Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【20時46分 国連横浜基地 訓練兵校舎 屋上】
満点の星の下、神宮司 まりもは自分が生まれ育った街並みを見下ろしていた。
いや、かつての街並み、と言い表した方が正確かもしれない。
まりもが青春時代を過ごした柊町は今は見る影もなく、人の営みである地上の星は横浜基地以外には見当たらない。
廃墟。今の柊町を表現するには、その言葉が最も適切だろう。
月の光に照らされ、崩れた建物の影だけが見えている。他は何も見えない自分の生まれた町……まりもは自分が感傷的になっている事に気づいていた。
(もうすぐ、あの子たちも任官か……)
子どもたちの顔が浮かぶ、207訓練小隊の。
総戦技評価演習を突破した彼らが、まりもの手の中から巣立っていくのはもう時間の問題だ。
事実、戦術機を使っての演習も積み重ね、操縦技術は日に日に増していっている。白銀 武の存在がカンフル剤になり、隊員たちは互いに影響し高めあっている。彼らにあと足りないものといえば、実戦、の二文字ぐらいのものだろう。
それはいい。
教え子たちが成長していく姿を見るのは、昔教師を目指していたまりもにとってこの上ない喜びだった。
だが同時に胸を締め付けるような罪悪感が、心の中にはらはらと沈殿していくのもまりもは感じていた。
(……私は教導官として、あの子たちを死地へと送り出さなければならない)
鍛えれば鍛えれるほど、生徒が死に近づいていく。
その様をまりも何度も見て、経験してきた。それでも慣れるものではない。慣れてはいけない。慣れてはいけない。そう思う程に自分の心が犠牲になっていく。
慣れてしまえばきっと楽だろう。しかしそれは、まりもの心のどこかを凍結することに他ならない。
(何故……私よりも先に教え子が死ななければならないの……?)
質問の答えは分かり切っている。
BETAがいるからだ。
BETAがいるから人類は滅亡の縁に立たされ、若者が死んでいく。
BETAさえいなければ皆笑っていられる。
だがBETAがいる以上、まりもにできるのは生徒に生き抜くための技術を叩き込むことだけだった……その過程を経ることで、生徒を死へ ── BETAへと近づけていると理解しながらも。
まりもは自分のやっている事は正しいと誇りを持って言えたが、同時にどこか狂っているのではないかと思う時があった。
(何故だろう……?)
まりもは思う。
(何故こんな世界に生まれたんだろう……?)
まりもは思う。
(私だって幸せになりたい、周りの人たちと一緒に……全部が幸せな世界なんてない……そんなことは分かってるけど、せめて私の知っている人たちだけでも…………分かってる、そんなのはただ幻想。ただの夢だって……)
まりもは思う。
考える力を持ち、欲を満たそうとする人がいるかぎり、例えBETAが居なくなっても世界が天国になることはありえない。天国は心の中にだけあるのかもしれない。いや、そもそも何をもって天国と言えばいいのか? 兎に角、まりもの心には天国はなかった……彼女は現実主義者だったから。
(皆……同じだった)
まりもは思う。
どんな権力をもっていようとも。どんな能力をもっていようとも。どんな思想をもっていようとも。どんなに、どんなに、どんなに特別であろうとも…………所詮はBETAだらけの世界の住民なんだと、コミュニケーションを交わす内に分かってしまう。
悲しい。
自分もそうだが絶望が基本になっている世界の人間は空しい。
今までまりもが生きてきて接した人間の中で、心底惹かれたのは型破りを画にしたような親友の「香月 夕呼」だけだった。夕呼はまりもを必要としてくれた。だから富士教導隊から国連に鞍替えをしたのだ。
でも。
だからどうした?
最高の友人の傍で、やっていることは若者を死地に送り出す作業。
(この世界に居る人間はみんなそうだ……大なり小なり死に憑りつかれている……)
そう、国が違っても纏っている空気が同じなのだ。
軍人という名の人生を送ってきたまりも。
そんな彼女の感性は、これまでにたった2人しか、この世界で異質な匂いを持つ人物を感じ取ったことはない。
(白銀 武、そして…………南部 響介)
この2人は何かが違う。
雰囲気はもちろん、この絶望に支配された世界で吐き出す空気の色がどこか違っていた。
何かを変えてくれる。
そう思いたくなる2人だった。
(白銀は兎も角……南部 響介……彼こそよく分からない。ああいう雰囲気の男性は嫌いではないけど、いつか消えてしまいそうな不安定さを持っている気がする……)
屋上には遮蔽物が少ない。冬の風は吹きすさび、まりもの体を冷やしていく。
冷たかった……誰か、傍に居て自分の体を温めてくれるような、そんな人が欲しい……そんな、よく分からない弱気がまりもの中を吹きすさぶ。
ぎぃ、と屋上の扉が開く音が聞こえたのは、そんな時だった。
「ん……神宮司軍曹……?」
「……南部中尉?」
屋上の入り口に、夜でも生える赤いジャケットを着た男 ── 南部 響介が立っていた ──……