Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第12話 ただ、生きるために 4

【16時50分 廃墟ビル群】

 

 網膜投影された戦域マップの中を、一直線に赤い光点が近づいてきていた。

 白銀 武だ。

 

 戦術機の運用は最低でも最少戦闘単位(エレメント)が前提とされている。

 2機で連携することで互いの背中を守り合い、圧倒的な物量で攻めてくるBETAの中で、少しでも生存率を高めることが目的だった。1機で出来ない事も2機ならできる。1+1=2ではない。互いの練度、連携と信頼次第では1+1=2ではなく、3にも4にもなりうる。

 そこに戦術機の3次元機動が加わることで、人類は地を這うBETAに対して初めて優勢に立つことができるのだ。

 

 しかしこの模擬戦は1対1(タイマン)

 互いの技量、戦術、精神状態 ── 全てを用いた果てに、劣っていた方が負けるだけ。仲間の助けなどありえない。自分の力だけが頼りだった。

 武はその名に恥じぬ勇ましさで、真っ直ぐにキョウスケ機に向かって来ていた。

 

(武器は突撃砲2門に長刀。短刀は使うような状況に追い込まれた時点で負けるな)

 

 武には戦術機の操縦経験というアドバンテージがある。

 マニュピレーターに保持した突撃砲、背部兵装マウントの予備と長刀ならいざ知らず、短刀を使うような乱戦となっては一日の長 ── 最後には地力が物を言うものだ。

 キョウスケの操縦に撃震は従順だったが、アルトアイゼンより軽いにも関わらず反応はやはり鈍かった。新OSはTC-OSも参考にしていたが、その域に達するにはやはり時間が足りなさすぎる。

 

(遅いなら、先を読み、相手より早く動かせばいい)

 

 キョウスケはアルトアイゼンの専属パイロットだが、その他の機体を扱った経験が無いわけではなかった。

 アルトアイゼンの機動特性上、繊細な操縦よりも大胆で思い切りのよい操縦が体に染みついているだけだ。むしろ、相手の動きを読みそれに合わせる技能は仲間内の誰よりも秀でていた。

 相手がエルザム・V・ブランシュタインのような天才級でもない限り、余程の事がなければキョウスケは相手の動きにカウンターを合わせられる。

 

(……来たか)

 

 光点が自機の左側面に肉薄するのを確認し、キョウスケは心を凍らせた。

 激震のメインカメラを向けることなく、銃口を向け、トリガー。

 あらかじめ弾種選択していた120mm(キャニスター)弾が火を噴くと同時に跳躍(ジャンプ)ユニットを全開に噴かせた。廃墟ビル群の高層ビル跡は射線を妨害するにはうってつけだ。相手機への着弾を確認せず、キョウスケは加速してビルの合間へと機体を滑り込ませた。

 一瞬遅れて、キョウスケの撃震のいた地点に36mmの弾痕が刻まれる。

 

(これでいい……戦っている間は余計なことを考えずにすむ……!)

 

 JIVES(ジャイブス)が生み出した仮想の戦場の空気に感謝しつつ、キョウスケは無心で操縦桿を動かし始める ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「── まさか、ロックオンもせずに撃ってくるなんて……!」

 

 ビルの壁面を蹴り跳躍することで、武は響介の放った散弾を回避していた。

 銃弾との擦れ違いざまに放った36mm弾は、響介機にかすることもなく地面に弾痕を作っただけだった。

 網膜投影された情報が武の視覚に呼びかける。響介は廃墟の隙間を縫いながら武と一定の距離を保っている。

 響介は逃げた訳ではない。武を仕留めるために、有利な位置を保つ。そのために動き回っていた。

 

(いくら相手が響介さんでも、戦術機の扱いは俺の方がまだ上手いはず。接近戦に持ち込まれなければ何とかなる。何とかなるはずだ……!)

 

 突撃砲の弾種は36mm砲弾を選択、手数で響介を攻め落とすことを武は選択した。

 207訓練小隊の模擬戦で、新OSの有用性は既に証明されている。新OS搭載機と非搭載機では機体の即応性と柔軟性が桁違いだった。武がイメージしていた戦術機の動きが、新OSによって実現できるようになっている。

 新OSの使用経験に戦術機での戦闘経験、やはり武には一日の長がある。

 戦域マップを響介機は低速で移動している。主脚走行で建築物の間を縫いながら進んでいた。

 

「いくぜ……ッ」

 

 光線級BETAのいない戦域でなら、戦術機の3次元機動を最大限に活かすことができる。噴射跳躍(ブーストジャンプ)することで、武の撃震は建築物を飛び越え空中へと躍り出た。

 上空から響介の撃震を目視で確認。眼下へと劣化ウラン性の飛礫(つぶて)を降らせた ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 ……── 武の撃震が猛烈な勢いで接近してきている。

 2機の間には高層ビル跡が乱立していた。武機は障害物を無視してキョウスケへと一直線に近づいてきている。経験から相手は飛行していると理解し、腰背部の跳躍ユニットに命令を飛ばした。

 激震が加速し、地表スレスレを疾走する。アルトアイゼンで地上の敵機に突撃する際にキョウスケがよく利用する加速方法で、戦術機では噴射地表面滑走(サーフエイジング)と呼ばれる操縦技法だった。

 背後でするはずの徹甲弾の風切り音は、跳躍ユニットの轟音に掻き消された。 

 以前としてロックオンアラートが唸りを上げていたが、被弾はなし。

 空からの銃撃を避けるため、跳躍ユニットに火を入れたまま撃震の方向を転換する。慣性を逆らうキョウスケの操作に機体が軋み、Gが体に圧しかかった。ビル間の十字路をほぼ直角に曲がり、再度加速を開始した。

 武の死角に入ったのか、銃撃の手が一瞬止まる。

 

(……アルトより遅く、Gも弱い……当たり前か……)

 

 横浜基地の地下に格納されている愛機に思いを馳せる。

 アルトアイゼンの暴力的なまでの加速に慣れているキョウスケには、撃震の最高速度もぬるく感じられた。撃震は第一世代戦術機で、後の世代より重装甲かつ頑丈ではあったが、キョウスケの操縦にどの程度耐えられるか操縦経験がないため推測もできない。

 無茶な機動を取れば、それがそのまま命取りに繋がる可能性があった。

 無論、可能性の話だったが、キョウスケにはそれを否定する経験値がない。

 管制ユニット内ではロックオンアラートが鳴り響き、背後では弾丸が波しぶきのように跳ね回っていることだろう。

 キョウスケは撃震の補助腕で、背部にマウントしていた突撃砲を操作させ、背後に弾幕を張りながら逃走を続ける。

 けん制が目的で、武の撃震に命中するとは初めから思っていない。

 

(さて……どうするか……?)

 

 弾幕を張っての逃走することで、キョウスケは考える時間を確保していた。

 既に頭上を押さえられていて、慣れない戦術機の操縦では武を出し抜くことは難しい。かと言って、足を止めての撃ち合いなど論外、近接戦闘を仕掛けるにしても接近するまでに撃ち落とされるのがオチだった。

 搭乗している機体がアルトアイゼンだったなら、問答無用で相手の懐に潜り込むことも可能だったが、今、キョウスケが乗っているのは撃震だ。

 

(タラレバの話など無意味だ……どうすれば、武に接近できるかを考える……)

 

 武の撃震は上空を飛行しながらキョウスケ機を狙っている。

 戦術機が連続的な飛行 ── テスラドライブを装備したヴァイスリッターのように宙に浮き続けるには、継続的な推進剤の消費が要求される。

 重い物を浮かせ続けるのと、地上を走らせ続けるのでは、消費される推進剤の量には違いが出てくる。当然、前者の方が先に推進剤が枯渇する筈だ。

 

(機を待つか……幸い、遮蔽物には事欠かない場所だ……)

 

 戦域になっているのは高層ビルの乱立している廃墟ビル群だ。

 上空から見下ろせば逃走経路は丸見えかもしれないが、遮蔽物が多いことには変わりはない。

 蛇行しながら逃げる撃震の装甲を、武の放った36mmがかすめた。見晴しの良い直線ではいつかは直撃を受ける。跳躍ユニットの微調整で、そこかしこにある十字路を曲り、撃震を建築物の影に隠しながら逃げる事をキョウスケは選択した。

 銃弾が迫り、十字路を曲がる。

 イタチごっこのような逃走劇が延々と繰り返される ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

「……やっぱり、なんか変だぜ、響介さん」

 

 飛行する撃震の中で、武は一人ごちしていた。

 地上を疾走する響介の撃震から、迎撃のための36mm弾が飛んできていたが、背後と上空を押さえているという地の利の前にはさほどの脅威でもない。

 武的には、新OSの恩恵もあってか、初めての戦術機で自分の追撃を躱し続ける響介に驚く部分もあったが、それよりも彼が逃げの一手を取り続けていることに違和感を覚えざるを得なかった。響介機が接近しようとする気配が、武には毛ほども感じ取れない。

 

「まりもちゃんと戦っていた時とは、まるで別人だぜ……」

 

 武はまりもと響介の実弾演習を見学していた。

 あの時の響介からは、どれだけ不利な状況に追い込まれても、前へ前へと進む気迫のようなモノが感じられた。

 だが、今の響介からはそれが感じられない。

 響介は武の推進剤切れを待つ逃げの一手を講じている。自分に有利、相手に不利な状況を作り出すのは戦いのセオリーかもしれないが、響介らしからぬ見え透いた手に武は苛立ちを覚えていた。

 

「そうじゃないだろ……!」

 

 トリガーを引きながら、武の口が毒づく。

 36mm弾は響介の撃震に回避された。まりも戦の時とは乗機が違う。乗機が違えば戦略が違ってくるのは当然だが、武は響介の逃げ腰が許せない。

 

「響介さん、あんたは強い……!」

 

 武が小さく叫んでいた。

 

「あんたは逞しくて、まっすぐでッ、ぶっきら棒だけど本当は熱い心を持っている! なのにどうしちまったんだ!? 一体、何があったんだ!?」

 

 武が響介と別れて、再会するまでの時間はたった一晩だった。

 その一晩、いや、転移した元の世界できっと何かあったに違いない。武も転移した元の世界で様々な経験をした。驚いたことや嬉しかったこと、色々あった。

 武は知りたかった。しかし聞いて良いものか判断もできなかった。

 けれど、自分の攻撃に逃げ回る南部 響介の姿も見たくなかった。

 

「……いいさ、俺が思い出させてやるぜ」

 

 眼下で響介の撃震は銃弾を躱し、十字路を曲がって武の死角に逃げ込む。反射的に操縦桿を動かし、武はその後を追う。

 武から逃げ続ける響介の撃震の姿が目に入ってきた。

 

「俺が憧れた、響介さんの本当の戦い方って奴をな!!」

 

 武はトリガーを引く指を緩め、目を見開き、響介を睨みつけた。

 相変わらず、響介は武から逃げ続けている。武の推進剤が切れるのを待っている。その目論みどおり、飛行を続けていた武の推進剤の消費は激しく、既に半分近くを消費してしまっていた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 響介は推進剤が枯渇した武と、接近戦で決着をつけることを望んでいる。

 なら、武が選択する手段はたった一つ。

 武は撃震が両手に持っていた87式突撃砲を投げ捨て、背部にマウントしていた74式近接格闘長刀を握らせた。ぎらり、と空中で刀身が煌めく。

 

「ただひたすら前進、接近、そして勝利をもぎ取る!」

 

 人類の勝利を。

 BETAから平和を。

 勝ち取るために、躊躇なく前進する姿に武は憧れたのだ。

 通常、模擬戦などでは相手への情報流出を防ぐため禁止されている管制ユニットの全周波回線(オープンチャンネル)を、武は開いた。相手はもちろん南部 響介。

 

「響介さん! いっくぞおおおぉぉぉぉっ!!」

 

 跳躍ユニットを全開、武の撃震は墜落に近い急角度で、響介機へと急降下していった ──……

 




12話はあと1回続きます。

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