あいつがいなくなっても、学園での生活がそう変わりはしなかった。
確かに臨海学校が終わってからしばらくは世間の注目の的となり、騒がれたものの。ほどなくしてIS学園は一学期を終えて夏休みに突入。
そうこうしているうちに、奴の素性も露呈したため。二学期を迎える頃には平時の落ち着きを取り戻していた。
――その裏で、あんな恐ろしい事態が進行しているとは知りもせずに。
後の戦友にして三組のクラス代表――神崎優奈の、姉が行っていた研究。
それを知ったのはあとの事だったが。死者を蘇らせる計画は、姉さんも知らない状態で行われていて。
「そして、あの日……あいつは再び、私達の目の前へと姿を現した……」
時計の針を進めていき、記憶が辿った次の地点は9月中旬。
私とセシリア、それにラウラがクラスの出し物だった喫茶店の、店番をやっていた時。
奴は再び私たちの前へと姿を現して、邪悪な笑みを浮かべると。
「待ちに待った時が来たぜ、なぁ! 一夏さんよぉ!」と、意味がいまいち不明瞭な事を口にしたかと思うと……。
「突如として打鉄を展開して、手にしたビームライフルの引き金を引き。そして――セシリアと、ラウラを……」
あの二人の眉間を撃ち抜き、殺したのだった――。
◆
「専用機さえ奪えば……なんて思惑は、しかし。あっさりと覆されたんだ」
「どういう事? 専用機は取り上げたんじゃなかったの?」
ここから話が大きく動こうかというその時、ナギの発した質問は実にもっともだった。
実際奪えば大した抵抗はできないと踏んで、優奈のお姉さんもISを奪ったのだろうし。
「取り上げはしたよ。でも、奴は……何もないところから、かつての専用機――打鉄を展開した」
「専用機がないのに、どうやって展開したっていうのよ!?」
そう、叫びながら質問したが。同じところをセシリア達も気になっていたんだろう。みんなもあたしに同調しているかのような、そんな目線を優奈に向けていた――そんな時だった。
「強い意志をもってすれば、数分だけ……機体を展開することができるんだよ」
布団が捲れる音がするとともに、そう答えたのは。
戦闘終了から今の今まで眠っていた、イザベルだった。
「シャルロ――ごめん、今はイザベルだっけ。もう大丈夫なの?」
「呼びにくいならシャルロットでいいよ。それより、これ」
優奈にイザベル――シャルロット?――は返答すると、首からぶら下げていた専用機の待機形態を取り。たった今話しかけた相手へと投げ渡す。
そして、その直後。
一陣の風が、室内に吹き荒れたかと思うと――。
「専用機が操縦者を憶えるのと同じように、操縦者は専用機の姿かたちを意識……ううん、
ブロンドヘアの少女は、確かに。
それを見て思わず唖然とした、あたしの脳内に浮かんだのは。
親友が前の戦闘でやった、あの謎のISの展開だった。
「もしかして箒の紅椿だか何だかも、こうやって展開して――」
「その可能性は高いね。突然出てきたとなると」
優奈がこっちの質問に答えている間に、ラファールは出てきた時同様、風を発生させながら消失。病み上がりなのに無茶をしたせいか、そのまま操縦者は倒れそうになる。
それを見たラウラが抱え込み、ベッドへと座りこませようとした、その時。イザベルは畳みかけるように、追加の情報を口にし始めた。
「とはいえ……見ての通り、結構体力を使う割には数分しか持たないし……それに、特殊なコツが必要なんだけどね」
「それでも、奇襲性は相当高いですわね……こんな風に突然展開されては、うまく対処もできないでしょうし」
セシリアの指摘の通りだったらしく、優奈は「その通り」と短く返してから、続ける。
「実際、不意打ちのアドバンテージは並大抵のものじゃなかったみたい。あっさりと研究所は陥落し、元の専用機――打鉄を奪還する事に成功した」
「新しい専用機じゃなくって……?」
「コアが欲しかったのサ。前の、恨みつらみをしっかり吸い込ませた……あいつにとって、特別なコアがナ」
あたしの質問にアーリィ先生が答えるのを待ってから、優奈は続ける。
「あいつは奪った機体を展開した途端、強引に二次移行を敢行。生き返ってからの戦闘データと、奴の邪念を吸い上げた機体は――白式と、同じ形をしていた」
「よほど一夏への恨みが強かったのだな。そんな形状に、迷いなく固められるほどには。それで、その後はどうなったのだ?」
ラウラが感想を言いながらも続きを催促せざるを得なかったように、あたしもこの後が気になっていた。
少なくとも、優奈がお姉さんから専用機とデータスティックを貰っている辺り。ここで零が死んだわけではないっぽいけれど……。
「けど、あまりにも強化が過ぎたせいか……その場でいきなり移行できたわけじゃなかった。奴は機体ごと大きな繭のようなものに入ると、その中で……専用機の姿をゆっくりと、変えていった」
「図らずも、隙が出来たってわけね」
あたしの感想に優奈は頷くと、今度はラウラの手にあったアクシアの待機形態を指しだす。
「うん。実際、そのおかげでお姉ちゃんは逃げる事が出来たわけだから……不幸中の幸い、だったんだろうね。ちなみに、あいつは最後にこう言ったそうよ……『お前たちには感謝する、望み通り女尊男卑社会は砕いてやるから有難く思うがいい』ってね」
「なにが女尊男卑社会の破壊よ! ただ自分の復讐がしたかっただけじゃない!」
思わず叫んだ言葉には、優奈たち異世界組も思うところがあったんだろう。
皆一様に真剣な顔をしだしてから、再び優奈が口を開く。
「お姉ちゃんはそれを聞いた直後に、逃げたけど……。その際横目に入ったのは繭を形成しつつも、隙間から触手を生やして。冷凍保存されたオリジナルの遺体を持ち出す、あいつの姿だったらしい……」
そして、優奈の話はいよいよ。
あたし達もよく知るIS学園へと、その舞台を移していった――。
◆
事件が起こった、ちょうどその時。私は1組のメイド喫茶の列に並んでいた。
「なぁなぁナギさんよ、これは流石に凄いね……うちのクラスの倍以上の列ですぜ」
「そりゃうちには代表候補生がたくさんいるし、なにより織斑君がいるからね。ぶっちゃけ一時間半で済んでるだけ奇跡だよ」
ちょうど列整理に来ていた、別クラスの友人のナギにそんな風に返されたのを、今でも覚えている。
だって――その直後、だったんだから。
「あ、ごめん」
突如として携帯が鳴り、急いで取り出すと。液晶にはお姉ちゃんの名前が書かれていた。
うちは両親ともに海外で働いていたし、学園祭のチケットをあの人に渡したけれど――正直、来てくれるとは微塵も思っていなかった。
だから、そんな中でも来てくれたんだ……なんて思って。
あんなことがあった後にも拘わらず、少しうれしかったのを憶えてる。
「もしもしお姉ちゃん、来れるんだったらもっと早く教えてくれても、よか――」
「今すぐ、第一アリーナに、ピットに……来て……」
「え?」
でも、そんな喜びの感情は。電話越しに聞こえてきた、逼迫した声で吹き飛ばされた。
そして次に訪れたのは、困惑の感情。
どうして何の出し物もやってない、第一アリーナなんだろう?
なんでそんなに焦ってるんだろう?
そしてなんで直接、私のクラスの方へと向かってこないんだろう――と、そこまで考えた時だったっけ。
今度はいくつかの疑問も、全部一気に吹っ飛んだ。
なにせ――目の前を、
「安崎、裕太……!?」
「――優奈! 今すぐそこから離れて!」
電話口からそう聞こえてきたのと。ちょうどすぐそこにある教室から、ビームが発射されたような音がしたのは。ほとんど同時だった。
あまりにも異常なことが立て続けに起きて固まり、思わず携帯電話を落としてしまったものの。
変に頭は冷静で、それで――。
「ナギ! 逃げるよ!」
私はすぐ近くにいた友人の手を引いて、そのまま階下へと人混みを避けつつ走っていこうとした。
その、時だった。
「優奈! 窓の外……無人機が!」
「無人機!? 今そんなの後にして――」
滅茶苦茶な事を口走っていた辺り、今からして思うと。自分で考えていた程には冷静じゃなかったんだろう。
そんな事を言ってナギの手を引いたまま、逃げるのを続行しようとしたけれど……。
「う、そ……!?」
流石に窓の外の光景を見てしまえば、思わず足を止め。その場で数秒、固まらざるを得なかった。
なにせ、そこにあったのは。
異常な数でもって空を覆いつくす、ゴーレムの群れだったのだから。
「どうなってるの。これ……!? 安崎が、死人が生き返って、無人機を引き連れてきたとでもいうの……?」
「――ッ!」
必死でクールダウンさせようと足掻きながら、それでも懸命に足を動かしていると。
引っ張られていたナギからそんな問いかけをされてしまい、思わず絶句してしまった。
だって私は、一般人よりかは。この時何が起きていたのか、
だけど、今の状況でそんな事を口にして揉めたりした結果。あいつらに殺されては仕方がない。
そう判断した私は黙ってナギの手を引き続けて走り続けた。
幸い、教員部隊も専用機持ちも第一アリーナの近くには展開していなかったから……攻撃に当たる心配
「お姉ちゃん!?」
校舎で起きていた阿鼻叫喚の地獄絵図とはえらく違って、静寂に包まれたアリーナのピットの中。
壁にもたれかかっていたお姉ちゃんを発見すると、私はいてもたってもいられず。駆け寄りながらそう叫んだ。
そして叫びながら、頭の中ではどんな質問をするべきかについて、ひどく迷っていたと記憶している。
蘇らせるのに成功したのは見れば分かる、でも更生するまで人前に出さないって約束したじゃない、とか。
どうして無人機が一緒に襲いかかってきたの、あいつらのコアは? とか。
いろいろ問い詰めてやりたいことは、あったけれど。
それでも、家族だったから。最初に出てきた質問は。
「その怪我、どうしたの!? 大丈夫!?」
などという、酷くありきたりなものだった。
「ゴメンね。優奈……あなたの言う通りだった。あんなの、生き返らせるべきじゃなかった……」
「今更……そんなの、今更だし、そんなのどうでもいいよ! 私はね、大丈夫かって聞いてんの!」
あんなことを引き起こした元凶の一人だってことも分かるし、それに思うところはごまんとあったけれど。それでも、家族だったから。
どうしたって涙で滲んだ視界の中、出てきた言葉はそんなのだった。
「いい、よく……聞いて。これを織斑千冬を介して、絶対に篠ノ之博士に……渡して。でなきゃ、あいつには、私達の作ってしまった悪魔は倒せ、ない……」
「悪魔!? どういう、こと?」
「それと、これ……あなたの、専用機。もう、パーソナライズとフィッティング、終わらせて、る、から……」
そう言って渡してきたメモリーと待機形態を受け取りつつ。涙を拭ってからふと、ピットの壁へと視線を移すと。この場で必死に調整をしてくれたんだろう、血がべっとりと付着したコンソールが目に入った。
「専用機貰ったって、戦えるわけないでしょ!」
「戦わなくてもいい、生き残って。それで、なんとしてでも、あいつを倒して……」
そう言ったきり、お姉ちゃんは動かなくなって。
そしてそれと同時に、壁をぶち抜きながらゴーレムが一機。私達の元へとやってきたから。悲しむ時間も与えられなくって。
ナギを守るためにも、生き残るためにも――もう、悩んでいる時間なんてなくって。
「うぁぁぁぁぁぁっ!」
もう心の中ぐっちゃぐちゃのまま、ヤケクソになりながら。
叫んで初めてこの子――当時はただの《アクシア》って名前だった――を展開して。
「お前らぁぁッ!」
いきなり専用機を持っていない奴が展開したことで、相手のAIが混乱している間に。急いでビームガンを出し撃ち抜いた。
それだけで倒せたのは、本当に運が良かったのもあったけれど……それ以上にクラス代表として、実戦経験を多少なりとも多く積めていたってのがあったね。
あの時ほど、クラス代表に推薦された事に感謝した時はなかったよ。
「っはぁ……はぁ……どうしよ、ねぇナギどうしよう……!? これってどう考えたっておかしいよね!?」
こうしてゴーレムをぶっ倒して、戦いは終わったけれど。まだ安心できる状態にはなっていなかった。だから言動もおかしかったし。私以上に戦う力もなければこの現状に関する知識もないナギへと、そんな言葉を投げかけてしまっていた。
でも、それでも。逃げなきゃって、直感的に思ったのか。
無意識のうちに同じく混乱するナギを抱えて、アリーナから出ようとした――その直後だった。
織斑先生――千冬さんの声が、校内放送で聞こえてきたの。生きている人間は直ちに、地下区画の脱出艇へと乗り込めってね。
アリーナ内にも地下区画への直通エレベーターがあったから、それに乗り込んで脱出艇へと向かったんだけれど……。
今度は船の中で行われた、安崎の尋問でもまた。恐るべき事態を知ることになったの……。
◆
セシリアとラウラが殺され、奴が更に攻撃をしかけようとする中。
慌てて我に返り、紅椿を展開し迎撃したところまではしっかりと憶えている。
「そして意外にも、あっさり倒せたことも……」
そう、奴は生きていた頃の実力そのままで来ていたのだ。
あくまで奇襲が成功しただけで、大した実力もなく。すぐにシールドエネルギーを全損、無力化できた。
「そして尋問しようと、あいつを連行し脱出艇まで逃げたが……セシリアとラウラをそのままに、してしまった」
外の無人機は一夏達や教師部隊が応戦していたとはいえ。私は校舎内の人達を避難誘導する役割があったから。セシリアとラウラの死体を運ぶ余裕なんて全くなかった。
なにせまだ、優奈の姉のデータを何も知らなかったうえに、安崎の尋問もしていなかった。
それに……
◆
「『
「模倣偽骸……何か、名前からして既に最悪なんだけど」
あまりにも邪悪な固有名詞に反応したのはナギだった。確かに、その名前からは悪意がダダ漏れになっている。
けど、それよりも。
あたしにはどうしても、気になる事があった。
「ねぇ、優奈。安崎って一夏と同じ顔になったのよね?」
「それなのになぜ、前の安崎と同じ顔の奴が出てきたのだ?」
ラウラも同じところが気になってたのか、あたしに便乗する形で問いかけると。
「それも全部、その単一仕様能力のせいサね。偽骸模倣は三つの能力の複合で、ひとつは無人機を生成する能力」
「ふたつめは、零落白夜のコピー能力」
「そしてみっつめは……
「――なん、ですって!?」
あまりに凶悪で、死者を冒涜するその能力に唖然とする中。いちばん最初に反応したのはセシリアだった。
そして、ラウラも顔面蒼白になった途端。恐ろしい結論に気づいて、背筋に寒いものが伝いだす。
「うん、多分考えている通りだよ。私は向こうの世界で、あいつに操られたセシリアとラウラ……
流石に内容がアレなだけあり、優奈も弱々しく告げると。イザベルが続ける。
「さっき戦ったもう一人の僕も……あいつの力で造った
「ッ!」
優奈から単一仕様能力を聞いた時から、薄々感づいていたこととはいえ。いざ実際に聞かされると、気持ちのいい話ではなかった。
動く死体と戦ったなんて、あまりにもおぞましい。
「時間を逃げた直後に戻すけれど。ディスクが渡った事と、裕太を尋問したことで。流石にこのままではどうしようもないって結論になった」
「だからこそ委員会を通じて世界中のIS操縦者に応援を要請したし、篠ノ之博士に連絡をとった」
「そのタイミングで、私も学園の潜水艦の方へと向かったのサね」
イザベル、アーリィ先生、そして優奈の順で。次々話を続けていくが。疑問もあった。
果たしてこんな化け物みたいな状況、いくら天災なんて異名を持つ束さんであってもどうにもならないだろうって。
現に、完全解決に至っていないからこそ。こうやって今、世界の壁を越えて問題は続いているワケで……。
「とはいえ、篠ノ之博士でも、打開策を見つけるのは困難を極めた。あの人でも流石にこんな研究、いままで一度もしてこなかったわけだし」
「でしょうね。束さん、意外と人の命に関しては敏感だから」
白騎士事件にせよ、何かにつけてISに関してちょっかいをかけてきた事件にせよ。
どんな時でも少なくとも、こっちの束さんは人の命を奪ったり、弄んだりするのを忌避――いえ、嫌悪してきた。
そんなあの人にとって、いきなり資料が揃っていたとしても。時間がかかるのは必然だと思った。
「研究を続ける間、逃げ回る事に終始した僕達だったけど……偽骸虚兵との戦いは、心身ともに掃討疲弊していった」
「仲間を手にかけなきゃいけない上に、もう助からない子はその場で頭を潰す形で介錯させてあげなきゃいけない……どんどんと、精神的に余裕がなくなっていった」
「おまけに、敵の親玉は一夏と同じ顔をしてる……正直、死んだ方がラクなんじゃないかって、何度も思ったよ」
優奈、シャルロット、また優奈の順に喋るその顔は。とても辛そうだったが、無理もない。
あたしだって、そんな状況だったら死にたくなるに違いなかったから。
「でも、十ヶ月の逃亡を経て。世界が荒廃する中、ついに篠ノ之博士が完成させたの……奴の力を削ぎ、この地獄から抜け出す秘密兵器をね」
「なんですの、それは……?」
「強化パッケージ『花鳥風月』。そしてそれこそ僕や箒、それにアーリィさんがこの世界に記憶を引き継げた、最たる要因だよ」
セシリアの言葉に返したのは優奈ではなく、イザベルだった。
しかし、一体それはどういう……!?
「でも、突貫工事で仕上げたそれは……博士にしては珍しく。大きな欠陥のある代物だったのサ」
だけど、最後に付け足したアーリィ先生の言葉で。一気に話は不穏な方向に向かっていく。
そう、予感させていった……。