Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第1話 その女、香月 夕呼 2

【2001年 11月20日(火) 国連横浜基地 捕虜尋問室】 

 

 昨日、営倉に連れてこられた道を逆に辿り、キョウスケは尋問室に2度目の訪問を果たしていた。

 小さめの会議室のようなその部屋は薄暗く、中央に金属製の机と椅子が一組置かれており、小さ目のスタンドライトが備え付けられているだけだ。他に目につく物といえば、錆びた鉄製のバケツと何が入っているか分からない怪しいロッカー、出入り口と反対側に設置された黒い窓ガラス ── ここが軍事施設だと考えるなら、尋問風景を観察するための防弾性のマジックミラーだろう ── があるだけだった。

 護衛の1人を入り口正面に、もう1人を背後に立たせた尋問官がキョウスケの対面の椅子に腰かけた。

 

「名前は南部(なんぶ) 響介(きょうすけ)、日本人を両親に持つ生粋の日本人であり、年齢は22歳……だったな?」

 

 冷めた目でめねつけ、スタンドライトの灯りをキョウスケの顔面を向けてくる尋問官。対してキョウスケは沈黙したまま。

 

「さて、私も暇ではないのでね。昨日よりは有意義な1時間にしたいものだな、南部 響介」

「…………」

「ダンマリか、まぁいい。捕虜の扱いは国際規定に準ずるため、我々が貴様に無用な危害を与えることは絶対にない……だが、我々も人間だからね。我慢の限界というモノがある。あまりに非協力すぎると、昨日のように思わず手が出てしまう事もある。もっとも、そうならないようには善処するつもりだが」

 

 キョウスケの頬には、尋問官に昨日つけられた打撲傷が残っていた。つまり目の前の尋問官は「必要なら死なない程度に痛めつけることもできるのだぞ」と、キョウスケに警告しているのだ。

 

(……まぁ、殺すまではするまい)

 

 尋問をする。ということは、相手側がキョウスケから何か情報を引きだしたい、ということだ。むざむざ情報源を潰すことはしないだろう。

 無論、暴力はやりすぎることもあるし、当然、キョウスケには痛みも伴うが……尋問官の顔を直視しながら考える。

 

(今は耐えるしかない……こいつから情報を引きだし、現状を把握することが今の俺にとっては最重要だろう)

「だから南部 響介、昨日よりも協力的な態度を見せてもらいたいものだ。私も自分の手が傷つくのはあまり好きじゃないからな」

 

 手の甲を擦りながら言う尋問官。しかし口元は嗜虐的に歪んでいた。

 

「では聞こう。南部 響介、君は何者だ? あの11月11日、日本帝国軍が作戦行動をしていた新潟の海岸線沿いに、何故、貴様はいた?」

「知らん。昨日、俺は何も覚えていないと言ったはずだが」

「そんな筈はない。何の目的もなく戦地に赴く人間など考えられん。潜入任務か秘密工作か……どちらにせよ、どの軍にも属さず戦場で単独行動する人間などいるはずもない。

 それにだ、南部 響介、仮に貴様が新潟に住んでいた一般市民だとしても、貴様の体つきはどう見ても一般人のモノではなく軍人のソレだろう?」

 

 誤魔化せんぞ、と尋問官は目を細めたて言った。

 キョウスケの体は一般人とは比較にならない程引き締まっている。またボディービルダーのような魅せる筋肉ではなく、従軍し戦いの中で自然に出来上がった戦うためのモノだった。

 確かに、一般人と言い張るには無理がある。

 

「さらに言えば、貴様の搭乗していた赤い戦術機……整備の者の調べでは、帝国軍、国連軍、米軍にソ連……どの組織にも同様の機種は無いとのことだ。

 貴様はそんな戦術機の中で倒れていたのだ、疑われないとでも思っていたのか?」

「戦術機……?」

 

 まただ。尋問官が常識のように口にする「戦術機」という単語、やはりキョウスケには聞き覚えがない。どうにも奇妙な違和感を覚える。

 キョウスケが助け出された、赤い、戦術機……

 

(……まさか、アルトのことか……?)

 

 思い当たる節はそれしかなかった。

 最後の戦いでキョウスケが乗っていたアルトアイゼン・リーゼは、メタルレッドの塗装を施された試作強襲用PTの改修機だ。あの戦いの後、キョウスケが意識を失っていたとすれば、アルトアイゼン・リーゼのコクピットの中以外は考えられなかった。

 

(とすれば、戦術機とはPTやAMのような人型機動兵器のカテゴリの1つで、彼らはアルトを戦術機と勘違いしている可能性が高い……が、問題は俺が戦術機というカテゴリを知らないことだ)

 

 新しく開発された新機種のマシンならキョウスケが知らなくても無理はないが、知なないモノがカテゴリとなれば話は別だ。

 PTとAMは概念が違っているから別カテゴリに分類されている訳で、戦術機という新しい概念の機動兵器が登場したなら、パイロットをしているキョウスケの耳に入らない筈がないからだ。

 だがキョウスケは知らなかった。尋問官の態度は自然で、戦術機という単語が世界にごく当たり前に存在しているように思えてくる。

 心の隅にこびり付いていた違和感は拭えず、徐々に大きく膨らんでいく。

 

(……少し、探りを入れてみるか)

 

 キョウスケは尋問官に質問することにした。

 

「すまんが……戦術機とは……一体何だ?」

「はぁ?」

 

 間の抜けた声を漏らす尋問官。

 

「貴様、冗談は寝ていうんだな。戦術歩行戦闘機(・・・・・・・)の略に決まっているだろうが、この時勢で知らないのは疎開先で生まれた赤子ぐらいのものだぞ?」

「そうだったな……で、その赤い戦術機がどうかしたのか?」

「……理解力が乏しいようだな。その赤い戦術機と、それに乗っていた貴様は一体何者なのか答えろと昨日から再三言っているのだが……いい加減理解してもらえたかな、南部 響介?」

 

 尋問官の眉尻が上がった。昨日の殴打といい、気が長い男ではなさそうだ。

 赤い戦術機とはアルトアイゼン・リーゼの事で間違いないようだ。

 

(……尚更、答える訳にはいかなくなったな……)

 

 キョウスケを捕縛している組織 ── おそらくノイエDCの残党ではないだろう ── がキョウスケの持つ情報を否が応でも欲しているのなら、地球連邦に敵対している組織である可能性が非常に高い。

 アルトアイゼンが改造機だとしても、地球連邦の主力量産型PTであるゲシュペンストの面影は残っている。そこからキョウスケが地球連邦のパイロットであることは容易に想像できるわけだが……

 

(妙だ。ならば、何故、俺が何者かなどと質問をする? 連邦の情報を吐けと迫るのが普通だと思うが……)

 

 ……どちらせよ、「シャドウミラー事件」が終結し束の間の平穏が訪れている筈の地球に、火種となるような組織に油を贈るようなことをキョウスケはできないと判断した。

 

「答えろ、南部 響介。貴様は何者で、一体何が目的だ?」

 

 キョウスケは無言を答えとした。

 尋問官のこめかみに青筋が浮かび始める。

 

「あの赤い戦術機は何だ? 貴様はどこの軍の所属だ?」

「…………」

「何故BETAどもの死骸のど真ん中にいた? …………ちっ、またダンマリか。どうやら貴様は貝のように口を閉じることしか能が無いらしいな。

 いいだろう。そちらがその気なら、こちらにも考えがある」

 

 尋問官は椅子から立ち上がると、尋問室の隅にある怪しいロッカーに近づき扉を開けた。しばらく中をあさった後、小さな黒い箱を持ってキョウスケを睨みつけてきた。

 嗜虐的な笑みを隠すことなくキョウスケの傍に寄ってきて、目の前の机に黒い箱を、ドン、と叩きつけた。

 

「真に残念だよ、南部 響介。貴様がもう少し協力的であったなら、我々もこんな手を使わずとも済むと言うのに ── おいっ、こいつを押さえつけろ!」

 

 突如上がった尋問官の大声に、

 

「「はっ!」」

 

 待機していた護衛の2人が反応して、

 

「なにっ……ぐぁ……ッ!」

 

 キョウスケは上半身を机に叩きつけられた。そのまま乱暴に体を扱われる。1人の護衛は全体重と力を使いキョウスケを机に押し付け、もう1人の護衛によって袖を捲られ関節を固められた。

 抵抗しようとしたが、鍛えられた軍人2人の力でキョウスケは身動き1つとれない。尋問官はキョウスケを見下ろしたまま黒い箱を開けた。

 中からは、何らかの薬剤を封入したガラス製のアンプルが取り出された。

 尋問官はアンプルを開封し、注射器の中に吸い出し始める。

 

「ペントタール。知っているだろう? その昔、ナチで研究されていたという自白剤の一種さ。なに、すぐに済む ──」

 

 アンプルの中身を吸い尽くした注射器に細い注射針が取り付けられた。慣れた手つきで注射針の先まで薬液を満たす尋問官の姿に、キョウスケは寒気を覚えた。

 自白剤……あまりにも非人道的な情報の聞きだし方だ。

 

「── ただし廃人になる可能性は否定できんがね」

「く……っ、捕虜の扱いは国際法に準ずる……そう言っていた筈だ」

「勿論だとも。ただしそれは、生きている人間(・・・・・・・)に対してのみ適用されるべき法律だ」

「なん、だと……?」

 

 キョウスケは自分の耳を疑った。

 今、尋問官は何と言った? 生きている人間……確かにそう言った。まるでキョウスケが生きていない ── 死んでいる人間(・・・・・・・)のように言い放った。

 しかしキョウスケは間違いなく生きている。机に押さえつけられれば痛いし、この状況に焦って心拍数は上昇している。死人ならこんな反応は絶対にありえない。

 

「白々しいな、南部 響介。死人に化けて、貴様は一体何をするつもりだったのだ? 我々が戸籍情報を調べないとでも思っていたのか? んん?」

「どういうことだ……? 俺が、死んでいるだと?」

「理解力に乏しい貴様の頭にも分かるように教えてやろう。

 南部 響介は戸籍上もういないことになっている。南部 響介は帝国軍の衛士だったが、1999年の明星作戦で米軍が無通知で発射したG弾に巻き込まれ、MIAと認定されていた。

 つまり貴様は、骨も残っていない南部 響介に化けた【何者か(・・・)】なのだよ。だから私は貴様が【何者か】聞いていのだ」

「…………」

「もう下手な芝居は止すんだな、この偽物め」

 

 

 尋問官の嘲笑が部屋に響いたが、キョウスケの頭には届かなかった。

 自分の死という事実に少なからず衝撃は受けていたが……そんな些事よりも重要なひらめきが頭を過っていたからだ。

 今まで感じていた違和感の正体 ── キョウスケが置かれている現状を、全て説明できる明確な答えにキョウスケは辿りついていた。

 

(そうか……そういうことか……並行世界(・・・・)。ここは俺の生まれ育った世界ではない、別の世界ということか……)

 

 並行世界 ── つまり可能性によって無限に分岐したパラレルワールドの1つに、キョウスケは迷い込んでしまった。こう考えればキョウスケの感じた違和感すべてに説明がつき、戸籍上死んでいるキョウスケが生きていることも説明できる。 

 俄かに信じがたく正気を疑われる答えだったが、並行世界を証明する生き証人がキョウスケの周りには沢山いた。

 「シャドウミラー」そして「ベーオウルフ」と呼ばれた自分の存在がそうだ……「シャドウミラー事件」の最後の戦いで、キョウスケは並行世界の自分と共に大気圏に突入してしまった……それが直接の原因かは分からないが、何の因果か、自分のではない別の世界に飛ばされてしまった。

 「シャドウミラー」のいた世界がそうだったように、おそらく、この世界でも歴史が違っている筈だ。戦術機という、PTではない人型機動兵器の存在がその証拠だろう。

 

(念押しだ……ここが並行世界だという確証を……!)

 

 拘束されながらも、キョウスケの頭は冷静だった。

 尋問官が注射針を刺す血管を見繕っていたが、そんなことは知ったことではない。

 

「おい、エアロゲイターを知っているか!?」

 

キョウスケは自分の世界の軍人なら絶対に知っている言葉を口にした。

 

「静かにしろ、南部 響介。針を外してしまうだろう」

「知っているのかと聞いている!? エアロゲイターだ! かつて地球を侵攻した宇宙人を知らないのか!!」

「宇宙人?」

 

 尋問官の手が止まる。

 

「エアロゲイターなど聞いたことがないな。我々の敵 ── 人類の敵は、異星起源種『BETA(ベータ)』だ。エアロゲイターなどという組織は存在しない」

 

 尋問官の答えでキョウスケは確信した。

 キョウスケは並行世界に飛ばされたという現実。そして謎の組織に囚われ、尋問を受けているという現状を理解した。また、自白剤投与直前の絶体絶命に追い詰められている、ということもだ。

 自白剤を投与されれば、知っている情報が全て相手に伝わってしまうだろう。

 キョウスケの持つ情報がこの世界で役に立つとは限らない。情報源として価値が無くなれば、おそらくキョウスケは闇に葬られる。

 役に立たない死人を生かしておく理由はない。自白剤で廃人になれば、確実にその未来に行きついてしまうに違いないだろう。

 

(くっ……こんな見ず知らずの世界で死んでやるわけにはいかん……! エクセレン、お前ならこんな時どうするッ?)

 

 走馬灯のように、脳裏に恋人エクセレン・ブロウニングの姿が浮かびあがる。

 わぉ、キョウスケったらダメダメね~。

 ケタケタ笑いながらキョウスケを指さしてくるエクセレンのイメージ。絶体絶命にも関わらず、なぜこんなイメージが浮かんでくる? もう少し感動的でもいいんじゃないかとさえ、自分のイメージにも関わらずツッコミを入れたくなるキョウスケだった。

 だがエクセレンは確かによく笑う女性だった。

 このままでは彼女に会うことが二度とできなくなる。それだけは絶対に嫌だった。絶対にこの状況を切り抜ける、そのためにキョウスケは頭を巡らせる。

 

(戦ってこの場を切り抜ける……のは不可能だ。身動きが取れない、それに護衛は小銃を持っていた。仮にここを脱出してもアルトの場所が分からなくては…………ん?)

 

 ふと、尋問室に設置されていた黒い窓ガラス ── マジックミラーに視線が向いた。

 黒で振り潰されているため、こちらから向こう側を見ることはできない。だが向こうからは尋問室の中の様子が見えているはずだ。

 

(……誰かが見ている)

 

 マジックミラーを挟んでいるため、キョウスケに向こう側は何も見えない。

 だが視線を感じた。戦場で培った勘が、それをキョウスケに告げていた……間違いなく、ミラー越しに誰かがいる。

 

(……この世界の俺は既に故人……死んだはずの男が謎の機動兵器に乗って現れた……軍人の興味を引くには十分なネタだろう…………。

 この尋問官がこの基地の上級士官だとは考えにくい。おそらく、俺の尋問を命じた人間があの向こう側にいる筈だ……!)

 

 尋問官に命令を下せる人間……自分に下手をすれば廃人になる自白剤を投与するのは惜しいと、その人物に思わせればいい。

 それ以外の答えがキョウスケには思いつかなかった。

 

「さぁ南部 響介、注射の時間だ」

 

 護衛が押さえた腕に、尋問官が血管を浮き上がらせるための駆血帯を巻き始めた。

 

(時間がない! あの向こうに人がいるとは限らないが……このままではオケラだ。舌戦は苦手なんだがな……四の五の言っていられんか!!)

 

 キョウスケは腹を括り、「自分の運命」という名のチップを視線に乗せ、マジックミラーを睨みつけた。

 

「おい、そこの隠れているお前! 俺は情報を持っているぞ! 知りたければ、このお状況をどうにかするんだな!!」

「南部 響介、騒ぐんじゃない!」

「それにな、お前たちの言う赤い戦術機は俺にしか動かせんぞ! 俺に自白剤など投与してみろ、あの機体の秘密は永遠に分からんぞ! それでもいいのか!」

 

 腹の底から喉を震わせた声に、尋問官たちは苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

 

「おい、黙らせろ!」

「はっ」

 

 頭を押さえつけていた護衛が、キョウスケの脇腹に膝を入れてきた。固い骨が肉に食い込み、反射的に苦痛の声と共に肺の中の空気が外に飛び出す。しかし ──

 

「聞こえているんだろう!!」

 

 ── キョウスケは叫ぶの止めなかった。護衛が二の手三の手を打ちこんでくるが意にも介さず、

 

「さっさと俺を助けるんだな、この ──」

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 国連横浜基地 尋問室 マジックミラー裏の部屋】

 

 尋問室に設置されたスピーカーを通じて、キョウスケの絶叫が響いてくる。

 

『── 卑怯者の女狐め!!』

「あらまぁ、随分な言い草だこと」

 

 ミラー越しに女性が3人並んで尋問室の様子を見ていたが、その中の紫色の髪を女性が冷ややかに呟きを漏らしていた。

 マジックミラー越しだから当然なのだが、女性たちのいる部屋からは尋問室の中が手に取るように見えていた。彼女たちはキョウスケが尋問室に連行され、護衛に押さえつけられ、自白剤を打たれそうになっている今この瞬間まで1秒たりとも逃さずに観察していたのだ。

 ちなみに紫色の髪の女性の傍に銀髪の少女が寄り添うように立っており、その背後に特殊部隊「A-01」の隊長「伊隅 みちる」の姿があった。

 紫色の髪の女性は微笑を浮かべながら言う。

 

「伊隅~、アンタの拾ってきた男、中々面白いわね。見えてない筈なのに、私のこと女だって言い当てたわ。透視能力(クリアボヤンス)でも持ってるのかしら?」

 

 女性は品定めをするようにキョウスケを見つめている。しかしそれは人が人を見るような温かい視線ではない。機械の性能を1から10まで分析しようとする冷たいモノだった。

 

「情報が知りたければ助けろ、ね。自力でどうにもならないことを認めているあたり、訓練兵よりは状況判断能力には優れているようね。

 おそらく、私がこんなあからさまな挑発に乗るような女じゃないってことも、薄々は理解しているんでしょうね」

「ですが、それすら承知の上で最後の賭けに出ていける。その程度の胆力は兼ね備えた衛士のようですね」

 

 傍に控えていたみちるが意見を述べる。

 

「そのようね。伊隅、アンタの部隊にもそろそろ男手(・・・・・・)が欲しくなってきたんじゃない?」

「……香月博士、まさか最初から……?」

「さぁねぇ~、私はただ『戸籍上死んでる男』っていう見世物を見世物小屋に見に来ただけだもの。天才であるこの私 ── 香月 夕呼にだって息抜きは必要なのよ。分かってくれるでしょ、伊隅?」

 

 紫髪の女性 ── 香月 夕呼の声に、はっ、とみちるは礼儀正しく返事をした。

 夕呼も笑みで応えると、傍に寄り添っていた銀色の髪の少女に声を掛けた。キョウスケの方に視線を向けたままで、だ。

 

「ねぇ社、あなたはどう思うのかしら?」

「…………あの人は嘘はついていません」

 

 社と呼ばれた少女の答えに夕呼は頷いた。

 

「そう、分かったわ。じゃあ、あのムッツリ君は助けてあげることにしましょ」

「は……? しかし博士、貴女は今さっき……」

 

 挑発には乗らない、そう言った筈だ……と口にしそうになるのを、みちるは必死で抑えた。軍において上下関係は絶対だ。上官に意見するなどもってのほか……天才であり尚且つ、基地副指令という立場にいる夕呼に意見するなど論外もいいところだ。

 夕呼は掴みどころない飄々とした態度でこう言った。

 

「べっつに~、天才だってたまには気まぐれを起こすこともあるわ。それより伊隅、彼、針刺されちゃいそうだけど? いいの?」

「はっ!? ちゅ、中止だ! 尋問はただちに中止しろ! いいか ──」

 

 みちるは尋問室に回線を開き、命令を達した。

 ミラー越しに尋問官たちが狼狽えているのが分かる。

 その様子を夕呼は、本当に見世物でもみるように笑みを浮かべながら、社は無表情のまま眺めていた。しかし社の瞳はどこか困惑の色を湛えている。まるで見てはいけないモノを見てしまった子どものように、目を伏せる。

 

「……あの人は、あの人と同じ……でも……」

 

 社は、誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟くのだった。

 

 

 

 

 




第2話に続きます。

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