Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第23話 死闘

【13時 36分 廃虚ビル群 ポイントA】

 

 目的地である廃墟ビル群に到着し、散開した「A-01」。

 別々の場所で最少戦闘単位(エレメント)を組み、敵を撃破していく彼女たちの青い機体と離れ、単機で戦場を駆ける白い機体があった。

 

 純白の不知火改造機 ── 伊隅 みちるの乗る不知火・白銀は、崩れかけたビルの狭間を華麗に舞い、強弓のような一撃でBETAを次々と撃破していく。

 要撃(グラップラー)級とは距離を取って試作01式電磁投射砲の大口径弾で撃ち抜き、突撃(デストロイヤー)級は跳躍とビル壁面を利用した立体的な機動で背後を取り36mm弾で尻を八つ裂きにし、這い寄る戦車(タンク)級は左腕の三連突撃砲で次々と肉片に変えていく。

 戦術機運用のセオリーは、最低でも2機以上で編隊を組み互いの死角をカバーし合うことだったが、不知火・白銀の機動性と高層ビル跡の立ち並ぶ立地条件が合わされば、戦術機の最大の長所である三次元機動でBETAを圧倒することも容易だった。

 無論、油断し背後を取られでもすれば話は変わってくるが、今のみちるにそれはない。

 

(いける! シミュレーションの成果が出ている! これなら、シャドウミラーのラプターとだってやり合えるはずだ!)

 

 12・5クーデター事件の際、みちるは敵の強力なジャミングとJIVESのハッキングという奇策の前に敗れた。

 トドメを刺されなかったのは単に運が良かっただけに過ぎない。戦場に次はない。それを分かっているから、みちるはクーデター後の3日間のほとんどをシミュレーター訓練に当ててきた。

 不知火・白銀の機動特性にも慣れ、その気になればマニュアル操作での射撃も可能だった。

 

(クーデターからまだ3日。こちらの疲弊が取れる前、しかし少し緊張が緩和された絶妙なタイミングでのBETAの強襲……裏で何者かが動いているのは明白……!)

 

 ポイントAのBETAを全滅させたみちるは、トライアル部隊を救出するため次のポイントへと向かう。

 その道中でも決して忘れない。いつ姿を現すかも分からない影に注意を払うことを ──

 

『隊長! こちらヴァルキリー5、応答してください!』

 

 ── 通信が入った。相手は築地 多恵少尉と組んでいる涼宮 茜少尉。

 声色から茜が慌てていることが分かるが、みちるは勤めて冷静に答えた。

 

「こちらヴァルキリー1、どうした?」

『ポイントZで会敵! シャドウミラーです!』

 

 やはり来たかと、みちるの眉尻が上がる。

 

『現在、南部中尉が交戦中! また築地少尉が香月副司令を回収し、私たちは撤退中です!』

「よくやった、ヴァルキリー5。そのまま何としても全力で逃げ切れ。そちらは私が押さえる……!」

『ヴァルキリー5、了解!』

 

 茜の返答を聞き取ると同時に、彼女たちの位置を確認するみちる。

 既に移動を開始していて、ポイントZから廃墟ビル群の外へ向かっているが、みちるの現在地からはかなりの距離があった。

 

「間に合わせてみせる……!」

 

 不知火・白銀のテスラ・ドライブが出力を上げ、跳躍ユニットの噴射で機体が一気に加速した。

 ビルの壁面を蹴り、空中に躍り出る ── 頭上に現れた的を光線(レーザー)級BETAが見逃すはずもなく、管制ユニット内に「被照射警報」が鳴り響く。

 が、テスラ・ドライブの恩恵で軽くなった機体は空中で容易に体勢を転換 ── 空中に跳び出した数秒後には、地面に向けて全力噴射し、機体をビルの間に着地させた。

 直後、不知火・白銀がいた筈の虚空を、光線級の放った細い無数の光芒が交差し消える。

 

 反転全力噴射(ブーストリバース)と呼ばれる高難度の機動を易々とこなし、みちるはビルを飛び越えながら敵の元へと向かう ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第23話 死闘

 

 

 

【13時 34分 廃虚ビル群 ポイントZ】

 

 みちるに通信は入るほんの少し前。

 狙撃に失敗したアクセルは、着弾前に見えた人影に覚えがあった。

 

「香月 夕呼、生きていたか」

 

 今回のシャドウミラーの目的の1つは香月 夕呼の拉致、それが困難な場合は殺害すること ── そのために混乱に乗じてWナンバーズを派遣したはずだったが……五体満足でいる所を見ると、どうやら失敗したようだ。

 香月 夕呼の頭脳は利用価値があるが、敵に回して反抗され続けるのは厄介だ。

 オルタネイティヴ4の総責任者 ── 香月 夕呼は、オルタネイティヴ5を遂行するには目の上にできた瘤のように邪魔な存在だった。

 どんな手段を用いても目的は達成する、例えそれが非人道的なものでも。それがアクセルたちシャドウミラーのやり方だった。

 

「W17、貴様は撤退したタイプ94を追え。香月 夕呼を始末しろ」

『W17、了解。隊長はどうする?』

 

 ラプター・ガイスト2に乗るW17が訊くとアクセルは答えた。

 

「キョウスケ・ナンブは俺がやる。奴を抑えている隙に貴様は行け、いいな?」

『了解だ』

「なに、俺も切り札を使わせてもらう。こいつをな」

 

 アクセルが微笑を浮かべると、ラプター・ガイスト1が持っていた2丁の突撃砲を補助腕を使ってガンマウントに固定し、空いた両手で腰に携えていた2本の短刀に手を伸ばした。

 外見は黒くて武骨なアーミーナイフ ── 米国の近接格闘短刀よりも刃長が長く、刃幅も太く、日本帝国で採用されている65式近接格闘短刀によくに似ていた。接近戦にあまり重きを置かない米国機にしては珍しく、斬撃で敵を斬り倒すこと目的としたデザインをしている。

 

「ガイストカッター ── 例の機体(・・・・)の装甲を長い時間をかけて成型して作り上げた逸品だ。こいつで奴の喉笛を切り裂いてやる、これがな」

 

 アクセルは網膜上に写るW17と目配せすると、2機のラプターは行動を開始した。

 W17は逃げた94式を、アクセルはキョウスケ・ナンブの乗る赤い戦術機に向けて飛びかかっていく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 十数秒の睨み合いの後、アクセルのラプターが動いた。

 

 

 ラプターの跳躍ユニットが火を噴き、真っ直ぐアルトアイゼンに向かってくる。不知火を凌駕する速度で接近 ── が、向かってくるのは2機の内の1機のみ。

 アクセルのラプターはアルトアイゼンを狙っているが、もう1機は別の方向へと加速していく。アルトアイゼンの頭上を飛び越えようとするその1機の狙いを、キョウスケは瞬時に見抜いた。

 その1機の目的は、多恵の不知火に保護されている香月 夕呼で間違いない。

 モニターにそのラプターを捉え、

 

「させるか……!」

 

 キョウスケはフットペダルを踏込み、アルトアイゼンを飛翔させる。

 クーデター事件の時と同様に敵がジャミングを働かせているのか、ロックオンマーカーは表示されず、レーダーも効かない。

 

(だが、機体をぶつけるぐらいは造作もない……!)

 

 アルトアイゼンの体当たりで出鼻を挫き、敵機を地面に叩き落とす。マニュアルで発射した5連チェーンガンで牽制し、アルトアイゼンの巨体をラプターに叩きつけ ──

 

『させんぞ、これがな!』

「っ……! アクセル……ッ!」

 

 ── 秘匿回線に乗って聞こえてきたアクセルの声、同時に被弾を示すアラームがコクピットに響いた。

 120mm砲弾の直撃。アルトアイゼンの装甲は抜けておらず、大きなダメージはない。しかし速度が落ち、アルトアイゼンの進行方向が僅かに狂う。

 ジャミングの影響で自動追尾が働かず、キョウスケは操縦桿(スティック)を動かしてラプターを追う。

 

(アルトの加速力ならまだ間に合う……! 多少強引でも突っ込む!)

 

 当たり所が相当悪くない限り、ラプターの銃撃では短時間でアルトアイゼンに致命傷を与えることは難しい。

 なら離脱を妨害することが最優先だと、キョウスケはアクセル機ではなくもう1機のラプターをねめつけた。

 

『俺に背を向ける気か、キョウスケ・ナンブ!』

「なにっ……!?」

 

 突如、灰色の影がキョウスケの視界を遮った。速度が一瞬落ちたアルトアイゼンの前に、アクセルのラプターが飛び込んできたのだ。アルトアイゼンの進路をアクセル機が阻んだわけだが、キョウスケが驚いた理由は他にある。

 ラプター ── いや、戦術機でアルトアイゼンに接近戦を挑む、キョウスケはそこに意表を突かれていた。

 クーデター事件で対峙した村田 以蔵が使っていた「獅子王」に相当する業物でなければ、生半なこの世界の武器ではアルトアイゼンの重装甲には傷一つ付けられない筈だ。

 アクセル機は2本の短刀を握り締めていた。突撃砲は補助腕(サブ・アーム)に保持させており、先ほどの銃撃はそれを用いて行ったようだ。射撃の精度は落ちるが、戦術機にはPTにはない補助腕があり射撃の補助や、様々な行動をすることをできる。

 キョウスケだって補助腕のことは知識として持っていた。

 だが重要なのはそれではなく、アクセル機が持っている2本の短刀だった。

 

(……危険だな、あれは)

 

 黒光りする2本の短刀の危険性を、キョウスケは勘で感じ取っていた。例えるなら、村田の「獅子王」に似た寒気を覚える鋭利な輝きをその短刀は放っている。

 確かに危険だが、アクセル機を突破しなくてはもう1機のラプターには逃げられてしまう。

 

「邪魔だ……!」

『ふんっ……!』

 

 2つの機体が交錯し、2本の剣筋が煌めいた。

 直後、機体に衝撃が奔り、コクピット内にダメージ警告が響く。

 

「むっ……!?」

 

 すぐにキョウスケはコンソールに表示されているダメコンを確認する。アルトアイゼンの機体を示す機体のアイコンの胴体部が黄色く染まっていた。

 キョウスケには見えないが、アルトアイゼンの胴体装甲に大きな斬撃痕ができていた。アクセル機の短刀の一撃によりアルトアイゼンはダメージを受け、態勢を立て直すために降下、着地する。

 

『この切っ先、触れれば切れるぞ……!』

 

 間髪入れずにアクセル機はアルトアイゼンの正面に降り、短刀で斬りかかってくる。キョウスケはリボルビング・バンカーの切っ先でそれをいなす。思わず耳を押さえたくなるような金切音が、廃墟ビル群に鳴り響いた。

 リボルビング・バンカーでならアクセルの短刀を受け止められる。

 キョスウケは接近してきたアクセル機に5連チェーンガンを発射するが、俊敏な動きで躱され、補助腕(・・・)で保持された突撃砲から120mm砲弾が飛んできて被弾する。

 

「ダメージ……! 銃弾の方は大したことはない、だが……!」

 

 ジャミングの影響でレーダーは効かないが、ラプターの跳躍ユニットの噴射音はもう聞こえてこない。アクセルに手間取っている隙に、もう1機のラプターには逃げられてしまったようだ。

 

(涼宮少尉、築地少尉……頼んだぞ……!)

 

 先に離脱させた多恵たちのことを案じながらも、キョウスケは目の前のアクセル機に集中することにした。

 背を向けて追跡することも考えたが、大量のブスーターが集中しているアルトアイゼンの背面に、砲撃や短刀の一撃を受けることは避ける必要がある。

 目の前の敵 ── アクセルを倒すことが、多恵や夕呼の救助に向かうための最良の方法であるのは間違いなかった。

 キョウスケの操作に呼応して、アルトアイゼンがアクセルのラプターへと接近していく。右腕部に内蔵されたリボルビング・バンカーのシリンダーが回り、切っ先を突き立てるために機体が加速するが、単純な直進速度ではなく機体の俊敏性ではアクセルのラプターの方が上だった。

 突撃砲の36mm弾をばら撒きながらラプターはアルトアイゼンを回避。

 一撃目で手ごたえを得ることはできなかったが、キョウスケはその程度で諦めない。

 アルトアイゼンのTDバランサー出力を上げ、制動、旋回、再突撃を敢行 ── パイロットスーツを着ていないキョウスケに、普段以上に凶悪なGが圧し掛かってきた。

 アクセルのラプターをモニター正面に見据えて再び加速を開始 ── と、アルトアイゼンの機体に加速ではない、物理的な衝撃が加わり揺れる。

 出鼻を挫くように、アクセルの正確な射撃がアルトアイゼンに命中していた。

 

「邪魔をするな、アクセル……!」

『ジャパニーズは言うだろう! そうは問屋が卸さない、とな!』

 

 数発の120mm弾を無視するように、キョウスケはフットペダルを踏込みブースター出力を上げる。

 グンッと体がシートに押し付けられる感覚と共に視界が流れ始めた。一瞬の加速が終了すれば、あっと言う間にアルトアイゼンはラプターの懐に踏み込むだろう……が、突如モニターに映っていた正面の廃墟ビルの轟音と共に砕けた。

 ビルを突き破って現れたのは突撃級BETAだった。

 仲間とはぐれたのか突撃級は1体のみ ── キョウスケの視界の隅に映り込んだそのBETAは、まだ速度が乗り切っていないアルトアイゼンの横っ腹に突っ込んできた。

 

「く……っ!」

 

 横からの強烈な衝撃が体を突き抜け、アルトアイゼンはバランスを崩し傍の廃墟ビルの壁に叩きつけられた。

 突撃級もビルを破壊してからの突進だったため速度が足りなかったのか、アルトアイゼンは大きなダメージを受けていない。しかし突撃級が巨体で圧し掛かってきたため、アルトアイゼンは地面にくみ伏される形で倒れ込んでしまった。

 装甲殻の下に隠れた、突撃級の双頭の頭がモニター一杯に映り込む。

 

「ッ……!」

『邪魔をするな……!』

 

 キョウスケが突撃級を押しのけようとした瞬間、アクセルの声が聞こえ、BETAの体から鮮血が噴きあがった。装甲殻で守られていない背部を切り裂かれ、突撃級BETAは力なく倒れる。

 大きな音を響かせ突撃級が横たわり、視界が開けると、血で染まった短刀を振り上げているラプターの姿がキョウスケの目に飛び込んできた。

 短刀を逆手持ちしての振りおろし ── 間違いなく、アクセルはキョウスケの乗るコクピットを狙っていた。

 並の刃物ならアルトアイゼンの装甲を貫けるはずもないが、既にラプターの短刀の切れ味は身を持ってキョウスケは知っている。短刀を突き立てられる訳にはいかない。

 どうする? 至近距離で、アルトアイゼンはラプターにマウントポジションを取られている。加速の乗っていないリボルビング・バンカーではリーチが足らず、チェーンガンではラプターを撃破できても、すぐに攻撃を止めることはできないだろう。

 

「ならば……!」

 

 ほとんど反射で、キョウスケはその武器を選択していた。

 アルトアイゼンの両肩に装置された巨大なコンテナ ── 中のベアリング弾を護るための重い鋼鉄製のコンテナが開かれる。

 その動きにアクセルのラプターが反応した。

 振り下ろそうとしていた短刀を止め、跳躍ユニットを使ってのサイドステップ。アヴァランチ・クレイモア ── 両肩のコンテナから無数のベアリング弾が発射された時、既にアクセルのラプターはアルトアイゼンの正面から退避していた。

 上空へと打ち上げられたベアリング弾の一部が、ボロボロの廃墟ビルの1つを倒壊させる。アルトアイゼンを起き上がらせたキョウスケの視線と、短刀と突撃砲を構えた補助腕を含め4本腕のラプターの双眸が空中でかち合った。

 回線を通じて、アクセルの息遣いが伝わってくる。

 

『至近距離で大容量の散弾とはな……! 自爆覚悟とは、気でも狂ったか……!』

「BETAから俺を助けたお前に言われたくはない ──……

 

 

 

       ●

 

 

 

 ──……お前に言われたくはない、アクセル……!』

 

 敵 ── キョウスケ・ナンブの声はアクセルの耳に確かに伝わっていた。

 乱入してきた突撃級はラプター・ガイスト1と赤い戦術機との間にいた。キョウスケ・ナンブに倒すために邪魔な障害物を排除した ── 結果として、BETAから助けた形になってしまったが、アクセルの頭の中は「敵を倒して勝つ」ことだけに集中していた。

 

(赤い戦術機、やはり常識破りの耐久力だな)

 

 補助腕を使っての突撃砲の射撃に、赤い戦術機はもう何度も耐えていた。いや耐えるというより、ものともしていない、と言った方が正しいかもしれない。並の戦術機なら直撃で爆発四散する120mm弾で撃ち抜けない装甲を、赤い戦術機を持っていた。

 だがそれは、先日のクーデターの時から分かっていたことだ。

 あの時は仲間を庇い、動かけない的となっていた赤い戦術機だったが、アクセルたちの射撃に全て耐えていた ── 突撃砲では致命傷は与えられない。勿論、アクセルだって対策は講じてきている。

 

(奴に決定打を与えられるとすれば、このガイストカッターしかない)

 

 補助腕ではない、ラプター・ガイストの両手に握られた2本の短刀 ── ガイストカッター。シャドウミラーが保有するある機体(・・・・)の装甲から再鍛錬した近接格闘武器だ。この世に瞬断できない物はない切れ味は、赤い戦術機の装甲も確かに切り裂いていた。

 奥の手に相応しい威力を誇るガイストカッター ── 装甲を貫き、キョウスケ・ナンブだけを仕留めれば、残った赤い戦術機はアクセルたちシャドウミラーの手に入る。

 そのためにはガイストカッターによる必殺が必要不可欠だった。

 

(だが、接近戦は奴 ── キョウスケ・ナンブの領分……いや、俺も得意とする所だが……)

 

 赤い戦術機の主だった武装は3つ。

 牽制用に使われる左腕の5連装の突撃砲、両肩から発射される大量のベアリング弾、右腕の巨大な杭打機。

 この内、ベアリング弾には予備動作があり予測しやすく、突撃砲はアクセルたちが使っている物と大差ない。高い機動性を持つラプター・ガイストでなら、それらを避け切る自信がアクセルにはあった。

 接近戦を仕掛けるにあたって、最も注意しなければならないのが右腕の巨大杭打機だ。極太の杭を突き刺し、炸薬でそれを撃ち出し、敵を破壊する ── 物理的に敵をノックダウンする、まるでヘビー級ボクサーの右ストレートのような、分かりやすすぎるぐらいに武骨な武器だった。

 直撃を受ければ、ラプター・ガイストでも耐えられないだろう。

 

(分の悪い賭けは好きじゃない……だが当たれば俺の勝ちだ……!)

 

 心と魂が削り取られるような緊張感が、赤い戦術機との接近戦には付いて回る。しかしアクセルはこの感覚が嫌いではなかった。

 乗り越えれば、アクセルは勝利を手にすることができるのだから。

 網膜に投影される赤い戦術機 ── 右腕の巨大杭打機に狙いを定め、アクセルはキョウスケ・ナンブを挑発する。

 

「どうした、キョウスケ・ナンブ!? 俺の攻撃を一方的に受けるだけか!? 貴様はその程度か ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 貴様はその程度か!?』

(言ってくれる……!)

 

 アクセルの言葉にキョウスケの眉尻がぴくりと動いた。

 分かり易い挑発に乗ってやるほどキョウスケは単純ではない。

 だがアクセルとの決着は早くつける必要があった。アクセルに同行していたもう一機のラプターが夕呼を乗せた多恵たちを追っているのだ。あまり時間をかける訳にはいかなかった。

 

(掴まえて、撃ち貫く……それが最良か?)

 

 アクセルが短刀を使って接近戦を仕掛けてくるなら、懐を取りたいキョウスケにとっては好都合だ。苦手な射撃戦でちまちまと時間を浪費するよりも、リボルビング・バンカーを撃ち込んだ方が一瞬でかたがついて良い。

 キョウスケは撃鉄が上がったままのリボルビング・バンカーを構え直させ、5連チェーンガンで牽制をしつつアルトアイゼンの速度を上げる。

 チェーンガンで動きを制限し、鈍った所に突撃しリボルビング・バンカーを叩き込む ── キョウスケとアルトアイゼンの十八番のモーションパターンだ。

 速射される徹甲弾の嵐をアクセルのラプターは躱す。避けながら、アルトアイゼンへと接近してきた。補助腕から突撃砲の36mm弾が飛んできていたが、装甲で弾かれる銃撃に今のキョウスケの意識は向いていない。

 アクセルを掴まえる、その一瞬のために視覚を、五感を研ぎ澄ませ ── チェーンガンを横っ飛びで避けた後、ラプターの動きが一瞬遅れた(・・・)のをキョウスケは見逃さなかった。

 キョウスケの足に力が入り、押し込まれたフットペダルに連動してブースターが最大噴射された。一気に最大戦速まで加速したアルトアイゼンは、それこそ瞬きする間にラプターの懐へもぐりこむことに成功する。

 

(もらった……!)

 

 残された仕事は、アルトアイゼンの体ごとリボルビング・バンカーを叩きつけ、引き金を引くだけだ。

 だがアクセルの反射速度は常人離れしていて、バンカーの切っ先から逃げようとラプターが動き始めた。

 モニター ── キョウスケから見て左方向に、ラプターの巨大な機影が消えて行こうとする。

 

「遅い……!」

 

 確信を持って放たれたキョウスケの言葉通り、リボルビング・バンカーがラプターを掴まえていた。

 ラプターの左上腕部に深々と切っ先が突き刺さり、キョウスケがトリガーを引くと、撃鉄が下りてシリンダー内で炸薬が弾ける。バンカーの切っ先が撃ち出され、左腕部を弾け飛んだラプターは衝撃で叩き飛ばされた。

 態勢を崩し後ずさるラプターにキョウスケは追撃をすべく操縦桿を動かす ── が、直後に違和感と共にモニターへ警告が表示された。

 

「なんだ……!?」

 

 ダメージメッセージ ── 箇所は、アルトアイゼンの右腕関節部。

 頭部カメラで右腕部の様子を映し出す。すると関節部の装甲の隙間から火花が上がっていて、キョウスケの操作に一切応じなくなっていた。

 右腕が動かない ── それが先ほどキョウスケが感じた違和感の正体だった。

 

(先ほどの一瞬で、装甲の薄い関節部を狙ってきたのか……!)

 

 短刀で切り付けられたと思われる傷が関節部には残っていたが、切り落とされてはおらず右腕部は健在だ。しかし伝導系が完全に断ち切られたのか、肘関節から先は一切命令を受け付けなくなっていた。

 

『腕1本……貴様の命をもらうには安い買い物だ、これがな……!』

「アクセル……!」

 

 隻腕のラプターが残る右腕に短刀を構え、手負いのアルトアイゼンへと襲い掛かってくる ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【13時 36分 廃虚ビル群 ポイントX】

 

 一方その頃、夕呼を連れて逃げる不知火の慣性ユニットの中で、

 

「どうしよう……! どうしよう!?」

 

 多恵は自分たちを襲ったラプターが追ってきている気配を感じていた。

 レーダーやデータリンクが働かない。人間でいう所の聴覚を奪われた恐怖に多恵は焦る。しかし感覚的に敵が追ってきていることは理解できていた。

 

「お、追ってくる! 敵が……!」

「築地、冷静になりなさい……今は逃げるしかないわ……」

 

 夕呼の言う通り今は逃げるしか多恵にはできない。

 データリンクが働かないため、追走し多恵を守っているはずの茜の無事が確認できなかった。

 見えないが確かに多恵は感じていた。

 背後から迫る敵の気配、夕呼の命を自分が握っているという重責、茜が既に殺されているかもしれないという恐怖 ── すべてが多恵の小さな体と心を苛んでいく。

 

(……駄目……諦めちゃ駄目……ッ!)

 

 追手からの逃走を開始した直後 ── ジャミング圏外に出た一瞬に、多恵たちはA-01隊長である伊隅 みちるとの通信に成功していた。

 

(来る……隊長は来てくれるッ、絶対に……!)

 

 多恵と茜の技量では追ってくるラプターには歯が立たないだろう。

 だが隊長であるみちるならきっと……その思いが多恵の背中を押し、不知火は乱立する廃墟ビルの隙間を疾駆する。

 しかし追手も距離を詰めてきた ── 後方で銃声が聞こえるのが何よりの証拠。銃声は聞こえるが、まだ多恵の不知火に銃弾は飛んできていない ── 茜が応戦しているのだと多恵には瞬時に理解できた。

 

(隊長、早く……早く来てください……!)

 

 強く、強く多恵は願った。他力本願だと後ろ指を指されても構わない。今はみちるの存在だけが彼女の希望だった。

 追手の射撃を逃れるため、とっさに交差路を旋回し、進路を変更する多恵。東に角を曲がり終えた時、多恵の網膜には長い直線の道路が飛び込んで来る ── 逃げる敵を背後から狙い撃つには持ってこいの、そんな道だった。

 追手に撃ち抜かれ、爆散する多恵の不知火……脳裏を恐怖が幻覚となって掠めていく。かと言って、上空へは逃げられない。廃墟ビルに現れたBETAには光線級も確認されている ── 空へ逃亡を図った途端、光線級の照射で爆散するのは目に見えていた。

 それでも、空を飛べればどれだけ逃げるのが楽になるだろうか……と、多恵は空を見上げた。

 

「あ……あれは……!?」

 

 光線級BETAの照射が、幾筋もの光の線となって空で交差している。

 光線級が狙いを付けているのは浮遊している1機の戦術機 ──── 純白のその機体は、高等技術である反転全力噴射を駆使し光線を回避、多恵たちの方へと降りてきていた。

 

「隊長……!」

 

 多恵は思わず叫んでいた。

 ヴァルキリー1、伊隅 みちるの駆る不知火・白銀が上空から舞い降りてくる ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 通算5度目となる反転全力噴射の末、みちるは眼下に部下たちの姿を確認することができた。

 

 左右の巨大なビルが壁となり、正面にしか移動できない長い直線道路を3機の戦術機が疾走している。

 先頭はヴァルキリー7 ── 築地 多恵の不知火。通信通りなら、管制ユニット内に副司令である夕呼が保護されているはずだ。

 その後方をヴァルキリー5 ── 涼宮 茜の不知火が、補助腕による突撃砲の後方射撃で敵をけん制しつつ追走。

 最後方を灰色のラプターが砲撃を続けながら追っていた。幸い、まだ茜の機体は直撃弾を避けてはいる様子だった。

 

(間に合った……!)

 

 一先ず胸をなで下ろすみちるだったが、決して状況が好転したわけではない。

 この戦域 ── ポイントXに近づいた途端、レーダー・データリンク・通信機能に障害が発生していた。おそらくFCSにも支障を来しているだろう。

 戦術機にとっての目と耳を奪われた状態。この感覚にちみるは覚えがあった。

 

(奴か……!)

 

 みちるは確信した。追手は12・5クーデター事件で対峙し、JIVESをハッキングするという奇策でみちるに土を付けた、あの改造ラプターだと。

 速度を緩めず降下しつつ、電磁投射砲の狙いをラプターに向けるが、案の定、ロックオン機能が正常に作動していない。

 

(構うものか!)

 

 マニュアル操作で銃口を向け、みちるはトリガーを引いた。

 たった数日とは言え、みちるはこの瞬間のためにシミュレーション訓練を重ねてきた。機体の操縦に慣れていなかったクーデターの時とは違う。気力、体力ともに充実しているみちるが遅れを取る要素はもはやない。

 大口径弾が電磁投射砲から放たれ、寸分違わずみちるの狙い通りに飛ぶ ── しかし上空から狙い澄ました1発だっただけに読みやすかったのか、ラプターは跳躍ユニットの噴射口を微調整しだだけで回避した。

 ラプターの足は止まっていない。多恵たちを追い続けているが、先ほどの1発で確実に速度は落ちていた。

 

「それで十分だ!」

 

 管制ユニットの中でみちるが吼え、不知火・白銀がさらに加速する。ラプターに向かって真っすぐに、降下速度を増していく。

 機体の状態がみちるの網膜に投影された。跳躍ユニットの出力は既にメーターを振り切り、テスラ・ドライブの出力もグングンと上昇していくのが分かる。

 

「速く ──」

 

 テスラ・ドライブ出力係数60% ── 70% ── 80%、まだ上がる。

 

「──もっと速く!」

 

 ── 85% ── 90% ──── まだ上がる。

 この間、実に1秒に満たない。テスラ・ドライブと大出力の跳躍ユニットの相乗効果で不知火・白銀の速度は増していく。もし地面や建築物に接触すれば、装甲をほとんど排除している不知火・白銀は間違いなく大破するだろう、それ程の超高速だった。

 

()しれ、白銀ェ!!」

 

 それでも尚、みちるはテスラ・ドライブの出力を上げ、ラプターへと肉薄していく ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ──……白い不知火が自分に向かってくる様を、ラプター・ガイスト2に乗るW17は無表情で迎え打つことに決めた。

 

 敵機は見ての通りの高機動機。

 高機動戦闘のセオリーは、速度と3次元機動により敵を翻弄しトドメを刺すことだ。

 にも関わらず、白い不知火は自分に向かって一直線に飛び込んでくる。

 

(カミカゼ、か? 日本人はWWⅡの頃から何も成長していないようだな)

 

 だがこの状況、W17にとっては願ってもないものだ。

 一度負かした相手とはいえ、一線をがす高性能機を倒す絶好の機会だった。白い不知火を撃破した後、逃走する香月 夕呼を殺害し、残骸を回収して行けば良い。

 自分の任務成功のヴィジョンがW17には見えていた。

 

(アンチJIVESは……使う必要もない。いや、一度見せた切り札だ。対策はしているだろう。なら……!)

 

 突撃砲で撃ち抜く。それだけで十分だと、W17は判断した。

 白い不知火がラプター・ガイスト2に突撃してくるこの状況は、日本人的に言うなら「飛んで火に入る夏の虫」という奴だ ── と、W17は一片の表情も変えることなく逆噴射制動(スラストリバース)で減速した。迫る不知火を確実にロックオンし、120mm弾を発射する ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




地味に連載開始から1周年です。これからも完結目指して頑張りますので、よければお付き合いくだいね!

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