頭上から聞こえてくる戦闘音は、エレベーターが下るにつれてどんどんと小さくなっていき。やがて完全に聞こえなくなった。
「まさか、地下に脱出経路があるなんてね……」
あたしはそう言いつつ、優奈から預けられたタブレットの画面に視線を移す。そこにはIS学園のマップが表示されており、最下層にあたる部分には細長い「道」が存在していた。
曰く、地下にはいざという時のための要人脱出用のパイプラインが繋がっているらしく、敷設されたリニアを使えば東京との境目まで一気に行けるのだという。
安崎も知らないであろうそこは、襲撃の危険性もほぼゼロと来ている。まさに至れり尽くせりだ。
「それにしても、上の戦闘は大丈夫なのか?」
エレベーターの駆動音以外は聞こえない中、ラウラの声が響く。実際乗り込んでからしばらく聞こえてきた音はかなり大きなものであり、地上で行われている戦闘の苛烈さを否が応にも感じさせた。
「大丈夫だとはおもいますけれど……残っている非戦闘員の皆さんが心配ですわね」
ナギが学園に残り、専用機を展開しながら避難誘導に当たっていたが、それでも心配なんだろう。
セシリアがそんな呟きを漏らした――刹那。
軽い音が響くとともに、エレベーターは目標地点である最下層エリアへとたどり着いた。
「優奈、負けるんじゃないわよ……」
ふと、上を向きながら口にすると、あたしはエレベーターから降り、目の前にある巨大な扉の前へと駆けていった。
◆
セシリア達を先に行かせてからおおよそ数分後。
教員部隊に先行する形で、私はIS学園近海を飛んでいた。
「さて、コアを奪える相手は……敵情報を!」
音声コマンドを通じて、アクシアに命令する。
鈴たちに合流するためには「オルテュギア・シフト」用のコアがなんとしてでも最低2つは必要な以上、奪える敵は厳選しておきたかった。
数秒でモニターが投影されると、敵の戦力について纏まった文字列が表示されていく。
「ゴーレム十機にエトワールだったかが五機……それに一体だけとはいえ――!」
センサーに表示されている、敵部隊の情報。その一番下に表示された名前を見た途端、苛立ち混じりに舌打ちをしてしまった。
流石に投入してこないとは思ってはいなかったとはいえ、あまり戦いたい相手とは言えなかった。
とはいえ、いきなりあんな化け物を教員部隊に任せるのも荷が重い以上。ここは私がやるしかない!
「腕がゴリラみたい太くて、尻尾の生えた奴は私が相手をするので、皆さんはゴーレムを中心に撃滅してください!」
学園の教師部隊にそう告げると、まず私一人でさらに先行。
瞬時加速で一気に突っ込み、最奥で待つ敵の切り札へと突撃。
それと同時に敵部隊も銃口からレーザーを放ち、ついに戦端が開かれた。
とにかく、あいつだけは真っ先に倒さねば!
「ぅおらぁぁぁぁッ!」
大型ビームカノン「テンペスト・ソニック」の先端から光の刃を展開。大きく振りかぶると、進行方向上にいたゴーレムを真っ二つに切断。露出した内部機構からコアをぶっこ抜いてから、右半身の残骸を蹴飛ばし加速。同時に刃を収納し、次は強奪品の量子格納。それらと並行して、目の前にいたエトワールへと銃口を向ける。
あいつはこの世界で初めて作られた無人機で、鈴曰くおかしな動きをして回避するらしい。
だけど、躱せるものなら――。
「躱してみろッ!」
瞬時に意識を銃に集中させ、拡散モードへと移行。扇状に発射された細かなビームの雨は分離した上半身と下半身。その両方を撃ち抜き、煩い羽虫を串刺しにした――途端。
まるでゴリラか化け物を思わせるような腕の、掌を向け。そこに搭載された粒子砲を発射してくる奴がいた。
どうやら最前線での異常を察知し、わざわざ出向いてくれたみたいだ。
私の世界を滅茶苦茶にした、最低最悪の量産型無人IS……その、名は!
「ダーク・ルプス!」
怒りとともにその名を咆哮し、武器を仕舞いながら回避。するとこっちの動きを見た向こうは、背部に装着された大型テールブレードを発射してくる。
チッ、やっぱりそいつを使ってくるか……!
あの機体は手のビームも得物の超大型メイスも厄介だが、一番厄介なのはアレだ。
なにせ異常に早いうえ、不規則な軌道を描いて襲いかかってくる。回避がとにかく難しいのだ。
だから!
「これに刺さってろ!」
急ぎ展開したのは、分厚いステーキを思い起こさせる大型シールド。ここに着く前、束さんのラボで用意していたものだ。
そしてこれこそが、あの武器への一番の対処方法だった。
ブレードの着弾方向へと構え、先端を食いつかせると。すぐさま構えたのとは反対の腕にビームカービン「エクスコード・バビロン」を展開し、ワイヤーを切断。
予備がないことは重々承知なので、これで奴が変幻自在の武装を使ってくることはもうなくなった。
だけど、まだ油断はできない。
なにせダーク・ルプスは無人機でありながら単一仕様能力を持っているからだ。
その能力の名は「千変鉄華」。
自機の本体に限ってとはいえ、遠距離からのビーム攻撃のダメージを9割カットできるというもの。
遠距離攻撃主体の私にとっては、半端じゃなく鬱陶しい機体特性でしかなかった。
だが……やるっきゃない!
「うおぉぉりゃああああッ!」
叫び声をあげながら、私は瞬時加速でダーク・ルプスへと接近していった――!
◆
「あの作戦の時、僕たちはここから学園へと戻っていったんだ。あいつに気づかれずに、行くにはここしかないって思ったし」
シャルロットがパスコードを入力しながら、そんな事を口にした。
いくら徹底的に破壊を行ったとはいえ、こんな地下も地下までは流石に攻撃の手は及ばなかったんだろう。安崎が気付かないのも無理はないのかもしれない。
「それで、これはどこまで繋がっているのだ?」
「神奈川と東京の境目のあたりまで」
確かに対岸のどこかならともかく、まさかそんな先の場所までとは恐れ入った。
「まぁ今は長ければ長いほど助かるから、何でもいいけど」
あたしとラウラ、それにシャルロットも乗り込むと。いよいよリニアは発車し、目的地へと向けて一直線に進みだす。
楯無さん……花鳥風月を使用した専用機持ちの、最後の一人だったっけ。どんな人なんだろう?
「ねぇ、その楯無さんってどんな人なの?」
ふとどうしても気になり、聞いてみる。
確か、向こうの方のIS学園の生徒会長だったと思うけれど。
「自由奔放っていうか……うまく説明できない……かな?」
「ただ……とにかく、強くて好き勝手する奴だってのは、確かサね」
リニアに揺られる中、そう尋ねると。シャルロットから返って来たのはそんな曖昧なもので、しかもアーリィ先生から追加された情報までふんわりとしていた。
一体、そんなに説明しづらい人なのかしら?
「ただ暗部の当主で、おまけに前はロシアの代表だったのならば……腕だけは、確かだろうな」
「こっちの世界にいるけれど、出てこれないってことは何か問題でもあるのかしらね」
ラウラの発言を聞き、その人がどうしているのかに、思いを巡らしていた――そんな時だった。
「着いたサね、無駄話はここまでにしナ」
アーリィ先生の言葉通り、リニアが止まると。窓の外には確かに駅のような場所に到着している姿が目に入った。
それじゃ、ここからは気を取り直して……!
「行くわよ、皆! 何としてでも、箒を取り戻してやるんだから!」
あたしの言葉を聞き終えると、皆でリニアを降り。そのまま地上へとつながる隠し通路を一気に駆け上がっていくのだった。
◆
「このォッ!」
アクシアのビーム刃でメイスの柄を素早く狙い、折ろうとする。
だが、こっちがその戦法を取るのを読んでいたんだろう。奴は一瞬でメイスを粒子に変換して収納すると同時、鋭利な鉤爪となった手を開き、掌に搭載されたビーム砲で攻撃をしかけようと目論む。
だけど……。
「それならぁッッ!」
左手をフリーにすると同時にビームカービンを再展開。
銃口を敵の掌へと向けてトリガーを引き、逆にビームを流し込んでやる。
刹那、至近距離で大爆発が発生。
だが、そんな大惨事にも拘らずダーク・ルプスは冷静に対処。すぐさま右腕をパージし、左手にメイスを再展開するが――。
「もう、遅いッ!」
全てのビーム系銃火器の先端からビーム刃を展開でき、近接戦闘へとほぼ時間をかけずに移行できる私のアクシアの方が、何手も早かった。右のビームカノンに左のビームカービン。どちらの先端からも光刃を高速展開する。
そして右で敵の右手を破壊し、左で首を刈る。
ダーク・ルプスは特異な無人機で、頭部にコアも演算ユニットも集中している。
そのため首さえ刈れば無力化でき、その点においてだけは他の無人機よりも処理がしやすいのだ。
「よし、これでふたつ確保!」
晒し首にした中からコアを取り出すと、残りの鉄屑は海へと投げ捨てる。
さて、教員部隊のほうは――。
「残りエトワールが2にゴーレムが3って感じか……」
背後に意識を向け、戦闘の経過を確認する。
ゴーレムは結構な数撃墜していたものの、エトワールがまだ2体も残っていた。流石にここまで来たら数で押し切れはするだろうけど、だからと言ってこのまま飛んでいくのはとてもじゃないがしたくなかった。
それに私自身、緊急時のために「オルテュギア・シフト」発動コストが、もう1セットあればという欲はある。
だから。
「細身のは私が! 皆さんは引き続きゴーレムの殲滅を!」
叫ぶと同時に瞬時加速で方向転換。続けてビームカノンでエトワール共に対し一発ずつ光の矢を発射する。
もちろん移動しながら適当に撃った弾など当たる訳もないが……あくまでこれは挑発行為。
あの奇怪な人形が、こっちにヘイトを向けてくれるなら儲けものだ。
「かかった!」
果たしてその通りとなり、エトワールはどっちもが瞬時加速を用いて接近戦を仕掛けてくる。
よし、狙い通り……! 後はッ!
今回はコアを奪う以上、射撃でぶっ殺すという訳には行かない。
だからこそ、未だにばしゅん、ばしゅんという音を立てながら
「まずひとつ!」
こっちの速度についてこれず、反応の遅れたエトワールの胸を切り裂き。直接コアを抜き取って一撃必殺の手を放つ。
無人機は四肢をもがれても動いたりするため、しぶとい敵ではある。
だが、心臓を抜かれた人間が生きてはいられないように、コアさえ抜いてしまえば。ものの数瞬で物言わぬ人形と化すのだ。
「よし、次だ!」
言葉で喝を入れつつ、自由落下をはじめようとしていたエトワールの残骸を蹴り。凄まじい速さで接敵しようとした――その時だった。
「
脚を後ろに向け、スラスター点火と同時に腰部ジョイントを切除。下半身を丸ごと質量弾として用いだした。まるで昔見たアニメに出てきたロボットがやった戦法のようだ。
有人機では絶対にできない行為であり、驚愕はしたものの……何のことはない、撃ち落とせばいいだけだ!
そう、思っていたのだが。
「思ったより――!」
そう、思ったよりも。軽くなったうえに高い推力で移動する下半身を狙うのは困難だった。しかもそれが、小刻みに揺れているのだからなおさら。
だったら、もう相手にしないで躱すしか!
そう思い、上へと回避した――瞬間。
「待ち伏せ……!?」
そう、回避する方向を読まれていた。エトワールは私が射線上に入った途端、ピンと突き出した両腕の先端にある銃口からビームバルカンを発射。豆鉄砲とはいえ、何発も食らっては結構なダメージとなり、じりじりとシールドエネルギーが削られていく。
そしてそれと並行して、奴は下半身の予備を展開。再び五体満足の状態となる。
どうする、多少強引でもやるか……いや!
「仕方ない……一本使うしかない、か!」
普段なら多少時間はかかっても、ダメージの少ない方法で仕留めにいっていただろう。
時間が惜しい以上、こんな戦闘にいつまでもぐだぐだやっている暇はない。
だからこそ、量子空間に入れておいたリカバリーユニットをひとつ消耗するのを覚悟の上での、荒っぽい戦法を取ることに決めた。
いや、戦法って程高尚なモノじゃないな。
「行くかッ!」
だって、ただのダメージ覚悟の突撃なのだから!
ばしゅんという連続瞬時加速の音とともに、カンカンという、装甲に光の弾丸が当たる音が追加される中。敵のエトワールへと向けてかなり荒っぽい全身をしていた時だった。
「やはり!」
あれだけ有効な戦法、またやってこないとは到底思っていなかったが……ここでか。
エトワールは再び脚を後ろに向けだす、不審な予備動作を行いだした――が。
「ンなもん、一度種が割れれば――」
発射される寸前に、ライフルを構え。下半身部へとビームを発射。
下半身攻撃は発射された後ならともかく、される前ならばそこまで当てるのには苦労しない。瞬く間にビームは敵機へと直撃し、弾丸そのものをズタズタにして使い物にならない状態にする。
こうなってしまえば、たとえ下半身の予備がまだあったとしても。しばらく取り換えには隙ができるはず。
つまり――もう、邪魔するものは何もない!
「死ねッ!」
両手にカービンを展開して、今度はエトワールの両腕のジョイント部を破壊して抵抗力を完全に奪うと、間合いに入った途端に右の銃のみビーム刃を展開。装甲表面を切り裂き、露出した内部から四つ目のコアを奪い取って沈黙させる。
よし、これで――。
そう思いながら学園の方を見ると、向こうも丁度ゴーレムを全機撃墜したらしく。これで学園に差し向けられた敵は全滅する事に成功した。
「それじゃ、私も――向かうとするか!」
敵が全て海の藻屑となり、攻撃を受ける心配のない空の下。私はコアを一つ取り出すと、今しがた奪ったばかりのものと合わせてふたつ。それぞれの手に持つと――。
「花鳥風月・改――発動!」
瞬時加速で障害物のない空の上を突っ走り、再び単一仕様能力を用いて