謎が多すぎる……。
戦闘中であるにも拘らず、私の頭の中では疑問符がいくつも浮かんでは消えていた。
あの夢、無人機、例の男、あの書類、そして……未完成のはずの機体が目の前に存在すると言う、この事態。
サイレント・ゼフィルス。
あれが外見通りにブルー・ティアーズの同型機ならば、第三世代相当ということだ。厄介な性能を持っているに違いない。
無人機を開発した連中の仲間であることを加味すると、イギリス本国で建造されているというオリジナルより性能が上の可能性も否定はできないだろう。
「箒さん、危ない!」
甲高い声が耳をつんざき、私の意識は思考の渦から引き戻される。慌てて意識を視界に移すと、ゆっくりと手にした細長いライフルを私に向けるゼフィルスの姿があった。
急ぎ右へと移動しようとしたものの、結局回避することは叶わなかった。
私の様子が変わったのを察知したゼフィルスが、急にライフルを構えるスピードを早めたためだ。手の動きはまるで西部劇のガンマンのように素早く、そして手馴れている。
そこから察するに、ゼフィルスのパイロットがそれを入手したのは昨日今日のことではないのだろう。
「箒さん、厄介ですわね……あれは」
「見れば分かる!」
セシリアも代表候補生だけあり、さっきのいち動作だけで敵の技量を察したようだった。
「とにかく間合いを詰めるしかないな」
「箒さんの打鉄で遠距離戦を挑むのは、少々厳しいのは確かです。ですが……」
「何だ!?」
なぜかセシリアが言い淀んだので、思わず苛立ち混じりの声で問う。私たちのすぐ後ろには鈴たちの乗っている船が依然近くに浮かんでいるため、今も危険に晒されている。早く倒さねばならんというのに、一体何を悩む必要があるというのだ!
「近づけばゼフィルスが距離を置こうと逃げるのは必至。そうなれば必然的に」
「……市街地戦に、なるな」
私がセシリアの言葉を遮って口にする。どうやら正解だったようで、彼女は小さく頷いた。
セシリアの指摘通り、ゼフィルスの立つ埠頭のすぐ後ろには市街地が広がっている。それなりに背の高いビルが乱立しているため、住人の数も少なくはないだろう。
「ですが、このまま海を背に戦っても勝機が薄いのも確かです。それに背後には……鈴さんや篠ノ之博士もいらっしゃいます」
「じゃあ、どうすればいいんだ!?」
苛立ち混じりに喚く。結局このままでは、どこで戦おうと民間人に被害が出てしまう。どうすればいい!?
こうしている間にもゼフィルスは私たちにビームを数発叩き込んできており、光の弾丸が私たちを掠める度にシールドエネルギーは微減していっている。
それでも直撃を避けながら周囲を見回していると、ちょうど東の方向に大きなドーム上の建物があるのが見えた。もしかして、あそこは……!
『箒ちゃん、これを見て!』
姉さんも船の中で私たちのために動いてくれていたようだ。マップデータとともに目標ポイントを送りつけてくる。そこはさっき、私が見つけたドーム状の建物である。どうやら姉さんも同じ考えらしい。
確かにこの指示の通りに動くのが一番被害が少なく、かつ早く倒す方法なのだろう。天才科学者も同じ考えだという
「姉さん!? なるほど、この手しかないな。セシリアもいいな?」
「ええ、よくってよ!」
「じゃあ、早速やるぞ!」
威勢のいい声とともに、私たちは大きく右に迂回しながらゼフィルスに迫る。こうすることで、なるべく流れ弾を船に当てないで済む。そう判断しての行動だった。
奴との距離は1500メートル強。ISの機動力を持ってすれば、すぐにたどり着くことはできるだろう。
ゼフィルスはその場から一歩も動かなかったものの、ただボケッと突っ立っていたわけではもちろんない。奴は手早く何度も何度もライフルを撃ち込んでくる。
「箒さん。ゼフィルスのビットはシールドビットと呼ばれるもので、私のBTビットとは若干異なります。攻撃力は射撃に特化したBTビットに比べて劣りますが、その代わりに防御力と機動力に優れます」
まだビットが出ていないうちに、特性を説明するべきだと判断したのだろう。セシリアからプライベート・チャネルで通信が入る。
シールドと銘打たれているだけあっても防御が高いのはわかるが、なぜ機動力が高いのか。
その理由は推測でしかないが、ピンポイントで防御する以上、攻撃箇所に急行する必要があるからなのだろう。
「そうか……それは厄介だな。つまりは、私の打鉄の刀を思い切り直撃させでもしない限りは破壊できないということだろう?」
「そうですわね」
セシリアと戦ったことのある私には分かることだが、高速で飛び回る上に小さいビットへと攻撃を当てるというのはとても困難である。
半年前のセシリア戦ではそれでも何とか二基はつぶせたものの、どちらも射撃によるものだ。近づき斬らなければ破壊できないとなると、今回は無視して本体を狙うしかない。
その事実を目の前にして、思わずため息が漏れてしまう。
「それにしても……妙ですわね」
「何がだ?」
セシリアと私で十数発ものビームを回避した時、突然セシリアが怪訝そうな声を発する。
実のところを言うと、私も敵の動きが妙だとは感じていたが口には出していなかった。だからとりあえず、セシリアが妙だと感じたところから聞くことにする。
「BTビットを展開しない理由がないのに、展開していませんわね。これだけ開けた場所なら、かなりの効果が期待できるはずなのに」
「……実は、私も同じことを思っていた」
セシリアと半年前に戦ったときに知ったのだが、ビット兵器は理論上、本体を動かしながらでも起動は可能らしい。
だが現状としては、高い適正――イギリス国内でもセシリアは最高クラスらしい――を持っている者でさえ動きながら飛ばすことは出来ないという。他ならぬセシリアが言っていたのだ、それは間違いないだろう。
したがって現状、ビットという兵器は「離れた場所で展開し、敵を圧倒する武器」という位置づけとなる。
つまり、今のような間合いで使うのが最も適しているはずなのだ。それなのに、一向に使うそぶりを見せない。
隠し球という線もなくはないが、代表候補生二人を相手にそんな事が出来る操縦者などそうはいない。
「適正が低いか、急な出撃ゆえに故障したままにしているか、それともビットだけ未完成なのか……とにかく、使えない可能性が高いですわね」
「不幸中の幸い、という奴か」
「ですがゼフィルスの本体もかなりの性能を有していますわよ、箒さん」
「分かっている!」
そんなことはセシリアに言われるまでもなかったし、敵の技量が高いのもまた事実。
だが、ゼフィルスが最大の武器――ビットを使えないというのがかなり私の心に余裕を与えたのも、また事実だった。
私は敵のライフル攻撃を紙一重で避けつつ急速接近、打鉄の脚で埠頭のコンクリートを踏みしめる。もちろんその時には既に、青い装甲のISは空へと舞い始めていた。
だが、
「そちらの方へは行かせませんわよ」
セシリアのBT兵器が市街地方面に陣取り、ゼフィルスを海側の空へと引きずり出す。すくなくともビルの乱立する場所よりかは的の少ない海で誘導するほうがやりやすいからだ。
流れ弾が海面に直撃するよう考慮して上から下に撃っているため、思い通りにはなかなか誘導できない。
しかし、それはセシリア一人「だけ」だったら、の話でしかない。
「させるかっ!」
私たちの狙い通りの方向とは違う方向や、市街地へと向かおうとするゼフィルスに先回りし、私は刀で斬りかかる。
それは難なく回避されてしまうものの、私たちの想定するコースへの誘導には成功していた。
よし、ここまで来れば……!
それを繰り返すこと数回したあと、今度は海から地上にあるドーム状の建物の上へと誘導させるように攻撃。
ついに私たちはゼフィルスを狙い通りの場所までおびき寄せる事に成功する。
「今だ、姉さん!」
『オッケー。それじゃ、ポチっとな♪』
私とセシリア、それにゼフィルスのすぐ上の空間が一瞬歪み、不可視の分厚い壁が形成される。
「これでもう、わたくし達はここから出られませんわ」
セシリアが口にする。もう周りの被害を気にせずに良くなったためか。その声は若干上ずっており、顔には勝ち誇った笑みを浮かべている。
「……ちっ。スタジアムを利用するとはな」
首を下に向けたゼフィルスのパイロットが初めて口を開き、恨み言を吐く。その下にはドーム状の建造物、すなわちISスタジアムが広がっていた。
ISの競技――ここの場合は障害物ありのバトル用である――に使われるそれは基本的に屋根がなく、使用時には上空にバリアを形成する。
もちろん、それはISのものとは比較にならないほどの堅牢さを誇っているために外側からはともかく、中から壊すのは不可能に近い。
そのバリアを利用したのが、今回私たちが行った作戦だ。
ゼフィルスを誘導し、姉さんがハッキングしてバリアを形成。そのまま巨大な籠の中に閉じ込める。
たったそれだけの作戦だが、実行に移すのには中々骨が折れた。
「さて、後はお前を片付けるだけだな」
そうは言ってみたものの、相当辛い戦いになるのは間違いないだろう。なにせ、エース級の乗る第三世代ISが相手なのだから。
だが、やるしかない!
頭の中で喝をいれ、刀を両手で構えて突進したその時だった。
「……ククッ、上手く嵌めたつもりか?」
ゼフィルスのパイロットは嘲笑を浮かべると妙に甲高く、癪に障る声を発する。
そしてそのまま、私たちに背を向けると瞬時加速でスタジアムの中へと逃げ込んでいった。
「逃がしませんわ――ッ!」
セシリアが手にしたライフル『スターライトmk-Ⅲ』でゼフィルスを狙撃しようと、構えたその瞬間。
下に広がっている岩山と林から、それぞれ一本ずつの赤い光が私たちに向けて放たれる。運よく外れたそれは上空のバリアに直撃し霧散したものの、私たちの肝を冷やすには十分だった。
「無人機……だと!」
物陰から青白い光を放ちながら現れたのは温泉街やイギリス、そしてついさっきも戦った無人機。それが二機。両機とも、右手には背の丈より大きなハルバートが握られている。
嵌めたつもりが、嵌められていたのか……!
思わず歯噛みする。
確かに目算通り、街の被害や姉さんたちに気を配っての戦いはせずに済むだろう。
だが敵の数は想定よりも増え、おまけに待ち伏せされていた。
その事実を鑑みるに、罠を仕掛けられている可能性もある。
こっちに地の利など、既になかった。
「無人機……ねぇ。くくっ、こいつの名前も思い出してないのか」
ゼフィルスのパイロットは岩山のてっぺんにに降り立つと手を額に当て、愉悦に顔を歪める。
発言の意味がわからない上にこの行動である。
正直に言って気味が悪く、思わず吐き気すら覚えるほどだった。
「まぁいい。教えてやる。こいつはゴーレム。お察しの通り世界……いや、史上初の無人ISさ」
「ゴーレム……」
どこか、その名前には聞き覚えがあった気もしないでもないが……。
いや、待て! ゴーレムなんてどこにでもある名前だろう!
強引に断定し、何とか悪寒を振り切るとそのまま右腕の内蔵火器を展開。ゼフィルスを纏う悪趣味な女に上空から狙いを定める。考えるのは、後でこいつを捕まえてからでいい!
「フン……甘いなァ!」
ゼフィルスから「何か」が切り離され、私の攻撃は彼女に届く前に弾き落とされる。
本体と同じ濃青色に彩られたそれは、BT搭載機の象徴。すなわちBTビットであった。
さすがはシールド・ビットというべきだろうか。何発かは直撃した筈なのに、傷ひとつ付いていない。
「そんな……使えない、はずでは……?」
私の隣に陣取るセシリアの口から、驚愕交じりの声が漏れ出る。私も同じ気持ちだった。まさかこいつ、使えないふりを演じていただけだったとは……!
女はそのままビットを私たちの周囲に旋回させると、ビームを矢継ぎ早に発射してくる。
もちろん敵はビットだけではない。無人機改めゴーレムも、その巨大な腕を私たちに向け、光の奔流を浴びせようと躍起になっている。
まずは、ゴーレムから片付けるっ!
口には出さなかったものの、セシリアも同じ事を考えていたらしい。
私たちは顔を見合わせて頷きあうと、まずは迫り来るゴーレムに対して攻撃を仕掛ける。
「ハァァァッ!」
掛け声とともに右手を刀から離し、内蔵火器を連射。微量ではあるがダメージを蓄積させようと試みる。
むろん、その間にもゼフィルスのシールドビットは宙を舞い、私に攻撃を仕掛けようとしていた。だが、
「そうはさせませんわ!」
セシリアのビットも宙を舞い、ゼフィルスのそれに対して断続的に攻撃を行っていた。
どうやらシールドビットは第二世代ISの射撃はともかくBTビットを完全に防ぐ事は出来ないらしい。黄色い光が濃青色の盾へと当たる度、衝撃によって微妙にその方向をずらしていく。
そのため、ゼフィルスからの攻撃を受けずに私はゴーレムの懐に潜り込むことができた。
もちろんゴーレムはハルバートによる反撃をしてきたものの、大型化した物理シールドを前面に可動させ防ぐ。
「てやぁぁぁぁっ!」
一瞬のうちにゴーレムの肘を狙って振りぬき、その間接部を破壊する。無人機である以上、可動部の機械には負荷がかかっているため脆い筈。そう判断しての行動だった。
そしてそのまま刀を量子格納。それと同時に落下するゴーレムの腕から窮奇のときと同様にハルバートを奪い、手早く両手で持つ。
「はぁぁぁぁっ!」
すばやく横薙ぎに振りぬき、ゴーレムの胴体の装甲に横一文字の亀裂を生じさせる。予想以上のダメージからフリーズし、一瞬動きを止めるゴーレム。まだだっ!
「てぇい!」
亀裂のちょうど中央にハルバートを突き刺して取っ手代わりにし、残りのゴーレムへと投げつける。
奴の火器であるビーム砲は発射までタイムラグがあること、ゼフィルスのビットはセシリアと戦っていて介入する暇がないことから、ほぼ確実に命中させることが出来そうだ。コンピューターの概算でも、爆発予想範囲からゴーレムは逃げられないとある。
これは決まった!
「悪いが、そうは問屋が卸さないって奴だ」
ゼフィルスのパイロットが口角を吊り上げながら口にした、その瞬間。下から一条の光が放たれ、ゴーレムに突き刺さる。
「動けた、だと……!?」
思わず、見たままの光景を口に出してしまう。なんともたちの悪いことに、どうやらゼフィルスのパイロットは相当な演技派――いや、それ以前にかなりの操縦者だった。
だが、驚いている暇はなかった。思ったより近くで爆発が起きてしまったために、私の打鉄にダメージが届いてしまう。
被害は甚大で、アラートがけたたましく鳴り響いている。しかも……、
「箒さん!」
セシリアの金切り声とほぼ同時に打鉄のシールド――私が慌てて構えたものだ――には更なる衝撃が加わり、砕け散る。残ったゴーレムのうちの一機が、その太い腕を思い切りぶつけたのだ。
私はその余波で吹っ飛ばされ、木を何本かなぎ倒しながら地面に激突する。
さながら、あの日の戦いと同じように。
負けて、なるものかっ……!
激痛が走る身体に鞭打って無理やり立ち上がると、再び刀を量子展開。ゴーレムの攻撃に備える。
だが、やはり今回もゴーレムのほうが一手早かったようだ。すでに私めがけ、ハルバートを振り下ろそうとしている最中だった。
今度こそ、終わりなのか……ッ!?
瞳を閉じ、悔し涙で頬を濡らす。もう、今回はもう、誰かが助けに来ることもないだろう。
結局私は謎を何一つ解くことも出来ず、自分の力で何一つ守ることも出来なかった。
それが、たまらなく悔しかった。
「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁぁっ!」
覚悟を決めたその時。聞きなれた声が上空から聞こえ、それと同時に激しい金属音がすぐ近くで聞こえる。
あの声は、もしかして……。いや、しかし……!
恐る恐る目を開くと、そこには馬鹿でかい青竜刀を背中から突き刺し倒れるゴーレムの姿があった。
そして、空を見上げると……、
「箒、大丈夫だった!?」
私の親友――鈴が見たこともないISを纏い、空を舞っていたのだった。