Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【???】
思考がもやもやとしてまとまらない。
体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が
「さぁ、
緑色のバンダナを頭に巻いた少年 ── タスク・シングウジが勝ち誇った顔でキョウスケを見つめてくる。その手元には5枚のトランプカード。余裕綽々の笑みがカードの強さを自負しているようで、妙に腹が立つ。
夢の中とはいえ、キョウスケは自分がタスクが何をしているのかすぐに合点がいった。
賭けポーカー。
夢の情報がキョウスケの頭の中に流れ込んできた。
十戦全敗。まさにオケラ直前の崖っぷちにキョウスケは立たされている。なけなしの財布の中身で最後の勝負に挑んでいる最中のようだった。
もちろん、2ペアや3ペアでは本日絶好調のタスクには勝てないだろうし、勝っても負け分を取り返せないだろう。
だがキョウスケは崖っぷちには滅法強い。
「いいだろう。これが俺の手だ」
テーブルの上にカードを提示するキョウスケ。
カードの内容はダイヤの2、3、4、5、6 ── ストレートフラッシュ。
まず勝てる、最強クラスの役だった。
「やるなキョウスケさん! だが今日の俺は超ラッキー!」
タスクがカードをテーブルに叩きつける。
カードの内容はハートの7、ダイヤの7、スペードの7、クラブの7 ── そして
「あっ、驚天動地のファイブカードたぁこのことよ!」
「なん、だと……?」
「キョウスケ中尉、
役の倍率が高すぎて賭け金を支払えなかったキョウスケはオケラとなり、愛機であるアルトアイゼンを質に入れるとか入れないとか言う流れになり、恋人のエクセレンに滅法怒られ、紆余曲折の内にこの日の借金は完済したのだった。
そんなこともあったな、と。
あまり良い気分でないまま、夢から引き上げられる感覚をキョウスケは味わっていた。
Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~
第5話 開発、新OS
【西暦2001年 11月23日(土) 6時15分 国連横浜基地 キョウスケ自室】
「……夢の中までオケラとは、最近は夢見まで悪くなったようだな」
布団を畳みながら、キョウスケは独り言を呟いていた。
きっと、悪夢を見た理由は、昨晩夕呼の鉄拳で頭をシェイクされたからに違いない。女性のものとは言え、全力のグーパンチが頬を直撃したため、今も鈍い痛みが少し残っていた。
早朝だが、悪夢のせいかキョウスケの目はすっかり冴えている。
今日からしばらくの間、キョウスケの仕事はまりもの補佐を行うことになっていた。自分の不注意で驚かせ、負傷する切っ掛けを作ってしまった以上無下に断ることもできない。
午前中は座学、午後は訓練生の戦術機適正検査を行う予定と聞かされている。
「急ぐか。点呼に遅れては示しがつかん」
起床ラッパが鳴る前に部屋でシャワーを済ませた。愛用の赤いジャケットを身に着けて、まりもの部屋へと向かうのだった。
●
【13時00分 国連横浜基地 シュミレータールーム】
午前の座学は、昨日、キョウスケが講義を受けた教室で行われた。
まりもの右手首には包帯が巻かれており、キョウスケは座学用の資料その他を運ぶのを手伝わされた。まりもは丁寧に指示を与えてくれたが、言葉の調子が昨日と違いややキツイ印象を受けた。怪我をさせてしまったのだから仕方がない、とキョウスケは素直に従い仕事をこなす。
教室で207訓練小隊の面々に紹介を終えた後は、主にプロジェクターの操作(黒板の裏に設置されていた)を担当しながら講義に聞き耳を立てていた。
手伝いと言っても講義をするのはまりもな訳で、キョウスケにそこまで重労働が科せられることもなく、むしろまりもの手伝いは転移3日目の彼にはありがたい仕事とも言えた。
何しろ、座学を傍聴することで、この世界の情報を知ることができるからだ。昨日もまりもの講義を受けたキョウスケだったが、たった半日の講義で全てを熟知するなど土台端から無理なのだ。
キョウスケにはこの世界の情報がまだまだ不足していた。
推測にすぎないが、夕呼もその辺りを考慮して、まりもの手伝いという仕事をキョウスケに与えたのかもしれない。
(火星でのBETAとの遭遇、月面戦争、BETA着陸ユニットの落着から二十数年……ユーラシア大陸のほぼ陥落……なにより、残っている人類が約10億人か。分かっていたことだが、俺の世界とはだいぶ違う歴史を歩んでいるな)
BETA大戦勃発後、男手は徴兵され戦場へと送られ、人口が減るに従い徴兵年齢の低年齢化が進み、ついには女子の徴兵も始まった。この世界の人類はBETAに対して完全に後手後手……負のスパイラルに突入している気がして、キョウスケはならなかった。
しかし話を聞くに従い、207訓練小隊に女子が多い理由も理解できた。
残り少ないのだ、男が。
まるで野党に襲われている過疎化した村……自衛のために男だ女だと言っている場合ではない、そういう世界なのだと痛感できた。
午前中の座学は瞬く間に終了し、まりもと軽い昼食を摂った後、キョウスケは午後の準備に取り掛かった……
………
……
…
準備を終えた頃、昼休憩を終えた武たち207訓練小隊がやって来た。
「揃ったようだな」
まりもの一声で、衛士強化装備に着替えた武たちが整列する。
「午後は戦術機適正検査を行う。入隊時と同様のモノを行うが、これは訓練期間中に体質が変わり戦術機搭乗に適さない者が出ることもあるため、再確認を行うことが目的だ。もっとも、余程のことが無い限り検査はパスできるだろうから心配はない。
白銀以外の者は検査を受けて訓練課程に入っているから、検査の内容は知っているだろうが、各自順番にシミュレーターに搭乗し戦術機の通常機動を体験し、その際のバイタルデータを確認させてもらう。
そのデータ如何で合否が決定する、という仕組みだ。理解できたか?」
「「「「「「はい!」」」」」」
丁寧なまりもの説明に、武たち六人の声が返ってきた。
「よし、いいだろう。2人1組でシミュレーターに搭乗してもらう。1組目は御剣と榊」
「「はい!」」
御剣 冥夜と榊 千鶴 ── キョウスケは心の中では、これから207訓練小隊の名は、武同様によく呼ばれている名で呼ぶことにしようと考えた ── がまりもに指名され、油圧式の可動パイプに支えられた立方体型のシミュレーターへと駆け足で向かう。
「他の者は待機。シミュレーション内容は前方モニターに表示されるから、それを見学しているように」
残された武たちの返答を尻目に、まりもはキョウスケを連れてシミュレーターの操作装置の方へ移動した。
操作装置の置かれている小さな部屋には、シミュレーター番号に応じた監視モニターや計器類が所せましと並べられていて、まりもと並んで座ると妙な圧迫感を感じる。
冥夜たち二人がシミュレーターに乗り込んだのを確認し、まりもは操作装置のシステムを起動した。
「では南部中尉。これ以後の操作を手伝っていただけますか? 片腕では中々操作は難しいので」
「了解した。だが何分未経験のシミュレーターだ、不明な点は教えてくれ」
「もちろんです。では事前に伝えたロック解除用のパスコードを入力し、『衛士適正評価試験A』を呼び出してください」
キョウスケがキーボードに長いパスコードを入力すると、シミュレーターに登録されている多数の仮想訓練項目が画面に呼び出された。その中からまりもに指定された「衛士適正評価試験A」を選択する。
30秒ほどの読み込み時間の後、シミュレーターの駆動音が室内に響き始めた。
「では適正評価を開始する。お前たちは座っているだけでいい。ただし気分が悪くなった場合、緊急停止ボタンを押し、シミュレーターからすぐに降りるように」
『『はい!』』
シミュレーター1号機、2号機と書かれたモニターに冥夜たちの顔が表示される。自分たちの将来が左右される試験のためか、2人とも緊張した面持ちをしていた。
(初々しくていいことだ)
自分も昔はああ見えていたのだろうか? 遠い昔のことのように思い出せず、キョウスケは無言のまま、「衛士適正評価試験A」のプログラムを起動した。レベル設定を画面が要求してきたため、迷わず「戦闘機動」と表示されているレベル5を選択する。
シミュレーターを支えていた油圧式のパイプが動き出した。冥夜たちの乗りこんだ立方体型のシミュレーターが上下に揺れ始める。
「……あれ? おかしいですね。いつもより揺れが激しいような……?」
上下に揺れる回数と激しさが増し、左右に箱が傾いていった。
キョウスケの世界にあったゲシュペンスト用のシミュレーターで例えるなら、今は「主脚走行からブースターを点火し加速、そのまま徐々に旋回している」ような状態だろう。
元の世界での一般兵の適正試験とて、似たような内容だったはずだ。どこか問題があるだろうか? まったく問題ありません ── そう主張する水色髪の少女が頭の中に妄想できる程度には、キョウスケにはレベルが低すぎるように思えて仕方なかった。
「そうか? それより、もう少し、パワーを上げた方がいいんじゃないか? これでは試験にならないだろう?」
「いえ、これで十分です……いや、やはり妙だな。南部中尉、少し画面を見せてください」
「ああ、いいぞ」
操作画面を目にしたまりもの表情が強張った。
「レ、レベル5!? 通常機動はレベル3です、元に戻してください!」
「は?」
冗談も休み休みにしてもらいたい。
モニターに表示されているシミュレーター内容を確認するキョウスケ。
無論、訓練生に対しキツイ代物であるのは間違いないが、クリアできれば、この世界の設定以上の適正を持っていることが証明される。
先日、アルトアイゼンの機動に耐えた武が標準なのか、それ以下か以上なのか、この結果を見ればよく分かる。
「いいじゃないか? 限界値は早めに割れているほうが、軍曹も指導しやすいだろう?」
「駄目です! 『衛士適正評価試験A』はレベル3でリミッターが掛かっているはずなのに、どうやって解除したんですか!? 元に戻してください!」
リミッター? 普通に操作できたので、どうも操作パネルに異常が生じていたらしい。
しかしキョウスケは思う。
「適性試験だからか? だが新人は叩かなれば伸びんぞ。かつての俺の上官も鬼のような漢だったからな」
「伸びる前にへし折れちゃいますから!」
結局、まりもによって無理やりレベル3に戻されてしまう。
しばらくして「衛士適正評価試験A」が終了し降りてきた冥夜たちの顔色は、昨日の武よろしく悪かったが、嘔吐はしていないようだった。
………
……
…
2組目に指名されたのは彩峰 慧と鎧衣 美琴組。
彩峰は表情に現れていなかったが、美琴は戦々恐々とした表情でシミュレーターに向かっていた。
まりもの指示により、評価試験はレベル3の通常運行となり、特に問題なく終了した。
………
……
…
最終組は白銀 武と珠瀬 壬姫。
昨晩、アルトアイゼンに乗ったことによる体調不良は改善したらしく、武は喜々としてシミュレーターに乗り込んで行った。
レベル3 ── 通常機動の内容は、主脚走行から跳躍ユニットによる
結果の分かり切った試験程つまらないものはない。
シミュレーター1号機の武に回線を繋いで、キョウスケは聞いた。
「白銀訓練兵、レベル5の戦闘機動をやってみたくはないか?」
「やります!!」
「ちょっと南部中尉ッ、白銀も分かっているのか!? 戦闘機動だぞ!? 貴様、戦術機に乗ったこともないだろうが!!」
武の即答に飛ぶまりもの叱責。
しかし武は活き活きとした表情で応えた。
「大丈夫です! 吐きそうになっても飲み込んでみせますから!」
「そういう問題じゃない!」
「よし、行け」
「お願いですから、南部中尉、止めてください!」
まりもの制止もどこ吹く風か、キョウスケはシミュレーターを操作して、武の1号機だけレベル5で「衛士適正評価試験A」で開始させた。
試験と言っても乗り込み、武は戦闘機動を体験しているだけだ。
しかし昨日と違う点は、耐G機能の備わった衛士強化装備を、しっかり着込んでいることだった。
モニター上では
まだまだ行けそうだった。
「よし、レベルを上げよう。レベル10あたりを……む、神宮司軍曹、レベルが5までしかないのだが」
「5が上限です!」
怒り心頭なまなざしを、まりもがキョウスケに向けてきていた。眉尻が上がり切り、キョウスケの独断に堪忍袋の尾が切れかけているのがよく分かる。
まりもは207訓練小隊の指導教官だ。
彼女なりの育成計画は練られているだろうし、キョウスケの独断はそれを邪魔したことになるのかもしれない。だが武には、この位が丁度いいようにキョウスケには思えた。
しかし今日のキョウスケの仕事はまりもの補佐だ。階級ではキョウスケが上にしろ、与えられた仕事はキッチリこなすべきだと少し反省する。
だが、
(ずっとこの調子なら、少し鞭を入れた方がいいかもしれんな。俺が
機会を見て、夕呼に具申してみるかと、モニターを眺めながらキョウスケは思うのだった。
レベル5のシミュレートが終了し、武は意気揚々とシミュレーターから出てきた。
武が戦術機適正試験の歴代第1位という快挙が結果としてはじき出され、この日の訓練は終了となるのだった。
その2に続きます。
日常パートは少しコメディ気味に書いていきたいです。