Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

9 / 101
第2話 撃ち抜け、リボルビング・バンカー 5

【西暦2001年 11月20日 国連横浜基地周辺 廃墟ビル群 指揮車内】

 

 

 廃墟ビルが崩れもうもうと煙が立ち込める様子が、指揮車内の監視モニターに映し出されている。

 

 模擬戦の末、破壊されてしまったビルの姿を見た神宮司 まりもは、思わずため息を漏らしていた。

 

「め、滅茶苦茶だわ。あの子たちの実機演習も近いのに……あぁ」

「ぼやかないぼやかない。面白かったし良いじゃない、ねえまりも?」

「良かないわよ!」

 

 飄々とした夕呼の態度に思わずまりもは声を張り上げてしまう。

 

「大体、夕呼があの男を追い詰めるからいけないのよ! 機体のスペックを引き出せそうにない模擬戦の設定、数も不利で武器まで制限して、どう考えても勝ち目ないじゃない! そりゃあ、勝つために無茶をせざるを得ないわよ!」

「ふーん、やっぱりまりももそう思う?」

「当たり前じゃない! 誰が考えたって、こんな状況理不尽だわ!」

 

 大声を上げてしまうまりも。夕呼は対照的に微笑を口元に浮かべていた。

 

「理不尽な状況ねぇ……まりも、それでいいのよ。私が彼に与えたかったのは圧倒的に不利で、勝ち目が限りなく少ない状況……わざと作り出してんですもの、まりもがそう感じるのは当然のことよ」

「はぁ?」

 

 まりもには夕呼が理解できなかった。

 

「なんだってそんなことをするのよ?」

「理由は2つあるわ。1つは単純に機体の性能より、あの男の能力を見たかったからよ」

「……能力って、引き出せなきゃそれで終わりじゃない。

 あの赤い戦術機のデータの収集にしろあの男の能力にしろ、夕呼ならもっと上手くできたんじゃないの? 模擬戦だって金や人材が必要になる……費用対効果を考えないあなたじゃないでしょう」

「ああ違う違う。そうじゃないのよ、まりも」

 

 そう言うと、夕呼は指揮車の記録装置を操作して、模擬戦の最後一瞬をモニターに表示させた。

 40m級のビルの屋上で赤い戦術機 ── アルトアイゼン・リーゼと不知火が激突する瞬間が超低速再生される。

 炸薬を抜いたアルトアイゼン右腕の杭打機 ── リボルビング・バンカーが不知火の腹部を命中していた。事前の措置としてバンカー切っ先に装着させたチタン製のキャップがあったが……それごと、不知火の腹部を貫通して見事に大穴を開けてしまっている。 

 対して不知火が発射した87式支援狙撃銃の弾は。

 

 ── 至近距離で放ったにも関わらず、アルトアイゼンの巨大な胴体を逸れて(・・・)空中に消えて行った。

 

 夕呼は再生を中止し、満足気な表情を浮かべていた。

 

「衛士としての技能だけじゃ駄目なのよ。

 私が一番知りたかったのはあの男の運 ── 強運(・・)よ。絶体絶命な状況でも生きて結果を残してしまうような、圧倒的な運があの男にあるのか見たかった。私の手駒になるには、技能よりもそれが最低限必要な能力(・・・・・・・・)なのよ」

「強運、ねぇ」

 

 今一つ納得できない、そんな表情をするまりもに夕呼は言う。

 

「だからね、いくら衛士として技量が優れてても、私の直属の部下としては使えないわけ。例えるなら、まりも、アンタじゃ衛士としての技能は十分でも『A-01』は務まらないのと同じことなのよ」

「はぁ、なんでよー?」

「だってアンタ、運、悪いもの。貧乏くじ貧乏くじ」

 

 夕呼のあまりのいいぐさにズッコケそうになるまりも。

 大げさに模擬戦を実施しておいて、結局見たいのはそんな下らないことなんかい! と心の中で夕呼にツッコミを入れながらも、模擬戦の最後の瞬間、アルトアイゼンを逸れた不知火のペイント弾のことを思い返す。

 単純にみちるのミスか、それとも接触の衝撃で照準がズレたのか、弾が外れたのには何かしらの理由はあるだろう。だが普通に考えれば、至近距離で撃った弾が外れることは考えづらい……もっとも、相手がただ単に規格外なだけなのかもしれないが。

 一言で、運、とまとめるのは少々乱暴な気がする。

 しかし、運、の要素も多分に絡んできているのは間違いないだろう。

 かといって、この模擬戦におけるまりもの役割は変わらないわけだが。

 モニターに映された不知火の損傷状況を確認する。勝敗の結果は目に見えて明らかだった……が、まりもは気になった。突き抜けたリボルビング・バンカー ── 真っ赤に染まった不知火のボディアイコンの腹部を指さし、夕呼に訊く。

 

「それより、コレどうするのよ?」

「大丈夫よ。言質(・・)も取ってあるから、まぁ、まさかここまでやるとは思ってなかったけどね」

「……そういうば、2つ目の目的って何なの?」

「ふふ、ひ・み・つ」

「はいはい、そんなことだろうと思ってたわよ」

 

 茶化して話を有耶無耶にしようとする夕呼 ── 見慣れた親友の態度に、まりもは本日2度目の大きなため息を漏らした。

 こういう時、まりもは夕呼を深く問い詰めないようにしていた。訊いても機密事項で教えられなかったり、教えられても理解できないことが多いからだ。

 話し込んでいても時間が過ぎていくだけなので、まりもは模擬戦の結果を報せるため、アナウンス用のマイクに手を伸ばした。

 

「ヴァルキリー1、腹部に致命的損傷、大破 ──」

 

 

 

     ●

 

 

 

『── よって、アサルト1の勝利とし、状況を終了する。2人ともご苦労だった。撤収準備に入ってくれ』

「アサルト1、了解」

 

 キョウスケは事務的に返答し、指揮車にのみ開いていた回線を全周波数に対してオープンにした。

 アルトアイゼンは倒壊したビルの瓦礫の下に埋もれてしまっていて、相当の重量が機体に圧し掛かっている。ヒュッケバインなどの軽量型のPTでは自力での脱出は不可能だろうが、アルトアイゼンは馬力に任せて上体を起き上がらせる。

 瓦礫が退き、光が差し込んだことで状況がはっきりと確認できるようになった。

 アルトアイゼンはみちるの不知火を押し倒す形で倒れていて、リボルビング・バンカーの切っ先が不知火の腹部に深々と突き刺さっていた。

 チタン製の防護キャップは、アルトアイゼンの加速が加わった一撃に耐えられなかったようで木端微塵に砕けていた。

 

(あの状況で寸止めなど……器用なマネができるはずもないか)

 

 シリンダー内に炸薬が搭載されていないのが不幸中の幸いだったかもしれない。もし反射的にトリガーを引いていたら、不知火は上下真っ二つに裂けてしまっていたかもしれない。

 戦術機とPTは構造が似通っている。世界が違うとはいえコクピットが腹部にある……流石にそれはないだろうが、キョウスケは背中に冷たいものを感じながら通信を入れた。

 

「ヴァルキリー1、応答しろ。無事か?」

 

 返事がない、ただの屍のようだ ── ゾッとするフレーズがキョウスケの脳裏にかすめる。

 

「ヴァルキリー1、応答せよ」

『…………』

「おい、悪い冗談はよせ。おい…………開放方法を知らんからな、アルトでコクピットを引き抜くぞ」

『……ッ、まったく、乱暴な男だな』

 

 回線からみちるの声が聞こえ、キョウスケはほっと胸をなで下ろした。

 頭を押さえる彼女の姿がモニターに映し出される。出血は見られないので、激突の衝撃で脳震盪でも起こしていたのだろう。

 

『模擬戦はどうなった?』

「悪いが、俺の勝ちだ。正直、かなり危うかったがな」

『そう……あの状況から負けるなんて、私もまだまだね。いえ、貴方が凄いのかしら? 使っていたのが実弾なら、手も足も出なかったかもしれないな』

 

 みちるは嘲的な笑みを浮かべて言った。

 確かに実弾を使用していれば、余程大口径の銃弾でなければアルトアイゼンの装甲は撃ち抜けないだろう。キョウスケを追い詰めたみちるの精密狙撃も、意に介さずに勝負を決めることができたかもしれない。

 多少の被弾は目を瞑り、圧倒的な突撃速度による一撃離脱 ── アルトアイゼンの真価はそこにある。

 それを封じられた今回の模擬戦は、それだけアルトアイゼンとキョウスケに不利なものだった。勝利はしたが、結果がどちらに転んでも不思議はなかった。

 対戦相手であるみちるの技量も、当然この辛勝に寄与していたことは言うまでもない。

 

「貴女の実力も相当のものだった。できれば、もう敵には回したくはない」

『謙遜だな。まぁ、いいさ。それより撤収命令が出ているだろう? いい加減、退いてくれないか』

「ああ、すまない」

 

 キョウスケは不知火を押し倒したままの体勢で会話していたことを思い出し、リボルビング・バンカーを引き抜いてアルトアイゼンを立ち上がらせた。

 そして不知火に手を差し出す。

 不知火はアルトアイゼンの手を握り返してきた。

 しかし一向に立ち上がる気配が見えない。

 

「どうした?」

『……動かない……どうやら、下半身への伝達系統がイってしまったらしい。申し訳ないんだけど、肩、貸してもらえるかしら?』

 

 みちるの不知火は、リボルビング・バンカーで空いた穴から下が確かに微動だにしない。アルトアイゼンに手を引かれて、上半身だけ瓦礫の山の上で起こしている状態だ。

 原因は火を見るより明らかだった。

 キョウスケはばつの悪い雰囲気の中、わかった、と返すと肩を貸すためにアルトアイゼンの姿勢を屈めた。

 と、そこで気づく。

 アルトアイゼンにはアヴァランチ・クレイモア用の大型コンテナが肩に取り付けられており、貸す程のスペースが存在しないことに。

 

(……やったことはないが、アルトのフレーム強度なら大丈夫だろう)

 

 キョウスケは仕方なく、みちるの不知火をアルトアイゼンで抱きかかえる。右腕部を上半身から肩口にかけて保持し、左腕部で動かなくなった不知火の膝裏部分をしっかり持って勢いよく立ち上がった。

 アルトアイゼンの太い腕がみちるの不知火を容易く抱え上げた。

 

『ちょ、ちょっと! 何するのよ!?』

「生憎肩に背負っているブツがデカくてな、運んでやるにはこうするしかない」

『そうじゃなくて! これじゃ、まるでお姫様抱っこじゃない!?』

 

 アルトアイゼンの抱きかかえ方は、確かに俗に言う「お姫抱っこ」に似ていた。不知火がアルトアイゼンの首に手を回せば完璧だが、首が太いのに加え肩のコンテナが邪魔、加えてみちるがしようとしないため中途半端な「お姫様抱っこ」になっている。

 キョウスケは首を傾げた。不知火を一番安定して運べる方法を取っているだけなのに、みちるは声を荒げていた。

 

「それがどうかしたのか?」

『恥ずかしいでしょうが!!』

 

 何故怒っているのかキョウスケには理解できなかった。

 一般的に考えて動けない機体を運ぶには搬送用トレーラーを使うのが最適だが、模擬戦に同伴しているのは夕呼たちの乗る指揮車だけだ。トレーラーが来るのを待つのも一つの手だが、それだと相当時間がかかってしまう。

 アルトアイゼンが不知火を連れて帰れるのなら、それはそれで良いのではないだろうか。

 

「大丈夫だ。アルトなら問題なく基地まで戻れる。それに、意外と軽いしな」

『さ、最低! 女に体重のこと言うなんて!』

「おい。殴るな。腕のフレームが歪むぞ」

 

 がつんがつん、と不知火の鉄拳がアルトアイゼンに飛んでくる。アルトアイゼン的には痛くも痒くもないのだが、華奢な不知火の腕が大丈夫なのかキョウスケは心配だった。

 

 

 

 それから横浜基地への帰路……みちるから罵詈雑言を浴びせられ続け、指揮車の夕呼には冷やかされ、まりもは何故か羨ましそうな視線を向けていたように見えたが……それはきっと気のせいだ。キョウスケは思う。

 

(女の考えていることはよく分からん)

 

 針のむしろに立っているような気分で、キョウスケは基地へと足を運ぶ。

 蛇足だが、案の定、不知火のフレームは歪んでいた。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 戦術機ハンガー】 

 

 キョウスケ、夕呼、まりも、みちるの4人はハンガー内の移動用通路 ── アルトアイゼンの真正面に集合していた。

  

 そこでキョウスケは対戦相手であった伊隅 みちると初めて対面した。

 当然の事だが、世界や所属も違うため、キョウスケの赤を基調としたパイロットスーツとみちるのそれは違っていた。

 しかしキョウスケは目を疑う。

 みちるのパイロットスーツは四肢を守るように金属製の防具が取り付けられている。それはいい。しかし体幹部に問題があった。

 

「な、何をじろじろ見ている?」

「いや、別に」

 

 模擬戦が終了してから、みちるのキョウスケに対する態度が妙に刺々しく、ナイフのような視線から逃れるように彼は彼女のパイロットスーツから目を逸らした。 

 みちるのパイロットスーツの体幹部は薄い皮膜のようなもので覆われていて、体の輪郭がくっきりと浮かび上がっていた。それはもう、女性的な胸の中央部が小さく盛って見える程度にははっきりと、体のフォルムが見えてしまうため非常に目のやり場に困る。

 これでは裸で外を出歩いているようなものではないか ── キョウスケは思う。

 

(痴女か?)

 

 キョウスケはとりあえずみちるから視線を逸らしておくことにした。

 

「な、何だその態度は? あからさまに目を背けて、私の強化装備姿がそんなに気にくわないって言うのか? 

言っておくが、この衛士強化装備は国連軍衛士しか着用を許されない名誉あるものなんだぞ?」

「そうか」

「そもそも貴様の服装はなんだ? 強化装備も着ずに戦術機に乗り込むなど言語道断だ」

「そうだな」

「今回は怪我がなかったから良かったものの、次からはちゃんと強化装備を着用しなさい!」

「そうする」

 

 どうやら強化装備というのは、こちらの世界のパイロットスーツのようなモノらしい。キョウスケの来ているパイロットスーツにも防刃効果や耐G効果は備わっている。誰が好んで全裸同然のパイロットスーツに着替えるものかと思ったが、反論すると話が長引きそうだったため適当に相槌を打っていた。

 

「それにしても、今回は派手にやらかしてくれたわね」

 

 夕呼がキョウスケに話しかけてきた。

 派手、とはおそらく倒壊させたり大穴を開けた廃墟ビルのことだろう。

 

「ま、あの不利な状況から巻き返しただけでも賞賛には値するけど」

「ルール以外なら何をしても良い、そう確認したはずだ」

「そうね、何かあったら責任は取らせる、とも言ったけど……ま、面倒な話は後にしましょう。先に、アンタの今後の予定を伝えておくわ」

 

 今後の予定 ── 見知らぬ異世界に飛ばされた身としては、夕呼のような科学者に協力者として傍にいてもらいたい。いや、置いてもらわなければ行く当てがない。元の世界に戻る切っ掛けを見つけるためにも、キョウスケは横浜基地には残らなければならなかった。

 一抹の不安は、模擬戦で辛勝を演じてしまったことだったが、終わってしまったことをグダグダ言っても仕方ない……キョウスケは息を飲んで夕呼の次の言葉を待った。

 

「とりあえず、おめでとうは言っておくわ。ようこそ、国連横浜基地へ」

「では……」

「ええ、今日からアンタはこの横浜基地のスタッフの一員よ。

 戦術機操縦技術はそれなりにやるみたいだから、有事の際は伊隅の部隊に臨時編成させて働いてもらうことにするわ。それ以外の時はこの戦術機のデータ取りとか」

 

 アルトアイゼンを指さす夕呼。

 今日のような模擬戦ではアルトアイゼンの真価は発揮できない上、装備の実射試験も行えていない。この世界の武器 ── 87式突撃砲などとの互換性の確認もできていないため、アルトアイゼンのデータ取りは当然必要だろう。

 

「あとは私の研究の手伝いとか、あー、そうね、まりもの手伝いとかもしてあげて。

 まー、要約すると今日からアンタの役割は私付きの『雑用係』よ。もしくは『なんでも屋』ね」

 

 雑用係。聞こえは悪いが、夕呼の傍には置いてもらえるなら今はそれでも構わない。今はこの世界での立場を手に入れることが先決だった ── キョウスケは夕呼の言葉に頷きを返した。

 

「異論はない。こちらこそ、よろしく頼む」

「そう。じゃあ契約成立ってことで、はい、これ」

 

 夕呼は1枚の紙切れをキョウスケに手渡してきた。

 紙切れには数字が書いてある。

 0が沢山並んでいた。数えるのが嫌になるほどの0……1,2,3,4……とりあえず8個は並んでいる。ギャンブルで鍛えたキョウスケの直感が告げていた。 

 これはヤバい、と。

 数字以外に書かれている文字に、キョウスケは恐る恐る目を通す。

 

 

 

 

 『請求書』 

 

 

 

 

 そう、書かれていた。

 内訳は「ビル全壊1棟、ビル半壊8棟および不知火修理改修費用」と書かれている。掌に気持ち悪い汗が噴きあがってきた。

 

「なんだ……これは?」

「あら、忘れたの? 私は確かに言ったわよ、『自分で責任取りなさいよ』って」

 

 キョウスケの記憶に夕呼と交わした言葉が悪夢のように蘇る。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『何かあっても責任は取らないからね。自分で責任取んなさいよ』

「了解。気を付けよう」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 模擬戦の開始前、指揮車の中の夕呼にキョウスケはそう答えていた。

 

「あんな廃墟でも横浜基地の資産ですもの。壊したモノは弁償する、大人なら当然よね?」

「い、いや、しかし……」

 

 元々壊れてる廃墟ビルを弁償というのもおかしな話だ。

 しかし夕呼はキョウスケの反論内容を読み透かしたように言う。

 

「ま、百歩譲ってビルはよしとしましょう。

 でもアンタ、不知火を半壊させたわよね? 命令伝達系が完全にオシャカになって使い物にならなくなってるわよ、アレ? どうするの? 戦術機がいくらするか知ってるの? まさか、お咎めなしで済むとおもってたのかしら。おめでたい頭よねー」

 

 戦闘で機体に損害がでるのは当たり前のことだ。しかし模擬戦では機体に与える損傷を最小限にとどめるため、ペイント弾を使ったり、実際の状況を想定しての戦闘を行っている。

 しかしキョウスケは打ち抜いた(・・・・・)

 不知火を腹をリボルビング・バンカーで。

 結果、不知火は半壊してしまっている以上、夕呼の言い分から逃れるのは難しい。

 

(……大体、安全管理が不十分なんじゃないのか? 安全を考えるなら、バンカーは取り外すべきだ……ん?)

 

 夕呼は事前にアルトアイゼンのクレイモア用ベアリング弾を除去させていた。クレイモアにはペイント弾に換装できない特殊なベアリング弾を使っていたし、不知火に実射するわけにはいかない……この処置は納得できるものがあった。

 だが振り返ってみるとどうだろう?

 なぜ、夕呼はリボルビング・バンカーは取り外さなかったのか? リボルビング・バンカーが右腕部と一体型になっているとはいえ、切っ先を取り換える程度なら可能なはずだ。

 それをチタン製の防護キャップを被せるだけで済ませた……一応、安全対策を行っていることにはなるが……いやブースト全開で打ち込んでしまったキョウスケが、曲がりなりにも対策を施していた夕呼に文句を言えるはずもない。

 

「夕呼に弱み握られるなんて、可愛そうに」とまりも。

「終わったな」とみちる。

 

 もう一度「請求書」を見る。

 見間違えではない。

 目を見開いても、0は確かに八つ以上ならんでいた。

 

「今回は私が立て替えておくわ。利子はなしでいいわよ。あ~、私って優しいわ~」

 

 いけしゃあしゃあと悪魔が嘯く。

 

「南部 響介、これから頑張ってね~」

「…………ふっ」

 

 キョウスケの意識が遠のき、白く燃え尽きてしまったのは言うまでもない ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【西暦2001年 11月20日 夜  香月 夕呼の研究室】

 

 

 

 模擬戦が終了しても夕呼の仕事は終わらない。深々と肌寒くなってきた晩秋の深夜、彼女は自分の研究室に籠って書類の整理を行っていた。

 

 あの後、立ったまま気絶してしまったキョウスケ・ナンブは、訓練兵を使って彼に割り振られた部屋のベッドに送り届けさせた。まさか気絶するとは思っていなかったが、これでイニシアチブは夕呼の物になったも同然だろう。

 何かしらの弱みを握ればキョウスケを動かしやすくなる。

 理由はなんでも良かったが、ビル倒壊&不知火半壊と、彼は見事に墓穴を掘る形で弱みを提供してくれた。それが借金と言う名の虚ろなものでも、何かの役に立つ時がくるかもしれない。

 転移者であるキョウスケ・ナンブが、夕呼たちを裏切らないという保障はどこにもない以上、何らかの保険は必要だった。

 

「尻尾を現すかもと思ったけど、そうでもなかったわね」

 

 研究室に夕呼の独り言が響く。

 夕呼は眺めていた数枚の書類をデスクの上に放り出した。

 彼女が模擬戦をキョウスケたちに不利に設定した理由 ── 2つあった内のもう1つが、その書類に記されていた。

 

 

【11月11日 検査結果】

 名前:南部 響介

 血液型:エラー

 血液成分:エラー

 体細胞組織分析:エラー

  再検査の必要性あり。

 

【11月12日 検査結果】 

 名前:南部 響介

 血液型:エラー

 血液成分:エラー

 体細胞組織分析:エラー

  再検査の必要性あり。

 

【11月13日 検査結果 ── 同様の記述が数枚に渡って書き綴られており、それは11月18日 ── キョウスケが目覚める前日まで続いていた。

 夕呼がデスクに置いた書類、その最後の1枚に目を落とす。

 

 

【11月20日 検査結果】 

 名前:南部 響介

 血液型:O型

 血液成分:正常値内

 体細胞組織分析:問題なし

  異常なし。再検査の必要性認めず。

 

 

(何だっていうの? 単なる検査のミス?)

 

 住んでいた世界が違うから、使っている技術が違うから、そんな言葉でこの検査結果をかたずけていいものかと夕呼は悩む。

 得体の知れない検査結果……だから夕呼はあえてキョウスケを追い詰めた。

 根拠のないただの勘だが、追い詰めれば何かしらあるのではと思ってしまったから。もちろん、キョウスケが夕呼の研究対象に相応しいのか ── 類まれなる強運(・・)を持ち合わせているかも、同時に検証したわけなのだが。

 

(もう少し観察は必要ね。南部 響介が、あの計画(・・・・)成功の手助けになる可能性は残ってる)

 

 夕呼はキョウスケ関係の資料を整理して、デスクの引き出しの中に隠した。

 そして現在取り組んでいる研究を再開するのだった ──……

 

 

 

 

 




第3話に続きます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。