Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【6時51分 国連横浜基地 中央作戦司令室周辺の一室】
沙霧 直哉による演説からしばらく経った頃。
香月 夕呼は人払いさせた部屋で、
「── 鎧衣、これは一体どういうことかしら?」
「おぉ、怖い怖い。そう睨まないで欲しいですな、香月博士」
1人の男と対面していた。
夕呼に
喧騒を極める中央作戦司令室とは異なり、夕呼たちのいる部屋は完全防音のため、その騒がしさは伝わってこない。腰かける椅子とデスク以外に何もない代わりに、盗聴や盗撮の類の機材も仕掛けられないセキュリティレベルの高い部屋だった。
鎧衣は壁に背を預けたまま、飄々とした態度で語り出した。
「こう見えて、私も何かと忙しい身でしてね。香月博士のような見目麗しい女性とは、もっとゆっくりと過ごし語り合いたいところなのですが、いやはや、この後も予定が立て込んでいましてな」
「御託はいいわ。こっちも時間がないの。要点だけ教えてちょうだい」
「お互い忙しい身、という訳ですな。いいでしょう。私は私の役割を果たすとしましょう ──」
鎧衣は帽子のつばを弾き、夕呼の顔を直視した。つばで隠れていた鎧衣の真剣な眼差しが露わになる。
「──
「奴ら……そう、やっぱりね」
夕呼のため息が静かな室内に木霊した。
「そう、奴らです。と言いましても、クーデターを起こした本土防衛軍の沙霧 尚哉大尉のことではありませんよ?」
「分かってるわよ」
鎧衣の言う奴らと、夕呼が想像している奴らは、同一のものと考えて良さそうだ。
「でしょうな。流石はその若さでオルタネイティヴ4を任される才媛、と言ったところですかな」
「茶化さないで」
「これは失礼。ついつい、性分ですかな」
キザっぽい口ぶりで、鎧衣は話し続ける。
「この軍事クーデターは妙だと言わざるを得ない。表向きは戦略研究会が憂国の志を持って決起したように確かに見えますが、裏ではドサクサに紛れて某国が介入しやすいよう周到に準備されていた」
「某国ねぇ ── この際はっきり言いなさいよ。その国は相模湾沖に第7艦隊を展開させてて、極東での復権を熱望して裏で糸を引いているって」
相模湾沖には米国の第7艦隊が、既に展開を完了させて停留していた。軍事演習を名目に、朝の6時から臨戦態勢で待ち構えている。
朝一番で訓練が行われることもあるだろう。極東の絶対防衛線としての役割を持つ日本近海で、訓練が行われることにも確かに意味はあるだろう。
しかしタイミングが絶妙過ぎた。まるで、
「沙霧たちはね、奴らに利用されたのですよ」
鎧衣が囁くように呟いた。
「クーデターのシナリオの根幹は、某国の諜報機関と奴らが用意したものでしょう。
極東の防衛線を手薄にするわけにはいかない。問題の早期解決が望まれる以上、某国は問題解決のために干渉をしてくるでしょうな」
「事態はもう動いてる。既に国連事務次官が、増援部隊の受け入れを要請してきたわ。ま、正式な手続きを踏んでから出直して来いって付き返してやったけどね」
国連事務次官 ── 武と同じ207訓練小隊の珠瀬 壬姫の実父、珠瀬 玄丞斎のことだ。
「事務次官に対してずいぶんと勇ましい。ここにきて順調という訳ですか……オルタネイティヴ計画は? だとすれば、私の
「……ふんっ、どの道、介入を完全に防ぎ切る手立てはないわ。横浜基地が米軍を受け入れざる得なくなるのも時間の問題ね」
奴らがこのクーデターをシナリオ通りに動かそうとするなら、介入までに無駄な時間を費やそうとはしない筈だった。
正式な手続きを踏め ── その夕呼の要求も当然想定されていて、準備を整えていると考えた方がいい。
「でしょうな。ですが香月博士、お気を付けを。既に日本国内に侵入しているはずですよ……奴らの狗 ── 【暗躍する影】は行動を開始している」
鎧衣の言葉に夕呼は息を飲んだ。
「これから何かが起こるとすれば、その近くには必ずその輩がいる筈です。これから介入してくる某国の兵士にすら、なんらかの仕込みをしている可能性まである。それも非人道的な、ね」
「……非人道的か。馬鹿馬鹿しい。友軍に無通知で
夕呼の表情に不快感が露わになる。
G弾の無通知投下 ── それは、1999年に行われた
G弾があったからこそ、今の国連横浜基地があると言っても過言ではない。
しかし同時に、ハイヴすら攻略可能にする超強力な爆弾に、何も知らされていない一般将兵が多数巻き込まれ消えていったことも事実だった。
「まったく、我が雇い主が頭を痛めそうな言葉ですな、はっはっはっ」
鎧衣は帽子を目深にかぶり、夕呼の言葉を躱して続けた。
「兎も角、奴らの狗にはお気をつけを」
鎧衣の忠告に夕呼の眉尻が下がる。
「何処に潜んでいるか分かりませんからな。ご自身の安全もそうですが、特に将軍殿下の周辺には気を配った方がよいでしょう」
「なによそれ、アンタに言われる筋合いないわよ」
「いえいえ、我が雇い主からの伝言ですよ」
鎧衣 左近 ── 彼は帝国情報省外務二課の課長をしている男だ。
所属してい組織を考慮すれば、彼の言う雇い主とは情報省の偉い手であったり、突き詰めれば将軍殿下であったりするのだろうが、夕呼はそれ以外に彼の協力を必要としている人物を1人知っていた。
「そう……アンタの雇い主、そろそろ目を付けられても不思議じゃないわね。前々から伝えていたこと早く実行に移した方がいいのかも……拘束されてからじゃ動きようがないわ」
「確かに、そうかもしれませんな」
夕呼の提案に鎧衣は首を縦に振った。
「ではでは、香月博士、私はこれにて失礼しますよ。博士に頼まれた例の件もありますし」
「頼んだ件をきっちりこなしてくれるのはありがたいことね。それとアンタの雇い主 ── G・Bにも伝言をお願い。大切な娘ともども早くこちらに来るように、とね」
G・Bというの名の人物が、情報省外での鎧衣の雇い主の名前らしい。
「はっはっはっ、この鎧衣、女性からの頼みごとは無下にできない性質でしてね。喜んで承りましょう ── G・Jの力も借り、その旨、我が雇い主に必ずお伝えすることを約束します」
「よろしく頼んだわよ」
夕呼は鎧衣と別れ、中央作戦司令室へと戻った。
その数分後、国連安全保障理事会の承認が正式に下りたことが事務次官より伝令され、横浜基地は米軍の受け入れ態勢を整える羽目になるのだった ──……