Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第4部 エピローグ 始まりの終わり、終わりの始まり

 12月11日の深夜 ── 横浜基地の医療施設で起こった怪奇現象は香月 夕呼の耳に届くことになり、キョウスケとまりもはすぐに引き離されることになった。

 

 霊安室に向かった警備兵の話によれば、喜々として抱き着く神宮司 まりもに対して南部 響介は呆然自失といった様子で、彼女にされるがままだったという。

 神宮寺 まりもを知る者ならば、違和感を抱く彼女の行動だったが……死亡が確認され相当の時間が経った後で動き回っている ── その事実に比べれば、誰にだって些細な事にしか思えないだろう。

 キョウスケから引き離されまりもは抵抗していたが、夕呼の命令で強引に精密検査を受けさせられることになる。

 

 解放されたキョウスケは自室でろくに寝れないまま夜を越し、翌日、夕呼に彼女の執務室へと呼びだされたのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第4部エピローグ  始まりの終わり 終わりの始まり

 

 

 

【西暦2001年 12月11日 11時21分 国連横浜基地 B19 夕呼の執務室】

 

 

 執務室に用意された椅子に腰かけたキョウスケの周りには、呼びだした本人の夕呼とG・Jの姿があった。

 

 部屋の持ち主である夕呼だけでなく、G・Jまでいる理由がキョウスケにはすぐに浮かばなかったが、今回の事件は理屈で説明できないし、彼のような超常的な存在を呼んだ理由は心情的には理解できた。

 

 間違いなく死んでいた神宮司 まりもが蘇生した。

 

 耳を疑う事実 ── 自然の摂理に反するありえない出来事だ……BETAだって一度完全に死ねば蘇らず、キョウスケが良く知るアインストだってコアを破壊されれば再生はできない。

 一度壊れた生き物は戻らない ── それは自然の中に生きている者に課せらせれた枷のようなものだ。

 けれども、まりもは蘇った……二流ホラー小説のような展開にキョウスケだって戸惑わないわけがなかった。

 

「南部、呼び出しの理由、分かってるわよね?」

「……ああ……軍曹のことだろう」

「…………」

 

 互いに交わす夕呼とキョウスケの言葉を、G・Jは壁に背を預け目を閉じて聞いている。

 

「ありえない事だわ。死んだ人間が息を吹き返す……前例がない訳ではないけれど、片腕を失うような外傷、その後の敗血症で死亡した人間がそうなるとはとてもじゃないけど思えない。

 それに人間の腕はトカゲみたいに生え治ったりしないわ」

 

 あの時、BETAに喰い千切られたまりもの右腕(・・)は、キョウスケの手を確かに握っていた。柔らかで温かな感触が今もキョウスケの手には残っている。

 

「……博士、軍曹はどうしている?」

「立て続けの精密検査の疲れで、今は病院のベットで寝ているわ。もっとも、寝かしつけるまでが大変だったんだけど」

「寝かしつける……?」

 

 夕呼のセリフに違和感を覚えるキョウスケ。

 

「アンタは昨晩すぐに引き離されたから、分からなかったかもしれないけど、よく思い出してみて。霊安室で会ったまりもの言動……おかしいとは思わなかった……?」

「……そういえば、確かに」

 

 キョウスケは昨晩の事を振り返る。

 まりもはキョウスケの事を下の名前で呼び、満面の笑みで抱き着いて来て、しかも好意を口に出して言っていた。

 まず神宮司 まりもは自分の事を南部と呼び、キョウスケとは呼ばない。例え好意を抱いている相手がいたとしても、物怖じせず直情的に伝えることはしない女性のように思える。異性に対して自分からハグをしに行くことも、まりもの性格からはあまりに考えにくかった。

 例えるなら、あのときのまりもはまるで親に甘える子どものよう……。

 

「……そう、まるで子どもだった。軍曹らしくない」

「的を得ているわね。南部と引き離した後もアンタに会わせろと駄々をこね、検査のための採血で泣きわめき、押さえようとした軍医が数人殴り飛ばされて負傷しているわ」

 

 夕呼が語るまりもの行動はまるで彼女らしくない。

 混乱しているの一言では説明がつかなかった。

 

「結論を言いましょう。端的に言えば、まりもは幼児退行を起こしているわ」

「幼児……心が子どもに戻ってしまった……ということか?」

「死者が生き返ったんだもの、いまさら(・・・・)何が起きても驚きはしないわよ……それよりもあたしが知りたいのは ──」

 

 夕呼は執務用の机を拳で殴り、キョウスケを睨みつけてきた。

 突然の机の鈍い音に、キョウスケは柄にもなく驚いてしまう。

 

「── アンタがまりもに何したのかってこと」

「……知らん。俺が知りたいぐらいだ」

「しらばっくれんじゃないわよ……!」

 

 夕呼が吠えた。冷静な夕呼が剥き出しの感情をキョウスケにぶつけてきていた。フェイクではなく、彼女が本気で感情的に叫ぶなど滅多にないことだ。

 夕呼は机の上の1枚の資料を乱暴に掴むと立ち上がり、キョウスケの所まで行きそれを突きだした。

 

「昨晩からのまりもの検査結果よ! これを見ても同じことが言えるのかしら!?」

「落ち着くんだ、香月博士」

 

 沈黙を守っていたG・Jが夕呼を制止する。

 らしくない彼女の姿に気圧されながら、キョウスケは突き付けられた資料を手に取り目を通した。

 神宮寺 まりもと彼女の氏名が書かれた紙には、血液型、性別など以外にも採取された血液から判明したデータが記されていた。数値は全て正常値 ── ありえない(・・・・・)。敗血症で身体がボロボロになり死んだ人間のデータとは思えなかった。

 だがその点以外で不審な部分は見当たらない。

 夕呼が赤色のペンで丸印を付けている項目以外は、だ。

 「細胞精密診断」と書かれていた。2回分の検査を実行したようだが、数値や言葉の意味が専門家ではないキョウスケには理解できなかった。

 しかし夕呼が見ろ、と言った部分がどこを指すのかはすぐに分かる。

 2回目の検査には細かな数値と文字が書かれている。数値の意味は調べてみないと専門家でないキョウスケには分からない。対照的に、1回目の検査結果には「Error(・・・・・)」の綴りが気が狂ったようにびっしりと並んでいた。

 2回目ではっきりと数値が書かれている部分が、1回目では全て「Error」に置き換わっている。

 

「……博士、これは……?」

 

 キョウスケの問に、夕呼は落ち着くために1回深呼吸した後に答えてくれた。

 

「……その検査はまりもの細胞を採取して分析したものよ。

 1回目は見ての通り。2回目では一見、普通の人間と変わらない結果になってなんだけどね……ほんの一部分、解析不能な細胞が見つかったの。それには載せてないけど検査は3回行ったわ。解析不能な部分は2回目の検査のときだけ見つかって、3回目の検査のときにはまったく(・・・・)確認されなかった。普通なら誤診、あるいは検査機器の誤作動と考えるんだけどね……」

 

 夕呼はキョウスケの方をじっと見つめながら言った。

 

「前例があるのよ」

「前例……?」

「アンタのことよ、南部」

 

 名指しされキョウスケは驚く。

 

「アンタがこの世界に発生した直後 ── 横浜基地に保護されてまだ意識を取り戻していない頃、アンタに行った検査で似たような感じになったのよ」

「……初耳だな」

「そりゃね、言う必要がなかったもの」

 

 NEED TO KNOW ── 自分の知らない所で何かされていた。いい気分ではなかったが、キョウスケは夕呼の言葉に耳に傾ける。

 

「アンタの検査結果も、まりもみたいに最初の内は解析不能だったけど、後に異常は見られなくなった。怪しいと思わない? そしてまりもの解析不能だった部分だけど、妙なパターンを持っていることにあたしは気づいてしまった……それはあたしの知るあるモノとほぼ同じ波長だったわ」

「あるモノ……とは?」

 

 嫌な予感がする。

 しかし聞かずにはいられない。恐る恐る、キョウスケは夕呼に質問していた。

 夕呼の口がゆっくりと動く。

 

「── アルトアイゼンよ」

 

 思いもよらない答えに衝撃を受けるキョウスケ。

 

「アルトアイゼンの装甲材の解析不能だった部分と、1回目で検出したまりもの細胞のそれ ── 無関係に思えるそれらがのパターンが……ほぼ同じ(・・・・)だったわ。念のためアルトアイゼンをもう一度解析した結果がこれよ」

 

 キョウスケは夕呼から別の資料を1枚手渡される。

 資料にはこう書かれていた。

 

【11月12日     11月29日      12月11日

 解析不能 3%    解析不能 5%     解析不能 20%】

 

 

 増えていた、数値が……それも急激に。

 11月29日 ── BETAの新潟再上陸の翌日から12月11日 ── 今日まで、実に色々な出来事がキョウスケの身には降りかかってきた。

 中でもアルトアイゼンが特に関わった事と言えば、12・5クーデター事件と昨日のBETA襲撃事件である。アルトアイゼンは独りでに動き、空間転移し、キョウスケに危害を加えようとした者を抹殺した ── 11月29日のそれとは、数値を見たキョウスケには明らかに違うモノのように思えてならなかった。

 そのアルトアイゼンの中にある何かが、まりもの細胞の中にも混ざっている。

 もはや ── 懸念が決定的になった瞬間を、キョウスケは感じていた。

 

「どう? これでも、アンタは何も知らないと言い切れるの?」

「……1つだけ、心当たりがる」

 

 答えたくない。

 口に出したくない。

 それでも、夕呼の問に応えるしかキョウスケにはなかった。

 言葉にすることで、大切なものを失いそうな感覚に見舞われながらも、キョウスケは話し始める。

 

「博士……アインスト……以前に話したことがある化け物の事を覚えているか?」

「ええ、オリジナルのアンタの世界を襲った怪物でしょう? それもBETA以上の」

 

 オリジナル世界で地球を混乱に陥らせた人外の化け物たち ── アインスト。

 細かい経緯はさておき、恋人であるエクセレン・ブロウニングにも関係してくるアインストは、キョウスケにとっては忘れることのできない因縁の敵の1つだ。

 首魁であるシュテルン・レジセイアを倒したことで因縁に決着をつけたキョウスケと仲間たちだったが、直後、その亡骸を憑代に並行世界のキョウスケ・ナンブがオリジナル世界に出現したことはまだ記憶に新しい。

 並行世界のキョウスケ・ナンブは、アインストの力に侵され、アインストそのものへと変異していた。圧倒的な力を持つ並行世界のキョウスケ・ナンブを、キョウスケは捨て身の一撃で大気圏突入時に撃破した。

 キョウスケの記憶はそこで一度途切れ ── 今の因子集合体である自分に引き継がれている。そして因子集合体は、あらゆる並行世界から集められたキョウスケ・ナンブの結晶体だ。

 

「この世界に俺が現れる前に戦った並行世界の俺は……アインストの力を持っていた。認めたくないが、おそらく俺の中にそれがあり、アルトの変異を引き起こしたのだろう……いや、そうとしか考えられない」

「「…………」」

 

 夕呼とG・Jは答えない。

 ただ、キョウスケの言葉を聞いていた。

 

「オリジナル世界での恋人、エクセレン・ブロウニングはシャトルの墜落事故で瀕死の重体を負っていた」

「エクセレン・ブロウニング……?」

 

 何故か、G・Jがエクセレン・ブロウニングの名に反応していたが、構わずキョウスケは続ける。

 

「彼女に知り合う前の俺もシャトルに同乗していて事故に巻き込まれ……その事故に巻き込まれた俺は彼女の姿を見た。

 俺が見た(・・・・)限りでは、彼女はまだ生きていたが瀕死だった……まず助からないだろうと思っていた。だが墜落事故の生存者は俺を含めたたった2名で、残る1人の彼女は後遺症や傷痕1つすらなく平然と俺の前に現れたんだ……」

「どういうこと?」

「後に分かったことだが、地球人を詳しく知るためのサンプルとしてエクセレンは墜落のときアインストに選ばれ、死なれては困るから再生させられた……その結果、エクセレンはアインストに深く関わりあう体になってしまったがな」

 

 夕呼の質問に淡々とキョウスケは答える。

 

「俺の知る限り……軍曹の状態はエクセレンのそれに近いように思う……」

「近い、というと同じではない……ということ?」

「おそらくはな」

 

 何もかもが推測の域をでない。

 確証の無い話を口にするのはキョウスケも好きではなかったが、彼は自分の推測をゆっくりと話し始めた。

 

おそらく(・・・・)、アインストには完全に死んでしまってから時間の経った者を蘇らせる力などない。

 そんな便利な力があるのなら、新たな仲間を生み出すだけではなく、さらに俺たちに倒された仲間や、俺たちが倒してきた強敵を駒として蘇生させ数で圧倒出来たはずだ ── 考えてもみろ。

 BETA以上の力を持ち、圧倒的な数で攻め、さらに数を増やすこともでき、倒されても復活できる……成長に時間のかかる俺たち人間がそんな相手に勝てると思うか?」

「……想像したくないわね」

 

 夕呼の返答に、キョウスケは改めて途方もない敵と戦っていたのだなと思い返した。

 死者を操る。B級ホラーやファンタジーではありがちな手段だったが、現実世界やられた日には堪らない。

 そうでなくとも同族を生み出し続けるアインストとは、二度と戦いたくないとキョウスケは感じながら言う。

 

「死者を蘇生できるなら、コピー以外にも俺たちが倒してきた強敵たち本人を甦らせ、襲わせることもできたはず……だが機体のコピーと戦ったことこそあれ、アインストが蘇生させられた敵本人と出会った記憶は俺にはない……あるいは蘇生させる必要性を、アインストが感じていなかっただけなのかもしれんが……」

 

 アインストは命を作り出すことはできた。

 エクセレンを元にして生み出された少女 ── アルフィミィ。彼女はどことなくエクセレンに似ていたが、ただそれだけで、やはり完全な別人だった。コピーされたのではなくアルフィミィは創造された。それは蘇生とはまるで訳が違う。

 兎に角、キョウスケはアインストが瀕死のエクセレンを再生させた事実は認めていても、完全な死者を甦らせる力はないと……思いたかった。

 そして自分の頭に時折響いてくる声と、突如発動する転移のような奇妙な現象……全てアインストのせいだと言ってしまえば確かに説明はつく。

 だがキョウスケは、アインストの力以外の何かが(・・・)が自分の中に潜んでいて、いつも自分を監視している ── 漠然とした気味の悪さを覚え、心がざわついて仕方なかった。

 

「結局、アインストとの全面対決は俺たちの勝利で終わったはずだ」

 

 キョウスケは自分に言い聞かせるように言った。

 アインストの首魁シュテルン・レジセイアは滅び、その骸を使って顕現した並行世界のキョウスケ・ナンブは、あのときキョウスケが間違いなく討ち取った。手ごたえはあった。最後の瞬間を覚えていないのが不安要素として心にこびり付いていたが……アインストは駆逐されたはずだった。

 

「では、まりもを蘇生させたのはアインストの力ではないというの……?」

 

 夕呼の問いにキョウスケは答える。

 

確証はない(・・・・・)。俺がそう思いたいだけなのかもしれん……少なくとも、俺の知るアインストには機体や生物を変異させ、操る能力はあっても、死者そのものを蘇らせることはしなかった。

 意志や記憶を持たないコピーを作ることはあってもな……だから軍曹の蘇生にアインストの力が関わっているのなら、蘇りよりも複製された、という方が正確なような気もする……もっとも、複製されたモノがコピーであったのか、ただの別の個体だっただけなのかは、はっきりと判別する術を俺たちは持っていないがな」

 

 アインストの頂点に君臨していたシュテルン・レジセイア以外の個体差など、彼らに感応することができたキョウスケでさえ分からないのだ。

 しかしキョウスケは感覚的に理解はしていた。

 アインストは過去に失った仲間を蘇生させ差し向けてきたのではなく、まるで細胞が分裂するかの如く増やした仲間たちを、キョウスケたちにけしかけいただけなのだと。

 すべては観察対象であった地球人類を抹消するため、感情を持たぬ虫のように、アインストは自身の存在の危機も顧みずキョウスケたちを攻撃してきていた。

 ……だから不自然なのだ ── まりもが復活したことは。

 それに幼児退行したとはいえ、まりもには人格が残っていた。

 エクセレンやアルフィミィのように、人間を理解するために作った存在なら兎も角、そうでもなければ人格を残すような真似を、わざわざアインストがやるとは思えない。

 キョウスケの知る限り、アインストが作り出したコピー ── SRXの複製たち ── は必ず人間に牙を剥いてきた。しかしまりもはキョウスケに抱き着いてきた。そこに邪気はなくただ無邪気さがあり、まるで人間の子どものようにキョウスケには感じられた。

 兎に角、(・・)なのだ。

 具体的な言葉で説明できないキョウスケだったが、彼はひたすらそう思う。

 同時に危機感がキョウスケの中で膨らみ始めていた。

 アインストではないナニカ(・・・)がキョウスケの中には潜んでいるのだろうか? 

 それとも、そういう力をもったアインストが並行世界の何処かにいた? 

 あるいは自分が、アインストの力を完全に把握しきれていなかっただけなのか?

 疑問は湯水のように沸いてくるが、いくら考えても正解は分からなかった。

 それは夕呼も同じだったようで黙りこんでしまう。G・Jも心あたりがないのか、壁際で目を瞑り立つのみだ。

 答えが見つからないまま、静寂が夕呼の執務室を包みこんだ。

 それを破ったのは、キョウスケたちではない4人目(・・・)の人間の声だった。

 

 

「ハハハ、分からなーいのなら調べてみればいいのだヨ」

 

 

 声は執務室の入口から聞こえ、キョウスケを含む3人の視線はそちらに向けられる。

 開かれた自動扉を潜って、車いすに乗った金髪の中年男性 ── おそらく米国人が、満面の笑みを浮かべながら室内に入ってきた。足が動かないのか、その男性は電動式の車いすのレバーを操作しながらキョウスケたちの方に近づいて来る。

 

「未知への探求心こそ、我ら人類が人類たりうる1つの証明なのだからネ! ワオ、ひょっとして今、私は良い事を言ったんじゃないかナ? なぁ、G・J?」

「……G・B(・・・)、やっと来たか」

 

 G・Jが金髪の中年の事をG・Bと呼び、苦笑を浮かべていた。

 G・Bと呼ばれた中年が車いすに乗っているが、体格自体は大柄で、青い瞳に地毛であろう金髪と無精髭を蓄えた男性だった。荷物を持っているのか、膝の上に袋を持っていた。

 キョウスケにとってG・Bという名は初耳だ。しかしだいたいの検討はついた。おそらく、12・5クーデター事件の終わり際でG・Jが転移をしてまで救出しに行った男 ── それがこの男だと、勘でキョウスケは察する。

 電動車いすでキョウスケたちの傍までやってきたその中年男性 ── G・Bはにこやかに話し出した。

 

「ハハハ、病院に入った娘の様子を見てから来たのでね、遅くなってしまって申し訳なイ!」

「別にそれは構わないわ。それよりG・B、さっきの言葉、どういう意味なのかしら?」

 

 G・Bの出現に夕呼の反応は顕著だった。

 

「まるで、南部の秘密を解き明かせるみたいな言い草じゃない?」

 

「ワオ、解き明かすだなんて飛んでもなイ! 少しばかり見せてもらうのさ、彼の大因子(ファクター)の記憶を ── ネ!」

「……どうやってよ?」

「こうやってサ!」

 

 G・Bは膝に乗せてあった袋から、あからさまに怪しい金属製の帽子を取り出した ── 沢山の電球が取り付けられたそれは、丁度成人男性の頭にすっぽりはまるサイズをしている。帽子の縁からは1本のコードが伸びていたり、それがモニターに接続できそうであったりと兎に角怪しい。

 G・Bは満面の笑みを浮かべて、それをキョウスケに手渡してきた。思わず受け取ってしまったが、どう考えてもかぶれということだろう。

 

「……これは?」

「ワオ、よくぞ聞いてくれましタ! これは………………そうだね、前世追跡装置とでも言っておくヨ」

「……G・B、また妙な物を作って来たな」

「……名前、明らかに今適当に決めたわね」

 

 夕呼とG・Jが呆れてため息をついていた。もしかすると、G・Bはよく分からない機械を作っては、度々2人に見せているのかもしれない。

 よく分からない物は手渡されてもよく分からない。この帽子をかぶって、電球を点滅させている自分の絵を想像したキョウスケだったが、お世辞にも似合っているとは言えなかった。

 

「南場 響介くン」

「南部です」

 

 麻雀かよ、とツッコミそうになるが、面倒なので止めた。

 

「これは失敬! ところで南部くんは、夕呼くんから因子集合体のことを聞いているのだよネ?」

「まぁ、一応は」

「なら、無数の因子の集まりである因子集合体だけど、その骨格は幾つかの大きな因子 ── 大因子で構成させていることも知っているネ?」

 

 G・Bの問にキョウスケは首を縦に振って応えた。

 転移実験の夜、夕呼から告げられた自分の正体 ── 因子集合体。

 無数の並行世界の因子で構成されているキョウスケだったが、因子にも大小や力の強弱があるらしい。

 キョウスケの場合は身体を作る大因子、精神や記憶を構成する大因子、戦闘技術の元になっている大因子の3つが中核となり、他の小さな因子が集まって形作られていると、あの晩の夕呼は言っていた。

 

「それがなにか?」

「この装置はね、なんと、大因子が来た並行世界の記憶を見てしまうための装置なのサ! ワオ、びっくりしたかイ?」

「いえ」

「君の周辺で起きていた不可思議な現象、それを引き起こしているのは大因子の内のどれかに存在すル! 間違いなイ!」

「はぁ……そうですか」

 

 ハイテンションなG・Bについていけずキョウスケは生返事。相手をすればテンションにさらに拍車がかかり、相手をしなくても放置プレイとか言い勝手に盛り上がりそうな……そんなノリだった。

 本質は知的で冷静なのに、G・Bはあえてふざけた態度をとっている。G・Bを見たキョウスケは、彼の事をそういう風に感じていた。同時にどこか懐かしさを覚え、キョウスケはすぐにその理由に思い至る。

 

(……エクセレンに似ている……のか……?)

 

 目の前の金髪髭面の中年男性に、恋人「エクセレン・ブロウニング」の影をキョウスケは見ていた。

 エクセレンは一見すると陽気でノリが軽く、どんな困難な状況でも明るく笑い飛ばし、場の空気を変えてしまうムードメーカー的なところがあった。しかしその実、彼女は人をよく見て、冷静に物事を考えることのできる知的な女性だということをキョウスケは知っている。

 

「ハハハ、じゃ、これかぶってネ」

「はぁ……分かりました」

 

 車いすで近づき、笑いながら【前世追跡装置】なる怪しげな帽子をかぶせてくるG・Bも、もしかするとエクセレンのように場を和ませようとしているのかもしれない……無論、考え過ぎかもしれないが。

 ずしりと重い【前世追跡装置】から伸びたコード類を持ち、G・Bは静観をしていた夕呼たちに声をかける。

 

「夕呼クン、コンピューターはないかネ? モニタリングしたいのでネ」

「はいはい、予備のをすぐに用意させるわよ」

「G・J、ハラキリースキヤキー」

「フジヤマーゲイシャ……分かった水を持って来ればいいんだな?」

「ちょっと待て、なぜ今ので伝わる」

 

 意味不明なジャスチャーを交えて会話したG・JとG・Bに、反射的にキョウスケは突っ込んでいた。以心伝心ってレベルではなく、言葉にも意味はなく、ただ単にG・Bが言ってみたい言葉を並べただけにしか思えなかった。

 室内の冷蔵庫から飲料水を取り出すG・Jを尻目に、G・Bはキョウスケの手を握ってきた。

 

「はい、コレ、飲んでネ」

 

 手渡されたのは数粒の錠剤だった。

 

「これは?」

「睡眠導入剤ってやつサ。大因子の記憶を垣間見るためには、君に寝てもらう必要があるからネ。色々な事の原因になっている大因子の記憶にたどり着けるように、G・Jと夕呼クンにも協力してもらうヨ」

 

 G・Bと話しているうちに、G・Jがコップに水を入れて戻ってきた。

 

「南部 響介、ハラキリースキヤキー」

「ありがとう、G・J。兎に角、これを飲めばいいんだな?」

「そうだヨ」

「…………」

 

 キョウスケが受け取った水で錠剤を飲むと、G・Jは微笑みを浮かべて定位置 ── 壁際に戻った。その背中が微妙に寂しそうだったのは秘密である。

 相当強力な薬なのか、服用してから1,2分でキョウスケを眠気が襲い出す。

 ただ霊安室で見舞われた逆らえない強さのそれとは違い、キョウスケは意識を繋ぎ止めることができた。キョウスケをモニタリングするための準備を夕呼とG・Bが行っている。

 

「予備のコンピューターの用意ができたわ。このコードを繋げばいいわけ?」

「そうそう、夕呼クンの○○○○にプラグインするみたいに優しくやってくれたまえヨ」

「……訴えるわよ、このエロオヤジ」

「ワオ、日本語難しくて、オヂさん分かりまセーン! HAHA-HA(ハハーハ)!!」

 

 若い女性社員にセクハラする日本の酔っ払いオヤジのようなやり取りの末、【前世追跡装置】の準備は整ったようだ。G・Bがキョウスケの方を振り返り、声をかけてきた。

 

「さて、南部 響介君」

 

 先ほどまでのお茶らけた声色から一転して、まじめな表情でG・Bが語りかけてくる。

 

「これから君は、自分の中にある大因子の記憶を垣間見る。それがどのような物なのか、私たちにも分からないが、君がこの世界に来てからの一連の騒動のカギとなっている事だけは間違いないだろう」

 

 一連の騒動 ── 新潟での「残骸」の出現、アルトアイゼンの転移と変化、まりもの蘇生……色々あった。本当に色々……睡魔に襲われ思考が鈍くなったキョウスケの頭に、これまでの出来事が走馬灯のように走り抜けていった。

 

「知ることが幸せとは限らない。知らない方が良いこともある。だが私たちは知らなければならないのだよ。君の力がこの世界にどのような影響を与えうるのか、知らなければ対策の練りようもないからね」

 

 G・Bの言っていることは正しい。

 新潟で速瀬を蹂躙した時やシャドウミラーをアルトアイゼンが殺した時のように、キョウスケの中に眠っている力は大きいが、同時にいつスイッチが入るか分からない爆弾のような危険性を孕んでいる。

 放置しておくのはあまりに危険だった。

 キョウスケはその力を、アインストに魅入られた並行世界の自分の力だと思っていた。

 だが奇妙な感覚が邪魔をして、そうだと断言することができない。アインストとは違うナニカが自分の中にいるような気がしてならない。

 それに自分が時折見る、あの奇妙な夢は一体何なのか?

 睡魔に身を委ね、次に起きたその時には、疑問の答えが出ているかもしれない。

 

「……辛いかもしれないが、頑張ってくれたまえ」

「……は……い……」

 

 眠い、猛烈に。

 瞼を閉じれば、キョウスケは夢の世界へと旅立っていくだろう。

 そんな時、G・Bが最後にこう言った。

 

「そうだ、自己紹介がまだだったね。G・Bなどと呼ばれているが、私の本名はね ──」

 

 キョウスケの瞼が閉じると同時、G・Bの言葉が鼓膜を震わせ、脳へと届く。

 

 

「── ジーニアス・ブロウニングと言うのだよ ──……」

 

 

 

 

 

 キョウスケの意識は闇の中へと落ちていくのだった ──……

 

 

 

 

 

 




 狂った歯車は回り始める、際限なく、がちりがちりと。
 次回の更新は来年以降になる予定です。





【第5部 予告】

 それは語られなかった他なる結末
 とてもおおきくて
 とてもくるっていて
 とてもざんこくな
 終わってしまった、愛と悲しみの物語
 
 第5部 許されざる者(後編) ~Beowulf~
     喰い殺せ ── 不完全なる ── 悲しみを生み出すもの ── 全てを
 

番外 第4部終了時点の原作キャラ状態一覧

 ・白銀 武    生存
 ・香月 夕呼   生存
 ・神宮司 まりも 死亡→再生
 ・伊隅 みちる  生存
 ・速瀬 水月   生存
 ・涼宮 遥    生存
 ・宗像 美冴    生存
 ・風間 祷子    生存
 ・涼宮 茜     生存
 ・柏木 晴子    生存
 ・築地 多恵    生存
 ・高原 ひかる  生存
 ・麻倉 舞    生存

 
 
番外 第4部終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(第4部終了時)】
  HP:4000/7500
  EN: 130/ 150
  装甲:     1850
  運動:      115
  照準:      155
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【特殊能力】
 ・ビームコート?(耐レーザー能力)
 ・因子集合体(並行世界のありとあらゆるアルトアイゼン因子の集合体。発現能力、発動条件不明)

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン(36mmHVAP弾)
    威力1800 射程2-4 弾数 10/15  
    修理完了まで使用不可
  ・プラズマホーン
    威力3400 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 4/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
    修理完了まで使用不可
  ・アヴァランチ・クレイモア(チタン製、火薬なしベアリング弾装填)
    威力4000 射程1-4 弾数 9/12  
  ・エリアル・クレイモア
    威力4500 射程1   弾数 1/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト(相方:不知火・白銀)
    威力5000 射程1-5 

  オプション装備
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6
 

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