Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
この話は原作にないオリジナル展開です。
けたたましい警報は鳴りやんだが、基地内は慌ただしさを増していく。
戦術機ハンガーでも整備兵が走り回り、罵声が飛び交っていた。
非常事態の内容をキョウスケは知らなかったが、それだけの大事が起きていることは間違いない。
(できれば、こちらの世界の戦争に介入したくはなかったが……)
キョウスケという楔により、この世界が本来歩むべき未来が狂ってしまうかもしれない。
いや、あるいは既に……そこでキョウスケは考えることを止めた。
起こってしまった以上、対処はしなくてはならない。
元の世界に帰るまで、この世界で生き延びるために。
キョウスケは戦術機ハンガーから飛び出していく ──……
Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~
第6話 赤い衝撃
【西暦2001年 11月28日(水) 10時22分 国連横浜基地 ブリーフィングルーム】
……── 横浜基地に
基地と名がつく以上、横浜基地には戦うために必要な環境はすべて整っている。
ブリーフィングルーム ── 俗に言う作戦会議室も当然用意されており、現在発生している非常事態に対する処置が検討されているはずだった。
はず、というのも妙な話だが、キョウスケはこの世界に転移してから一度も出撃したことがない。状況説明から作戦概要、部隊布陣の確認……自分の世界で行われていたそれと似た展開になるとは思っているが、何分、経験が無いので断言ができなかった。
「失礼する」
弾む息に乗せて言葉を吐き出すと、キョウスケは自動扉を潜ってブリーフィングルームに足を踏み入れた。
正面には多目的スクリーンが設置され、それに向かうように個人用のデスクが多数置かれ、横浜基地の制服を着た女性たちが座っていた。
人数は8人。総じて若い。中には武たちと同年代に見える少女の姿もちらほらと見受けられた。
「ちょっと、部外者は立ち入り禁止よ!」
水色の髪をした気の強そうな女性が、キョウスケを怒鳴りつけて来た。
おそらく、横浜基地の制服ではなく、愛用の赤いジャケットを着込んだキョウスケを見て余所者だと思ったのだろう。あるいは防衛基準態勢2の発令で気が立っているのかもしれない。
防衛基準態勢2 ── キョウスケの世界で言うなら、第2種戦闘配置に該当する。いわゆる戦闘準備中の事を指し、いつ臨戦態勢に移行しても対応できる状態だった。
気が荒くなるのも無理はない。
「落ち着け。俺は香月博士の命令でここへ来た、それより伊隅大尉は何処にいる?」
「大尉はもうすぐ来られるわよ! ……って、あれ? アンタって確か……」
今にも掴みかかってきそうな勢いだったが、女性は何かを思い出すかのように手を顎に当て、思い出したのか、これまた手拍子を打ってこう言った。
「アンタ、確か南部 響介でしょ? あの赤い戦術機乗りの」
「そうだが……すまんが、何処かで会ったことがあったか?」
「ちょっと! いくら顔合わせしてないからって、それは酷くない! 1週間前に模擬戦やったじゃないの!」
「模擬戦……?」
忘れたくても忘れられない。
女性が言っているのは、キョウスケが目覚めた翌日、アルトアイゼンの長所を全て封じる設定で行われた廃墟ビル群で実施した模擬戦のことだ。
1機はA-01隊長の伊隅 みちるが搭乗していた。
もう1機は、相手の数を減らすために、速攻でキョウスケが仕留めてそれきりだったことを思い出す。
「思い出したみたいね」
女性はやはりあの時の不知火に乗っていた衛士らしく、忌々しそうにキョウスケをねめつけていた。不意打ちでかたを付けてしまったため、もしかしたら根に持っているのかもしれない。
「私の名前は速瀬 水月。コールサインはヴァルキリー2、あの時は非常識な手でよくもやってくれたわね。ビルの壁を突き破ってくるなんて、ホント、信じられない……!」
「そうか? 戦場で不意打ちなど、別に珍しくもないだろう」
「既存の戦術機であんな芸当できる訳ないでしょう!」
速瀬と名乗った女性は言うように、不知火の耐久力では高速でビルにぶつかれば、ビルを抜けることができても機体コンディションに悪影響が出かねない。
故にあの奇襲は堅牢なアルトアイゼンならではモノと言えなくもないが、今はそんなことはどうでも良かった。
「俺は香月博士の命で『A-01』に臨時編成されることになった南部 響介だ。よろしく頼む」
「なっ? 大尉が言っていた補充要員って、アンタの事だったの!?」
「ああ、そのようだな。では、大尉が来るまで待たせてもらうぞ」
キョウスケはデスクに座りみちるを待つことにした。すれ違いざまに速瀬の階級章を確認した。階級は中尉、キョウスケと同じ権限を持っているのが分かる。
座る前に残りの面々の階級章を一瞥したが、キョウスケと速瀬以外に中尉は1人居るだけで、他は全て少尉だった。
武と同年代と感じた少女たちは全て少尉で、任官してから左程間が経っていないように思えた。
数分経過して、みちるが1人の女性士官(階級は中尉)を伴ってブリーフィングルームにやって来た。
「全員揃っているな。これより状況を説明するが、その前に伝達事項が1つある」
みちるがキョウスケに視線を向けてきた。
暗に起立しろ、と言われていると察したキョウスケは、椅子から腰を上げる。ブリーフィングルーム内の視線が全てキョウスケに向けられた。
「彼の名前は南部 響介。本作戦より我が部隊に臨時編成されることになった、近接戦闘のエキスパートだ。ハンガーにある見慣れない赤い戦術機、皆も見覚えがあるだろう? 彼はその戦術機の専任衛士だ」
「南部 響介だ。改めてよろしく頼む」
みちるの説明に室内の隊員たちがざわめく。あの戦術機の……いかつい肩した奴だよね……ああ、あの赤い一本角の……隊員たちは口ぐちに感想をもらす。
しかし速瀬だけは反応せず、
「静かにしろ! 大尉のお言葉の最中だぞ!」
と隊員たちを一喝。途端に騒ぎ始めていた空気が、しん、と静まり返る。
みちるは咳払いをして続けた。
「見ての通り彼の階級は中尉だ。コールサインはヴァルキリー0、
「はっ!」
「では涼宮中尉、頼む」
速瀬が間髪入れずに返答を返し、みちるは連れて来た女性士官に指示して、前方スクリーンに戦術情報を表示させた。どうやら涼宮と呼ばれた女性は情報士官か何からしい。
スクリーンには佐渡島から、横浜近辺まで写っている日本地図が表示された。
「状況を説明します」
涼宮が機器を操作すると、地図に色分けされたラインと文字、戦力単位が表示される。
佐渡賀島と新潟の海岸線の間に「第一次防衛線」と明記されたブルーラインが引かれ、陸地に「第二次防衛線」と書かれたイエローライン、さらに内陸に「北関東絶対防衛線」と目を引く文字とレッドラインが引かれていた。
H21と表記された佐渡島の光点から、太い赤色の矢印が新潟へと伸びていた。
涼宮が画面の操作を続けながら、続ける。
「本日0750、佐渡島ハイヴから出現したBETAの大規模集団が海底を南下、帝国海軍が防衛する海防ラインを突破した敵は、同0818、新潟へと上陸し帝国軍第12師団と接敵しました」
赤い矢印がブルーラインを越え、新潟で中隊規模で表示されている三角マークと接触していた。
まりもの講義でBETAは海底を進軍するのは知っていたが、中々の進撃速度だった。まるで海軍の迎撃がほとんど通用していないように思える。
「ですが海軍、12師団共に11月11日のBETAの新潟上陸での補充がまだ不十分であったため、第12師団は敵の約4分の3を残し壊滅。BETAの物量と増援の遅れから戦線が瓦解 ──」
赤い矢印 ── BETA群と接触していたマークが消え、イエローラインを越えていた。各基地から出撃したと思われる増援が、BETA群を追撃する形を取っている。
自分が発見されたという11月11日に発生したBETAの大規模侵攻。それは武の経験から予め防衛線を張っていたため、水際で抑え込めたと聞いていたが、その分大量の弾薬を消費したに違いない。
特に海底侵攻するBETAへの爆雷攻撃は、侵攻ライン上に戦艦を配置できた分、十分に行われた事は予想に難しくない。おそらく、海防ラインを易々と越えられたのも艦隊の配置が遅れたことに加え、弾薬の消耗が大きな一因になっているだろう。
「── 残りBETA群は散開し内陸部に侵攻、帝国軍第14師団の追走間に合わずこれをロスト。そして10分ほど前、分散していたBETAが再集結し、八海山の北西10kmの地点に到達しました。このまま侵攻を許せば、絶対防衛線を越えてくるのはほぼ確実です」
画面上でBETAは絶対防衛線 ── レッドラインの目前に迫っていた。
各部隊がBETAの鼻先を押さえようとしていたが、戦力を4分の3残し、勢いがそのままなら確実に防衛線は突破されるだろう。
画面に表示されている戦力だけでは、今回のBETAの侵攻を阻止するには戦力不足なのが目に見えていた。
「戦線の維持が困難と判断した帝国軍政府は国連軍に支援を要請、当方はこれを受託、出撃の運びとなりました。現在、帝国軍は第二次防衛線 ── 越後山脈を越えたBETA群を関東山地側に誘導しようと苦心しています」
(山地側……何故だ?)
「山地周辺にある盆地にBETAを足止めすることが、今回の作戦の第一目標となります」
足止め。その言葉にキョウスケは疑問を感じた。なぜ、殲滅ではないのか、と。
答えはすぐに画面に表示された。
各基地から
「帝国軍は、盆地で足止めしたBETA群に対し、近隣基地からの大規模MLRS群を使った飽和射撃による殲滅を想定しています。最悪の場合、リスクを承知した上での空爆も辞さない、とのことです」
再び、室内がざわめきだした。
長年BETAと戦ってきた世界のMLRSだ。BETAに打撃を与えることのできる兵器に仕上がっているのは疑う余地もないが、MLRSは非常に高価かつ広範囲を焼き払うため、あまり好んで使われる代物ではない。
しかも飽和射撃ということは、攻撃範囲が一定範囲を埋め尽くすように、必要以上の弾薬をばら撒き続けることを意味する。キョウスケの世界の兵器で例えるならMAPWの連続爆撃ような物だった。
(帝国軍と国連軍の戦術機を結集し、支援砲撃を交えながらでも殲滅できるのではないか?)
キョウスケの疑問は、速瀬が代わりに訊いていた。
「質問があります。足止めし、支援砲撃を交えて漸減して増援を待てば、殲滅も可能なはずです。国土を焼き払う必要があるのですか?」
「残念ながらな。あるんだ、今回は」
速瀬の質問に答えたのは涼宮ではなく、隊長であるみちるだった。
みちるの返答に何かを察したのか、速瀬の顔色が濁った。
「……大尉、まさか?」
「ああ、そうだ。衛星映像でBETA群の中に
光線級。その単語に部隊内が騒然となる。
「そんな!
「どなるな速瀬。BETAの行動は予測不能だ。前回光線級を投入せず、今回投入してきた理由など、所詮BETAにしか分からないさ」
「そ、それはそうですけど……」
「兎に角、衛星映像で少なくとも100単位の群れが、5つは確認された。要するにだ、中途半端な支援砲撃など、全て撃ち落とされてしまうということさ。
援護が全て無力化される中、この規模のBETA群を戦術機だけで完全に足止めし続け、尚且つ殲滅するなど希望的観測と言わざる得ないだろう。時間をかければ疲弊し、絶対防衛線は必ず突破される。だから帝国軍は決定したのさ。
AL弾頭による重金属雲展開後、MLRSによる飽和射撃でケリを付けるとね。それで無理なら次は空爆だそうだ……もっとも、MLRS攻撃で光線級が殲滅できていなければ、爆撃機も撃ち落とされてしまうでしょうね。でも、それでも、絶対防衛線だけは抜けさせるわけにはいかないのよ」
絶対防衛線の内側には、日本国民が生活している居住エリアが幾つもある。
絶対防衛線の突破はすなわち、即、日本国民の蹂躙に繋がると考えていいのだ。人のいるエリアに入られる前に決着をつけたい。帝国軍が下した結論にも、納得せざるを得ない部分があるのは間違いなかった。
「MLRSによる飽和射撃が、戦力集結が間に合っていない現時点では最も有効な手であるのは間違いない。例え非効率だとしてもね……それとも、本格的なMLRS攻撃が始まる前に、私たちでやってみると言うの ──」
みちるは重々しく呟いた。
「──
部隊のざわめきが一気に静まり返った。
今は亡きドイツの母国語で表されたその言葉は、簡単に言えば戦術機で光線級を殲滅することを意味する。
概念としては戦術機が完成した頃からあったが、特に名前として知られるようになったのは、西暦1983年に行われた「
当時滅亡の危機に瀕していた東ドイツの一中隊が、大規模なBETA群の中を掻い潜り、光線級の集団を殲滅したことにより作戦は一応の成功を見た。東ドイツ最強と英雄視されたその中隊が、光線級殲滅という意味で用いていた言葉が
光線級吶喊。
言うは易し、行うは難し。
教本では殆どの場合、光線級はBETA集団の最奥部におり、周囲は多数のBETAに守られているとされていた。幾千、幾万にもなる物量を誇るBETAの攻撃を捌きながら、敵中央部に吶喊し、光線級を狩り離脱する。
成功すれば光線級による対空防御を無力化でき、爆撃やMLRS攻撃で地を這うしかできないBETA群を一方的に攻撃できるのだが……それは成功すればの話だ。
熟練の衛士でも失敗することが多い、とキョウスケは講義の後でまりもに聞いたことがあった。
「A-01」の面々に目を馳せる。
中尉級のメンツはそれなりの修羅場を潜り抜けてはいるだろう。しかし少尉の少女たちはおそらく任官してあまり時間が経っていないのか、不安が表情に滲み出ていた。
(この部隊では無理……いや止めた方が無難だな。ベテランは兎も角、新人に多数の死傷者がでるのは想像に難くない)
みちるもキョウスケと同様の結論に至ったようで、隊員たちに向かって言った。
「この部隊にはヒヨコどもがまだ多い。私はまだお前たちを失いたくはない」
「隊長……」
誰でもなく、小さな声が漏れていた。
みちるは一拍の間を置いて、隊員たちに力強く言い放つ。
「だから、今回はBETAの足止めに全力を注いでくれ。いいか、決して無駄死にはするな! 各員、隊規宣誓!」
みちるの命に、各隊員が応える。
「「「「「「「「「死力を尽くして任務にあたれ!!」」」」」」」」」
「「「「「「「「「生ある限り最善を尽くせ!!」」」」」」」」」
「「「「「「「「「決して犬死にするな!!」」」」」」」」」
一糸乱れぬ返答にみちるは強く頷いた。
「よし、必ず生きて戻って来るぞ! いいな!」
「「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」
「では、本参戦での配置の説明に移る ──」
みちるの口から作戦での役割分担が語られていく。
「A-01」の隊規宣誓を聞き、キョウスケは元の世界に戻るため、必ず生還することを再び胸に誓ったのだった。
その2に続きます。
<以下、もしかしたら原作と違うかもしれない点>
BETAの大規模侵攻が一か月に2度もそうそう起こらないと仮定して、話を書いています。
地理は苦手なので、関東山地周辺に盆地が本当にあるのかは不明です。あると仮定して書いています。
みちるが帝国軍はともかく国連軍なので、レーザーヤークトという単語を使うこともあるだろうと考えて書いています。
本格的な戦闘勃発はまだ先になります。
ちなみにBETAは「Beast of Effective Terrible Action」の略です(嘘)