Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第7話 キョウスケと香月 夕呼

【西暦2001年 12月1日(土) 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 営倉から出たキョウスケは、呼ばれるままに香月 夕呼の研究室へと足を運んでいた。

 

 もう何度目かになる訪室。見慣れた室内には夕呼と社 霞の姿があった。

 入り口で敬礼をした後、夕呼が用意していた椅子へとキョウスケは腰かける。

 

「生還おめでとう。まずはそう言った方が良いのかしら?」

 

 デスクに座ったまま夕呼が口を開く。

 

「しかしまぁ、私の忠告を無視するは命令違反はするは、好き放題やってくれたわね。単機でBETAの密集地域に飛び込むなんて、はっきり言って正気を疑うわよ」

 

 キョウスケを非難する台詞が、ため息と共に夕呼の口から吐き出された。

 十中八九、彼女は呆れているのだろう。

 BETAの中での孤立=死。それはこの世界における不動の常識だとキョウスケも理解していた。そこに自ら単機で飛び込むなど、この世界の常識に照らし合わせれば愚の骨頂だと言える。

 実行するのは、狂人かただの馬鹿ぐらいだろう。この世界の住人なら、そう考えても仕方がない。

 

(だが、あの時は速やかに光線(レーザー)級を排除することが最重要だった。俺とアルトならそれができる。その確信はあった。だから実行した……無論、それが命令違反を肯定する理由として通用する訳がないがな)

 

 戦場での命令違反。その懲罰として、キョウスケは3日間の営倉入りを命じられた。

 命令違反に対する厳罰としては軽い部類だ。おそらく、夕呼が何らかの根回しをしたのだろう。

 訊いてみるべきだろうか?

 だがキョウスケの営倉入りは既に終了している。事実を明らかにする意味もない。そう考えて、キョウスケは夕呼に質問することをしなかった。

 

「何にしろ、生きて帰ってきてくれて良かったわ。アンタには訊きたいこともまだあるしね。それが何のことか、分かっているでしょう?」

「……ああ。大方、SRXたちの事だろう?」

「ご名答」

 

 微笑を浮かべながら頷く夕呼。

 

「単刀直入に訊くわ。あのロボットの残骸たちは、アンタの居た世界の物かしら?」

「ああ……そうだ」

 

 3日前の戦闘の終盤、目を覚ましたキョウスケの前に横たわっていた見覚えのあるロボットたち ── SRXにダイゼンガー、ビルトビルガーにファルケン、ズィーガーリオン……キョウスケがそれらを見間違えるはずもない。

 見間違えようもなく、それらはキョウスケの戦友たちに機体の残骸だったのだ。

 コクピットに大穴が空き機能不全に陥っていたが、確かに彼らの乗機だった。

 

「間違いない。俺が元いた世界、元いた部隊に所属していた友軍機だ。だが何故こんなことになっているのか、俺には皆目見当もつかない」

「本当に?」

「……ああ。正直、俺も戸惑っている」

 

 行方不明になったキョウスケを仲間たちが助けに来た。いや、流石にそれはないだろう。

 キョウスケのいた部隊は異空間への転移に巻き込まれたことや、別世界の侵略者と戦ったことはあっても、並行世界へと自在に転移する技術は確立していなかったからだ。

 さらにSRXたちの残骸は、明らかに何者かと戦闘で撃破された形跡が残っていた。特にコクピットに空いた大穴だけは、転移の影響で負ったダメージではないと言い切れる。

 事実を受け止めることはできる。

 だがそれだけだ。

 何故と問われ、返せる答えをキョウスケは持っていなかった。

 仏頂面で黙るキョウスケを見た夕呼は、

 

「そう。社?」

「…………」

 

 横目で霞を見た。霞はコクコクと首を縦に振る。

 それを一瞥した後、夕呼はさらにキョウスケに質問する。

 

「実はね、この残骸たちが出現した時に時空間振動を感知したのよ。それもアンタが現れた1回目のBETA新潟上陸時に感知したものに非常に酷似していた。これに関して心当たりはないかしら?」

「時空間振動……? ESウェーブのことか?」

「さぁね? 便宜上、私がそう呼んでいるだけで、アンタの言うESウェーブっていうモノと同じかは分からないわ。問題は時空間振動が起きた地点の中心に、2回ともアンタがいたってことなのよ」

 

 夕呼が言いたいことがキョウスケには理解できた。

 彼女は自分を疑っている。時空間振動、あるいは似た類の事象を引き起こす力がキョウスケにあるのではないか、と。

 超能力、またはそれに似た常識から逸脱した能力……確かに、キョウスケはそういうモノを知っている。だが、知っているだけだった。

 

「言っておくが、俺に特別な能力は無いぞ。確かに俺の世界には念動力と呼ばれる力は存在していたが、俺にはその力はない。俺はただの軍人だ」

「あらそう、残念ね」

「俺がその場にいたのは単なる偶然だ。俺に特別な能力はない。ただ悪運だけは強いと周りによく言われたが」

「悪運、ねぇ……」

 

 夕呼は少し考えた後に言う。

 

「……まぁ、いいわ。今はアンタに特別な能力はないし、少し悪運が強い程度ってことにしておきましょう。でも今は気づいていないだけ……実は隠された能力があるのかもしれないわね」

「……どういう意味だ?」

「そのままよ。結果の前には必ず理由や原因があるモノ。私も学者の端くれだからね、2回も起こった超常現象をただの偶然で処理してしまうのが嫌なのよ」

 

 夕呼の考えにキョウスケは少し共感を抱く。プロなら、起こった現象の理由を調べ対処するのは当然だろう。

 しかし、だからと言ってキョウスケに特殊な能力がある、と考えるのは少し飛躍しすぎている気もしたが。

 夕呼は話を続ける。

 

「白銀もアンタも、世界を越えた時点で普通とは言えないのよ。転移前に比べ変化が起こってない保証は何処にもないわ。

 同じ時間軸を繰り返している白銀の基礎体力なんかが良い例よね。白銀の場合、転移と言うより時間跳躍(タイムリープ)と表現する方が正確なんだろうけど、開始地点に遡ることで肉体年齢が若返っているにも関わらず、基礎体力は跳躍前のままだったらしいわ」

「時間跳躍しているのなら、基礎体力がそのままなのは自然なのではないか?」

「肉体年齢も若返っているって言ったでしょ。白銀の場合、体をそのまま持ってきているのではないわ。例えるなら、ビデオテープの巻き戻しと同じように時間を遡っているのに、開始地点での強さだけが巻き戻す前と違っていた……上書きされた、と言ってもいいわ」

 

 武の体の変化を聞かされ、キョウスケはにわかに信じられなかった。

 転移者と接触する機会は今まで何度もあったが、転移による変化があったと聞いたことはない。特殊な能力を持っている者は元々持っている者だったし、機体も元々そういう機能を持っている物だったからだ。

 だがキョウスケの脳裏に愛機 ── アルトアイゼン・リーゼの姿がよぎる。

 外見は変わっていない。機能も同じだ。しかし3日前のBETA新潟再上陸の際、決定的に何かが違っていることを実感してしまっていた。

 

(……アルトにマシンセルのような再生能力は備わっていない……)

 

 MLRS爆撃の後、無傷だったアルトアイゼン ── 機体に変化があったのなら、搭乗者に変化があっても不思議はない。

 成長する不安がキョウスケの心の隅に巣食っていた。

 

「氷山の一角という言葉があるわ」

 

 夕呼が言う。

 

「見えないだけで、海面下には大きな氷の塊があるかもしれない」

「博士はそれが今回の転移現象の原因だと言いたいのか?」

「勘、なんだけどね。まったく……勘なんて私らしくもない。変な事ばっかりで嫌になっちゃうわ」

 

 夕呼は苦笑を浮かべていた。

 この世界の技術水準は、おしなべてキョウスケの世界のそれより低い。転移してきたSRXの残骸たちに使われている技術が凄いとは分かっても、それを構築する基礎理論をすぐに理解することはできないはずだ。理解するには時間がかかるだろう。

 夕呼はそれを1人でやろうとしているのだろうか? ふと、そんな疑問が首を持ち上げた。

 協力者はいるだろう。だがキョウスケの中で香月 夕呼のイメージは孤独だった。いつも1人で研究し、肩を並べて進んで行く者がいない。討論し、思考をより高め合える対等の学者がいなかったのだろう。

 それは寂しいことだとキョウスケは感じた。

 だからと言って、キョウスケが夕呼の分野でできる事などたかが知れていたが。

 

「さてと、次はあの残骸たちについて教えてくれるかしら?」

 

 夕呼がキョウスケに訊いてきた。

 そうだな、と呟いた後キョウスケは夕呼に質問に答えていく。

 技術の基礎理論から始まり、運用方法、使われている素材など……キョウスケは知っている事を全て夕呼に伝えた。本来なら軍事機密であり、罰せられることだろう。しかしそれは残骸から情報をサルベージしていけば何時か分かる事だと判断し、キョウスケは話すことにした。

 時折、夕呼は霞の方へ視線を向け、互いにアイコンタクトを取っていた。それが何を意味するのかキョウスケには分からない。

 請われるままにキョウスケは情報を提供した。だが同時に夕呼から情報を引き出す。特に気になっていた事は愛機アルトアイゼンの事だった。

 

「アルトアイゼンは地下格納庫に収納、そこで精密検査をしているわ」

 

 検査の結果、アルトアイゼンの状態に問題はないとのことだった。

 装甲は無傷、駆動系や制御システムに変化もみられていない。戦闘で消耗した弾薬の代えは現在手配しているらしい。

 ただ、傷だらけだった装甲が回復した理由は判明していなかった。

 

「アンタには悪いけど、アルトアイゼンはもう少し検査させてもらうわ。構わないわね?」

「ああ、よろしく頼む」

「次に聞きたいのはテスラドライブについてなんだけど ──」

 

 しばらくの間、キョウスケと夕呼は情報を交換しあった。

 夕呼はキョウスケの世界の技術を積極的に理解し、取り込もうとしている。技術の革新は、この世界に新たな火種を生むことになるかもしれない。不用意に異世界に干渉するべきではない……キョウスケも理解はしていたが、たった1人ではどうしようもなかった。

 夕呼に良い様に扱われている実感はあった。

 しかし元の世界に帰る手段は今の所見つかっていない。

 夕呼の傍にいる方が、元の世界に戻れる可能性が高いように思えた。

 

「それはそうと、話が変わるんだけど」

「なんだ?」

「アンタ、元の世界に帰りたいのよね?」

 

 唐突な話題にキョウスケは驚きを隠せなかった。

 一瞬思考が止まる。元の世界、確かに夕呼はそう言った。

 キョウスケの答えは決まっている。

 

「勿論だ。俺は望んでこの世界に来た訳ではないのだからな」

「そうよねー。でさ、今、白銀と一緒に転移装置を開発しているだけど、アンタも協力してくれないかしら?」

「なん、だと……?」

 

 キョウスケは耳を疑った。

 

「転移装置? それは本当なのか?」

「まぁね。こんな事、嘘ついても仕方ないじゃない。本当よ」

 

 耳に馴染む懐かしい言葉に、キョウスケは胸を躍らせた。 

 転移装置 ── 文字通り、世界の壁を飛び越え別の世界に転移するための装置のことだ。夢物語のような機械だが、キョウスケの世界ではシャドウミラーという転移装置を作り上げた実例が存在しており、不可能ではないことは証明されていた。

 この世界の技術で作ることができるのか?

 疑問が真っ先に湧き上がるが、夕呼が言うのだから可能なのだろう。

 

(帰れる、のか……)

 

 エクセレンや仲間たちの元に戻れる。戻れるかも ── あくまで可能性だった願望が一気に現実味を帯びたのだから、キョウスケは喜びを覚えずにはいられなかった。

 

「転移装置は白銀にある物(・・・)を回収してもらうために作成しているけど、完成したらアンタを元の世界に送ってあげてもいいわ」

「そうか。ならば協力しよう……だが、条件はなんだ?」

 

 夕呼が無償で人助けをするとは、キョウスケにはとても思えなかった。

 

「条件は……そうね、もしアンタが無事に帰れたなら、いつかアンタの仲間たちと一緒にこの世界を救いに来て欲しい……これでいいかしら?」

「……もう1度、この世界に来れるとは限らんぞ?」

「そうね、でもアンタが元の世界に帰れるとも限らないわ。いえ、むしろ成功する可能性の方が低い。でも成功し、アンタが仲間たちを連れてきてくれれば、一気にオリジナルハイヴを攻め落とすことだって容易だわ。

 タラレバで物を語るなんて私らしくないけど、成功すれば一発逆転の大博打のようなものね」

 

 自嘲するような薄笑いを浮かべ、夕呼はため息をついた。

 

(そう、転移が成功する保証はどこにもない)

 

 シャドウミラーも転移の際に多くの部隊を失っていた。転移には危険が伴うものだ。元の世界に辿りつくことなく死んでしまうかもしれないし、全く関係ない世界に飛ばされてしまうかもしれない。

 だが成功すれば、キョウスケは元の世界に帰ることができる。

 エクセレンと仲間たちの元へ ── 自分の居場所へと帰ることができる。

 客観的に考えて、その可能性は低いだろう。確率の薄い所を引かなければ、キョウスケは元の世界に辿りつくことはできない。

 無謀と言える。

 しかしキョウスケにとってはいつものことだった。

 

「その賭け、乗らせてもらおう」

 

 キョウスケは迷うことなく答えた。

 夕呼はやはり微笑を浮かべながら言う。

 

「分かったわ。今日の1700、またここに来て頂戴。それまでは……そうね、伊隅のところにでも顔を出していると良いわ」

「伊隅大尉か、そうだな。迷惑を掛けた詫びは入れねばならんな」

「それが良いわ。あと不知火・白銀の改修作業もしているから、怪しくない程度に助言してあげて」

「了解した」

 

 夕呼の言葉に頷くと、キョウスケは席を立った。

 転移装置の実験予定は1700からだ。まだかなりの時間がある。研究室を後にしたキョウスケは、「A-01」専用の格納庫へと向かうことにした。

 


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