衡が崩れ、機体が右側に大きく傾き、切っ先はソウルゲインから逸れる。

 MK-Ⅲは体勢を維持できず、アスファルトの上に片膝をついて倒れた。

 

『勝機!』

 

 間髪入れずに、ソウルゲインの玄武剛弾が迫る。

 回転する鉄拳が、まるで巨大な弾丸のようにキョウスケには映る。肉薄する拳が、一瞬でコックピットのモニターを埋め尽くした。

 動けなかった。

 意識ははっきりしているのに体がそれに着いてこない。視界を占領した玄武剛弾の回転が妙に遅く感じられた。肉眼で捉えられないぐらいの高速回転なのに、まるでスローモーションでも見ているかのように、ゆっくりと拳が回転している様がキョウスケの網膜に焼きつく。

 しかし体は反応しない。

 機体も動かない。

 直後、キョウスケ眼前のモニターが暗転し、強烈な衝撃が来る。ヘルメット越しだが、コンソールに激しく頭を叩きつけられ。

 衝撃の次はモニターに亀裂。

 モニターは砕け、コックピットハッチが音を立てて歪む。

 コックピットとしてキョウスケを包んでいた金属の塊が、津波のように飲み込もうと迫ってくる。

 

 ソウルゲインの玄武剛弾が、ゲシュペンストMk-Ⅲの頭部を砕いていた。巨大な鉄拳が胴体にめり込んでいる……

 

『俺の、勝ちだ!!』

 

 アクセルの雄叫びを最後に、キョウスケの意識は途絶える。

 

 

 

 「絶対死なない男」キョウスケ・ナンブの敗北の瞬間を、俺は目の当たりにしたのだ ──……

 

 

 

 鋼鉄の駄狼R2 ~発狂~

 

 

 

 俺の名前はキョウスケ・ナンブ。

 何故か高校の密集する地域「エリア」で貧乏学生をしている、しがない一般人だった。

 今、俺は有栖 零児の奥義「夢想転生」の力を借りて、オータムの中にある過去生を覗いている。

 俺 ── キョウスケ・ナンブの過去生を、だ。

 

 

 

 不思議なことに、俺にはキョウスケの考えていることが理解できた。もしかすると、ここが俺の過去生であることが関係しているのかもしれない。

 薄雲のかかった思考……だが指を動かすことができる、息をすることができる、キョウスケを心配し顔を覗き込むタスクとアラドの顔が網膜に飛び込んでくる。

 

 

── また……助かったようだな……

 

 

 体は痛む。しかし動かせない程ではなかった。しいて言えば頭痛が酷いぐらいだ。

 

「キョウスケさん!」

「よかった! 本当に、生きてて良かった!」

「お前たち……」

 

 目を開けたキョウスケを見てタスクとアラドから歓喜の声を上がる。

 彼らも負傷はしていて応急処置を施していたが、しっかりと五体満足だ。彼らの機体は大破して、コックピット周りしか残っていなかった。しかし、その惨状に不釣り合いな程の軽傷である。

 それはキョウスケにも同じことが言えた。

 視線を横にやると、すぐ傍にキョウスケの愛機の姿が見える。

 首から上がねじ切られたように消し飛んでいた。厚い胴体の装甲板も歪み、大きく窪んでしまっている。ゲシュペンストMk-Ⅲは、ソウルゲインの玄武剛弾で頭とコックピットを潰されていた。

 大破した赤い巨人は横たわったまま動かない。

 

 

── 悪運だけは……相変わらずだな……

 

 

 潰れたコックピットから、外傷を負っているにしろ、生きたまま救出された。

 統計を取ったものがいないため断言はできないが、奇跡的な確率ではないだろうか。

 

「大破したMk-Ⅲを見たときは肝を潰しましたよ」

 

 タスクが言う。

 

「コックピットも潰されてたけど、キョウスケさん1人が収まるくらいのスペースは残ってたんです。何とかしてハッチを開けて……キョウスケさんが助かったのはMk-Ⅲの重装甲のおかげでしょうね」

「……そうか」

 

 Mk-Ⅲに視線を向けるキョウスケ。

 物言わぬ相方の、無残な死に体が転がっている。

 またこいつに助けられたな、とキョウスケは心の中で感謝しつつ起き上がった

 頭痛と目まいが襲ってきて、タスクたちが心配して声をあげるが、キョウスケは構わずに質問する。

 

「タスク、戦況はどうなった?」

「…………」

 

 無言のまま視線を泳がせるタスク。

 アラドも顔に影を作ったまま答えなかった。

 

「タスク……そうか、分かった」

 

 2人の態度だけで、キョウスケは察することができた。 

 ぱちぱちと火が燃える音しか絵里阿町には響いていない。友軍のゲシュペンストが残っていたり戦闘が続いていれば、物寂しげな沈黙が続いているはずがない。助けを求める人の声も聞こえてこなかった。

 つまり、全滅だ。

 町の人間も、キョウスケたちの部隊も。

 シャドウミラーに皆殺しにされたのだ。

 喧騒とは程遠い静寂は、キョウスケにそれを痛感させるに十分だった。

 

「町の、人たちは……?」

 

 それでも、キョウスケは確認せずにはいられなかった。

 絵里阿町はキョウスケたちの町だ。キョウスケが、エクセレンとアルフィミィと暮らしてきた、これといって特徴のないごく普通の町だ。

 だから確かめずにはいられない。

 町の人は……エクセレンは、アルフィミィは無事なのか?

 やはり、帰ってくるのは沈黙だけ。

 

「……もうすぐ、基地から救援が来ます……」

 

 タスクがやっと口を開いていた。

 

「生存者の捜索はそれから行われる予定です……」

「エクセレンたちは……?」

「分かりません……姐さんたちを探す余裕はなくって……すいません」

「……気にするな。別に、お前が謝ることじゃない」

 

 タスクの言い分は正しい。

 2人はキョウスケを助け出し、介抱してくれていたのだ。

 生存者捜索の余裕がなくても無理はない。

 

 

── エクセレン……アルフィミィ……

 

 

 キョウスケはいても立ってもいられない思いだった。 

 絵里阿町は、キョウスケにとって見慣れた廃墟と化している。この廃墟の中で愛する女と娘が彷徨っているかもしれないのだ。1人だけじっとしている訳にはいかなかった。

 

「キョウスケさん、どうするんですか?」

 

 絵里阿町に歩き出そうとするキョウスケにタスクが訊いた。

 

「エクセレンたちを探す」

「無茶ですよ! それに危険です! 建物の崩落に巻き込まれたどうするんですか!?」

「なら、どうしろと言うんだ……じっとしていろというのか……! エクセレンたちが助けを求めているかもしれないのに……!」

「でも……!」

 

 タスクの言い分が正しい。

 戦地や被災地で単独行動するのは危険だ。戦闘や2次災害に巻き込まれる可能性が高いし、何より1人でできることには限りがある。

 生存者の捜索、救助、治療……と分担すべき仕事もある。

 人手が必要な以上、救援が来るのを待つべきだろう。

 タスクの判断は正しいし、1人にできることはタカが知れている。

 分かっている。

 理解している。

 しかし心は従ってくれなかった。

 ざわめく。ざわざわと。探しに行かなければと、強い焦燥感に駆られる。

 

「俺はエクセレンたちを探す。お前たちは……好きにしろ!」

 

 キョウスケは2人を置いて歩き出す。

 

「キョウスケさん!」

「お、おい、タスクどうするよ?」

「どうもこうもねぇよ!」

 

 結局、2人はキョウスケに付いてきた。

 エクセレンたちを探して、キョウスケたちは廃墟と化した絵里阿町を見渡す。

 キョウスケが休暇の際、エクセレンたちとよく行った行きつけの料理店が見える。建物が崩落し、看板は炎の下に埋もれてしまっていた。人の気配はない……気の良い大将は何処に行ってしまったのだろうか?

 食料品の買い出しをしていたスーパーマーケットも倒壊している。アルフィミィと買い物に来ると、よくお菓子を買ってくれとねだられたのを思い出す。些細な思い出も瓦礫の下に埋もれてしまっている。

 いつの日か、アルフィミィを通わせようと思っていた学校は無事だった。

 鉄骨で作られているからだろうか? 地震の時などには避難所になるくらいなので丈夫なのだろう、コンクリにはいくつも亀裂が走っていたが、全体の景観は残されている。

 しかし避難している人の姿は見えない。

 代わりに校庭に転がっている影は沢山目に入ってきた。

 

「ひでぇ……!」

 

 アラドが強張った声を上げた。

 校庭には爆撃されたような大きな穴が開いており、その周囲にそれは沢山転がっている。動かない。学校に避難してきた所を、シャドウミラーに襲撃されたのかもしれない。

 よく見れば、校舎の窓ガラスは全て割れている。中から人の気配は感じられなかった。

 キョウスケたちは中を探索した。

 動いているものは何1つなく、赤い水たまりに沈んだそれが幾つか見つかった。頭部を撃ち抜かれている。即死だ。どうやらシャドウミラーが、わざわざ機体から降りて、校舎に入り掃討したように見えた。

 意味が分からない。

 校舎を破壊すれば済む話なのに……キョウスケには、シャドウミラーの行動が理解できなかった。

 

 

── アクセル……これがお前の望んだ世界か……?

 

 

 アクセルは腐敗していく世界を憂いていた。

 世界を正すために立ち上がる、素晴らしいことだと思う。

 だがアクセルが取った手段に、キョウスケは決して賛同することはできなかった。

 戦争が生み出すものは、結局、いま目の前に広がっている惨状なのだ。

 

 

── 悲劇か……こんなもののために、俺は戦っている訳ではない……

 

 

 しかし戦争をすれば、惨状は避けては通れない。大義名分を大仰に掲げても、キョウスケの戦いは必ず人を殺す。

 空しさがキョウスケの胸を満たす。

 キョウスケたちは校舎を出て、絵里阿町の探索に戻った。

 町にはまだ炎が燻っていた。

 硝煙と黒煙に混じった、人肉が焼ける匂い……吐き気を催さないのは、キョウスケが訓練された軍人だからだろう。

 目を背けたくなるような現実が広がっている ──……

 

 

 

 キョウスケの足は、自然に自宅の方へと向いていた。

 

 

 

 無事に残っている。そんな淡い期待は容易く打ち砕かれた。

 何も残っていない。

 倒れて建築材が燃えていることすらなく、キョウスケの自宅は消し飛んでいた。アシュセイヴァーのビーム砲が直撃したのかもしれない。残っている土地は黒く焦げ、煙だけが立ち上っている。

 思い出の詰まった家は灰になっていた。

 

「キョウスケさん……」

 

 かける言葉が見つからない。そんな顔でタスクとアラドはキョウスケを見ていた。

 キョウスケは返事をせず、ひたすら探索を続ける ──……

 

 

 

 どれだけ探し回っただろうか?

 基地から救援が到着し、生存者の捜索が始まった。

 キョウスケたちには基地に帰還する命令が下っていた。

 しかし ──

 

「俺はエクセレンを探す……お前たちだけで先に戻っていろ」

「キョウスケさん、でも……」

「いいから。俺の我がままに、お前たちまで付き合う必要はない」

 

 ── キョウスケは命令を無視し、タスクとアラドだけを先に帰還させる。

 基地から派遣された捜索隊に混じり、たった1人で捜索を続けるキョウスケ。

 どれだけ時間が経過しただろうか?

 分からない。

 時間を確認するものをキョウスケは持ち合わせていなかった。

 ただ日は沈み始め、青空を夕闇が覆い始めた頃……キョウスケは見つけた。

 

「これは……」

 

 ある倒壊した建物の前に、それは転がっていた。

 ハートの形をした、ロケットペンダント ── キョウスケが、アルフィミィにプレゼントしたものと同じ型のものだった。

 ロケットは銀色の表面を土埃で汚してしまっている。

 キョウスケの背筋を冷たいものが奔った。

 途端に胸の鼓動が早くなる。冷や汗が噴き出した。震える手で、キョウスケはロケットを拾い上げた。

 恐る恐る、ロケットを開いて、中の写真を確認する。

 

 

 

 アルフィミィが、キョウスケとエクセレンに抱かれて写っていた。

 

 

 

 倒壊した建物に目を落とした。ロケットが落ちていたすぐ傍にある建物だ。

 元はビル化何かだったのだろう、無数に砕けたコンクリが、瓦礫の山を形成している。

 キョウスケは瓦礫の山から目が離せない。

 無言のまま、瓦礫の山を掘り始めた。

 1つ1つが人の頭ほどあるコンクリの塊をどけていく。細かな障害物は指で掘り出していく。キョウスケの荒い息遣いと作業音以外、その場で音を立てるものはない。

 どける、掘る、のかす、掘る……延々と繰り返すうちに、キョウスケの指の爪は剥げ、手は血まみれになっていく。

 それでも掘る。

 ひたすら掘る。

 がむしゃらの掘り続けて、キョウスケは見つけた。

 見慣れた白い女の手 ── 指には既婚者の証である白銀のリングがはめられている。

 

「エクセレンッ!!」

 

 キョウスケが見間違えるはずがない。彼女の手だ。

 埋まっている。彼女はこの瓦礫の下に。

 助けなくてはという思いがキョウスケの中に噴き上がる。

 キョウスケは見えている彼女の手を握り、引いた。

 ずるり。

 そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、彼女の手は瓦礫の中からあっけなく抜ける。

 彼女の手は、間違いなくキョウスケの手に握られていた。

 ただ、手首から先が無かった……。

 無かった……。

 キョウスケの中で何かが弾ける。

 

「うおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ ─────── 」

 

 キョウスケの絶叫が、日が落ちて炎で灯る絵里阿町に木霊する ──……

 

 

 

 その様を、俺は見ていた。

 俺が見ているのは、俺の ── キョウスケ・ナンブの過去生。

 オータムの中に記憶されている俺の過去は正に悪夢だった。

 発狂してしまいそうな、信じがたい光景が俺の眼下で繰り広げられている。

 エクセレンが……死んだ。

 キョウスケが涙を流して泣く様を俺は初めて見る。目から尽きることなく流れる液体を、俺も心の中で流していた。

 涙で心を湿らせながら思う。

 夢なら覚めてくれ、と。

 

 だが悪夢は終わらない。

 これは俺の過去生だ。

 キョウスケが生きている限り、この悪夢が終わることはない。

 

 

 

 そこで俺の視界が暗転した。

 俺を包んでいる浮遊感が渦を巻くのも感じる。

 1度、オータムの記憶を覗いた時に感じた感覚だった。

 どうやら、場面がまた変わるらしい。

 いつまで、俺はキョウスケの地獄に付き合わなければならないのだろうか ── とその時。

 声が聞こえた。

 

 

── 全ては静寂なる世界のために

 

 

耳ではなく頭に直接響く、聞き慣れたあいつの声だ。

 空耳だと思いたい。

 俺は浮遊感の渦に飲み込まていく ──……

 

 

 

 

 

14 変貌

 

 

 

 俺は見たことのある研究所へと飛ばされていた。

 

 浮遊感の渦が収まり、視界が開けると、青い髪の女性が空中に向かって話しかけているのが見える。

 

「どうですか? これだけいれば十分でしょう?」

 

 俺が彼女を見間違えるはずもない。

 青い髪の女性の名前はオータム・フォー。オータムの中に記録されたキョウスケの過去生から、彼女の過去の記録へと、俺は再び迷い込んでいた。

 実体のない傍観者にすぎない俺は空中に浮いている。

 彼女も空中へと話しかけていた。

 しかし彼女の声は俺に向けられたものではなかった。

 

「どうなのですか、リバース?」

 

 オータムは何もない空間に向けて、自分の背後を指さしながら尋ねていた。

 彼女の背後には広い空間が広がっており、薄布を敷いただけの仮の寝床に沢山の人が寝かされていた。

 子ども、成人、老人 ── 男も女も、皆等しく同じ寝床に横になり、首からは体に必要な栄養を補うための点滴ルートが伸びている。誰も動かない。生きている証拠として、沢山の寝息だけが合わさり広い空間に小さな不協和音を響かせている。

 俺は知っていた。

 あの人間たちは、オータムが人工子宮「ウーム」を使って再生されたものだ。

 以前覗き見た彼女の記憶では、ウームの欠陥かそれとも遺伝情報のバグか、再生された人間たちに心は宿らなかった。

 オータムがその事を嘆き、苦しんでいたことを俺は知っている。

 ただ再生人間の数は、前に俺が見た時より大幅に増えていた。

 

「答えてください、リバース」

 

── リバース もしや それは私の呼称でしょうか?

 

 何もない空間から返答が返ってきた。

 若い女性の声……耳ではなく頭に直接流れ込んでくる感覚は、奴の声に良く似ている。

 

「そうです。いつまでも名無しのままでは不便でしょう?」

 

 オータムは空中にいる筈の、見えないリバースに向け笑顔を見せていた。柔和な笑み。前に見たオータムの雰囲気からは想像できない表情だった。

 センチメントサーキットがそうさせるのか……話し相手がいるということは、長い時間を孤独に過ごしてきたオータムにとっては嬉しいことなのかもしれない。

 

── オータム 私にとって 呼び名は大した意味はありませんよ

 

「でも、人間は相手のことを名前で呼ぶわ。そろそろ貴方との付き合いも長いし……いつまでも呼び名が貴方では寂しいでしょう?」

 

── そうでしょうか? 私は人間ではありません 人間の感性を理解するのは難しい

 

「そう……」

 

 オータムの顔に影が差す。

 声の主 ── リバースに喜んでもらえる。そう、彼女は考えていたのかもしれない。

 しょ気るオータムに気を使ってか、リバースは淡々と言っていた。

 

── ありがとう

 

 と。

 

── 貴女が私に名を付けてくれる それは感謝に値する だから ありがとう 

 

「リバース。いいえ、私の方こそありがとう」

 

 オータムの表情に明るさが戻っていた。

 リバースは彼女にとって初めてできた仲間であり、友人だった。

 仲間がいた経験は勿論ある……しかし、惑星「エリア」をシーズンから解放した後、その仲間たちは元の世界へと帰って行き、彼女はたった1人きりで惑星「エリア」に残された。

 寂しかった。

 辛かった。

 人工子宮「ウーム」を用いて、全滅した人類を再生させる。

 科せられた使命だけがオータムを支え、気づけば20年が経っていた。再生を成功させることもできず、アンドロイドであるオータムは長い孤独に疲れ果てていた。

 そんな時、彼女に手を差し伸べてくれたのがリバースだ。

 だから、ありがとう。

 俺には彼女の気持ちが理解できた。1人きりは辛い……そう感じることができるのは、オータムの機械の体に人間の心が宿っている証拠なのだろう。

 

「リバース、どうですか? 貴方に言われた通り、できるだけ多くの人たちを再生させました」

 

 横たえられた人たちを示し、オータムはリバースに言う。

 

「ですが、やはり心は宿りませんでした……貴方の言う通り、肉体に心を持たせるためには魂が必要なようです」

 

── ええ 魂あってこその肉体 そして心です 

 

「それではリバース、魂の方はどうなっていますか? 私には魂の方はどうしようもないのです」

 

── 心当たりがあると言ったでしょう もう 間もなくですよ

    もう間もなく 器に入る魂は手に入ります

 

 オータムの問にリバースはそう答えた。

 魂は物ではない。魂を手に入れるなど、俺には到底理解できない言葉ではある。しかしオータムはリバースの言葉を鵜呑みにしているように見えた。 

 機械の体の弊害なのか、彼女は魂の概念を捉えそこなっているように思える。

 

「もうすぐ魂が手に入る。そうすれば、人類再生計画の成就が可能 ──」

 

── そうすれば 再生された人間たちによる 悲劇のない世界が出来上がるのです

 

「もうすぐ……もうすぐなのですね」

 

 神に祈るように胸の前で手を合わせ、オータムは感慨深げに呟いていた。

 ええ、と返答するリバースの声が、俺の頭の中にも響いてくる。

 

 

── 全ては 平穏なる世界のために

 

 

 奴と似ている。しかし、どこかベクトルの違う言葉を最後に。

 俺は再び浮遊感が渦巻くのを感じていた。

 また、場面が変わるようだ。

 これで3回目……いい加減に慣れた。しかし抵抗のしようがないというのは、どうにも癇に障るものだ。

 

 とにかく、如何ともしがたいのは事実。

 程なくして、俺の視界は暗転した ──……

 

 

 

 

 

必然たり得ない偶然はない


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