篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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明かされた真実(後)

「ねぇ、これって……どういう、事?」

 

 ヤバいものを見せられた後、あたしが口に出来たのはたったそれだけだった。

 

 異世界だのなんだのはある程度信じられても、流石にこんなのは理解の範疇を越えすぎていた。

 

「にわかには信じられないと思うけど、そのままの意味だよ。ISを利用した死者復活計画が、私の世界にはあったんだ。そしてその結果……安崎裕太は今の力を、手に入れた」

 

 そんなこっちの反応など、当然織り込み済みだったんだろう。優奈はすぐさま返答した――その時だった。

 

「死者を蘇らせる研究だと!? 馬鹿げている!」

 

 ラウラは勢いよく、腰かけていた椅子から立ち上がると。優奈へと近づきつつ声を荒げる。

 

「うん。私だって馬鹿げてるって思ったもの。こんな計画を……()()()()()()()()()()()()()()()

「お姉ちゃん……?」

 

 ラウラへの返事の中に混じっていた言葉に困惑していると。優奈は液晶に表示された書類の、ある一点を指さす。

 

 そこには確かに「神崎(カンザキ)(レイ)」と書かれていた――。

 

「私がその計画を初めて知ったのは、夏休みも終わり際になっての事だった……」

 

 そして、優奈は語りだした。

 

 男性操縦者の片割れが蘇り、そして悪魔と化すまでの道程を――。

 

 

 初めて裕太の蘇生計画なんてものを聞いたのは、さっきも言った通り。夏休みも半分を過ぎた頃で、ちょうどお盆の頃だった。

 

 いつも研究所に籠りきりで、碌に帰宅しないお姉ちゃんが帰ってきたかと思ったら。いきなり私の部屋へとやって来て。

 本来ならば口外厳禁のその話を、私にしてくれた。

 

「安崎裕太……あいつを蘇生させる!?」

 

 自分の姉がISに関する研究をしていたのは、知っていたけれど。どういう事をしているのかまでは、当時の私は把握していなかった。 

 

 だからこそ、目の前の女性が何を言っているのかにわかには信じられなかったし、正直荒唐無稽な話にしか聞こえなくて。

 

「何言ってるの! 死人を蘇らせるなんて、そんな馬鹿な真似ができるワケが……」

 

 と、さっきのラウラみたいに返してしまった。

 

 だけど、お姉ちゃんが言うには、ある条件を満たした場合にのみ可能かもしれないという事で。そして安崎裕太は、それを満たしていた。

 

 ――その条件というのは、数カ月以上専用機を持った状態で。かつ死亡時にもISを、待機形態でもいいから身に着けていた事だった。

 

 

 お姉ちゃん曰く。元々の死者蘇生計画の発端は、一夏達が見つかる半年前。一人の日本代表候補生が交通事故に遭って、亡くなった事からだったという。

 

 専用機としていた打鉄に搭載されていたコアが、その子についての詳細なデータを記録していたの。身長、体重の推移記録から簡単な会話パターン。それに趣味嗜好に戦術パターンと言った風にね。

 

 そしてその中に、解析不可能なデータが存在している事が突き止められ。ある仮説が立てられた。

 

 専用機には魂のようなモノを、記録ないし一部を移譲し保管する能力が備わっている。だからこそ形態移行などと言った「現代の技術では到底行えなかった」ものを、実行に移せるのではないか。

 そしてそれを利用すれば、死者の復活もできなくもない……って。

 

 だけど実証する機会を、その時はまだ与えられなかった。

 

 当然のように遺族の猛烈な反対にあって、実験ができなかったから。

 

 やがてコアも初期化されて、別の企業へと渡っていき。さらに早々ISパイロットの死亡事故なんて起きなかったものだから、このまま忘れられようとしていた――そんな時だった。

 

 ちょうど日本国内で、専用機持ちの死人が出てしまったのは。

 

 世論は十日もしないうちに、あいつの自業自得に落ち着いたと言っても。

 

 安崎裕太という人間が世界的に貴重な男性操縦者っていう存在だったのは間違いないうえに。その損失は、日本にとっては計り知れないものだった。

 

 だからこそ、それを生き返らせられるならと、藁にも縋る思いで。反女尊男卑の思想を持つ政府高官たちはお姉ちゃんの研究所に、実験の依頼――いいえ、強行させていった。

 

 なんとしてでも生き返らせろ、それが無理でも男性操縦者の条件を解き明かせ。金ならいくらでもだす――ってね。

 

「理屈は、分かったよ。それが出来なくもないかもしれないってことも……」

 

 ひと通りの説明を聞き終えて、まず私が口にしたのはそんな事だった。

 

 理解したくはなかったけれど、それができるかもってことだけは……イヤでも分かったから。

 

 だけど、納得できたかというと。

 それはまた、別の話だった。

 

「でもね! あいつは……あんな奴、生き返らせる価値なんてない!」

 

 思わず激情に任せてそう叫んだのを、今でも憶えている。

 

 あいつがどんな奴だったかなんて、同じ学校に通っていればイヤでも思い知らされてたし。

 それにお姉ちゃんだって報道で、生き返らせるに値する人間じゃないこと位、分かってると思ってた。

 

 けど、あの人は首を横に振ったんだ。

 

「彼にだって、もう一回チャンスがあってもいいとは思わない?」

 

 その後、お姉ちゃんはこう続けていった。

 

 あいつがおかしくなったのは全て巡り合わせと能力の低さのせいで、生まれつきじゃあない。それらが原因で歪んでしまっただけだ。

 もし裕太も織斑一夏と同等とはいかなくとも、普通にある程度の運動神経や知識、それなりに戦える専用機を持っていれば、こうはならなかった。

 

 そして自分達は生き返らせるとともに、それらを施す準備がある――と。

 

「大丈夫。彼だって話せばわかってくれると思うし……それに、もう二度とあんなことにならないよう、私達がなんとかするから」

 

 しめくくりにこう言った姉を、その時の私は何か別の人を見るかのように、冷めた目で見ていたのを憶えている。

 この人は今研究者として今、欲望に取りつかれていて。世界的な名声を得たいがために、こんなおぞましい計画に手を染めている。

 

 ついさっき並べた言葉だって、所詮は建前に過ぎない。

 

 私とこの人は家族だから。長年同じ家で付き合ってきたからこそ。 

 そう、嫌でも分かってしまったんだ。

 

 だから、私が言ったのは。

 

「……分かったよ。そこまで言うなら。でも、もし生き返ったとしても。きちんとあいつが更生するまで人前に出さないでよね」

 

 という、たったのこれだけだった。

 

 心の中では「どうせもう、実験は止められないし……。それにこんなの無茶苦茶すぎるから、どう考えたって失敗する。そうなってから、改めてどれだけバカなことをしていたのか教えてあげればいい」って、そう思ってた。

 

 そんな私の言葉を最後に耳にしたお姉ちゃんは「分かった」とだけ返すと、再び研究所の方へと戻っていった。

 

 でも――今になってみると。あの時、何としてでも阻止しておくべきだったって思う。

 

 もし、ここで止められれば。パンドラの箱が開くこともなく。

 

 あんな地獄が生まれる事だって、なかったんだから……。

 

 

 ここから先、研究所で起こった事は資料でしか知らないけど。

 

 お姉ちゃんが私に話した翌日から、ついに本格的に計画が始動。

 

 名前も「Σ-1」なんて適当なものから、正式名称の「ネクロ=スフィア脳接続(ブレインリンク)計画」へと名を変え、いよいよ蘇生へと向けて動き出した。

 

 計画実行から五日目の夜。打鉄から引き出したデータ……「ネクロ=スフィア」と、コア内に残留していた特殊な粒子の振動。それらを利用して、お姉ちゃん達はついに冥界の門を開くことに成功。

 

 元の肉体の代わりとして用意された人工の肉体のバイオ脳の中へと。確かに魂としか言いようのないものが呼び戻された。

 

 だけど勿論。蘇らせてリハビリさせて、体が馴染めばハイおしまい……ってわけにも流石にいかなかった。

 

 なにせ研究所の誰もが、あいつがどうやって死に至ったのか知っている。

 

 あいつ本人も「やった事は仕方ないし、反省はしている。しかしこのままIS学園に戻っても、また同じことを繰り返すだけで仕方がない」と主張したそうよ。

 

 そしてその主張はさっきも言った通り、元々のプランにあったものと同じだったから。そのまま改造計画がスタートした。

 

 まず、肉体の改造。

 

 用意された人工の肉体は寸分違わず前のを再現していた……つまり低スペックのままで、大した実力を発揮できそうになかった。

 

 だからお姉ちゃん達は改造を施すことにしたのだけど……ここで、政府から無茶な要求がなされることになった。

 

 死人を生き返らせたという偉業と、男性操縦者という希少な存在。

 

 それらをアピールするためには、そんなものでは不足に過ぎる……ってね。

 

 当初、お姉ちゃん達は普通に運動神経を改善、肉体もISスポーツ向けにする程度で、残りは彼の努力次第といったレベルで留めるるつもりだったからこそ。そんな度が過ぎていたものは到底許容することはできなかったし、いざなにかあった時の対処にも困ると再三にわたって説得したという。

 

 けれど、上からの圧力により。結局はやらざるを得なかった。

 

 最新式の人造筋肉を至るところに搭載させ、チューンナップを施した結果。

 死ぬ前とは比べ物にならないどころか、国家代表候補生にすら匹敵する力が、奴の手に渡った。

 

 やがて、奴が身体に慣れてきたころになって戦闘訓練も開始されたが。死ぬ前とは百八十度違う、圧倒的なまでの力を得たあいつの戦闘能力は、かなりのものだったそうね。

 

 どんな国家代表候補生候補のデータすら敵じゃなく、ついには、元々ここまで落ちる原因となった存在――セシリアのデータすら倒した。

 

 苦戦の末に打ち倒し、アリーナから出てきた時のあいつの顔。相当歪んだように笑っていたそうよ。

 

 そしてその笑顔を間近で見たのをきっかけに、お姉ちゃんはあいつに不信感を芽生えさせていった――けど。

 残念なことにこの結果は、多くの者達を虜にするのに十分な魔力を持っていた。

 

 お姉ちゃんが距離を置き、これ以上の強化に躊躇するようになったのと正反対に、彼らは裕太の荒々しくも強い力に熱狂。

 

 元々「強ければ何でもいい」って政府高官はおろか。過剰な強化にあれだけ反対していた研究員たちですら、掌を返したように次々と思考を手放していった。

 

 もっと激しく、興奮できるような戦いを。歪んだ世界の……女尊男卑社会の打破をと。

 

 見果てぬ欲望を見続けた彼らは。裕太が欲するがままに強化を彼に与え続け。気づけばその力は代表候補生を抜き、完封するまでになり――やがて、国家代表にすら並ぶものとなっていった。

 

 そして九月も半ばが過ぎ、いよいよ世間にお披露目する日も近くなった頃になって、彼が最後に要求したもの。

 

 それはいまだ醜いままの顔の、整形手術だった。

 

 奴曰くこのままだとアンバランスだし、結局一夏と比べられてしまう。だから()()()()()()()()()()

 

 その話を最初に聞いたお姉ちゃんは、さすがに「そこまではどうしようもない」と断ったし。奴もその場では一応納得はした。

 

 だけど、他の連中――特に、政府の奴らが許さなかった。

 いずれ広告塔にする以上、見栄えはいい方がいいってね。

 

 で、改造……というか、整形が行われることになったけれど。もちろんイケメンと十把一絡げに言われてもどうしようもないじゃない?

 

 だから、あいつ本人に希望を聞くことになったの。

 

 そこで裕太が答えた顔ってのが――織斑一夏とまったく同じ顔だった。

 

 もちろん当時は誰も、それを望んだ理由が「一夏とその周りの専用機持ちへの嫌がらせ」なんて気づけるはずもない。でも普通に考えたらさ、その望みが異常だってこと位には気づけたはずじゃない?

 

 だけど、既にタガの外れた連中は既に考える事を放棄していて。結果、他の時と同じように、奴の望みは叶えられる事となった。

 

 整形手術が行われる直前、奴はこう口にしたという。

 

「こんな俺の望みをここまで、何でも叶えてくれてありがとうございます。ですがこれが俺が望む、最後の願いです。手術台が成功したら、この最強の力で……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ってね。

 

 その発言を聞いた時、お姉ちゃんの中の疑惑は確信へと変わったそうよ。

 

 死者を蘇らせる研究と男性操縦者。

 

 その二つが融合し、同調した結果。

 飽くなき欲求は邪悪な方向へと超越して、破滅の未来へと針を指し示しだし。

 

 しまいには、途轍もない悪魔を生み出してしまったと。

 

 それを知ってしまったお姉ちゃんだったけれど。出来る事なんてもうほとんどなくて。精々があいつの新しい専用機を奪って隠し、自分の懐に仕舞う程度だった。

 

 手術が成功して、三日後。

 

 奴の顔から包帯がとれ、二人の男性操縦者の顔が全く同じとなったのは。奇しくもIS学園の学園祭とだった。

 

 そして、その新しい顔を手に入れた男が。どこからともなく、今までの機体と違う()()を展開した時。

 

 私達の世界はついに、破滅の時を迎える事となった……。 


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