久しぶりなのでかなり文章乱れてるかもです。
残雪
なんだか最近、ユキの様子がおかしい。
呼びかけても返事がなかったり、かと思えばぐいぐい来たり。
突拍子もない提案をいきなりしてきたり。
「小樽、行ってみない?」
その極めつけともいえるのが、今朝のこれだった。食後にいきなり、そんな提案してくるのは想定外すぎる。
ただ、流石に変だなーとは感じつつも。
聞こえてきた地名には、私も思うところがあるわけで。
「小樽……かあ」
多分観光に行きたいとか、そういうわけじゃないだろう。
だってそこは私とナギの生まれ故郷で、ユキの生まれた場所で。
そして、あの子が――。
「あだっ!」
いろいろ考えてると頭に鋭い痛みが走る。
ユキのデコピンを食らってしまったと気付いたのは、ちょっと経ってからだった。
いきなり何だよ、ったくもう……。
「ほら、決まり」
「何で?」
「そんな顔するから」
そんな顔ってどんな顔だよぉ……なんて感想を抱きつつも。
行ってみたいという感情が、私の中にもあることに気づく。
あの場所はどうなってるのかとか、あの店はあるのかとか。
そういうこと、気にならないかと言われれば嘘になる。
「いいね、行こっか」
「じゃあ、決まりね」
「……うん」
準備のために居間を出ていくユキの後ろ姿。
振り子みたいに揺れる黒髪を眺めながら、小さくため息をつく。
やっぱり、なんか変だよなー……なんて、思いながら。
◆
あの花火の夜、慰霊碑前で誓った言葉の通り。
綺麗な景色を見ようとあちこち旅行したけど……北海道は行ってなかったっけ。
心のどこかで、避けてたのかもしれない。我ながらメンタル弱いな。
とか思ったりしながら準備を始めて、新千歳行きの飛行機に乗って北の大地へと降り立ち。
そこからさらに電車に揺られること一時間ちょっと。
丁度お昼時に、私たちは小樽へと足を踏み入れた。
「なんつーか、変な感覚だなあ」
「まるでタイムスリップしたみたいね」
駅のホームに降り立ち、ぐるりと周囲を見渡す。
電車も構内も――果ては自販機のペイントや、ラインナップさえも。
今は瓦礫の山となった、異次元の小樽と同じで……懐かしさから、そんな感想を漏らしてしまった時だった。
いきなり、あの日の光景がフラッシュバックしたのは。
ホームを出た先に――あいつらが襲ってきた日の光景が、広がっていたら……。
なんて、あり得ないのにも関わらず。
「ほら、行くわよ優奈」
「ごめん、ちょっとまだ心の準備が」
「ここまで来て何言ってんのよ」
そんな私の手を握り、ユキが先導する形で改札へと向かっていく中。
ふと、昔のことを思い出してしまう。
ばっちり思い出せる、あれはIS学園受験の帰りだ。
試験結果が不安で堪らなかったナギが、まだ帰りたくないとか口にしてさ。
そんなあいつの手を、私が握って帰路に着いた。
そんな、雪の舞う夜のことを。
まぁ、結局正規で通ったのはあいつの方だったんだけどさ……。
「あの時の逆みたい」
「何か言った?」
「ううん、なんでもねーっての」
そんな風に懐かしんでたら、ユキの袖口のミサンガが目に入って。そうしたら、不安も消えていって。
苦笑しながら、駅の外へと向かっていった。
◆
どこに行くか決めていいってことだったので。
とりあえず提案したのは、運河沿いを歩くこと。
なんというか、テンプレそのものなチョイスだけど……。
「徒歩圏内に名所って、贅沢なとこに住んでたんだなーって」
散々通った道は、今の私にとっては観光名所なわけで。
食傷気味だったはずの景色が今は、やたらと綺麗に見えていて。
ホームからアウェーになって、初めてわかる事もあるものかもなあ……なんて。柄にもなく思っていた時だった。
私の目に、あの橋が映ったのは。
「……あったんだ、こっちの次元にも」
ユキに聞かれないように、小さく私は呟く。
私には忘れられない場所だけど、ユキにとってはどうなんだろうか。
記憶があるとはいっても、それはあの子のものなわけで。
こっちから、話題にしていいものなのか……。
「あそこ、優奈は憶えてる?」
ユキの方から指差されてしまっては、選択の余地などなかった。
悩みが霧散する感覚の中、足を思い出の場所へと向けていく。
「当然でしょ、そりゃ」
秘密のって言うには、ちょっとオープンすぎるけど。
私とナギにとって、ここはそういう場所だった。
小学校に上がり、子供だけでの外遊びが許されるようになってからの帰り道。
通行人なんて気にせず、時間を忘れながら。
夕日を眺めつつ、この場所でよく話をしていた。
恋バナとか、ISについてとか、感想戦とか……それはもう、なんでもかんでも。
盛り上がりすぎて、気づいたら真っ暗になってて……。
なんて、一度や二度じゃない。
「懐かしいなあ、本当に」
記憶が氾濫してきて、それが感情をぐちゃぐちゃにして。つい、そんな感想を漏らしてしまう。
まだ数年しか経っていない筈なのに。
別次元だから、厳密には違う場所の筈なのに。
「優奈は憶えてる? IS学園模試でE判取った日」
「えっと……ああ、うん。よく覚えてるよ」
感慨深さと共に手すりを掴んだ瞬間、悪戯っぽい顔でユキが尋ねてきたので。
苦笑を浮かべながら、私も答えていく。
忘れもしない……あれは私が中三だった頃。夏のオープンが帰ってきた日の事だった。
国数英がとくにボロカス。理社が辛うじて平均点。
そのあんまりな点数に親は大目玉、お姉ちゃんは困った顔をして。
いたたまれなくなって、ここに逃げてきたら、ナギがいて。
「『私が勉強すると思ったら大間違いだっての!』とか言ってたっけ」
「それは忘れろ」
いやマジで、あの時のことは黒歴史過ぎる。
それでどうやって受かる気だったんだ……倍率一万倍だぞ。
「『縛りプレイしてるだけだっての! ノー勉合格やってやるぜ!』」
「いやマジでやめて」
恥ずかしいなぁ、中二病じゃん完全に……バカすぎて殴りたいとさえ思わない。ただの痛い子じゃねえか。
ていうかナギの奴……ばっちりユキにバトン渡しやがって。
向こうに行ったら覚えてやがれよ、あんにゃろ……。
「でも、あんたは頑張ってたじゃない。勉強もなんだかんだしてたし」
「ダメだったじゃん」
「結果は出したでしょ、おんなじ学校、通ったんじゃない?」
「補欠じゃねえかよぉ」
補欠とはいえ倍率一万倍に受かったし、ナギと一緒の学校に行けたのは事実だよ。
でも、結局それは最初に望んだものじゃなくって。
「望み、か……」
そんなことを考えると、黒歴史の続きを思い出す。
刃物めいて鋭い、そんな下弦の月が出ていた夜。
この橋の上で叫んだ言葉のことを。
「絶対専用機を手に入れて、誰より強いIS乗りになってやる、か」
あの日、別れ際。
ナギから「望みを口にするとモチベが上がるしさ、ハイ優奈、今から絶叫!」なんて言われて。
無茶ぶりだなオイ!? なんて思いながらも、出せる限りの声量で叫んだ言葉。
それを今、ふたたび。
ささやくように口ずさむ。
「できたのかな……なんてさ」
「
「だって……守られてばっかりだったし」
頭に浮かんだのは、私を庇っていなくなったひとのこと。
「ほら、フォルテ先輩とか……って、知らないか」
ギリシャ代表候補生だった、フォルテ・サファイア先輩。
ナギがいなくなってすぐの、いちばん無茶苦茶だった頃の私に構ってくれた先輩で。
自分だって最愛の人を亡くして、辛かった筈なのに――笑顔を向けてくれた人。
私を勇気づけてくれた、大切な先輩。
絶対にこの人だけは死なせたくない、なんて思ってたのに。
「私なんかのために……」
もっと恩返ししたいことも山ほどあったのに。死に際まで、親身になって気遣ってくれたのに。
結局返せたことなんて、遺言を二つ守っただけ。
ダリル先輩の隣に名前を書いてくれっていうのと……死体人形になりたくないっていう……ただ、それだけで……。
「……フォルテ・サファイア。死体確保優先度A++……神崎優奈に阻まれ焼失、確保失敗」
「えっと」
「
なんて言いながら。
そっと手を伸ばして、私の手を握ってくるユキ。
「もしあいつの手に落ちてたら、どれだけの人間が凍死してたと思う?」
冷たい表情をした先輩が、大量の凍死体を作り上げる光景が頭に浮かんで――瞬時に、背筋がゾクッとしてしまう。
のちの事を感情に入れれば結局、死に方の違いかもしれないけれど。それでも、そんなむごい死に方をする人がいなくてよかったとも思う中。
「だから、私はこう思うわよ」
ユキは少しの間目を瞑ってから、私のほうを見て。
それから、続きを口にしていった。
「あんた、思ってる以上に
「そっか」
「だから、胸張ってなさい」
「……うん」
そう言われても、やっぱり少しだけ、納得できない。
でも、少しだけ、心が軽くなった気がする。
「でもまあ……最近の戦績はちょっとふがいないかもね」
「うぐ」
専用機持ちの皆の中で。
戦績は、下から数えた方が早い私。仕方ないじゃん、覇王狼龍じゃなくって量産アクシア使ってるんだし……なんて思うけど、言ったら碌なことにならない気がする。
それにしても……最後に毒針さしてくるあたりは流石、紫毒の操縦者だなあ。
「ナギにもその内負けるかもね」
なんて思っていたら、さらなる猛毒を私に注入してきやがるユキ。
あの戦いでの功績を認められ、ナギは正式に日本代表候補に昇格。今ではホワイトウィングの再現発展機「烈風機クリスタルウィング」を専用機にしている。
「いや、量産アクシアでクリスタルの相手は……」
「言い訳?」
「いえ、なんでもないです」
「ま、せいぜい精進しなさい……でないと」
「でないと……なんだよ?」
「何か奢らされるかもね? @クルーズの一番高い奴とか」
「それは勘弁!」
あまりにも容易に想像できる光景を想像して、帰ったら訓練量を増やそうと決意しながら歩き出す。
思い出の場所、思い出と同じ顔の人。
でも性格も、やり取りだって全く似ても似つかない。
場所だって、厳密にいえば別のところなわけで。
だけど。
ああ、なんというか。
こういうのも――悪くない。
◆
つぎに向かった先は、駅の近くにあるアーケード街。
歴史ある場所で、自分の次元だとよく通った場所だった。
「あー、ここはあったけど……閉店してんのかぁ……」
自分の思い出と比較して。
ここはそのまま、あそこは違うなんてやりながら二人で歩いていると。
「優奈、あれ」
「ん? ああ、あにぱかぁ」
ユキが指さした先にあったのは一枚のポスター。数か月前から放置されてるせいか、ちょっとだけ色褪せてしまっている。
「こっちでもやってんだねぇ」
あにぱとは、毎年秋に行われる、小樽のアニメイベントのこと。
なんだかんだ楽しみにしていたイベントだっただけあって、感慨深さもある。
お祭り状態の町を練り歩くだけでも楽しかったけれど……私自身、結構、がっつり参加してたりもしたわけで。
「コスプレなんかもやってたわよね、あんた」
「やってたねえ」
「じゃあ、何のキャラやったのかも覚えてる?」
「もちろん、予言の巫女でしょ!」
予言の巫女とは、私が大好きだった作品のヒロインのひとり。
十一の妖怪氏族に分割支配された異世界の日本「妖怪国」を襲うとされる危機「大厄祭」。
それを阻止するために現れた、金髪の少女。
地毛がこんなだから、わりと様になるんじゃないかなーと思って選んだけれど。
「今思うと、ひっどいチョイスよね」
この予言の巫女、まぁそりゃ作中散々な目に遭いまくる子だったわけで。
親友目の前で亡くしたりとかもしてた――なんて考えたけど。
「でも、予言の巫女と一緒で……私にも、確かに救いはあったんだよ」
ユキの方を向いていると、自然とそんな言葉が漏れていく。
作中、彼女が好きな人と出会えたように――私だって、こんな素敵な友達と会えたんだから。
ああでもちょっと恥ずかしいなこれ。
「好きな人と通りを歩いているこの時間が、私にとってはかけがえのない時間なのです……なんて」
照れ隠しなのか、恥の上塗りなのか。
自分でもわからないけれど。
とりあえず、作中の言葉をもじってみたら……。
「あのさ」
「ん、何……?」
しばらく沈黙が続いて。
それから、ユキが口を開くと。
「あいっかわらず似てないわね……あんたのそれ」
溜め息混じりにそんな、呆れ口調かつ辛辣なコメントをぶち込んでくる。
ああなんか、いやーな事思い出しちゃった……。
「そんなんだから予選落ちなんでしょ」
心のシールドエネルギーがごっそり減る音が、私の中で鳴り響いていく。
ええ、覚えてるとも。
それもばっちりと。
調子に乗ってコンテストのほうにも出た私は、ユキの言う通り本戦前に門前払い。
しかも審査員の一人が言ってきた言葉が……。
「妖怪国の前に自分も救えなさそう」
その言葉を言われた途端。
羞恥と負けず嫌いな性格と、なんかいろんな感情が一気に自分の中でぐちゃぐちゃに混ざって。
「おいコラぁ! なんでそんな事まで覚えてるんだァ!!」
審査員に食って掛かった時のような叫び声を、往来で上げてしまう中。並行して頭に響き渡るのは。
『来年こそ予選突破してやるからなァ!』
あの日、ナギへと涙目のまま言い放った言葉。
翌年はIS学園受験で出られなかったし、もう数年前だし。さらに言えば、吠え面かかせたい相手だってもういないけれど。
それでも、私は。
「出てみるか。また近い時期になったら、ここに来てさ」
媒体は違ったけど、あの作品がこっちにもあるのは調査済み。
だったらまた同じキャラで、今度こそ。
いつか向こうで、しれっと自分は優勝した勝ち逃げ女に――やればできたんだよって、自慢するためにさ。
「いいんじゃないの。それで満足するなら出ても」
「何言ってんの、ユキも出ようぜ?」
いつか、ここではない何処かでのリターンマッチの予行練習じゃないけどさ。
そんな気持ちを胸に抱きながら、私は隣にいるユキの手を取ろうとした時だった。
「……あれ、あの写真って」
写真屋の店頭に飾られた写真のうちの一枚。
そこに写っていたのは、数年前と思しきコスプレコンテストのもので。
しかも。
「うげぇ、こっちのナギも優勝してやがる!?」
「まさかキャラ選択まで一緒だなんてね……」
思わず素っ頓狂な声を上げた私のすぐ隣では、ユキも驚いていて。
しばらくじっと、その写真を眺めていたら。
「……ははっ」
何でか知らないけど、自然と笑いがこみあげてきた。
ああ、私の幼馴染の顔ってめっちゃ強かったんだなあ……知ってたし、今も隣で思い知らされてるけど。
なんてね。
◆
買い食いしながらあちこち歩いていると、もう日が暮れる頃。
帰りの飛行機まだとってないし、今から東京に戻っても深夜になっちゃうしなあ……なんて思って。
「今から帰るってのもなんだし、泊まる場所探――」
と、夕焼け空を見上げながら尋ねた時だった。
「ちょっといい?」
「どうしたんだよ急に?」
「どうしても……寄りたい場所があるのよ」
かなり強引に手を引かれて、駆け出されて。結構、ガチめに困惑してしまう。
一体何なんだよ、とは思いながらも。
この街に来ること自体向こうが提案してきたことだし、よっぽどなんだろうとも思って。
大して抵抗もせず、そのままついていくことにして。
そうして、走ること数分。
「なあユキ、この道って」
数度角を曲がり、観光地から離れた場所に差し掛かったあたりで、つい我慢できずに口を開いてしまう。
この辺りは私にとって、絶対に忘れられる訳のない場所だったのだから。
さっきまで巡っていた場所よりも、遥かに。
「あんたの想像通り、よ」
今にもかき消えそうな声での呟きが、私の思考を裏打していく。
やっぱり、そうなんだ……。
「着いたわ、優奈」
目的地へと足を踏み入れ、それからユキは私の方へと向き直る。
そこは、だだっ広い公園だった。
遊具設備も充実していて、きっとここでナギと一緒に遊んだんだろうなあ……ガキの頃にさ。
もし、私の次元にもあったらの話だけど。
「楯無さんの言う通り、なんだなあ……」
今日一番の寂しさが口を乗っ取り、言葉を紡ぎ出していく。
私の知っている小樽の、ここにあった建物。
それは明治に建てられた歴史ある教会で、名は「神崎教会」といって。
つまりは、私の家があった場所だった。
「……………………2023年3月19日、午後5時54分」
不思議な感覚を味わっている私の横で、長い沈黙を保っていたユキが唐突に口を開き、告げてきた時刻。
その日付は私にとって絶対に忘れられないもので。
「鏡ナギは、ここで死んだの」
何を言われるかは分かっていたけれど、覚悟は全くできていなかったから。
言われた途端に、息が止まってしまって。
頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。
「苦しいなら、やめとく?」
だけど……その言葉だけは、絶対に違うと言いきれるから。
動悸が治まらないまま、ただ小さく「続けて」と必死に声を絞り出し、答えていく。
「かくれんぼで地下倉庫に隠れた時の事。覚えてる?」
無言で頷く。
小学校の頃、家で友達みんなと遊んだ時。ナギと一緒に隠れて。
絶対ここなら見つからないねって言いながら、ナギが見せてくれた笑顔。こっぴどく怒られた時の、むくれた顔。ふたりで慰め合った時の泣き顔。
全部全部、今でも鮮明に思い出せるんだから。
忘れてない、忘れられるわけがない。
「再襲撃が起きた時、ナギはちょうどこの辺りにいて、それで……」
思い出を頼りに、逃げて。
機を見て自力で脱出しようとしたのか……と、心で付け足す。
実のところ、地下室はそれなり以上に広く頑丈だった。だからナギのとった選択自体はおかしなものじゃない。それどころか最善の選択だったと言い切ってもいい。
敵に
「しばらくして、テールブレードが風を切る音が聞こえてきて。ダメかもしれないって思ったけど、すぐに去っていったのが分かって」
「……そっか」
「そのすぐ後に、誰かの足音が聞こえてきた」
あの時、私は何をしていたか。
覚えてる、必死に探しながら戦ってた。ゴーレムを切り裂き、ダーク・ルプスを仲間たちと倒しながら。
声の続く限り、ナギの名前を呼びながら。
「助かった。あんたに連絡しようって、思った……でもね」
酷く心が揺れている中。ユキの言葉を、一字一句漏らさず拾えるのだけが救いだった。
「外に出たら、動いてる死体がいたのよ。それもとびきり最悪な奴が」
言いつつ、ユキは羽織っていた上着を脱ぐ。
何を見せるつもりなのかは、分かっている。
今も全身に残る弾痕――そのうちの、右肩にある奴だろう。
「最初に貰ったのがここよ、ここ」
その時のナギの事を思ってみても。
悲しそうに笑うユキの声も。
全部が、私を締め上げる。
「『なんだよ、結構当たるじゃねえか』だったわね、げたげた笑いながら。一発目、当てた後言った言葉」
「……何が結構当たるだ、腐れゾンビ野郎が」
「実銃授業、あいつ糞エイムもいいとこだったもの」
クラスは違ったから見てないけど、想像に難くはなかった。
ちょっと前までなら、これも怒りに変えてぶつけられたけど。生憎、その機会にはもう恵まれそうにないし……あってたまるか。
「反撃しようとした時、撃たれたのが右手の傷。次に撃たれたのがお腹」
平坦に述べていくユキの言葉と、もう知ってる傷痕の数々。
それらを材料にするかたちで、想像してしまう。
「血が止まらなくて、倒れて最期は失血死」
最悪で、孤独で、痛くてたまらなかっただろう。
幼馴染の、最期を。
「不意打ちで教えたことは、謝る」
こんなこと、自分から「教えて」だなんて言えない。
ユキだって、相当勇気がないと口にできなかっただろうし。
だからユキの目をしっかり見据えて、はっきりと言葉にした。
「話してくれて、ありがとう」
また沈黙が流れそうになって、私は慌てて付け加える。
「でも、どうして教えてくれたの?」
別に言わなくても、いいことなのに。
それに、あの日の事はユキにだって、辛いことだと思ったから。
「……今日で、ちょうど三年目だから」
スマホを取り出し確認するけど、日付は全然別のもので困惑していたら「私が経験した日数だとそうなのよ」と追加してくれて。
それから、ユキは続きを紡ぎ出していった。
「命日が近くなってから、最近……夢で、見るようになって」
その重い言葉に、絶句する。
私が呑気に寝ている間、どれだけ隣でこの子は苦しんでいたのか。アホさを恨む言葉が無限に湧き出る中をかき分け、必死で言葉を掬い上げようとする。
けど、何も形にできなくて、もどかしくて。
「あの子、あなたが生きてくれることを願って。でも本当は自分も隣にいたかったなあって、そう考えて……この世を去ってね」
冷たい風が吹きすさぶ中、告げてきた事実。
それはすでにこっちのナギ伝手に聞いていて、知っていたけど。
同じ身体の少女が、涙を浮かべながら話す姿は、想像以上に辛い。
「だから、ナギの代わりに……代わりにならなくちゃって、思ってた」
「なんだよ、それ」
代わり、代わりって。ならどうして名前を欲しがったんだよ。
と言おうとしたけど。
「でも、私って結構強欲で……早い段階から、気づいてた」
そんな言葉で邪魔されて。
「優奈と同じ時を過ごしたい――それは私の、ユキの願いだって」
そこまで私を思ってくれたことに、思わず嬉しくなって。
「だから楽しかった……あなたとユキとして隣にいられて」
「ならそれでいいじゃん! ユキはそれでいい!」
「けど最近……ナギが咎めるみたいに、何度も同じ夢を見てさ」
同じくらい、弱々しい今のユキの姿が、見ていて辛くて。
「どうしようもなく欲深い自分が嫌になって」
「何言って……」
「だから……ここから先は、ナギになる事に決めたんだ」
言ってることはあまりに滅茶苦茶だってのに。
夕日に彩られる中、黒い髪に縁どられたその笑顔が、放たれた言葉が。
本心を押し殺してる癖に、やけに眩しくて――思わず、一瞬見惚れてしまう中。
「もしかして、今日の昼までの場所巡りって」
突如思い当たったことが口から、そのまま漏れ出してしまう。
別にここに夕方来るだけなら、もっと遅く出ればいいのに。
朝から出かけたのは、ユキとしての自分に別れを告げる前に。
少しでも、私に覚えてもらうために……。
「アーケードでの言葉、本当は凄く嬉しかった。夢みたいだった」
「だったら」
「ダメ」
短い言葉でぴしゃりと切り捨てつつ、目を閉じたユキは。
そのまま後ろを向いて。
「さよなら、優奈」
背中からでも――見えないけど見える、今のユキの顔。
それを想った途端、もう我慢なんてできなくなって。
私は、彼女へと駆け出して。
「ごめんね」
強く強く、消えかけそうなユキという女の子の全てを。ただひたすら、必死になって抱きしめる。
何か言っていたようだけど、ちょい前までさんざん言葉を続けたんだ。
だからさ――今度は私のターンだろ?
「私、死んだことないし、そんな記憶ないからさ」
箒達なら、上手く察してあげられたんだろうね。
セシリア達なら気配り上手いし、そんなのなくたって察せたんだろうね。
「ずっと苦しんでたのに」
でも私は神崎優奈って、アホな小娘で。
大好きな友達がこんなに辛いって言ってるのに。
「気づけなくって、本当にごめん」
あの日の決戦の時、機体がボロボロなのにも気づけずに。
何も考えず「一緒に行こう」って言った時から何も変わってないな、私。
どうしてこう無神経なんだって、自分でもイヤってくらいに思うけれど。
「けど……
だったら、それならと思いつつ。
目を瞑り、強く決意を固めてから私は。
三日三晩マジで悩んでつけた名前を、強く強く呼びながら片手を離して。
「アホかあんたは!」
無神経なりに、こいつをこの世に繋ぎとめてやるべく。
まず手始めに――頭をぱちこんと叩いてやった。
「いった!? 何すんのよ! てか何で!?」
いきなりの平手打ちと怒声に驚きつつも、ユキが振り向いてくる。
うん、そうでなくっちゃ。
「なんでもクソもあるか、バーカ!」
「ば、馬鹿ってあんたね……」
呆けた顔しちゃってさぁ。
まぁ、さっきまでの顔より何倍も可愛いからいいけど。
「ナギになる? できるわけないでしょそんな事!」
「いや、でも私は……記憶と身体が……」
「だから何だよ!」
感情知ってたら似せられるというなら、私の予言の巫女はもっといい点とれてたし。
見た目が同じなら同じだっていうなら、ここは別次元だけど故郷だって事になるし。
「似てない物真似じゃ全然納得できないんだよ!」
「その似てない物真似でギャン泣きした癖に……!」
「あんときは似てたから!」
完全にガキみたいな反論だなあとは思うけど。
実際、あの慰霊碑の前での言葉はナギそのもので。言われて凄く嬉しかった。
でもね。
「二度とやらないって言ってただろ! 自分で!」
今思い返してみると、だけどさ。
本当に嬉しかったのは、その言葉も含めてだったんだ。
デートして腑に落ちたとか言ってたけど、それも今考えると強がりで。
本当はどこまでも、私はナギの死を認めたくなくて。
でも、あの
やっと我慢できなくなって、泣くことができたあの時。ようやく止まっていた時計の針が動いたんだ。
「だから、二度目は絶対許さないし」
だから、もう一度。
ちゃんと言ってやるよ、ユキ。
「何より私、勝手にいなくなられるのなんて嫌なんだよ! 寂しがりだから!」
そして、息を大きく吸ってから。
「私はユキが好きだ! ナギだって好きだった! どっちも同じくらい好きで、素直な時が特に好き! でも偽物は勘弁! だからこそあんたはユキでいてほしい! 分かった!?」
こんな時に「ナギよりユキが好きだよ」なんて言えたらいいんだろう、なんて自分でも思うけれど。
そんなのは結局、ありきたりなおべっかで。
真実私が思ってることはこうなわけで――ああもう、ダメだ!
柄にもなく考えてたら、なんか頭がグルグルしてきた……。
ていうか……あーもう。
冷静になるとクッソ恥ずかしいな、これ。まるで告白じゃん……。
けどまぁ、言いたいことは全部叩きつけてやったかな。
どう返してくるかまでは……正直、分からないけれど。
「…………」
俯き黙っているユキを見ていると、不安の方が大きくなってくる。
どんな顔してるんだろう、なんか怖くなってきた……。10億ダメージのビーム防いだ時だって、こんな怖くなかったってのに……。
「えっと、その……いろいろ勢いで言っちゃってごめ――んぐぅっ!」
気まずすぎて、取りあえず放った謝罪はしかし。
瞬時加速めいて、いきなり距離を詰めてきたユキの唇で塞がれてしまって。
「んむう!?」
なんだこの展開!? と驚く暇もなく、続けざまに強い抱擁がやってきて。
「ぷぁ……ちょ、ちょっと待って……なにこれいきなり……」
「素直なのがいいんでしょ」
「……はい?」
「だから……欲望のままに貪ってみたのよ」
「えっと、ユキさん……?」
「もういいでしょ? 充分言ったわよね? 次は私の番」
私の顔を直視してくるユキの目はいつものクールさも、さっきまでの不安さもなりを潜めて。
顔の方は耳まで、熱に浮かされたような色に染まっていて。
「最初に言っておくけど、もう遅いから」
「へ……」
「これから先、私なしじゃ生きられないようにしてやるから」
「それってさ、実質プロポーズ……」
何言ってんだ、どう考えてもそうっていうか……さっき告白まがいの事したのは私が先っていうか……。
嬉しさと恥ずかしさとが融合していて、もう何が何だかわからない。
「そう受け取ってもらって構わないわ。もう離れるのは無理だって、そう理解してもらえるならそれで」
「う、うん……」
「この子と一緒で……そういう猛毒だもの、私」
機体名が機体名だけに上手いこと言ったつもりかよ、なんて思わなくもないけど。
今はあえて、乗ってやることにして――言葉を返す。
「別にいいよ、もう毒塗れだし」
ちょっとクサいかなと思いつつ。
でも「毒」と言われたら、こう返すしかないような気はしていて。
ナギを想う度、あったはずの未来が溢れて。
ユキを想う度、これから先の未来を求めて。
ずっと私は、この飢えた猛毒に一生蝕まれ続ける。
「でも、きっと」
そのおかげで私はまた笑えるようになって、生きる意味を見つけられて。
今日だってこうして、生きていけてるんだから。
全くナギの奴、とんでもない劇物を最期に遺して逝きやがって……。
「何笑ってるのよ」
「なんでもない」
そう言って笑った時、急に気付く。
ナギの命日ということは、つまりユキが生まれた日でもあるわけで。
あのゾンビ野郎はお祝いなんて絶対してなかっただろうし……うん、やる事なんてひとつだ。
「ねぇユキ」
「なに?」
「とりあえず、まずは宿とろっか」
それで荷物置いたら、次は店閉まる前に買い物だな。アーケードのあの店、閉まるの早いし。
なんて思いながら、愛する人の手を取って歩き出す。
喪に服すよりもバカ騒ぎを優先したくなるあたり、さっそくユキにおみまいされたのかもしれない。
でもさ。
私の隣にずっといてくれた。
そんなあんたなら、許してくれる。
「だろ……ナギ?」
いつの間にか夜の帳が下りた空を見上げて、そっと放った言葉。
それは誰にも聞かれることなく、夜風に溶けて消えていった。