連れ去られ、どれだけ経ったかは定かではないものの。
目を覚ましたら、見知らぬ場所にいた。
四肢は鎖に繋がれ拘束されていて、脱出はおろか部屋を歩き回る事さえ叶わない。
首だけを動かし、確認できる限りの情報を収集しようとする。見た限りだと四方をコンクリートの無機質な壁に覆われ、正面に鉄の扉があるだけだった。まるで――いや。
「牢獄そのもの、か……しかし、どこのだ?」
「俺の秘密基地って言ったところかな?
「お前は…………」
口に出して呟いた、その直後。
真っ正面にあった鉄扉が開かれると、そこからは一人の男が現れた。
――散々夢に出てきたあの男・一夏と同じ顔をした、私の敵が。
「おいおい、まさかまだ思い出せてねぇのか? 一夏の名前は思い出せたのにか?」
「黙れ、その顔で喋るな……不愉快だ」
「チッ、相変わらず一夏一夏かよ。第二の……俺なんてどうでもいいってか?」
怨嗟を露骨に出しながら、奴は顔を近づけつつ口にする。
そんなこいつのやり口は、顔こそ違えど。心の――記憶のどこかで引っ掛かっていた。
確かに、私はこんな風に捻くれ、突っかかってくる奴を知っている。
だが、どこで、どんなふうな時に見かけた?
「同じ学校に通っていた事もあるってのに……薄情な奴だぜ、ったくよ」
必死で思い出そうとしている私のもとに、奴は続けざまにこう語る。
同じ学校――とはいうものの、こんな奴が小中学校時代にいた記憶などない。
目の前の男は性格はともかく、少なくとも顔の出来そのものは並外れて良く、所謂イケメンという奴だ。もしそんなのがいたら、嫌でも記憶に残っているだろう。
高校については、男という時点で初めから論外――いや、待て?
とはいえ、それは今現在通っているIS学園ではなく。ジャンヌと戦っていた際に思い出した、あのIS学園での話だ。
なにせ私が思い出したほうのIS学園は、
あの記憶自体が間違いだという可能性もあるが、あまりにも断片的ながらリアルだった。嘘とは考えにくい。
問題はどうやって、本来女子高であるはずのIS学園に通っていたかだが……そんなのはもう、こいつの特異性を考慮に入れると。たったひとつしか思い浮かばない。
そう――
うっかり口走った「第二の」という単語もそれを裏付ける。一夏を一人目と考えるとつじつまが合う。
問題はこいつが記憶の中のIS学園で、どういった経緯で私と敵対するようになったのか……。
「――ッ!?」
と、そこまで考えた時。
急に強烈なまでの痛みが頭を駆け抜けると、またしても断片的な記憶が次々と浮かび上がってきた。
だが、それらはいつものとは違い。戦闘などといった危機的なものではなく、酷く平凡な、学園での生活のものだった。
セシリアと鈴、ラウラにイザベル――いや、シャルロットかもしれない。それに、あの一夏という少年。
その五人と私の六人は、どうやら前のIS学園ではよく一緒にいたようで。何をするにしても大抵一緒にいた――もっとも、どこかぎこちなさみたいなものも感じられるのだが。
そして、大抵そんな私たちを。陰から羨望や嫉妬の目で見ている、ひとりの男の姿があった。
――どこにでもいそうで、しかし。どこか陰気な感じの少年。
それを見た途端、その男と一夏と同じ顔をした目の前の少年が重なって見えた。
顔こそ今のような端正なものではないし、受ける印象こそ全く違うものの。確信めいてそう思えたのだ。
思い出せ、奴の名は……名前は……!
「安崎、裕――」
「その名で呼ぶんじゃねェ!」
何とか痛みに堪えた探索の果てに、ひとりでに紡がれた名。
それを口にした途端、目の前で余裕を崩していなかった男は激昂とともに叫ぶと。私の首を絞めだした。
「ぐっ……!」
「次その名を口にしてみろ……予定も計画もかなぐり捨てて殺してやる! いいか、俺の名は一式白夜だ!」
「……かはっ! げほっ……!」
殴りかかるような声音で言い切ると、男――白夜は私の首から手を離し。そのまま怒り混じりの早歩きで部屋を出て行く。
「もう少し時間があれば、
捨て台詞を吐いた白夜がバタンと力強く閉めた、扉の音が響く中。酷い息苦しさでむせ返りつつも、再び頭の中へと痛みとともに、記憶の追加が発見されていく。
「くぅぅぅぅっ……!」
そうだ。あのIS学園は、あいつは、そして一夏は……!
次々提供されていくピースによって、記憶のパズルは八割がた完成。逆に思い出せないところが断片的となったものの、今の私には何もできはしなかった。
身体は鎖で繋がれ、武器となる専用機もなく。当然外部との連絡手段もないものだから一夏はおろか、鈴たちにすら危機を伝えられない。
くそ、これではどうしようもないではないか……!
「く……頼む、無事でいてくれ……!」
そんな私ができる、唯一の事は。ただみんながあいつに
◆
「というのが、今まで起こった全ての出来事よ」
バイク――驚いたことに、ISが変形してこうなった――を走らせる、神崎優奈と名乗る金髪の女に抱き着きながら。
あたしはデュノア社の廊下でそうしたように、今までの顛末を突然現れたIS操縦者に話していた。
優奈の方から何があったのか聞きたいと申し出てきたため、一旦情報交換をしようという事になったのだ。だからいまこうして、デュノア社に向かう道中で話をしていたという訳である。
「あんの野郎……やっぱり、こっちでも好き勝手やってやがったのね……」
話し終えると、優奈は小さく、それでいてドスの利いた声で発しだす。
その口ぶりといいさっきの「鈴」発言といい。彼女が何か、確信に近い位置にいる存在であるのは間違いない。
けど、フランスの事件も知らなかったなんて。この人は一体どこから来たんだろう……?
「まぁ、着いたら教えたげるから、もうちょっと待ってて」
こっちが考えていると、ふと前から優奈の声がしてはっとしてしまう。どうして、あたしの考えていた事が分かったの……!?
「分かるよ、だって……鈴、あなたと私は戦友だったんだから」
「えっ……!?」
この人、何を言っているんだ!?
あたしと優奈が出会ったのはつい十数分前だし、一緒に戦ったのだってさっきのゴーレム戦だけ。それなのに、なんで……?
想像もしていなかった言葉に、思わず声を漏らしてしまった。
「――いやまぁ、厳密にはあなた自身じゃないっていうか……ちょっと、違うんだけどね」
「どっちよ!?」
何とも煮え切らない言葉を追加でかけられ、困惑気味に叫んでしまう。
そんな風に言われるくらいなら、最初から気になる事なんて言わないでほしい――と、思っていると。
「あ、着いたみたい」
優奈が言った通り、曲がってすぐにあたし達の今の集合場所であるデュノア社が見えてきた。
外で待っていてくれたラウラもこっちに気付いたみたいで、驚きと呆然といった感じの表情でバイクに跨るあたし達を見て来ていた。
「そいつが、戦っていた……」
「とりあえず、敵ではないっぽい。それに色々話を聞かせてくれるみたいだしね」
停車し、あたしだけ先に降りると。声をかけてきたラウラに返答。
なぜか甲龍に優奈の機体のデータが入っていたことは、ややこしくなりそうだし言わないでおいた。
どうにも不信感を拭えないといった感じだし、気持ちもわかるけれど……少なくとも、あのゴーレムへと向けていた表情は嘘ではないはずだ。
それに、あんなピンチに助けてくれたんだ。信じてみたってバチは当たらないだろう。
「にしても、随分信用してくれないっぽいなぁ。まぁ無理もないけど、さ」
未だ警戒を解かないラウラに苦笑しつつ、優奈降りつつ液晶を操作。すると今度は「Sleep Mode」とだけ表示され、次の瞬間にバイクは粒子となって霧散。
代わりに彼女の胸元に、青いクリスタルで出来たペンダントが装着されていく。
「……バイクになるISなんて、聞いたことがないな」
「まぁ、実際珍しいからね。無理言って私のだけに拵えてもらったモンだし」
やはり訝しんだままのラウラの言葉に、優奈はあっけらかんとした態度で返す。そうしてから出現したばかりのペンダントを外すと、そのままあたしへと投げ渡してきた。
「これで、少しは信用して貰える?」
待機形態を渡し、少なくともISでは戦えない状態になった優奈が問う。よほど生身が強くでもない限り、これで危険性はぐっと下がったはずだ。
「……こんなとこにいても仕方なかろう、ついてこい」
そんな様子を見て、やっと警戒を解いたのか。
ラウラがそう言ってから、あたし達はデュノア社の中へと入った。
そうしてしばらく歩いて、医務室の前へと向かう途中。ちょうど曲がり角のところで、あたし達はナギと鉢合わせをした。
「鈴、ラウラ! ちょうど良かった! ……そっちの人は?」
少し慌てたような表情をしたナギが、こっちの姿を確認するとそう口にする。一体何があったんだろうか。
「さっき無人機と戦ってたISのパイロットよ。知ってる事を話してくれるみたいだから、ここまでついて来てもらったわ」
「そうだったの。私は鏡ナギ、よろしくね」
「あ、あぁ……うん。私は……神崎優奈。優奈で、いいよ」
ナギに対し、どこか歯切れの悪い返しをする優奈。そんな自己紹介が終わってから、再びナギが口を開く。
「それより、早く来て」
「いったい何があったってのよ?」
「……アーリィ先生の携帯に、非常事態だという連絡が入ったの。すぐテレビをつけるようにって」
「それで? 何が起きているというんだ?」
続きを促すラウラに、ナギはしかし。
「見てもらった方が、多分早いと思う」
と、急かすように先導し、医務室への扉を開けるだけだった。
あたしもラウラも、もちろん優奈だって。これじゃ何が起きたか分かるはずもない。
とりあえず入り、テレビへと視線を――その時だった。
「何よ、これ……?」
思わず口をついて出てしまったのは、そんな声だった。なにせ、映っているものが異常すぎる。
ゴーレムとエトワールの軍勢を背後に控えさせている中、あの男が真正面に立っている写真が表示されていたのだから。
書かれているキャプションによると、どうやら世界中のマスコミに送られて来たものらしく。こいつらの素性も目的も何も語られていないとのこと。
しかも――。
「知らない機体まで……!?」
そう、背後に控える無人機軍団のさらに後ろには、今まで見たこともないデザインのISまでいたのだ。
「ダーク・ルプス……」
「それが、あの機体の名前……?」
呆然と尋ねた、その時だった。
テレビのすぐ近くにいたアーリィ先生が優奈の姿を確認すると、慌ててこちら側へと近寄ってきて。
「神崎優奈……そうか、お前もこっちへ来たのサね」
と、目を驚愕に見開きながら口にした。
「ええ、一夏には半年ほど先を越されましたけど。それで、アーリィさんはどれくらい戻ったんです?」
「そこまで完璧じゃないサね。結構抜け落ちてるところがあってサ。もっとも、ここで寝てるこの子は違うっぽいけどナ」
「そう、ですか……」
混乱するあたし達をよそに、優奈とアーリィ先生は勝手に本人たちだけしか分からないような会話を進め、納得しだす。
そんな姿を見ていると、ふつふつと怒りが沸いて来て――。
「ちょっと、ふたりだけで納得しないでよ! 何があったのよ!? っていうか、あいつらはなんなのよ!?」
と、気づいた時には。声を荒げてしまっていた。
すると、あたしの声に反応した優奈はこっちへと向き直ると。
「分かってる、約束だしね。今から全部話すよ……アーリィさんも、いいですよね?」
「元々こうなった以上、ここで全部話すつもりだったサ。それがこの子が起きてからか、今かの違いだけサね」
途中でイザベルに目を向けたアーリィ先生からも同意が得られると。優奈は。
「かなり荒唐無稽な話に感じると思うけど――これ全部、ホントに私がこの目で見てきたことだからね」
「……荒唐無稽さで言ったら、今までの無人機やVTシステム。それに男性操縦者だって大概ですもの。並の事では驚かないと思いますわ」
セシリアのその言葉に、優奈は一瞬だけ複雑な表情をしてから、続けざまに口を開くと。
「じゃあ言うね。まず……あたしもあいつらも、一夏も。この世界の人間じゃない。異世界から、やってきたんだ」
いきなり、凄まじい言葉を放ってきたのだった――。