Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第22話 激突

【13時22分 国連横浜基地 本部周辺】

 

 横浜基地の専用ハンガーからスクランブルした伊隅 みちる率いる「A-01」は、BETAが出現したという廃墟ビル群へと急行していた。

 

 不知火・白銀を筆頭に、マニュピレーターと背部ガンマウントに87式突撃砲をフル装備した「A-01」仕様の不知火が目標地点へと駆ける。跳躍ユニットを全開で噴かせ、短距離跳躍(ショートジャンプ)を連発するが到着にはまだ時間が必要だった。長距離(ロングジャンプ)すれば時間短縮に繋がるが、光線(レーザー)級BETAが出現したとの情報もあり、みちるたちは無暗に高度を上げれずにいた。

 元々シャドウミラーの出現に備えて待機していた「A-01」だったが、出撃命令が下った原因がBETAとあって誰もが驚きを隠せないでいる。

 なぜなら、横浜基地に出現したBETAに心当たり(・・・・)があったからだ。

 

(……我々は新潟でBETAを生きたまま捕獲した……まさか、それが逃げ出した……?)

 

 隊員の2人を失い、1名を病院送りした生きたBETAの捕獲。

 まだ記憶に新しいBETAの新潟上陸事件 ── みちるが南部 響介と初めて出会ったその時に、「A-01」は香月 夕呼の命令でBETAの捕獲作戦を実行していた。

 殲滅するだけでも難しいBETAを生きたまま捕獲する。任務は成功させた「A-01」だったが、そのために隊員を2人失っていた。

 捕えたBETAは研究のため、活動抑制酵素を投与され管理されることになる。敵を知ることは戦いに置いて非常に重要で、捉えたサンプルから研究することの意義は理解していたが、どうにも釈然としない気持ちになったのをみちるは覚えている。

 それでも夕呼が管理、研究するのなら……と、みちるは割り切っていたにも関わらず、今回のBETAの出現だ。

 

(研究施設の管理は完璧だったはず。副司令がわざとBETAを解き放った? いや、まさかな……)

 

 すぐに浮かぶ他の心当たりと言えば連中しかない。

 

(シャドウミラーか……?)

 

 どうやって横浜基地の内部に侵入したのかは分からないが、連中が影で動いている気がして、みちるにはならなかった。

 

(だとすれば、あの2機も来ているはず……! 今度こそ逃がしはしない!)

 

 JIVESを逆利用して自分と不知火・白銀に土を付けた黒いラプター。二度目の敗北を喫さぬようにみちるは気合を入れる。

あと数分もすれば廃墟ビル群に到着するだろう。

 みちるは回線を開き、叫んだ。

 

「全機、目標地点に到達後散開せよ! 火器を運搬し、最少戦闘単位(エレメント)で友軍を援護、各個BETAを撃破しろ!!」

『『『── 了解ッ!!』』』

 

 隊員たちがみちるに応え、「A-01」は廃墟ビル群へと急ぐ ──……

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第22話 激突

 

 

 

 

【同時刻 廃墟ビル群 ポイントF】

 

 BETAで溢れ返った廃墟ビル群では悲惨な光景が繰り広げられていた。

 

 トライアルに参加していた戦術機の多くが横たわり、要撃(グラップラー)級BETAの前腕で管制ブロックを叩き潰され、機能停止したそれに戦車(タンク)級BETAがまるで菓子に群がる蟻のように纏わり、下腹部の顎で装甲を食い破っていく。

 新潟上陸時より数が圧倒的に少ないとは言え、複数の大型種に囲まれては、武器が無ければけん制もできず徐々に追い詰められ、撃破されていた。

 それでも衛士たちは基地本部へとBETA侵入を防ぐため、立ち塞がり、時間を稼いでいる。

 

「……化け物どもめ」

 

 怒りを押し殺しながらキョウスケは呟いた。

 レーダーとデータリンクで戦況を確認すると、トライアル部隊は当然のように劣勢、基地本部からの増援部隊はまだ到着していないことが分かる。

 現時点では実弾を搭載し、戦闘力を持っているのはキョウスケとアルトアイゼンだけだ。

 

「博士、悪いんだが……」

「……分かってるわよ。やっちゃいなさい、南部」

 

 コクピットに同乗している夕呼の了承を得て、キョウスケは操縦桿(スティック)を握り占める。アルトアイゼンに非戦闘要員を乗せ、尚且つ自分もパイロットスーツを着ずに戦うのは初めての経験だったが、このまま引き下がるわけにはいかない。

 フットペダルを踏み込むとアルトアイゼンのメインブースターが着火 ── キョウスケには慣れっこの猛烈な加速に伴うGが体を襲う。

 

「うっ……!」

 

 夕呼のうめき声が聞こえたが、今は我慢してもらうしかない。

 キョウスケは直近のトライアル部隊に襲いかかるBETAに狙いを付け、アルトアイゼンを加速する。

 孤立してしまったトライアル部隊 ── アルファ2と表記されている撃震は、3体の要撃級BETAに囲まれていた。乗っているのは熟練衛士(ベテラン)なのか機体の動きは良く、要撃級が振り下ろす前腕を躱し続けている。

 だが反撃は出来ておらず、要撃級の攻撃につかまるのも時間の問題だろう。

 弾丸のように加速したアルトアイゼンは、キョウスケの操作で、頭部のプラズマホーンにエネルギーバイパスを開放し白熱化させた。

 

「邪魔だ、退け……!」

 

 アルファ1に集っていた要撃級の一体に頭から吶喊 ── プラズマホーンが深く突き刺さり肉が焦げ煙があがる。アルトアイゼンは巨体を誇る要撃級を角一本で持ち上げると、機体を回転させ勢いをつけもう1体の要撃級に叩きつけ、5連チェーンガンで肉片(ミンチ)に変えた。

 最後の1体はリボルビング・バンカーを叩き込み、絶命させる。

 足元に群がる戦車級を5連チェーンガンで始末しながら、キョウスケはアルファ1に通信を繋いだ。

 

 

「こちらヴァルキリー0、アルファ1、無事か?」

『あ、ああ、おかげで助かったぜ』

「アルファ1、そちらの小隊はどうした?」

『……俺以外はやられちまったよ。クソッタレのBETA野郎にな……!』

 

 苦々しく吐き捨てるアルファ1にキョウスケは同情したが、慰めの言葉を掛ける間もなくコクピットに敵の接近を告げるアラームが鳴り響く。

 廃虚ビル群にある大きな直進道路を、突撃(デストロイヤー)級がこちらに向かって突っこんでくる。その背後には数体の要撃級、レーダーには戦車級を示す小さな光点があり、大型種の足元に沢山いることが分かる。

 

『くそ……! ヴァルキリー0、武器は持ってきたんだろう! 渡してくれ! 俺があいつらの仇を取ってやる!』

「アルファ1、すまんがこちらに譲渡できる武器はない。ここは俺が引き受ける。そちらは周辺の小隊と合流してくれ」

『しかし……!』

「仲間の仇は俺が必ず取る」

 

 腸煮えくり返る思いなのはアルファ1だけではない。トラアル部隊を蹂躙するBETAとれを利用するシャドウミラーに、キョウスケも怒りを覚えずにはいられなかった。

 怒りを腹の底に飲み込んで、キョウスケは静かに呟く。

 

「だから、俺に任せてくれ」

『……了解。アルファ1後退する!』

 

 アルファ1の撃震はキョウスケの指示に従い撤退する。周辺のBETAは撃震に目もくれずアルトアイゼンに猛進してきていた。

 

(BETAは高性能な機体を狙う。新潟の時の同じだな……!)

 

 かえって好都合だと、キョウスケはコンソールを操作しリボルビング・バンカーを武装選択した。

 ターゲットは自分に直進してくる突撃級 ── モニター上で真っ赤なターゲットカーソルが刻まれる。

 

「よし、行くぞ……!」

 

 すると、キョウスケの呟きを傍で聞いていた夕呼が青ざめた顔で訊いてきた。

 

「ちょ、ちょっと待って、まさかと突撃級に突っ込むの?」

「そうだが? 博士、少し黙っていた方がいい。喋ると舌を噛む」

「冗談でしょ ────」

 

 夕呼の言葉尻は、アルトアイゼンの猛加速により明後日の方向に吹っ飛んでいった。

 突撃級の最高速度は実に170km/hにも達する。しかしアルトアイゼンの瞬間最高速度はその比ではない。

 アルトアイゼンは突撃級の間合いに一瞬で詰め寄り ──── モース硬度15を超える突撃級の装甲殻に突き立てた。バンカーの切っ先が装甲殻に一点の穴を穿ち、亀裂が奔り、撃鉄が降りてシリンダー内の炸薬に着火する。

 コンマ数秒の交錯 ── アルトアイゼンが右腕を突き出すと同時に切っ先が、装甲殻を撃ち抜き肉を飛散させ、突撃級の巨体を後方へ弾き飛ばす。

 殻と血肉を撒き散らしながら、突撃級は後続の要撃級を巻き込み絶命した。

 直後、アルトアイゼンはTDバランサーを作動させ、機体に急制動をかけ着地する。両肩のハッチを開放し、モニター上の複数のBETAにロックオンカーソルが、1つ、2つ……と刻み込まれていく。

 

「1発1発がチタン製の特注品だ、好きなだけ持っていけ……!」

 

 キョウスケがトリガーを引くと同時 ── チタン製のベアリング弾に換装したアヴァランチ・クレイモアが発射され、横転していた要撃級と周辺の戦車級を一網打尽に撃ち砕く。

 両肩のハッチが閉鎖された時、硫黄臭い血煙と肉片だけを残してBETAの反応は消えていた。

 

「よし、次だ」

「うっ……待って、気分悪い」

「我慢しろ」

 

 夕呼の顔が青ざめていたが、喋る元気があるならまだ大丈夫だろう。

 どの道、増援が来るまで、夕呼はアルトアイゼンの中にいてもらう必要がある。ピーキーな操縦特性を持つアルトアイゼンに乗り込んだのが運の尽き、と思って諦めてもらうしかない。

 レーダー上のBETAのいる地点にアルトアイゼンを走らせるキョウスケ。

 その視界には青ざめ口元を押さえて夕呼の姿が……。

 

(伊隅大尉、早く来てくれ…………コクピットを吐物まみれにされては敵わん……!)

 

 キョウスケは出来るだけ操縦を優しくしてやりたい、と思い悩んだのだが……ものの数秒で戦闘中には無理という結論に至り、伊隅たちの増援を心待ちにするのだった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 廃虚ビル群 ポイントL】

 

 戦場の空気が変わった ── アクセル・アルマーはそれを機械ではなく、肌で感じ取っていた。

 

「……妙だな」

 

 アクセルたちに向かってくるBETAの数が明らかに減っていた。

 BETAには、より高性能かつ脅威となり得る機体を優先して攻撃する性質がある。廃墟ビル群にいる戦術機の種類は撃震、陽炎、不知火、そしてアクセルたちのラプター・ガイストだ。

 ラプター・ガイストはこの中で最も性能が高く、BETA相手ではステルスも効果が無いため相当数が群がって来ていた。それをアクセルたちは適当にいなしながら、BETAに襲われているトライアル部隊が撃破されるように動き回っていた。

 急に、その数が減っていた。

 横浜基地からの増援はまだ到着しておらず、実弾が無い以上BETAの大型種の数が減ることはない。

 ならば、アクセルたちに集まるBETAが減った理由は……

 

(ガイストと同等かそれ以上の性能の機体が現れた……ふ、そういう事か)

 

 何かを察したアクセルは、追従していたW17に言う。

 

「W17、戦域をサーチ。例の奴が現れたかもしれん」

『了解…………隊長、ポイントFにアンノウン1体出現を確認。該当データと一致、例の赤い戦術機です』

「そうか……来たか、キョウスケ・ナンブ」

 

 W17の報告を受け、自然とアクセルの口端は歪んでいた。

 アクセルたちの任務は本命が目的を果たすまでの時間稼ぎ。目的を果たすだけなら、隠れてトライアル部隊を遠くから銃弾でも打ち込み、機が来たら退散すればいい。

 しかし赤い戦術機とキョウスケ・ナンブが現れたなら話は別だ。

 並の戦術機と一線を画す赤い戦術機を撃破し、回収できたなら、それはシャドウミラーにとって有益な戦利品となるだろう。

 それに、

 

(あの時の決着をつけるにはいい日だ、これがな)

 

 アクセルはW17に命じる。

 

「大物を狩る。行くぞ、W17」

『了解だ、隊長』

 

 レーダーに映るキョウスケ・ナンブの赤い戦術機。

 アクセルとW17はそこに向かって移動を開始した。

 

 

 

      ●

 

 

 

【13時26分 廃虚ビル群 ポイントX】

 

 ── 5分が経過し、「A-01」は廃墟ビル群に到着、散開して BETAの掃討を開始していた。

 隊長の伊隅 みちるを除く隊員勢は最少戦闘単位を組み、ガンマウントに搭載した突撃砲をトライアル部隊に譲渡、そのまま戦線に加わる。

 

 築地 多恵は涼宮 茜とコンビを組み、突撃砲でトライアル部隊に群がるBETAを狩っていく。強襲掃討(ガン・スイーパー)の茜が前衛、打撃支援(ラッシュ・ガード)の多恵が後衛で劣化ウラン弾の雨で血の雨を降らせ、この区画のBETAの殲滅は完了していた。

 しかし制圧が完全に終わったわけではない。

 管制ユニット内の多恵の網膜には、データリンクを通じて残りのBETAの位置情報が送られてくる。まだBETAは相当数が生き残っていて、情報よりもトライアル部隊の数が少ない。間に合わなかったということだ。

 「A-01」の機体はデータリンクで位置情報がやり取りされていて、反応は1つとして欠けることなく示されている。

 ポイントXのBETAを全滅させ、次に支援するトライアル部隊の位置を調べるために見ていた戦域情報だったが、ふと、多恵は気づいたことがあった。それは気弱で、仲間の安否を気にし続ける彼女だからこそ気づけた情報とも言えた。

 「A-01」の機体反応が1つ多い。

 

「あれ……? これって……」

『どうしたの、多恵?』

 

 通信で訊いてきた茜に多恵は答えた。

 

「え、えと、ポイントZに単機行動している友軍機がいるの……ねぇ、これって何だと思う?」

『単機行動? 伊隅大尉の不知火・白銀じゃないの?』

 

 「A-01」の隊員の人数は11名。

 CP将校である涼宮 遥は戦場にはおらず、南部 響介はトライアルに審査役として参加していたため、乗機であるアルトアイゼンをトレーラーで輸送中だった。

 11-2は9。全体で最少戦闘単位を組むには人数が1人あぶれる計算になり、その役は隊長のみちるが買って出ていた。

 

「ううん、伊隅大尉はさっきまでポイントAにいた……Zまでは距離があるから、すぐに移動してきたとは思えない……あ」

 

 多恵は一つの可能性に思い至った。

 

「この反応もしかして南部中尉なんじゃ? トライアル会場に動かせる戦術機が残ったんだよ、きっと……!」

『だとしたら急がないとね。結構な数のBETAが向かっているわ!』

 

 南部 響介と思われる友軍機に、周囲にいたBETAを示す赤い光点が近づいて行っている。

 

『行くわよ、多恵!』

「ヴァ、ヴァルキリー7、了解……!」

 

 多恵たちの不知火はポイントZに向けて移動を開始した。

 

 

 

      ●

 

 

 

【13時30分 廃虚ビル群 ポイントZ】

 

 キョウスケは順調にBETAの数を減らしていた。

 

「これで終わりだ……!」

 

 突き刺したリボルビング・バンカーが火を噴き、衝撃波が体全体を突き抜けると同時に半身を吹き飛ばされ、目の前の要撃級が絶命 ── ポイントZにいたBETAの殲滅を終える。

 要撃級BETA相手にリボルビング・バンカーの連発など必要ない。1発につき1体。シリンダー内全弾で6体の大型種を血祭りにあげたキョウスケは、空になった薬莢を排出し、新たに6発分の炸薬を装填する。破棄した薬莢が小型種の残骸を押しつぶし、モニター上の残弾数が回復した。

 レーダー上にBETAはまだまだ残っている。

 「A-01」が到着したのか、そこかしこから銃声が上がり始めており、BETAの殲滅が完了するのはもはや時間の問題だった。

 

「よし、次は…………博士、大丈夫か?」

「…………ええ……」

 

 キョウスケの問に答える夕呼に覇気はなかった。

 生身でアルトアイゼンの機動に曝され続けて約十分 ── 夕呼の顔は病人のように白くなり、口やかましいぐらいの普段の毒舌は鳴りを潜めていた。

 アルトアイゼンの基本戦法は突撃による一撃戦線離脱である。突撃による急加速、敵の撃破時や方向転換時の急減速からの再突撃のための急加速……戦闘が続く限りこれが繰り返される。

 キョウスケはなるだけ優しい操縦を心掛けてみたつもりだったが、アルトアイゼンに乗る以上はこの機動をせざるを得ず、非戦闘員である夕呼の体調が悪化するのも当然と言えた。

 

(慣れた俺でさえ、パイロットスーツがなく普段よりキツイ……流石に限界か……?)

 

 既に友軍は到着し、反撃の狼煙は上がっている。キョウスケだけが無理してBETAを駆逐していく必要はもうない。

 

 戦闘を継続すれば確実に夕呼は倒れるだろう。そうなってはキョウスケも戦いを中断せざるを得ない。

 

(そうなる前に、「A-01」の誰かに引き渡した方がいいか……ん?)

 

 レーダー上を友軍機のマーカーが2つ近づいて来ていた

 2機からキョウスケに通信回線が開かれる。

 

『こちらヴァルキリー5、涼宮 茜です! 乗っているのが南部中尉なら、応答してください!』

 

 接近して来る2機はUNブルーの不知火 ── 「A-01」の機体だ。

 キョウスケは茜に返答する。

 

「こちらヴァルキリー0、南部 響介だ」

『南部中尉! 凄いよ多恵! 予想が的中だね!』

 

 もう1機に乗っているのはコールサインヴァルキリー7、築地 多恵少尉のようだった。

 

『う、うん。でも南部中尉が乗っている機体……』

『え……あ、赤カブト ── じゃなくてアルトアイゼン!? こっちに移送中のはずなのにどうして……!?』

 

 指揮所で夕呼が口にしていたように、アルトアイゼンはトレーラーか何かで廃墟ビル群へ運ばれている途中だったようだ。

 移送中にキョウスケの所へ転移してきたとなると、移送中に忽然と消えた状況を知っている人間が、「A-01」以外にも多数いることになる。妙な噂話に尾ひれがつく程度のレベルで済めばいいのだが、色々と詮索する者が出てこられたら面倒だ。

 

(誤魔化すのは苦手だ……この件は、後で香月博士に何とかしてもらうとしよう)

 

 キョウスケは話題を逸らす意味も含め、

 

「色々あってな、それより2人とも良く来てくれた」

 

 茜たちに声を掛けた。

 

「香月副司令をそちらに引き渡したい」

『え? 副司令が乗ってらっしゃるんですか?』

 

 茜が驚きの声を上げた。

 

「ああ。指揮所に置いてくる訳にもいかなくてな。だが戦闘行為を行ったせいで既に加速度病一歩手前の状態だ」

「あたしは大丈夫……って言ってる……でしょ」

 

 キョウスケの言葉が癇に障ったのか強がってみせる夕呼。しかし声は途切れ途切れで弱々しい。

 

「ご覧の通りだ。一刻も早く、戦域から離脱させ休養を取らせたい。頼めるか?」

『ヴァルキリー5、了解です!』

『で、では私の機体に乗せましょう。私、後衛ですし』

「ああ、よろしく頼む」

 

 多恵のポジションは打撃支援 ── 前衛から中衛を、突撃砲による比較的近距離の砲撃で支援する役割だ。強襲掃討で前に出る機会の多い茜よりは、周囲に目を利かせることができる多恵の方が、要人移送には適していると言えた。

 

「よし、決まったのなら早くやるぞ。BETAの増援が来る前にな」

『ヴァ、ヴァルキリー7、了解……!』

 

 多恵は了承し、不知火をアルトアイゼンへと近づけて来る。

 本来なら、戦場でコクピットハッチを開放し、無防備な姿を曝すことをキョウスケはしたくなかった。

 夕呼を多恵に引き渡さず、アルトアイゼンで基地本部へ引き返すという選択肢がない訳ではなかったが、キョウスケが危険を冒してまで急ぐ理由は他にある。

 夕呼の体調のこともそうだが、その懸念に比べればそれは些細ことでしかない。

 

(来ている筈だ。奴が ── アクセル・アルマーが)

 

 指揮所はシャドウミラーに襲撃された。オリジナル世界で隊長を務めていたアクセルは、おそらくこちらの世界でも似た立ち位置にいるに違いない。

 そしてアクセルは安全な後方で指示だけを飛ばす、そんなタイプの指揮官ではなかった。

 

(奴は来る、必ず。奴のラプターの相手を、この子たちにさせるのだけは避けたい)

 

 高性能なステルス、機体性能、強力なジャミングに操縦者の技量……修羅場は潜っているが、新兵に毛が生えた程度の多恵や茜ではアクセルの相手は荷が重すぎる。熟練の突撃前衛(ストーム・バンガード)である速瀬 水月でさえ、渡り合えるかどうかも分からない……アクセルはそんな相手だ。

 相手を過少評価だけはしない。

 アクセルは全力で当たるべき敵だが、となると、やはり夕呼の存在が足を引っ張ってくる。

 ポイントZのBETAは全滅し、増援が到着するまで時間はかかる。絶妙のタイミングで現れた多恵たち ── この機を逃せば、キョウスケは撤退せざるを得なくなるだろう。

 

「さぁ、博士、準備を」

「……分かったわよ」

 

 しぶしぶ体を固定していたハーネスを外し始める夕呼。アルトアイゼンの機動に辟易していた筈なのにこの態度、しかし、巨人と化け物が戦っている戦場に生身を曝したくはない、その気持ちキョウスケには痛いほどよく分かった。

 ハーネスの除去、多恵の不知火の位置を確認した後、キョウスケはコクピットハッチを開放した。

 

「よし、築地少尉、管制ユニット同士を近づけろ。接触するぐらいに近くだ」

「了解です……!」

 

 久しぶりに触れる冷たい風に乗って、多恵の声が聞こえてくる。

 両機は接近し、アルトアイゼンのコクピットハッチと不知火の管制ユニットの先が触れ合う。

 

「準備完了だ。博士、さぁ、行ってくれ」

「……はいはい、行けばいいんでしょ、行けば」

 

 夕呼はキョウスケの足から腰を上げ、身を起き上がらせた。

 しかし夕呼の足取りはふらついていて、心許ない。

 

(足を滑らせて転落でもされたら事だ)

 

 キョウスケはシートの固定具を外し、

 

「失礼するぞ」

「え……きゃ……!」

 

いきなり夕呼の体を抱き上げた。

 

「ちょ、ちょっと、何するのよ!? いくらあたしが魅力的だからって……!」

「暴れるな、時間が無いんだ」

 

 いわゆる一つのお姫様抱っこ状態になった夕呼は、急な事だったため焦っていたが、キョウスケの言葉一つで大人しくなった。

 キョウスケはハッチの上に身を乗り出し、多恵の不知火の管制ユニットの中へと夕呼を引き渡す。

 戦術機の管制ユニットはそれ程広くなく、夕呼は多恵の膝の上に座らせてもらう形で中に入り、ジト目をキョウスケに向けてきた。

 

「たくっ、覚えてなさいよ」

「ヴァルキリー7、香月副司令を基地本部まで送り届けるように。くれぐれも丁重にな」

「りょ、了解……!」

 

 新兵の膝に上に横浜基地のNo.2が座っている、そんな奇妙な状況に敬礼を返した多恵の声は上ずっていた。

 不知火の管制ユニットが収納され、ハッチが閉じる ──── いや、これから収納されようとしていた正にその時、悪寒がキョウスケの体の中を駆け抜けて行った。

 

「ッ ── アルトォ!!」

 

 キョウスケは叫んでいた。

 直感に命じられるまま、さながら脊髄反射のように飛び出した愛機の名を ── アルトアイゼンはまるでキョウスケの言葉に従うかのように、右腕を突き出した。

 眼前に巨大なリボルビング・バンカーのシリンダーが見える。ちょうど、シリンダーの影にハッチの上に乗るキョウスケと、収納中の管制ユニットに乗る夕呼たちが隠れる形となった。

 直後 ── アルトアイゼンの腕部に何かが当たり、爆発する。爆風はシリンダーが防いでくれたが、衝撃がキョウスケの体を襲った。

衝撃が体を浮かせる。解放されていたハッチから、キョウスケの足が離れてしまった。

 

「くっ……逃げろ!」

「な、南部 ──……」

 

 不知火の管制ユニットが閉まると同時、キョウスケはハッチに捕まり何とか落下をまのがれる。

 

(これは120mm弾……! 間一髪だった……!)

 

 死の恐怖を噛みしめながらも、キョウスケは急いでコクピット内に潜り込む。

 コクピットシートに飛び込むと同時にハッチが閉鎖され、モニターに外界の様子が映し出された。

 

「来たか ──」

 

 アルトアイゼンを狙った敵が映し出される。

 敵は遠方 ── 周囲より低め廃墟ビルの屋上に、かがんでいる2機の戦術機の姿が見えた。周囲の高層ビルで光線(レーザー)級の死角にあるその屋上にいたのは、夜間迷彩ではなくグレーに塗装され直された2機のラプター。

 

「── アクセル!」

『会いたかったぞ、キョウスケ・ナンブ』

 

 アクセルはあえて回線を開き、言った。

 

『お前を殺す、これがな』

 

 キョウスケはアルトアイゼンを、多恵たちの不知火の前に立ちはだからせ、2機のラプターを睨みつける。

 120mm弾の直撃を受けていたが、リボルビング・バンカーの動作には問題はない。撃鉄が上がり、シリンダーが回転した。

 

(相手が誰だろうと、俺のやることは変わらない……! アクセル、お前が相手だとしてもだ!)

 

 闘争心が体に熱を与え、しかし頭は冷たく冴えていく。

 熱く、激しい炎のように熱く燃える心を、アルトアイゼンという冷たい鋼鉄に包み込み ──

 

「来い。ただ、撃ち貫くのみ……!」

 

 ── キョウスケとアクセルの因縁の戦いの幕が、今、切って落とされる。

 

 

 

 

 




少しペースが落ちたので、第22話その2に続きます⇒やっぱりそのまま第23話にすることにしました。

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