Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【12時41分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】
遥が警告を発する数分前 ── 4つの
BETAを押しのけ快進撃を続けるアルトアイゼン。しかし敵側の警戒が強くなっているのか、キョウスケは光線級集団を潰すごとに迎撃の手数が増えるのを感じていた。
その殆どは
始めの
とうとう、コクピット内に残弾が2割を切ったことを示す警告が表示された。
(本来なら、ここらが補給に戻るタイミング ── 潮時、といった所だが……!)
アルトアイゼンは、光線級集団との距離を残り500にまで詰めていた。もう目と鼻の先だ。
キョウスケはまりもの講義、そして出撃前のBETAのデータを思い返した。
光線属種を除けば、およそBETAに対空戦力というものは存在しない。前情報通り光線級集団が5つなら、強引にでも距離を詰め仕留めれば、少なくともこの盆地上の制空権だけは取り返せるはずだった。
なら、キョウスケが躊躇する理由はない。
(前進が生き残るための最善の手か! どの道、戻ったところで突撃砲以外の補給の目途は立たん……!)
残弾表示を一瞥した。
5連チェーンガンはおよそ1斉射分、アヴァランチ・クレイモアは全力射撃で残り1、2回分と言った残量しかなかった。
(今回の実戦で体感したことだが……BETA、特に小型種には連射系火器が有効だ。速やかに光線級を排除するため、チェーンガンは温存しておきたい所だ……なら!)
キョウスケはコンソールを操作し、武装を選択する。
アルトアイゼンが呼応して、腰部ウェポンラックに収納されていたビームソードを手に取った。リレーのバトンを思わせる筒の先端から、光が伸び、煌めく刀剣を形作る。
ビームソードを持った左腕を振るった。
アルトアイゼンの背後を取ろうとしていた要撃級が、バターのように裂け、血しぶきを上げながら沈黙した。
「問題ないな。最後の詰めだ。頼むぞ、アルト!!」
光線級との距離を詰めるため、目の前の敵をビームソードで薙ぎ払い、前へ進む。
しかしBETAも必死なのか、これまでにない物量がアルトアイゼンを包囲し始めていた。中にはキョウスケが見たこともない、巨体を誇るBETAも確認できる。
さっさと光線級を撃破して、空を飛んで退散するのが最良だろう。
と、その時 ──
── 地上から空中に向け、無数のレーザーが照射された。
それは光線級の対空迎撃の光だった。
ひやりと、キョウスケの額に汗が冷たく流れる。
(まさか
迎撃されたミサイル弾は空中で爆散し、どす黒いモヤとなって戦域内を包み込んでいく。砲撃は光線級によって次々と無効化され、加速度的にモヤは広がって行った。
重金属雲。
そう呼ばれるそのモヤに、アルトアイゼンも飲み込まれた頃、CPから通信が入ってきた。
『── ら ── P! ─── リ ──、── よ!』
「こちらヴァルキリー0! 良く聞こえない! もう一度、言ってくれ!!」
『────! これ──、──── 砲撃 ───── 域 ─── 脱せ ───!』
「よく聞き取れない! もう一度言ってくれ!」
聞こえてくる声は「A-01」のCP将校、涼宮 遥中尉のもので間違いなかった。
途切れ途切れの通信は繰り返される。
破片となった言葉と先ほどのミサイル弾から、キョウスケは自分の置かれた状況を瞬時に察した。
(光線級が漸減したことでMRLS部隊の完全展開を待たず、砲撃を早めたか……どこのどいつか知らんが、やってくれたな……!)
端的に言えば、キョウスケは切り捨てられたのだ。
戦術機が単機でBETAに包囲され孤立すれば、まず生きて戻れない。この世界の常識に疎いキョウスケでも、それはまりもの講義や自力で調べた資料などから承知していた。
それに砲撃開始が早まれば、それだけ友軍の被害も少なくなるだろう。
理屈は頭で理解できるが、納得できるかどうかは別問題だった。
(重金属雲の展開は、本格的なMLRS砲撃の前準備だったはず! ならば、その前に光線級集団を殲滅し、離脱してみせる! 俺とアルトを舐めるなよ!!)
光線級集団まで残り距離200 ── 眼前に、要撃級が群れをなして邪魔をしてくる。
1体をリボルビング・バンカーで撃ち抜いた。四足に支えられている胴体に風穴が空き絶命、死骸を他の要撃級に叩きつけ、ビームソードで斬り捨てた。
一瞬で2体の要撃級を始末したキョウスケだったが、タイムリミットが迫っている中、格闘兵装のみで残り10数体を相手にするのは些か効率が悪すぎる。
「雑魚どもが……! 仕方ない、
キョウスケはアルトアイゼンを前進させながら、アヴァランチ・クレイモアを発射した。
火薬入りのベアリング弾が、柔らかい要撃級の肉に食い込み、内部で爆ぜる。正面の要撃級のみ細切れの肉片に変えながら、残骸はアルトアイゼンの巨体で弾き飛ばしながら突撃する。
数秒後、
しかしアルトアイゼンの双眸は既に光線級集団を捉えていた。
光線級の黒い円らな瞳と視線が合ったのも束の間、キョウスケが引いたトリガーによって、チェーンガンによる掃射が始まり、10秒以内に殲滅は完了した。
同時に2度目の警告表示。
【左腕5連チェーンガン 残弾ゼロ】 ── アルトアイゼンが使用できる内蔵火器は、これでリボルビング・バンカーが残るのみとなる。
キョウスケは光線級集団の死骸の上にアルトアイゼンを着地させ、CPに通信を入れた。
「こちらヴァルキリー0! 光線級吶喊、完了! 繰り返す、光線級吶喊、完了!」
『─── りだ ──』
「やはり駄目か……! 仕方ない、ヴァルキリー0、これより離脱を開始する!」
重金属雲の展開中は電子機器に障害が出る。金属粒子で出来た雲が、電波を乱反射してしまうためだ。索敵機能も100%の能力を発揮することはできないようだ。
重金属雲展開の最大の目的はレーザー威力の減衰だが、光線級集団が壊滅してしまっては、通信機能を妨害する邪魔者以外の何者でもなかった。
キョウスケはTDバランサーの出力を調整、バーニアを噴かせてアルトアイゼンを浮き上がらせた。
アンバランスな機体の重心制御が目的のTDバランサーだが、重力制御出力を最大にすれば、短時間ならアルトアイゼンでも飛行ができる。
もちろん、常時飛行できるヴァイスリッターに比べれば、お粗末な代物かもしれないが、BETAの攻撃の届かない高度を取る程度なら朝飯前だ。
浮遊したアルトアイゼンの眼下にBETAが群がってくる。要撃級が前腕を伸ばしてくるが、アルトアイゼンにはかすりもしない。
(この世界の人間が、光線級殲滅を最優先にする理由がよく分かるな。対空能力を持つBETAが光線級しかいないのは、こちら側の人類にとって僥倖と言える)
蠱毒壺の毒虫の如く蠢くBETAを尻目に、キョウスケはアルトアイゼンの進路を盆地辺縁へと向けた。
(そろそろ、AL弾頭からの換装が終了する頃合いか? 展開終了した部隊も加わり、本格的なMLRS砲撃前に戦域外に退避したい所だな)
砲撃はBETAが密集している中央部 ── アルトアイゼンがいる近辺と、辺縁の味方部隊への支援砲撃の2つに大きく分かれるだろう。アルトアイゼンの最大戦速なら、最悪でも中央密集部からの脱出は可能だと、キョウスケは踏んでいた。
背部メインブースターに再び火が入り、アルトアイゼンが前進を開始する ──── しかし、その鼻先を押さえつけるかのように、アラーム音がキョウスケの耳を劈いた。
直後、右側面からの強烈な衝撃 ── 踏ん張りの効かない空中に居たため、アルトアイゼンは容易に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「くっ……!?」
不意の衝撃に持っていかれそうになる意識を繋ぎ留め、キョウスケは状況を確認した。
(ダメージチェック……ッ!? 右TDバランサー及びウィング破損だと!? リボルビング・バンカーに
コンソール上のダメージを表示するボディアイコン。TDバランサーが内蔵されている右肩部側面が赤く染まっていた。空力制御のために展開するウィング部分に至っては黒で、圧し折れてしまったか、完全に欠損していることを示している。
脆い部分とはいえ、アルトアイゼンの部品を破壊する程の破壊力。MLRS砲撃はまだ始まっていない……なら、攻撃してきたのはBETAということになる。
下手人はすぐに割れた。
恥ずかしげもなく、そのBETAは圧倒的な巨体をモニターに映していたからだ。
「あれは……
蜂のような下腹部に、芋虫のような胴体、そこから鋭角な8本の足が生えているBETAだった。その全長はアルトアイゼンのゆうに倍以上はある。光線級吶喊中にも見かけたが、動きが緩慢だったため無視していたBETAだった。
要塞級BETAの下腹部から長く太い触手が伸びており、その先の衝角からはドロリとした液体が分泌されていた。うねうねと空中で蠢いていたが、目測で触手の長さはおそらく50mはある。
空中浮遊していたアルトアイゼンは、要塞級の
「俺としたことが油断した……! 勉強不足は否めんが、ふざけた隠し玉だ…………囲まれたようだな」
重金属雲で機能障害を起こしているが、機体周囲の情報程度はレーダーが拾ってくれる。正面に要塞級が2、全周に要撃級が30以上、戦車級は数えることを諦める程度には多数存在していた。
キョウスケはアルトアイゼンを立ち上がらせたが、TDバランサーの1機が破損したためか、動きにぎこちなさを覚える。下手な操作を入力すれば、即転倒してしまいそうにすら思えた。
(……だがアルトの推力を駆使すれば、重力を打ち消し、直進だけは出来る筈だ。もっとも、TDバランサーの補助が半減した以上、文字通り曲がれそうにはないが……問題は、あの要塞級の触手だな)
唯でさえ鈍重なアルトアイゼンの柔軟性がさらに損なわれたのだ。おそらく、加速し空中に浮き上がるまでの時間で、要塞級の触手による妨害が入るのはほぼ間違いないだろう。
要塞級が邪魔だ。
キョウスケはアルトアイゼンに残されている、自身が最も信頼している内蔵火器を武装選択する。
ガチンッ、と音を立ててリボルビング・バンカーの撃鉄が上がり、シリンダーが回転した。
「いいだろう。邪魔をする者は、何であろうと撃ち貫くのみ……!」
右腕部を構え、アルトアイゼンは大地を蹴った。
キョウスケとアルトアイゼンは、要塞級の巨躯に向けて突撃していく。