Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【4時36分 旧小田原インターチェンジ跡】
駒木 咲代子は後悔していた。
村田 以蔵をクーデター部隊に引き入れた事を、だ。
突如として、駒木率いる部隊と国連部隊が戦火を交える旧小田原に現れた村田 以蔵。
村田は現れるなり駒木の部下を斬殺し、憂国の烈士を抜けると宣言した。実力があるからと実質的に村田を部隊に引き入れた咲代子は責任を感じずにはいられない。
しかし、先ほどの離脱宣言から先の村田の動向を追う余裕は咲代子にはなかった。
「くっ……速すぎる……!」
国連部隊の指揮官機 ── 咲代子たちが「白いの」と呼称している戦術機が、彼女の不知火の背後を取らんと迫ってくる。
交戦している敵部隊の機動力は咲代子たちを上回っていたが、「白いの」のそれは常識外れな領域に達していた。
腕に覚えのある咲代子が目で追い、見失わないようにするの精一杯だ。動きをけん制するための射撃も全て躱される。咲代子は驚異的な集中力で、「白いの」からの砲撃を何とか回避し続けていたが、それもいつまで持つか分からない。
(私は村田とは違う……!)
弱気に支配されそうになる思考に咲代子は喝を入れた。
(私はあの人の期待に応えなければいけない! こんな所で倒れる訳にはいかないのよ……!)
脳裏に沙霧の顔が浮かんで消えた。
だが、現在進行形で視界に映っているのは彼ではなく国連部隊の「白いの」だ。「白いの」は間違いなく国連部隊の指揮官機。指揮官を倒せば敵部隊に大打撃を与えることができる。
咲代子の置かれている状況は危機でもあり、しかし同時に好機でもあった。
「やってやる! 村田、貴様の始末はこいつの後だ……!」
咲代子の不知火は、銃弾の応酬の中、国連の「白いの」に喰らい付いて行く ──……
●
キョウスケの目の前に村田が立ち塞がり、彼の駆る武御雷の両手には長刀「獅子王」が握られている。
「獅子王」の切っ先はキョスウケの撃震に向けられていた。
「獅子王」 ── 響きは違うが、その名にはキョウスケも馴染みがある。
「獅子王」は対PT用の斬撃装備として、おそらくシシオウブレードという名でキョウスケの世界に存在していた。外見は村田の物と違い純粋に巨大な日本刀。切れ味、耐久力ともにトップクラスの一品で、高価なこともあり中々手に入れにくい武装だった。
元の世界の「ムラタ」もシシオウブレードを愛用していた。
村田が並行世界の「ムラタ」だとして、「獅子王」の名を冠する長刀を持っていることが偶然であるとは思えない。外見は74式近接格闘長刀とさして変わらないが、その実、圧倒的な攻撃力を持っていると考えていいだろう。
触れればクーデター部隊の不知火と同じように両断される。下手をすれば、防御に使ったこちらの長刀もろともだ。
『どうした! 来ぬのならこちらから往くぞ!』
動けないキョウスケに痺れを切らし、村田が先に動もって肉薄してくる。
加速を乗せた電光一閃の突き。撃震を半歩下がらせ、キョウスケは間一髪でそれを避ける。ゼンガー・ゾンボルトとも渡りあったキョウスケだ、多少の斬撃なら難なく対処することはできた。
(切り抜きが来る……!)
キョウスケはバックジャンプで機体を退がらせる。直後、村田の「獅子王」がキョウスケの撃震のいた場所を、突きからの切り払いが空を切る。
『撃震ごときでその動き! やはり、貴様できるな! 久しぶりに血が滾りおるわ!』
「鬱陶しい奴だ……!」
武御雷を正面に見据えたままキョウスケは呟いた。
「村田といったか……お前、ディバイン・クルセイダーズを覚えているか?」
『知らぬな! 我が興味と悦びは剣戟の末に飛び散る機血のみ!』
(記憶喪失……ではないか。やはり、こちら側のムラタで間違いない)
尤も、村田が何者であろうとキョウスケがやることに変わりはない訳だが。
武御雷の間合いは撃震のそれに比べ広い。下手に斬りかかれば返り討ちにある危険性が高い。後の先 ── カウンターでキョウスケは村田に相対する決意をした。
「高原少尉、援護を頼むぞ」
『ヴァルキリー9、了解です!』
高原の了承と共に、武御雷へと36mm弾が放たれる。
それを村田は難なく躱した。高原は散発的な援護射撃 ── それでいい、キョウスケは管制ユニットの中で満足げに頷いていた。
元より命中するとは思っていない。射線を外しながらでは動きはかなり制限される。村田の斬撃は先ほどより読みやすくなる筈だった。
『見よ、我が阿修羅の舞を!!』
村田の武御雷が高原の援護射撃を回避しながら接近してきた。
足を止めたまま村田を迎え撃つのは危険すぎる。両手持ちで長刀を正面に構えさせた撃震を操作し、キョウスケは常に村田が切っ先に来るように動いた。武御雷の機動性は不知火と同等かそれ以上だ ── 相手を見失うようなことだけは、接近戦において絶対に避けねばならない。
村田はキョウスケの思惑などお構いなしに肉薄し、「獅子王」を振り抜いてきた。シンプルだが、速く鋭い袈裟斬り。キョウスケは間一髪でそれを躱す。だが撃震に反撃の刃を振るわせる余裕はない。
武御雷からの連続攻撃を、キョウスケは長刀で受け流し、またある時は跳躍ユニット全開で大きく距離を取り回避し続けた。常に武御雷を正面に捉え続けながら動き続ける。が、徐々に機体スペックの差が足を引っ張り始めた。
「く……ッ!」
新OSのおかげで撃震はキョウスケの操作に従順だったが、機体の重さまではゴマしきれない。追いすがれない。薄汚れた白の武御雷が視界の中心から端へと逃げていく。
『いいぞッ、実に良い! 激震如きでこの俺の動きについてくるとはな! だが、これならどうだ!?』
村田の怒号の後、武御雷はもはや何度目になったかも分からない最接近。巨大な弾丸と化したかのように直線的な機動で肉薄し、武御雷は真っ向唐竹割よろしく「獅子王」を振り下ろしてきた。
軌道が読みやすく、防ぎやすい斬り下ろし ── 今更、そんな攻撃を防御できないキョウスケではなく、斬撃を長刀で受け流そうとする。
鋭い金属音が響き、2撃目、3撃目に備えようとするキョウスケだったが、
「ッ!?」
武御雷はこれまでのような連続攻撃をせず、跳躍ユニットを噴かせて撃震へと機体を押しつけて来た。
鍔迫り合い。
激震と武御雷の長刀同士が接触し、図らずもそのような体勢になってしまう。跳躍ユニットの馬力も武御雷の方が上のようで、押し込まれた撃震の主脚がアスファルトに亀裂を走らせた。
さらに、網膜上に投影されている長刀の耐久度が目に見えて減少していく。
(「獅子王」と正面から斬り合っては押し切られる……!)
長刀ごと両断される撃震の姿が、キョウスケの脳裏を掠めた。押し合いがこのまま続けば現実になりうる想像だったが、全重量を押し付けてきている武御雷の一撃はこれまでのように容易には流せない。
と、その時、撃震にかかっていた負荷が急に軽くなった。
武御雷が鍔迫り合いを止め、バックステップで撃震から1歩退いていく姿がキョウスケの網膜に飛び込んできた。
(なんだ? だが反撃のチャンスだ……!)
主脚がめり込んでいたアスファルトを蹴り、その膂力が撃震を前に押し出す。操縦桿の命じるままに激震は長刀を振り切り ──── 切っ先は空を切っていた。
先ほどまで真正面に捉えていた武御雷の姿が忽然と消えていた。
『惜しいなッ、撃震の!!』
回線を通じて村田の声。敵を斬れていない、生きている。レーダーで位置を確認 ──
(頭上!? まさか!?)
── 武御雷は跳躍ユニットを噴かせ、斬撃に向かって飛び込み、回避して撃震を飛び越した。直後、レーダーの光点が撃震の背後へと移る。ほぼ間違いなく、キョウスケの想像通りの方法で武御雷は撃震の背後を取っていた。
振り向き、迎撃態勢を整えなくては……しかし勢いよく前進しての斬撃の直後のため、撃震の反応が鈍い。
『殺ったぞ!!』
「くっ ── ッ!」
振り向きざまに「獅子王」を振り上げる武御雷が視界の端に映る。武御雷の斬り下ろしの方が、撃震の防御行動よりも絶対的に速い。
間に合わない。
やられる ── そんな思考が反射的に浮かんだ矢先 ──
『中尉から離れろぉっ!!』
── 高原の声がキョウスケの鼓膜を震わせた。
長刀に持ち替えた高原の不知火が、キョウスケを斬り捨てようとする武御雷に背後から接近しようとしている。
村田がそれに気づいていない筈がない。
「高原少尉、よせ……ッ!」
『うあああああぁぁっ!!』
『雑魚が、俺の愉しみの邪魔をするな!!』
旋回を完了した撃震のカメラが、武御雷に斬りかかる不知火の姿を映した。直後、不知火の両上腕部が空を舞う。武御雷の斬撃が不知火の腕を切り飛ばしていた。
さらに武御雷は斬り上げた「獅子王」を返す刃で横に薙ぐ。斬り捨てられた腕が地面に落ちるのとほぼ同時に、高原の不知火は腰部付近で機体を上下に分断されていた。同時に上半身から何かが射出される。
「た、高原少尉……!」
鈍い音を響かせてアスファルトに横たわった不知火の分断部。そこから高原がキョウスケの声に応えることはなく、漏れ出た推進剤に火花が引火し機体が燃え始めた。
『高原あぁぁっ!!』
『よくも! よくも高原を!』
速瀬たち「A-01」の嘆きの声が聞こえてくる。だが自分の持ち場で精いっぱいの彼女たちは、高原の仇である村田に構わっている余裕はなかった。
炎と煙を背景に、機血で汚れた白の武御雷がキョウスケを見ている。金属で変わる筈のない武御雷の顔面が、ぐにゃりと歪んで嗤っているように見えた。
「貴様……」
キョウスケ・ナンブは決して仲間を見捨てたりしなかった。
キョウスケも仲間を守るために全力を注いだ。だが自分が守ろうとした高原に、自分は絶命の危機を救われ、代わりに彼女が死んだ。
仲間を失った得も言われぬ喪失感は、キョウスケの中でふつふつと怒りへと変わっていく。
「許さん!」
『来い!』
後の先? カウンター? 仲間を殺されて、そんな悠長なことを言っていられるか。
キョウスケの撃震は長刀を構え、村田の撃震へと吶喊していく。
しかし激震の斬撃は武御雷の「獅子王」によって防がれた。
『くくく、飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ!』
聞こえてくる村田の声にキョウスケは寒気を覚える。
そして見た。
激震の斬撃を受け止めている「獅子王」 ── これまで両手でしっかりと握らせていたそれを、今は、武御雷は左腕部のみで保持していた。
右腕部は空手 ── 何も持たれていなかった。
『受けてみよ! 秘技、二刀人機斬!!』
キョウスケ・ナンブの世界と同様に、村田は「獅子王」を二振り持っている。
離れろと直感が告げる。キョウスケが操作を入力しようとした刹那、ロッキングボルトが弾け、背部ブレードマウントからもう一振りの「獅子王」が武御雷の右手に握られていた。
直後、「獅子王」の突きが撃震の左肩を抉り、突きからの斬り上げによって腕部が斬り離される。分断された左腕はずるりとアスファルトの上に落ちた。
「くっ……!」
『そぉら、2本目ぇ!!』
武御雷は左腕の「獅子王」で撃震の長刀を打ち上げた。片腕となりバランスの崩れた撃震は容易に長刀を弾き飛ばされ、右の「獅子王」で右腕まで切り落とされる。
続けて武御雷は「獅子王」を交差させてから、両左右に薙ぎ払った。
横薙ぎが撃震の主脚部を切断した。支えを失った撃震は仰向けに転倒し、凄まじい衝撃がキョウスケを襲う。管制ユニット内では離脱勧告を報せる警報が響き、投影された情報が機体の四肢が欠損したことを示していた。
『どうやら、俺の勝ちのようだな』
四肢を失いダルマ状態となった撃震に、村田の武御雷が「獅子王」の切っ先を突きつけて来た。
『良い死合いだった。これ程滾ったのは久しぶりだ』
「……貴様の感情など知ったことか」
『ふはは、そう言ってくれるな。俺は愉しめた。撃震の、貴様ほどの衛士にはそうそう出会えないだろうな。折角だ、名前を聞かせろ撃震の』
元の世界のムラタと違い、この世界の村田はキョウスケのことを知らない。
だからどうしたと、キョウスケは吐き捨てる。
「悪党に名乗る名などない」
『この期に及んでその強がり、良いぞ、実に良い』
村田は笑いながら「獅子王」の切っ先をさらに近づけてきた。メインカメラのある頭部に近づけているのか、切っ先が拡大されて網膜に投影される。
『貴様をここで殺すのはあまりに惜しい。俺を愉しませてくれた礼だ、今回は殺さないでおいてやろう。次に会うときは撃震ではなく、もっとマシな機体に乗ってくるのだな』
「……後悔するぞ」
『ふははは、望む所よ!!』
どすっという音と軽い振動の後、キョウスケの視界は急に暗転した。
どうやら、村田がメインカメラのある撃震の頭部を「獅子王」で破壊したようだ。暗さに目が慣れ、無機質な管制ユニット内が見え始める。メインの集音機能もやられたのか、心臓の音とキョウスケの息遣いがやけに耳に響いた。
装甲越しに戦闘の銃撃音が遠くに聞こえ、自分が負けて戦場からリタイアしたのだとキョウスケは実感した。
「……戦況はどうなっている?」
管制ユニットは生きているので戦場の情報は入ってくる。
「A-01」はクーデター部隊に対して優勢を保っていたが、村田の乱入で状況がどう転ぶか分からなくなっている。
網膜に投影される戦域情報に目を通すうち、キョウスケはある事に気が付いた……驚くことに、高原の機体のマーカーがまだ残っていた。
「……これは……高原少尉、まさか生きているのか……?」
高原の機体は爆散こそしなかったが、撃破後に炎上していた。普通なら生存はかなり厳しいと思われるが、もし撃破直後に緊急脱出装置が働いていたとしたら? 戦術機の管制ユニットは緊急時には射出することで脱出できるし、操縦席は強化外骨格として運用が可能だ。高原が生きている可能性はゼロではなかった。
「確かめなければ……!」
キョウスケはハッチを開け、戦術機が飛び交う戦場を高原機のマーカーの示した位置へと向かった。
●
激震から降りたキョウスケは、戦闘によって砕けまわったアスファルトの上を高原のマーカーへと走っていく。
炎の熱が肌を焼き、硝煙の匂いが鼻につく。村田に破壊された撃震の無残を一瞥するも、自分の機体のようにクーデター部隊の全てが戦闘不能に陥った訳ではない。戦術機と言う巨人のフィールドを進む ── 一歩間違え、踏みつぶされたり流れ弾に当たったりすれば、キョウスケなど原型も残さない肉片と化してしまうだろう。
だがキョウスケは歩みを止めなかった。
高原が ── 仲間が生きているかもしれない。今駆けつければ、まだ間に合うかもしれない。そう考えると、戦闘終了まで管制ユニットの中に引き籠ってなどいられなかった。
仲間が窮地に陥れば助けに行く。キョウスケ・ナンブだってきっとそうした筈。例え生身でとはいかなくても、だ。
我武者羅に走り続けたキョウスケがマーカー発信地点で発見したのは、やはり、射出された戦術機の管制ユニットだった。データリンクの情報を信じるなら、長方形のまるで棺桶のような形をしたそれは、高原の機体に搭載されていた物に違いない。
「……待っていろ、高原少尉」
期待と不安を胸に、キョウスケは管制ユニットの外部コンソールへ、ハッチ強制開放のパスコードを入力した。
幸いにも管制ユニットのコンピューターは生きていたようで、錆びた蝶番を動かした時のような音を響かせてスライドし、中の操縦席は外界へと解放された。
キョウスケは管制ユニットをよじ登って中を覗きこむ。額から血を流した高原が、中の操縦席シートにぐったりと横たわっていた。
「高原少尉……!」
息はしているが高原から返事はない。
キョウスケは狭い操縦席へと割り込むと高原の傷を見た。脱出装置作動の衝撃か、それとも村田に攻撃を受けた時の衝撃か、おそらく操縦席の固定がそれで外れてしまのだろう ── 高原は額を管制ユニットの何処かにぶつけたらしく傷口から流血が続いていた。
キョウスケは戦術機に標準装備されているサバイバルキットを探し出し、血液を取り出したガーゼで拭いた後、すかさず止血パッドを張りつけた。特殊素材が血を吸い、さらに圧着効果で止血する人工のかさぶたのようなものだ。剥ぎ取ればまた流血し始めるだろうが、何もないよりはいい。
それよりも問題は意識がないことだった。
(頭部を強打……精密検査は必須だが、どのみちここでは何も出来ん……!)
かといって後方の
「俺が不甲斐ないばかりに……すまん、高原少尉」
キョウスケの謝罪に高原からの返事はやはりない。
キョウスケ・ナンブのように仲間を守るために戦いたい ── そう思い高原の元へ駆けつけたはずなのに、逆に助けられ、自分は敵に情けを掛けられてこの体たらく。
(情けない……!)
ぎりりと奥歯を噛みしめる音が頭に響く。
同時に、衛士強化装備の通信機能に乗って「A-01」の声が聞こえてくる。
『高原の敵討ちよ! この侍ヤロー!』
『どうした? もっと抵抗して見せろ! もっと俺を愉しませろ!』
『気持ち悪いのよ、この変態!』
速瀬と村田の声だった。キョウスケは管制ユニットから顔を出し外を確認する。見える範囲に村田の武御雷の姿はなかった。
『周辺機は速瀬機を援護! 密集陣形を取れ! 孤立した奴から狙われるぞ!』
「……俺は……」
こんな場所で何をしている?
疑問と自責の念がキョウスケの中で首をもたげる。
自分は何のために戦っているのか?
敗北し、辛酸をなめるためか?
いいや、違う。
(俺は仲間を助けるために戦った……キョウスケ・ナンブがそうしてきたように)
キョウスケ・ナンブは仲間を見捨てたりはしなかった。
キョウスケ・ナンブは決して諦めない男だった。
ではキョウスケ・ナンブという因子の集合体である自分は?
衝撃の転移実験から約2日が経ち、悶々と悩み続けてきた命題が戦術機を降りて蘇ってくる。
(俺はキョウスケ・ナンブという因子の集合体……だが、それがどうした)
延々と考え、苦しみ、迷い続けた記憶が頭の中で徐々に一つに纏まっていく。さながら因子集合体であるキョウスケのように、悩み続けた記憶は集合し、1つの回答を形作っていった。
「俺は、俺だ」
キョウスケの声にもう迷いは感じられなかった。
「どれだけ迷っていても、疑ってしまっても、俺は俺のままだった。迷う必要なんて初めからなかったのに。なぁ、そうだろう、エクセレン?」
反射的に、もう2度と会えない彼女へとキョウスケは声をかけていた。
(
体が熱い。奥底から力が沸々と湧き上がってくるような、そんな感覚。
キョウスケは決して仲間を見捨てたりはしない ── 抱き上げた高原の小さな体が、彼にその事実を思い出させた、いや、感じさせてくれた。
後は機体さえあれば、キョウスケは戦い続けることができる。
そう思った瞬間 ──
── 力が欲しいか? ──
── 頭痛と共に声がした。
もう何度も聞いたあの声だ。自分がキョウスケ・ナンブの集合体であるのなら、この声の正体はおそらく…………キョウスケは吐き捨てるように声を発した。
「俺に囁くな、悪魔め」
── ならば 呼べ ──
キョウスケの言葉は声に届いていない。
声はただ語りかけるのみ。
── 呼べ
「呼べ、だと? ふざけたことを」
声の言う半身が何を指しているのか、キョウスケには瞬時に理解できた。
半身とは、キョウスケと同じ因子集合体であるアルトアイゼン・リーゼを意味している。
BETAの新潟再上陸の際、アルトアイゼンの周囲では「残骸」の転移現象が起きていた。因子集合体であるアルトアイゼンは、オリジナルが備えていない能力を発現する危険性を孕んでいるのは確かだった。
この声の誘いに乗るのは危険なのは承知している。
しかし今、戦う力が必要であることもまた事実だった。
「……いいだろう、分の悪い賭けは嫌いじゃない」
キョウスケは腹を括った。
キョウスケは決して諦めない ── どんな事態に陥ろうとも、全力でぶつかり撃ち抜いて見せる。
「来い……!」
力が必要だ。仲間を守るために。
キョウスケは腹の底を震わせて叫んでいた。
「来いッ、アルトォ ──── ッッ!!!!」
キョウスケの絶叫は戦場の銃声に紛れて、消えた。
しばらく空を見つめていたが何も起こらない……当然だと、キョウスケが鼻で嘲笑しそうになった瞬間、異変は起きた。
何もない空間が球状に歪んで見え始める。大きさは直径30m程。そのなだらかな表面を電流が奔り、球体の触れているアスファルトは砂が舞い散るように飛散し消滅していく。
数秒後、空間の歪みが消えたそこには、1体の巨大なロボットが立っていた。
メタリックレッドのカラーリングのその機体は、頭頂部に雄々しき1本のブレードが屹立し、右腕には巨大なパイルバンカー、左腕には5連チェーンガン、両肩には巨大なコンテナが溶接されている。
キョウスケが見間違えるはずがない。
間違いなく、アルトアイゼン・リーゼが
既に主機に火が入っているのか、アルトアイゼンのエメラルドグリーンの双眸とキョウスケの視線が空中で交錯する。
するとアルトアイゼンは王にかしづく家臣のように片膝を着き、手のひらを広げてキョウスケへと差し出してきた。
「アルト、乗れ、と言っているのか?」
アルトアイゼンからの返答は当然のようにない。当たり前だ、考える機能を持たないただの戦闘兵器なのだから。
しかしキョウスケにはアルトアイゼンが意思を持ち、自分を助けに来たように思えてならなかった。
「いいだろう」
自然と、キョウスケの顔には笑みが浮かんでいた。
「行こう、相棒」
キョウスケは高原を操縦席へと戻し体を固定、管制ユニットのハッチを閉鎖する。
その後アルトアイゼンの掌の上へと、キョウスケは駆け出していくのだった。