Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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暗躍する影 4

【12月6日 未明 冷川インターチェンジ付近】

 

 所変わって、部隊は冷川インターチェンジの周辺へと移る。

 

 征夷大将軍 ── 煌武院 悠陽と合流した武たち207訓練小隊は、クーデター部隊の空挺作戦の決行により進退窮まる状況へと追い込まれていた。

 武たちを完全包囲したクーデター部隊。

 加速度病により倒れた将軍の介抱をする必要もあり、空挺作戦に参加していたクーデター首謀者、沙霧 尚哉が将軍の名のもとに宣言した1時間の休戦を、武たちは受け入れざるを得なかった。

 たった1時間という短いようで長い空白の時間、クーデター部隊は誓いを守り、将軍の奪取に兵を差し向けてくることはしなかった。

 その間に武や仲間たち、協力してくれているアルフレッド・ウォーケン少佐を始めとする米軍たちの様々な思惑が交錯する ──……

 

 

 ……── 紆余曲折を経て、武たちはクーデター部隊首謀者沙霧 尚哉の説得という大博打に打って出ることを決定した。

 

 実は207訓練小隊には御剣 冥夜という将軍と血の繋がった姉妹がおり、その外見は正に瓜二つ……仮に説得に失敗したとしても、将軍に扮した冥夜をクーデター部隊が追ってくるならば相当の時間を稼ぐことができ、その間に将軍を横浜基地まで移送することが可能になるだろう。

 一か八か、外れればスケープゴートにされる大任を冥夜は自ら買って出たのだった。

 

 

 そして今まさに、変装した冥夜を乗せる戦術機役に名乗りを上げた武の目の前で、クーデター部隊への説得が行われている ──

 

「── 沙霧 尚哉大尉、今の帝国の有様……これが将軍である私の責任である故はなんら変わる所ではない」

 

 武の乗る戦術機 ── 吹雪の管制ユニットが開放され、そのハッチの上に立った冥夜が頭を下げる沙霧にゆっくりと語りかける。日も登らぬ真冬の空気は肌を刺し、言葉と共に吐き出される息は白く煙る。

 成功を祈りながら冥夜の背中を見ているしかできない武の前で、彼女は凛と張った声で言葉を紡いでいく。

 

「米軍や国連軍の介入を許してしまっているのもまた然り……故に、そなた達が私のために血を流す必要はないのです」

「殿下……畏れながら、殿下の潔く崇高な御心に触れ、心洗われる思いにございます」

 

 手ごたえ、雰囲気は悪くない。冥夜の言葉を沙霧は将軍のものと信じて疑っている様に思える。

 

「ですが血は血を呼び、争いは争いを生みます。将軍の意思を民に正しく伝えることがそなた達の本意であったとしても……それが伝わらぬ者、それを拒む者を排除することを許される道理があろうか」

 

 沙霧は黙って冥夜の言葉を聞いている。

 

「日本と言う国は民の心にあるもの……そして将軍とはそれを移す鏡のようなモノ……もし映すものがない鏡があったなら、それは何と儚い存在であろうか……民のいない国などありはしないのですから」

「…………」

「一刻も早くこの戦いを終わらせ、民を不安から解放せねばなりません。そしてそなたの志に賛同する者達を一人でも多く救えるのはそなただけなのです……国の行く末を憂うそなたの想い、私がしかと受け止めました……ですから ──」

「殿下……」

 

 数秒の沈黙の後、沙霧は顔を上げ答えた。

 

「殿下……我が同志の処遇……くれぐれもよろしくお願いいたします」

 

 沙霧の言葉に達成感を覚える武 ──……

 

(これは……やったのか……?)

「沙霧大尉 ──── ッ!!?」

 

 ……── 説得の成功に現実味が出始めたその時、武の機体の近くで土煙が上がり、冥夜の言葉が遮られた。

 武は困惑した。

 何が起こったのか? この土煙はなんだ? 頭の整理が追いつかない。しかし冥夜の話に耳を傾け、聞くことに集中していた武には聞こえていた。

 土煙が上がる前に、彼の耳には確かに銃声が聞こえていた。

 着弾点は将軍に扮した冥夜の乗る武機の傍。

 

(まさか……誰かが狙撃した……!?)

 

 直後、アルフレッド・ウォーケン少佐の怒号が響く。

 

『── ハンター2ッ!? 何故撃った!? ハンター2ッ!?』

「嘘だろ! あと一息だったのに!!」

 

 ハンター2というコールサインを持つのは、ウォーケンの部下のイルマ・テスレフという女性衛士だ。休戦協定中、珠瀬 壬姫と話しをしていた人の良さそうな女性だった。

 信じられないという思いが噴き出してくる武を余所に、2発目の銃弾が機体の傍に着弾した。

 

「冥 ── 殿下! 危険です、こちらへ!!」

「あ、ああ……!」

 

 ハッチの上に立っていた冥夜を管制ユニット内に引っ張り込む武。

 即座にハッチを閉鎖し、冥夜の身体をユニット内にハーネスでしっかり固定する。

 

「くそっ!! いったい、何が起こってるんだよ!?」

 

 悪態を突きながらも、武は説得が失敗した場合のプランB ── 自身が囮となり、本物の将軍を逃がす作戦を実行するため、機体を動かし始めた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 冷川より数km離れた地点】

 

 ──…… 数km先で、将軍を巡る争いが再び勃発した。

 

 計画通り。予定通りとはいかなかったが、これで計画の趣旨は完遂されたと言っても過言ではない。

 引き金を引かせたその男は、戦術機の管制ユニットの中で、網膜に投影される情報から事が上手く運んだことを確認し呟いた。

 

諜報機関(CIA)へ恩を売るのはこの位で十分だろう、これがな」

『あの女に指向性蛋白を投与しておいて正解でござんしたね』

 

 男の呟きに反応して、通信相手の美女が奇妙な敬語(・・・・・)で応答してきた。

 美女の言う指向性蛋白とは、人体に投与することで特定の行動を引き起こさせる特殊な蛋白質の事だ。ある種の機動キーを使うことで、投与した人間に無意識下で特定の行動を起こさせることが可能 ── 本人も無自覚なまま工作員などに仕立て上げることができる、極めて非人道的な道具の1つだった。

 男たちはアルフレッド・ウォーケン少佐の部下たちの数人に、あらかじめ指向性蛋白を投与しており、将軍と沙霧の会談が成功しそうになったを見て機動キーを発動させていた。

 

「これでお偉いさん方のシナリオ通りに事は進むだろう。もっとも俺たちにはどうでもいい事だがな」

『隊長、報告が遅れましたが、1時間ほど前に村田が死亡したようでございますです』

「そうか。もう少し掻き回してくれると思ったが、存外使えん男だったようだ」

 

 男は村田 以蔵の事を思い出す。

 欲望に忠実で、戦闘好きのただの狂人 ── ボロ雑巾のように使って捨てる以外、あの男とつるむメリットは何1つ無かった。

 男は冷たく嘲笑し、通信相手の美女に向かって訊いた。

 

「W17、首尾の方はどうなっている?」

『はっ、W15、W16両名とも帝都より退避、作戦のフェイズ2(・・・・・)を実行中でありりんす』

「……そうか。所でW17 ──」

『なんでござんしょう、隊長?』

「その翻訳機の調子、どうにかならんのか? 鬱陶しくてかなわんぞ」

 

 男たちは外見から日本人でないことが分かる。

 W17と呼ばれた美女は、セクシーダイナマイツバディを地でいく豊満な身体付きをしており、顔つきも日本人離れしている。

 隊長と呼ばれた男の方も同様で、顔つきだけでなく、癖のある赤い髪の毛をした男など今の日本帝国内にはそうはいないだろう。

 そんな2人組が英語でなく、流暢な日本語を話している。

 

『それが……電源を切れないんだにゃん♡』

「……打つぞ、貴様」

 

 真顔で猫なで声をあげるW17に男のこめかみに青筋が走った。

 どうやら、W17の敬語は衛士強化装備に備わった翻訳装置の不調でおかしくなっているようだ。

 

「もういい。敬語で話すを止めろ、これは命令だ」

『了解。それに何故か外せなくて私も困っている』

「……お前もか。まったく、あの(・・)の遺した技術は便利なのか不便なのかよく分からんな」

 

 男は呆れながらも話を続ける。

 

「まぁ、いい。もうここに用はない。W17、俺たちも撤退してフェイズ2の準備をするぞ」

『W17、了解 ──── ん?』

 

 戦術機の主機出力を上げ、移動の準備を始める直前、W17が漏らした声に男は気づく。

 

「W17、どうした?」

『こちらへ近づく機影あり。戦術機が2機、接近してきている』

「何を馬鹿な。このラプター・ガイストにはあの男の技術が使われているんだ、早々見つかるはずがない」

 

 W17の報告を男は鼻で笑って返した。

 男たちの乗っている戦術機はF-22A【ラプター】の改造機だった。

 最強の第3世代戦術機の肩書をほしいままにするラプターは、ただ高性能なだけではなく、対人戦を想定した高いステルス性が特徴の機体だ。

 男たちの機体は、シャープなフォルムの全身を迷彩色で染め上げ、ステルス性だけでなく目視戦闘時の視認性を妨害を図っている。加えてある男の遺した技術を使い、ただでさえ高いステルス性を極限まで高めていた。一般的なレーダーでは相当接近されない限り気づかれることはないだろう。

 だから男は笑ったのだ。

 遠距離から自分たちを発見し近づくことが、どれだけ至難か理解していたから。

 しかしW17の言う通り、レーダーのマーカーは間違いなくこちらに近づいて来ていた。網膜に望遠映像が投影される。大きく赤い戦術機と不知火の改造機らしい白い戦術機の最小戦闘単位(エレメント)だった。

 

「……どうやって気づいた」

『分からん。どうする、隊長?』

 

 W17の問に男は冷たい微笑を浮かべて答えた。

 

「決まっている。俺たちは影 ── シャドウミラー。見た者は消す、これがな」

『了解だ ── アクセル・アルマー隊長』

 

 2機のラプター改造機 ── 男たちがガイストと呼ぶ戦術機は一気に戦闘態勢に突入する。

 管制ユニットの中には、オリジナルキョウスケの世界で彼を苦しめた好敵手(ライバル) ── アクセル・アルマーの姿が確かにあったのだった ──……

 

 




暗躍する影はこれにて終了です。

 以下、オリジナル戦術機紹介

 ・ラプター・ガイスト
   米国の第三世代戦術機F-22A【ラプター】を、ある男の遺した技術で改造した実験機。
   ラプターの特徴であるステルス性が極限まで強化され、機体性能も軒並み上昇している。
   シャドウミラーの隊長アクセル・アルマーが1号機、W17が2号機に搭乗。
   1号機の型式番号はF-22XN1、2号機はF-22XN2である。

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