Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第3話 邂逅、2人の異邦人 3

【西暦2001年 11月 21日 国連横浜基地内】

 

 

(今の俺に一番必要な事は、早くこの世界について知ることだ)

 

 PXでの食事を終えた後、横浜基地内を巡りながら考えていたキョウスケが至った結論がそれだった。

 

 見知らぬ並行世界に飛ばされてきてまだ2日目。

 キョウスケはあまりにこの世界について知らなさすぎる。

 この世界の情勢、使われている戦術機という兵器、そして戦っている敵。キョウスケはどこか既視感(デジャヴ)を覚えるが、何かが決定的に違っているこの世界に違和感を隠せなかった。自分が違和感を覚えるということは、おそらく相手にもそれに等しいものを与える結果に繋がるだろう。

 PT乗り ── この世界では戦術機の衛士と呼ぶらしいが ── 戦術機に関する知識をまったく持っていないことは、どう考えても不自然だろう。だからこそキョウスケは、戦術機に関する知識ぐらいは最低限持っておく必要があると考えていた。

 

(白銀 武……あの訓練兵は戦術機に関する座学を受けると言っていた。講師は神宮司 まりも軍曹、面識はある。香月 夕呼に呼ばれた時間までの時間つぶしと言えば、多少不自然でも押し通せるはず……これは渡りに船かもしれん)

 

 基地内を歩き回った為、時刻は既に午後1時 ── 1300を回っていた。座学がいつごろまで予定されているか分からないが、ぐずぐずしていると知りたい情報を聞きそびれてしまう。

 キョウスケは基地内ですれ違った職員に、訓練兵の教練場所を尋ねると足を運ぶことにした。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 訓練兵校舎 3-B】

 

 訓練兵校舎の構造はハイスクールのそれに酷似していた。

 学年ごとに階層分けされ、Aから順に30人ほどが入る部屋に区分けされており、キョウスケにさえ今は昔の高校生活を連想させる程度には学校のような姿をしている。

 学生服姿の訓練兵が廊下でたむろでもしていれば、尚更そのように感じたのだろうが、廊下どころか教室内にも人の姿は見当たらなかった。1階、2階は完全に無人……3階も3-Aには人っ子一人いなかった。

 その事が、ここがキョウスケの知るハイスクールではないと強く認識させた。

 この校舎は基地内にある訓練施設……しかし横浜基地はあくまで基地として機能しているはずなので、訓練兵の本格的な教練施設は別の場所にあるのかもしれない……キョウスケは自分を納得させるためそう考え、3-Bの前で足を止めた。

 

(いるな、神宮司軍曹だ)

 

 窓ガラス越しに神宮司 まりもが教壇に立っている姿が目に入った。

 教本を片手に講義している。その姿は非常に様になっていた。彼女は教師だと教えられれば、素直に信じてしまうくらいには似合っている。

 閑散とした教室内の机には、白銀 武を始めとしたPXで見た6人が座り講義を聞いていた。

 廊下から覗きこんでいても始まらない。キョウスケは扉をノックし、教室の中に入ることにした。

 

「講義中にすまんが、少し失礼する」

「貴様は……南部 響介? ……一体何の用でしょう?」

 

 訓練兵の前のためか、まりもは凛とした口調でキョウスケを問いただす。

 

「見ての通り講義中です。部外者は立ち入り禁止ですので、退席願いたいのですが」

「そう邪険にするな。香月博士に1800に呼び出されたのだが、見ての通り、それまでは体が空いていてな。聞けば昨日知り合った軍曹がここで講義をしているというじゃないか? どのような講義をするのか、少し気になってお邪魔した」

「む……」

 

 まりもは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。もしかすると、訓練兵や気心の知れた相手なら兎も角、昨日知り合ったばかりの男に講義を聞かれるのは恥ずかしいのかもしれない。

 しかしまりもはすぐに凛とした顔つきに戻し、キョウスケに言った。

 

「だが既に衛士の貴方が聞いてもつまらない内容ですよ? 衛士にとっての常識や敵性体BETAに関する、しかも軍連兵向けの内容……いまさら聞いた所で時間の無駄だと思うのですが」

(丁度いい。むしろ、願ったり叶ったりだ)

 

 知らないから聞きたい。正直に答えれば、阿呆か変人扱いされるだろう。

 

「軍曹、俺は1800まで時間を潰したいんだ。それに基本を復習することは悪い事じゃない」

「それはそうですが……分かりました。しかし飛び入りということは、教本はお持ちではないでしょう?」

 

 武たち訓練兵は教本を机の上に開いてまりもの話を聞いていた。

 教室には黒板はあったが、ブリーフィングルームではないためかスクリーンが設置されているようには見えなかった。もしかすると、黒板の裏あたりに内蔵されているかもしれないが、今は使っていないため存在の確認はできない。

 両手の軽いキョウスケを見て、まりもは一瞬困ったような表情を見せ言った。

 

「一度習得済みなら教本など必要ないとは思いますが、まぁ、白銀の隣にでも座ってご自由になさってください」

「すまない軍曹、感謝する」

 

 キョウスケは閑散とした空き机の中から、武の隣の席へ向かった。

 教壇前を横切る際、キョウスケに教室内の奇異の視線が突き刺ささった。武を含む男1女5の視線だ。全員、PXで見覚えのある顔だった。今がまりもによる講義の最中でなければ、年相応の好奇心から騒ぎ出しているのは間違いないだろう。

 キョウスケは武の隣の机を彼の机に引っ付け、椅子に腰かけた。

 

「すまんが、教本を一緒に見せてもらえないか? 最近のがどうなっているか知りたくてな」

「あ、はい、いいですよ。……それにしても南部さん、驚きましたよ。いきなり教室に入ってくるんだから」

「そうだな、悪かった」

「いや、別に責めてる訳じゃないっすよ。基地内探索、しなかったんですね?」

「したぞ。ただ広くて迷いそうになってな。迷って時間に遅れては本末転倒だろう」

「ははぁ、それでまりもちゃんの講義で時間つぶそうと思ったんですね」

 

 まりもちゃん、確かに武はそう言った。軍隊で上官を呼び捨て、あるいはあだ名などで呼ぶことは一般に不敬だとされる。もちろん、上官本人が許したなら問題ないのだが……武の言いぐさは、キョウスケはATXチームの元隊長ゼンガー・ゾンボルトを「ゼンガーたん」と呼ぶのと同じようなものだ。

 詳しい事情を知らないのでツっこまないが、まりもが「ちゃん」づけを良しとする女にはキョウスケは思えなかった。

 まぁ、講義を聞きたい本心を隠す言い訳を相手から提供してくれたので、ツッこまずキョウスケはそれに乗ることにした。

 

「ま、そんなところだ ──」

「こら、そこ私語を慎め!」

 

 小声での会話はまりもの叱責で中断された。

 

「白銀ぇ、教官をちゃんづけで呼ぶなと何度言えば分かるんだ! 南部殿、貴方も静かに聞くつもりがないのなら出て行っていただきたい! 私は教導官としてこの子たちを指導する義務がある、貴方の気まぐれで邪魔されるわけにはいきません」

「……すまん」

 

 何だろうこの気持ち。凄く恥ずかしい、でも気持ちい ── じゃない! 自制できない悪ガキどもじゃあるまいし、講義中の私語を注意されるなど成人した身としては恥ずかしいことだ。

 自分から希望しておいてこの体たらく……キョウスケは素直に反省し、まりもの講義に耳を傾けることにした。武も反省したのか真面目に教壇のまりもに目を向けている。

 

「では続ける。マニュアルのp155、御剣」

「はい!」

「敵性体、BETAについて簡潔に述べよ」

 

 紫色の髪の毛をした女の子 ── 御剣というらしい ── が、まりもの声に従い椅子から立ち、透き通る声で返答する。

 

「BETAとは、地球外惑星を起源とする敵対的生命体であり、Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race ── つまり、人類に敵対的な地球外起源種の総称です」

「ではその目的は?」

「不明です。BETAは人類と一切コミュニケーションが取れず、炭素系生命体(・・・・・・)であるということ以外何も解明されていません」

「よし、座っていいぞ」

 

 御剣は静かに着席した。

 キョウスケの世界がエアロゲイターやインスペクターと言った外敵の脅威に曝されていたように、この世界にも人類を脅かす敵が存在していて、それがBETAという存在のようだ。

 しかしBETAについては、初期の頃のエアロゲイターのように詳細がほとんど分かっていない……という風にキョウスケには聞こえた。そして嫌な既視感(デジャヴ)をキョウスケは覚える。相手が異星人なら金属生命体でもないかぎり、人類と同じ炭素系物質で体は構成されているはずだからだ。

 並行世界の地球人であるシャドウミラーは言わずもがな、エアロゲイターもインスペクターも地球人と同じ姿形をしていた。キョウスケに確認する機会はなかったが、彼らの体はタンパク質で作られていることだろう。考えるまでもない、キョウスケにとっては当たり前の常識だった。

 しかし御剣は『炭素系生命体』という言葉を強調していた。

 キョウスケはそこに既視感を感じ、ざわめきを胸に覚えたのだ。

 

(まさか……な。あんな生命体が他にいるはずがない)

 

 炭素系生命体であるかは分からない。

 だがキョウスケの世界には、機動兵器を用いずに人類にとっての脅威となった敵が確かに存在していた。

 アインスト。

 その名は、今も宿敵としてキョウスケの記憶に深く刻み込まれている。

 キョウスケは黙ってまりもの講義の続きを聞く。

 

「では続けて彩峰、形態的特徴について述べよ」

「はい。BETAは主にその大きさによって数種類に分別されています」

 

 黒髪の少女 ── 彩峰がまりもの問いに答える。

 

「その大きさは最小で2m、最大で数十mに及びます。各分類間には生物学的特徴は見られず、既存の生物学的分類が不可能な数種類の生命体が、単一社会を形成し共生しています」

「よし。では続けて、我々人類の刃『戦術機』に対して振り返りを行う。そもそも、何故『戦術機』という兵器が必要になったのか……その理由を榊、言ってみろ」

「はい! BETAの保有する対空兵器のせいです」

 

 大きな眼鏡をかけた女の子 ── 榊が返答した。

 

光線(レーザー)級BETAと呼ばれるBETAの対空戦力により、既存の航空兵器のほとんど無力化されたため、BETAとの近接戦闘とハイヴ突入による攻略を可能とする兵器として開発されました」

(光線級? 異星人の名の前に分類名を付けるとは……)

 

 BETAという異星人が生身でも相応の戦闘能力を有しているため、便宜上つけられた名称と考えるのが妥当だ。しかし戦術機がPT大の大きさを有しているということは、敵に対抗するにはそれだけの大きさが必要になってくる……という事でもある。冷静に考えて、大きいモノが小さいモノを踏みつぶすのは簡単だが、小さいモノが大きいモノに抵抗するのは難しいからだ。

 キョウスケの中で、BETAとアインストのイメージが重なる。

 敵は機動兵器に乗った異星人ではなく、機動兵器級の大きさを保有した炭素系生物ということではないのか? アインストには2m程度の小型種は存在しなかったが、BETAがアインスト同様にデタラメな化け物であるのなら、小型の種類がいても不自然ではない。

 

「よし。ではマニュアルのp156を開け。代表的なBETAと人類・戦術機の比較図が乗っている」

(……やはりか)

 

 武が捲ったページには、およそ機械とは思えないBETAのシルエットと戦術機の大きさが示された図があった。

 『大型種』と書かれた中段の図のBETAは戦術機とほぼ同じ大きさをしていた。そして成人男性よりも大きな『小型種』。中でもとりわけ目を引いたのが、レジセイア種程ではないが戦術機の3倍はあろうかという大きさの『大型種』のシルエットだった。

 どれもこれも黒塗りのシルエットで描かれているため詳細な姿は分からない……が、戦術機やPTとは違う非機械的な印象を受ける。

 キョウスケには経験上理解できた。

 BETAは機動兵器大の大型生物、あるいは生体兵器だと。

 まりもの講義は続く。

 

「光線級BETAは小型のもので全長3m程、つまり便宜上は小型種に相当する。だが小型のヤツですら、380km離れた高度1万mの飛翔体を正確に捕捉し、30キロ以内の侵入を許さない」

(なん、だと……?)

「20mクラスの奴はさらに脅威だ。高度500mで低空侵入する飛翔体を、約100m手前で撃墜してしまう程の高出力レーザーを放つ。だが奴らの最大の脅威は射程でもレーザーの威力でもなく、異常なまでの探知能力と命中精度だ。

 分かり易く言ってやろう。どれだけ巧みな回避運動を取ろうとも、重金属雲の中にいようとも、500m以上の高さで飛行すれば奴らは100%命中(・・・・・・)させてくる」

 

 キョウスケは愕然とした。

 命中=撃破ではないにしても、通常は考えられない数値である。

 さらに言えば全高20m、高度50m、距離100キロ……この距離の関係を理解したからだ。

 地球には丸みがあり、水平線の向こう側はその丸みに隠れて見ることはできない。仮に100kmの射程を有する射撃兵装があったとしても、水平線の向こう側に隠れていれば被弾することはない……が、飛行している物体は別だ。 

 高度500mにある物体が地球の丸みの影に隠れようとするなら、その距離は最低100km必要になる。

 要するに、飛行しながら光線級BETAに接近する場合、100km先だろうと水平線上から顔を出した瞬間に大出力レーザーで撃ち抜かれるとうことだ。しかも光学兵器である以上、レーザーやビームは目視してからの回避が非常に困難だ。

 キョウスケの世界では、ビーム兵器などに対してバリアや緊急回避プログラムなどを搭載しているし、何より人が扱う武器であるため命中率はさほどいいわけではない。

 だが、その命中率が100%……要するに必中だとしたら?

 空中を移動するしかない戦闘機や爆撃機が駆逐され、制空権を奪われてしまう様がキョウスケには容易に想像できた。

 

(超々射程かつ高命中率の射撃兵器か……これが量産でき、連射が効けば最悪だな)

「ちなみに小型の光線級BETAは最低100体以上の群れで行動し、レーザー照射間のインターバルは約12秒だ。BETA全体での数は確かに少ないが、我々人類にとって最大の脅威であるのは間違いないだろう」

(……短いスパンでの射撃ができるのか。数もある……随分とイカれた性能だな)

 

 最低で100体ということは、100本以上のレーザーの束が12秒間隔で降ってくるということだ。進軍せず迎撃するだけなら、これ以上に優れた兵器は存在しないだろう。

 しかも射程は100km以上。どれだけ戦域が広くても、マップの端から端まで余裕で照射できる射程距離だった。こんな化け物がもしキョウスケの世界に存在していれば、既存の戦略を根本から考え直さなければならないかもしれない。キョウスケの世界で戦闘機からAM ── リオンができたように、陸地を戦車ではなく人型起動兵器が占有し始めたように……発想転換を迫られる瞬間はどの世界にもあるはずだ。

 

(人の言葉には尾ひれが付きやすいものだ……その光線級とやらも、実際に見てみれば案外拍子抜け……ということもありうる)

 

 噂話とは違い軍隊で教える情報だ。極端な過大表現はしていないだろう。

 戦術機の耐久力が高く、レーザーの威力が低いのならば多少の無茶は効くのだろうが、まりもの言い草ではそれは期待できない。おそらく、1発被弾すれば即撃墜レベルの威力を誇っていると思われた。

 だがキョウスケも自身の愛機 ── アルトアイゼン・リーゼの堅牢さには並々ならぬ自信を持っている。特機の一撃にも耐えうるアルトアイゼンの装甲なら、どれだけ高出力のレーザーの直撃があったとしても、一瞬で撃墜されることはほぼないはずだ。

 無論、PTだって限界はあるし壊れはする。

 確かに、100以上のレーザーの束を浴び続ければ、アルトアイゼンといえども危険ではある。撃破 ── 戦死だってありうる。しかし逆に言えば、レーザーを浴び続けなければいいのだ。

 

(そのためには戦術、そして戦略が重要になってくる。厄介で危険な相手であればある程、当然、対策は練られていくものだ。問題は、その対策はアルトに合っているかどうかだな)

 

 アルトアイゼンは汎用性を捨てて、高速突撃・一撃離脱を極限にまで突き詰めた機体と言っていい。明言すればバランスが悪い。他の戦術機が足並み揃えて行う作戦を、十二分にこなせない可能性も出てくる……世界が違い運用思想が違えば、それは尚更顕著になる。

 

(この世界で脅威とされる光線級BETA、当然対策は練っておくべきだ)

 

 キョウスケはそう考えた。

 だが判断材料が少なすぎる。

 世界と敵の情報を得ることが、この先キョウスケが生きていくためにすべき必要最低限だった。一語一句聞き逃すまいと、キョウスケはまりもの講義に集中した。

 

「光線級BETAの登場で、匍匐飛行のできない航空機は最前線から駆逐されてしまった。人類は戦略の発想転換を迫られ、対BETA用兵器の開発計画が開始された。その結果、1974年に完成してした人類史上初の戦術歩行戦闘機がF-4『ファントム』、日本がそれをライセンス生産した機体が『撃震』という訳だ」

 

 タケルの教本に『F-4 ファントム』の全身図が載っていた。細部は異なっているが、『撃震』は『ファントム』のマイナーチェンジ機と言っていい似かより具合だった。

 

「では鎧。戦術機には第1世代から第3世代まであるが、それぞれの主な特徴を述べよ」

「はい!」

 

 PXで武に手を振ってきた緑髪の少女 ── 鎧が答えた。

 

「第1世代、つまり日本における『撃震』は、重装甲による高防御性能により衛士の生存率を高める目的で作られています」

(確かに不知火に比べ、装甲はかなり厚かったな。しかし第3世代 ── 不知火を見る限り、おそらく、重装甲による生存率強化は失敗に終わったのだろうな)

 

 戦術機ハンガーで見た撃震と不知火の機体フォルムの違いから、キョウスケはそう推察した。なぜなら、重装甲化で生存率が高まるのなら、第3世代と呼ばれる不知火にそのコンセプトが引き継がれていない訳がないからだ。

 そうなった原因はキョウスケには分からなかった。だが光線級BETAが一枚かんでいるのはほぼ間違いないだろう。

 鎧の回答は続いた。

 

「第2世代は機動力の強化を主眼に置いて開発され、第3世代は反応性の向上を主眼に開発されています」

 

 模範的な鎧の回答にまりもが頷く。

 

「よろしい。最新鋭の戦術機は、BETAの攻撃を可能な限り回避することで生存性を高めようとしているわけだ。無論、その名の通り飛行することも可能だが、光線級BETAがいる限り地上での乱戦を余儀なくされるため機動性は非常に重要になってくる。

 しかし戦術機が最も必要とされる場面は、平野などの戦場で行う対BETAではない。戦術機は世代を重ねるごとに兵器としての完成度を高めている訳だが、戦術機の最大にして究極の開発目的を ── 白銀、言ってみろ」

「はい! それはハイヴの攻略です!」

 

 武が大きな声で答えた。

 武の表情が何故か険しくなっている。人類の敵BETA、いつか武も立つであろう彼らとの戦いを想像し、自身の気を高めているのかもしれない。しかしその表情には何処か焦りと悲壮感が漂っているような気がして、キョウスケはならなかった。

 武の言葉にまりもが頷きで返す。

 

「その通りだ。BETAの前線基地 ── ハイヴ、ここを潰さない限りBETAどもは巣からはい出るアリのように無限に湧き出してくる。逆に言えば、ハイヴを攻略できればBETAのクソ野郎どもは終わりだ。アリの巣のような地下茎構造になっているハイヴを攻略するには、人型であり3次元機動が可能な戦術機が必要になってくる。戦車では崖は下れないからな」

 

 なるほど、とキョウスケは納得した。

 戦術機クラスの大型種がいて、BETAが生物である以上ハイヴ ── 巣の中には、スズメバチのようにBETAが巣食っていると考えるべきだ。さらにアリの巣のような地下茎構造の基地になっているのなら、平地でなければ活躍できない戦車より、上下にも動け自由度が高い人型の方が良いに決まっていた。

 航続距離や速度では戦闘機、射程距離や使用できる砲弾の口径の大きさでは戦車など、専門には敵わないものの何でもそつなくこなせる悪く言えば器用貧乏、よく言えば万能さこそ人型機動兵器最大のメリットである。

 状況が変化し何が起こるか分からない状況でこそ、何にでも対応できる人型のメリットが活きてくるわけだ。

 汎用性が高さ。その点で、戦術機とPTは非常に似ていた。コクピットや機体の構造が違っていても、人型である以上、量産機に求められるものは大きく変わらない。

 だが決定的に違う事があった。

 

(敵が化け物故の技術進歩の遅滞)

 

 キョウスケの世界の敵は異星人、この世界の敵は化け物 ── 敵のテクノロジーを取り込めるのかどうか、が大きな違いだとキョウスケは感じていた。

 参考になる手本があるとないとでは、技術の躍進に大きな違いが出てくる。

 まだキョウスケが知る範囲(・・・・)で分からないだけかもしれないが、少なくとも戦術機に(エキストラ)(オーバー)(テクノロジー)のような超技術が使われているとは思えない。炭素系生命体であるBETAを捕獲したところで、戦術機を強化する技術が手に入るとは思えない。

 余所の力の残滓を拝借して自分たちを強くしたハイエナのようなキョウスケの世界のPTと違い、自前の努力で地力を伸ばしてきた侍のような存在がこの世界の戦術機と言うわけだ。

 

(EOTのような切っ掛けが無かった世界……逆に、何かの切っ掛けで一気に化ける可能性を秘めているのかもしれんな)

 

 もっとも、それは技術者ではないキョウスケの仕事ではないのだが。

 

「では戦術機の内部構造などを詳しくみていこう ──」

 

 まりもの講義は続く。

 コクピット構造の違い、装甲素材、関節部品や使われているサーボモーター、衛士強化装備についてなど……およそ衛士 ── つまりパイロットに必要な最低限の知識がまりもの口から語られていく。

 

 キョウスケは、まるで砂漠に落ちた水のようにそれらを吸収していくのだった ──……

 

 

 




その4に続きます。

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